暴君の家庭教師になりました。   作:花菜

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続けて投稿します。

一応シリアスです。

9代目以外。




蜜月の終わり 前編

 

 

「レオ。俺は――」

 

 坊ちゃんの宣言に私はこの蜜月が終わるということを悟ったのでした。

 

 

   ◇◇◇――◇◇◇――◇◇◇

 

 

 その日は、ごく普通の一日でした。

 強いて言うならば、今日は坊ちゃんと離れて私はタルボさんにお金を届けに行ったため、半日近く坊ちゃんに会っていないということでしょうか。

 ああ、そろそろ坊ちゃん欠乏症が発症してしまう!

 それを解消するべく、お屋敷への帰り道を急いでいた時です。

 

「エレオノーラ様!!」

「――え? ターメリックさん?」

 

 横手から掛けられた声に振り返れば、いつもの温和そうな顔があからさまなほど焦りの表情に歪められていました。

 

「どうしたんですか?」

 

 嫌な予感が過ります。

 彼がこんなところまで私を探しに来たということはおそらく――

 

「坊ちゃんに何か?」

 

 躊躇いつつも、漸く彼が口を開きます。

 

「……それが……ザンザス様が誘拐されました」

「なっ!」

 

 

   ◇◇◇――◇◇◇――◇◇◇

 

 

 ターメリックさんに連れられて向かったのは、表向きは一般企業として知られているチェデフのカモフラージュ用のビル一つでした。

 忙しなく歩き回る人たちの合間を縫いながら、最上階までのエレベーターに乗り込みます。

 以前こちらを訪れた時は、こんなにも緊迫した雰囲気に包まれていることはなく、もっとのんびりとした普通の会社のように見えました。

 ですが、チェデフのの本業は諜報活動です。

 9代目の息子が誘拐されたとなれば、情報収集のために全員が奔走するのは当たり前のことでしょう。

 ……坊ちゃんが誘拐された……。

 一応とはいえ、護衛も任されている私がいないときを狙って坊ちゃんを浚うなんて。

 毎回、私は月に一度タルボさんのところに行くことは決まっていますが、日付までは決まっていないうえ、当日に唐突に決まることが多いので、その日を狙って決行したとすると、かなりこちらの事情に詳しいとみて良いでしょう。

 チン、と音がしてエレベーターが止まります。

 扉が開けば足早に目的の部屋まで歩きます。

 重厚なドアに『会議室』というプレートが打ち付けられたドアをターメリックさんが開きました。

 

「親方様。エレオノーラ様をお連れしました」

 

 特に特筆するほどのない机と椅子が並べられた空間で、いつもの陽気さが顰められ、険しい顔をした家光さんが椅子から立ち上がります。

 

「ああ、助かった。

 レオ、話は聞いているな」

「はい。坊ちゃんが誘拐されたと」

 

 挨拶もなく、本題に入ろうとする家光さんに焦りの色が見えます。

 仕方のないことですが、今更ながら重要なことに気付きます。

 

「あの、お兄様。

 9代目は今どこに?」

 

 当たり前ですが、私よりも坊ちゃん至上主義の彼が愛息子を誘拐されて黙っているとは思えません。

  

「……………………………………」

 

 私の問いに家光さんが沈痛な面持ちのまま――無言で、会議室の奥の鉢植えに隠れるようにあった黒いドアを視線で指します。

 ……何故でしょう……?

 そのドアから黒いオーラのようなものがじわじわと滲み出ているような気がします。

 踏み込むのは嫌なのですが、これをほっとくと碌なことにならないと私の勘がびしびしと伝えてくるため、諦めて私はドアノブを回して押し開けました。

 

「儂からザンザスを奪う輩は殲滅してくれるわ~~~っ!!!!!」

「9代目落ち着いてください!」

「ちょ、怪しいだけで組織滅ぼすなっ!!」

「9代目! ああ! レオ!!!」

 

 バタンッ!!

 反射的にドアを閉めます。

 ………………………………………。

 

「なんですかアレっ!!??」

「…………9代目だ…………」

「違いますよ!

 あれ魔王ですよ! 絶対!!」

 

 あのどす黒いオーラを渦巻かせて、超凶悪な顔で殲滅とか言ってるのは絶対魔王ですよ!!

 9代目の偽物だった人の邪悪オーラなんてただのチンピラにしか見えないぐらい凶悪ですよっっ!!

