「────俺が騎士見習いに?」
驚きをそのまま口に出す。
「はい。正確にはそういう設定で、ですが」
生真面目な騎士は、几帳面に言葉を直してそう返答した。
昨夜、玉間から出るやいなや、
『明日の明朝、日が昇る刻に迎えに参ります』
なんて一方的に告げられて、そのまま別れた俺たち。夜が明け宣言通りにやってきた騎士は、目的地への案内の道すがら口合わせをしてくれている所だったんだけれど、余りにも予想外の彼の発言に俺はつい言葉を挟んでしまっていた。
「ええと、でも、どうしてそんな事をする必要があるんだ? だって一応俺はマーリンの弟子ってコトになってるんだよな。だったらそれで十分じゃないのか?」
「はい。確かにその考えはある種正しいのですが……率直に言ってしまうと、信頼を得るという観点からして、魔術師殿の徒弟という肩書きがさほど有効ではないのです」
城の階段を登りながら、つらつらと施される説明を聴く。
「……あぁ、なるほど」
よく分かった。心から納得できた。
「また、その肩書きであれば、シロウ殿の見るからに異国風な外見にも違和感を感じる者は少ないでしょう。ここキャメロットには王の威光を求めて多くの国より騎士やその見習い達が集まっていましたから」
「……そっか」
『アーサー王の誉、全世界に轟き響く』だっけ。
なるほど。この時代に生まれた騎士達からすれば、名高い騎士王の元に一度は馳せ参じたいってのも分かる気がする。であれば、俺も同じような目的でやって来たってした方が便利だと言う事も頷けた。
「ええ、やはり無闇矢鱈に騒ぎ立てられない方が好ましいですからね」
「ああ、それは本当に助かる。
……そういえば、あんた以外に誰が俺の本当のことを知ってるんだ? ええと、アーサー王にあのケイって奴と、マーリンと……」
不意に沸いた疑問を重ねる。
その質問に騎士は顎に手をやり、軽い逡巡のあと、口を開いた。
「あとはそうですね。王妃様もシロウ殿のことをご存知です」
「────あ」
言われてみればそうだった。つい先日も、ギネヴィアとは未来の事について色々と話をしたんだっけ。……たしかに言われてみればその通りだったんだけれど、どうしてもその他の面子に一人浮いている気がして忘れてしまっていた。
「そういや、どうしてギネヴィアは俺の事を知ってたんだ?」
「……シロウ殿が牢に入れられた日のことになります。珍しく血相を変えて王の元へとやって来られた王妃様が、貴方のことに関して懸命に訊ねられました。その際は王が宥められたことで一度は引き下がられましたが、シロウ殿に事情を伺い次第、王妃様へも説明する事を約束させられたのです。
無論、我々もシロウ殿のことを誤魔化そうとはしましたが……結局、王妃様には見破られてしまいました」
「……見破られてしまいました、ってそれでいいのかよ?」
それじゃあ今から設定をわざわざ考える意味もない気がする。
そんな俺の訝しげな視線を、しかし、ベディヴィエールは軽く頭を振って否定した。
「大丈夫ですよ。王妃様は聡い方であられます。それ故に、我々の急仕立ての偽りも正確に見破る事が出来たのです。そしてあの御方はシロウ殿の立場も我々の思惑も、どちらも正確に見据える事の出来る方。ご心配する必要はありません」
「……うーん、ならいいんだけどさ」
「それに今より考えるべきなのはその様な事ではなく、これから王より命ぜられる事についてでしょう」
「……そういえば、昨日から言ってるその『命令』って一体なんのコトなんだ。ベディヴィエールは、何でアーサー王が俺に会議に出るように言ったのか知ってるんだろう?」
そうだ、これは知っておかなくちゃならない。だってそれが俺にできる事ならいいんだけれど、言ってくれなきゃ何に対してどう頑張ればいいのかすら判らないのだ。
「はい、存じております。しかし、それは私が伝えるべき事ではないでしょう」
「……どうしてだ?」
「それは────すぐに知る事になるからですよ」
騎士は会話を切って足を止める。
