時系列としては本編の金曜日の少し前、と思って頂ければと思います。
不意に書いた割に前後編に分かれます。後編は明日にでも!
最近、集…舞子君が、しょっちゅうキスをしてくる。
流石に人前でするようなことはしないけど(あの橘さんだって流石にやってないし)、人目に付かない一瞬の隙を狙ってくる。
それも、そのときそのときによって、軽くだったり、…ねちっこくしてきたり。
私はその度に、急にやらないでよとどついてるのだけど、中々止めようとしない。
…彼には、私がそんなにいやがっていないように見えているのだろうか。
本当に毎日何度もやってくるから、段々気分が…あ、いや、そんな訳ないわ。舞子君がしたがってるからしょうがなく付き合ってるのよ、うん…。
…全く以て、腹立たしい。
「おはよ、るーりちゃん♪」
ある日の朝。
るりが登校していると、後ろから集が声をかけて来た。
「…おはよう」
付き合ってからも、以前と変わらず素っ気ない挨拶をしている。
少しだけ、とくん、と心拍数が上がるのを感じるようにはなったが。
特にここ最近は、いつもこのタイミングでキスを仕掛けてくるので、少しばかり上がっていた心拍数が更に跳ね上がる。
「も~、また素っ気なくしちゃって~♪そんなるりちゃんには…!?♪」
いつものお調子者なテンションで、私に顔を近付ける。
「だ~か~ら、恥ずかしいって言ってんでしょうがっ!!!」
どごむっっっ
「おぶふぅっ!!?」
一瞬集に背中を見せてからの、後ろ回し蹴り。
集に対して攻撃をするときだけ、明らかに運動能力が跳ね上がるるり。
まるで馬の背後に立ってしまった時のように、派手に蹴り上げられる集。
「おふぅ…内臓がいかれないのが奇跡…」
集は腹を抱えて悶え苦しんでいる。
蹴られたのは腹部のはずなのに、何故かついでにメガネもひび割れていた。
「全く…大体、恥ずかしいのよ。そんなにぽんぽんとやって良いことじゃないでしょう、キスなんて?まったくもう…」
るりは頬を仄かに赤く染めながら、腕を組んでぷりぷりしている。
実際のところ、照れ隠しでしか無いのだが。
「…そっか。」
「え?」
突然、集の声のトーンが落ち、るりは一瞬止まった。
ゆっくりと顔を上げる集。
表情は笑顔なのだが、どこか切なさを帯びている。
るりは、集が時折見せるこの表情に、非常に弱かった。
「ごめん、本当にいやだったんだね。これからは控えるよ。」
「え、あ、いや、その…ま、舞子君?その、頻度と程度さえ抑えれば、ね?」
「大丈夫だよ、気を遣わなくて。…じゃ、学校行こっか♪」
「あ、う、うん…。」
集は取り繕った笑顔で、るりの肩にぽんと手を置いた。
「(え、舞子君…どうしちゃったの…?いつもはこんなのじゃないのに…)」
るりは集のいつもと違う反応に不安を覚え、彼の後ろ姿を見ながらずっと動揺していた。
「(…♪)」
そんなるりの慌てふためく様子を見て、彼女に悟られないように静かににやっと笑みを浮かべる集。
「(さ~て、どれくらい持つかな~…♪♪)」
…ただの、ドSだった。
その日から、集の接し方は今までと比べ明らかに変わった。
一緒に居る時間の長さは変わらないし、いつも通り笑顔で接する。
いつも通りからかってくるし、いつも通り見守っていてくれる。
しかし、決定的に違ったのは、ボディタッチと呼べるものが全く無くなったことである。
今まではキスは無くとも、肩に手を置いたり、頭を撫でたり、手を繋いだり、不意に抱きしめたり…
まるでるりからの反撃を楽しんでいるかのように、しょっちゅう彼女の身体に触れていた。
それが、ぱったりと止んだのである。
初めは『気が楽になった』などと心中で強がっていたるりも、徐々にもどかしくなって行った。
「るりちゃん、…大丈夫?どことなく元気が無いように見えるんだけど…」
教室で本を読んでいたるりに、小野寺が心配そうに声をかけてきた。
「小咲…大丈夫よ、ありがとう」
「…本当に大丈夫?るりちゃんが元気無いのくらい、私にも分かるよ?」
小野寺はこう言っているが、実際はいつも表情に乏しいるりである。
周りのクラスメイトは、誰一人としてるりの微妙な変化に気付かなかった。
「…流石親友、と言っていいのかしらね。…昼休み、ちょっと良いかしら?」
「うん、良いよ♪」
小野寺の厚意に甘えて、相談に乗ってもらうことにした。
「そうだったんだ…。舞子君、どうしちゃったんだろうね…」
「私にもさっぱりだわ…」
屋上で風を浴びながら、二人が話す。
「うーん、こう言うときは…やっぱり、直接本人に聞くのが一番なんじゃないかな。」
「…やっぱり?そうよね…そうしようかしら」
「そっか、応援するよ♪早く舞子君とまた、その…キ、キス出来るようになると良いね!♪」