 あ、そういえばさっきガナッシュさんに呼ばれたような……。

 

「ザンザスが誘拐されたと聞いてから、あの調子で守護者が今必死で留めているところだ……」

「……何時間前からです?」

「……6時間前だ……」

 

 あの状態の9代目を6時間も押さえているなんて気の毒すぎる……。

 コヨーテさんと、クロッカンさんと、ガナッシュさんがいたけど残りの人たちは出張でしたっけ?

 運が良かったんでしょうけど、あの状態の9代目を留めるのには守護者全員揃わないと難しいんじゃ……?

 今はまだ、どこの誰が相手か分かっていないから、9代目は動いていないのでしょう。

 しかし、ひとたびこんなアホなことをやらかした犯人が分れば――組織か個人かわかりませんが――完全に殲滅は免れないでしょう。

 ともかく、9代目をどうにかしないと!

 決意して再びドアを開け放ちます!!

 

「叔父さま!!」

「おお、レオ」 

「「「レオ~~~っっ」」」

 

 なんか声の質まで違うんですけど。

 地獄の底から響いてくるようなひっくーい声と、縋るような頼りなげな声の三重奏を聞きながら、表情を引き締めて近づきます。

 

「落ち着いてください、叔父さま」

「儂は落ち着いているが。

 いつでもザン君を誘拐した奴らを殲滅できるようスタンバイしておる」

「なんにも落ち着いてませんよ!!」

 

 しくしくと泣いている守護者さんたちを見ながら、突っ込みます。

 もう1週間に1回は彼らが泣く姿を泣いている気がしますが、今回は更にひどいです。

 ああ、もう。

 

「本当に落ち着いてくださいってば!

 叔父さまが落ち着いてくれないといざという時に、皆が力を出し切れないでしょう?」

 

 窘めるように言えば、彼は顔を両手で覆い、

 

「レオ。儂には聞こえるんじゃ。

 ザンザスが『パパン助けて!』と泣き叫ぶ声が!!」

「幻聴です」

「幻聴だ」

「幻聴だよ」

「幻聴に決まっている」

 

 四重奏で突っ込みます。

 そんな坊ちゃん偽物ですよ。

 ――あら?

 声がした方を向けば、リボーン先生とラル教官とマーモン師匠がいました。

 

「先生たちも来てくれたんですか?」

「ああ、家光から要請を受けてな」

「流石に一番の優先事項だからな」

 

 厳しい顔で言うラル教官とリボーン先生の横で、マーモン師匠の呟きが聞こえました。

 

「ザンザスが浚われたなんて……。

 ――僕のお小遣いがピンチじゃないか」

 

 ――ぶれませんね。師匠。

 

「ザンザス! ザンザス!!」

 

 叫び続けて、ちょっとというかかなり正気を失っている9代目を同時に見遣って、全員で顔を見合わせるとリボーン先生と目があいます。

 私が頷くと、同じくコクリと頷く先生。

 

「お・じ・さ・ま!」

「なんじゃレ――うっ……」

 

 首を押さえて倒れる9代目。

 その身体をクロッカンさんが辛うじて支えました。

 ……目が赤く腫れているのが痛ましいですが……。

 何をしたかというと、私が9代目の意識を逸らした時に、先生が麻酔針を首筋に打ち込んだのです。

 無言のままチェデフの男性(名前がわかりません)が持ってきた担架にクロッカンさんが9代目を横たえると、コヨーテさんとガナッシュさんが担架をそれぞれ持って退出していきます。

 それを見送り、私は先生に確認します。

 

「……どのくらい持ちますか?」

「……ボンゴレが開発した熊も一日昏倒する睡眠薬だが、ボンゴレのボスとなれば薬物にもなれているし……せいぜい半日、いや、7,8時間がせいぜいかもな」

 

 毒物への耐性をボスとして9代目はつけています。

 ついでに言えば、坊ちゃんも私もその手の訓練を受けています。

 ……つまり少なく見積もって7時間の間にこの誘拐事件を解決しなくてはなりません。

 9代目が目覚めるまでがタイムリミットです。

 そうしないと必要以上に話が大きくなるばっかりです。

 それに万が一にも9代目が出ていき、その身に何かあった場合、坊ちゃんの立場を守れる人間がいなくなります。

 それは断じて避けなくてはなりません。

 勿論私も犯人に対しては腸が煮えくりかえる程、怒り狂ってますよ。

 ――ですから、それ相応の報復はさせていただきますから。

    

「――あー、落ち着いたところで状況を整理してもいいか?」

 

 家光さんが、隅に置いてあったホワイトボードを運んできました。

 同時に私は気を引き締めます。

 彼がホワイトボードに今までも状況を書き込み、それをペンで指しながら、状況の説明をしてくれます。

 

