Fate/Knight of King   作:やかんEX

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6 Boy Meets Girls

「うん、だいぶ楽になったな」

 

 用意されたばかりの自室に戻りながら、体の調子を確認する。

 状態は思った以上に回復したらしく、熱っぽかった頭もしゃんと覚醒し、背骨にも一本筋が通ってるような頼もしさを感じた。これも、あの絶景を心ゆくまで堪能できたからだろう。

  

「────くしっ! ……とは言え、少し長居し過ぎたか」

 くしゃみ付きの鼻水を啜る。

 

 眺望をやめて降りようと思った頃、既に日は沈みかけ、肌寒い空気が夜を冷やしていた。

 大気が薄く風が強い所に長時間居たためか、体は平熱を通り越し震えを催す程冷えきっている。

 あの風景は気に入ったから絶対にまた行くとして、今度はその辺りを注意しなくてはいけない。

 

 

「えっと、確かここだったよな」

 不安を抱きつつも扉を開けてみて、正解と知り安心する。

 

「……真っ暗だ」

 扉を閉めると視界は暗闇に包まれた。

 当たり前と言えばその通りなのだけど、まだその辺の感覚には慣れていなかった。無意識にスイッチを探して突き出した手を引っ込める。

 

「あ、助かった。着替えだ」

 扉を半開きに抑えつつ室内を見ると、茶色の衣服が丁寧に畳まれ机の上に置かれていた。

 転げたり刺されたりと、血まみれドロドロ汗だくだくだったのだ。

 用意されたそれをありがたく拝借し、制服を脱いでから急いで袖を通す。

 

「……驚いた。服って重要なんだな」

 ちょっと違和感のある着心地だけど、汗が染み付いてないだけでストレスフリーだ。

 欲を言えば風呂とは言わずも体を拭きたかったけど、こんな遅くに贅沢は言えない。

 明日くらいにあの噴水装置の水でも使わせてもらおう。

 

 

「さて、と。そういやあの人、夕食がどうとか言ってたっけ」

「────これ、晩ご飯」

「うん? ああ、ありがと──」

 

 

「────────うっ!!!???」

 

 弾かれるように後ろを向く。

 そこに居たのは、燭台と板皿を携えた一人の少女。 

 

 雪のように白い透明な髪と、これまた抜けそうな程白く細い肌。

 そして一際輝くのは、全身白の中に飾られた宝石に見まごう翠の瞳。

 いやもう少女ってより幼女と言えるくらいのその幼さでありますが、いやいや幼女と言いましてもその目はどこか冷めたようで歳に似合わないような落ち着きを湛えているのでありまして、ああいやその瞳は──

 

 ────って、そうじゃない!!!

 

「えっと、君は?」

「……わたし、エミヤ……さまのお世話する……人。晩ご飯、もってきた」

 持っている物を机の上に置く女の子。

 置かれた黒っぽい板皿の上には、薄黒い何かとすり潰された褐色の何か。

 …………ホント、ナニ。

 

「……じゃあ、もどる」

「──へ? あっ、え、ちょっと!?」

 その子は呆然とする俺の横をスルリと抜け、あっという間に帰っていってしまう。

 

「…………なんでさ」

 ツッコミどころが多すぎて、そんな言葉しか出てこなかった。

 

 

 

「うーん」

 

 それから、机の上に置かれたモノを観察する事およそ十分。

 つついたり嗅いでみたりしたけれど、一体それが何なのか微塵も想像つかない。

 ……いや、黒い方は恐らく何らかの動物の肉なのだろうが、こんな色まで熱せられたモノを肉と断ずるのは憚られた。

 

「でも、せっかく用意してくれたんだもんな……」

 食事、服、住居、案内、魔術。まだ俺は、どれに対しても恩を返せていない。

 そんな分際で文句を言うなんて、とんでもない。

 

「────よし」

 意気込んで黒いナニカをガシっと掴み、おそるおそる口にする。

 

 

「……」

 

 もう一口。

 

「…………」 

 

