暴君の家庭教師になりました。   作:花菜

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ようやく、子供時代終わりです。

シリアスもしばらくはなしの予定です。




蜜月の終わりに 後編

 

「……………………」 

「ちょっと、レオ」

「………………………………」

「ちょっと、レオ」

「………………………………………はぁ」

「ちょっと、レオ!

 僕がわざわざこんな格好してるのに、溜息ついてるなんてどーゆーこと!?」

「……ああ、師匠……」

 

 私の腕の中から抜け出て、ほっぺをぷっくりさせている師匠。

 ぷんぷんと怒っている師匠ですが、黒くて丸い耳がついたパンダぐるみが似合いすぎてて、普段の私なら写真を千枚は撮らないと気が済まないのですが、そういう気分にもなれずベッドでゴロゴロしているのでした。

 その原因が坊ちゃんから私への解雇処分でした。

 と言っても、護衛としての任を解かれただけなのですが。

 ……私としては自分が役に立たなかったと言われているような気がしてしまいました……。

 いえ、優しい坊ちゃんのことですから私の身を案じてのことだとはわかりますが……。

 その上、その上、あんな……………………………。

 

「もう、レオ!!

 いい加減に落ち込むの止めなよ!!

 ザンザスがヴァリアーを手に入れるって宣言したのが、そんなに困るわけ!?」 

 

 ぐふうっ!

 何かが心に刺さりました。

 そうなのです。

 私が目覚めた日、坊ちゃんは開口一番、私にこう告げました。

 

 『レオ。俺はヴァリアーのボスの座を手に入れる』

 

 坊ちゃんは寄りにもよって、ヴァリアーのボスとしての座を手に入れると私に宣言したのです。

 

 ――あの無邪気な子供でいられた蜜月の日々は遠ざかってしまった。

 

 いつかは来る事だと思っていましたが、まさかその上こんなことになるなんて……。

 

 師匠が私の腕から抜け出て、腰に手を当て、私と向き直ります。

 

「……ザンザスがヴァリアーのボスになること自体は悪いことじゃないだろ?

 なんだかんだ言っても、マフィアは最後に力でのぶつかり合いが主流となるし、その主力となる部隊を抑えることは実質、ザンザスに有利であることは間違いないじゃないか。

 あの子のこれからを考えれば、悪い選択じゃない。

9代目も既に許可したことを、君が覆せるわけないんだから、さっさと思考を切り替えなよ」

 

 ……確かに。

 私が目覚めた後、9代目が直々に会いに来たとき告げたことは、坊ちゃんを無事に救い出してくれたことに対してのお礼と、何も出来なかった謝罪に加え、坊ちゃんが13歳になったとき正式にヴァリアーのボスとして任命するということ、私のあの倉庫街での攻撃を坊ちゃんがやったということにするということでした。

 泣きそうな顔で謝る9代目を見て、私が何か口出しできるわけありません。

 あんな顔をさせたかったわけではないのですけどね……。

 ……それにしても、あの攻撃はなんだったのでしょうか?

 

――あれが私の本当の力なんだ!!

 

 と、いえる程、私は楽観的ではありません。

 現にあのときの『炎』は私の力の限界を超えているというか、どことなく借り物を扱っているような気がしました。

 師匠や先生、教官や大佐にもあの後、あれこれ訊ねられましたが私としてもわかりません。

 ただ、これが自分の力ではないような気がすると伝えると、皆にその力をむやみに使うことは禁止されました。

 私としても扱いきれないものを使う気にはなれません。

 もしかしたら、あの時の毒に何かが混ざっていたのではないかという話もあったのですが、あれはただ大量のタバコを煮詰めニコチンを抽出したもので誰にでも作り出せるというものでした。

 そうそう、犯人たちも一人は腕を吹っ飛ばされましたが、命は取り止めていました。

 ボンゴレに恨みを抱いていた彼らに対する尋問は私が寝ている間に行われていたようですがやはり黒幕に辿り着くようなことは何も教えられておらず、いいように使われていただけでした。

 なんでも、指輪が偽物だとわかった時や手に入れた時にはすぐ、彼らを仲間が援護しにくるといわれていたとかなんとか。

 ……どうして信じるのでしょう? 理解に苦しみます。

 使い捨てにされることは明白だと思うんですが。

 

「……ちょっとレオ聞いてる!?」

「はい、師匠。

 パンダ姿がキュートですね」

「聞いてないでしょ!!

 まったく。

 この僕をここまで無視するなんて、あとで料金ふんだくるからね!!」

 

 ぷっくりほっぺたを膨らませる師匠に、私は首を傾げます。

 

「すみません、師匠。

 なんでしょうか?」

「もう!

 ……君、悩んでるでしょう?」

「ええ、勿論。

 坊ちゃんがヴァリアーを継ぐこと――」

「そうじゃなくて!!」

 

 私の言葉を遮る師匠。

 坊ちゃんがヴァリアーを継ぐ以上に悩みって何かありましたっけ?

