「へぇ。それじゃあ、ガンはガウェインの親父さんの所で厄介になってたんだな」
「ああそうだぜ。だからロト王様は俺のもう一人のお父上みたいなもんだ。そのツテで今もガウェイン様の従者にしてもらってるしな」
正午近くにキャメロットを出立した俺たち一向。
果たすべき目的が正体不明の敵?の偵察だって事もあり、充分に慎重を期すべきなのだが、さりとて、その道中が常に危険な物だと言う訳では勿論なく、俺とガンは、道行く馬の上で雑談に興じている所だった。
そして、その話題は『騎士の成り方』について。
当然、最初はそんな事を尋ねる事で訝しまれた俺だったが、遠方出身の自分とは場合が違ってないか心配になって、と説明すればすんなりと信じて喋ってくれるガンだった。しかも自身の体験談込みで。
……俺が言うのもなんなんだけど、こいつ単純過ぎないだろうか。ちょっと心配になってきた。
何はともあれ、ガンから聞き出した話をまとめると、騎士になるには以下の様な手順を踏むらしい。
まず、騎士になれる様な身分の家の男子(驚いた事にこのガンでさえ貴族らしい)は、齢七歳にして監督役となる騎士の元に移され、教義や礼儀、宮廷の儀式なんかについての教えを学び始める。そこで彼らは小姓として食卓の準備や召使いとしての仕事をしたり、森や河の秘密──いわゆる狩猟とか漁猟のこと──を知り、馬に乗る練習や馬上槍の訓練、果ては踊りや竪琴なんかの音楽まで教え込まれるらしい。
そうして、十四歳になった彼らは士分としての身分を得た後、将来の諸侯や城主の元に赴き、本格的な騎士としての訓練を始める。重たい鎧を着ての剣や槍、騎乗の訓練などをこなす彼らは、その合間に女性に対しての礼儀やその他の色んな作法に関しても学び、そうやって一定の能力を認められた者だけが、特定の騎士に従騎士として付き従い、彼らの雑事などをしながら本物の騎士としての技能を学び取るらしいのだ。
ちなみに、ガンもこの従騎士という身分として、例の白騎士に付き従っているところだそう。
……それを聞いて何が恐ろしいかって、こんなに長々と聞かされた過程なんて全くこれっぽっちも経ていない俺なんかが、円卓の騎士の一人であるベディヴィエールの従騎士と見做されているというコトだ。
率直に言って、俺のこの見習い騎士って嘘の肩書き、どう考えても拙い設定な気がする。
「んでだな、俺たちみたいに従騎士となった奴らが、付き従う騎士様方の傍らで色んな武勲を挙げたのち、二十一になった年にようやく騎士として認められて叙任されるってワケだ」
「へぇ」
「くぅ〜、早く騎士になって色んな冒険に出たいぜ〜。なぁシロウ、そうだろ!」
「…………はは」
苦笑いで返答を濁すしかない俺。
だって、こんなに真っ直ぐに騎士を目指している奴に対して、そんなつもりが全くない俺が軽々しく同意して良い訳ないと思うのだ。
それにそもそも、成りたいとかそうじゃないとか以前に、俺は見習い騎士としての訓練を全く受けていない。
しかも彼らがこなしてきた長年の修練はともかく、そんな礼儀だとかを二十一にもなるまで学ぶなんて俺には到底考えられないのだ…………って、待てよ。
よくよくと考えを巡らせていた俺には、ふと引っかかる事があった。俺の返答に不満げにしていた目の前のそいつに尋ねる事にしよう。
「そういや、一つ質問いいか?」
「……なんだよ」
「そんなに怒らないでくれよ、ガン」
「…………ま、いいけどさ」
「はは、ありがとな。ええっと、そうだ、質問てのは、その二十一歳で騎士にってトコなんだけど」
「? それがどうしたんだ、基本だろ?」
「ああいや、それ自体には別に疑問はなくて」
俺が気になったのは別のコト。
「────ふと思ったんだけどさ、アーサー王ってどう見ても二十一歳じゃないだろ。でも騎士の中の王、騎士王って言われてるじゃないか。それってどうしてなんだ……っけな〜……なんて…………」
喋っている途中だんだんジト目になっていくガンに対し、言葉が尻すぼみになってしまう。
そいつは俺の発言を胡散臭そうな顔で聞き納めた後、これみよがしの溜息を吐いた。
「はぁ〜〜、お前って本当に何にも知らないんだな」
「うっ」
そんなにあからさまに呆れなくてもいいじゃないか。自覚もしてるし、そんな対応にも慣れちまったんだけど、どうにも決まりが悪いコトには変わりないのだ。
そんな風に考えて苦しい俺に、もう一度溜息を吐いたそいつが再度口を開く。
「ま、いいか。説明してやるよ。
そもそもだな、騎士のなり方ってのが定式的に決まってても、アーサー様は王様だろう?」
「あ、そっか」
「それに、アーサー様は特別なんだ」
「……特別って?」
「ま、いくらシロウでも聞いた事あるだろうけど、アーサー様が騎士、そして王になられたのは『選定の剣』を引き抜いた時だ」
「────そういえば」
失念していた。
しかも、アーサー王物語に必ずと言っていいほど伴われる象徴的な逸話の事を。
「お、さすがにそれは知ってたみたいだな」
「……まぁ、さすがに」
「よしよし。で、そんでもってだ。
前ブリテン王のウーサー様が亡くなった時分、国中の人々が次代の王の選定について論議する事になった。なんてったって、ウーサー様には世継ぎが居なかったからな。でも、その頃のブリテンは多くの小王国に分かれていて、国の中にもたくさんの領主がいたから、まとまりなんてものはなかった。
────だけどそんな時、とある司教様が新たな王が誕生する日のお告げを示したんだ。だから予言の