 もう一口。

 

「……………………」

 

 今、無表情なんだろうな。

 だってそんな表情しかできないような味だ。 

 

 一噛みした瞬間、溢れ出す肉汁────は、もちろん掻き消えていた。

 どんどんごはんが進む様な匂い────も、もちろん消え去っていた。

 ガシガシと石を噛む様な歯応え────は、当たり前の様に残ってる。

 

「…………」

 いや、不味かったのならいいさ、別に。

 不味かったら不味かったなりに、取るべきリアクションってもんがある。

 味付けが濃すぎ薄すぎだとか、下ごしらえの仕方だとか、加えるべき材料だとか、料理人としてアドバイスのしがいがあるってもんさ。 

 

「…………」

 でもさ、無味無臭で歯応えだけが強いモノを、料理って呼んでいいのかな?

 犬用のおもちゃが脳裏に浮かんだ。

 

「…………」

 おっと、俺としたことが。もう一方のナニカを忘れていた。

 食事はバランスよく、食べ終わるタイミングが全て同時になるように、だ。

 「いけないいけない」と頭を掻きつつ、すり潰されたソレを手の平に掬い、口に含む。

 

 

「────────」

 

 

 うん。

 今度は料理名がちゃんと分かったぞ。

 これはきっと、ニンジンだ。

 

 うんうん。

 今回は無味無臭なんてコトはない、見事な味だ。

 まるで産地直送野菜のような新鮮さで、採取されてそのままのような自然な風味。

 

 うんうんうん。

 そうだな、一度言ってみたかったんだ。藤ねえがたまにふざけて言ってたあの台詞。

 たしか、こういう時に言うべきなのは──

 

 

「────シェフを呼べ」

 

 

 ふて寝した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日が完全に昇りきる前に起床。

 鳥のさえずる声を聞きながら、朝の肉体鍛錬を済ませた。

 

 それから手が空いて、人気のまばらな城内を散歩がてら見て回った。

 しかし比較的人は少なかったからって、会う奴みんながすれ違う度じろじろと視線を送ってくるのだ。その散歩も決して気楽なものではなかった。

 『マーリンに師事する為、遠方から訪れた魔術師』という話で通っているらしいけど、もしかして、よからぬ魔術を掛けて回っているのかと警戒されていたのかもしれない。

 ……そうだとしたら失礼な話だ。

 

 

 さて

 

 

「────」

 

 今、俺はマーリンから魔術の教えを受けている。

 とは言え、マーリンは最初に少し居ただけで、軽い指示を出すと何処かに行ってしまったけれど。

 

「────」

 

 初めに使える魔術を訊かれたので実演して見せると、マーリンは何かに納得したように頷き、そのあと何処にそんなに物があったんだって位の荷物の山を運んできた。

 そして、指示された内容って言うのが──

 

「────同調、終了──っと」

 

 部屋に置かれた物を、片っ端から解析しろというもの。

 マーリン曰く、「特に気張らずにやるのが肝要だよ」……らしい。

 

「えっと、次は──」

 薬草、秘薬、魔法瓶、衣服、椅子、机、煉瓦、木材、短剣、槍、弓、その他諸々。

 終わりのない作業にひたすら没頭する。

 

 改めてそれだけをするってのはあまりないけれど、この作業自体は慣れたもんだ。

 学校の備品を直す時も、土蔵でガラクタを弄る時も、強化の魔術を掛ける時も、まず初めにこの魔術で物質の状態を確かめる。

 どうやらこの魔術だけは俺にも向いているらしく、魔力を通して内部構造を視ることで、その物質の設計図を脳裏に描いて再現することができる。

 ……この事を親父に言った時は、『なんて無駄な才能だ』と嘆かれたものだけど。

 優れた魔術師は物事の核を素早く見抜き、それに対して如何に早くアクションを取るかが重要になる。だから、俺みたいに隅々まで解析するのは非効率極まりない行為なのだとか。

 

「……ふぅ」

 

