東方狸囃子   作:ほりごたつ

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そう言われると返したくなる そんな話


第百話 久方ぶりの意趣返し

 ここ旧都のメイン街道、ここに住んでいる少ない鬼達の気概のように、真っ直ぐに伸びていき中央にある地霊殿へと続いていく旧地獄街道、赤提灯やら客引きやらが通りの端に並んでいる暗く温かな地底の街道。力自慢の鬼達はまっすぐだが街道の端でうちに寄って行けと声をかけてくる者や、ウチで一緒に客を取らないと声をかけてくる女郎達は道に比べてまっすぐとは言いにくいか?いや、少しばかり捻れちゃいるが妖怪らしく生きるために真っ直ぐではあるか。

 

 地上を追われて忘れ去られて、それでも面白おかしく毎日を生きている地底の妖怪達。下賎な者が大半だけれど中には面白いのもいる、さっきの木桶に鬼の大将、明るい土蜘蛛、笑う橋姫。

 ついでじゃないが嫌われ者の覚り姉妹も面白い者達だ、可愛いペットに囲まれて毎日ジト目で暮らす姉とそれとは間逆な浮ついた妹の二人、どちらもひねくれた覚り妖怪でからかっていると面白い‥‥姉は素直にならず若干捻くれているが。

 そんな素直でない者がここを纏めている、天辺が随分な捻くれ者なのだから、形だけはその下で暮らす者達も捻くれていても仕方ないのかもしれない。

 

 そういった捻くれた輩からかけられる声をテキトウにあしらって、今日のお目当ての一本角を探して歩く。

 探すと言っても宛はある、贔屓にしている仕立屋かいつも飲んでるあの酒場、そこにも居なけりゃ自宅だろう。パルスィの橋や仕立屋にはいなかったわけだし、自宅か酒場のどちらかで盃煽って笑っているはずだ。探す必要のない探し人を探してふらふらと、まだ一滴も飲んでいないのにふらふらと酒場に向かい歩いている。

 

 歩いて着いた酒場は旧都の少し高い場所にある、入り口である橋を渡りすぐにある坂を登ってすぐ。橋姫の橋も地霊殿も窓を開ければ見える旧都に入ってすぐくらいの店。目当ての鬼が誰かを殴り飛ばす度に破壊されて、その度に頑丈に直される少し重たい引き戸を開けて、迎えの声を聞きながら一本角を探すように店内を見やる。

 カウンターから小上がりまで店内を一周ぐるっと見渡してみると、見える範囲には豪快な一本角は見えず、今日は来ていないのかと訪ねてみると奥の座敷に一人でいるそうだ。大概は数人で小上がりに陣取り馬鹿騒ぎをしているのだが、奥の座敷でしかも一人酒とは珍しい。機嫌でも悪くて一人で奥に引っ込んでいるのか問うてみたが、そういう雰囲気ではないらしく、機嫌はいつも通りで偶々一人なだけらしい。

 一言二言会話して機嫌が悪いわけではないとわかり、それならそれでいいと奥に入ると一言伝えてみると、注文取りでも来るなと言われているから何かついでに聞いてきてくれと頼まれた。

 地底に来たらいつも顔を出している酒場だしそれくらいなら構わないと返答し、促された奥座敷へとコート翻して歩いていく。それほど広い店でもないから奥といっても店内の喧騒が聞こえる座敷、閉じられている襖を手の甲で叩き開けると、横引きの窓を全開にしてその窓台に腰掛ける、肩口開いた艶やかな着物姿の鬼がいた。

 

「一人酒なんて珍しいわね」

「お、来たのか。偶にはこういうのもいいのさ、見慣れた景色眺めて一人飲むのも悪くない」

 

「毎日見てても見飽きたとは言わないのね」

「景観自体は見飽きたが、景色は毎日ちがうもんさ」

 

「そこにいるモノあるモノが変われば違う景色ってことかしら?」

「その通り、今も見慣れたアヤメが見えるがその格好は見慣れないな…今度は誰の見立てだい?」

 

