東方狸囃子   作:ほりごたつ

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~日常~
第一話 優しいうさぎと


――サラサラ

――シャリシャリ

 音がする。

 風に揺られ竹の葉が鳴る音だ。

 ここは人の手に荒らされることのない竹林、迷いの竹林と呼ばれる地。

 わずかに傾斜した地面や異常な速度で成長する竹のせいで、進んだ道を振り返るだけで景色が変わってしまう場所。目印に出来るようなものも無いため、一度入り込めばまず迷ってしまい、只の人間であれば出られなくなるだろう。この地に住んで長い妖精ですら『何時来ても迷う』と嘆くほどなのだから。

 

 この竹林から無事脱出したければ、この地に長年隠れ住み今ではここの案内人を名乗る少女を頼るか、ここは私の土地だと主張するイタズラ好きな妖怪うさぎを見つけるしかないだろう。そんなうさぎも今は竹林の誰かの住まいにいて、姿を見つける事叶わない状態にあるが。

 

 

 お天道さまが天辺をとうに過ぎ、日も傾き始めた頃。

 いまだ寝床から出ることもせず惰眠を貪る妖怪が一匹、心地がいいとは思えないせんべい布団から尻尾だけを投げ出し、今日も薄い掛け布団の中で丸くなっている。昨晩も深酒だったのだろう、空が白んで来る頃に帰宅し着物を脱ぎ捨て床に入ったようだ。

 

 ここ数年間はそんな生活の繰り返しである。

 たまに朝早くから目覚めることがあるとすれば、近くで日課のイタズラを仕掛け獲物がかかるまで暇を持て余す妖怪うさぎ、因幡てゐが湯を沸かしこの妖怪の家の茶葉で一服する音で目覚めるくらいだろう。今日はその「たまに」に当たる日だったらしい、慣れた手つきで竈の火を起こし茶葉の入った筒で頭を小突く絵が見える。

 

「いい加減起きたら? 毎日毎日朝方まで酒飲んで、アヤメも少しは生活習慣改めなさいよ」

 

 自宅だというのに、てゐからぞんざいな扱いを受けるアヤメと呼ばれた女がこの話の主役。

『囃子方アヤメ』狸の妖怪である。

 

 小突かれた頭を撫でつつ寝ぼけ眼でてゐを睨むが、睨まれた方は意にも介さず茶を啜っている。てゐに起こされる時は大体この調子だ。どちらも慣れたもので叩いた方は悪びれる素振りはないし、叩かれた方も文句も言わずにいそいそと支度を始めた。

 ごそごそと起きだして、枕元に脱ぎ捨てられた緋色の襦袢と、髪の色とよく似た小袖を羽織り袖を通す。肩よりも下、肩甲骨くらいまで伸ばした灰褐色の髪を緩く纏めて振る、その際頭の上で揺れるのは犬より少し丸みのある耳。自身の体と同じか、それよりも長く大きいかもしれない髪と同じ色の縞尻尾。それを器用に使い体を支え地を踏みしめる、コミカルに動く尻尾は彼女本体よりも目立つかもしれない。尻尾を細めて小袖の尻尾穴から出すと腰に巻きポンポンと軽く撫で叩く、寝癖で多少縞柄がよれているがまあいいだろう。

 これに愛用の銀縁眼鏡と紫色の生地に白の菖蒲柄をあしらった長羽織、いつのまにか住み着いた酒虫の入った白徳利を肩にかけ、少し長めの煙管を咥えればいつもの彼女のスタイルだが、今は寝起きでどこに出かけるわけでもない、小袖を羽織る程度で十分だろう。

 

「あんたの幸運わけてくれればあたしはきっと長生きできる、だから大丈夫」

 

 少し寝ぐせのついた頭をポリポリと掻きながら卓に着き、てゐから湯のみを受け取りながらそう答えるが、返答した相手はこちらを見ることもなく茶を啜っている。まるでここはてゐの自宅だと言わんばかりの振る舞いようだ。

 

「毎日自堕落に過ごす妖怪に分ける幸運はないわ」

 

