東方狸囃子   作:ほりごたつ

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~日常~
第十話 巫女と巫女のち宴会


 今朝は騒がしい声と共に起こされて少々機嫌が悪い。

 仏頂面で煙管を咥え、モヤモヤ漏らしつつ、鼻にかかった眼鏡を中指で直す。

 穏やかとは言えない仏顔なあたしの対面には、しおらしく座っている永遠亭の小間使いがいる。

 いつものイタズラに掛かって朝っぱらから土埃だらけになってしまったため、これから風呂を貸して欲しいと駆け込んできた鈴仙・優曇華院・イナバ。

 つい先ほど横になっていたあたしを揺すっては、あのう‥‥だの、布団をひっぺがして、すいません‥‥だの言っていた月のウサギだ。

 

「あっちのうさぎのがまだ優しく起こしてくれるわよ、鈴仙」

「は、はい。でもちょっと急ぎで時間がないんです」

 

 話しながら風呂用の薪束を持ち出す為に立ち上がり、あたしの前から逃げようとする。

 

「風呂は貸しても構わないけど、なにか言うことないかしら?」

「えっ、ああ‥‥先にお風呂頂きます」

 

「そういう礼儀も大事だと思うよ、でもさ、叩き起こされてなにもないのかしら? 相手が不機嫌でその原因が鈴仙にあるわけなんだけど?」

 

 いつもより大きい音がなるように、卓の角を狙って煙管を強めに叩く。

 その音に驚いたのかピクッと背を正すこの非常識うさぎ。まだ日の出も迎えていないくらい、薄暗い朝から叩き起こされて、謝りもされないままで黙っているほど穏やかな性格ではない。

 

「ああ! すいませんでした! でも本当に急いでいまして、その」

 

 この娘を知らない人が見ればわざとらしい程の鈍さだと思うが、この娘はこんなもんだ。悪意があったり狙ってやったりしているわけではない。人より少し察するという事に疎いだけなのだ。悪気があった方がマシな気もするが、ここはもういいとしよう。

 ごめんも聞けたしもういい、構わない。と、平手を振ってお風呂へ追い立てる。

 

「もういいからお風呂入ってらっしゃいな、理由は後で時間のある時に、ね?」

「はい、ありがとうございます! 行ってきます!」

 

 八雲紫のしかけた月面戦争等で兵士として先陣を務めた玉兎、その玉兎の一員だったと聞いたけど、言っちゃ悪いが天然で、どこか抜けている節がある。軍属だったと聞いてもにわかには信用出来ない気がしていたのだが、人の侵攻が怖くて逃げ出した脱走兵だとわかってからは納得できた。

 兵士しているよりはこっちで助手という名の小間使いしている方が似合っているだろう、激しい戦闘をする姿も浮かばないわけだし。

 

 そんなことを思いつつ鈴仙のブレザーの埃を払う。体はともかく服はどうするつもりだったのか聞きたいところだ。一瞬ほうけて『あ』と言い、長い耳を揺らす姿がぱっと思いつくが。

 

~少女入浴中~ 

 

「あの、お風呂ありがとうございました、服まで‥‥色々すいません」

 

 風呂から上がった鈴仙が、埃を払った服を衣紋掛けに通すあたしに声を掛けた。

 

「迷惑ついで、構わないから急いでいるならもういいよ」

「本当にすいませんでした‥‥後でよりますので。それじゃ」

 

 着替えを済まし駆け出していく鈴仙を見送り、あんだけ焦ってちゃ罠も見えないんだろうな、また落ちなきゃいいけれど。と、なれない心配をしながら自宅に戻り、再度寝た。

 中途半端な二度寝から目覚めると卓に普段置かれないものがある、見える文字列から広げずともなにかはわかった。購読はしていないが、目を通して欲しいものがあると勝手にこうして置いていかれる天狗の新聞『文文。新聞』だ。またなにか面白いものでも見つけたのか、目を通していくと、博麗神社での宴会のお知らせという広報欄の横にでかでか『たまには来なさい!』なんて書き足してあった。あんな性格の割には少し癖のある丸みを帯びた字、年頃の女の子が書くような可愛い字で書いてある。この可愛さが少しは性格に反映されれば購読者も増えるだろうに。

 しかし、ミスティアの屋台への呼び出しなら過去何度もあったが、博麗神社への勧誘は始めての事だ、なにかあるのか?

