楽×マリー『オネガイ』その後   作:高橋徹

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鶫。第61話「キンヨウ」(2)

放課後。時刻は16時20分。

街は夕方の賑わいを見せている。

下校中の学生、仕事で行きかうサラリーマン、夕飯の買い物に来ている主婦…

様々な人々が、道を行き交っていた。

 

「さて…と、場所はこの辺りだよな…。10分前ならまあ妥当だろう…ん?」

楽はふと、あることに気付く。

往来の中、わずかながらに通常とは違う喧騒が聞こえる。

よくよく見てみると、道を行き交う人の視線がある場所に寄っていた。

「…まさか…」

楽はこの光景に見覚えがあった。

そして、皆の視線の先へ足を運ぶ。

「…やっぱりお前か。こんなに注目を集めてんの…は…」

「!一条楽…来てくれたか」

楽が話しかけた先に居たのは、鶫だった。

楽は彼女が振り返ったとき、その姿を見て思わず息を呑んだ。

薄手の服に一枚羽織り、下はミニスカートを履いている。

靴はヒールであった。

その衣服の組み合わせ自体はオーソドックスなものであったのだが、鶫の場合は…その胸元が大変なことになっていた。

一般女性であれば、いや、多少なり『巨乳』と呼ばれる部類に属する女性であっても、その服を着たとき、多少胸が開いていると言う言い方で済むのだが…鶫の場合、強烈なまでに谷間が露出していた。

元々の顔とスタイルの良さがありつつも、今までは水着のとき以外はその胸をむやみに目立たせることはしなかった鶫である。

知らない人が見てもその美しさに驚く。テレビに出ていても違和感の無い美貌である。

まして、普段の鶫を知っている楽からすれば、そのギャップに驚き、見惚れ、言葉が止まるのは当然のことだった。

 

「うう…なんだか、以前にも増して周りの目が気になるのだが…」

そう言って、鶫はもじもじとする。

「…いや、そりゃあ、こんなかわいくて胸が大きい子が街の中に居れば…そりゃ、な」

「んなっ!!?」

「(やっべ、胸のことは言うんじゃなかった…!!)」

つい口を滑らせたと、本気で焦る楽。

しかし。

「そ、そんなに…良く見えるのか?そ、その…胸、も?」

「…え?」

今までの鶫であれば、かわいいと言えば照れてしまい何かしらの暴言を吐いていた。

そんな鶫に胸のことなど言おうものなら殺されかねない。

…と、言う認識だったのだが…このときは違った。

「い、いや、だから…その…胸も、良く見えるものなのか?今日は…少しでもかわいく見えるように頑張ったつもりだから…聞きたいんだ」

「(え、あれ、やばい、ときめきが、まずいぞこれは)」

内心、激しく動揺する楽。

「(でも、ここは思ったままに褒めた方が良いよな…?)あ、ああ、すげえかわいいと思う。胸も…色気がありすぎてやばい。(…どうだ…?)」

本音をありったけ伝えてみて、恐る恐る鶫の方をちらりと見る楽。

すると。

「…!!本当か…?良かった…♪」

「…がふっ」

「!?どうした!?大丈夫か!?」

安堵の表情を浮かべ、にっこり微笑む鶫。

そんな彼女を見て、楽は吐血した。がっつりと。

「あ、ああ、大丈夫だ…(あ、あぶねえ…ここで『今の笑顔がかわいすぎて』なんて正直に言っちまったら、万里花と付き合う前みたいな展開になっちまう…!それだけは避けねえと…)」

何とか一線を引いていた。

…しかし、今線を引いている場所も、どんどんと危険な領域にずり下がって行ってしまうことになる。

 

「それじゃ、行くか、つぐみ」

「ああ♪」

楽が何気なく言葉をかけ、二人は歩き出した。

鶫は、楽と二人で時間を過ごすことが出来て、しかも今日は自分をはっきりと褒めてくれたと言う嬉しさに、顔が綻んでいた。

「(…今まで、鶫はああ言う顔を一瞬見せることはあったけど、その後すぐに照れ隠しで攻撃して来てたのに…今日はなんだよ…その状態をキープ!?かわいすぎるだろー!?

