今回はシリアス(っぽいもの)です。
原作にはまったく出てこなかった方たちが出てきます。
もちろん私の想像でしかありませんが、ご容赦ください。
感想、評価有難うございます。
励みになります。
「――ザンザスだ。よろしく頼む」
思い返せばこれが、罅の入った瞬間だったのかもしれません。
◇◇◇――◇◇◇――◇◇◇
立食形式のホールを大別すると3種類の人に分けられるでしょう。
第一には主催者と取り巻き、第二にホテルの従業員たち、第三にはこのパーティーの招待客になります。
着飾った女性たちが会場に華を添え、男性陣は一見談笑しているようですが、社交戦争に興じています。
人々の騒めきと、煌びやかに飾り付けられた会場内で私はこっそり溜息を吐きました。
今日はボンゴレ後継者第一候補と言われているエンリコ様の誕生パーティーになります。
先日、9代目の元に来た招待状には、9代目の他に坊ちゃんと私の名も載っていました。
実は何度かお誘いはあったのですが、覚えることがありすぎてお断りし続けていたのですよね。
せっかくですので、今回は出席の方にまるをつけ、私たちはこの場にやってきました。
元々名目上、坊ちゃんの護衛でもあるため、いくつもりでしたが。
それにしても何度かこういった場に出る機会はありましたが、どうにも苦手意識があります。
並んでいる豪華な食事に手を付ける気になれない程、胃を圧迫する空気を吸うのもいやですし、時折投げかけられる値踏みするような視線には反吐が出ます。
元庶民にはこのような豪華な場は完全に別次元なのです。
これこそまさに異世界といった感じです。
私は社交の場への出席は初めての坊ちゃんに声を掛けました。
「坊ちゃん平気ですか?」
「別に。大したことじゃねえだろ」
そっけない返事ですが、虚勢を張っているわけではないようです。
実際、この場に降り立った瞬間、人々の目が一斉にこちらを向いたときにも、坊ちゃんが動じる様子は一切ありませんでした。
子供用のブラックスーツとアスコットタイに身を包んだ坊ちゃんは、愛らしくも凛々しいです。
行く前に写真は撮っておいたのですが、もう少し心行くまで撮りたかったです!
マーモンは誘ってみたのですが、今回は他に用があると断られてしまいました。
ラル教官やリボーン先生はお仕事なので、パスとのことです。
残念です。
9代目はやはりこの場でもお忙しいらしく、他の幹部や同盟組織の挨拶攻撃を避け、コヨーテさんを連れて別の部屋に行ってしまわれました。
……9代目の名誉のために言っておきますが、たまに坊ちゃんが絡むと良識や常識のネジが5・6本ぽぽーんと抜けますが、それ以外は真面目に仕事してますよ。
むしろ、坊ちゃんと少しでも一緒に過ごすために、前より精力的に仕事をしているとのことです。
守護者の皆さんもこのところ9代目の親バカになれてきたのか、こっそり書類を増やして仕事を多くやってもらうなど、したたかになってきているそうです。
やっぱり環境への順応力って大事ですよね。
それはともかく、ここに残っているのは、私と坊ちゃんとガナッシュさんの3人になります。
ガナッシュさんが給仕からジュースを受け取り、私と坊ちゃんに渡してくれました。
礼を言って受け取ってから、喉を潤します。
壁際に居るというのに、視線の数は一向に減ることがなく、増える一方です。
ちらちらと視線を寄越しては、『あれが噂の……』、『――9代目の』だの鬱陶しい声がこちらにも漏れ聞こえてきます。
――まあ、このパーティーに来た時点でこうなることも織り込み済みでしたので、仕方がないことでしょう。
第一、 坊ちゃんが平然としているのに、私がイラつくわけにはいかないでしょう。
坊ちゃんは壁に凭れて、どんな視線にも何を返すわけでもなく佇んでいます。
その姿はまるで――
「――エレオノーラ? 久しぶりだね」
「え? ああ、マッシーモ様、フェデリコ様。お久しぶりです」
振り返れば、明るい金髪とライトグリーンの整った顔立ちの少年が立っていました。
ボンゴレ後継者第2候補、マッシーモ様。
その後ろには第3候補の秘蔵っ子であるフェデリコ様。
ウェーブの強い黒髪に茶色の瞳。どことなくいたずらっ子を思わせる愛嬌のある方です。
「しばらく会わないうちに、美しさが増したね」
「本当に。前のようなドレス姿も可憐だったけれど、その執事服も似合ってるな」
……イタリアの男性ってどうしてこう……。