 寝起きのボヤケた頭でテキトウな返事をしたら見事な正論で返された、なにか反論しようにもこの兎相手では分が悪い。足掻いても勝ち目がないとわかりきっているため、まだ動きたくないと怠惰を好む体を起こし、淹れてくれた茶を啜る。辛辣な言葉をぶつけてくる友人、あたしを起こさずに一人茶を飲み帰ることも多いが、今日のように目覚めを告げてくれた時にはあたしの分のお茶も淹れてくれるのが常だ。口は厳しく態度は甘い、そういうのが好みだという性癖を持った異性からはとても魅力的に見えるかもしれない。

 

「忠告ついでに言っとくが寝巻ぐらい用意しなよ、四月といえどまだ冷えるよ」

「はいはい、長命で健康優良な先輩の言うことだからね、ご高説ありがたいわ」

 

 てゐ好みの少し濃い目に淹れる茶が、ボヤケた頭をスッキリとしてくれる。

 なんでもこの妖怪うさぎ、長年健康に気を使い暮らしてきた結果妖怪変化の力を付け今に至るらしい。健康に気を使えば長生きできるというがさすがに限度がある、とは思うのだが体現している者が目の前にいては反論も出来ない。

 言い返せず黙ると、ジト目であたしを舐めるように見る。寒さもあるが見られた場合の心配でもしてくれているのだろうか、ここを訪れるのはてゐを含め数人の友人と呼べる人達くらいだ、全て同姓であるし見られたところで気にすることもない。

 

「‥‥酔っぱらいの火照った体には冷たい布団が心地いいの」 

 

 ありがたい忠告を続けざまに貰い静かにしていたが、このままダンマリ決め込んでも話しにならんので苦し紛れを口にする。

 当然こいつにゃ効かないが、そんな事も悔しいほど知っている為気にせず、いつものように煙管を手に取り煙を燻らせた。今しがた生活習慣について言及されたばかりだが、こればかりはやめるつもりもないし、やめられそうにもない。

 

「百害しかなくて一利もないものがどうして好きかね」

「いざって時に役立つこともある、煙ってのは中々に便利なもんなの」

 

 浮いた煙を眺めながら茶を啜りぼやくてゐ。

 健康に対するお小言は気にせず、頬を軽く突き輪っか状の煙を出しては、ネズミや雀に変えて見せた。狸だけに化ける・化けさせるというのはお手の物なのだが何かしら媒体がないと上手いこと騙せない、あたしの場合煙管の煙を媒体として化かし合いをする。自然界の煙や場合に寄っては霧でも化かすことも出来るのだが、煙管に拘るのは単純に愛煙家だからだろう。

 

「煙なんてどこにでもあるもんじゃなし、不自然な事も多いだろうに」

「あたしにはこれで自然なんだからいいの。化かし合いは化け狸としての習性みたいなもんだ、言ってみればてゐのイタズラと同じようなもんよ。お優しいうさぎさんは今日はあたしの面倒見に来ただけ?」

 

 妖怪なんて人間から見れば自然から現れた不自然の塊みたいなもんだ、今更だろう。

 このお優しいうさぎさんには日課がありそれをこなしてから我が家に来るのが常なのだが、稀に何の用もなく我が家を訪れる事がある。その時はとりとめもない世間話をしながら時間を潰していくのだが、大体は日課を終えて少し一服していくというのが多いようだ、強くは言えんがこいつも暇だな。

         

「イタズラついでの 面倒見(ひまつぶし)だよ。帰っても姫様の思いつきに振り回されるか、師匠の小間使いをさせられるだけなんだ、忙しくなる前に少し骨休めしていかないとね」

 

 なるほど、今朝はいつもの休憩だったようだ。姫様と師匠という敬うべき立場の者について話しているはずだが、その表情はどこか小馬鹿にしたような風に見えた。

 

「思いつきの要らぬ難題ふっかけられたり、実験動物にされたんじゃたまったもんじゃないしね」

 

 何かを思い出すように住まいの屋根を見つめながら呟くうさぎさん。過去たった一度だけだがお供も連れず姫様だけで我が家を訪れたことがあった。有り余る暇な時間を潰すために来たそうだが、やれなにか面白い事をしろだ、以前のように化かして見せろだ、面倒な事になったのは厄介な経験として記憶に焼き付いている。