…もし今、万里花と付き合ってなかったら…コロッと行っちまいそうだなぁ…)」

鶫の表情を見て、楽は心臓がばっくばくになっていた。

 

 

街を歩きながら、楽はまだ悶々と考えていた。

「(…万里花に好かれたことだけでも十二分を通り越して奇跡かってくらいに幸せなのに…つぐみも、小野寺も、千棘も…!?本当にー!?昨日考えてたときはそんなそんなーって思ってたけど、いざこうやって、鶫の様子を見てみると…うわぁぁぁ!!)」

歩きながら、実に表情豊かになっていた。

「?どうしたんだ?」

「おひょおっ!?」

鶫が首を傾げながら、楽の方を見た。

それに驚き、珍奇な声を出す楽。

「…なんだその気持ち悪い声は…」

鶫からの蔑み。

楽にとって、少し懐かしくさえ感じた。

「あ…そう言う感じ、なんか久しぶりだな♪」

「な、なんだ急に!?」

「いやさ、少し前までは毎回こんな調子だったろ?それが最近は…その、やけにしおらしかっただろ?だから、ちょっと懐かしくなってな♪」

そう言って、楽はにかっと笑う。

「…!!な、何だとこのーーー!!」

「!!やべっ…!!」

楽の言葉で自分の明らかな変化に気付き、更に笑顔を見たことで顔が真っ赤になった鶫。

どうしたら良いか分からなくなり、楽に殴りかかろうとする。

ここでいつもなら、車で轢いたのかと思う程に吹き飛ばすところなのだが…すんでの所で、拳が止まった。

「…。…あれ…?」

「そ、そんなに…」

「え?」

「そんなに…私は変わったのか?い、今の私は…そんなに変…なのか…?」

鶫はもじもじとしながら、楽に尋ねる。

その質問で、楽は誤解を招いていたことに気付く。

「!…言い方が悪かったな、ごめん。今のつぐみ、女の子らしくて、すげえかわいいと思うよ。」

「!!!」

ぼしゅうううううっっっ…

「!?お、おい、どうした!?」

鶫の顔から、尋常でない量の湯気が出た。

「うう…あ、ありがとう…」

そう言って、顔を真っ赤にしたまま俯く鶫。

「(なんだろうこれ、時間を少し戻すことが出来るなら、一回抱きしめてすぐさま巻き戻したい…)」

デート序盤から、心ががんがんと揺さぶられる楽であった。

 

「(…そうだ、今日はつぐみに対して心が揺らぐ度に、万里花へ土下座するポイントを貯めて行こう。

…今のところ…5ポイントくらいかな。5ポイント分の土下座ってどんなんだろう)」

謎の取決めを心の中で行った。

5ポイント分となると、恐らく、土下座のあまり顔が埋まる。

ヨガの修験者みたいになる。

 

まだ歩き始めて10分と経っていないのだが、幸先の良い、且つ、先行きの不安なスタートであった。

 

 

「あ…あそこ、行ってみないか?」

鶫が指差したのは、ゲームセンターであった。

「おお、いいぞ」

「♪」

「(やっべ、かわいい…はい、累計6ポイント)」

中に入る二人。

楽は静かにポイントを重ねていた。

 

「あ、あれやってみたい!」

鶫が指差したのは、ガンシューティングのゲームであった。

「な、なんつう分かりやすい…。2人プレイが出来るんだな。よし、やるか!」

「ああ♪」

こうして、二人はガンシューティングにチャレンジすることになった。

 

「ここで…俺が銃弾を装填!つぐみ、任せた!」

「ああ!たあっ!たあっ!」

二人は抜群のチームワークを見せ、どんどんステージをクリアして行く。

気付くと、二人の周りには人だかりが出来ていた。

二人のプレイの腕前もそうだが、周りの人たちは何よりも、スタイル抜群の美少女が鮮やかな銃さばきを見せていると言う光景に魅入っていた。

 

「…ここで…ラスボスを…よし!倒した!やった、クリアだーーー!!!」

「やったな!!♪」

二人は見事に全面クリアして、喜びから思わずハイタッチをした。

それと同時に、周りから歓声と拍手が湧く。

「「へ?」」

そこで初めて、二人は周りの人だかりに気付いた。

『すごーい。あのカップルやるね〜!』

「「え」」

『だね〜、って言うか、女の子の方めちゃくちゃかわいくない?芸能人みたい!』

「「あ」」

『あんな可愛い彼女がいるなんて、あの人幸せ者だな~』

「「」」

周囲の褒めそやす声が聞こえてきて、見る見る真っ赤になる二人。

「…も、もう出るぞ!!耐えられん!!」

「お、おいつぐみ!!待てって!!」

慌てて逃げ出すつぐみを、楽は急いで追いかけるのであった。

 