「簡単に何があったか説明すると、今日の12時半に9代目と食事をするためにレストランへ向かっていたザンザスと護衛がレストランの近くで襲撃を受けた。

 乱暴な速度で運転した怪しげな白い車が走り去ったという目撃証言は取れているが、その車は未だに見つかっていない」

「未だになんの連絡もないのですか?」

「ああ。現在6時間の間に何もな」

「……そうですか……」

 

 この第3水曜日は坊ちゃんの食事マナーの復習と称した、9代目との親子水入らずのお食事会です。

 私もいつもはここに入れてもらうのですが、今日はタルボさんのお誘いもあったため、お二人だけで楽しんでもらおうと思い、護衛の任は他の方に任せたのですが……。

 

「……ですけど、おかしくありませんか?」

「何がだレオ?」

「このお食事会を9代目はとてつもなく楽しみにしているのは、1年前に広く知られたじゃないですか」

「……ああ、あの事件か……」

 

 疲れたように頭を掻く家光さん。

 その事件というのは、坊ちゃんと食事を行くことを楽しみに仕事をしていた9代目に突如入った襲撃事件の知らせでした。

 結果は――言うまでもありませんよね。

 襲撃犯たちはボッコボッコにされ、辛うじて守護者さんたちが止めたおかげで命はとりとめました。

 ただその場で9代目が――

 

『儂がザンザスと食事に行くことをどれほど楽しみにしていたと思っているんじゃ!! この戯けものがああっっ!!!』

 

 と宣い、更に襲撃犯を凹ってくれたため、この日に9代目の邪魔をすることは絶対にやめようと上にも下にも敵対組織にさえ、知れ渡ったのでした。

 

「……あんなことがあって、敢えて坊ちゃんを誘拐するなんて正気の沙汰じゃありませんよ」

「そうだな。

 だが―-正気じゃないからこそかもしれねーぞ」

 

 先生の台詞に私は納得します。

 確かに正気ならばやりませんが、正気でないからこそ、ボンゴレに対する恨みが凄まじいからこそやりかねないということでしょう。

 しかしそれでも気になることはまだあります。

 

「……坊ちゃんは8歳ですが、護身術というか格闘技の腕前はチンピラ4,5人くらいなら

 あっという間に伸せるくらいの強さがあります。

 加えて、逃げに徹すればプロですら捕らえるのは難しいでしょう。

 それにも関わらず、坊ちゃんは浚われました。

 レストランからの逃亡に関してもそうです。

 予め逃げるためのルートを確保していたように、ほとんど目撃者がいない状態で立ち去っています。

 用心のためにレストランへの連絡は2時間前にランダムで決められていました。

 それも9代目が直々にです。

 私が今日出かけて坊ちゃんの傍にいないことも、今朝突然決まったことです。

 つまり――」

「――内通者がいるということか」

 

 私の台詞を受けて教官が結論を述べます。

 そう、つまりは――『身内』の犯行であるということが高いということです。

 

「……護衛も怪しいな」

「そうだね。今回の護衛はどうやって決めたのさ?」

「本来なら守護者が一人護衛に付く予定だったが、急遽仕事が入って替わりにニコーラという男が入ったはずだ」

「その人は?」

「……襲撃を受けて重傷を負った」

「……初めからその人を見捨てるつもりだったか、これも織り込み済みなのか、或いは本当に無関係なのか、難しいところですね」

「フン。意識がしっかりしていたら僕の幻術で吐かせてやったのに」

 

 忌々しそうなマーモン師匠に、自然と私は微笑しました。

 師匠も師匠なりに心配しているのでしょう。

 それにしても、初めから繋がりになりそうな人物は切って捨てるつもりだったというのが、濃厚な気がしますが、言い切ることはできません。

 そして、坊ちゃんを誘拐し、どうにかすることで得をする人物を挙げるとすると――

 

「――家光お兄様。

 エンリコ様、マッシーモ様、フェデリコ様はどうしていますか?」

「……エンリコはフランスで仕事、マッシーモはハワイで休暇中、フェデリコは大学にいた。

 とはいえ、彼らならいくらでも手足として動く奴らがいる。

 ボンゴレに恨みを持ってる奴と同時にそっちも調査中だ」

 

 身内を疑いたくはないがな、と付け加え、苦虫を噛み潰したような表情をする家光さん。

 坊ちゃんが死んでメリットを受けるのは彼ら以上にいないため、仕方がないことでしょう。

 調べて白なら問題がないわけですし。

 

「ともあれ、犯人からなんの連絡もないことが痛いな。

 判断材料が少なすぎる」

「そうだな、ボンゴレの象徴である9代目に恨みを晴らしたいというならば、リスクは最高だが、ザンザスをどうにかすればいいということは犯人も分かっている筈だ。

だが敢えてこんな誘拐をやらかすなら、目的はザンザスではないのか?