「中身はお察し、外身は仕立屋。選んだのはあたしだけどね」

「涼しくなっても着てくれるくらいには気に入ったか、買ってやった甲斐があるねぇ…それも悪くない、良い物選ぶな」

 

 気に入ってるわと見せるようにクルリと回り翻す、くるぶし丈のスカートと前を留めずに羽織っただけの同じ着丈のコートがふわりと広がりを見せた。綺麗なもんだと褒められて当然でしょうと言い返す、返答を受けて優しく笑い近くで見せろと手招きされた。言われた通りにブーツを脱いで座敷に上がり、そのまま置かれた長机に腰掛けようとするとそっちじゃないと再度の手招き。

 招かれた通りに近寄って、遊戯姐さんを背もたれ代わりにして窓台に腰掛ける。自分は既に飲んでいるからいいだろうがシラフで座るには少し気恥ずかしい、とりあえず自分も駆け付けで、そう考えて白徳利の栓を抜いた。キュポンとなって封が開いた愛用の白徳利、そのまま煽るつもりで右手で掲げていくと口に辿り着く前に取り上げられた。取り上げられて鬼の盃へと注がれるあたしの酒、そのまま盃は鬼に一息で煽られた。

 

「うむ、軽い」

「誰かの瓢箪と一緒にしないでほしいわね」

 

「が、薄くはないし悪くないな。がぶ飲みするには丁度いい酒だ」

「お気に召したのなら重畳ね、味見を頼む前から煽られたのは少し癪だけど」

 

「好きな時に飲ませろと言ったんだ、文句を言われる筋合いはないなぁ」

「そうね、ご尤もだわ。それであたしはいつまでシラフでいればいいの?目の前で飲まれてお預けなんて悲しいわ」

 

「人にはお預けさせといて何言ってんだか、代金払いに来たのなら飲ませてやるがどうするよ?」

「日帰りのつもりだったけど、それはそれでいいわね」

 

 帰らなくても構わない、そう言うとあたしの視界にわざと入れてきた鬼の秘宝に白徳利の酒が並々と注がれていく、表面張力でどうにか溢れないくらいまで注がれた酒。店の灯りを受けた水面がキラキラと反射しいつもよりも綺麗に澄んでいるように見えるソレ、下から見上げて遊戯姐さんの顔を見ると、ニヤニヤと笑っていてあたしの動きを探る笑みを見せている。

 笑みから察する今夜の流れ、目の前のこれを飲んだらこのままお持ち帰りかと一瞬考えたが、どうせ帰ったところでやることもなし。自分で蒔いた種でもあるしそう悪い気もしない、笑う鬼に笑い返して盃に口を付け少しずつ飲み干していく。

 以前のように飲む勢いに合わせて傾けられる鬼の盃、空いている両手でそれを支えようとしたが片手に徳利を載せられてもう片方は徳利を手放して空いた右腕で抑えられる。このまま飲ませてくれるらしいからその態度に甘えよう、綺麗に飲み干し小さく息を吐くと、あたしの腕を抑えていた右腕で頭をガシガシ撫で回された。

 

「喧嘩でも酒でもお前は受け身ばかりだな、あっちもそうならそれらしく相手してやるが」

「気分次第よ、今日はどうしようかしらね」

 

「飲んでるうちに思いつくさね、まだまだ酔うには早かろう?」

「酔いつぶれたら楽しめないから、程々にしてほしいんだけど」

 

「どっちを楽しもうかねぇ、それも飲んでる間に決めればいいな」

「そうなる前から足腰立たなくなるのはつまらないわよ?」

 

「そうなったら持ち帰るのが楽でいいな、元気に歩かれちゃあ最後に逃げられそうだ」

 

 カラカラと笑いながら再度盃に継がれて差し出される盃、完全に酔い潰す気マンマンか。まぁそれもいいか、狸のくせにマグロなんて面白くはなさそうだが最近まな板の上の鯉になる事が多い。