歯の浮くような台詞を右から左に流しながら、挨拶します。
彼らもまたこのパーティーに招待されていたようです。
二人の視線が私の背後に向けられています。
そこにはやや不機嫌な顔をした坊ちゃんがいました。
「エレオノーラ、その子が叔父さんの息子だろう。出来たら僕たちにも紹介してくれないか?」
「そうそう。せっかく親戚になったんだから、これから仲良くしたいし」
口々に言われ、坊ちゃんに視線を遣ると、ゆっくりと壁から背を離し、こちらに近づいてきました。
先程の不機嫌はどこかに顰められています――が、私には妙にそれが気になりました。
気を取り直し、互いを紹介します。
「ご紹介しますね。
こちらはザンザス様。9代目のご子息です。
坊ちゃん、こちらはマッシーモ様とフェデリコ様です。
お二人は9代目――お父様の甥に当たります」
「やあ、初めましてザンザス。マッシーモだ。これからよろしく」
「フェデリコだ。よろしくな」
「……ああ」
差し出された二つの手を、愛想の欠片もない表情で交互に握る坊ちゃん。
お二人はお二人で忙しいらしく、すぐにまた人ごみに消えていきました。
そんなに忙しくても、一目坊ちゃんを見ておきたかったのでしょうか。
「……エンリコ様の好意で、このパーティーでザンザス様を皆に紹介することになっているからな。その前にザンザス様がどの程度の物なのか偵察に来たのだろう」
空気になりかけていたガナッシュさんの発した言葉に、思わず目を見開きました。
「……聞いていませんよ、それ」
「すまんな。この場に来るほんの少し前に決まったんだ。
ザンザス様、構いませんか?」
「ああ」
自分のことなのに、他人事のように了承する坊ちゃんを見て、私も気持ちが落ち着きました。
確かにこれだけ組織や同盟の人物が揃っている場はお誂え向きでしょう。
ですが、エンリコ様は今日の主役である筈なのに構わないのでしょうか?
「エンリコ様は大丈夫なのでしょうか?」
「何がだ?」
「いえ、せっかくの誕生日ですのに……」
言葉を濁す私に疑問符を浮かべるガナッシュさん。
ご本人が良いと言っているのなら、良いのですが……止めた方が良くありませんかね?
「――エレオノーラ! 久しぶり!」
「……エンリコ様」
噂をすれば影。
第一候補エンリコ=フェルーミ様。
彼を一言で言い表すならば『好青年』でしょうか。
落ち着いたブラウンの髪と同色の瞳は自信に満ち溢れ、甘いマスクは微笑めば落ちない女性はほぼいないと断言できるでしょう。
真っ直ぐと背筋を伸ばし、こちらに笑いかけてくる彼に女性陣の視線が殺到してくるのを見れば、彼のモテ具合がわかりすぎるぐらいです。
「お久しぶりです、エンリコ様。
この度はご招待有難うございます。
それと、お誕生日おめでとうございます」
私の挨拶に彼は頬を掻き、照れくさそうに笑いました。
「いやいや。やっと来てくれて嬉しいよ。
それより、俺にもその子を紹介してくれないか。
彼がザンザスだろう」
どうせなら3人一緒に来てくれた方が、手間が省けたと思ってはいけないでしょうか。
先程と同じような紹介をしていると、一人の青年がこちらに向かってきました。
「エンリコ様。お呼びでしょうか」
「ああ、ダンテよく来てくれた。
紹介するよ。こいつはダンテ。
俺の右腕だ」
周りの人と同じくブラックスーツに黒髪を後ろに流した青年は、深々と頭を下げます。
上げられた顔には黒曜石のような瞳がはまっていました。
どことなく東洋系を思わせる顔立ちです。
ハーフなのでしょうか?
「右腕?
エンリコ様がそこまで信頼なさっているなんて、随分優秀な方なのですね」
「ああ、ダンテはすごいよ。
コイツが来てから、うちの会社の経営は右肩上がりさ」
「まあ、その若さで。すごいですね」
私たちの賞賛に面映ゆそうに彼――ダンテさんは表情を緩めただけでした。
見たところエンリコ様と年はそう変わらないようです。
この年齢でそれだけのことを成し遂げたならば、傲慢になりそうなものなのに、彼は自慢げにするわけでもなく、粛々と佇んでいます。
どこか、クレイさんを思わせる人です。
人間が出来ているのか、それとも余程感情を隠すのが上手いのかはわかりませんが。
「ビジネスに関してもプライベートに関しても、信頼できるヤツだから、ぜひエレオノーラにも紹介しておきたかったんだ」
「……それはお気遣いありがとうございます」
満面の笑みで告げられ、私は首を捻りながらも礼を言いました。
何故、私に?