 わざわざ文が知らせてくれた話だ、たまにはのっかってみるのもいいかもしれない。

 

 広報欄の要項にはこう書かれている。

・参加者は食材か酒持参の事

・持ち込みなき場合は博霊の巫女のありがたい説法あり〼

 

 ありがたい説法(物理)となるのは言うまでもないのだろうな。

 食材か酒、か。とりあえずなにか獲物を探してみるか。初参加で説法を聞くのも悪くないだろうが、後々まで響くような説法になること請け合いなので素直に何か持っていくとしよう。

 

~少女移動中~ 

 

 何時来ても不便な場所にある神社だ。

 幻想郷の一番外れ、人里からは距離があり参拝には厳しい立地だろう。距離以外にも整えられていない参道等人間には厳しいものと思える。

 そんな失礼な事を考えながら、手水で手と口を清める。神聖な神社で妖怪がそんな事して大丈夫なのかと思いたくなるが、そもそもここの巫女が祀っている神がなんなのかわかっていないようなところだ。穢れを払う事が出来るかどうか怪しい。

 お清めを済ませ、賽銭箱に賽銭を投げ入れ鈴を鳴らす。

 次いで二礼、続いて二回拍手、再び一礼。慣れた動作で参拝を済ませると、背中越しに声を掛けられた。

 

「妖怪なのに真っ当に参拝するなんておかしいやつよね」

「賽銭は葉っぱよ」

 

 開口一番から嫌味に聞こえるが、この声の主は素でこうだ。もう慣れた。その慣れた相手に軽口を返すと、言うが早いか背後にいた少女が正面に立ち、札を鼻先に突きつけてくる。

 

「退治される前の最後の参拝だからきっちりやったのね、わかったわ」

「冗談、あたしはこの手の事は綺麗にやるさ」

 

 そう伝えるとピリピリとした空気が和らいでいく。

 物騒な事しか言わないこの巫女こそ、幻想郷を支える今代の博麗の巫女。

 博麗霊夢である。

 まだ十代前半くらいの若輩かと思えば、巫女としての素質は歴代でも突出しており、主な仕事である妖怪退治と結界の維持という大仕事を見事こなしている。年齢の割に冷めたような態度をしてみせるのだが特に妖怪だけにこう、というわけでなく 誰に対してもこんな態度だそうだ。もう少し少女らしくてもいいのに、と愚痴っていたのは何処のスキマだったか。

 

「つまらない冗談で退治される事もあるから気をつけたほうがいいわよ。しかし珍しい事が多いわね、今日はなんかあるのかしら」

「ん、そうなの?神社で宴会なんていつもしていることでしょ?」

 

「そうよ、宴会はいつものこと。でも丁寧な参拝をする普段宴会に来ない妖怪が来たり、酒が苦手な奴が酒を用意してくる事はないわ。次は何かしらね」

 

 妖怪の方は自分として、この幻想郷で酒が苦手とは暮らしにくいのもいるものだ。誰がそいつなのかと境内を見渡してみると、もう一人の巫女と朝方大慌てで出かけたウサギが目に止まった。

 

「また妖怪が来ました、ここは本当に妖怪神社ですね。霊夢さん」

 

 また? と思ったがきっと文あたりの事だろう、今はいないが多分そうだ。

 一瞬目と目があったのに何も言わないあたしは放って、別の事を考えているのを知ってか知らずかこちらに寄り、あたしと霊夢を交互に見て嬉しそうな顔をするもう一人の巫女。突然神社ごと妖怪の山に引っ越してきた守矢神社の風祝 東風谷早苗がドヤ顔でこっちを見ている。

 

「妖怪の総本山に建てた神社とどっちが妖怪神社として上かしらね」

「むっ!うちはたまたまあそこに出てしまっただけです」

 

「拝んでくれるのも天狗や河童でしょう? 力の元も土地も妖怪じゃない」

「人里からの信仰も得てるんですよ、ここは何処からの信仰もないじゃないですか!」

 

「ついさっきそこの妖怪から得たわよ」

 

 妖怪の住まう地に建つ神社と、妖怪ばかりが集まる神社、どちらがより妖怪神社か。そもそも妖怪神社ってのはどういうもんかね。妖怪のための神社なのか、それとも神社の妖怪なのか、後者なら面白いそうでぜひとも見てみたいもんだ。

 なんてどうでもいい事を考えていると、赤と緑で言い争っていればいいのにこちらに話を振ってくる。巫女さん同士二人でよろしくやってくれていていいのに、あたしを巻き込まないでくれ。

 

「ちょっとの賽銭と形だけの参拝よ、そもそも拝む神様いないじゃない」

「そうですよ霊夢さん! 守谷には立派な二柱が祀られています! それだけでも神社としての格がちがいますね!」

「外で廃れた神様がそんなに立派なわけないじゃない」

 

 元を正せば力のある二柱、なのだが、確かに外で廃れた神様だな、そうなっていなければこの地に来てはいないわけだし。そんな風に納得していたら緑の方に睨まれた、こいつもこいつで勘がいいのかね?