 手料理振る舞うことも増えたし偶には調理される側も悪くない、力自慢の姐さんだけど見立てで見せてくれた女性らしい気立ての良さもあるし、そっち方面に期待してこのまま盃を煽ろうか。目の前にある鬼の盃それに口付け再度飲み干す、最初よりも勢い良く飲み干し大きく息を吐くと、飲まされる前と同じくカラカラと笑いこちらを覗く怪力乱神。受け身だと言われたがこの鬼相手じゃ受け身以外取りようがないし、雰囲気と勢いに任せて酒を煽った。

 

「いい飲みっぷりだが、自棄飲みに見えて気に入らん」

「自棄も過ぎれば楽しいものよ、偶には後先考えないのもいいんじゃないかしら?」

 

「らしくないなアヤメよぉ、受け身の手待ちじゃ飽きられる事もあるって知ってるか」

「知ってるけれど言われればらしくないか、いつも驚きを提供したい化け狸らしくないわね」

 

「そういう事だ、コート姿も小さな驚きだが他にも肴になにか欲しいね」

「肴と言えば注文取りを頼まれたのよ、酒は兎も角肴は頼んで欲しいみたいよ」

 

「場所だけ借りて銭落とさんのは粋じゃあないか、なんでもいいから好きに頼みな」

「受け身なあたしもなんでもいいけど、驚きを提供できる肴があるかしらね」

 

 煙管を取り出し燻らせ煙を吐き出し形を成す、象ったのは可愛い小狸。

 そいつに長机にある品書きを咥えせてあたしの手元に持ってこさせる、両面眺めてテキトウに支持を出しお品書きを咥え直させてカウンターへと走らせた。便利なもんだと褒められたがあたしとしては当たり前になり過ぎていて、どこでもよくやる事だったからあまり褒められた気がしない。けれど先ほどキスメに言われた言葉が脳裏に浮かび、ここは素直に受け取ろうと思い直した。

 

「もっと褒めてくれてもいいわ」

「そうやって大してでかくもない胸張るのは後にしな、この後確認してやるからさ」

 

「失礼ね、姐さんと比べればないけど‥‥パルスィと同じくらいにはあるわよ?」

「基準がずれてたってか、こいつは失礼した。どうしても身近なモノと比べちまうな」

 

「基準がこれじゃあ他が可哀想よ」

 

 そう言って後頭部に当たる華の三日月大江山をつつく、張りも弾力もありどこか力強さを感じる山二つ。母性の象徴に対して力強さを感じるなんてと思ったが、母は強いのだったなと突付きながら一人頷く。

 着物が下がるし木桶が見てると窘められて手で促される、鬼の促す手の先にはあたしがさっき置いてきた木桶入り娘がどこか遠くを眺める姿。外野がいては興が醒めるらしい、つつく手を収めて勇儀の煽る盃に途中から割入った。

 

「注いでやるから横から来るな、買ったばかりで濡れても知らないぞ?」

「濡れるだなんてはしたない、それは後のお話でしょうに」

 

「お、言ったな? 言う通りにしてやるさ」

「期待してるわ、姐さん。肴も来たし飲み直しね」

 

「何を頼んだかと思えば、それほど驚くモノじゃあないなぁ」

 

 串物数品とお漬物、それとついでに頼んだあるお酒。あたしの徳利に比べれば随分とマズイ安い酒、最初は銘柄だけ使って遊ぼうかと思ったが木桶のお陰で別の遊びを思いついた。誰かに見せるものじゃないがもしかしたらあの木桶に見られるかも知れない、そんな小さな驚きを提供しようと頼んだ『鬼ころし』という安酒を取りに一度鬼の元を離れて手に取った。

 手に取り戻ると空の盃が差し出されるがそれには注がずに、意地悪く笑みながら口に含み勇儀に腕を回して抱きついた。受け身と言われた意趣返し、それを受けてくれるかね?

 笑みは絶やさず上目遣いで見つめながら、顔を近づけて触れるギリギリ辺りで目を閉じる。

 

 口に含んだ安酒がどうなったのか、もしかしたら木桶が見ていたかもしれない。


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