東方狸囃子   作:ほりごたつ

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第九十三・五話 本棚からぼた餅

 果報は寝て待てと先人の言葉を頼りにしていたが全くもって先に進まず、仕方がないからこちらから果報を迎えに行ってみようと再度人里を訪れている。正しく先人である永遠のお姫様が教えてくれた小人族、字面から種族だろうとは思うがそれ以上のことは輝夜から聞き出せず、聞き出せたとしても高い代金吹っ掛けられそうで追求するのはやめていおいた。

 

 それで何故に人里かというと、ただなんとなく思いついただけ。最初に暴れた赤蛮奇もいるしここならなにか取っ掛かりがあるかと考えて、それっぽい何かがないかとぶらついている。

 ふらふらと歩いていて本当に異変の元へ行く気があるのか怪しく思われそうだが、正直行く気はあんまりない。行けば確実に巻き込まれるとわかっているし、見知った者達が無事であるなら異変が終わろうが終わらなかろうがどうでも良かった。

 やることがないのなら仕返しに行かないのか、こっちも知っている者からすれば言われそうな言葉だがこっちも正直どうでもいい。霊夢が行ってそれなりの報いは受けたはずだし、あの時の雰囲気やその後の流れからわかさぎ姫も被害者だとわかった。

 被害者だから許します、なんていうほど聖人君子ではないから後々でなにかしら美味しい思いをさせてもらうつもりだが、今行っても謝られ怯えられるだけだと考えて敢えて近寄らないようにしている。

 

 後、気になることといえばあたしを誘ってきたあの反逆者くらいのものだが、あれからさっぱり話を聞かない。何をどうやってひっくり返すのか、興味はあったがわざわざ探しに行こうとまでは考えなかった。

 興味がない事はないが会いに行けば会えないような気がして、それなら会えればいいなくらいに考えて頭の隅っこにおいておくくらいにしていた。

 けれどこのままでは助言をくれた姫様に話せるものがない、ここで貰いっぱなしのままでは今後の難題受注に響く。出来ればなにか珍しい事、小さく笑える程度でもいいから何か探さねばマズイだろう。

 人里の橋の上で立ち止まり腕組みしながら煙管を燻らせていると、良く知る人間の少女二人が煙を抜けて駆け寄って来て両の腕を取ってくる。右手はいいが左手はやめてくれ、火傷されて泣かれでもしたら面倒くさい。

 

「いいところで見つけました、ちょっと付き合って下さい」

「小鈴に阿求? 何に付き合ったらいいの? どっちもまだまだ青いから両手に蕾じゃ楽しめないわね」

 

「開口一番でそれですか、小鈴やっぱりやめない?」

「やめないわ、今逃すとまた捕まえるの大変なんだから。それにあの人に繋がる狸さんだし、逃してなるもんですか」

 

「あの人って、あぁ」

「あの時はお世話になりました、新生能楽とても楽しかったです」

 

「楽しんでもらえたならなによりよ、太鼓叩いた甲斐があったわ」

「知らぬ間に随分と懐かれて、手が早いですねアヤメさん」

 

 そういう時は手が早くて妬ましいと言うのだと阿求に教えてみたが、なんですかそれと真っ直ぐに聞き返された。なんでもないから忘れてと言い返すとわかってて無茶を言うなと叱られた、相変わらず口五月蝿くて血気盛んで妬ましい。

 それよりも早くとスカートを引っ張り先を歩き出そうとする判読眼のビブロフィリア 本居小鈴 そう引っ張られてはスリットが開いてしまって丸出しになってしまうと窘めると、そう言えば着物じゃないんですね、そっちも可愛いですとタイミングなんて関係なしに褒められた。

 褒められたからというわけではないが、引っ張らなくとも今は逃げないと伝えると掴む先を手に変えて引っ張るようになった。今はと言ったから離さないほうがいいなんていらない助言をしたのは、九代目のサヴァン 稗田阿求

 二人に両手を引っ張られ煙をたたえる煙管を咥えて体を反らしながら、インクの匂いが充満している居心地の良い店に拉致られた。店に入ると随分と煩い、カタカタカタカタとそこらの棚やら奥やら、店中から聞こえてあたしの耳には少し痛い。片目を瞑り頭を小さく振るとチャラリと落ち着く音がした。

 

「ちょっと来ない間に騒がしい店になったのね、イメチェン?」

「イメチェンなんかじゃないです、少し前から動き出して困ってるんですよ」

 

「それであたしを引っ張ってきて何がしたいの?」

「煩いし落ちるし困るので止めて下さい、アヤメさんなら出来るってあの人も言ってました」

 

「あの人は言うだけだったのね、全く…またあたしにやらせるつもりか」

「なんか言いました? できたら早いと嬉しいんですけど」

 