 

「ご近所さんなんだ、もうちょっと顔を見せろって姫様が言ってたよ」

「またそのうちに難題でもいただきに行くか、今は夜雀の屋台に通うのに忙しくて。中々どうして暇がない」

 

 淑やかに笑い無理難題をふっかけてくる姫様を瞼の裏に思い浮かべながらテキトウに返事をしておき、ここ数日間の深酒の理由を述べる。

 いつだったか覚えてないが、ここ迷いの竹林の案内人にどこか旨い酒場に案内してとお願いしたら連れて行ってくれた屋台。メインであるヤツメウナギ料理が抜群に旨く、普通のウナギとは違った軟骨のコリコリとした食感を提供してくれる場所が毎晩の管巻き処だ。

 飯も酒も旨いが女将の機嫌が良い日には歌も楽しめて、調理しながら即興で唄う女将はとても愛らしいと評判だ。元々は自身の能力で夜目を利かなくし、ヤツメウナギで治療するというマッチポンプな商売だったと聞くが、それは人間相手の話であって妖怪の自分にはどうでもいいことだろう、事実今まで夜目が利かなくなったことはないわけだし。

 

「毎晩屋台通いとは随分羽振りがいいねぇ、ご相伴にあずかりたいもんだわ」

「臨時収入があってね、河童と賭け将棋をしたのさ、その結果が毎晩の屋台通いってわけよ」

 

 そのつもりもないくせに何を仰る兎さん。

 と、口の回りが達者な兎詐欺の言葉は聞き流し、毎晩の屋台通いが出来ているタネを話す。

 竹林から少し離れた妖怪の山。

 天狗衆を筆頭に河童や神様連中、説教臭い仙人様などが住まうお山。

 幻想郷の集団勢力としては一番の規模を持つ地だ。普段は他所との交流もなく静かなお山なのだが、最近は神社ごと外から引っ越してきた神様が一騒動起こしたりとなにやら騒がしい場所。そんなお山で毎日毎日何かの発明に精を出す河童と賭け将棋をして少し儲けたのがちょっと前、よくある臨時収入だな。

 

「あんたが賭けに勝つとは珍しい事もあるもんだ」

 

 自身で言うことではないが賭け事に対する運はない、あたしが持っている能力のせいなのか、そもそも運に見放されているのかは分からないが賭け事で勝つことはあまりない。

 幸運を呼ぶ兎詐欺を常日頃見ているのだから常勝出来てもおかしくないと思うのだが。

 

「ちょっとしたアクシデントがあったのさ、河童の勝ちたいという意識がどういうわけか『逸れちゃった』みたいでね。将棋はさっさと投了して、なにやらモノ造りに励みだして相手にしてもらえなくなった、だから掛け金貰って今に至るわけさ」

 

 『逸らす』これがあたしの力だ。

 皆に肖り言うなら『逸らす程度の能力』ってとこか。

 使い方によっては非常に強力な力なのだが、あくまでも『逸らす』であり、性質としては受動的なもので自分から相手にこうさせたい! 等にはあまり向いておいないが、色々と使い出のある能力ではある。夜目が利かなくなる能力を逸したり、注意力や警戒している方向を別の方向へと逸したり、普段の生活にも便利な能力だとあたしは気に入っている。

 てゐに言われるほど負け越しちゃいないが、それは能力を使用して相手が負ける方向へ逸らしす事が出来たから繋がった勝ちであり、あたしの運で掴みとった勝ちではない。

 純粋な運頼りの勝負なら言われる通り珍しい勝ちで間違いないと思えるが。

 

「あたしが言うことじゃないが詐欺に近いねぇ、かわいそうに」

「なに、だましちゃいないだろ、あの子が自分で降りたのさ。それにモノ造りに没頭できて河童としちゃありがたいだろうよ」 

 

 

