Fate/Knight of King   作:やかんEX

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1 運命変革

 

 

 

 ────その日、少年は運命を変える。

 

 

 

 

 

 

「くそッ! なんなんだ、お前っ!!」

 

 

 ────朱い閃光が奔る。

 

 

 考えるより早く真横に飛んだ。

 視界の隅で、ぞわりと背中を震わせる一閃を視認する。

 肩から窓を突き破り、自身に向けられた一撃を間一髪で躱した。

 チッ、と煩わしげに吐き捨てられるのを背後に、硝子混じりの地面で受身を取り、即座に起き上がろうとして──

 

「ガッ────」

 

 背中に強烈な衝撃を受け止め、身体がぐっと宙に浮いた。

 そのまま二十メートルは吹き飛ばされ、その方向の土蔵へと一直線。蔵の前まで来ても勢いを失わない生身の弾丸は、閉じた扉を弾き開け、建物内へ無様に打ちつけられる。

 

 全身に激痛が走る。身を焼く緊張感に呼吸も荒れた。強い震盪に一瞬意識が飛びかけるが、早く立たなければそれこそ永遠に意識を失うだろう。

 奔る痛みを無理矢理抑えつけ、両腕で身体を起こそうとした。

 

 

 

 ────と

 

 

 

「────坊主、いい加減にしねぇか」

 

 今まさに自分を蹴り飛ばしたであろう男が、うんざりしたように話しかけてきた。

 深紅の長槍を肩に傾け青のボディアーマーで全身を纏ったその存在は、いつの間にか俺の背に悠然と立っている。その様相は、いっそまるで長年連れ添った悪友に話し掛けるかのような日常感。

 

 その馬鹿げた内容に弾かれるように振り向き、俺はその男を睨みつけた。

 

「ふざけんなッ! お前こそいい加減にしろ! 

 俺はお前なんかに殺される覚えなんてないぞッ!!」

「つってもな……気に食わねえが、雇い主からの命令だ。

 それに、逃げられないってことは自分が一番わかってんだろ?」

 

 マスターだとかなんだとか、男の言ってることは全く理解できない。

 だがコイツの言う通り、このままでは俺の命は遠からず奪われることになるだろう。

 

 ────なにせ、つい先ほど、あの槍に心臓を貫かれたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日は放課後に友人から受けた頼みで弓道場の片付けをしていた。

 掃除はわりと得意なので納得の行くまでしていると、気づけば外は既に真っ暗だった。

 そうして、一段落してバケツの水を捨てようと立ち上がった時、聞き慣れない音が耳に届いた。キシリキシリと、何か鋼鉄のような物が擦れる音。

 

 ────俺がそれを確かめに外に出て見たモノは、赤と青の二人の男が、武器を手にぶつかり合っている姿だった。

 

 青の男は二メートルはあるだろう深紅の槍を縦横無尽に振り回し、獣の如き怒濤の攻めを見せ、一方の赤い男は、白と黒の対になる剣を両手に、相手の猛撃からその身をひたすら守っていた。

 両者の動きは恐ろしいほど凄烈で、その決闘はまるで神話にある英雄同士の戦いの様だった。

 

 その時、俺はその光景に瞠目し呆然としてしまったが、それが現実感のない光景だっただけではなく、片方の男の闘いに目を奪われていたからだろう。俊敏に動く青の獣ではなく、それをひたすら躱し、受け流し、防いでいた赤い男の側。

 剣術なんててんで分からないけれど、その男の剣は確かに綺麗だなと、場違いながら感じてしまっていたのだ。

 

 

 だからだろう。その剣に誘われる様に一歩踏み出し、不用意な音を出してしまったのは。

 

 

 それからは思い出したくもない場面が続いた。

 剣戟以外の音に気付いた二人はこちらに気づき、それを見た俺は『ヤバいっ!』と弾かれるように全力で逃げ出した。そして校内に駆け込むまでは何とかなった。だがしかし、青い男の化物のような脚力で追いつかれた俺は、その槍で一突きに心臓を穿たれたのだった。

 

 ……それなのに、確かに心臓を貫かれた筈の俺がこうして生きているのは、誰か見知らぬ人が助けてくれたということだけど、その手がかりはその場に残されていた赤いペンダントだけ。だから呆然としつつも自宅に帰ったあと、どうにかして命の恩人に感謝を伝えたいと、一連の出来事を考えていた。