「エンリコ様。そろそろ檀上での挨拶があると思いますが」
疑問符を浮かべる私に気を使ったのか、ダンテさんがエンリコ様を促します。
「ああ、そうだな。
それじゃあ、ザンザスまた後で。
可愛い弟分が出来て俺も嬉しいよ。
エレオノーラ、君のその恰好も似合っているけど、またあの時みたいなドレス姿も見てみたいな。
あのドレス姿は桜の精霊かと思わせる可憐さだったし」
「…………」
…………人の黒歴史を掘り起こさないでください…………。
以前、彼らに会ったパーティーでは先生の用意した、桜色のふわふわひらひらのレースがふんだんに使われたドレスを着ていったのですが、思い返すとこの年でピンクって!!
あの時は楽しんで着られたのですが、年齢が上がるに連れて、身体の若さに精神が近づいてきたのか、精神年齢も30代ぐらいになってきたため、今思い返すと猛烈に恥ずかしいのです!
今なら私、身体は子供、頭脳は大人の名探偵の気持ちがわかります!
あんまりにも年齢が離れているときは楽しめましたが、近くなると逆に恥ずかしいです。
今はもし小学校に行けといわれても、全力で拒否させて頂きます!
苦悩する私をよそに私の手を取り、自然に手の甲にキスしてから笑顔で去っていく彼とその右腕を見送り、振り返ると――死ぬほど不機嫌そうな坊ちゃん。
え? 何です?
「ど、どうしたのですか?」
「…………別になんでもねえ…………」
いえ、その表情は絶対何かありますよ。
訳が分からず、視線を横にずらせば、そこには苦笑するガナッシュさん。
……何なのでしょうか?
私が悩んでいるところへ、9代目が漸く仕事を終えたのかコヨーテさんと一緒に来ました。
しかし時間がないのか、軽く私たちに声を掛けるだけで、9代目はすぐに坊ちゃんの手を取り、檀上へと向かいます。
本来ならば護衛として私もついていくべきなのでしょうが、守護者の皆さんもいる上、壇上に共に上がるわけにもいかないため、壁際で待機しています。
会場の明かりが消え、壇上にスポットライトが当たります。
光に照らされ華やかさが増したエンリコ様の姿が現れます。
爽やかな笑顔を向け、騒めく会場に愛想よく語り掛けます。
「皆さん、楽しんでいますか?
今日は俺の誕生日を共に祝ってくれて、有難うございます。
今後ともこの楽しみを皆と共有できていければ何よりです。
――さて、今日は新しいファミリーを紹介します。
9代目の息子であるザンザスです」
騒めきが一層強くなります。
スポットライトが壇上の右にずらされます。
そこには9代目と共に佇む坊ちゃんの姿が。
固くなることもなく、そこにいるのが当たり前であるとでもいうように彼は堂々と立っていました。
僅かに伏せられていた赤い瞳が、ゆっくりと辺りを睥睨すると喧騒が嘘のように引いていきます。
「――ザンザスだ。よろしく頼む」
短く告げられた言葉。
ですが、それは私たちの心に深く深く響きました。
隠されていた圧倒的な存在感を露わにし、炎を思わせるオーラを身にまとった坊ちゃんは正に――『王』でした。
隣にいたはずの第一候補の存在感など吹き飛ばしてしまうぐらい、強烈な印象を彼は与えたのです。
光の端が当たっていたため見えてしまったエンリコ様の表情は焦燥と後悔、そして――憎悪が混じっていました。
……『可愛い弟分』とは、あくまでも自分より格下に対してのようです。
彼は侮っていたのです。
スラム街に生まれた少年が9代目の息子であったとしても、自分を脅かすことなど絶対にないと。
ですが――現実は残酷です。
この会場の人々は、新たな候補者が生まれながらの『王』であることを気付いてしまいました。
恐らくこれからの勢力図は塗り替えらえるでしょう。
もし、彼が自分の主役であったパーティーで坊ちゃんを紹介しなければ、ここまで比べられることはなかったかもしれません。
しかし彼は自分が最も主役であるはずの場で、自分と坊ちゃんを対比させてしまいました。
それは完全に彼のミスでした。
「……お前がやめた方が良いといったのは、このせいかエレオノーラ」
「ええ。掻かなくてもいい恥をかかせるのは、どうかと思いましたので」