ばぼしゅぅっっっ
天を仰ぐように上を向いていたるりが、そのまま空に向かって派手に噴き出した。
「ちょ、ちょっと小咲!?」
口元を拭きながら、るりが上ずった声を出しながら小野寺の方を向く。
「えへへ♪るりちゃんったら照れちゃって!でも、本心でしょ?」
「…!!」…あんたも早く、一条君とキス出来ると良いわね?」
るりの反撃。
ばぼしゅぅっっっ
今度は小野寺が、器用にるりの方向から首を逸らしながら派手に噴き出す。
「るるるるりちゃん!!?」
「あ、今度の土曜日、本当にそれくらいやるつもりなんだ?コサキチャンッタラヤルワネー」
後半のセリフは虚ろな目且つ棒読みであった。
「ううう、察する力ありすぎるようるりちゃん…」
「…ま、あんたみたいなTHE鈍感娘を傍でずっと見て来たからね、こうはなるまいと鋭くなったわ」
「あれ、るりちゃん今さりげなくひどいこと言った?反面教師だったの私!?」
「…ふふ、冗談…では全くないけど…ありがとう」
「ぼこぼこにした後で感謝されても素直に受け取れないよ…」
るりは親友とのいつものやりとりで、自然といつもの調子を取り戻していた。
「(…小咲、ありがとね。さ~て、私もちょっと頑張るか~…はあ。)」
ため息混じりに、少しばかり覚悟するるりであった。
「(…一応、もう少し様子を見てからにしよう)」
そう考え、少しばかり待つことにした。
数日後。
集の様子は、以前として変わらずにいた。
二人は放課後、屋上で風を浴びようとして、廊下を二人で歩いていた。
授業も終わり、教室にはほとんど人が残っていない。
窓を開けた廊下の窓からは、野球部員の威勢の良い掛け声が聞こえて来る。
「…それでそのとき、小咲ったら…あっ」
るりが、不意に躓いた。
「!!…っと、大丈夫?♪」
危うく転倒しそうになったるりを、素早く受け止める集。
「あ、ありが…あっ」
集の顔が、不意にるりの目の前に来ていた。
助けてもらった上に、久しぶりの身体的接触である。
るりの心臓は、その鼓動を一気に早めた。
いつもの集なら、ここで『ご褒美のチュー、もらっちゃうねー♪』などと言って、一方的にキスしてくるのだが。
「…無事で良かった。」
にこっ、と笑っただけで、るりからあっさりと離れてしまった。
「ありが…とう…。」
あまりにあっさりとした一連の流れに、るりは戸惑うばかりであった。
るりが悶々としたまま、二人は屋上に着いた。
「ふー、気持ち良いねー♪じゃ、早速フェンス際に…」
「待って」
るりが、集を呼び止めた。
「?どうしたの、るりちゃん?」
集はきょとんとした顔でるりに尋ねる。
「とぼけないでよ…最近のあなたの態度、な、なんなのよ?」
たまりかねて、問い詰めることにした。
「んー?なにが?」
首を傾げながら、飄々と答える集。
「とぼけないでよ…その、き、き、キスを控えるって言ってから、まともに身体に触れることすらしてこないじゃないの…!」
「ああ、キスのことを考えたときにね、他のボディタッチとかもそう言えば毎回いやがってたなって思ったんだ。るりちゃんがいやがることなんてしたくないのにさ。馬鹿だよね…俺。」
そう言って、集が俯く。
「!そ、そんなこと…」
「え?」
「そんなこと…無いわよ。別に、い、嫌じゃ…ないわ」
集の眼鏡の奥が、きらーんと妖しく光る。
「…本当に?」
「え、ええ」
「じゃあ、ああ言うの…好きなんだ?」
「!?ば、ばか言ってんじゃないわよ!そんな訳…!」
「そっか…じゃあやっぱりやれないね…ごめんね…」
集が再び俯く。
「俺さ、考えてみると、付き合う前からずっとるりちゃんが嫌がることばっかりしてきたなって思うんだ。振り向いてもらえたありがたみも忘れて、付き合ってからも本当に自分勝手で…」
どんどんとネガティブモードに入って行く集。
勿論、るりを慌てさせる作戦である。
「(…我ながら、ひどい暗さだな…)」
そんな風に思っていた。
聡明な彼女なら演技だと簡単に気付きそうなものであるが、今は慌てふためいているため、それを看破することも困難であった。
「そ、そんなことないわよ!!舞子く…ああ、もう…!しゅ、集君は、ずっと私のことをあったかく見守ってくれて、からかって遊んでくれて、真面目に話を聞いてくれて…本当に色々とやってくれたわよ。」
ぴくっ、と集の耳が動く。
「だから…そんなこと言わないで?ボディタッチやキ、キスだって…その、集君がしたければいくらでもして良いから。」
ぴくぴくっ、と集の耳が更に動く。
ここで顔を上げても良いところだが、集は敢えて手を休めない。
まだ俯きがちに、言葉を続ける。
