東方狸囃子   作:ほりごたつ

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第九十六話 祭りの後の打ち上げ準備

 先に逃げ出した天邪鬼はすでにおらず、何処かへと逃げ去った後らしい、もしかしたら捕まえにくるかもと踏んだここの大家も、結局姿を見せることはなかった。始まる前の我が家には来て終わった後の今は来ない、完全にフラれたなと少しだけモヤモヤしたが、早く来いと巫女に脅されたのを思い出して足遅に神社へと向かい動き出した。 

 

 何かが崩れる音を背に聞きながらだらだらと妖怪神社へ向かい飛んでいく、雷様っぽいあいつが言った『後の為に』があったから巫女に気をつけてなんて言ってみたが、終わってすぐでは準備しきれずまだ早いらしい。

 準備を終えて雷鼓がやらかしているなら轟くだろう重低音、そんな小気味よい音は聞こえず慣れ親しんだ静かな幻想郷の空。

 そういえばあの姉妹はどうなったのだろうか?

 雷鼓のように賭けに勝ち、どうにかなったら礼を言うなんて遺言を残していったが、言いに来ないって事は失敗したのかもしれない。

 それはそれは残念だ、どうぞ心安らかに。

 

 ふらふらと吹く風に流されない程度の速度で飛んでいくと、遠くに見えてきた寂れた神社。

 この距離ではさすがに誰がいるのか確認できないが、少なくともあの少女三人組とちびっ娘はいるのだろうし、場合によっては狼女やろくろ首辺りもいるかもしれない。異変の関係者なら呼ばれることが多いが彼女達のような被害者も呼ばれるのかね、呼ばれても付き合いの悪い赤頭と、怖いわー人間怖いわーと常日頃から言っている狼女じゃ参加したりはしないだろう。

 人が少ないならそれはそれでいい、すでに居るだろう出来るメイドに全て任せてあたしは上げ膳据え膳と洒落込める。同じく居るだろう子鬼に絡んで顎で使われる前に酔ってしまえば何も言ってこないはずだ。それでも無理を押し通してくるのがあの紅白だが、そうなったら買い出しだとでも言って抜け出せばいい、そのまま戻らず竹林の姫様の所へ行ってもいいし、人里で小娘二人をからかってもいいと考えていた。

 

 邪な考えをお天道様に読まれたのか、少しずつ天気が悪くなる。今は梅雨が終わったばかりで夏ですよ~と知らせてくれる者のいない季節、お天気の安定しない季節の割に晴れ間が続いていたのは、この空模様もアレにひっくり返されていたのかもしれない、それなら結構やるじゃないかと変なところで見直した。余計な事を考えていると少しずつ灰色の雲が広がり、まもなくポツポツと降りだした。

 飛ぶ速度を上げてはみたが当然間に合うはずもなく、神社を遠くに眺めたまま全身ずぶ濡れの濡れ姿。ここまで濡れたならもういいやと飛ぶ速度を緩めて、頬に当たる雨粒の衝撃を和らげた。

 能力使って雨粒逸らせば濡れることなんてなかったが、季節や天気は授かり物だ。出来る限りそれらしく享受したいし、埃っぽいあの城から出てきたのだから纏わりついたソレを流すには丁度いいと思い能力使わず素直に濡れた。

 いつもの着物なら神社の社務所に入る前に濡れる前の姿に戻せるが、今の洋装ではどうかね?

 そこそこの人数にこの姿を見せたし、それなりに褒められもした。その辺りからこっちの格好もあたしだと定着してくれていれば、濡れネズミになる前に戻せるはずだが。社務所に上がる前に試してみるか、上手くいったら儲けモノ。ダメならダメで脱ぐだけだ、寂れた神社でもタオルくらいはあるだろうし、無頓着な巫女でもそれくらい貸してくれるだろう。

 水も滴るどころか絞れるくらいの、非常にいい女になって妖怪神社に降り立つと、ちゃぶ台で座りお茶を啜る巫女と黒白の魔法使いに指を刺されてお小言を言われた。

 

「引き際を間違えるからそうなるのさ」

「上る前に拭くなり脱ぐなりしてよね」

 

「引き際は誤るものよ、違えるのは道ね、魔理沙。脱いでもいいけどその後がないのに脱ぐのもねぇ」

 

「口の減らないエロ狸はそのまま頭冷やしている方がいいな」

「なんでもいいけど上る前にどうにかして、畳が傷むわ」

 