「……」
あの有名な伝説の、しかもその時代に生きる者からの話だ。
俺は知らず、黙りこくって聞き入ってしまう。
「────だけど集まった者達が見たのは、想像もしていない光景だった。
穏やかに広がる草原に不自然に敷かれた石畳。そしてその上に在る、丹念に縁取られた岩に突き刺さった一振りの抜き身の剣。そしてこの剣の柄には、黄金の銘でこう書かれていた」
「『この剣を岩から引き出した者は、ブリテンの王たるべき者である』────と」
その語りに、俺は思わず息を呑む。
もちろん予想はしていた展開だ。だけどそれが実際の事として語られた今、伝説だと考えていた物が不意に現実味を持って目の前に現れるように感じられたのだ。
だから、そのまま固唾を飲んで目の前のそいつからの続きを待って…………あれ? なんか肝心のガンが不満げな顔をして、しかもさっきから口を閉ざしたままのような。
「────ああもう、ガウェイン様! 今すっげーいいところだったのに!! いっつもいっつもズルいんですよ!!!」
その言葉に振り返る。そこには、とても満足げな表情をした白騎士の姿。
「何を言うのです、ガン。我が王の話をするに関わらず、私を除け者にする貴方が悪いのでしょう」
「そんなこと言って、いっつもイイトコ取りじゃないですか!」
「さて、知りませんね。それより、やはり貴方は言葉遣いが雑然とし過ぎている。そのような語りで王の輝かしい逸話を汚す事は私が許しません」
「うっ、そんな事、今関係ないじゃないですか……」
「そんな事とはなんですか、そんな事とはっ。過ぎたりし失言は、その身を三度燃やし尽くしてもなお飽きたらぬと知りなさい!」
「……はは」
繰り広げられるコントに苦笑してしまう俺。
だけどそんな言い争いをする二人を他所に、俺の背に別の騎士の声が掛かる。
「それでは、私が続きを引き受けましょう」
「……ベディヴィエール」
振り返れば、馬上で安定の落ち着きを見せる騎士の姿。
「剣を目にした騎士達はこぞってそれを掴みました。その銘に従うのなら、目前の剣を引き抜いた者こそ次代の王となりますからね。
……しかし、その騎士達の中に彼の剣を引き抜けた者は唯の一人もいませんでした。
故にその剣を偽りと断じた騎士達は、予め用意していた馬上戦による王の選定を始めたのです」
「……」
語るベディヴィエールの声色はどこまでも平坦に。ひどく神妙な表情をして彼は言葉を続ける。
「しかし、馬上戦が始まり場が盛り上がった頃、不意に一人の少年がその場に歩んできたのです。
皆驚きを持ってその姿を見つめました。それは、少年の風貌が非常に美麗だった事もそうですが、刮目すべきは違います。なんと、少年の手には誰も抜けなかった筈の『選定の剣』が自然の様で有ったのです。
……そうして、囲む騎士達の中央に躍り出た少年は、彼らを前に凜然と言いました」
「『我が名はアーサー。前王、ウーサー=ペンドラゴンの嫡子たる、新たなブリテンの王』────と」
今度は驚かずその声に振り返る。そこには、やはりとても満足げな白騎士の姿。
もう一度振り向き直せば、瞳を閉じて粛然と馬を歩ませるベディヴィエールが居た。どうやら、この横槍が来ることをわかって言葉を止めたらしい。
…………大人だ。
「感謝します、ベディヴィエール。やはり貴方はわかっていますね」
「……いえ、ガウェイン卿。お気になさらずに」
「ええ、ありがとう。無念なことに、私はその選定の場に立ち会うことは叶いませんでしたからね。代わりにこうして語り継ぐだけでも、我が身が奮い立つと言うものです」
そんな風にしみじみと言う白騎士の傍らで、頭の後ろに両手を回したガンが口を開く。
「そうですよねー。もしかしたら、ガウェイン様が引いてたら抜けてたかもしれませんもんね。なんてったってオークニーの王族ですし」
「────何を言うのです、ガン。このブリテン、いや、この世界広しと言えど、何処に彼の御人以上に王として相応しき方が居るでしょうか────いや、居ない」
「は、はは」
その騎士の語り口に俺は再三となる苦笑を漏らした。
……反語って。
さすが音に聞くサー・ガウェイン、黄金の舌持ちは伊達じゃない。
「ま、そんな感じでアーサー様は若くして騎士兼ブリテンの王になったんだけど、その選定の剣を抜いた日から歳を取らなくなったって話だぜ」
「……へぇ」
締めくくる様に言い切るガンの言葉は、確かに納得のできる物だった。伝承でアーサー王が不老だったって話は聞いたことないが、そうであってもおかしくないと思えるのだ。
脳裏に浮かぶのは、この目で見たアーサー王のあの姿。
金砂の様に淡い黄金の髪に、気高さを湛えた翡翠の瞳。銀色の甲冑の下の、あの清冽とした王の姿が纏う紺碧の色彩。どこまでも悠然と揺らぐ事のない、その形。
あんな神聖な姿を実際に見てしまったら、一体誰がその話を疑う事ができるだろうか。
そんな事を俺がぼんやりと考えていた時、横で淡々と馬を歩ませていたベディヴィエールがぽつりと言った。
「……そろそろ、本日の寝床を探すべきかもしれませんね」
「あ、そうですね、ベディヴィエール様。そろそろ露営するには厳しいですもんね」
二人の遣り取りに天気を見れば、確かに日が遠くに沈み行き、しかも段々雲が迫ってきている様な。
薄墨色の雲に徐々に覆われる草原が、その色を暗く変えていってる真っ最中の時間だ。