 だからこそ、マーリンの意図が判らない。 

 確かに、魔術回路を起動させるイメージを掴むだけならどんな魔術でも良いのだろうが、あえて解析の魔術のみさせる必要はあるのだろうか。

 

「終わったかね?」

 

 慣れたもので、後ろから掛けられた唐突な声にもはや驚くことはない。

 振り向けば、椅子に座った予想通りの老人の姿。

 

「あぁ、用意された物は全部解析したぞ。いったい何の意味があるんだ、コレ?」

「まぁまぁ、昼食でも取りながら話をしよう」

「む。まぁ、もらうけど」

 昨日と同じように用意されたパンを受け取り、地面に直接胡坐をかく。

 我ながら現金な物だが、実はこれを期待していなかったと言えば嘘になる。

 ……昨夜の出来事は忘れた。

 

「では、最初に一つ尋ねよう。

 君には一通り視てもらった訳だが、なにか気付いた事はないかね?」

「えっと、急にそんなコト言われても……もうちょっと具体的に言ってくれ」

「ふむ。つまり、異なる物質に対する解析魔術の効果差異について感じられた点がなかったか、という事だよ」

「うーん……」

「魔力の通り易さ、速度、解析深度、術式中の魔術回路の反応……なんでもいいさ」

「それじゃ──」

 

 気持ちそんな感じがするってくらいでいいのなら、なんとなく思うことはある。

 用意された中で一番意味不明だったのは、そもそも内部構造なんてどう読み取って良いか分からない秘薬で、とりあえず嫌な感じがするなってくらいしか感じ取れなかった。

 逆に、一番深く胸の裡へ落ちてきたのは、奇怪な魔力を帯びた短剣。煉瓦みたいに構造だけならもっと単調な物もあったんだけど、やけにそれの設計図は鮮明に読み取れた。いや、読み取れたって言うよりも、むしろそれが自然に浮かび上がったていうか何というか……

 

 しどろもどろになりながらも、感じたままをなんとか伝える。

 

「ふむ、あのナイフか。では、それがどのような特性を持つかも想像できたかね?」

「……なんとなくでいいなら、アレは、『何かを正すモノ』のような気がする」

 

 なんだろう。

 上手く説明できないけど、『異常をとにかく否定する』って言う主張があの剣からは発せられてるように感じられた。

 

「──ほう?」

「なんて言うんだろう……こう、現実に在るおかしい物を直すっていうか────いや、壊すって言った方がいいのかな。とにかく、そんなイメージが込められてる気がしたんだ、あの短剣には」

 

 自分が何を言っているのか判らなくなってきた。 

 

「いや、君の推測は全くもって正しい。あのナイフには『有る筈の無いモノを破壊する』という概念が込められている。異常を否定し正常を肯定する、無銘にしてはなかなかの概念武装だよ」

「──概念、武装……」

「物理的にではなく、意味・概念に対して干渉を起こす武装の事さ。儀式や積み重ねた歴史、語り継がれる伝承により付与された概念に(あやか)って効果が引き出される物を指して言う」

「……えっと、とにかく凄い武器ってコトでいいんだろう?」

「まぁ、平たく言えばね。

 アレも若気の至りで創ったものだが、それなりの一品ではあるんだ」

 

 設計図を連想した時に、禍々しい創造理念が吹き出てきたのはそのせいか。

 

「────重要なのは、『そんな凄い武器で有る筈の物を、君が容易く正確に解析し尽くした』という事だ」

 

 ……たしかに不思議だ。

 魔術師として未熟もいい所な衛宮士郎が、そのように高度なモノを理解出来る訳がない。

 

「────と、なかなか興味深い話は尽きないが、それもまた明日の話。

 地味な作業だったとは言え結構な量だっただろう? 日も優に頭上を通り越しているし、今日は此処までにしよう」

「……そう、だな。そうしてくれると助かる」

 

 無我夢中で作業を済ましていたが、解析した量的にもう四時間近くは経っている。

 それだけ長時間設計図を読み続けたのだ。

 魔術回路は言うまでもなく、頭を使いすぎて少し疲れた。

 

