時は移って球技大会当日。
天候は青い空が透き通り、太陽が輝く快晴。学校の敷地内にあるいくつかの運動場からは一般生徒の白熱した歓声が上がっている。流石に野球場ががいくつもあるわけではないため、運動場を2つに区切るなどして行っている。それでも運動場がいくつも存在している時点で改めてこの学園の広さが知れるな。
そして、ライブの時からも分かるが、NPCはこういった行事ごとには基本的に積極的だ。訪れた人間が退屈な思いをしないようにということなのかもしれない。1年に1度のイベントを思い思い楽しんでいるように思えた。
そんな中、無双シリーズ張りに圧倒的戦力を見せつけているには、言うまでもなく我がSSSの面々である。あっちこっちで打っては投げ、打っては投げで一般生徒のチームをボッコボコにしていた。まあ、一般生徒のやつらと違って、戦線メンバーはステータスが異常に高いからな。普通の奴ら相手じゃはなから勝負になんねえし。
「おお!我らが戦線チームはどこも順調に勝ち上がってますよ!」
張りだされているトーナメント表を見て嬉しそうに言うユイ。トーナメント表には、あらかじめちゃんと書かれたチームと、あとから無理やりシードに入りこんだ戦線チームが書かれていた。ゲリラ参加とは、勝ち上がったチームに自分達と勝負して勝った方が次に進めるという、もう無茶苦茶な要求する参加方法だった。
一般生徒は最初こそ渋るものの、結局は受けて立ってくれるから意外と成立してたりする。まあ、その相手もボッコボコにするのだが。おーい、野球しようぜー!お前カモな、状態である。あれ?これなんて外道?
「なんか……頑張って1回戦を勝ち上がった一般生徒のチームが報われねえな」
ザザ……ザザ……
「ん?遊佐か?」
心の中で散っていった一般生徒のチームに両手を合わせて謝罪していると、一応持って来ていたインカムに誰からか連絡が入った。ちなみに刀は置いてきた。天使に見つかると没収されかねないため、今は懐に銃、そして首にひっかけたインカムのみである。そのインカムから連絡が入ったので、おそらく通信士としての仕事だろうとちゃんと装着した。
「はいは~い。こちら神乃」
『……念の為言っときますが、今は作戦中です。もう少し気を引き締めてはどうかと』
「わりい、わりい。で、どうかしたのか?」
『一応役割の確認をと思いまして。とは言っても、あなたは大会に参加しているので難しいとは思いますが』
「そうなるけど……できるだけ頑張るわ。せっかく任された仕事だしな」
試合の合間合間に状況を伝えるくらいできんだろ。インカムはベンチにでも置いとくし、試合がない時は身につけてればいいだけだしな。
『なら、いいのですが……』
「どうかしたのか?」
『いえ、決して無理だけはしないようにしてくださいね』
ゆ、遊佐がオレの心配を……だと?
『あんまり暴れるとインカムが壊れます。それはここでは貴重な物なので』
「……ああ、そう」
『……?何故残念そうな声を出すのですか?』
「いや……何でもねえよ。やっぱ遊佐は遊佐だなって思ってな」
『……?』
通信が切れ、虚しく佇む男子がそこにはいた、というか、オレだった。
ああ、んなことだろうと思ったよ!どうせオレのことじゃねえだろうなって分かってたよ!女子にっ!しかも遊佐みたいなクールで日頃毒舌な奴から心配されたって思って、そのギャップに少しドキッとしちまったよ!文句あるか!?