ふと前を向くと、表面が瘤だらけな、古ぼけた木製の扉が聳え立っていた。
その扉の前で騎士は几帳面に姿勢を正し、三回ほど、ちょうど等間隔に合間をとって連続で叩く。すると、その軽い反響音に応えるようにして、扉の向こうから呼び声が掛かった。
騎士はそれに溌剌と応えて扉に手を掛け、ふとそれを開く前に俺の方を向き、少し抑え気味の声で言った。
「シロウ殿。申し訳ありませんが、この会議中貴方は私の背後で立ち尽している事になります。ただ、幾人かの騎士は同様に従者を連れていますので、もし何か疑問があれば彼らを倣うようにして頂ければ大丈夫かと」
「…………わかった」
「ふふっ、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。基本的に、椅子に座っていない人間には話しかけられる事もないので」
騎士はそう言って笑い、扉を開いた。
◇
────そこは、極めて燦々とした空間だった。
扉を通ってまず目に入ったのは、頭上から差す色とりどりの光。思わず目を眇めて見上げれば、天井一面に広大で綺麗なステンドグラスが敷き詰められ、豪奢な模様を屋上から差す陽光が細やかになぞり、多彩な色となって部屋に降りてきている。壁には種々多様なタペストリーが飾り付けられ、床は磨きこまれた大理石。加えて辺りには貴重そうな彫像や旗が所狭しと置かれていた。
華やかな、されどどこか神さびた荘厳さを帯びた、誉れ高き騎士達の間。
その煌びやかな装いを尽くした部屋の中で、しかし、最もその存在を主張しているのは、一見この場に似つかわしくないような、古めかしい大きな大きな円形のテーブルだ。そして、その卓を囲むように十三もの椅子が並べられていて、そのうち十の席には人影が既に在った。
……俺は、その想像するだけでも震えてしまいそうになる光景に、知らず息を飲み足を止めた。
────円卓の騎士
それは、卓を囲む者全てが対等であると定められた席に座す、騎士の集団。
言い伝えによれば、その一つ一つの席に魔術が掛けられており、仮に相応しくない人間がそこに座った場合、その者は呪いに冒されてしまうという。
故に、目の前に座している彼らは最高位の誉を冠する騎士達であり、各々が後世に名を華々しく残す英雄達だ。
「ベディヴィエール卿、貴公で最後です。疾く席につくといい」
真っ直ぐ最奧の位置に座すアーサー王が言う。それを受けたベディヴィエールは向かって西、円卓の左端に席を着いた。
俺も慌てて意識を戻し、他の何人かの騎士達の従者を真似ながら彼の背に侍る。
「まず初めに、皆よく集まってくれた」
王が周りを見渡しつつ、口火を切った。
「ハッ。此度の集まりにおいても壮健なお姿を拝見出来ました事、実に喜ばしく存じます、我が王よ」
その言葉にまず応えたのは、仰々しく立ち上がり王に向かって深く礼をした白銀の鎧騎士。金の髪が反動に揺れ、伏せられた涼やかな瞳がさらりと隠された。
「……兄上様は昨夜王にお会いしたと思いますが、円卓にても変わりありませんね。
しかし、私も同様に存じます、アーサー王」
次に続いたのは、白騎士の横で苦笑を漏らした青年騎士。発言通り白騎士の兄弟なのだろう、よく似た薄い金色の髪をしていた。
そうして、彼らの発言に続くようにして席に着いていた騎士達が一斉に立ち上がり、王に礼を捧げていく。ぎこちなく俺も周りに倣っておいた。
全員が着席をした事を確認し、今度は茶髪で細身の騎士が口を開く。
「しかし、現在の席人達が一堂に会する此度は本当に久しい事ですね。我らがランスロット卿が長旅より戻ってきた事もそうですが────それにしてもモードレッド卿、貴公が円卓に見えなくなって暫くだったではないですか。さて、一体何処で何をしていたのかを伺っても宜しいか?」
騎士にしては力のなさそうなその男は、身体に揃いのか細い目を顔貌に持っている。そしてその細長い目にどこか鋭さを湛えて、同輩の騎士へと問いを投げ付けた。
向かう先は、顔まで覆う白銀と赤の全身鎧を纏った騎士の元。
