待っていてくれた人ありがとうございます。
こっそり投下します。
午前0時。
私は犯人の指定通り、町はずれの倉庫街にいました。
ここは日中も人があまり来ることがなく、夜ならば尚のこと、人っ子一人通りません。
誰も巻き込むことがないというのは、有難いことですが。
倉庫と倉庫の間を通る風が、私のコートと髪を吹き散らします。
秋の夜風は容赦なく、私の体温を奪っていきますが、それ以上の怒りが私の中で燃えているせいか、寒さはあまり感じられませんでした。
脅迫状と同時に送り付けられたのは、坊ちゃんの髪の毛と血の付いたシャツの一部でした。
その少し癖のある柔らかな髪の毛を私が間違うはずありません。
爆発しそうになる怒りを抑えるのは一苦労でした。
内ポケットにあるリングケースを上着の上から確かめます。
固い感触に嫌でも緊張が高まります。
その中には犯人の指定通りボンゴレリングが入っています。
最初は特に守護者の方々はリングを持っていくことに反対していました。
偽物を持っていき、犯人の目を欺こうという案も出たのですが、最終的には却下されました。
金ではなく、ボンゴレリングそのものを要求したような犯人です。
なんらかの方法で偽物と本物を区別することができたのならば、坊ちゃんの命が危うくなるかもしれないからです。
勿論、ここまで周到な計画を立てた犯人です。
まだ何か企んでいる可能性は大です。
指定された通り、北側の一番端にある他の倉庫よりもかなり頑丈な作りの倉庫の前で足を止めます。
その外観には窓というものがなく、外から中の様子はわかりません。
搬入口であるシャッターは完全に閉まっていますが、誘いなのか通用口のドアが僅かに開いていました。
緊張を解すために、師匠たちとの約束を思い出します。
『この仕事が終わったら、マーモン師匠とラル教官と坊ちゃん連れて、中国の奥地にパンダと戯れに行きます!』
『変なフラグ立てないでよ!
それにチベットなんて風がいそうだからイヤだよ!!』
結局、師匠と教官がパンダの着ぐるみを着ることで妥協しましたが、気力は十分です。
呼吸を整え、私はドアを開け、倉庫の中に踏み込みました。
真っ暗な中で、少し生臭い匂いに眉を顰めます。
と、いきなり辺りがライトで照らされました。
急に明るくなったせいで、目を手で覆いながら見回すと、私の前方に3人ほどの人影が見えました。
「よーうこそ! エレオノーラ様!!」
抑揚をつけた場違いに明るく、多分に嘲りを込めた声の主がやっと慣れた私の目に移りました。
無造作に積まれた木箱の一つに腰かけてニヤニヤと笑っている男がリーダー格なのでしょうか。
ライトブラウンの髪と頬に大きな刀傷のある20代後半から30代前半ぐらいの軽薄そうな男でした。
黒のネクタイに付けてある高価そうなタイピンが死ぬほど似合っていません。
他の2人も男で、年も顔も似たり寄ったりで黒スーツの男たちですが、どうにもスーツに着られているような印象が強く、いつもはこのような恰好をする人たちではないように見えます。
まあ、一生懸命インテリっぽく振舞おうとしているチンピラといったところでしょうか。
あからさまに凶暴そうで、自分を抑えることを知らないように見えます。
……この人たちがあの誘拐犯……?
どうしようもない違和感が過ります。
あの手際のよい誘拐劇を見せつけた犯人にしては、どうにも軽すぎるような気が……。
ともあれ、話を聞いてみなければわかりません。
「貴方たちが私を呼び出したのですか?」
「そうですよ、お嬢さん。
あんたの大事な大事な坊ちゃんを誘拐したのが俺達ですよ~」
……………………………………。
薬でもやっているのでしょうか?
武器を持っているかの確認もせず、ここまで油断しているというか、余裕しゃくしゃくな態度を取れるのはどういうことでしょう。
少しでも考えれば、ボンゴレの御曹司を誘拐して無事で済むはずはないのに。
現に、この半径5㎞圏外は既にボンゴレの精鋭たちが取り囲んでおり、この倉庫街からのルートは地下でさえも猫の子一匹どころか、蟻一匹逃さないように包囲されているというのに。
……考えられるのはまだ何か奥の手があるということですが……この人たちにそんなことを考える頭があるのでしょうか……?