「出来なくもないけどまたこうなるわよ、多分」

「とりあえずでもなんでもいいので、少しでも静かになるならお願いします」

 

 その場限りとまでは言わないが持って数日だろう、それでいいならやってあげよう、こいつらは多分付喪神もどき。それも最近になって急になりかけたもどき連中のはず、黒白やメイド長の持っていた突然成したり現れたりした妖器と、永年の暇人が言っていた物という助言から思いついたあたしのカンがそう告げる。

 その辺の詳しい説明や補足は長くなるから後回しにするとして、とりあえず言われた通りに静かにしよう。両手を合わせ左右の指をそれぞれ外向きに出るように組み合わせ、右手の親指が外側になるように組む。そのまま片目を瞑り声にはせず心のなかで『皆』(かい)と唱える。

 九字護身法という民間呪術、由来を語れば結構な長さになるがそれはこの際割愛しよう、だらだら考えて時間をかけるのも面倒だ。今はその九字の印のうちの外縛印(げばくいん)を用いて少し脅す。

 この印が司るものは日ノ本全国で水神として祀られる稲荷大明神、狸が狐の力を操るってのも皮肉だがそういうものだからしょうがない。細かい事は気にせずに小さく念じる、濡らされて書として機能しないようになりたくなければ少し黙れと。小さな脅しに負けたのか、まだまだ力のないもどきには十分ですぐに静かになってくれた。

 

「おぉ、静かになった…アヤメさん助かりました、ありがとうございます」

「偶にまともに仕事するから困る、いつもこうなら助かるのになぁ」

 

「いつもこうだと有り難みがないわ、お礼代わりに少し聞いてもいいかしら?」

「何でしょう? わかることならお答えしますけど」

「また何かやらかすんですね?」

 

「人聞きの悪い事言う阿求はいいわ。小鈴、小人族って聞いて何か浮かばないかしら?」

「小人族? はて、聞いた事ないですね」

「‥‥一寸法師とか、西洋なら親指姫なんて話がありますね。小人族っぽいお伽話」

 

「一寸法師に親指姫ね、お伽話のあれか」

「絵本ならどっちもありますよ、少し待ってて下さい」

 

 すっかり静かになった店内をまた騒がしくするように埃を立てながら動きまわる貸本屋の店主、窓から指す光が埃を強調してくれる。そんな埃を吸って体に触りがないように、阿求の周囲を漂う埃が口や鼻に届かぬように能力使って逸らしておく。

 ただでさえ体の弱い短命者なのだから、喘息なんて面倒なものを患ったら後の転生に響いてしまいそうであたしの楽しみが減ってしまう、気が付かれる事なんてないしコレに対して何か言ってほしいとも思わない、虚弱な友人に対する小さな気遣い。

 そんな者の近くで煙を漂わせて吐いたり吸ったりすることもあり、我ながら矛盾している気もするがそれはそれこれはこれだ。動きをもせずに一人で納得していると目当ての物を見つけたのか、数冊ほど書を抱えた小鈴がこちらへ戻ってきた。

 

「コレですコレです」

「一寸法師は知っているけど、親指姫はどんな話?」

 

「簡単に言えば誘拐されて助けられて結婚を強要されるんですが、助けた燕に恩返ししてもらって花の王子様と幸せになる話ですね」

「よくありそうな起承転結ものか、まだ一寸法師の方がこじつけられそうね」

 

「こじつけ?」

「こっちの話よ、気にしないで」

 

「一寸法師も起承転結もので代わりなさそうだけど、何か違いがありましたっけ?」

「話の筋ではなく出てくる物の方でちょっとね、阿求が知らないなんてことはないでしょ?」

 

 あたしの言葉を聞いて簡単に説明を始める阿求、小さな(なり)の輩が女性を助けるために鬼に飲まれて戦う話だが、絵本とお伽草子では話の流れや立場が色々と変わっている。

 確か生まれからして違ったはずだ、絵本では子供のいない老夫婦が住吉の神に祈り授かって愛されて育ったが、草子では何時まで経っても大きくならないのを気味悪がられていたはず。ついでに言えば絵本では出かける娘を鬼から助けて結ばれているが、草子では娘を騙し出立せざるを得ないよう仕向けて一緒に旅立っている。結果鬼から助けて結ばれてと顛末は変わらないが、元ネタのほうが陰湿さを感じられて好みだが今はどうでもいい事か。

 大事な所は後半の方、退治された鬼が置いていった秘宝である打ち出の小槌。一寸法師の体を大きくしたコレがなんとなく引っ掛かる、輝夜の言った『物』と『小人族』という助言に永琳が今泉くんを診断して言った『妖気に合わせて気も大きくなり』という言葉。