「おーい、神乃!相手捕まえたから試合始めんぞーー!!」
日向がオレを呼んでいる。どうやら今試合が終わったところに無理やり頼み込んだようだ。はあ、行きますか。どうせ椎名や野田のおかげで圧勝だろうけど。インカムを首に引っかけ直したオレはトボトボと試合を行う野球場へと向かった。
さて、最初に戦った相手だが、結果だけ言おう。圧勝だ。そりゃもう、見事なぐらいの圧勝だった。打者の順番は、音無、日向、椎名、野田、オレ、ユイ、ユイの友人A、ユイの友人Bの順だ。
音無と日向は大抵塁に出るし、椎名と野田に関しては片手でバットを構えていたにもかかわらずホームランを量産していた。一応オレも普通にヒットを出したりしていたが、前2人のせいで何とも微妙な感じがした。違うんよ……オレが地味なんじゃなくて前2人がおかしいだけなんすよ……。
守備に関しても、椎名が大抵捌いてくれるし、無失点だった。
「アホですね」
ユイがそう呟くのも無理はない。何故なら、試合中音無と野田はしょっちゅう言い争いをしていたし(一方的に野田が食ってかかっていたとも言う)、椎名は箒立てたままプレーしてたからな。
「うしっ!とりあえずは1勝だな!」
「これならゆりっぺの罰ゲームは受けなくてすみそうだぜ!」
嬉しそうに喜ぶ日向。この前の違和感が嘘のようだ。
気のせいだったのだろう、と考えなおしたオレの視界にある集団が目に入った。ほーら。こんだけ派手に暴れたせいで御出でなすったぞ。
「………日向」
「ん?どうした神乃?せっかく勝ったんだからもう少し嬉しそうにしろよ」
「そうしたいのは山々なんだが……真打登場みてえだぞ」
オレが指さした方向。そこには制服の上から体育着のジャージを着た天使と、制服だけの男子、そして野球部のユニフォームを来た連中がこちらに向かって歩いてきていた。それを確認したオレはすぐさまインカムの通信をゆりに繋ぐ。
「ゆり、天使が現れたぞ」
『こっちからも見えてるわ。念のため言っとくけど、いきなり力づくなんてしたらダメよ?』
「オレを戦闘狂かなんかと勘違いしてねえか?そんな物騒なマネはしねえよ。で、オレ達はどうすりゃいい?」
『おそらく天使は、ゲリラ参加してきた私達のチームを潰そうとしてくるはずよ』
ふむふむ。
『全戦線メンバーに伝えて。何が何でも野球で天使のチームに勝ちなさい、とね』
ふむふ――って、なに?
「マジかよ……」
『じゃ、健闘を祈るわ』
ブチッという音と共に更新は切れる。オレはゆりのあまりにも無謀な命令にやれやれと首を振ることしかできなかった。ホント、無茶言うなよゆり。今回ばっかりはちょい相手が悪すぎんぞ。
「ゆりは何て?」
「何が何でも天使のチームに勝て、だとよ」
「おいおい、さすがに無理だぞ。相手は全員野球部のレギュラーみたいだし、いくら椎名や野田が打てるとしても相手の攻撃を守りきれねえぞ」
「だよな~……うちは一応素人だし、外野はザルだし、そもそも人数足んねえしな」
よくよく考えたらマジで欠点だらけだな、おい。そのまま日向や音無とどうしたものかと考えているうちに天使のチームはすぐ目の前まで来てしまった。
「とりあえず、ここは俺がなんとかするからお前達はちょっと静かにしてな」
了解。頼んだぞ、日向。
日向が一歩前に出るのを見た天使は、同様に一歩前に出てその小さな口を開いた。
「あなた達のチームは参加登録してない」
「別にいいだろ?参加することに意義がある」
もっともらしい意見を述べる日向に、天使の横に控えていた制服を着た男子が一歩出てきた。初めて見る顔だな。誰だ?どうでもいいけど、近くで見ると天使が野球帽被ってる。意外とノリノリなのかもしれない。
「生徒会副会長の直井です。我々は生徒会チームを結成しました。あなた方が関わるチームは我々が正当な手段で排除していきます」
生徒会副会長こと直井はオレ達を指差しながら言った。ああ、こいつが副会長だったのか。全然知らなかった。にしても排除、ね。あくまで邪魔者扱いか。ごもっともだけど。
そんな正論にオレが苦笑していると、後ろで黙っていたユイがいきなり前に飛び出してきた。おい、バカ。何する気だ。
「はっ!!あったま洗って待っときな!!あたしが返り討ちにしてやる!!」
おいぃぃぃぃぃぃぃ!?なに挑発しちゃってんのぉぉぉぉっ!?
ただでさえ低い勝率がさらに下がるだろうがっ!