それとも安全な場所で……」

 

 その家光さんの口の中に消えていった最後の台詞に、私の中で必死に否定していた不安が湧き出てきてしまいました。

 ……まさか……坊ちゃんはもう既に…………

 

「レオ。

 誘拐なんて面倒なことをやる奴が、そう簡単にザンザスという切り札をどうにかするとも思えねえ。気をしっかり持て」

 

 私の心情を察したのか震える私の手を取り、先生が励ましてくれます。

 

「……ええ、そうですね。

 坊ちゃんは絶対に無事です」

 

 絶対に。

 そう言い聞かせても、私は今朝のことを思い出さずにはいられませんでした。

 

 

 ――◇――◇――

 

 

「……あの、坊ちゃん。

 放してくれないとでかけられないのですが……」

「…………」

 

 私が出かける時いつも坊ちゃんは、最後まで服の裾を放してくれないのです。

 

「坊ちゃん……」

「…………」

 

 なんですか、そのぷっくりとほっぺたを膨らまして、絶妙な上目使いに加えて、潤んだ瞳で睨んでくるなんて!!

 いつまでもそんな攻撃にやられる程、私はちょろい女じゃありませんよ!!

 

「……エレオノーラ様。そろそろ出かけないと時間に間に合わないと思いますが」

 

 はっ!

 冷静なクレイさんの突っ込みに、私は坊ちゃんから離れました。

 いつの間にかまた、坊ちゃんを無意識のうちに抱きしめていたようです。

 坊ちゃん! 恐ろしい子!!

 気を取り直して、私は少し屈んで坊ちゃんと視線を合わせます。

 

「坊ちゃん、今日はお父様とお食事をする日でしょう?

 私がいなくてもあっという間に時間は過ぎますよ」

「…………」

 

 ぶすっとしたままの坊ちゃんに私は小指を立てます。

 

「約束しますよ。

 帰ってきたら、一番に坊ちゃんに会いに行きます」

「……当然だ」

 

 小指と小指を絡ませて、指切りをします。

 ……約束というものをしたことがなかった坊ちゃんは、初めて私と約束したときはかなり疑っていました。

 何回かきちんと守ってからは信じてくれるようになりましたけどね。

 

「では、行ってきますね。坊ちゃん」 

「早く帰って来い」

 

 

   ――◇――◇――

 

 

 ふてぶてしくも愛らしい笑顔で見送ってくれた坊ちゃん。

 あの時、予定をキャンセルして坊ちゃんについていけば!!

 ……あの笑顔がもう二度とみることが出来ないかもしれないなんて、絶対に認めることが出来ません!!!

 拳を握りしめ、顔を上げると何やら先生たちが話し合っていて、師匠が鼻をかんでいました。

 ――! そうです! 師匠の粘写なら坊ちゃんの居場所がわかる筈!!

 

「どうだマーモン?」

「……気に入らないね。

 僕の粘写を防ぐなんて」

 

 忌々しそうに広げた紙をくしゃくしゃに師匠が丸めます。

 ……そんな……マーモンの『粘写』すら防ぐなんて……

 そんな力を持つものが……?

 

「マーモンですら、姿を掴ませないだと」

 

 教官の顔が更に深刻なものになります。

 沈黙が落ちる中、ドアがノックされると同時に、ターメリックさんが飛び込んできました。

 

「親方様!」

「どうした!?」

 

 よっぽど急いできたのか、額から汗を流していますが、それを拭う素振りすら見せませんでした。

 まさか――

 

「犯人から連絡が入りました!!」

「なんだと!

 それでそいつは何か要求してきたのか!?」

「それが……」

 

 彼は私をチラッと見てから、手の中のメモ用紙を読み上げます。

 なんでしょう?

 

「『今晩0時に町はずれの倉庫街にボンゴレリングを持ってこい。

 ただし、これを持ってくるのはエレオノーラただ一人とする。

 また、武器の持ち込みに加え、ボンゴレに所属する者、リボーン、ラル=ミルチ、マーモンの3人は半径5㎞以内に立ち入ることを禁止する。

 これを守らないことには、ザンザスの命の保証はしない』とのことです」

「「「「「――なっ!」」」」」

 

 ……私が……ボンゴレリングを持って……?

 

 

 





坊ちゃん誘拐事件勃発しました。
やらかした奴らは誰でしょう?

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