 いや、顔に出てただけだろうな、口角がひくついてるのが自分でわかる。

 

「わかりませんが今何か失礼な事を考えましたね? そこになおりなさい! この守矢の風祝、東風谷早苗が退治してあげます」

 

 本当に元気な人間が多い。もっと詳しく言うならば、やりたい事があれば誰彼関係なく勝負をふっかける快活な人間少女が多すぎる。だからこそ楽しくて、だからこそからかい甲斐があるって話でもあるけれど。

 

「物騒ね、人妖問わず信仰されている二柱は大した神様だと関心してただけなのに」

「……貴女意外とわかってますね? いいでしょう。今は見逃してあげます」

 

 テキトウに返事をしてみるが反応は上々だ、ちょろいもんである。ニヤニヤつきながらそう思い、目を輝かせる緑を見つめていると、隣のおめでたいのが緑には聞こえない声でボソリと呟いた。 

 

「これだけ単純なら人生楽しそうで羨ましいわね」

「素直な子じゃない」

 

 素直だと皮肉を言ったらおめでたい巫女に呆れた目をされてしまった、この空気感はマズイ気がする。また火の粉が振りかかる前に退散しよう。

 境内で敷物を敷き終えた鈴仙と目が合いそちらに逃げる。

 

「ドタバタと出た割に悠長に宴会とは。風呂貸さずにいたほうがよかったかね」

「あ、アヤメさん。違うんですよ! この宴会のせいで朝から忙しかったんです」

 

 なんでも昨晩に宴会の話を聞き、朝一番から準備をするよう言われたそうだ。

 あたしが境内の掃除を始めるより来るのが遅かったらわかってるでしょうね。と、脅迫紛いの時間指定までされて、大慌てで動いた所が今朝の結果らしい。日がな一日お茶を啜っていて、境内の掃除をしているところなどほとんど見られる事はないが。

 

「しかしなんでまたここの宴会の準備なんて。退治されるようなことでもしたの?」

「いえ、そういうわけでは。少し前に人里で流行病があったの知ってますか?」

 

 ここ二三日の話である。原因は分からないが寺子屋に通う子供らが、一人ずつ順番に体調を崩しては熱を出し寝込んでいくという原因不明の病が流行った。慧音からの依頼で鈴仙が診察し処方箋を出したのだが、それでも快方に向かうことはなかったらしい。最終的には病ではなく、寺の子供がイタズラで壊した小さな祠が原因で、祠に書かれた落書きの大きさ順に憑き物に憑かれていったのだという。

 そこで鈴仙と慧音が霊夢にお祓いを依頼、憑き物が剥がれるとなったわけで、霊夢からお祓いの報酬として慧音と鈴仙に宴会するから全部準備しろ、なんて話があって今朝の忙しなさに繋がるという事だった。

 

「なるほどね、でも里の人ではなく二人に報酬を求めるあたりが実にらしいな」

「関心しないでくださいよ。お陰でこっちは師匠から窘められるし、霊夢にはこき使われるし散々なんですから」

 

「霊夢ともかく師匠は自業自得だろうに、誤診して要らぬ薬まで出したのは一体何処の誰?」

「師匠と同じ事言わないでください、師匠のいないところで同じお説教喰らいたくないです」

 

 いや、誰でも思うところだろう、まったくこのうさぎは本当に。

 

「その目はさすがにわかりますよ、呆れる暇があるなら手伝ってくださいよ!」

 

 言いながら持っている座布団を突きつけられる。

 それくらい手伝ってあげるのもやぶさかではないが今日は文に招待された客、という体でいる。朝のお返しもあるしもう少し一人で頑張ってもらおう。

 

「持ち込みの食材をしまうのに忙しいの、頑張って」

 

 両手に持った袋を見せて、何事か言われる前に背を向ける。

 そんな~と後ろで声がしたが掛け声かなにかだろう、気に留めず赤い方の巫女の前で荷物を少し広げてみせる。

 

「何持ってきたのって胡瓜と唐柿(トマト)か、それなら井戸で冷やしておいて。裏手に行けば見えるわ、多分西瓜もあるから一緒にしておいて」

 

 言うだけ言って縁側に戻り茶を啜るおめでたい巫女。

 話に聞く通り妖怪使いの粗い事だと一人考えると睨まれた。

 また何か言いがかりを言われる前に鈴仙の手伝いでもして機嫌を取ろう。

 日が落ちて始まる妖怪神社の宴会に、少し期待し夜を待った。


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