東方狸囃子   作:ほりごたつ

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匂いって大事 そんな話

先に十四話→十六話→五十ニ話と読んで頂けると、それっぽく話が繋がる…はずです。
繋がるといいなぁ。
口調やらも変わってますがその辺りは気にせずに、気になる方は二十五話辺りが転記です。と前書きで宣伝しておきます。


~日常~
第九十八話 手間と匂い


 少し冷たい風を受けてなびく髪を掻き上げながら木々の間の空を見る、視界の中で少しだけ飛ぶ赤とんぼが本格的に季節が変わり始めたんだなと気がつかせてくれる、後一月か二月でも経てばまた着物で過ごしやすい季節になるだろう。

 今の格好も気に入っているが、見立てて譲ってくれた相手に対して仕舞いっぱなしは随分と失礼だ、どうせならどちらの格好もあたしだと認識してもらいたいし、こっちの上に羽織るコートでも探して日替わりくらいで着るのもいい。

 どうせならコートも見立ててもらおうか、見立ててくれた鬼の趣味の良さは折り紙つきだし、白徳利の評価を聞くついでにおだてればまた買ってもらえるかもしれない。

 

 再度吹いた風を受けて、まだ生えきれておらず中途半端に二の腕から先のない腕を通したシャツの袖とスカートがはためく。

 以前に腕を失った時は恥ずかしくなるほど甲斐甲斐しい介護者がいて、そいつを主の元に早く帰してやるために気合を入れて生やしたが、今回は急ぐ事もなく自然に任せて腕を戻している。

 普通の動物なら腕やら足やら生やせないがその辺は妖怪だ、命と力さえあれば四肢くらいならいくらでも戻せる、場合によっては戻せない者もいるのかもしれないが、霧やら煙やらのガス状混ざりのあたしには問題ない事だと言い切れた。

 

 懲りずに吹き抜ける風を受けて足を止める、止まった場所はお山に入ってすぐの銀杏が数本立ち並ぶ場所。少し早めに黄色く色づいた銀杏の奥はまだまだ緑が強い景色だが、それでも少しは色づいていて、緑の色にほんの少し赤や黄が混ざり紅葉とは違った斑な表情を見せる妖怪のお山、紅葉見物にはまだまだ早い時期だが少し拾いたい物があり腕も生やさず訪れている。

 片腕で物拾いなんて不便だと思われそうだが今はそう不便に感じない、あたしはただボロの籠を持って黄色く色づいた木の下立っているだけで、目当ての物が少しずつ籠に溜まっていくからだ、せっせと集めてくれる白髪獣耳とだらだら集める赤い髪、二人のお陰で随分楽だ。

 

「まだ足りないの? 買ったら早いんじゃないの、これって」

「言うだけ無駄です、どうせ銀杏拾いは秋の醍醐味とかそれを楽しめだとか言い出すだけですよ」 

「雷鼓に比べてあたしの事をよくわかってるじゃない椛、お礼に毛繕いしてあげるわ」

 

「結構です、そこそこ拾ったらさっさと帰って下さい」

「言う割に話す時は手を止めてくれて嬉しいわ、別れが惜しいならもっとゆっくり拾ってくれてもいいのよ?」

「天狗の言う通り言っても無駄ね…それで、後どれくらい拾えばいいのよ?」

 

「食べるだけならこれだけあれば十分、二人が楽しそうだったから止めるのも気が引けてつい、ね?」

 

 バチコンと目尻から大きな星が見えそうな勢いでウインクするも何も言われることはなく、中腰の姿勢で止まったままの紅白頭の二人。白い方は呆れた表情で見てくるだけでいつも通りだが、赤い方は声を上げて笑ってくれた。それほど笑わせる事を言ったつもりはないのだが何がそんなにおかしいのか、物上がりは笑いの沸点が低いのかね?

 元々の物を考えれば熱には弱そうだが、その辺りが笑いの沸点の低さに繋がるのだろうか?

 獣上がりにはよくわからない。

 

「図々しさも極まってて面白いわ」

「このくらいで今更笑ってくれてありがたいわ、椛は何も言ってくれなくなったし」

「もう慣れました、この流れだと他にも何か言われると読んでますが…後はなんでしょうか?」

 

「卵と食べ頃の鴨辺り、贅沢を言えば岩魚か山女魚でもあるとありがたいわね」

「‥‥適当に見繕って上司に届けさせますので、今日はもう帰って頂けますか?」

 

「待っていれば届くみたいだしいいわ、帰るわよ雷鼓」

「腑に落ちないけど天狗がそれでいいならいいか、籠持つわよ」

 

 生真面目天狗にまたねと告げて踵を返して二人で下山する、先日の異変以来なんでか我が家に転がり込んでいる夢幻のパーカッショニスト 堀川雷鼓

 肩を貸してそのまま我が家に連れ帰って以来当然のように住み着いている、帰らないのか尋ねたら偶に帰っているらしい、朝から姿を見ない日があるのはそのせいか、それならいいかと気にせずに、思いがけない半同棲生活を楽しんで今に至っている。