 指先や髪先から水を垂らしたまま縁側に上がり小さな軒先の下で運試し、びしょ濡れの右腕同じくシャツの張り付く左腕を撫でてみると程々に乾いた。思った以上に浸透していたようだ、この格好。そのまま全身を程々に乾かして、服のように乾かせない頭を振って水気を飛ばす。飛沫が飛んだのか嫌な顔をしながらこっちにタオルを放ってくれる巫女、予想した通りコレくらいは貸してくれるようだ。

 

「洗濯いらずで便利なもんね、着物も一着しか見ない理由がわかったわ」

「陰干しくらいはしてるのよ? 戻せるけれど着るのに気持ち悪いし、それに濡れるのは苦手なのよ」

「溺れて運ばれるくらいだもんな、狸がカナヅチだったとは知らなかったぜ」

 

「狸は泳ぎも木登り得意な方よ、狸よりも別の方で苦手なのよね」

「どうでもいいわよ、乾いたならあっち手伝ってきたら?」

 

「妖怪使いの荒い巫女さんは怖いわね、そういえばちっこいのは?」

 

 濡れた頭を毛羽立つタオルで拭いていると時折耳のカフスに引っ掛かる、その度にタオルと頭を引き剥がしながら水気を取っていく。あらかた吹いてそのまま首にタオルをかけて、促された指の先へと視線を移した。そっちといって指される人指し指の先にあるのは、打ち出の小槌が紐でくくられた籠。側面に小さな取っ手の付いた網籠が見える。寂れた神社のくせにお誂え向きな物があるもんだと不思議がっていると、黒白が自慢気に話してくれた。

 溜め込んだガラクタ、もとい集めに集めた収集品の中にあった虫籠に人形遊び用の家具を突っ込んだものらしい。ヘヘッと鼻と鳴らす人間の魔法使い、お人形さんなんて可愛らしい趣味だと笑うと、実家を守ったついでに蔵から持ち出した昔の物だそうだ。人形なんていうからあっちの魔法使い関係かと思ったが、思うほど仲がいいわけではなくて地底の異変の時は利害が一致して協力していただけらしい。妬ましいのが来るなんて言っていたが利害関係でも妬ましいなんて、あの橋姫はやはり強欲で妬ましい。

 小槌を突付いてみようと手を延ばすと寝てるから放っておけと少女二人に窘められた、使って尽きた魔力を回収している小槌。それと同じように眠って体力を回収しているそうだ、それならそのうち起きている時にまた遊ぼう。寝起から謀られるのは気分も悪かろう。

 

 さっさとあっちに行けと追いやるように手であたしを払う二人。どこの少女も仲がいいと仕草が似るものだと、おめでたいのとおめでたくない色の二人を鼻で笑って台所に向かう。小バカにされたと理解した黒白が片足立ちになるが巫女に構うなと止められた。

 構ってくれたほうが台所仕事をせずに済む為是非ともそうして欲しかったが、止められて立てた足を戻してしまう普通の人間の魔法使い。こちらを見もせずに意図を潰してくる楽園の巫女、中々手厳しくてたまらない少女。

 戸のない社務所と台所を区切るように掛けられた小さなレースの暖簾を潜り、慣れた手つきで何かを裁く瀟洒な従者の横に立つと、手を止めて鍋にかかったお玉を手に取り小さな皿に汁を移した。薄く湯気立つ小さな皿が手渡されて何も気にせず口にする、鳥の出汁が利いた少し薄めの味付け。熟れた葡萄の風味がよく、鼻を抜けて舌で広がるモノを味わい、小さく頷くと皿を取り上げられて手際よく洗ってくれた。相方がこれなら随分と楽できそうだ。

 

「追いやられて来てみたけれど、やる事ないわね」

「来るのが遅いのですわ、濡れネズミになる前に来れば色々して頂いたのですが」

 

「ならいいタイミングだったのね、楽できてありがたい」

「まだ楽とは言い切れません、食器くらい出して下さい。何人来るかわかりませんがあるだけ出せば足りるでしょう」

 

 促されて背後の食器棚を見る、土産物屋でよくありそうな青い焼き物の和皿や大きな盛皿に始まり、この神社にそぐわない綺麗な塗りのソーサー等の洋食器まで並ぶという、纏まりというものが感じられない食器棚。味見した感じから洋食器のほうが似合いそうだがそれっぽい物が見当たらず、テキトウに食器を出して洗い場に置いて軽く流す、棚に仕舞われているから汚れる事はないのだろうが、自炊をほとんどしない巫女の持つ食器なのだ、これらがいつからあのままなのかわからず気になり洗い直した。