「さーてさて、約束通りボンゴレリングは持ってきたかい?」
「勿論」
「じゃあ、さっそく――」
「その前に坊ちゃんの無事を確認させてください。
坊ちゃんが五体満足で意識も正常でなければ、この取引は無効です」
私が言い切ると一瞬、面倒そうな顔をしますが、隣のサングラスを掛けた筋骨隆々とした男に目で合図します。
さっきの暗闇でもサングラスかけてたんでしょうか、あの人。
彼は頷くと、木箱の裏側に隠されていた頭陀袋を持ち上げると、袋の口を縛っていたロープを解いていきます。
袋が開くとそこには――ぐったりとした坊ちゃんが!!
「坊ちゃん!!」
「……………レ…………オ…………?」
僅かに目を開け、やっと絞り出したような声が聞こえます。
どうやら薬で意識を奪われていたといっても、正常ではあるようです。
ですが、その頬に殴った跡のようなものが見えた時――私の中に『殺意』が宿りました。
「さあて、お嬢さん。
この通りあんたの大事な坊ちゃんは無事だぜ。
こちらの要求したものを見せてもらおうか」
私の怒りに気付きもせず、男は笑いながら促します。
腹立ちまぎれに足で床を何度か蹴りつけます。
憤る私を見て、面白いのか男の顔が歪みます。
深く息を吐き出し、胸ポケットからリングケースを取り出します。
彼らに見えるように、ケースを開くと興奮したような空気が流れます。
青い石がはまった、一見、なんの変哲もないように見えるこのリングは、これを手に入れるため数多の血を流してきたという、人の闇を渡ってきた曰くつきの代物でした。
これを手に入れれば、世界を手に入れたと同じことともいえるかもしれません。
「……これがあれば、ボンゴレをも凌ぐ力を手に入れられるんだな」
誰に言うでもない、リーダーの小さな呟きが私の耳に入りました。
確かに、これは世界の秩序をひっくり返すことができるような巨大な力を秘めたリングです。
ですが――誰にでも扱えるわけではありません。
「よーし! じゃあお嬢さん。
その指輪を――はめてくれ」
「なっ!!」
思わず声が出てしまいました。
この指輪が人を選ぶことを知っている!?
後継者以外の者がこのリングをはめれば、拒絶され、碌でもない目に合うことは守護者やボス以外、門外顧問など、上の人間しか知らないはずです。
それをなぜ、こんなチンピラが!?
……誰か、入れ知恵した人物がいる……?
「さあ、お嬢さん。
早くしてくれよ。
でないと――」
――!!
リーダー格の男は、ポケットに入れていたナイフを坊ちゃんの首に押し当てました。
ぬらりとライトを照り返し、ナイフが紫色の光沢を帯びた光を放ちます。
……………………まずい……………………。
私が正統後継者ではないことは、私自身が一番分かっています。
このリングをはめれば、血反吐を吐いてのたうち廻ることになるでしょう。
その後のことを考えると、そうなるのは非常にマズイです。
リングを取り出します。
冷たい汗が背を伝いました。
食い入るように見つめてくるチンピラたちの視線を遮断するために、目をつぶります。
……ご先祖様たち、どうかこの指輪をはめることをお許しください!
坊ちゃんを助けるためなんです!
もしそれすら許してくれないなら、死んだあと意地でも指輪の中に入って、延々と恨み言言い続けますからね!! 特にⅥ世!!
――なっ!
――それは困るな。
動揺したような声と困ったような声が頭の中に響いた気がしました。
瞬間、覚悟を決め、私はリングを自分の中指に押し込めました。
「…………………………………」
「…………………何も起こらねえな……」
困惑したようなリーダー格の声を聴きながら、私は安堵しました。
ボンゴレリングは私を否定しませんでした。
しかし――受け入れもしませんでした。
つまりこのリングは、今はただの指輪でしかありません。
先祖たちがそう仕向けてくれたのでしょう。
「くそっ!! 偽物かっ!!!」
「坊ちゃん!」
我に返り、激昂したチンピラたちが銃を構えた瞬間、私は叫びました!!
「ぎゃ! このガキもう――」
坊ちゃんが自分を捉えていたチンピラの手に噛み付き、その手が緩んだ隙に、床を転がりチンピラから距離を取ります。
私もすぐにその場に伏せました。
ドンッ! ドンッ! ドンッ!
ガシャン!!
