東方狸囃子   作:ほりごたつ

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第九十四話 鳴りを響かせ始原と九十九

 素直に真っ直ぐついて行けばカンの良い巫女に気が付かれて確実に巻き込まれると考えて、彼女達とは違う出入口はないかと、嵐の流れに逆らわないようフワフワと流されながらお城を見やる。

 渦の外からでは見えにくかったがこうして近寄って見てみると、本当にひっくり返っているお城で見れば見るほど面白い。床とかどうなっているのかね、畳とか打ち付けられているんだろうか?

敷いているだけでは天井に落ちてしまうだろうに、重力毎逆さまならその辺は大丈夫だったりするんだろうか?

 矛盾している、天に落ちるという表現が素直に当てはまるこのお城。ひっくり返して反逆するあの二枚舌が隠れるにはお誂え向きでそれらしいなと、クスクスと笑って流されていく。

 

 一周ぐるりと流されて、少女達が入っていった入り口以外に窓やら戸やらを確認できたが、あたしが入るには少し小さい、もう少し大きな造りであればするりと入れそうだが、あの大きさの窓や戸では胸や尻がつかえてしまいそうで諦めた。一番邪魔になりそうな尻尾を敢えて言わなかったのはあたしの小さな見栄だ、深く追求しないで欲しい。

 ゆるゆると流されながら二周くらいした頃だろうか、魔力の嵐に変化があった、変化と言っても嵐自体が変わる物ではなく嵐の中になにやら動くあたし以外の人影が現れたのだ、お城に住む誰かさんが迎えにでも来てくれたのかと見つめる。

 

 稲光のような魔力の雷光の影にうっすらと見えるのは小さな太鼓?

 丸く輪っかのように連なって大小並ぶ雷様のような鬼太鼓っぽい何か、影が座るモノは大きな太鼓の様に見えるがあたしの知ってる和太鼓とは随分と様相が違う。

 流れに任せてゆるゆると近寄り、ある程度会話の出来るくらいまで距離を詰めた辺りで能力を強めて、流れる体が止まるようにあたしに向かう嵐を逸らした。

 結構な嵐の中静かに煙管を燻らせて、対峙している太鼓っぽい少女と対となるようあたしの周囲に煙を纏う、知らぬ顔で敵なのか味方なのかわからない謎の手合、余裕そうな表情で近寄ってくるあたしを見ていた相手。その余裕からそれなりに力を宿しているとわかり、普段はしない警戒をするように煙を周囲に漂わせた。

 けれど、少しの警戒を見せるあたしに対して振る舞いを変えることなく真顔で見つめるだけの少女、その姿を少しの間無言で見つめて纏う煙を掻き消した。同時に警戒心も解いていつもの怠惰を好むスタイルになると、むこうから話しかけてきてくれた。

 

「身内を丁寧に扱ってくれる貴女と敵対する気はないわ、警戒を解いてくれてありがとう」

「雷様に近い知り合いはいないはずなんだけど‥‥竜宮の使いと口の悪い怨霊くらいかしら? 雷様っぽい知り合いは」

 

「それっぽい音は鳴らすけど残念、私は付喪神。身内というのはコレの事よ」

 

 そう言いながら肩に何かを乗せてそれを平で打つ仕草を見せる雷様っぽい少女、仕草からして鼓だろうか。それを身内という付喪神、見た目は知らない形だがやはりこれも太鼓の一種だったかと、自身の読みに満足し薄く笑って紹介をする。

 

「鼓の付喪神って事ね、取り敢えず自己紹介しておくわ、あたしは霧やら煙やら狸やらの妖怪さん。囃子方アヤメ」

「名前もソレも聞いているけど、こうして顔を合わせられたんだからきちんと紹介しておくわね、堀川雷鼓。元和太鼓の付喪神よ」 

 

「元?」

「元、今はこのドラムが私。外の世界の新しい太鼓よ」

 