「…………黙れ、ボールス卿。オレが何処で何をしていようが、お前に指図される筋合いはない」
その問いに億劫そうに答える騎士の鎧から、反響してくぐもった声が外に漏れる。
苛ついた様な声のトーンと口調はどこかその騎士の荒い気性を表しているようで、横から聞いててもあんまりな返答に、ボールス卿と返された騎士も口を噤み肩を竦めた。
……俺は、目の前の遣り取りに、自然と働き出す思考を止める事が出来なかった。
何故なら、伝え聞くアーサー王物語の中でも余りに有名な騎士の名前が出てきたからだ。
────円卓の騎士の一人、モードレッド
伝承において、その名を冠する人物はアーサー王の国の破滅をもらしたと言う。遠征中の王不在時に国を顛覆させ反逆し、最後にはカムランの丘にてアーサー王自身に致命傷を直接与える、反逆の徒。
今居るこの場が物語ではなく現実だと知ってはいても、その名で呼ばれた騎士を何の色眼鏡もなしに見ることは難しい。
「そう喧嘩腰になる事もないだろう、サー・モードレッドよ」
口を閉ざした騎士の傍らで、腕を組んで座る熟年の騎士が代わって口を開いた。
「然るに、確かに何処で何をしようとお主の勝手だが、某も貴殿には訊ねたい事がある。
サー・ランスロットが帰還した今。我ら円卓の揃う場に顔を出した事がお主の意向だというのなら、それは実に粋な計らいだと考えるのだが、如何有らん?」
騎士は豊かな顎髭を梳かしながら、衰えのない好奇心の強そうな色合いを瞳に携えて相手を窺う。
その別方面からの問いに赤銀の騎士が、チッと、更に苛々した様に小さな舌打ちを洩らして睨み返した。
「ほざけ。ランスロット卿の動向など、このモードレッドの知った所ではない。
────それにしてもルーカン卿よ、横から口を挟むとは大した礼儀をしているな。よほど、その老いぼれ始めた口が要らないと見える」
発言を進める毎に語調を強めた騎士が威嚇する様にして素早く立ち上がる。彼の鎧の腕は腰の剣に伸びていた。乱暴な動きの反動で彼の椅子が動く音が、がたん、とやけに大きく部屋に響いた。
……一体なんなんだってんだ、こいつら。
急速に張り詰めていく空気を肌に感じ、思わず吐き出してしまいそうになる悪態をなんとか飲み込む。俺が言うべきことか判らないけど、それにしても仲が悪いにしても程があるだろう。……挨拶がてらに刃傷沙汰って、一体何処の紛争地帯だというのだろうか。
そして、突然の事態にも熟年の騎士は尚も泰然とした佇まいを揺がさなかったが、他の騎士はそうではない。特に俺の目の前に座るベディヴィエールなんかは、半ば腰を上げて言葉を挟もうとしている。
俄かにざわついていく部屋の空気に、俺はもう意味不明でひたすら戸惑っていた────
────その時
「────そこまでだ。
此度の招集に皆応えてくれた事には感謝しよう。
しかし、このような諍いの為に貴方達を呼んだ訳ではない。
とりわけモードレッド卿よ、貴公はまずその姿勢を正すべきだろう」
感情を感じさせない、場を凍らせる声が部屋に響いた。
その、まるで少女のように澄んだ声で、朗々と告げられる言葉の束。
「…………仰せのままに…………
それは、明らかに何かを噛み殺した返答。
それでも至上であるはずのアーサー王の言葉だからだろうか。
赤銀の騎士は抱えていた憤慨を静かに飲み込み、元の位置にどすんと座り込んだ。
王はその様子を見て一つ頷き、加えて残りの騎士達を見回す。
王に視線を送られた者達はその視線を受けるではない。しかし、先程までのどこか浮いた気配を消し去り、ただ敬虔な臣下としての装いを彼らは纏っていた。
言葉を発する者は、一人も居ない。
……しんとした、どこか耳の痛い沈黙が場に凝る。
その一気に強張っていく空気に、黙って突っ立っていただけの俺も自然と背筋を伸ばした。いつの間にか、背骨に氷を突き刺したかの様に肌冷たい感覚が身に湧いている。
誰も喋らず誰も意見せず、そんな重りを載せたような静寂が場を包み、そうして暫く。