「ぐわっ!!」
「ぎゃあっ!!」
「なんだ!!!」
突如、響き渡った銃声は男たちのものではありません。
倉庫の壁を突き抜け、数個のライトと男たちに打ち込まれた銃弾を放ったのは――
『――無事か、コラ』
「ええ。有難うございます。コロネロ大佐」
イヤリング型の通信機から聞こえた声に、お礼を返します。
ボンゴレに近しいアルコバレーノ3人を排除したのは正解でしたが、もう一人の存在を忘れていたのは減点でした。
あの脅迫状を読んだ後、私一人で行くことに反対した家光さんと守護者さんたちの抗議に先生たちがコロネロ大佐に助力を求めたのです。
彼はボンゴレの所属ではないので、犯人たちの要求の違反にはならないはずです。
大佐には確実に誰もいないと確かめた1km離れた教会の上で、待機してもらっていました。
蟻一匹逃がさないほどの警戒態勢でも、万が一ということがあります。
ならば、彼らが逃げ出す前に捕まえてしまえばいい。
そこで、コロネロ大佐に犯人たちの無力化を頼んだのでした。
ボンゴレからの正式な依頼ではなく、あくまで友人たちの個人的なお願いということで引き受けてもらいました。
勿論依頼料はお支払いしましたが。
以前ラル教官に着てもらったバレンタインのエプロン姿の写真で、二つ返事で引き受けてくださいました。
ストックが尽きるので、そろそろ教官に可愛い服を着てもらわないと!
それはともかく、このチンピラ達はボンゴレがボンゴレ以外のところから協力者を得るとは考えなかったのでしょうか?
そのくせ、リボーン先生たちアルコバレーノの排除を怠らなかったり、変なところで慎重になっていたりと、矛盾を挙げればきりがありません。
床で呻いている犯人たちを横目に、銃撃の範囲から離れたところで身を起こそうとしている坊ちゃんに走り寄ります。
「坊ちゃん! 無事ですか!?」
「……レオ……」
まだ薬が抜けきっていないのか、緩慢な動きでしたが五体満足であり、意識もはっきりしているようです。
あの時、腹立ちまぎれに床を蹴った――と見せかけ、私は坊ちゃんに信号を送ったのでした。
私が叫んだら、犯人から離れろと。
坊ちゃんはしっかりと信号の意味を分かってくれていました。
遊びで作った坊ちゃんと私にしかわからない暗号でしたが、遊びも役に立つものですね。
とりあえずホッとして、坊ちゃんの手を後ろに縛っているロープを切ろうとし――
「レオっ!」
「――!!」
「死ねやあああああっっっ!!」
短い坊ちゃんの叫びに、咄嗟に彼を抱え、横に転がります!
遅れて肩が熱を帯びた気がしました。
……どうやら切り付けられたようです……。
振り返って睨みつければ、血走った目でナイフを構えるリーダー各の男。
『どうしたコラ!?』
通信機からのコロネロ大佐の声に、返事することもできず坊ちゃんを抱えながらじりじりと後退していきます。
動き回る犯人に壁を隔てて熱源感知器だけで狙いをつけるのは、コロネロ大佐にも難しいでしょう。
撃たれた左肩を押さえながら、狂気を浮かべた顔でよたよたと男が近付いてきます。
プロの動きとは程遠いですが、追い詰められた人間ほど何をするかわかったものではありません。
「……あいつら……うまいこといいやがって……」
「……あいつら……って誰です……?」
荒い息を吐きながら漏れ出た言葉に、私は訊き返します。
……やはり、この男はただ操られていただけのようです。
「……さあな……今となったらわからねえが……テメエらは殺しておかねえとな!!」
「――!!」
振り回されるナイフを避けながら、必死に考えます。
誰がこの男に命令されていたのかはともかく、とりあえずはこの場を凌がないと!
念のために、5km以内は誰も近づかないようになっています。
先程の通信からコロネロ大佐の声は聞こえませんが、たぶん私たちの状況はわかっているのでしょう。
しかし、彼が来てくれるか応援を呼ぶかまで、耐えるのは難しいでしょう。
つまり――私がこの男を倒すしか道はないのです。
武器の持ち込みは禁じられていますが、私は『死ぬ気の炎』が使えます。
それを強調することで、なんとか皆様を説得したのですが、本当に使うことになるとは。
徹底的に教官に鍛えられたとはいえ、本当の殺意を込めた相手との対峙は初めてで、心臓が早鐘を打っています。
こちらに打つ手がないと見たのか、男は薄笑いを浮かべたまま立ち止ります。
逃げるしかない獲物を追い詰めるハンターの気分にでもなっているのでしょうか。
意識をブレスレットが付いている右手に集中させます。
――私に坊ちゃんを守れる力を!