 帰らない雷鼓を見て、腕がない不憫なあたしを哀れんでまた介護かといぶかしんだが、調理中に手が足りなければ手を貸してくれたり、湯上がりに体を吹いている間に寝巻きを出してくれるくらいで、九尾のような甲斐甲斐しさはなく少しだけ生活を手助けしてくれる。

 異変で少しだけ手助けしたその意趣返しのつもりなのかね、礼を言っても素っ気無い返事しか返ってこないしその割に楽しそうに笑ってくれるし、表情のない付喪神もアレだったが表情を見せる付喪神もアレでなんとなく難しい。

 付喪神はみんなこうなのかと少し考えたが、驚かすことに一生懸命でそれ以外には頓着しない付喪神もいたなと思いだし、余計に付喪神がわからなくなってそれから気にするのをやめた。

 細かいことは気にしない、いつまでも若々しくいる秘訣の一つ。

 

 冷たくなり始めた風に背を押されて、灰赤並んでそそくさと下山していると、降る途中赤い頭が歩く先に駆け出て振り返り後ろ歩きで何かを言ってきた。

 

「食べるって言ってたけどこれを食べるって本気?」

「今季成り立てじゃそう思って当然か、美味しいのよ?」

 

「本当に?」

「本当に、種の中身を食べるんだけど埋めてしばらくしないと実が剥がれないの」

 

「埋めるの、これを?」

「埋めるの、これを。埋めれば臭くなくなるの、今の雷鼓の手の匂いがしなくなるのよ」

 

 手? と言って両手で顔を覆って嗅いでみせる、ンガッと吠える声を出してとても嫌な顔であたしを見る雷鼓。その顔が可笑しくて可笑しくて我慢できずに声上げて笑ってしまう、釣られて臭いのも笑い出してそのまま二人で下山した。

 途中で左手を嗅いでみろと言われて少しだけ鼻を鳴らす、手の甲から嗅ぎ慣れた銀杏の匂いが微かに漂ってきた。眉間に皺を寄せて触れていないのに何故かと悩むと紅くて臭いのが籠を視界に入れてきた、手渡した時に少し触れたらしい、してやられたとそれも笑った。

 我が家に帰って手を洗う前に臭いの元をどうにかしたい、どうにかと言っても埋めるだけで新しい穴は掘らずに、我が家の一番近くで口を開けている、誰かのかかった落とし穴跡にテキトウに撒いて少し土を蹴り落としておいた。テキトウに埋めて大丈夫かとパーカッショニストに聞かれたが、ここなら忘れないし忘れても穴に落ちた兎か掘った兎詐欺辺りが届けてくれると返答すると、竹林のウサギは親切なのかと一人納得していた。

 

 未だ臭う付喪神がこの穴は何だと訪ねてきたので、兎用の落とし穴だと説明してあげると竹林の兎はでかいのかとこれも一人で納得してくれた。

 どっちもそれほどでかくはないし片方は狡猾でもう片方は臆病だと補足すると、獣の性格も様々かとまた何かに納得していた、この付喪神は思慮深いが変なところが意外と素直で、その辺りが可愛らしい。

 

 程よく埋めたし後は待つだけと伝えるとどれくらい待つのか問われた、行ったお山が赤くなる頃と伝えると、それなら今日は一旦帰ると言ってふわりと浮いた。

 帰るなら匂いぐらい落としてから、手でも洗ってお茶でもしていけばと誘ってみたが、匂いをあいつらにも嗅がせるといたずらに笑い空へと消えた、あいつらというのが誰なのかなんとなくわかる、茶色の短髪と紫の結った髪が匂いに驚き飛び退く姿が見えた気がした。

 

 消えていった空を見つめて少し考える、付喪神の癖に本体なくても問題ないのかと‥‥お面も茄子、じゃなかった傘も、常に本体と一緒だったがドラムは離れても大丈夫なんだろうか?

 成り立ちが特殊だからその辺も特殊なのかと勝手に納得して、住まいの庭先で埋めずに残した銀杏を剥く。直接触れるとカブれるなんて人里の頭でっかちは言っていたが、そんな事は気にせず素手でサクサクと残り全てを剥いて脱がしていく、片手でやるには時間がかかり種は後からでいいかと桶にわけていると、桶に向かって座るあたしの背後から喧しいのが声を掛けてきた。

 

「異変の元凶がいらっしゃると聞いて飛んできました! 清く正しい幻想ブン屋、射命丸文です!」

「文にしては遅いわね、もう帰ったわよ?また来るらしいけど」

 

「あやややや、それでは次は何時頃いらっしゃるんですかね? 独占インタビューといきたいのですが」

「銀杏を掘り出す頃よ」

 