 真剣な師匠の視線を受けて、私も起き上がり正座します。

 

「レオ」

「はい」

「君は何を悩んでる――というか、気付いたの?」

 

 その問いに私は目を瞬かせ――苦笑します。

 ……ああ。師匠もわかってしまったんですね。

 

 溜息が自然と零れてしまいます。

 観念して口を開きます。

 

「……私、どうも普通の人としての感情が欠けているみたいなんですよね」

「普通?かどうかともかく、感情って?」

 

 観念して私は口にします。

 あの時、犯人を攻撃したときに思ってしまったことを。

 

「私はたぶん、人を殺すことに対して躊躇というか、罪悪感を感じていないんです。

 最初から」

「レオ……」

 

 過去を振り返ってみると思い当る節があるのです。

 あの雨の日に母を殺した犯人を消し去った時も、私は後々それを思い出して後悔したり、夜中にわけの分からない罪悪感に苛まれて飛び起きるようなことはありませんでした。

 あれは一瞬のことで、子供だったからではないか――とも思っていたのですが、今回のことで私は感情の起伏のままに行動できるしてしまうことに加え、どうも人としての倫理観を逸脱しているということがわかってしまいました。

 あの時、犯人を殺していても私はまったく後悔などしなかったでしょう。

 前世の私ならば、震えあがって罪悪感に苛まれ、夜も眠れない日を過ごしていたでしょうに。

 気付くようなことが起こらなければ、私はまともな人間だと思えたのに。

 私は人としてどこか歪みを抱えている。

 それに気付かされてしまった。

 そのことに対して悩む心だけは持っていることは、皮肉だと思いますが。

 

「……人と違うことに悩んでるわけ?」

「……ええ」

「勝手だね。」

「……ええ……」

 

 ……本当に……。

 ふ、と息を吐き出しマーモンは小さな指を立てます。

 

「いいかい、レオ。

 君がそのことに悩んでも多分意味はない。

 何故なら、君はそう生まれついてしまったそれだけのことだから」

「師匠……」

「幸いにも君は人を殺して喜ぶ趣味を持っているわけでもないし、このマフィア組織の中で、躊躇わずそうできることは、自分の身と相手の身を護ることができる手段だ。

 ――でもね、これだけは覚えといて。

 それが出来る奴は碌な死に方はしない。

 僕も君もね」

「……師匠……」

 

 驚く私に、断言する彼(?)の声はこれ以上ない程本気でした。

 

「誰かを傷つけて、無事でいられるなんて思わないで。

 どれだけそいつが悪党だったとしても、ツケはどこかで支払われる。

 その覚悟だけはしておいて。

 それさえ忘れなければ、僕は君がどうであろうと構わない。

 わかったかい、レオ?」

「……はい、師匠」

 

 思わぬ人に意外な意見を言われてびっくりしましたが、こうしてみると彼らは本当に長く生きているのですね。

 漸く私の心も少し軽くなります。

 

「師匠、ありがとうございます。

 本当はいくつ何ですか?」

「フン。内緒だよ」

 

 プイ、と横を向いてしまいますが、柄にもないことを言ったと思っているのか、頬が少し赤いです。

 師匠を抱き上げ、ほっぺたをつつきます。

 

「じゃあ、師匠。

改めて、写真撮りましょうか?」

「なんでさ!?」

「9代目にお小遣いもらったんでしょう」

「ぐ……」

 

 私にこんな格好をしている理由をあっさり見破られ、不承不承頷く師匠のほっぺをつつきます。

 

「師匠、おっきくなってもずっとほっぺぷにぷにでいてくださいね」

「知らないよ!」

 

 

◇◇◇――◇◇◇――◇◇◇

 

 

 徹底的に気が済むまで、師匠の写真を撮ってから、1週間ぶりに起きだして、いつもの執事服に着替えます。

 やっぱり、これを着ると身が引き締まるような気がします。

 起こってしまったことを後悔しても仕方がありません。

 やるべきことはまだまだたくさんありますから。

 感情をもっとコントロールできるようにもしなくてはなりませんしね。

 その手のことが得意な人を師匠たちに紹介してもらえませんかね?