「外の世界ね、やり方はどうでもいいとして依代を乗り換えたの? また随分と分の悪い事をするものね」

「そうでもしないと自我を乗っ取られる所だったし消えていくだけだったのよ、命を張った大博打だったけど勝てて良かったわ、おかげでここの魔力に頼らなくてすむもの」

 

「消えるはともかく乗っ取られる? 元は物なのだから、乗っ取られ使われる事に喜びを感じるのが物ではないの?」

「以前はね。でもこの魔力のおかげで自我が芽生えてからは、叩かれ踏まれるだけの生活には戻りたくない、そう思うようになったのよ」

 

 叩かれ打たれて音を鳴らしていた者がその生活は嫌だと言うとは面白い。今回の異変で付きまとってくる溜まるってお言葉に宛てがえばずぅっとそればかりをされて溜まっていた鬱憤が弾けたってところか。

 貰ったモノだけを頼りにしてそれにふんぞり反るだけではなく、更に上を目指して命をかけた大博打に挑み勝った付喪神。太鼓らしく打てば響くってのを体現していて素晴らしい、それが嫌になったって皮肉を持っているのも実に好みだ。

 小出しに教えてくれるこの異変の話もそれなりに興味を惹く言い回しだし、この付喪神は面白いな、是非とも輪を繋げておきたい、珍しく出逢いから惹かれる相手に会えて嬉しくなり、ニヤニヤと微笑んだ。

 

「それで堀川さんはあたしに何用? 何もないのに出てくる程、暇している感じではなさそうだけど」

「雷鼓でいいわアヤメさん。お陰様で力はそれなりに強くなったけどまだまだ新顔でね、出来ればそれなり以上の人と繋がっておきたいのよ‥‥後のためにも」

 

「そういう事なら喜んで、面白ければ手助けもやぶさかじゃないわ。それで後っていうのは解決後って事でいいのかしら? 雷鼓」

「嬉しいお返事助かるわ、解決ってこの騒ぎよね? それならもう時期嵐もおさまるはずよ、この逆さの城『輝針城』も元の世界に帰るかもしれないわ」

 

「輝針城、輝く針ね。あたしのこじつけもまんざらでもなかったみたいね」

「どんな話か聞いてみたいわ、後学のためにもね」

 

 雷鼓の言葉から確信を得られた自説を簡潔に述べる、古い友人が言った『物』と『小人族』と、その従者が言った『大きくなる』から繋げたそれっぽい考察。

 この力が作用するのは力ない者や自我のない物だけだという事。輝く針のお城の主が一寸法師である事、そして一寸法師の持つ打ち出の小槌がこの異変を成したと確信できた事。

 輝く針を携えて鬼を退治した小人族、それなら一寸法師で間違いないしそれが持っている秘宝なのだから『打ち出の小槌』で間違いないだろうと。

 こういった場合全てを語るのは後々不利になる事もあるが異変に関しては正直に述べる、近寄りたいと思った相手が近寄って来てくれたのだ、このまま興味と関心を持ってもらう為偽りないままポロポロ話す。それでも全ては話さない。溺れた事や人里で殴られ涙目になった事、竹林で力に飲まれ暴れてしまった友人の事やらその他色々、話しても何も変わらないだろうが最初くらいはいい格好したいし、友人の恥ずかしい姿を話しても今は誰の得にもならないと考えてそこは語らなかった。

 

「概ね正解よ、訂正するなら小槌の魔力で大きくなるのは力と凶暴性だったという事くらい。それ以外はほぼ当たり、後は異変の元凶と対面して終わりってくらいの正解率……良い相手と知り会えたわ、出来れば仲良くお願いしたいわね」

「元凶のせいで現れた相手に褒められるのも面白いわ、悪い気はしないし、こちらこそ今後もよろしく、雷鼓」

 

「随分大らかね、やりやすいわ‥‥それで、これから元凶訪ねるの? さっきの少女達のように解決しようと動くのかしら」

「テキトウなだけよ? 解決はしないわ、それは人間のお仕事、あたしは笑い話が拾えればそれでいいのよ。雷鼓だけでも十分だけど、ついでだし期間限定の観光名所も見ていくわ」