「お・ま・えは二三振だったろうが!?あと洗うのは首だ!頭だったら衛生上の身だしなみだ!!」
「いいいい痛いですぅぅぅぅ!!」
怒り任せに日向が関節技をかけて黙らせるがもう遅い。生徒会チームは、フンッと踵を返して、スタスタと自分達の試合へと行ってしまった。あ~あ、やっちまった……。
「はあ……。とりあえず、オレはこのことを他の奴らに伝えてくる」
「悪いな神乃。俺はこいつを締め倒しとくよ」
「先輩痛いですってば!!神乃先輩、ヘルプ!!このままじゃ外れちゃいけない関節が外れそうですーー!!」
「外れてしまえ」
薄情者ぉぉぉ!と言うユイの叫びは無視し、オレは戦線チームを巡ることにした。本当は通信士を1チームに1人は付けたかったのだが、人数の関係上全チームには付いていないためこうしてオレが直接告げに行かないといけなかったりする。だんだんと社畜根性が身に付いていっているとは言ってはいけない。考えないようにしてんだから。
竹山や高松などといった戦線チームにとりあえず生徒会チームに勝て、と伝えておいた。その後日向達のもとへと戻り生徒会チーム対戦線チームの試合を見ることにしたんだが――
「――――やっぱ野球部って卑怯だよな」
「……ああ。どこが正攻法なんだっつーの。素人が勝てるとでも思ってんのか」
オレ達のチームが個々の身体能力に頼りきったプレーだとすれば、生徒会チーム(もう野球部チームでよくね?)は抜群の連携プレーで相手を叩きのめしていた。そして、相手である戦線チームも例外ではない。竹山のチーム、高松のチーム、そのほかの戦線チームも善戦はしていたが次々に敗北していった。オレ達のチームは割り込んだ対戦表だと一番生徒会チームからは離れていたので、当たるのは戦線チームの中で最後となる。
大会は滞りなく進み、とうとうオレ達のチームと生徒会チームの対戦前となった。つまり戦線チームはオレ達のチーム以外全滅だ。はは、もう笑うしかない。ひとまず一通り現実逃避をしたあと現状をゆりに報告。
『言いたいことは分かってるわ……』
うっわ、テンション低くっ!?
「大丈夫か?」
『大丈夫も何もないわよ。せっかく正攻法で天使を叩きのめせるやり方だと思ってたのに……。結局あなた達以外全滅じゃない』
正攻法?ゲリラ参加が正攻法?
『なによ、何か言った?』
何でもありませんとも、マム。
「まあ、そう言うなって。他のチームの奴らも頑張ったんだしさ。ゆりもずっと大会を見てたんなら分かってるだろ?」
『分かってるわよ……。でもなんかムカつく』
「はいはい。じゃ、今から試合だから切るぞ」
『――待ちなさい』
ええ~……まだ愚痴り足りないのかよ。
『今すぐ遊佐さんに連絡をいれて』
「……はい?なんで?」
『いいから!リーダー命令よ。絶対いれなさいよ!』
入れないと酷いんだからねっ!と言い残し、ブチッとまたもや勝手に切られた。なんで今更遊佐に?あいつだって生徒会チームの試合は見てただろうし、特に伝えるようなことはないと思うんだけど。でも、まあ繋がないと後が怖いし、とりあえず遊佐に繋いでみることにした。
「おーい遊佐ーー。聞ーこえーるかー?」
『……ですから、もう少し気を引き締めてください。もう残っているチームはあなた達のチームだけなのですよ?』
「大丈夫、大丈夫。ちゃんと気合いは入ってるって」
『気合いではなく、気を引き締め――もういいです。それで、どうかしたのですか?』
「いやな。なんかゆりがお前に連絡いれろって言ってたから連絡したんだけど、何かあんの?」
『何もありませんが?』
ですよねー。まあ、分かりきってたことだけど。
「やっぱな。じゃあ、もう試合だから行ってくるわ。忙しいのに悪かったな」
『…………』
返事がない。あれ、どうかした?それとももうオレなんかとは話したくないとか?卑屈すぎるだろ、オレ……
「……どした?」
『――な、何でもありません』
「変な奴」
『誰が変な奴ですか……』
「へいへい、そりゃすんませんでした。じゃあ、切るな?」
『……ちょっと待ってください』
「うん?やっぱ何かあったか?」
『いえ、そういうわけでは……』
珍しくはっきりしないな。どうも遊佐らしくない。オレ達の間にわずかな沈黙が漂う。
『……………』
「……………」
『……気をつけてください』
「インカムを壊さないようにってか?」
『…………』
あり?違ったのか?てっきりさっきと同じかと思ったんだけど。
「じゃあ、もしかして――」
『……相手は戦力的にはるかに格上です。おそらく苦戦することは間違いないと思われます』
「…………」
『作戦とはいえ、できれば怪我はしてほしくありません』
「遊佐?」
『だから――無茶はしないでください』
耳を澄まさないとよく聞こえないぐらい小さな声で遊佐が言う。周りは続く試合で盛り上がっており歓声も上がっているというのに、その声だけははっきりと聞き取れた。心配、してくれてるのか?