「…ありがとう。でもだめだよ。るりちゃんが好きじゃないことをやろうなんて思えない。やっぱり止めておくよ…」
更にうなだれる集。
ここまで来ると、腹立たしくすらある。
しかし、そんな集を見て、るりは更に慌てふためく。
「うう…ちがうのよ…もう、もう…!…好きよ」
「え?」
「す、好きって言ってるのよ」
「何が?」
「き、キスが好きって言ってるの!!」
顔から火が出るのではと思う程赤面しながら、るりが叫んだ。
「…はい!頂きました~♪」
「…へ?」
集が顔を上げ、いつもの飄々とした表情に戻る。
「いや~、るりちゃんの本音が聞きたくて、かまをかけてみたんだー♪ちゃんと引き出せるように、わざわざ何日か我慢までしてね♪」
「…な…」
るりは唖然としている。
そして直後、るりの背景が炎上する。
「ば、ば、ばっかじゃないの!!?本当に心配して損したわ、帰る!!」
ふん、と鼻を鳴らして帰ろうとするるり。
足音はずんずんと言う重いものになっていた。
「ごめんごめん!お詫びにキスは、これから1ヶ月完全にやめるから!」
まだ攻める集。
るりの足がぴたっと止まる。
「な、え、ちょっと、それはまた別問題でしょ?」
「また怒らせちゃってごめんね…?帰るんだよね?送るよ…」
またしゅんとした顔をする集。
傍から見ていれば、ぶっ飛ばしたくなるような演技である。
「!ま、待って…」
屋上から集が去るのを、るりが止めようとする。
「…どうしたの、るりちゃん?」
集が気付くと、彼の袖を引っ張って止めるるりがいた。
「意地悪、しないでよ…本当に、心配したんだから…」
俯きながら、今にも泣きそうな顔でるりが言う。
「(ああもう何だよるりちゃん、かわいすぎるだろ~…!!)」
遂にるりの本心を引き出した喜びと、彼女のしおらしい表情に内心悶えに悶える集。
「言葉にしてくれないと、わかんないよ?」
るりから表情が見えない状態のまま、質問する。
「…したいの」
「何を?」
「き、キス…」
「キスを?」
「…き、キスを、したいのよ…!わかってるんでしょ…!?」
「…はい、よく言えました♪」
「ちょっと、バカにしないで…んむぅっ!?」
集は後ろを振り向くと、右手をるりの後頭部に、左手を背中に回して、思い切り抱き寄せて唇を奪った。
「んんっ…!!んむっ、んむぅっ!?んむぅぅ…!!」
久しぶりだからと言って加減をすることなく、それどころか今までで一番激しい口付け。
るりの口内に舌をねじ込み、唾液の交換を止めどなく行う。
るりの舌を食べるように吸い寄せては、口内の壁を舐り回す。
どんなに激しく責めても決して逃げられないよう、ぎゅっと力強く抱きしめる。
ほんの1分程の間に、るりの目の焦点は合わなくなり、表情は完全にとろけてしまった。
「…ぷはっ、はっ、はっ、き、急にこんな激しく…ふむぅっ!?」
一息ついたと思った瞬間、すぐさま第二波が押し寄せる。
今度は、集の両手はるりの耳に添えられ、彼がキスをしやすい首の角度にして、再び好き放題るりの唇と口内を弄ぶ。
もはやるりが抵抗する力は無かった。
るりの両手はと言うと、最初はぶら下がっていただけなのだが、震えながらも徐々に集の腰、背中と上に持って行き、最終的に集の耳にまで持って来た。
お互いの耳に手を添え、唇と口の中を貪り合う。
るりの足は、未体験の快感により絶え間なくがくがくと震えていた。
「(こんなの…おかしくなるっ…!)」
るりはキスが好きで、苦手だった。
集が普段口にする好きと言う言葉の中にある愛情が、何十倍と言う濃度になって口の中に流し込まれる気がするからだ。
キスのときは基本的に目を閉じているが、時折うっすらと目を開けると、集はるりを愛おしむような真剣で優しい目をしている。
その目を見ると、照れ隠しで受け流すことも出来ず、幸せすぎてどうしようもなくなる。
それが、たまらなくむずがゆい。
気付けば、二人は手を繋いで、指同士を絡めるようにするすると動かしていた。
「…ぷはっ。…はっ…はっ…。」
何十分経ったか分からない。何度口付けをし直したかも分からない。
それほどの濃厚な時間を過ごして、二人はやっと唇を離した。
二人は何も話さぬまま、長いこと見つめ合っていた。
気付けば、外は夕暮れが近付いていた。
「…帰ろっか。」
わずかに視線をるりから外し、屋上から広がる街並みを見つめ、集が言った。
「…ええ。」
『もっと一緒にいたい、もっとキスしていたい』と言う言葉は、屋上を吹き抜ける涼しい風と一緒に飲み込んだ。
続く。
キス一つでどれくらい書けるかの挑戦ってレベルで書いてます。
それでは、今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!!