評価、感想ありがとうございます。
増えるとまた、頑張ろうという気になります。
「オマエは俺をボンゴレの『王』にするために、雇われてるんだろ」
坊ちゃんの言葉に私は笑ってしまいました。
彼は気付いていなかったのですね。
「貴方は『王』となるために教育されているのではありません。
――初めから『王』なのですよ」
◇◇◇――◇◇◇――◇◇◇
私の家庭教師としての初めての仕事は、お屋敷の案内と坊ちゃんがどこまで基礎が出来ているか確認することでした。
あらかじめ聞いていたことですが、坊ちゃんの知能の高さは予想していた以上でした。
ほぼ独学なのでしょうが、算数や言語は中学校(スコーラ・メディア)ぐらいの知識はあるようです。
私が感心すると、面白くなさそうに鼻を鳴らし、『料金をごまかすヤツがいたからな』と納得のいく説明をしてくれました。
言語に対しても、訛りのある発音を指摘すれば、すぐに淀みのないものにしてみせました。
まったくもって、一を聞いて十を知るどころの話ではありません。
一を聞いて百、いえ千を知るとでも言った方がいいのではないでしょうか。
食事のマナーも教えれば、あっさりと習得しました。
昼の食事を見てみなければ確実とはいえませんが、公の場に今すぐ連れて行ってもたぶん彼は一つのミスもなくやってのけてみせるでしょう。
「坊ちゃんの家庭教師でいられるのはせいぜい5年でしょうねえ」
一息入れるためにクレイさんが淹れてくれたカプチーノ(猫の絵付き)を飲む坊ちゃんを見ながら、思わずつぶやくと、視線で何故だと問われます。
「何故って、坊ちゃん。
ご自分がどれだけ優秀な人間かわかっていますか?
これだけのことを、基本をまるで知らない子供がやり遂げるって相当難しいですよ」
「……それは自慢か?
10歳で家庭教師に任命されるなんぞ、相当出来が良くなければならねえだろ」
「いえ、まあ、そういわれればそうですけど……」
私の場合、特殊な事情過ぎて比較対象にならないので。
リボーン先生に特訓されたこともありますが、前世の知識や記憶に助けられている部分もありますし。
強いて言うならば、現在の所作や発音、マナーについてはお母様を見習っていたら自然と身についていたものですが。
人は姿勢や発音や表情など少し気を付けるだけで、随分と印象が変わることは前世のことから学んでいましたし。
少しの努力で自分を有利に出来るならば、やらないなんて損ですからね。
「――私のことはともかく、坊ちゃんは間違いなく天才ですよ。
私が学んだことなど5年もあればすぐにマスターできるでしょう」
――私の前世の知識も含めて。
私の賞賛に、坊ちゃんは眉を少し上げただけでした。
……何か気に食わなかったのでしょうか?
うーん。そんなことわかり切ったことだと思ったのでしょうか?
ああ、坊ちゃん!
カプチーノの泡がひげのように唇の上についています!
――やだ、もう可愛いなあ。
ナプキンで拭ってあげると、恥ずかしかったのか横を向いてしまいます。
ああ、どうしましょう。
気を抜くと、坊ちゃんを甘やかしたくなります。
だけど、坊ちゃんを三文安い子にするわけにはいかないので、私はたまにくるこの衝動と必死に戦っているのです!
これも坊ちゃんが可愛すぎるのが悪いのです!!
私が葛藤している間に坊ちゃんは(今度はひげがつかないように)カプチーノを飲み切ってしまっていました。
私も綺麗に飲み干し、クレイさんにお礼を言ってから、次はどうしようかと考えます。
予定していた時間よりもかなり早く、授業を終えてしまったのです。
初日から急ぎすぎることもないですし、まだ昼食には時間があります。
そうですね――
「坊ちゃん、屋敷の中を探検しませんか?」
「一応一通り見ただろうが」
そっけなく返されるがめげません。
「中をしっかり見てはいないでしょう?