 ちょっとぐったりしている師匠を腕に抱え、とりあえず9代目に挨拶しておこうと思い、執務室に向かっていると誰かが向こうからやってきました。

 それに気付いた師匠が小さく舌打ちして、私の腕の中から抜け出し、姿を消します。

 実際にはその場にいる気配はするのですが、どうやらこちらに向かってくる誰かとは顔を合わせたくはないようです。

 興味を覚え、その場に立って待っていると、彼もまた私に気付いたようで、足早にやってきて私の前に立ち止まりました。

 

「エレオノーラ様、でしょうか?」

「はい、そうですが。貴方は?」

「申し遅れました。

 私は今度からザンザス様の養育係を務めますオッタビオと申します」

「ああ、貴方が坊ちゃんの……」

 

 9代目から新しい養育係――主に裏のことを教えるための。

 

「はい、貴方の役目を引き継ぐように申しつけられました。

 これからよろしくお願いします、エレオノーラ様」

「ええ、こちらこそ坊ちゃんをよろしくお願いします」

 

 短く切られた金髪とノンムレームの眼鏡がよく似合う美青年です。

 あまり、身体の方は鍛えられているようにはみえませんので、見た目通り知能のほうが必要とされた方なのでしょうか。

 思わずじっくりと観察してしまった私に、彼はにっこりと微笑みかけます。

 インテリ系の美形が好きな人なら一発で好意を持ちそうです。

 

「それにしても、坊ちゃんはとても可愛らしいですね」

「ええ、そうでしょう」

 

 答えながらも、私は何故か素直にはその台詞に喜べませんでした。

 いつもなら、いかに坊ちゃんが可愛いか延々と語るところなのですが。

 

「外見もそうですが、中身も子猫のように愛らしい。

 貴方や9代目がとても大事に育てたことが良く分かりますよ。

 これから、私が違う世界を教えることがさぞ不安になるでしょう。

 ですが、ご安心ください。

 私がザンザス様をしっかりと育てて見せますから」

 

 滑らかに語る彼に、私は呆れました。

 

 ――何言ってんだ、この若造。

 

 私が彼の台詞に素直に喜べなかった理由がわかりました。

 表面上はともかく、内心では彼は坊ちゃんを侮っています。

 外見の可愛らしさに惑わされ、彼を自身より下に見ています。

 ……そういえば、前世でもさんざん見てきましたね。こういう人は。

 恐らく彼は失敗らしい失敗もせず、自分の思い通りの道を歩んできたんでしょう。

 ともすれば、これから仕えるボンゴレの御曹子も思い通りに操れると思いこむぐらいには。

 ――自信過剰にもほどがある。

 

「それではエレオノーラ様、私はこれで失礼します」

 

 大仰に、腰を折って挨拶する彼に、今度は私が微笑みかけます。

 

「――オッタビオさん。

 一つよろしいでしょうか?」

「なんでしょう?」

 

 顔を上げ、疑問を浮かべる彼に私は告げます。

 

「坊ちゃんは、確かに外見は子猫のように愛らしい人ですが、あの方の本質は獅子ですよ。

 それを忘れないで頂きたいと思います。

 それと――」

 

 ぐいと彼のスーツの襟を引っ張り、耳に顔を近づけます。

 

「自分を過信するのもほどほどにした方がいいわよ――ボウヤ」

 

 手を放し、にっこりと笑いかけると彼の自信に満ちていた表情が得体のしれない何かに遭遇したかのような顔になって、私を見つめていました。

 そのまま彼を放って私は再び執務室に歩き出します。

 20メートル程歩いたところで、師匠が姿を現します。

 私の腕の中に納まると、怪訝そうな表情を私に向けてきます。

 

「君こそ一体、何歳なのさ?」

「実は83歳なんです」

「ああそう……」

 

 ほんとなのに。

 

「師匠は、彼の事が気に入らないのですか?」

「……まあね。

 なんか嫌な感じがしたし。

 君もなんか感じたワケ?」

 

 顔を顰め、問う師匠に私も頷きます。

 師匠も感じたということは、私の直感も捨てたものじゃないですね。

 

「ええ。もし彼が坊ちゃんに何かしでかしそうになったら、依頼料払いますから、ぶちかまして欲しい術があるんですが」

「何さ?」

 

 満面な笑みでお願いを口にします。

 

「胸毛満載の筋骨隆々な中年男性たちの有幻覚に、もみくちゃにされるようにしてやってください」

「……………精神に死ぬほど来そうなことを考えさせたら世界一だね」

「ほほほ。やだ、師匠そんなに褒めないで」

「褒めてないよ!」

 

  

   ◇◇◇――◇◇◇――◇◇◇

 

 

SIDE:???

 

 

「……何者だ、あの女……」

 

 少女が去ってからしばらくして、ようやく頭が働くようになったオッタビオは呟く。

 彼女が消えた方を向き、気味悪げに身体を震わせる。

 あの時、少女が自分に向けた顔はどこか、憐れむような窘めるような、自分よりも遥かに長く生きた人間だけが出せるような表情だった。

 少なくとも僅か13歳の少女が見せられるようなものではない。

 

 ――アレはなんだ……?

 

 自分の心の奥底を、そこに潜む野心を見透かされたような気がして、冷や汗が思わず流れた。

 何はともあれ――

 

「……邪魔だな。あの女……」

 

 その彼の独白を聞くものは誰もいなかった。

 




 出しといてなんですが、オッタビオのことはwikiで調べたくらいで、良くは知りません。
 知っているひと教えてください。
 ただ、彼のシリアスはここまでです。

 

 次回から、ようやく時代が進んでいきます。

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