頃合いだと思ったのだろう
王の横に座る近衛騎士が口を開いた。
「それでは、俺の方からお前達に話をしよう。
今回集まってもらったのは他でもない。知っての通り、先日より王は魔術師マーリンに国内の偵察を任せていたが、その事柄に関してが主な議題だ。────結果から言えば、ここキャメロットより北東の地にて大規模な魔術行使を知覚した。恐らく敵国による行為だろう」
その物騒な切り出しに、静まりきった場が俄かに色付いた。
すぐに代表するようにして先ほどの熟年騎士が声を上げる。
「なんとっ! あの憎っくきピクト人共との争いを終えたばかりだと言うに、またしても新たな外敵が現れたと申すのかッ!」
「……さて、詳しい事は定かではない。しかし、我が国の領土内において知らせがない所を見るに、一先ずそう考えるのが妥当だろうさ」
場にちらりと一瞥を与え、自身の考えを述べるサー・ケイ。
「それは早計ではないでしょうか。現在の世情です。万が一ではありますが、内乱という事も考えられる。容易に断じて良い事ではないと考えますが」
その返答に、別の可能性を投じる茶髪の騎士。
「……あの魔術師が本当の事を言っているのかをまず疑うべきでないのか? あの老いぼれの事だ。いま此処に居ない事も顧り見るに、どうにも胡散臭く思える」
横から静かに言い捨てたのは、寡黙そうな別の騎士。そいつもあんまり体格は良く見えなかったけれど、一癖二癖もありそうな気配を感じさせた。
そうやって、騎士達は思い思いの意見を交わし始める。
自身の意見を押し通す者
あくまでも客観的に話す者
各々の発言を補填する者
一様に異なったスタンスで、様々な発言が卓越しに飛びあっていた。
……俺からすればどの意見も尤もそうに聞こえるのだけど、背景を知らない自分には意見を挟む余地もない。
いや、意見を求められてる訳じゃないからそれでいいんだけれど、こんなに重要そうな話を聞いているのに、てんで分からないで置いてけぼりってのは、なんとなく決まりが悪かった。
「後でこの国の現状を勉強したほうがいいかな……」なんて、彼らの会話を前にぼんやりと考えていた俺は────不意に聞こえた声に、顔を上げた。
「────そこまでにしてはどうだろうか」
視線の先に居たのは、黒い鎧を着服している騎士──サー・ランスロット。
「確かに情報不足のため疑念は起こりうるものの、放置しておいて良い事でもない。
それにアグラヴェイン卿よ、魔術師殿に関しては王への今までの貢献より疑うべくではないでしょう。
皆もこうして憶測に時を浪費する暇があれば取るべき施作を考える事が先決だと思いますが、いかがか」
黒騎士の発言と視線に、今まで騒ついていた空気が明らかに鎮まっていった。騎士達の殆どが口を噤み、彼の視線に頷きを持って返答する。その様子は、他の者達からその黒騎士への厚い信頼を感じさせた。
そして場を落ち着けたと見た黒騎士は、ちょうど対面に座すアーサー王に視線を送る。それに強く頷いた王は、彼の言葉に続いて言った。
「ランスロット卿の言う通りだろう。不確かな情報ならば、さらに詳細に探って確かにするまで。そしてその為にも、私はベディヴィエール卿に斥候へ行ってもらおうと考えている」
「……ベディヴィエール卿が、でしょうか? 我らが円卓の騎士の一員が、その様な不確かな情報にて赴く必要があるのでしょうか?」
「……貴方の疑問とする点も分かります、ボールス卿。
しかし、我が国はあの獰猛な山の民との戦争を終えたばかり。兵達も疲労している今求められるのは、如何に人力を失う事なく備えを充実させるかという事。故に、此度は兵士達を連れる事なく、少人数で任を果たせる者が必要となる。そしてその点、ベディヴィエール卿の敏捷さと機転の良さは円卓においても卓越している。仮に斥候として動く間に敵と遭遇する事になろうと、その情報を無事に城まで持ち帰ってくれるだろう。それに────」
一度短く切りあげ、そうして王は言葉を続けた。