見た感じ雨が降りそうって訳でもないけれど、強まった横風は肌身に冷たく、ガンの言う通りこんな所で野宿したくないってのは正しかった。
俺たちはひとまず今日の道程を終了し、夜を越す場所を探す事にした。
◇
そうして暫く探して見つけたのは、奥行きがちょうど良さそうな洞穴だった。
そこは草原の緩やかに隆起する丘の下。これまでにも、おそらく多くの旅人たちが使った場所なんだろう、彼らが使った掛け布や何やらがその場に残されていた。
勾配が奥に向かってあるから雨が降っても心配ないし、同じ理由で風に凍える事もない。
一晩を穏やかに越すための条件が充分に整った場所といえるだろう。
そして、寝床を無事に見つけることができたのなら、次は役割分担での作業開始だ。
まず声を挙げたのが白騎士で、彼は今晩の食事の調理を担当してくれるらしい。意外なことに、この時代ではどうやら食事の準備なんかは特に卑しい物ではないのだと。まぁ、彼自身がこの旅の食料を準備したのだから、適任といえばその通りだろう。特に異論なく許可された。
次に、俺とベディヴィエールは薪集めだ。いくら風が防げるとはいえ、この季節に火がなければ外ではやっていけないらしい。聞いた所によれば今は初冬だという事で、冬木に居た時が二月だったのを考えると、やっぱりここは別の時代なんだと再認識した。……とにかく、俺たち二人は薪集めだ。不思議な事にガウェインの調理には薪は必要ないらしいが、多ければ多いほど良いだろう。
そんでもって最後がガンなんだけど……『肉が欲しいから獲物を仕留めてくる』なんてコトを言い残して、暗闇が広がり出してるなか何処かへ行ってしまったのだ。まぁ、期待せず待つとしよう。
「なるほど、それではシロウ殿は野宿が初めてなのですね」
「ああ、そうなる」
「それでは、もしかして火を起こすご経験もございませんか?」
「いや、勿論本格的なのは初めてなんだけど、庭に落ちてる落ち葉を集めてよく焚き火をしてたから、慣れてると言えば慣れてるぞ。時間がある時なんかはそれで焼き芋もしてたな」
そしてその煙にハイエナの様に群がってくる人もいたっけ。虎なのにハイエナとはこれ如何に。
「焼き芋、ですか?」
「あーそうか、この時代のイギリスってサツマイモがないのか。……ジャガイモはどうなんだろう」
「? シロウ殿?」
「あ、いや、気にしないでくれ。焼き芋ってのは俺の国の伝統料理の事なんだ」
「……なるほど、興味深いですね」
「だろ?────よし」
ベディヴィエールと喋りながら洞穴に帰ってきた俺は、大量に拾ってきた薪をどさりと落とした。
火を徐々に大きくしていく事ができるよう、鉛筆くらいの細い枝から腕くらいの太さがある木まで揃えてある。
そして通気性の良いカマドをつくる為に、ベディヴィエールに拾ってきてもらった石を並べ、その上に集めたばかりの木を細い順に下から積み重ねていく。そうして最後に枯れ葉や小さな小枝、そしてその上に中くらいの大きさの枝を並べて完成だ。うん、なかなかの出来。
「……あれ、そういや種火はどう起こすんだ?」
「ああそれでしたら。ガウェイン卿、よろしくお願いします」
「承知しました、ベディヴィエール」
「え?」
ベディヴィエールの唐突な掛け声に、応えたその騎士の方向を向くと。
「────わっ」
体を反らした瞬間火の玉みたい物が飛んできて、背後からボウッと明るい灯りが点った。
振り向くと、いつの間にか組み立てたばかりのカマドに暖かな火が灯っている。
「え、ええ? 何したんだ??」
「ふふ、いずれ分かりますよ、シロウ殿」
戸惑う俺に楽しげに笑うベディヴィエールなのだが、できれば今言ってほしかった……。
「さて、食事の準備が整いました。シロウ、こちらをベディヴィエールに回して頂けますか?」
「あ、了解……そういや、ガンはまだ帰ってきてないんだな」
ふと疑問が湧いて外を見ながら、ガウェインから渡されてくる皿みたいな物を、言われた通りにベディヴィエールへと回す。『ありがとうございます、それではお先に』なんて言葉が、視線の外から聞こえた。
「ふむ、彼はまぁ放っておいて構わないでしょう。暫く獲物が獲れなければそのうち戻ってくるはずです。先に召し上がってくれて良いかと」
「……そっか、じゃあ遠慮なく」
左手に持つ俺の分の食事を落とさないようにして、火の周りにどさりと座り込む。
そうして、微妙に位置調整をして胡座をかいて体勢を整えたあと、満を持して食事を始めようとし──
「────────は?」
視線を落とした先に、意味不明な料理がありました。
「……………………あのさ、ガウェイン」
「? どうしましたか、シロウ」
「あ、いや……これ」
「ああ、成る程。お代わりは山ほどありますので、ご心配せず」
「いや」
言いたいのは、そういうコトじゃなくて。
「…………なんだこれ」
呟き、もう一度視線を落とす。
そこにあるのは、やっぱりよく分からない料理。いや、これを料理と呼んでいいのだろうか。
俺が皿か何かだと思っていたのは、まるで『皿のように』硬くなったパンだった。そして、その上に非常に細かく擦り潰された赤と灰色のナニカが、山と積まれているだけの一品。
「? どうしたというのです。ただの『硬質ブレッド野菜すり合わせ乗せ』ではないですか」
白騎士は心底俺の疑問が分からないと、首を捻りながらソレを食べ始める。……平然とするその姿に、ひょっとして美味しいのかと錯覚しそうになる俺だ。