 

「異変の中心地で物見遊山するの? 肝が据わっているのか馬鹿なのか、よくわからない狸さんね」

「馬鹿なのよ、化かすんだもの。観光案内はしてもらえるの?」

 

「リズム良く足並み揃えて案内したいところだけど後の為の準備があるし、また後でゆっくり話しましょう」

「何を成すのか知らないけれど、先住として忠告しとくわ。あまり派手にやると怖いのが来て膜を破られてしまうわ、折角綺麗に成り果てたのだから…そうならないよう気をつけて」

 

 ペースを乱さない程度に頑張ると、らしい事を言って魔力の嵐に消えていく元和太鼓、生まれたてという割に妖怪らしく腹に一物抱えた手合。後の為と言っていたが何をやらかすつもりだろう、この城の何処かにいる反逆者のように大事を成すつもりかね。

 内容によっては言った手前もあるし少しくらいの手助けも辞さないが、正邪のようにひっくり返して在りようを破壊しようとするのなら‥‥その時は囃子方らしく最後に打って楽器として終わってもらおう。気に入った相手だから、そうならない様動くつもりではあるが。

 去る背を見送りしばし悩む、また一人になったところでどうしたもんかと。雷鼓はもう時期収まると言っていたしそれを待ってもいいのだが‥‥こっちも言った手前だし馬鹿面浮かべて物見遊山としますか、まだ城の主に会っていないしひっくり返そうとした主犯の最後も見てみたい。

 最後とはいっても死んじゃいないだろうし丸焦げにされている姿を笑ってやろう、他人の力を宛にして動いてシバかれどんな気分か問うてみよう‥‥あの二枚舌で何を言い返してくるのか楽しみだ。

 すっかり燃え尽きていた煙管の火種を落とそうと周囲を見るが何もない、そりゃあそうだ空中なのだ。仕方がないと右腕を叩き火種を落として新たな火種を込めながら、本来なら天辺になるはずの天守閣から飛び入った。

 

 中に入ると随分と薄暗い、ところどころに灯りは灯っているがそれでも暗くて、美しい内装が見えず少し勿体無いなと感じる。美しいものを誇るでもなく敢えて見にくいようにしているのも逆さにかけているのかね、それならば凝っていて洒落ている。

 途中畳に触れてみたり灯る灯りに触れてみたりしたが重力は逆さまではないようだ、落ちない畳の原理はわからないが灯る灯りは触れると逆さまの炎が台座を燃やしてしまった。

 触らなければ燃やさない炎、これも原理がわからない。

 

 中々に面白い観光地だがこう全部が全部逆さまでは少しばかり目に悪い、酔いはしないが感覚がブレてしまいそうだ。景色に沿って逆さになって飛べばいいのかと思いついたが実行する前にやめた、重力はそのままだから丸出しになると想像できた。

 それでも景色にズラされるのは気に入らず折衷案として景色と平行に飛ぶことにした、地上から見れば背中が下に見える飛び方で寝ながら飛んでいるように見えそうだが、今の景色からすれば傾いたくらいにしか捉えられず折衷案としてそれなりになった。

 少し進んだあたりで三度目の喫煙、酒に酔う機会が減ってから頻度が増えたなと感じるが健康面での事は気にせず煙を纏う。モヤモヤと漂う物を一瞥してから遠くに見える二人組に声をかけた、人間少女の案内を終えた見知らぬ妖怪少女二人。

 切ないような侘しい様な表情をしているそんな二人に声をかけた。

 

「顔つきも似ているけど、焦げっぷりがそっくりなお二人さん。空飛ぶ人間は何処かしら?」

「妖怪? 煙纏って煙管持って‥‥その見た目でここにいるってことはアンタは煙管の付喪神?」

 

 二割くらいは正解だと伝えて煙管を握り半分に折る、綺麗に折れた煙管を投げ捨てて付喪神ではないとアピールする。背中から見えるだろうデカデカとした縞尻尾が視界に入らないのかね。