「どれ、何か気になる点はないかね?」

「……うーん」

 

 頭を悩ませる。

 回路の調子は昨日までと全然違うのが判る。鍛錬の方針だって、俺の限界を考慮して考えられている事は伝わってくる。魔術に関してはマーリンを既に信頼していた。だから折角だけど、とりわけ確認しておきたいようなことは思いつかない。

 うーむと唸りながら、右手に持つ黒パンを齧る。うん、美味しいおいし──

 

「────そうだ、マーリン。このパン、どうやったら手に入るんだ?」

 真顔になる。

 そう時を遅くせず夜が訪れてしまうのだ。状況は差し迫っていた。

 

「……だろうね。予想していたよ、その質問は」

「──ああ、正直に答えて欲しい。事態は一食の猶予も許さないんだ」

「……すぐそこの村で作ってもらったのだよ。とは言え、材料は私が調達しているんだが……そうだね。君にコレを渡そう」

 そう言って手渡されるのは大きめな土器の壷。

 中身からは、仄かに芳しい匂いが揺れ出ている。

 

「これは?」

「サクソン人から拝借した物を調合した一品だよ。彼らが言うには『聖なるハーブ』──だったかな? まぁ、その中で食用に適した物があったから貰ってきたんだ」

「……」

 コイツのコトだ。

 絶対、無断に違いない。

 

「ともあれ、それを君に託そう。今日か明日にでも、それを持って村へ行ってくるといいよ。幾らか余分に貰える筈さ」

「──今日行ってくる!!」

 

 即座に立ち上がり、走り出す。 

 考えるまでもなかった。

 急がなければ日が暮れてしまう。それまでに行って帰って来なくてはならないのだ。

 

「その村は正門を出てすぐだよ」

「ああ、ありがとうっ──!!」

 

 

……

 

……

 

 

 塔を駆け下り、城の通路を抜けていく。

 時偶すれ違う人が訝しげにこちらを見てくるが、構っていられる暇はない。

「────っと」

 しかし、横目に見えたモノに足を止める。

 

「あ──……」

 

 この時代に飛ばされてきた場所である、この庭園。

 視線の先にあるのは、給水機能付きになっている中央の噴水だった。

 

 服は着替えさせて貰っても、体は一昨日から一度も汚れを拭っていない。

 ここら辺でひとまず頭だけでも流したい気持ちはある。

 しかし、時は一刻を争うかもしれないが……

 

「──よし。サッとしてバッだ」

 

 ──目標を、二兎を得ることに変更。

 

 なに、鴉ばりに素早くすれば大丈夫。それに、拭わなくても水を浴びるだけでいいのだ。

 壷と上の服を地面に置き、滴っている水に頭から突っ込む。

 

「────冷たッ!!」

 身を凍らせるような冷水が首筋を辿り、オマケとばかりに冷たい風が素肌を叩いた。

  

「うううッ〜〜〜、喝ッ!」

 一成の真似をしてみる。

 アイツならこんな感じのお寺の修行してそうだ。

 ブルブルと震える体を、背筋を伸ばして無理矢理押さえつけた。

 

 

 ──と

 

 

 くすくすくす。

 そんな感じの陽気な笑い声が、後ろから聞こえてきた。

 こっちに来てから驚かされるコト多いなぁ、と、呑気に振り返る。

 

 

 

「そんなことしてると、また捕まっちゃうわよ」

 

「わたしを覚えてる? シロウ」と、鈴のような声で続けられる。

 艶やかな濃藍の髪が、柔らかそうに風で舞った。

 

 

 

「────ギネヴィア」

 忘れる訳がない。

 彼女は此方で初めて出会った人だった。

 

「……って、捕まるって──ええッ!?」

「ふふっ、冗談よ。

 それにしても、ホントに言葉が通じるようになったのね?」

「ああ、マーリンのおかげでなんとか。と言うか、真剣にやめてくれ。もう理不尽には遭いたくないぞ……」

「……そうよね、ごめんなさい…………あの時も私がしっかりしていれば……」

 