「────ベディヴィエール卿には、魔術師を一人、伴として同行させようと考えている」
その言葉は、なんだかやけにすんなりと胸に入ってきた。
「魔術師を……? 確かに、敵側に魔術師がいるのなら此方も用意できれば良いのですが、適当な者がいるのでしょうか?」
「ええ、その者も既にこの場に招いています」
訝しむような騎士の問いに、王は悠々と余裕を持って答え、視線を移した。
それに続くようにして騎士達の顔が一斉にスライドし、その目線が向かうのは円卓の左側に座る金髪の騎士ベディヴィエール────の、強いて言うのならちょっと上の方にズラしてもう少し奥の方へと進んだ────
「────って、え?」
気のせいだろうか。
この場に居る全員の視線を、俺が独占してしまってるなんていうコトは。
「────な」
「彼は名をエミヤと言う、つい先日この城にやってきた士分の位を冠する者です。
また、彼は騎士の作法を学ぶと同時にマーリンより直接魔術の指導を受けている。そして、彼にはベディヴィエール卿の従者として此度の任務に同行してもらう事にします」
「……」
「おおっ、久方ぶりの新たな騎士候補ですな。幾分か未熟に見えるが、その様なことこれから次第でどうとでもなるというもの」
「……」
「ふむ、新たな魔術師が加わっていたのですか……なるほど、騎士を目指すと言うのでしたらそれ相応の試練も必要となりましょう。此度の任に同行するのは、そういう意味でも理に適っていますね」
「……」
矢継ぎ早に続けられる騎士達の言葉に、俺はもう、驚きの声を上げる事すらできない。だって理解範疇の枠を超えて、ワケが判らない内容続きだったのだ。だから、もうトンチンカンの状況は脇に置いておいて、とにかく言いたいことが一つ……話が違うじゃないか、ベディヴィエールっ!!!!!
────しかしそこで、混乱の極みに陥っている俺の横から、心の底からの疑問を発したかの様な声が聴こえてきた。
「……王よ、このような貧弱な男に貴方の命を託して良いものか?」
それはなんだか、どうしようもなく人の事を思いっきりバカにした言葉だった。さすがの俺も気を戻し、むっとしてその発言者に視線を送る。
「…………お前は」
そいつは、何処かで見た覚えがある奴だった。筋肉質でガッシリした長身に、厳つい顔の右瞼に大きな傷のあるその騎士。何より、聴こえた言語は違えど、その人を見下した声色には覚えがあった。
────ここに来た初日に俺を牢にぶち込んだ、あの鎧の男────
そこまで思い立った俺は、眉を潜めて眼前の人物をじっと見据えた。驚く事の連続で、あのムカつく奴が居たってコトに気づかなかったのだ。会った時は暗闇だったとは言え、自分がひどく間抜けに思えて悔しかった。……そんな臍を噛んだ俺を尻目に、そいつは更に馬鹿にした色を強めて言い捨てる。
「貴様の様な者がこの場に居るとはな……全く、円卓の品位を落とす事になると言うものだ」
「…………なんだって?」
「ふんっ、なんだその目付きは? 俺は事実を述べたに過ぎん」
「────無礼が過ぎるのではないですか、パロミデス卿よ。彼は王が招いた人物です。貴方のその言葉は、ひいては王を侮辱する事に繋がると知りなさい。もっと貴方は言葉を選ぶべきだ」
ベディヴィエールのその横槍に、くっ、と、喉元で軽い笑みを男は零した。
「ハッ、俺にその様な意図はないぞ、べディヴィエール卿。第一、魔術師だと言うがその様に餓鬼臭い小僧が碌に役に立つのか疑問も甚だしい。それに、俺は貴殿の事を心配しているのだ。そら、円卓として名を馳せる貴殿の名声を、その小僧に足を引っ張られる事で貶められでもすれば、それはひどく業腹な事だろう?」
「────この、野郎っ」
ここに来たばかりの事も合わさって、思わずカッとなり声を荒げてしまった俺。そんな俺の様子を、侮蔑の混じった瞳でもって見下してくる鎧の男。相変わらず嫌に癇に触るその声色に、とことんそいつとは相容れない予感が胸に湧いていて、俺とそいつは、とにもかくも睨み合い続けた。