 

「はぁぁ…恥ずかしい…」

鶫はようやく落ち着いたかと思うと、深いため息を漏らした。

「はは…流石にあれはな…」

楽も、だいぶ参っているようであった。

そんな二人の背中を、こっそりと覗く影があった。

…ポーラである。

「うふふ、任務の日程がずれたのは好都合だったわ♪さーて、黒虎の後押しをしてやろうかっ、と…!」

そう呟くと、二人の背後から側面へと瞬時に回り込む。

「今なら黒虎も気が緩んでるから、これくらいなら気付かれないわよね…えいっ!」

ポーラは鶫の足元を目がけ、ゴム弾を撃った。

弾は鶫が足を置こうとした場所に見事に滑り込み、鶫を躓かせることに成功する。

「うわ!?」

突然よろけ、何が起きたか分からないままに倒れそうになる鶫。

「つぐみ!?あぶな…!」

楽が咄嗟に庇おうと腕を伸ばす。

がしっっ…

「…あ…うええっ!?」

「(…あわわわわ…)」

つぐみが閉じていた目を開けると、つぐみは楽の胸板に顔を埋め、両手は楽の背中に回していた。

楽からしてみれば、つぐみの胸がばっちりと当たっている状態である。

「(やばいやばいやばいすっげえ柔らかいし良い匂いってバカそうじゃねえだろ俺つぐみは無事だったんだからすぐにでも離さないといやでもしかしこれ天国だなっていやこらバカ野郎)」

…読点も付ける余裕が無い程、猛烈な勢いで思考が回転していた。セルフノリツッコミも発動している。

ここで、鶫はすぐに照れて離すものかと思われたのだが…。

「え…あれ、あの、つ、つぐみさん…?」

「…。」

楽にしっかり抱き付いたまま、離れようとしない。

「「(なにーーー!!?)」」

抱き付かれながら楽が、狙撃した場所からポーラが、心の中で全力で叫んだ。

「(き、今日はこれくらいしないと…!!あああ、でも、恥ずかしい…!!でも…一条楽の身体、意外とがっしりしてるな…って今はそうじゃないだろーーー!!?)」

鶫の、必死のアプローチだった。

…彼女は彼女で、セルフノリツッコミを行っている。

「つ、つぐみ、大丈夫か?(む、胸がーーー!!!)その、周りも見てるから…!(むーーーねーーーがーーー!!!)」

心の声を必死で押し隠す楽。心の叫びはもはやライオンキングばりの大声を上げていた。

事実、街中で堂々と抱き合っている二人に、周りの人々はざわついていた。

「…は!す、すまない!」

周りの状況に気付いた鶫は、ようやく楽の胸から顔を離した。

「い、いや、大丈夫なら…良かった…(胸、柔らかかった…)。それじゃ、行こうぜ?(ああもう、本当に胸が柔らかかった)」

「…ああ♪」

二人は再び、街中を歩き出した。

 

 

「黒虎…ちょっとした手助けのつもりが、まさかあんなに大胆なことをするなんて…!!これは、…思ったより、すごいことになるんじゃないの…!?じゅるり…はっ、いけないいけない…」

思わず涎を垂らすポーラ。

 

「(恥ずかしかったけど…も、もっと、一条楽と話したい、触れたい…!!頑張らねば…!!)」

先程の自分の行為を思い出して顔を真っ赤にしながらも、再び気合を入れる鶫。

 

「(やべえもうこれ土下座ポイントが15ポイントくらい貯まってんぞこれ…。顔を砂浜に埋めて、一点倒立かな…)」

シュール過ぎるぞ、楽。

 

 

そんなこんなで、楽と鶫のデートはまだまだこれからである。

 

 

 

続く。

 

 




なんやかんやで、ノーマル部分←も下手したらもう2話くらい続きそうです()

(マリーの次は鶫が好きだなんてそんなそんな)


それでは、今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!!

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