 

 

 ────そんな時に俺を襲ったのは、またしても男の赤い槍だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────目の前の男に一層集中する。

 

 そうだ。

 ついさっき殺されかけた俺は、この男に敵わないなんてよく判っている。

 目の前の男は紛れもない化物だ。基本的な強化の魔術だって満足に使えない半人前なんかじゃ、万が一にも逃げきれないだろう。けど──

 

 

「────だからって、自分の命を諦めていい理由なんかない!!!」

 

 

 俺はこんなところでは死ねない。

 助けてもらったのだ。今日の人のことだけじゃない。

 十年前、炎の海で俺を拾い上げてくれた切嗣にも。

 そして、助けてもらったからには簡単に死ねない。

 助けられたからには、果たさなければならない『義務』がある。

 

 

「……いい目をしている。こりゃ、見縊っていたか。ともすると、おまえが七人目だったのかもな」

 

 七人目。相変わらず男の言っていることは理解できない。

 それでも、空気が変わったことだけは理解できた。

 

 死の匂いが充満する。

 知っている。だがこれは、数時間前に経験したものよりも、尚濃厚なもの。

 今、男は今度こそ、確実に俺の命を再び奪うだろう。

 

 

 ────男が槍を中腰に構え、その穂先を俺の心臓へと向ける。

 

 

「──────」

 

 

 ダメだ。このままではいけない。

 半身を地面につけたまま、無意識に後ずさる。その際に手のひらで石か何かを押しつぶし、血が冷たい地面へと流れ伝った。だけど、痛みなんて感じる余裕はない。

 

 

 ────男の腕が動く。

 

 

 何か、何か足掻かなければ、一秒後に俺の心臓は貫かれているだろう。

 一度助かったからって、二度助かるなんて考えるべくもない。

 だが、動けない。腕も脚も金縛りに遭ってるかのように、まるで動かないのだ。

 

 

 ────槍が胸へと進む。驚くほど速いであろう槍の銀光も、今だけはえらくスローに感じた。

 

 

 青い男、朱い槍、舞い上がる埃、地面に転がるガラクタ────そこまで目で追って、今まで八年間、延々とこの場で続けてきた鍛錬を思い出す。死ぬ間際なのに。いや、だからこそ、毎日生と死の狭間を彷徨っていたその日課を思い出すのだろうか。

 だから、からからに乾いているはずの喉は、無意識に、ある詠唱を呟く。

 

 

 

「────投影、開始(トレース オン)

 

 

 

 何がしたかったのかは、自分でも分からない。

 ────それでもその意味を成さないはずの詠唱に応えたのか、一陣の風が舞い上がる。

 それと同時に座りこんでいる地面から光の魔法陣が浮かび上がり、目の前の槍兵を弾き飛ばした。

 

 

「────まさかッ! 本気で七人目だと!?」

 

 

 先ほど流した血が魔法陣を循環するように流れ、溢れんばかりの魔力が陣から噴き出る。

 舞っている風が更にうねりを上げ、光は目を開けられないぐらい燦然と輝き出した。

 

 

 ────なにが起こっているのかは分からない。でも、これなら……!

 

 

 何かが起こる。

 絶体絶命の今、見たことのない眩い光が照らすのは希望だろうと、根拠のない自信が浮かび上がってきたところで──

  

 

「────え?」

 

 

 地面が、抜けた。

 

 いや、実際にはそんなことないのかも知れない。

 でもそう感じるほど唐突に身体が無重力を感じて

 ────瞬間。

 ものすごいスピードで真下に向けて落下を始めた。

 

「ああああああああああッッッ!!!?!?!?!!??」

 

 落ちる落ちる落ちる落ちる。

 身体は落下速度をぐんぐん速め、底なんて見えない真っ暗闇へと落ちていく。

 

 

 ────ああ、確かに、あそこで槍を心臓に喰らったら終わりだとか、なんとかしようだとか思ったけどさ。これは流石に、予想外ってやつじゃないかな。

 

 

 俺はそんなことを思いながら、叫び声を上げてひたすら落下し続けた。

 

 

 

 

 

 

「…………なんだってんだ、いったい」

 

 光が収まった後の土蔵では、槍を構えた体勢のまま、一人取り残された男がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 




 原作は1話だけですが、少々異なります。
 兄貴の出番はこれだけ。。

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