東方狸囃子   作:ほりごたつ

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インスピレーションで選ぶ事ってある そんな話


第九十九話 小さな油断と色選び

 少し早い紅葉見物から数日しか経っていないというのに、空気はずいぶん涼しくなった。止まったり少し動いたり、ランダムに飛ぶ赤卒(あかえんば)の数も増えて、季節はすっかり秋だと教えてくれる。そんな秋空を見上げそろそろ袖を通してもいいかと、行の長い衣紋掛けに掛かる、真っ白で上等な着物を撫でる。左の肩口からそのまま左の足先まで、綺麗に施された紫の薔薇刺繍、その茨の流れに右手の薬指を添わせながら、まだもう少しと誰に対してでもないが勿体ぶってみる仕草。

 誰が見ているというわけでもないのに。

 

 朝から居たり居なかったりと、気まぐれに帰ったりしている半同棲中の付喪神は今日はおらず、先ほど目覚めてから一人静かな我が家で一服中。

 ポヤポヤ吐きつつ、今日は何をしたもんかねと、元通りに生えた右腕で頭を掻いて思いに耽る。

 

 幻想郷の名所らしい名所はほとんど顔を出しているから今更観光といえる場所もなく、最近出来た逆さの名所も行ったばかり暴れたばかりで、再度興味を惹くには不十分な名所になった。

 最近顔を出していない所とすれば三途の川と天界くらいだが、前者はあのサボマイスターがサボっていないと一人で石積みするしかやる事がないし、いつも通りサボって寝ていても怖い上司の説教がある、それに巻き込まれては面倒くさい。天界も天界で考え方は柔らかいが体と意思の硬い我儘天人と、胸も尻もないへべれけ鬼っ子くらいしかおらず、どちらも力が強く我も強くて、テキトウにからかって遊ぶには少しばかり面倒くさい。妖怪神社に行ってもいいが、どうせ行くならは同棲相手の付喪神を連れて行った方が面白くなるだろうし、どうしたもんかねと煙管を一吸いして、煙を輪っかにし天井に向かい吐く。

 

 以前に思いついた地底での冬物買いでいいか、地底に行くならもう少し寒くなり譲ってくれた着物を着て行きたいところだが、地霊殿に寄らなければジト目に睨まれる事もない。それに地霊殿に行くなら温泉も楽しみたい、年中楽しめる温泉だがもう少し空気が冷たくなった方が心地よく楽しめるというものだ。寒さを味わうには少し早いし今日は日帰りでいいだろう。

 思い立ったが吉日と開襟シャツの肩から白徳利を引っ掛ける、どんな冬物にしようかと悩みながら、洋装に似合わない徳利下げて我が家を出た。

 

~少女移動中~

 

 あたしに向かってくる視線や、探そうとする意識を逸らして何事もなくお山の大穴へと着いた、顔を会わせても良かったのだが少し前に手伝ってくれた銀杏拾いの件がある。拾ってくれたその御礼に燻製でもと考えていたが、届けてもらい調理した岩魚はあの時全て記者に喰われた、美味いもの食って気合を入れて秋本番には間に合わせる、そう言われては止められなかった。

 何か代わりの土産物でも、そんな物が地底で見つかればそれを御礼にでもしよう、あの旧地獄にある店なら何かしら見つかるだろうし、あの生真面目天狗に似合うのはなんだろうかと悩みながら大穴を降っている。

 

 ゆるゆる下っていつもの辺り、遠くに見えるのは鎌持ち木桶。

 何時来ても変わらない歓迎の仕方でありがたい、地底に来るといつも最初に出迎えてくれる辛辣な物言いの木桶入り娘。

 そういえば出迎えてくれることに対して感謝したことがなかったなと、お天道様の日を反射させる鎌を見て思う。首を狙われて感謝というのもおかしな話だが、そうあろうという気概は大事だしそれをいつも見せてくれるこの娘には表には出さず感心している。

 いつもなら能力使って木桶を逸らし、揺れが収まるまで眺めているのだが偶には真正面からとっ捕まえて反応を見てみよう、どんな風になるのだろうか。

 