 水で濯いで拭き取って一枚ずつ重ねていくと、重ねるそばから取られていく食器達。

 つまらないことだが需要に対して供給量を上げるように手早く洗っていくと、小さく笑いながら需要側の少女が口を開いた。

 

「小さなところでムキになりますね、あるから使っているだけで急かしてはおりませんが?」

「何事も楽しむ、需要に勝る楽しみに食器を選ぶ楽しみ。別になんでもいいんだけどね」

 

「楽しい異変には関わらないくせに、ちまちまとした事がお好みのようで」

「楽しいと面倒くさい、天秤に掛けたら面倒が勝つ。わかりやすいでしょ?」

 

「手間を楽しむ事はなさらないんですね、そうした方が面白い事も多いように思いますが」

「目先の事で十分なのよ、あたしは小者だもの」

 

「それこそなんでもいいですね、おかげで私は楽できるわけですし」

「そうよ、細かいこと気にすると老けこむわ。老い先短いのだから好きにしたらいいのよ」

 

 長いアヤメ様に言われても説得力がありませんわと鼻で笑われる、なんでもない仕草だがそれが社務所で寛ぐだけの二人に比べて随分と大人びているように見えるのは、仕える先が化け物だからだろうか。

 見た目は兎も角として年齢だけは少し重ねているこの子の主や妹達、毎日それらの面倒を見ていれば同年代の少女よりもいくらか先を歩くようになるのかもしれない。だからこそソレらに見合うように瀟洒であろうとするのかね、破れない約束を守って人間で居続ける悪魔の館のメイド長。

 この子もこの子で面白い生き方だと感心しながら手を動かす、取り出した食器を洗い終えて手を拭いている時に再度小皿を手渡される、先ほどと同じ様な鳥の香りと別のモノが混じる匂い。口にせずともわかるが含み味わう、小さく首を傾げるとやっぱりと微笑まれた。

 

「咲夜の主じゃないんだから、混ぜなくても大丈夫よ?」

「人喰いだと最近知りましたので、こちらのほうが好みかと思ったのですが要らぬお世話でしたね。人を喰うと言ってもアヤメ様は表現で言う方のが似合いますし」

 

「無駄にするのも悪いしそれでいいわよ、あっちの二人には出せないし。嫌いというわけでもないし」

「それではこのままに、聞いてから混ぜれば良かったですね。私とした事が‥‥慣れは怖いと知りました」

 

 そういう咲夜の手元を見ると小指の先がほんの少し赤い、けれど傷があるように見えるだけで血は止まっている小さな傷。時間でも止めて傷つけたのか、そこまで気にしなくていいのだが。

 いらぬ気遣いとはいえ元々はあたしが話したあの妖怪図鑑が原因か、それならそれらしく有りがたくありつこう。雨降りで来れないだろう主に代わり美味しく戴くのも悪くないと思えた。

 最近増えてきたという朱鷺を赤ワインで煮た料理。血が混ざっても色ではわからないし彼女は気に入った少ない人間の一人で、あれほど異変で暴れる少女。そんな相手の血にありつく機会もないしそれも悪くはないと気にせずに、血の混じっている器だけを別にして他の器を持ち社務所に運ぶ。

 遅いやら文句を言ってくる二人は無視して何度か往復をし、味見した以外のすでに出来上がっていた料理も合わせて運んだ。あの飲兵衛がいれば運ばせるのだが今日もいない、何処をほっつき歩いているのやら。まぁいいかおかげで尻尾の安全が確保されたわけだし。

 少し気合でも入れたのか結構な品数を作ったようでいつものちゃぶ台では並べきれず、襖を取り外して隣の寝室も開け放ち、長机をちゃぶ台にくっつけて色々と並べた。

 見た目も美しく匂いも食欲のそそる料理達、和食中華の次はコレを習ってもいいかもしれない。

 

 後は呼びつけた輩や勝手に来る輩が揃えばいつもの宴会だが、今日は誰が来るのやら。

 雨が降っていても気にせずに、開け放たれている社務所から縁側の先を見つめていると、階段を登ってきた最近増えて減らされた赤い頭と、すっかりいつも通りになった毛皮を纏う犬耳が傘を指している姿が一瞬見えた。

 異変で見かけた人数にしては数人足りないが、わざわざそこまで迎えに行く気はないし、半分魚で陸地は微妙だと思える輩もいる、来ない者は知らんと濡れるのも気にせずに、雨の中階段で立ち止まっている誰かを迎えに、傘も差さずに庭先に出た。

 

 


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