「……いただきます」
とりあえず食べていた。
……。
……。
「……ガウェインさ、もしかして城の厨房に知り合い居ないか?」
「? 私の弟の一人がよく顔を覗かせますが、何故分かったのです?」
「ああ、いや、うん」
すごい既視感を感じさせる料理だったから。
────さて
「ガウェイン」
「なにか?」
「率直に言う、これは調理したとは言えない」
「────な」
絶句、という言葉が正しいくらい驚いたそいつ。
「な、何をいうのかと思えば。シロウ、貴方がそのような事をいう人間だとは思いませんでした」
「……いや、俺も悪いとは思う。だけど、これがあと何日も続くとなっちゃ黙ってられない」
死活問題なのだ。割と本気で。
「そもそも何だこれ? 赤いのは人参でいいとして、この灰色のやつ。なんかの根っこだろ?」
「ああ、それはキャメロット近くでよく採れる物です。何を隠そう、私が食用に使える事を発見したのですよ。ええ、今でもこれを世紀の発見だと自負しております。そして私はその食物の事を、仮にですが、『ポテト』と、そう呼んでいます」
「…………それ、間違ってるから」
時代的にまだそう名付けられた物がないかもしれないけど、未来の人の為に止めておいてくれ。
そうしてあまりの発言に怯んだ俺に、白騎士は言葉を撤回せよとばかりに畳み掛けてくる。
「シロウ、つべこべ言わず食べるのです! 横にいるベディヴィエールを見習いなさい! 黙々と次々に食しているではないですか」
「なッ」
まさか、ベディヴィエール────!?
その言葉に振り向くと、そこには。
「っ、ベディヴィエール、お前」
「…………どうしたのですか、シロウ殿」
「どうしたもこうしたもないだろう! お前、一体何してるんだ!?」
「…………? 食事を取っているだけですが、なにか?」
「ッ、そうじゃないだろうっ」
食事ってのは、食事ってのはな……
「そんな顔してするもんじゃないんだよ!!」
彼の表情に色はない。ただ生気を失った目のまま、ひたすら手を動かしている。
「……いえ、慣れればこれも問題ありませんので」
「な」
その言い様に今度は俺が絶句してしまう。……きっと、ベディヴィエールはこのゲテモノ料理を受け入れてしまったんだ。彼の性格の良さが完全に裏目に出てしまっている……!
愕然と震える俺に、機を狙ってたであろうガウェインが声を上げる。
「さぁシロウ、早く食べるのです! 食は生命の源。決して疎かにしていい事ではありません!」
「くっ、それに関しては全面的に同意だが、あんたにだけは言われたくないぞ!!」
まさに窮地に立たされた俺。ジリジリと詰め寄ってくる白騎士に万事休すかと思われた
────その時
「かぁ〜、やっと戻ってこれたぜ〜!」
姿の見えなかったガンが、そんな言葉と共に戻って来た。
「────ガンッ!」
「ん? どうしたんだ、シロウ?」
「助かった! って、それは?」
帰ってきたガンは、手に何か引っさげている。
「ああ、これか? へへ、ウサギが走ってたから仕留めてきたんだ。山の前まで追いかけてってなかなか苦労したけど、そのおかげで飲み水が湧いてたのも汲んでこれたぜ」
得意げに両手を持ち上げるガン。
右手にはウサギ、左手には水の入った皮袋。
「────お前だけが俺の味方だ」
「お、おお」
正直ウサギの死体なんかは見るも無残だったけれど、ようやくまともな奴の登場に感涙してしまう。
そんな様子の俺に、引き気味ながらも頷く見習い騎士。
「────って、ああ! もう食ってるなんてずりぃ!!」
しかし、食事をするガウェインを見て、そいつもソンナコトを言いだした。
「そう慌てる必要はありません、ガン。こちらを食べるといい」
「む〜。だからって、待ってくれても良かったのに」
「……え?」
「あ、そうだガウェイン様。このウサギ焼いてきてもらっていいですか?」
「……仕方がないですね」
そう言ってガンからウサギを受け取って立ち上がる白騎士。すちゃっ、と地面に置いていた自身の剣を拾い上げ、洞穴の外へと出て行こうとする。
「って、ちょっと待ってくれ」
その白銀の具足に包まれた脚をガシッと掴んで引き止める。
「? どうしたのですか、シロウ」
「いや、それどうする気なんだよ」
「何って、調理に赴こうと考えているだけですが」
「……いや」
なんで料理に剣が必要なんだよ。
そんな事を考えて歯切れの悪い俺の言葉に、白騎士ははたと気づいたように頷いた。
「ああ、なるほど。心配する必要はないかと。
我が炎は太陽の現し身。たとえ昼でないとはいえ、このような野兎一匹焼き尽くすことに支障はありません」
「焼き尽くしちゃダメだよな────!!」
よくわからないけれど、絶対にコイツに任せちゃダメだ。
「って、ガン! お前もどうしたってんだよ!!」
「何がだよ、シロウ」
「な、お前もそれ大丈夫なのかっ」
振り返った先にはベディヴィエールと同様、次々と食材を口に運ぶガンの姿。
「何が?」
「いや、それ……美味しいのか?」
「うん、何を言ってるんだ。料理といえばこれだろう」
その言葉に、コイツにも裏切られたかと絶望した俺。
……かと思ったのだが。
「俺は七歳の時にロト様の宮廷に移った時からずっとこれ、な……んだ。……だから、料理ってのは…………味なんて、関係……なくて……?」
言葉を続けるごとに、何かに怯えるかのようにぷるぷると震え出すガン。ダメだこいつ────洗脳されかけてやがる────!!