「そぉぉのぉぉ首もら」

「まだあげない、まだまだ遊び足りないもの」

 

 首元目掛けて振り被り払われる鎌を右手で逸らして、木桶の取っ手を左手でとっ捕まえる。勢いを殺す事なく力業で捕まえたものだから、あたしの体に勢いが伝わりそれを殺すようにくるくると回って勢いを殺していく。

 どこからかぶら下がっている木桶、それを振り回すようにくるくると回り勢いを殺すと木桶が何やら文句を言ってくる、首を狙われ文句も言われ次は何を吹っ掛けてくるだろう。

 

「酔う、アヤメ、酔うよ‥‥止めて、出る」

「出るではなく出す、じゃないかしら?」

 

「アヤメのせいだから出るでいいの…景色が回って気持ち悪い、これならまだ笑われたほうがいい」

「変わった事はするもんじゃないわね、ごめんねキスメ」

 

「謝るなら止まって、前後の揺れは慣れてるけど回されるのは慣れてない」

「はいはい、済まなかったわ」

 

 身に纏う死に装束に少し似た白い着流し、それに合わさるかのように透き通るキスメの白い肌が少しだけ青くなったように見えた辺りで、謝りながら動きを止める。

 動きが止まると頭を振って回る視界を誤魔化す恐るべき井戸の怪、こうして木桶を持ってみると本当に小さな少女なのだが、そんな少女が一番伝承通りにしているというのがちぐはぐで面白い、あたしに見えていないだけでヤマメやパルスィもそれなりに怖い事をしているとは思うが。

 左腕にぶら下げた木桶の中で白装束を身に纏うキスメ、人に忘れ去られて久しい地底の妖怪、そんな連中の中でいの一番で首を狙ってくる可愛らしいつるべ落とし。そんな妖怪が人が死ぬ時に身に纏う色を身につけていて、これもちぐはぐで面白い。

 

 真っ白で汚れのない色、純真無垢なんて人間達は言うが何色にでもすぐ染まり、一度染まればどれだけ抜いても抜ききれず染みとして残ってしまう白。あの御方に白黒はっきりつけてもらえば綺麗に別れるだろうが、一度染まったという過去は消えずに残る。

 いくら仕分けしても取り返しがつかない、何事でもそうだろう。曖昧な灰を好む自分がこんな風に白に興味を惹かれるとは思っていなかった、白を纏う緑の頭、それを無意識の中で軽く撫でている自分の右手を見てそう思った。

 撫でると揺れる二つ縛りにした髪留め、遠く少しだけ指している陽の光をランダムに反射して輝く丸い飾りのそれ。目についたし銀杏拾いの御礼にするならこれくらいのものでいいかと、髪のついでに髪留めも撫でた。

 そんなあたしの手を掴み何かを言いたそうなキスメ、一体何かな、お嬢ちゃん。

 

「意地悪に笑ってるより微笑んでる事のが多いね、最近」

「そう? 変わらない気がするけど?」

 

「意地悪に回すしあんまり変わってはいない、それでも笑みが変わった」

「褒めてるのか貶してるのか、どっちなの?それ」

 

「少し訂正、やっぱり変わった」

「コロコロ変わるわね、何故そう思うのか聞きたいところだわ」

 

「前なら褒めてくれてありがとうと言い切った、聞き返してくるなんて変わった」

 

 言いたいことはなんとなくわかる、確かに嫌味を混ぜて皮肉を混ぜて言われても相手が言葉に込めた意味など気にせずに、言われた通りに褒められたと捉えていたが今は聞き返している。

 確かに変わったと言われればそうなのかもしれないが、これは変化というものか?以前は気がついても無視していただけで、今はソレをふくらませた方が面白いと捉えるようになっただけだが。

 本質は何も変わらない、遊び方が変わっただけだと思うのだが他人から見れば変化なのだろうか。第三の目でもあれば読んでわかるのだろうが、残念ながらあたしが生やしているのは尻尾くらいだ、心は読めない。

 言われた事を反芻し穴を降りながら考えていると、再度何かを言ってくる秋の日の人食い。

 