ここは古いお屋敷ですから、隠し部屋も何個かあって面白いですよ」
私がこのお屋敷に来てから3年ほど立ちますが、暇を見ては色々な部屋を調べてみているのですが、まだまだ知らない何かが潜んでいるようです。
「――じゃあ付き合ってやる」
どうやら隠し部屋の単語に興味を覚えたようです。
子供ってこういうもの好きですよね。
いえ、大人もというか私も大好きですけど。
――という訳で私たちは連れだって、屋敷の探検に乗り出したのです。
◇◇◇――◇◇◇――◇◇◇
お屋敷の中は子供たちがかくれんぼしたら、もしかしたら永久に見つけることが出来ないのではないかと錯覚するぐらいに広く、ここの住人以外の部屋を一つ一つ調べていくだけで、何年かかるかわからないくらいです。
しかもこの本邸の他にも別邸もありますから。
そこまで調べたら、10年は掛かりそうです。
ちなみに私の好きな部屋は図書室とサンルームです。
ありとあらゆる本が揃っている場所と、花々が溢れたガラス張りの明るい温室はいつまでいても飽きさせません。
しかし今日、私と坊ちゃんの足を止めたのはその2つではありませんでした。
「……ふん。これが歴代のボンゴレの『王』たちか」
「ええ。そして、この方が坊ちゃんに似ていると言われているⅡ世ですよ」
坊ちゃんがあと30年ほど、年を重ねたらこうなるのではないかという野性的なハンサムを、指さしながら説明します。
そこは歴代のボンゴレ当主の肖像画の間でした。
絵が色褪せないよう、窓一つない部屋にⅠ世からⅨ世までの肖像画が精巧な飾りを施された額縁に収められていました。
改めて眺めてみると、それぞれが意志の強そうな瞳を持ち、巨大なボンゴレを統治してきただけのことはあると思わせる風格を感じさせます。
私のご先祖様に当たるⅥ世さんもいるのですが、特に感想もないのでスルーします。
……すみません、ご先祖様……。
いつか、坊ちゃんもこの間に肖像画を飾るのでしょうか。
それとも……
「このⅠ世はⅡ世を恐れて、日本に逃げていったんだってな」
「――え?
ええ、坊ちゃん、良くそんな話をご存じですね」
思考の海に溺れそうになった私を、坊ちゃんの声が引き上げました。
ああ、不吉なことを考えそうになってしまいました。
助かりました。
私の妙な間に、怪訝そうな顔をしましたが、そのまま他のものより一際大きく描いてあるⅠ世の肖像画を顎で指し――
「こんな話、この地域に住んでいる人間なら誰でも知ってるぜ。
Ⅰ世はⅡ世の炎を恐れて日本に逃げていったってな」
「――そうでしょうか」
隠すことなく言葉の端々に含まれた嘲りに、私が異を唱えると坊ちゃんは面白そうに、ニヤリと笑います。
――あ、その顔は『原作』に似ているかもしれません。
「フン。そう思わない理由が何かあるのか?」
うーん、まあ、憶測と『原作』の知識を合わせるとそんなこともないのではないかなーと思うだけですけど。
「――そうですねえ。
彼は自分から身を引いただけだと思います」
「その根拠はなんだ?」
想像でしかありませんが。と前置きして自分の意見を述べてみます。
「約二百年前にⅠ世がボンゴレを立ち上げた時、彼はボンゴレを自警団として創設しました。
初めは自警団として立ち上げ、目の前にいる人々を守ることを目標に掲げていましたが、彼の思想に共感した者が力を貸し、協力者が増えるとその規模はだんだんと大きくなっていきました。
ですが、組織というものは巨大になればなるほど取りまとめるのが難しくなります」
――どっかのナスのヒトも暗躍していたようですし。
「思想だけで取りまとめるにはボンゴレは大きくなり過ぎていました。
加えて、ボンゴレを邪魔に思う組織は多数いたでしょう。
力に対抗するには力を。
幸か不幸かⅠ世はそれだけの力を持っていました。
ですが、その行動は彼の理想とは大きくかけ離れていました。
ボンゴレ自体を解体するということも考えたかもしれません。