 本体だと思っていた煙管を手放すと少し身構える姿勢になった似た二人、髪型や格好は違うが感じる妖気の波動は同じ種族、付喪神だと教えてくれる。折ったはずの煙管を纏う煙の中から再度取り出して、復活した本体を見つめる二人にまた話しかけた。

 

「煙管も本体に近いけどこれよりも煙の方が本体に近いわね、あたしは狸のつもりだけど」

「折って捨てたのに…わーお、綺麗に騙された」

 

「化け狸だもの、騙すでしょ? 正体聞かれたからそれらしく返したけれど、お気に召さなかった?」

「‥‥それで、狸が何もかもが逆さまなこの下克上の世界に何用?」

「そーよ、おとなしき者が力を得るここに狸が何しに来たの?」

 

「観光よ、ついでに天邪鬼を笑って城の主を眺めに」

「あぁそう、じゃあ早く行って。もうすぐ戻る私達に用事がないならさっさと行って」

「力を得たのに手ひどくやられて後は戻るのを待つのみ、狸の相手をするほど時間がないの」

 

「戻る? 戻るくらいどうってことないと思うけど、泣きそうな顔するくらい深刻かしら?」

「あんたらみたいに便利な体じゃないのよ、ここの魔力が尽きれば戻る。元々力なんてない唯の楽器だもの」

 

「雷鼓が言ってた消えるってやつね、遺言代わりに話してみなさいよ。あたしは囃子方アヤメ、見せた通りの妖怪さんよ」

 

 紫髪を後ろで二つ結びにした琵琶の方が姉の九十九弁々で、茶髪のショートカットが妹の九十九八ツ橋、妹の方は琴の付喪神らしい。付喪神の九十九姉妹だというが楽器が違うのに姉妹と呼べるのかね?あたしやマミ姐さんみたいなもんかね、ならいいかそこはどうでもいいさ。

 それで切ない表情の二人から少しだけ聞き出せた事、ここの力。打ち出の小槌で成り果てた付喪神はここの魔力が尽きて供給が止まれば元の姿に戻ってしまうそうだ、自ら成ったのではなく魔力の力頼りで成った為体も自我も維持できないらしい。

 期限付きの自由を不意に与えられて意思とは関係なく取り上げられる、形は違うがこの子らも異変の犠牲者って事かね。それなのに加害者扱いされ退治されるなんて可哀想に、あたしが境界の妖怪だったなら、その辺弄って成ったままでいられるようにしてあげてもいいがそれも出来ないし、どうしたもんかね?

 あぁ、雷鼓を真似ればいいのか。

 

「どうせ消えるなら最後に賭けてみたら? その呪縛から解き放たれた付喪神がその辺にいるはずよ、聞いてみたらいいんじゃない?」

「また騙してるんじゃないでしょうね?」

 

「また騙すために延命してみろと言ってるのよ、どうせ砕けるなら自分から当たって砕けた方が後腐れないわ。上手くいったら丸儲け、損はないと思うけど」

「‥‥何もせずにいるよりはマシね、感謝は成功したら言うわ」

「ちょっとー、姉さーん。もう、次会ったら騙されないから!」

 

 それぞれ捨て台詞っぽい遺言を残して入ってきた天守閣へと降りていく姉妹、二人の言う通り次があればいいがどうなるやら。

 上手くいったならまた騙してやろう、その時は煙管ではなく徳利でも割るかね?

 最近持ち歩いてないから戻せる保証が薄いか?

 まだ一本角の姉さんに飲ませてないしやめておくか。

 ドラムの付喪神が言った通り、随分と薄くなった魔力の嵐の中を降りていった、もう見えなくなった紫と茶の頭から視線を城の下部へと上げる。上げた際に揺れて小さく鳴った耳の鎖を指で更に鳴らして、もうすぐいたらいい天邪鬼の元へと向かうように飛んだ。




未だ渦中にありますが戦闘は人間任せだと断言します、ビアジョッキを投げ合う位なら書けそうですが。


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