……だが、そんな険悪な雰囲気の俺達二人を相手に、王が間を遮って口を開く。
「控えよ、サー・パロミデス。
彼の同行に関してはあのマーリンからの堤策だ。こと魔術に関して、彼の言葉を疑うべきではない。
それに貴公は当千の勇猛さを持ち合わせているが、どうにも他者への口が過ぎる。もう一度心得を顧み、騎士としての姿勢を正すべきだろう」
「…………承知致しました、王よ」
静かに告げられるその言葉に、不承不承としながらも引き下がる鎧の男。俺もどちらかと言うと納得はできていなかったんだけれど、目の前のアーサー王に迷惑を掛けたくなくて、渋々ながら怒りの声を抑え込んだ。……当然、ムカつくそいつとの睨み合いは止めなかったが。
そして一方、どこか憮然とした顔の王は、その俺たちの様相を無視して何かを告げようとした。
────と
「────お待ちください、王よ」
「…………ガウェイン卿?」
漸く話の落ち着けどころに至ったのに、金髪の白騎士が待ったを掛けた。
「此度の敵情視察、私もベディヴィエール卿に同行してもよろしいでしょうか」
真面目そうな騎士のその意外な言葉に、場にいる全員の注意が一斉に向く。
「……どうしたガウェイン卿? 貴殿の事だ、『敵情偵察は下級兵士の役目』などと、常の通り言うかと思っていたが……それどころか自ら同行を求めるとは、どういう風の吹き回しだ?」
今まさに俺と睨み合ってた騎士も、どこか訝しげに白騎士を伺った。
けれど、その騎士は横からの意見に戸惑うことなく、顔をしっかりと上げて自身の考えを告げる。
「────ええ。それも真理であり、私の考えと寸分違わぬ物です。
しかし、此度は王きっての我らが同輩への命。パロミデス卿、貴公が述べた私の考えは結局のところ定石に過ぎません。そして、王の考慮はその定石を凌駕することは自明の理。よって、王の命じられた方策こそ、此度における至上の策となります。
故に、同行を申し出る事に対して私は何の遺憾も持ち合わせていません」
朗々と告げられる文言。
それに対して、鎧の男が言葉を失った。
そして、誰もがその内容に何とも言えない表情を浮かべながらも、白騎士の隣に座る青年騎士だけが仕方無いと言いたげに苦笑を浮かべている。
白騎士はそんな場の空気を意に介さず、言葉を続けた。
「加えて、私は魔術にも多少の造詣があると自負しております。
此度の旅が如何なるものになろうと、私においては不手を打つ事はないと思われます、王よ」
その芯の強そうな騎士の申し出に、初めて嘆息を漏らした王が小さく頷いた。
「…………いいだろう。ただし、常の通り貴方の領土に関してアグラヴェイン、ガヘリス、そしてガレスにもしかと引き継いでおきなさい。万が一と言う事も有りえる。念入りに備えて出立せよ」
「ハッ、謹んで受命致します」
王の許可に、白騎士は初々しげに面を上げて応えた。
その後、その騎士はベディヴィエールと俺の方向に視線を遣り丁寧に目礼を送ってきたんだけれど……その際に、何故か俺に対してもしっかりと目を合わせてきた事が変に印象に残った。
────さて
その問答を後に居ずまいを正した王は、最後に場をもう一度だけ見渡し、口を開いた。
「これにて、此度の円卓会議を終了とする。
ベディヴィエール卿とガウェイン卿はただちに準備を開始し、出立せよ。
また、ランスロット卿はまだ暫しの間、旅の疲れを癒すと良い。
ケイ卿、ルーカン卿、ボールス卿、アグラヴェイン卿、ガヘリス卿、パロミデス卿、モードレッド卿もよく集まってくれた。兵と軍備の充実を計りながら偵察の結果を待つ。異存はないな」
部屋に涼やかに響き渡る王の声。
その締めの言葉に、一様に立ち上がり礼をして場を辞してく騎士達。一人、また一人と、場から人が減るに連れて弛緩していく部屋の雰囲気に、俺は漸くほっと息をついて肩をほぐすことができた。
……本当に、どうしようもなく張り詰めていた空気に、何故かいやにくたびれてしまっていたのだ。
「……もっと華やかなもんだと思ってたな」