 兎詐欺、と書けば因幡てゐと読めるくらいにこの性悪うさぎの話は有名だ。人間に直接終わりを届けるような事はないが、身内相手にイタズラを仕掛けては楽しんでいるようで、あたしとしては因幡てゐと書いて小悪党と呼んでもいいんじゃないかなと考えている。

 てゐとは違ってあたしは詐欺行為で勝ってはいないと軽い言い訳をし、煙をぷかっと漂わせてあの河童のリュックの形を取らせる。そういやあの伸びる機械の手はどこにどう収まっているのか、一度中身を見てみたい。

 

「ほどほどにしときなよ、小手先であしらえないおっかない妖怪もいるんだから」

「相手もやり方も選んでいるよ、後日胡瓜も差し入れたさ、多分これで問題ない‥‥あの胡散臭いのや、角生やしたウワバミ連中にこれ以上目を付けられるの簡便だからね」

 

 小手先であしらえないおっかない妖怪と言われても、多すぎて誰の事を言っているのかわからない。それなりに長生きなあたしと随分と長生きな先輩うさぎ、大概の事ならお互い口だけでどうにでもなるのだが、口八丁を理解した上でなお喧嘩腰の大妖怪も少なからずいる。

 その辺との兼ね合いを心配してくれているのだろう、口だけはお優しいうさぎさんだ。

 直接名前を出して呼んだかしら? とこられても厄介な事にしかならない、少しぼかして返事をしておいた。

 

「……そろそろ痛い目見たほうがあんたの為になるかもしれんウサ」

 

 本心ではないよ、そうわからせるためわざと語尾にウサなんてつけている。

 てゐがウサとつける時は嘘話している時なのよ! ともう一人の永遠亭のうさぎが騒いだことがあったが、語尾くらいで使い分けているなんて思い込めるとは若い証拠だ。この詐欺師がわかりやすい事をするわけがないだろう。嘘か本当かなんぞわからんのだから、言葉をヒントと受け取って構えておくのが一番だ、あたしはそう思っている。

 

「そうなったらごめんなさいして全力で逃げまわるわよ、そうならないようどうにか道を逸れて行きたいもんだがねぇ」

 

 能力でどうにかしたいもんだが、如何せん自分を逸らすなど能動的に使用するとすこぶる使い勝手が悪くなる。出来なくもないのだが使わなくても大差ない程度にしか逸れていかないのだ。それならばいっそ使わずにいたほうがいい、その方が万一の時に使えるし手札は見せないほうがいい事もある。てゐとそんな話をしていると遠くで黄色い声が聞こえる、どうやらイタズラにかかったかわいそうなうさぎがいるようだ。

 

「獲物がかかったようだよ、手助け(からかい)に行ってあげたらどうよ」

「そうだね、今頃は穴の中で尻を抑えて涙目になっているはずの、かわいそうなうさぎさんの救助活動(からかい)に行ってくるわ」

 

 仕掛けた罠にいつもの獲物がかかったらしい、てゐの名前が何度も竹林中をこだましている。

 呼ばれる方も、悲鳴を聞いてニヒヒ笑いで楽しそうだ。あたしなんかとは孫と祖父母以上に年が離れた年長者だというのに今の姿は子供そのものでとても愛らしくも見える、そう見えてしまうのもこの兎詐欺の怖い所かもしれない。

 

「目が真っ赤になるほど泣きはらす前に助けてあげなよ」

「元が元だから限度がわからないウサ」

 

 笑うてゐを少しだけ窘めるように言う、内容はたしなめるとは真逆っぽい気がせんでもないが。

 うさぎの目は赤い、なんて言われるが実際のうさぎさんは黒目だ。たまに赤いのもいるがそいつは体の色素が抜け落ちて生まれてしまった珍しい部類のものくらいだろう、まあ、今話題に上がっている永遠亭のうさぎは赤い目してるけど。

 

 そんな事を考えているとウサウサ笑う背中が出て行く。

 その背を見送り、今日の屋台のお品書きはなにかなと期待しながら、薪を尻尾で巻き込みつつ風呂炊きの為の火種を竈から移し始めた。




初めての創作・投稿です。
時代背景や設定など粗が目立つ事になるやもしれません。
ゆるく続けていければいいなと思います。

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