「シロウ、いい加減に手を離してください」
「……」
「シロウ殿、どうしたのです?」
「…………」
「シロウ?」
「………………」
決めた。
「…………俺が、料理する」
「「「は?」」」
「食材は黒パンと人参、ガンがとってきたウサギと……ガウェイン曰く『ポテト』か」
そうと決まればまずは戦力把握。全部の食材を見せてくれと頼んだ俺だったが、出てきた物は先ほど見て取れた物くらいのもんだった。
「……これだけなのか?」
「いえ、晩酌用にとエールも少々持ち合わせていますが」
「いや、エールって」
飲料が詰まった皮袋と四人分の木製ジョッキを出す白騎士だが、料理には役に立たないだろう。てか、意外とそういう感じなんだな、ガウェイン。
「う〜ん。調味料もないし」
頭を悩ませる。
調味料どころか調理器具すらこの場には殆どないのだ。勢いで啖呵を切ったものの、どうしたものか……。
「って、それは?」
ふと辺りを見渡すと、地面に何やら鍋みたいな物が転がっていた。俺のその疑問に答えたのは、興味深そうに見守っていたベディヴィエール。
「これは……ローマの民達によく使われていた土器ですね。帝国がこの島より撤退して久しいですが、以前この場所を使った者は、そちらの出身だったのかもしれません」
「へぇ……」
なんだか、リアル世界史の授業を受けている感じだった。そんな騎士の話に、つくづくと感心してしまっている俺だったのだが。
「あ、そうだ」
そんな時、思いつく料理があった。
……うん、大丈夫そうだ。
そうと決まれば、早速調理に取り掛かろう。
「ガン、湧き水を見つけたって言ってたよな。綺麗そうだし、もう一度行ってこの土器にいっぱい汲んできてくれないか?」
「ん、まぁ、いいけど」
「サンキュ。んで、ベディヴィエールは、できればウサギの捌き方を教えてもらっていいか。実は俺、やったことなくて」
「ええ、私でよろしければ」
「よし。で、ガウェインなんだけど」
「む、シロウ。なんでしょうか」
「はは、怒らないでくれよ。できれば、火を絶やさずに見てもらってていいか?」
「……いいですが」
三人に指示を出し、支度を始める。
俺はまずベディヴィエールに短剣を借りて、それでウサギの肉を切り取るところから始める。血抜きはガンがしてくれていたので大丈夫なんだけど、やっぱり初めてだったので少し手こずってしまった。
……それに、かなりグロかったし。
そんでもって、解体した中から特に骨周りの肉を使いたかったので、その辺りを重点的に切り取っておく。この時、骨を軽く叩いて砕いておいたのだが、そのお陰でエキスがよく出そうでいい感じだ。
次に俺が野菜を切ったりしてる間にガンが戻ってきたので、水を汲んできた土器を急作りのカマドにかけてもらっておき、それが沸騰してきたら、先ほど解体したウサギの肉と骨を豪快に流し込んだ。
そうして、短剣で丁寧にアクを取りながら十分に出汁が滲み出たところで、人参と『ポテト?』も追加で流し込み、更に煮込まれるのを待って完成だ。
エール用のジョッキを器代わりにし、四人分に取り分けて各々に手渡す。
「────よし、じゃあ遠慮なく食べてみてくれ」
「もっちろん。一番に頂くぜ!」
「それではシロウ殿、お言葉に甘えます」
「……」
誰がどの反応かは言うまでもないだろう。
各々が器に口をつけ、ひとまず汁を飲み込んだ。
「お、うっま、なんだこれ!!」
そう叫んだのはガン。
「……これは」
一言呟き、黙々と食べ出すのはベディヴィエール。今度はあの死んだ魚の様な目をしていない。
「────お、やっぱり結構いけるな」
俺も彼らに続き、ある程度納得の達成感に頷いた。
そう。
俺が作った物は豚汁ならぬ、『ウサギ汁』。
碌に調味料のない状態で料理をするとなった際、思いついたのがそれだったのだ。
味噌や醤油などがあれば使うことも考えたが、そんな物はない。それに豚汁であれば、それらがなくても念入りに出汁を骨肉からとってやれば問題はないと考えた俺だった。
ウサギを使った事は勿論なかったが、味身をしてみればまるで砂糖が入ってるかの様な甘みがあり、むしろ今の状況では最適の食材だったのではと思えてくる。
箸もスプーンもないが、細かく切っておいたおかげで飲むように食べられるのもポイントだ。
「本当にうめえなシロウ!」
「ええ、目から鱗です。これは是非帰還してより報告しなければ……」
「大袈裟だって、ベディヴィエール。こんなの、丁寧に作れば誰でも簡単に出来るぞ」
「……」
「って、ガウェイン? どうして食べてないんだ?」
気づくと、そこにはただ無言で佇む白騎士の姿。
「……いえ、私は肉料理は口にしませんので」
「え、アンタもしかしてベジタリアンなのか?」
どうして言ってくれなかったんだよ、と不思議に尋ねる俺なのだが、一方、肝心の白騎士はと言うと、そんな言葉は聞こえてないばかりに自分で作った料理を見つめ、そんでもって歯を食い縛りながら絞り出すように呟いた。
「くっ、いいのです。まだ私の食事にも理解者は居るのですから」
「…………」
誰の事を言ってるのか気になったが、もう敢えて聞かないコトにした。
◇
そんでもって、腹ごなしも終えたら就寝だ。
早すぎる、なんて事を思うなかれ。
この時代の、しかも屋外なんかでは碌に明かりもないし、火があるとは言えそれも永続的な物ではない。予備の薪も組んであるが、それも無限に起こし続けられる訳ではないのだ。寒さを感じる前に眠ってしまい、そうして朝早くに起きてしまった方が、確かによっぽど建設的な行動なのだろう。
「見張りなんかは必要ないのか?」
「ええ、まだこの辺りは王の統治中央の近辺。野盗も少なく、それに我々も大きな異変があれば気づく事ができますので」
「そっか」
そんな遣り取りを最後に、持参した掛け布にくるまってほっと息を吐く。
先ほど述べた通り洞穴の中は斜面が緩やかについているが、奥の方は平らになっている作り。明かりは届きはしないが、冷たい風も入ってこない。睡眠を取るにはまさにうってつけの場所だろう。
「……」
目を瞑って横になれば、体が程よい疲労感に包まれる。
考えてみれば、今日一日で色々なことがあった。
早朝から円卓の騎士が集まる会議に出席し、その場で旅に出る事が決定したと思えばすぐにその準備。そうして馬に乗ってこの時代に来て初めての遠出の旅だ。そりゃ、確かに疲れもくるってもんだろう。
だから俺の意識は、すんなりと暗闇に飲まれて沈んでいって……。
……
……
──ウ
……
──ロウ
……
──シロウ!