男が私にとどめを刺そうとナイフを振り上げた時――坊ちゃんを背中に庇い、私は手をを男に向かって突き出しました。
刹那――腕に何か違和感ありました。
強いて言うなら、普通の野球ボールを投げるつもりが、鉄球を投げたような重い感覚に戸惑いながらも私は炎を放ちます。
ゴォオオオッッッ!!!!
「――な――に――!!――」
「――!!!」
――言い訳をさせてもらえるならば。
炎は犯人を驚かせる程度に放ち、あとは体術を使って気絶させるつもりでした。
ですが、同時に私はこう思っていました。
『坊ちゃんを傷つけるものは●●しても構わない』と――
瞬間、私が放った炎は紫と橙の混じり合った炎から白い炎へと変わり、男の右腕を飲み込み、広がり――とてつもなく大きなものとなって倉庫を破壊していきました。
自分の意志とは裏腹に、止めることも出来ない炎に目を見張ります。
……一体……何が……?
訳がわからないまま炎が漸く収束すると、残されたのは数百メートル先まで更地になった倉庫街跡でした。
「……なんだ……」
自然と出てしまったような坊ちゃんの呟きに、私は我に返りました。
「坊ちゃん、無事ですか?」
「――あ――」
手を伸ばした私に、坊ちゃんがビクッと身体を振るわせました。
……どうやら怖がらせてしまったようですね……。
無理もありません。
どうやら犯人はあの3人だけだったようですが、あとの2人は巻き込まれてないでしょうか。
貴重な証言者ですから、生きていてくれると良いのだけど。
……ああ、だけど、何か身体が暑くて考えがまとまらない――
ドサッ、と何かが倒れる音がしました。
「レオっ!!」
「どうした、コラ!!」
……どうやら私の身体が床に倒れた音だったようです。
痛みは感じず、それよりも暑くてたまりません。
……ああ、そうかあのナイフには毒が――
坊ちゃんの叫び声とコロネロ大佐の声を聴きながら、私の意識はそこから暗闇に落ちていきました。
◇◇◇――◇◇◇――◇◇◇
SIDE:???
少年は、あれから倒れたまま目を覚まさない少女の傍に立っていた。
自分を庇い、あれからベッドの上で酸素マスクと点滴に繋がれ、か細い息を吐き続ける少女を見続けるしかできない自分の無力さが歯がゆかった。
いつか少女が少年に宣言した台詞。
『坊ちゃんが大人になるまで、私が貴方を護ります』
その約束を少女は果たした。
だが、その結果は少年には受け入れがたい現実だった。
少女が、エレオノーラがこのような状態になることを、ザンザスは考えたことがなかった。
考えてみれば、自分を狙う人間など無限にいる。
その護衛を兼ねている少女が、同時に命を奪われる危険性が高いことは分かっていたはずなのに。
どこかでこんなことは起こる筈がないと思っていた。
昔の少年が見たら鼻で笑っていただろう。
この世はいつも最悪の事態が起こることを考えた上で、更にそれを上回る碌でもない自体が起こるものだとわかっていたはずなのに。
ふいに、少女の目が薄く開かれる。
宙に彷徨わせていた視線が、少年を見て、少し困ったようなものになった。
持ち上がることがない右手が微かにシーツの上で左右に揺れているのを見て、何をしようとしているのかと理解した時――彼は泣きそうになった。
息をするのすら苦しいはずなのに。
少女は少年の頭を撫でようとしていたのだ。
酸素マスクの奥で僅かに動いている口が、何を言おうとしているのか彼にははっきりとわかった。
『泣かないで、坊ちゃん』
「……泣いてねえよ……」
僅かに目尻に浮かんだ涙を袖で拭い、少女がまた意識を失うのと同時に部屋を出る。
足早に目的地に向かい、ノックもそこそこに扉を開く。
「ザンザス! どうした?」
そこは少年の父親――ボンゴレⅨ世の執務室だった。
守護者が全員集まり、何か話し合いをしていたようだが、ザンザスが一人でこの場に来たことに皆が口を噤む。
彼らのその様子を気にすることもなく、真っ直ぐに父親を見て、彼は口を開く。
「…………親父頼みがある」