「……ああ、約束する。ありがとうな、遊佐」
『いえ……』
インカムの電源を切って首にかけ直す。遊佐はオレ個人に言ってくれたのか、もしかしたらオレ達チーム全員に対して言ってくれたのかもしれない。でも、不思議と力が湧いた。遊佐がここまで言ってくれたんだ。こりゃ、一方的にやられるなんてみっともねえところを見せるわけにもいかねえな。
「――プレイボール!!」
審判の試合開始の合図により、とうとう試合が始まった。先攻はオレ達のチーム。1番バッターである音無がバッターボックスに立ち、バットを構える。相手ピッチャーはもちろん野球部のエースの奴だろう。だって背番号1番だし。そいつの第1球目。単純なストレートだった。白い線がピッチャーマウンドからキャッチャーの下へと走る。
「くっ!?」
――だが打てない。単純だが、それは素人が捕えるには速すぎる。とてもじゃないがオレや音無ではバットに当てるのが精一杯だろう。
「おいおい、あんなの卑怯だろ」
結局ファールこそあったものの、三振に終わった音無がベンチに戻ってきた。
「なあに、俺が打ってやるさ。それにそのあとは椎名っちと野田だ。大丈夫だよ」
「頼むぜ日向。絶対負けるわけにはいかねえんだよ」
「……?なんでそんなにやる気が出てんのかよく分かんねえけど、行ってくるぜ」
バットを持ってバッターボックスに向かう日向。日向には珍しく、宣言どおりヒットを打って1塁に進んだ。
次の椎名、その次の野田も若干タイミングを外されながらもヒットを打ち、日向と椎名がホームに帰って来た。
「ナイスだ日向、椎名。やっぱり攻撃力だけはあるよなオレら」
「まあな。問題は守備なんだけど「アウトーー!」――はっ?」
2人に労いの言葉をかけ、攻守が交代した後の事を考えていると突然アウトの判定の声が審判からあがった。ピッチに視線を移すと、何故か野田がアウトになり審判に抗議している。
「音無、何があったんだ?」
「隠し玉だよ。野田がリードしたときにタッチ、だ。まさかこんな球技大会の試合でやるとは思わなかったけど、さすがは天使。抜かりの無い戦術だ」
「ある意味、素人だからこそひっかかる罠だな。正直アウトになったのは痛いけど、2点は取れたんだ。1回表の攻撃としちゃ上出来だろ」
なにやら野田が「ふんぬぅーー!!」とか言いながら、渋々ベンチに戻って来ている。アウトにはなったけどランナーを帰してくれたから感謝しないとな。
「仮にオレが打ったとしても、ホームに帰せる奴がいないからな。まあ、守備の準備をしててくれ」
「先輩!あたしが帰して上げますよ!!」
「はいはい。とりあえずバットに当てるとこから頑張ってくれ」
「まったく期待してない!?」
ユイを適当にあしらいつつ、オレはバットを構えてバッターボックスに立つ。さーて、いくらこれ以上この回じゃ点数とれないとしても、投球には慣れとかねえと。
相手ピッチャーが完璧な投球フォームからボールを投げてきた。さっきよりかは速くなく、軌道はちょうど真ん中ぐらい。
――チャンスッ!!
「だらっ!!」
球を見定めたオレは思いっきりバットを振り抜く。よし捕えた!
――ズバンッ!