止める手立てなどありませんでしたが。
私が同意すると、ガナッシュさんが息を吐き、米神に手をやりました。
「確かに。お前の意見を取り入れておくべきだったな。
ザンザス様の存在感を我々ですら侮っていた。
9代目も甥に恥を掻かせる気はなかっただろうに」
そうでしょうね。
いつも本邸に居る時の坊ちゃんは、年相応の子供の顔しか見せていませんでしたから。
初めての社交の場がここだったのが、エンリコ様の運の尽きだったのかもしれません。
「それよりも、大丈夫でしょうか」
「何がだ?」
「いえ、これから彼らが坊ちゃんに敵意を向けてこないかということです」
ガナッシュさんの片眉がピクリと上がりました。
「……確かにな。
ザンザス様が自分たちよりも数歩は先を行っていることは気付いた筈だ。
荒れるかもしれないな。
有利なことと言えば、ザンザス様が9代目の息子であるということだ。
継承権からいえば、1位はザンザス様だからな。
それに関しては、文句は言えまい」
確かにそうです。
――それが『本当の息子』でしたらの話ですが。
「……坊ちゃんが無事にボンゴレを継ぐまで、あの話は絶対に漏らすことはできませんね。
下手をすれば、ボンゴレが分裂する可能性があります」
「ああ、資料などは全部破棄させている。
何か余程の偶然が引き起こされない限りは、バレることはないはずだ」
私が何を示唆しているのかすぐに理解し、ガナッシュさんは私の不安の一部を取り除いてくれました。
会場の明かりが再び灯り、辺りが明るくなるとすぐに9代目に連れられた坊ちゃんが、周囲の人間に集られています。
『――さすが9代目の息子』『Ⅱ世の再来か』など騒めく会場内で、自分のペースを崩すことなく、淡々と挨拶する坊ちゃんが随分遠く見えます。
すぐに、私の元など離れて手の届かない存在になってしまうのでしょうね。
ぼんやりとその光景を見ていると、ふいに坊ちゃんがこちらを振り向きました。
何か9代目に囁くと、9代目もこちらを見て頷きました。
何事でしょう?
坊ちゃんがこちらに向かって真っすぐ歩いてきます。
傍まで来ると、私の手を引っ張り出口に向かって歩き出します。
「――レオ。帰るぞ」
「え? 皆様へのご挨拶がまだなのでは?」
「そんなのは親父がやる。テメエ顔色悪いぞ」
「え? 私の具合が悪そうだったから、わざわざ来てくれたんですか?」
「ち、げーよ! オレがあんなところ長居したくなかったからだ!!」
思わず問えば、少し頬を赤く染め否定する坊ちゃん。
――優しい子に育ってくれたなあ。
ほっこりしながら、ぐいぐい手を引く坊ちゃんに言ってやります。
「坊ちゃん。今日の坊ちゃんは凄くカッコよかったですよ」
「! 当たり前だ!!」
振り返り、不敵に笑う坊ちゃんを見つめながら、こっそり胸中で呟きます。
――もう少し、一緒にいさせてくださいね。坊ちゃん。
◇◇◇――◇◇◇――◇◇◇
SIDE:???
ざわつく会場内でダンテは密やかに溜息を吐いた。
今日の誕生会は――表面上はともかく――明らかに彼の主の失敗だった。
今はまだ必死で抑えているが、内面は腸が煮えくり返る思いをしているだろう。
宥めるのが一苦労だ。
エンリコは普段は大人しいが、いったん怒り出すと手を付けられない程荒れてしまう。
日頃の温厚さしか知らない人間から見れば、二重人格じゃないかと思うくらいに。
ある意味マフィアらしいともいえるのかもしれないが。
しかし、たった5歳にしてあの存在感は、見事というより他なかった。
既に何組かのファミリーはエンリコではなく、ザンザスがボンゴレのボス第一候補という認識をしただろう。
巻き返すためにはあらゆる手を打たねばならない。
彼の主はその地位に相応しい人なのだから。
いざとなったら手段を選んでいる暇はないだろう。
それにしても――
「……あんな少女『原作』にはいないはずだが……?」
その声は少年に手を引かれていく少女の耳には届かなかった。
実は『転生者』は一人ではなかったりする。
そのうちまた彼が出てくると思いますが、次はギャグ回の予定です。