気が緩み過ぎてしまったのだろう。油断していて、ぼそりと本音を出してしまった。
耳聡く言葉を拾って心配させてしまったベディヴィエールに手を振り誤魔化しながらも、俺は自分が呟いたコトについて考える。それは勿論、いま俺が目の当たりにした彼らについてだった。
円卓の騎士
栄え有るアーサー王のキャメロットにおける、名声高き伝説の戦士達。
そんな彼らが集まって話し合う場だって言うから、なんというかもっとこう、場が盛り上がるイメージを勝手に抱いていた。
だって、伝承によれば円卓で騎士達が互いの武勇伝なんかを言い合うってのが相場だったし、さっきまで居た騎士達の装いも物語に出てきてもおかしくないぐらい立派だったのだ。和気藹々とした騒がしい場を浮かべてしまうのも仕方ないと思う。
────ところが
場が開いてみれば、実際は真逆。
挨拶どころか、開口一番に仲間の騎士同士でのヒヤリとする問答。
陽気な場なんてもんじゃない。ギスギスギスギス、まるで針の筵に立っているかの様な気まずい緊張感に包まれていた、先程までのこの空間。同じ卓に座る仲間なんだから気安く話せばいいと思うのに、どうして態々胸の内を探り合う必要があるのだろうか。国における地位争い? 騎士としての技量への嫉妬? ……マーリンの言を借りればあの空気感にも何らかの原因があるってコトなんだろうけど、よくよく考えても俺には見当もつかなかった。
「さてシロウ殿、私たちも行きましょうか。これから色々と準備しなくてはなりませんので」
「────ああ、わかった」
ベディヴィエールに呼ばれて、俺はその無為な思考を切って捨てた。
分からないものはいくら考えても分からない。さっきの会議中に同じ様な遣り取りがあったけれど、重要なのは今自分達に降りかかる問題にどう対処するかなのだ。なんてったって、俺は今から従者兼魔術師として任務を果さなければいけないらしいし。
…………正直言って、寝耳に水なその命令に応えられるかどうかは自信が無いけれど、これまで散々良くしてくれた人達の為にも、俺は全力を尽くさなければならない。
気づけば、部屋にはもう他の騎士たちは殆ど見えなくなっていて、残ったのはもう俺たちぐらいになってしまっていた。だから、急いでベディヴィエールの背に続き、出口へと向かい────
かつんかつんかつん。
自分たちのそんな足音が、がらんとした部屋にやけに明瞭に響き渡るのが気になった俺は
────その、
侵し難い静けさを破ってしまったが故の奇妙な罪悪感に
扉をくぐって部屋を出る直前
なんとなしに立ち止まって、後ろを振り返った
────視線の先
先程まで、騎士達が会議していた場所
煌びやかな陽光が降りてきている、その空間
豪奢で華やかな、栄華を極めたが如き輝きの中、
おそらく誰もが夢に見る、まるで絵画の様に荘厳なその部屋の中で
…………その人物は
いったい何を思っているのだろうか。
身じろぎすらせず、そっと静かに瞳を閉じて
────ただ一人、王はその場に佇んでいた。
円卓は十三席の設定です。ただこの話に出てきた以外の騎士が出ないわけではありません。
マロリー版に習いルーカン卿とベディヴィエールさんは兄弟ですが、かなり歳が離れていると考えて頂ければ。なお、この創作ではキャメロットの場所をコルチェスターと仮定して書いています。(→コングレスベリーに変更)
アーサー王物語を知ってる方はなんとなくどれ位の時期か想像がつくかと思われますが、同時に違和感もあるかと思います。(この時点で居るべき人がいなかったり、居ない筈の人が居たり)
アーサー王物語の資料を色々読んで設定の違いや矛盾等を知り、もう好きに書いてやろうと振り切った次第の作者です笑
宜しければもうそういう物だと考えて、逆に楽しんで頂ければと思います。
(あと、セイバーがカリバーンを抜いてからの年月が10年でなく20年だという噂を聞いたのですが、この創作は10年前提で書いています。Garden of Avalon、読めてなくてすみません。。)