 辛そうに目を覆う彼女。

 

「────ええと、いや、別にギネヴィアを責めてるワケじゃなくって。俺が言ったのは今だけの話っていうか、水の冷たさが身に凍みてるからちょっとだけ勘弁してほしいなぁ、なんて」 

 焦って何を口走ってるか分からない。 

 目の前の彼女のあからさまに哀しげな仕草に、ただひたすらあたふたしてしまう。

 手のひらで覆われた下から覗くのは、頬をつたう涙ではなく、楽しげな笑みで──

 

 

「────って、へ?」

 気のせいかしら。

 にやり、なんて邪悪な笑みが零れてる気がするわ?

 

 

「……だから、そういうのをやめてくれって言ってるんだよ」

 事態を察し、はぁと溜息。

 

「ごめんなさい。シロウ、良い人そうだからつい、ね?」

 塞ぎ手をどけると、満面の笑みが視界に表れた。

 ……こんな顔されちまうと、からかわれるのもしょうがないか、なんて気が湧いてきてしまうのは俺だけじゃないだろう。

 

「そうだ。わたし、あなたの話が聞きたいわ! ……う〜ん、こっちに来てっ」

「──っと、引っ張るなって!」

 

 思いついたら即行動。 

 そんな感じの気質が表れたように、ぐいぐいと俺を引っ張っていくギネヴィア。

 その先にあるのは、座るのにおあつらえ向きの石座が二つ。

 

 ……ま、いいか。

 彼女相手だとこっちの方も話し甲斐がありそうだ。

 こちらの話に大げさに反応する姿が思い浮かぶ。

 

 

「じゃあまず、シロウは未来からやって来たのよね?」

「……なんだ、知ってたんだな」

「ホントなんだ……すごいっ! 

 あ、もしかして、あなたの言ってた電話っていうのは?」

「ああ、未来の機械──って分かるかな? こう、魔法の小道具みたいな物なんだ」

「やっぱりっ! ……では、シロウ? そのお話から聞かせてくれないかしら?」

 片目を閉じて、おどけたように尋ねる彼女。

「……はいはい、お姫様。私でよろしければ、語り手にならせていただきますよ」

 観念して、苦笑しつつ頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ飛行機ってモノがあれば、海の遥か向こうへもすぐに行けるの?」

「ああ、俺の故郷の国──日本はこの国から見て極東って言われてるんだけど、そこへも確か半日程度で行けるハズだ」

「──すごいわねっ! ……いいなぁ、一度でいいから乗ってみたい……」

「……実は、俺も乗ったことないんだけどな」

「ふふっ、なにそれ」

 

 ギネヴィアととりとめのない会話をするコトおよそ二時間。

 気がつけば太陽は地平線の彼方へ消え行きかけていた。

 薄暮が迫ってきた王城には、沈み行く間際特有の鮮やかな落陽が降りてきている。

 

 期待通りって言えばそうなんだけど、彼女は俺の話に逐一相槌を返してくるし、それにその表情は本当に楽し気で、柄にもなく色んな事を話し込んでしまった。

 電話の話から始まり、次いでテレビ・冷蔵庫といった電化製品全般、穂群原学園の事や部活の事、果ては向こうで流行ってる歌の話なんかもしたっけ。

 時間を忘れて話するなんて事が本当にあるんだな、って振り返り思う。 

 

 ……さりとて、お姫様はまだまだ満足行かないのか。

 話し足りないと言いたげに、会話を続けようとする。

 

「あ、じゃあ次はねぇ、さっきあなたが言ってた──」

 

 ──不意に、言葉が途切れる。

 ギネヴィアはそのまま呆然とし、ある方向へと目線を固定していた。

 

「うん? どうしたんだ、ギネヴィア?」

 今までの彼女の印象との違いに対して不審に思いながらも、同様に視線を送る。

 見遣った先は、庭園に即するように設置された長い長い通路だった。

 そして幅の広い路の中央を占領して歩く、三つの人影。

 