「…………なんだってんだ」
自分を呼ぶ声に、ゆっくりと意識を浮上させる。
「お、やっと起きたか」
薄眼を開けると、そこには明るい赤髪を携えたガンが覗き込んでいた。
「……なんなんだよ、ガン。まだ真っ暗だし夜中じゃないか」
「しし。シロウ、ちょっと外に出ないか?」
「は?」
「な、いいだろ?」
「……嫌だ。だって外は寒いだろう」
「え〜〜、いいじゃんかよ。なぁ行こうぜ〜」
ゆさゆさゆさゆさと体を揺らされる。
「…………しょうがないな。少しだけだぞ」
「よし!」
満足そうに頷いて先に歩みだしていくそいつ。
正直乗り気ではない俺は、のそりと掛け布から抜け出し後へと続いた。
ちょっとだけ付き合って戻ろう、なんて考えて洞穴から外に出て
「────うっわ」
そこで見えた情景に、俺は思わず声を漏らした。
広がるのは草原。
穏やかな風が、目の前の草花をふわりと舞い上げて吹き抜けていく。
そして暗闇なのにその光景が見えるのは、頭上に浮かぶ真円の月のおかげ。
いつの間に雲が晴れていたのだろうか。
満月の、その白い煌々とした光が、目の前の草原に降りてきて綺麗に輝いていた。
「おーい、シロウ!」
「ん?」
そんな声が上から聞こえてきて、真上を見上げる。そこは洞穴の上。いつの間にかガンがその縁に座るようにして俺を呼んでいた。
「……なにしてるんだよ」
「はは、それより早く上がってこいよ! そっちから!!」
そいつが指差す方向を見れば、確かに横から回り込めば登れるようになっている。
少し文句も言いたくなったが、大人しく言われる通りにする事にしよう。
「……たく、で? どうしてこんな時間に用があるんだよ?」
登ってそいつの隣に座り込み、疑問をぶつける。
「ん? だって俺たち同年代だぜ? しばらくキャメロットに新しい新人騎士も居なかったし、折角だからいろいろ話したいじゃないか」
それがあまりにも無邪気な発想だったから、俺はただ溜め息を吐くだけにしておいた。
「で、何を話したいんだ?」
そうやって尋ねると、そいつは何も考えていなかったのか、うーんなんて腕組みして考え出す。
「……特にないなら、もう戻るぞ」
「待ってくれ待ってくれ! えっと、うーん……あ、そうだ、そういやシロウってなんで騎士になりたいんだ?」
「え」
思いもしない話題に声が詰まった。ついでに眠気もどっかに飛んで行った。
「えっと……そういうガンはどうなんだよ?」
とりあえず、おうむ返しに質問を投げ返す。
さすがに苦しいかと思う俺の返答だったが、ガンはそれに待ってましたとばかりに笑顔を見せた。
「俺か? 俺はな、円卓の騎士になりたいんだ」
「円卓の騎士に?」
「そうだ。だって、円卓の騎士ってのはもっとも輝かしい騎士の称号だぜ? スッゲー格好良いじゃないか!」
「はは、そんな理由かよ」
「そんなってなんだよ! 円卓の騎士には俺の故郷からガウェイン様やガヘリス様達もいらっしゃるし、それにあのアーサー王様の元で仕えられるんだ。だから俺は円卓の騎士になって、格好良い王様に仕えて、格好良い冒険をする。それってすげえワクワクする事だろう? それに──」
一旦言葉を止めて、何か大切なものを抱くようにガンは言った。
「────騎士になるのは、俺の子供の頃からの夢なんだ」
「…………ああ、それは」
なんだかとてもよく、分かるような気がした。
「で、シロウはなんでなんだよ」
「うーん」
「騎士になって、何がしたいんだ?」
「……何がしたい、か」
そう問われた俺は、本当なら言葉を濁すべきだったのかもしれない。だって、俺は騎士に成りたい訳じゃなく、ただ都合が良いからと言う理由からそうしているだけなのだ。
……だけど、真っ直ぐに夢を語るそいつに、俺は嘘はつきたくなかった。
気づけば言葉に出ていたのは、だから、俺の心からの本音だった。
「俺はさ、『正義の味方』ってのになりたいんだ」
「……正義の味方? なんだよそれ」
「む、そう言われると難しいんだけど、なんだろう。虐げられてたり困ってたりしている人を助ける存在……かな」
「……ふーん、それって騎士の事じゃないのか? 弱い人たちを顧み、その苦しみや悲しみに対して戦うことは騎士の基本的な義務だろう?」
首を捻っているガンが言いたい事も分かる。
俺だって本当のところ、正義の味方という存在がなんなのかは理解できていないのだ。
だけど。
「……いや、別に騎士じゃなくてもいいんだ。ただ、俺が思うのは」
そう、俺が願ってるのは──
「誰も傷つかないで済むのなら、それはどれだけ素晴らしい事なんだろう──って」
知らず、噛み締めるように出ていた俺の言葉に、ガンはまじまじと俺を眺めて頷いた。
「……そっか。いい夢だな!」
「ん、照れくさいけど、ありがとうな」
「しし。じゃあ、俺は騎士になって遍歴の旅に出る。シロウは騎士になって正義の味方になる。それでいいんだよな!」
「……ああ、うん」
騎士に、って所にはやっぱりしっくりこないが、そこには触れないでおこう。