しかし、そうするにはまた更に多くの血が流れかねません。
彼は自分がこの組織にいては邪魔だと思ったのでしょう。
だからこそ、次の時代に相応しいⅡ世にボンゴレを委ねたのではないでしょうか」
私が語り終えると、坊ちゃんはフンと鼻を鳴らします。
「結局、自分の手に負えないから逃げただけじゃねえのか?」
手厳しい台詞に苦笑してしまいます。
本当に5歳に満たない子供とは思えませんね。
「まあ、そう言われればそうなのかもしれませんね。
ですが、追い払われたのと自分で身を引いたのでは天と地ほどの差があります。
彼は玉座を求めていたのではありません。
玉座の先を見据えていたのですよ」
「玉座の先……?」
意味が分からないと言いたげな彼に、私は大きく頷きます。
肖像画に描かれているⅠ世の憂いを帯びた琥珀の瞳を見つめます。
「ボンゴレの当主になることが彼の目標ではありませんでした。
皆の幸せな未来を、彼を望んでいました。
最上位に就くことが最終目標ではありません。
頂点に立った時、そこで何を為すか、玉座の先を想像出来ない限り上に立つべきではないと思います。
その上で、彼は自分の信念に従ったのですよ」
二流は地位そのものを求める。
一流は何かを為すためにその地位を求める。
――彼がボンゴレを去ったのは未来を見据えての決断だったのでしょう。
「まあ、あくまでコレは私の想像なので、まったく違う理由かもしれませんけどね」
「…………」
私が坊ちゃんを振り返ると、どこか複雑そうな顔をしたまま黙っています。
納得いきませんかね?
これはあくまで『原作』を下地とした想像でしかありません。
この世界ではもしかして、『じゃ、あとよろしく』とかあっさり弟に押し付けて、出奔――なんてことがあったかもしれませんし。
過去のことを現在に生きる私たちがあれこれ言ったところで、真実はその時代の人間しか知りようがありません。
……そういえば、方法がないこともなかったような気が……。
うっかり指輪から出てきたら、聞いてみたいものです。
会う機会ありますかね?
「……オマエはⅠ世の思想を理想としているのか」
「え?」
唐突な問いかけに、首を傾げてしまいます。
不機嫌そうな顔に、その理由が思い当たりました。
確か『原作』の彼は『強いボンゴレ』を目指し、その思想はⅡ世と同じだったはずです。
私がⅠ世の思想を推していると感じたのでしょうか。
……正直、今までこの世界に生きていて、ボンゴレは理想だけでは取りまとめるのは無理だと私は感じています。
典型的な穏健派と呼ばれる9世でさえ、冷徹な部分は存在しているのです。
偶然、その場に立ち会ってしまったことがある私としては、Ⅰ世の理想も『原作』の『沢田綱吉』の宣言も一代で為すには奇跡でも起こらない限り無理なのではない
かと思います。
ボンゴレを解体しようにも、この組織は世界に組み込まれ過ぎていて、下手なことをすれば世界の根幹が揺らぐ程です。
むしろ解体するよりは、裏の世界全てを支配する方がある意味現実的な気がします。
あくまで前者に比べればですが。
ですので、恐怖という程のものでなくてもある程度の――勿論、マフィア同士限定ですが――ある程度、力によって押さえつけるというのはアリではないかと思っています。
「私はⅠ世の思想に賛同しているわけではありませんよ。
確かに彼の理想は美しいですが、その理想と現実は簡単に結びつくものではありません。
ボンゴレも9代という時代を経て、武闘派と穏健派とに大別されていますが、それもまたそれぞれの時代に即した選択だったとも思います。
坊ちゃんがこの時代でどんな選択をするのか、それを私は見届けたいと思っています」
血よりも赤い瞳は揺らぐことなく、私の視線を受け止めています。
口の端を持ち上げ、不敵な笑みを浮かべる坊ちゃん。
「――当然だ。オマエが思っている以上のものを見せてやる」
幼い姿とは正反対に、立ち昇るオーラは、私がこの世界で出会った誰よりも強い光を放っていました。