「…………なんだね?」
最愛の息子が、護衛としてつけていた少女を一時期瀕死に追いやり、心を痛めていることを彼も周囲の大人たちも良く知っていた。
そして守るべき子供たちを、自身の不甲斐なさで危険にさらしたことを9代目は酷く悔やんでいた。
どんな望みでも息子の願いを叶えてやろうと思って、椅子から降り、少年の前にしゃがみ込む。
「――あの倉庫を更地にした攻撃は、俺がやったことにしろ」
「……わかった……」
あれだけの攻撃力を持ったものが誰かという話は、組織の間でも必ず話題に上るだろう。
もし、その力を持ったものがあの少女だと知られれば、良からぬことを考える輩が後を絶たないはずだ。
これ以上、少女を危険にさらすことを良しとしない少年の決断を、彼らの父親は受け止めた。
「それと、もう一つ」
「もう一つ……?」
少年は、今度は挑むような目つきで父親を見る。
その視線の強さに戸惑いながらも受けとめた彼は、少年の台詞に目を見開く。
「――俺に独立暗殺部隊ヴァリアーを寄越せ」
「……ザンザス……」
父親が息を呑む。
あの犯人の裏側にいた人物の検討を少年はつけていた。
いつかのパーティーで、彼を憎悪の籠った眼差しで睨みつけていた男――エンリコ=フェルーミ。
彼がこの裏にいることを、ザンザスは直感的に感じ取っていた。
――俺に喧嘩を売ったこと、必ず後悔させてやる!
そして、少年は運命へ歩き出す。
――少女が望んでいなかった未来へ。
◇◇◇――◇◇◇――◇◇◇
「どうやら、彼らはやられたそうです」
「そうか。
まあ、繋ぎに関してはここに関するようなヘマは誰もしていないから、問題ないだろう」
高級ホテルの最上階のスイートルームで、二人の青年が向かい合っていた。
一人はザンザスが現れるまで、ボンゴレの第一後継者と言われていたエンリコ=フェルーミ。
もう一人は、彼の右腕として名高いダンテ。
「例のものは手に入ったのか?」
「はい、勿論です」
小さなプラスチック製の袋に無造作に突っ込まれているものを見せる。
それは黒く柔らかな髪の毛だった。
「Ⅸ世のものは手に入れたのか」
「はい。ホテルで手の者が清掃業者になりすまし、既に手に入れています」
「はは。
これで切り札は手に入れたな」
「ええ。鑑定はこれからですが、恐らく間違いなくⅨ世とザンザスに親子関係がないことは明白になるでしょう」
彼らがあの誘拐劇を起こした理由が、ザンザスの髪を手に入れるためだったと知ったら、どんな顔をするか。
それほどまでにエンリコの恨みは深かったとも言える。
ダンテが『Ⅸ世とザンザスが本当の親子関係か疑わしい』と持ち掛けられたときのエンリコの歪んだ笑みは、総毛だつようなものだった。
だが、彼の主を信じ、彼はこの誘拐劇を決行させた。
ここまで大仰なことをやる必要はないはずだったが、ザンザスに対するガードが固すぎて滅多なことで近づけないことに加え、エレオノーラの実力をエンリコが気にしたのだ。
あくまで、髪の毛を手に入れるためだけであって、ザンザスも、ましてやエレオノーラを傷つけるつもりはダンテにはなかった。
しかし、結果として彼らは傷つき、少女は重傷を負ったという。
――ひょっとして、自分はとんでもない間違いを犯したのではないか。
そんな疑問が頭を過る。
暴君と呼ばれるはずの少年の逆鱗に触れた。
そんな気がした。
ダンテとは対照的にエンリコは実に機嫌がよさそうだった。
「なあ、ダンテ。
彼女のあの攻撃を見たか?」
「……ええ。信じられないくらいの威力でした」
その返事にエンリコは満面の笑みを浮かべ、うっとりと目を細め呟く。
「――やっぱり、彼女は『特別』なんだ」
「……『特別』……」
ダンテは主の言葉に眉間に皺を寄せ考え込む。
確かに彼女は、特別なのかもしれない。
「……もしかして、彼女は『同類』なのか……?」
彼の独白と同時に右手が緑の炎を纏う。
その言葉に応えるものは、誰もいなかった。
長くなりました。
シリアスは疲れる……。
まだ続きます。