 一人はもう見知った顔であるベディヴィエール。

 もう一人は、そこに居るだけで視線を惹き付けて止まないアーサー王。

 

「────」

 

 知らず、息を呑んだ。

 玉座の間から歩いてくるその姿は、何気ない通路でもその威風は少しも衰えない、一分の隙すら許さない完璧な王の絵。一見自分よりも年下の様にも見えるその人は、見た目とは不釣り合いな程の冷然とした気配を湛えていた。

 

「…………」

 

 上手く言葉に表せない。

 いや、王の姿が完璧すぎて、語彙が貧困な俺の頭じゃ表せないのもその通りに違いない。

 ……でも、それでも、たしかにその人は誰もが認める王者の貫禄を持つのだけれど、それとは反対に、全然似合わないような気もしてしまうのだ。

 

 と言うよりも、むしろ──

 

 

「────ギネヴィア、あの黒い鎧の男は……?」

 

 そこで、もう一つの人影の存在に気付く。

 

 アーサー王の後ろに控える二名の騎士の片翼。

 大きな黒冑で身を覆い、王の騎士として泰然と控える黒髪の男。

 横に並ぶベディヴィエールと対比する様な、鋭利な刃物を思わせるその存在。

 ソイツはこっちを向いていない筈なのに、思わず後ずさってしまいそうになった。

 

 

 

「…………あの人は、サー・ランスロットよ」

 

 

 

 ────ランスロット

 

 その名は知っている。

 湖の騎士と称される、アーサー王物語でも重要な人物。

 華々しい円卓の騎士達の中でも、彼の名は群を抜いて有名だ。

 

 彼の者は、騎士としての腕も振舞いも随一であったと言われている。

 他の円卓の騎士に成り済まして手強い騎士達を打ち倒した話や、異国の美しい姫に思われた話など、挙げていけば限りがない。

 そして、最後に彼は、横に居るギネヴィアと──

 

 

「────って、ちがうだろッ」

 首を振り、浮かんだ考えを吹き飛ばした。

 

 目の前の彼女はアーサー王物語の王女ギネヴィアじゃない。

 些細な会話を思いっきり楽しむ、普通の女の子のようなお姫様だ。

 これだけ一緒に話してれば、彼女がそんな事をしないってコトはすぐに分かる。

 

 所詮、伝説は伝説に過ぎない。現実と虚構は異なるんだ。

 それに、アーサー王物語だって一つの定まったストーリーではないと聞く。

 俺が知っている話が全てそうだと言う訳ではないだろう。

 

 

「……もう日も暮れた。今日はこの辺にしよう、ギネヴィア」

「…………」

「それに、こんな時間に王女様と二人で居ると、またあの嫌な奴に捕まっちまう」

 場を茶化すようにふざけてみる。

 あの三人が通り過ぎた後も黙っていた彼女は、俺の冗談を聞き、微かに笑い声を洩らした。

 

「そうね……うん。また今度、話に付き合ってもらえますか?」

 振り向きながら、問いかける彼女。

 胡乱な火に照らされたその姿は、お世辞抜きで綺麗だった。

 

「ああ、もちろん」

 俺に気の利いた言葉なんて言えない。

 

 それでもギネヴィアは、嬉しそうな笑顔で頷いてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜が深まっていく。

 いつの間にか、空には紗を掛けたように薄暗い雲が広がっていた。

 今夜は月を見られそうにない。

 

 折角の満月なのにな、なんて残念に思いながら帰路についたんだ。

 

 

「…………」

 

 

 ──明日、晴れるといいな。

 

 部屋に戻り机の上にあったモノを食べながら、そう思いました。

 

 

 

 

 

 

 

 




早く円卓の騎士や王さまと絡ませたいのですが、構想通りノロノロ書いていきます。
あと、ランスロットの鎧はシルバーで普通のかもと思いましたが、黒の方にしました。(手抜きで楽したとも言います)


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