思わず言葉を発することを躊躇う程に、その圧倒的な存在感に気圧されてしまいます。
その姿は正に――
――ぐぅぅぅ……
静寂を小さな音が破りました。
思い立って時計を覗くと、そろそろ昼食の時間です。
それは坊ちゃんの腹の虫も主張するはずですね。
「――あら、もうこんな時間ですね。そろそろお昼ですから、戻りましょうか」
思った以上にここで時間を潰してしまったようですね。
「昼食の時間になりますし、坊ちゃん部屋に戻りましょうか」
少しだけ目元を赤らめていた坊ちゃんでしたが、すぐに気を取り直したようでふてぶてしいと言える表情を作ります。
「ああ。さっさとオレが『王』となるための教育をしろよ」
「え? 『王』となるための教育?」
その根本を間違った台詞に思わず聞き返してしまいました。
坊ちゃんも眉を顰めて、返してきます。
「オマエは俺を『王』にするために、雇われてるんだろ」
坊ちゃんの言葉に私は笑ってしまいました。
彼は気付いていなかったのですね。
彼の目の前に跪き、その小さな手を私の手で包み込みます。
「貴方は『王』となるために教育されているのではありません。
――初めから『王』なのですよ」
「オレが『王』だと?」
不審そうな眼差しに、私は坊ちゃんに向き直りました。
先程、彼が見せた圧倒的な存在感。
知らず頭を垂れてしまう、頂点に立つものだけが放つ光。
視線一つで人を引き付け、配下に下らせる威厳。
この屋敷に来てから私は、人の上に立つ人物に会う機会が多々ありました。
そして上に立つ人物も2種類に分かれていると思いました。
一つは知識と経験を積み、努力して上に立っている者。
もう一つは何をしてきたわけでもなく、初めから人々を引きつける資質を持つ者。
坊ちゃんは間違いなく後者の資質を持つ者でした。
「貴方を初めて見た時、貴方は誰よりも強い光を放っていました。
それは私が知る、上に頂点に立つ者たちが持つ光と同じものでした。
貴方はきっとボンゴレに来なくても、いずれ他のどこかで『王』として君臨していたでしょう」
そして、彼が己以外の下に付くことなどあり得ないでしょう。
そんな想像は微塵もさせてはくれません。
彼以上の地位などありえません。
そんな印象を抱かせた彼はまさしく『王』そのものでした。
「貴方がどのような選択をするにせよ、必要な知識と教養を貴方に授け、その地位に立った時、不足がないようにするのが私の役目です。
どうかその許可を私に頂けますか」
彼は一瞬大きく目を開き――
「――許す」
堂々と言い放つ坊ちゃんはまさしく『王』そのものでした。
……もしかしたら、ボンゴレという地位すら坊ちゃんには、相応しくないのかもしれませんね。
SIDE:ザンザス
「貴方は初めから『王』なのですよ」
生まれて初めて衝撃とういうものを受けた気がした。
悪魔だの魔王の落とし子だと言われたことは山ほどあるが、オレを『王』といった奴は初めてだった。
目の前の女が語る言葉一つ一つがオレの心臓を強く掴み、血が静かな興奮で滾っている。
オレが『王』だと目の前の女は言った。
卑屈な態度も媚びる目もなく、それがこの女が偽ることなく本音を晒していることを指している。
「――どうかその許可を私に頂けますか」
真摯な光を宿す緑の瞳がオレを覗き込んでいる。
息を吸い込むと、一際大きく心臓が鳴る。
「――許す」
自然と出た言葉にレオが花のように笑う。
手の甲に恭しく落とされた唇の柔らかな感触と熱さを、オレは一生忘れない。
これがオレとレオの初めての『誓い』だった。
ザンザス坊ちゃんが王としての自覚を持つお話。
Ⅰ世の思想や、Ⅱ世の経緯はあくまで私の想像なので、ご容赦ください。
果たしてレオは、Ⅰ世に聞く機会があるのでしょうか。
そして、子孫にスルーされたⅥ世さんは、草葉の陰で泣いているかもしれません。
主人公が芝居がかった仕草をするのは、リボーン先生の影響です。
そのうち、先生も出てくるはずです。