 

 物知りな永遠の二人が言う事を繋げてみると、小人族の物のせいで妖気が大きく膨れたと考えられないだろうか?打ち出の小槌のような、他を大きくする力のある妖物を誰かが使い、力ない妖かしに無理やり力を押し付けた。こう考えると赤蛮奇や今泉くん、わかさぎ姫が気を大きくして暴れてしまった原因だと考えられる気がするのだが。付喪神の方には繋がらなくて無理があるが多分力ない物ならなんでもいいくらいの雑な力の掛かり方なんじゃないかね、自我のない物や自我の薄い隠れる者にだけ聞くような都合のいい呪。

 そんなもんじゃないかなとざっくり考えている、幻想郷に住む者全てならあたしに恩恵があってもいいのになかったから思いついた事だが、その辺はよくわからないし今の異変の解決ついでに、こっちも解決されるんじゃないかと思っている。困ったときには人任せ、文字通り人間任せにしておけば大抵の異変は綺麗に修まってきたのだから今回もそうなるだろう。あたしは中途半端に引っ掛かる天邪鬼と付喪神辺りを調べて輝夜への土産話にすればそれでいいと考えていた。

 人間少女二人そっちのけで、どうにかこじつけて笑える話にしようと静かに悩んでいると、放置に飽いたのか視界に二つの顔が入る。思慮の見える薄紫の瞳と活発さの伺える橙系の瞳、下から覗かれるその両方にやる気のない見慣れた顔が映っていて思わずフフッと笑ってしまう。 

 

「それで、その小人族がなんなんですか?」

「なんでもないわよ? 聞いた話を面白くする為にちょっとこじつけようと思っただけ」

 

「触りだけ話して取り上げるなんて酷いです」

「綺麗に化かされて騙された方が良かった? 少しだけ正直に話してあげたのに、しつこいのは阿求だけで十分よ」

 

「中途半端でモヤモヤします」

「そういう気分をなんていうのか教えてあげるわ、狐に摘まれたっていうのよ」

 

「「狸のくせに」」

 

 声を揃えて言ってくれる仲良しコンビの本の虫達。二人揃って機嫌が斜めに傾いたようで、光の指している窓の方へとプイっと顔を背けてくれる、こっちを向いてくれないと鼻を摘んであげられないのだが。仲がいいとこんな仕草まで似るのだろうか…似るのかもしれないな、いつかの屋台に狸二人で並んだ時も同じ姿勢で似た物言いをしたのを思い出した。

 あの時は二匹共両手で頬杖ついて尻尾揺らしながら夜雀女将を見ていたが、今は二人にそっぽを向かれている。拗ねる横顔も可愛いものだが出来ればさっきのように瞳に写してもらった方が嬉しいね、そう考えた瞬間に変な顔してこっちを向いてくれた。そんな顔であたしを見るなよ、まだ摘んでいないのだから。

 

「アヤメさん、なんか飛んでます!」

「飛んでるというより、浮いてる? お城っぽいけど逆さまになってる」

「まだ何もしてないけど、何かに化かされた?」

 

 言いながら視線を窓の外、空へと向けると確かに見える。天守閣が一番下にあって支える土地が天辺にある逆さまの城、綺麗にひっくり返ったお城。魔力か妖気かわからないが城中心に巻く嵐の中城っぽい何かが浮かんでいた。

 なんだあれ、と思ったが考えずともすぐに理解できた、あの逆さま大好き天邪鬼があそこにいると。綺麗にひっくり返った城なんてわかりやす過ぎて呆気に取られたが、見上げて傾いた頭の上でチャラと鳴って我に返った。あれは何だという問いかけを無視し店を出て再度見上げる、よくよく見れば城の近くに何かいる。力の嵐が薄い部分、そこに数人の姿が見えた。

 じっくり見なくともわかる配色の三人組と見慣れない楽器を携えた少女二人、少女二人に連れられるように後をついていく紅白黒白蒼白の少女達‥‥

 ふむ、あれについて行けばいい土産話が出来そうだ。

 目を細めて軽く下唇を舐めているあたしを追うように店から出てきた、飛ばない部類の元気な人間少女二人。この店に拉致られた時のようにあたしの両側に立ち、二人で腕を取ってこようと揃って手を伸ばしてくるが、向かってくる手を逸らして捕まることなく飛んでその場を離れた。

 逃げるなだの、下着見えてるだの、色々と足元で騒いで引き戻そうとされるが、細かいことは気にせずに、嵐に消えていく少女達の後を追い浮かぶ城へと飛び立った。




気がつけば百本目、ちょっと嬉しいですが話は殆ど動かない回。
それもらしさかと、気にせずまったり続きます。


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