「首狙い放題、隙だらけ」

「止まってる時は狙ってこない癖に」

 

「狙ってないだけ。狙えない、じゃない。思い込みはダメ」

 

 そう言って鎌の切っ先を喉元に薄く差し入れてくる釣瓶落とし、男性であれば喉仏のあるくらいの位置、その辺りへほんの少し刃先を入れるとそのまま横に小さく裂かれる。

 皮膚を裂いてポタタとキスメの白装束に飛ぶ返り血、裂かれた傷を一無でして血を拭いながら裂いてきた手元の桶に目をやると、今までに見たことがない楽しそうな恍惚とした表情で鎌の刃先を舐めるキスメ。

 人間の血ではないし腹を満たす程の量では当然ないが、それでもこの行為自体が堪らないのだろう、完全に断ち切られてはいないが、切った事実には変わりない。

 長い間狙い続けてついに果たした今の気持ち、少し聞いてみたくなった。

 

「首、取られちゃったわね」

「油断大敵、毎日日和っているから寝首を掻かれる」

 

「言葉もないわ」

「ここはそういう所、寝首を掻く狸の首を掻けてとても楽しい」

 

「首飛ばされても生きてるかしら?そこまで都合良くはないか」

「試す? いくらでも手伝う」

 

 再度鎌を振りかざすキスメに対して能力を使い刃先を逸らす、首に届かず数本髪を切るだけに終わる釣瓶落としの鎌。調子に乗るなと木桶を縦に回して反撃するとごめんなさいと降参してきた。

 両手で抑えて動きを止めると、拭っただけで止めてはいない傷口から再度白装束に飛ぶ紅、振り回されて本格的に酔ったのか、静かになった木桶妖怪に付いた血を軽く撫でるが消えはしない。

 あたしの着物でもないし当然か、それでも謝らなくてもいいか、元々切られて飛んだ血だし返り血浴びても自業自得だろう。

 赤のおかげで余計に映える白を見て思う、着物も白だし羽織る冬物も白でいいかなと。 

 

 珍しくヤマメに出会うことなく底につき、旧都の入り口である橋の守り神にも出会わない。地上より広い地底世界、会わない事もあるだろうと深く考えずに木桶を橋に置いて一人歩く。

 旧地獄街道を行く、目指すは贔屓にしたい店。そう掛からずに店に着き想像する真っ白な外套でもあればいいなと少し期待し扉を開く。

 猫の店主に久しぶりと声をかけ、それらしいのを見繕ってもらう。出されたのはコートとジャケット。どちらも白で丈の短い細身のジャケットはフードのみ、コートはスカートと同じくマキシ丈でやはり細身、こちらはファー付きフードの付いたもの。

 それぞれ袖を通してみてコートを選びそれを買った。店主は動きやすいジャケットを薦めてくれたが、以前の着物に合わせて長い間着ていた長羽織のように、ひらひらと足元で邪魔なコートが妙に落ち着いてこちらを選んだ。

 フードを被った時には白いファーがカフスに絡まったり、ファーが視界に入ってちらついたりと、更に邪魔になるのも気に入った部分、邪魔なのがいいなんて捻くれてると店主に褒められたが、どこに言っても面倒だと邪魔者扱いされるあたしには丁度いいと思えた。

 

 ついでに髪留めをテキトウに選ぶ、白と赤いボンボンの付いた髪留めを二つ選び両方買った。白髪に赤は映えると知ったし烏帽子の色も赤だったはず、嫌いな色ではないだろうと渡した時の顔を思い描きながら代金を払う。

 白い方は赤い頭で銀杏拾いをしていた方の分、色は逆だが真逆ならそれも映えるだろうと深く考えずに手に取った物。

 こっちもどういう顔をするのか、少し楽しみだ。

 買ったコートを身に纏い、ひらひらと靡かせて向かうは旧都の繁華街。

 肩に掛けた白徳利、これの中身を評価してもらおうと一本角の赤を探して町を歩いた。 




唯一スポットを当てていなかった地霊組キスメ回。
求聞口授で素敵な性格だとあったと思いこんな感じに。
赤卒《あかえんば》ですが赤とんぼです。


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