ガンは満足そうに頷きを繰り返し、次の話題を考え出して、むむむと唸りだした。
「よし、そうだ! シロウの名前ってどんな意味なんだ?」
「名前の意味?」
意外な話題に、やっぱりコイツの発想は自由だなぁ、なんて事を改めて思う。
「そう。定番だろ? ちなみに、俺のガンって名前は国の言葉で『白』って意味があるんだ」
「白?」
「ああ、そうだ。白って言えば、昔から聖なる色ってのが相場だろ? だから俺もその名前通り、聖なる騎士になるってワケだ」
「はは、そりゃいいな。……しかし、名前の意味か。考えたことなかったな」
俺は自分の名前を気に入っているし、大事にもしているけれど、それ自体の意味を考えた事はなかった。けれども、言われてみれば確かにそういう物もあるのだろう。
そこら辺に落ちてる棒切れを拾い、それで地面に『衛宮 士郎』と書いてみる。
「……うん? なんだそりゃ?」
その一連の様子を見て、ガンが不思議そうに首を捻った。
「ああ、これは俺の国の人たちが使ってる文字で、これで『エミヤ シロウ』って読むんだ」
「ふーん、見たことない文字だな……って、エミヤってのはなんだ?」
「ん? ああ、それは俺の名字のことだけど」
「へぇ。で、名字ってなんなんだ?」
「え」
こいつこそ、今更何を言ってるんだろう。
「なにって、家名のことだよ」
「ふーん。そんなのがあるんだな、シロウの国は」
「そんなのって……え、ガウェインだって最初は俺のことそう呼んでただろ。普通にこっちにもあるもんじゃないのか?」
びっくりして目を遣る俺だったが、ガンは首をブンブンと振って答えた。
「いや、俺たちにそんな風習はないぞ……あれ? なんでそれを疑問に思ってなかったんだろう、俺?」
「……」
新事実に驚くとともに、おそらくガンが戸惑っているのはマーリンのせいだろう、と軽く当たりをつける。あいつの秘薬って、俺だけに作用するもんじゃなかったのか。
と、そんなことを考えて押し黙る俺だったが、そこでまた疑問に感じる事があった。
「でもさ、そんな事言っててもアーサー王にだって名字があるだろ? アーサー=ペンドラゴンって一つなぎの名前が有名じゃないか」
「ん? ああ、アーサー様のアレはそういうんじゃなくて、称号みたいなもんだぞ。ペンドラゴンってのは竜の頭って意味。『アーサー王は竜の化身』ってな。俺たちの国にも、そういう称号だったり出身だったりを一緒に名乗る事はあるんだよ。俺の場合は、『オークニーの勇敢な騎士、ガン』……なんてな、へへっ」
「なるほど」
後半部分は無視するとして、前半部分は非常にタメになった。
つまり、俺はずっと誤解していたみたいだ。
しかしここで、俺に軽く流されてむっとしたガンが、表情を戻して改めて問いかけてくる。
「そんなことより、どうしてシロウはそこに自分の名前を書いたんだよ?」
「……ん、ああ、そうだな。
俺の国の文字の中でもこれは特に漢字っていうヤツなんだけど、一つ一つの文字に全部意味があるんだよ。だから、そこから俺の名前の意味を推測できないかなぁって」
「へぇ。じゃあ、シロウってのはどういう意味なんだ?」
「待てよ……」
言われ、改めて地面に書いたそれを眺める。
士郎の『郎』って文字は男によく付ける名前だとして、『士』は確か……
「ええっと、士郎で『立派な男』ってくらいの意味かな」
「へぇ、いいじゃんか。じゃあ、その名字ってヤツの方は?」
「……うーん。衛宮の衛はたぶん、守るって意味があるからそれだと思う。宮は……宮殿とか城とか、なんか偉い人の住む場所のことかな。あと、大きな家とか、そういう意味もあるかもしれない」
「へぇー」
ガンが俺の説明に興味深そうにして地面に書かれた文字を眺める。
まぁ、自分で言いながら、俺も感心しつつ一緒になって眺めているワケなんだけど。
……ホント、尋ねなかった俺が悪かったとはいえ、親父もそれくらい教えてくれても良かったのにと思うのだ。
そんなコトを考えて、むむ、と眉間に皺を寄せた俺に、しかし、ばっと顔を上げたガンが不意に言った。
「────じゃあ、士郎にぴったりな名前だな」
「うん? どうしてだよ?」
その突拍子もない言葉に、俺も顔を上げてそいつの方を見てしまう。
だけどそいつは気にするコトなく、目を丸くした俺に対し、なんとも楽しげな笑みを浮かべて答えた。
「だって、立派な騎士って言えば王を守るもんだし、家を守るって言えば自分の大事なもんを守るってコトだろ? 正義の味方を目指してるシロウにぴったりじゃないか!」
────その言葉に
俺は思わず、息を飲んだ。
「……ん? どうしたんだ、シロウ?」
驚愕に言葉を継げない俺を、ガンが不思議そうに覗き込んでくる。
「…………あ、いや」
それに気づいたのに
まずいと思ったのに
碌に言葉を見つけられない俺が居て
なんとも言えない感情が、胸の奥から湧いてくる俺が居た。
だから、目の前のガンに返してやれたのは、とても短い一言に過ぎなかった。