「何よ、それじゃあ遅すぎるわ。旬を過ぎたネタに興味ないわ」

「残念ね、代わりに少しご馳走するから機嫌を直しなさいよ。ついでに手伝って」

 

「埋めてほっときゃいいのに、わざわざ素手で剥くなんて」

「友人が土産を届けてくれると言っていたからその準備、それでも片腕じゃ手間取ってね、来訪には間に合わなかったけど…来たのなら手伝ってくれてもいいんじゃない?」

 

 しょうがないわねとまだ実の残る方に手を伸ばした烏天狗、それを制して種に促すと理解したのか住まいに入り、水瓶を外に持ち出してきてよく洗ってくれた。洗った種を土間の端に撒いてパキンと音を立てる一本下駄、中身は潰さずに殻だけを潰す絶妙な踏み加減。

 器用ねと見もせずに褒めると昔はよくやったという言葉が返ってきた、大昔じゃないの?とそれにも返してみると、あ、という声が聞こえてきた。やっぱり大昔に取った杵柄だったらしい、自爆で食い扶持減らすなんて雑食の烏らしくなくて少し面白かった。

 

 全て剥き終えて自分の手を見る、あまり顔に近づけたくない我が手。ここまでやってやっと気が付いた、片腕でこれをどう洗おうか。思考を止めて固まっているとこっちに来いと手招きされる、素直にてくてく歩いて行くとあたしの手を取り洗ってくれた。

 匂いがあれだから種を任せたのだがこれでは意味がないなと苦笑すると、これくらいで恥ずかしがるなんてと笑われた。笑みの意味は違ったがそう取られたのならそれでいいかと、言われた通りに少し恥ずかしさを見せて微笑んだ。

 ついでにシャツも脱がせてもらい珍しく甘えると、手がかかるわと笑われた、放っておけば死にゆく身内、それを雛から育てるくらいには優しいと知っているからイタズラついでに頼んでみたが、文句も言われず微笑まれるだけだなんて少し予想外で、余計に恥ずかしくなりほんの少し顔が熱くなってしまった。

 

 そんな火照りを隠すように火鉢に炭をテキトウに入れて妖術で火を起こす、組んで風の流れを作らないとよく燃えないが、今は文がいるのだと何も気にせずテキトウに並べた。火だけ起こして火鉢を離れるとあたしと変わるように火鉢に向かう新聞記者、これもよくある事で頼むまでもない事だ。

 

 文の持ってきた土産包を開けると岩魚が七匹、こいつが持ってくると言っていた時点で卵や鴨はないとわかっていたので、中身については言及せずに不器用に捌いて強引に串に刺し火鉢に向かう文に手渡す。何も言わずに火鉢に刺してそのままそよ風を起こす天狗、おかげさまで随分と楽な調理だ。調子に乗って水切り用の浅い網籠に、洗った銀杏と竹串を乗せて文の視界に置いてみると、これにはさすがに小言を言われた。

 

「何がご馳走するよ‥‥ほとんど私がしてるじゃない」

「おかげで助かるわ、岩魚は兎も角こっちは片手じゃ刺せないもの」

 

「なら早く生やしなさいよ、見てて痛々しいから」

「あら、心配なんて珍しい。明日は雨降りかしらね、最近冷えてきたから困りものだわ」

 

「埋めた方を掘り返すまでには用意するから、もう少し待ってなさいよ」

「はいはい、出来れば洗わずにいてくれるとありがたいけど‥‥それはそれで不潔かしらね」

 

「アンタそっちの趣味もあったの? それこそ不潔だわ…意地張るのやめようかなぁ?」

「あたしはどっちもイケるクチ、それに文の匂いは結構好きなのよ、お山の匂いに少しだけ混ざるインクの匂い、なんでか落ち着くのよ」

 

 そう言うと火鉢に向かいながら自身の腕に向かい鼻を鳴らす天狗の記者、元々鼻が効かない種族なのだから嗅いでもわからないだろうに。

 口に出したつもりはないが表情と視線から察したらしい、それなら代わりに確認しろと普段は見せない黒羽を羽ばたかせる。片羽を撫でて一枚抜くと一瞬ピクリと動いたがそれには気にせず鼻を鳴らす、言った通り山の自然にインクの混ざった少しちぐはぐでとても落ち着く匂い。

 

 言った通りの匂いだと微笑んで伝えると、納品前には洗うけど程々にしておくと少し照れながら言ってくれる清く正しい新聞記者。

 それは楽しみだと返答し火に当たる串を返していく、パチっと弾けた炭が不意打ちで手に当たり思わず引っ込めて当たった所を小さく舐めた。

 舐める瞬間香った匂い、撫でて移った落ち着く匂い。

 冬場になればこれに包まれて眠れる、少しだけそれを想像して穏やかに微笑んだ。

 


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