「────ありがとう」
なんだかやけに、鼻がつんとした。
「じゃ、じゃあ今度は俺の質問だなっ。そういや、ガンの出身のオークニーってどういう場所なんだ?」
暫く時間が経って、ようやくマトモな思考に戻った俺にできたのは、なんとも苦しい話題転換だった。自分でも拙いもんだと思う。
だけど、目の前のガンはそれに特に違和感を覚えてる様子はなく、弾かるようにそれに深く頷いた。
……コイツの暢気さにも、今だけは感謝していいのかもしれない。
「お、いいねぇ。よくぞ聞いてくれた! いいか、オークニーってのはな──」
嬉々として語り始める目の前のそいつ。
だけど、そんな時に────
「────貴方達、ここで一体何をしているのですか」
俺たちの真下から、そんな言葉が聞こえてきた。
「げ、ばれたっ!?」
ぐえっと、カエルが潰れたような声をあげるガン。その視線の先に居たのは、いつもの白銀鎧を脱いで佇むガウェインだった。
「何が『ばれた』ですか。その様に騒がしくしていれば当たり前でしょうに」
「……あれ、でもベディヴィエールは?」
ふと疑問に感じて尋ねてみる。だって、その理論で言えばもう一人も気づいていい様に思える。
けれど、ガウェインは俺の問いに、やれやれと首を振りながら答えた。
「あのベディヴィエールが、この程度で起きるわけないでしょう」
「……そうなんだ」
あの人、意外と図太い精神してるのかもな。
「さて、ガン」
ガウェインが真面目な表情を戻し、俺たちを下から見上げ直す。
「……私達は、遊びに来ている訳ではないのですが」
「うっ」
その言葉に気まずげな声をあげる見習い騎士。その姿は、悪戯が見つかって親に叱られる子供の姿を幻視させる。……確かに、これも自業自得って言えばそうなんだろう。事実、俺も無理矢理こいつに起こされてこうして夜中に起きてお喋りしていた訳だし。
……だけど、それなら楽しんじまった俺も同罪だ。
「……あのさ、ガウェイン」
だから、下に居る騎士に諌めの言葉を掛けようとして──
「────ですが、私もそういう催しが嫌いな訳ではありません」
いつの間にか、俺たちの背後に立って、そんな事を言う彼が居た。
「────って、え、ええ!? 今ジャンプしてきたよな!??」
「ええ、これも騎士の嗜みですから」
「…………軽く五メートルはあるぞ。どうなってるんだ?」
「さて、そのような事より、それでは私から故郷の話をしましょうか」
「あ、またズルいっすよガウェイン様!!」
「貴方は私をまた除け者にしようとした罰です。控えなさい」
「うっ……でも、そもそもガウェイン様は帝国育ちじゃないですか!」
「何を言うのです、ガン。私はオークニーの王族です。私ほど語るに相応しい者はいないと自負しています」
「えぇぇ……」
「…………はは」
再び繰り広げられたコントに、俺はもう乾いた笑みを浮かべるしかない。
しかしそんな俺の気持ちを意に介さず、マイペースなガウェインが語りを始める。
「それでは、ご静聴を一つ。
オークニーとは、ここキャメロットより北の地。彼のハドリアヌス帝の長城を越え、ピクト人やスコット人の蔓延る土地よりさらに北上した岸向かい。そこには美しい島々が垣間見え、そして夏には『沈まぬ太陽』で名高き────」
廉直な騎士の、朗々とした声が夜に響く。
その語り口にしばらく不満そうにしていたガンだったが、やっぱりいつの間にか、機嫌を直して横から茶々を入れだす見習い騎士だった。
そんな二人の様子に苦笑し、そして騎士の話に純粋に興味が湧いて、時折質問なんかを挟みながら聞き入る俺も居た。
────そんなこんなで、月光の明かりの下、騒がしい夜が更けていった。
平和な道中です。
選定の剣の岩への突き刺され方が古い物語では雑で面白いのですが、ここはやっぱり直立で。士郎の名前に関しては、マテリアルに書いていた『宮を守るキーパー』として作ったという設定を参考にしました。
あと、ここ数話ギャグ多めになりましたが、これからは控えめです。
『本話に関係ない話』
実はキャメロットの場所設定を密かにコルチェスターからコングレスベリーに変更。それに従って今までの地理の方角の描写なども微妙に調整しました。これまでのストーリーに特に影響はないので、とりたてて気にしないでください。コルチェスターもキャメロットの一つの候補地と言われていますし、私自身訪れた事もあり描きやすかったのですが、色々考えて設定変更しました。資料を色々読んで調べていくうちに、サクソン族たちと比べてブリテン島ってよっぽど文明化されていて土地も豊かな事を知ったのですが、Fateでは乏しいっぽい描写ですので。。特にその中でもコルチェスター辺りは条件がいいですし、他の幾つかの理由もあり変更した次第です。
(サウスカドベリーも考えましたが、諸々考えて却下しました。ただ、Google Map等で『cudbury castle』と調べれば、非常に美しい風景が出てきますので、宜しければ是非検索してみてくださいね)