「ストライクッ!!」
しかし、オレの振り抜いたバットにボールは当たらない。理由はすぐに分かった。当たる直前にボールが急に下方向に軌道を変えたのだ。
「くそ!フォークかよ。素人相手にどんだけ容赦ねえんだ」
オレへの2投目。今度はシンプルにストレートを放ってきた。変化球を警戒していたオレは球速の速いそれに対して振り遅れ、掠ることすらできない。
そして、3投目。少し手を滑らせたのか甘い位置にボールが来た。今度はそれを見逃すことなく正確に球を打ち抜く。ボールはファーストとセカンドの間をすり抜け、ワンベースヒットとなった。
なんとか打てたか。つっても残りはユイとユイの友達のNPCだしなぁ。いやいや、もしかしたら万に一つの確率でユイが打つかもしれん。運動神経はいいんだから頑張れば当てるくらいは「バッターアウト!!」――できなかったようだ。
結局3アウトとなり攻守交代。今度は相手の攻撃だ。油断してると一気に点数とられちまうからな。気を引き締めねえと。
「しっかし、どうやって相手の攻撃を守るんだ?外野にでも飛ばされてみろ。ランニングホームラン量産されちまうぞ」
「だよな~。外野は1人足りない上にNPCの2人だしな。せめてあと1人って――――うおぉぉっ!?」
何か良い手は無いものかと、なんとなく外野の方を見た日向が突然驚いた声を上げる。
あっ、ちなみにポジションは音無がピッチャー、野田がキャッチャー、オレがファースト、日向がセカンド、ユイがサード、椎名がショート(だっけ?名前忘れた)、NPC2人が外野で真ん中寄りに守っている。
「どうしたんだよ日向。外野がどうかしたのか――って、松下五段!?」
急に驚きだした日向に怪訝な顔をしつつもオレも外野へと視線を移す。すると、そこには外野の真ん中に柔道着を着て肉うどんを食いながらグローブを構える五段がいた。おい、ちょっと待て。色々とどういうことだ。
「ああ。肉うどんの食券が余ってたから譲ってやったんだ」
「よくやった音無!あいつは食いもんの義理は絶対に忘れない!これで一番のウィークポイントが解消されたぜ!!」
「痛たたたたた!?なんで私がっ!?あ、あとで殺す!!」
何故かユイに関節技をかけながら喜ぶ日向。ほんっと、仲良いなこいつら。てか、松下五段って運動どんくらいできんだ?体が大きいからあんまり移動の激しいスポーツは得意そうに見えないんだけど。ダンスだって正直上手いとは言えなかったし。
ところがぎっちょん。やはり戦線メンバーは普通じゃなかった。五段は外野にボールが飛んでくると、その場に肉うどんを置いてローリングキャッチをしたり、肉うどんを片手に持ったままキャッチしたりと器用なプレーを見せてくれた。しかも肉うどんのダシを一滴たりともこぼしていない。いくらなんでも器用すぎるだろう。
「うわ……アホだ」
「もはや雑技団だな」
「なんかシュール」
とまあ、中国雑技団も真っ青な松下五段の活躍もあり、失点も最小限に抑えたシーソーゲームになった。
そして迎えるは最終回裏。点数はこちらが1点リード。2アウト、ランナー2、3塁だ。つまり、この攻撃を守りきればオレ達の勝ちだ。試合中、天使が何か仕掛けてくるかと思ったが、あくまで公平に勝敗をつけるようだ。ルールにのっとった正々堂々とした勝負が続いている。
「タイム!!」
ピッチャーである音無がタイム時間をとり、日向の下へと向かう。それを見たオレも一緒に集まることにした。
~日向 side~
勝てるかもしれねえ。
最終回……1点差……2アウト…ランナー2、3塁……?
「タイム!」
――――待てよ、この状況って……!
「やべえな。抑える自信がねえよ。なあ、神乃、ピッチャー変わってくれないか?」
「いやいや、今さら何言ってんだよ。こんな状況じゃ変わりたくねえよ。大丈夫だ音無。そんなお前でもオレは応援してる」
「う~ん、だよな。なあ日向、ピッチャー変わって――日向?」
まさか……まさか……!
「どうした、日向?」
「――えっ?」
「ボーとしてたぞ。どうかしたのか?」
不思議そうに俺を見てくる音無。その隣では目を鋭くさせた神乃がクシャリと顔をしかめて俺を見つめていた。
「あ、ああ。いや……生きてる時に似たようなことがあったっけってな」
今さら悔いてもしょうがねえってことは分かってる。
――でも、
「すげえ大事な試合だったんだ」
握っていた拳が痛い。いつの間にか強く握り過ぎていたようだ。
「お前……震えてるのか?」
音無に指摘されて初めて気づいた。俺の体はかすかに震えていた。
「本当だ……。変だな」
「何があった?」
「……おい、音無」
「いや、いいんだ神乃。気遣いサンキューな」
俺は運命が決まったあの試合を思い出し始めていた。いや、俺自身忘れた気になっていて、本当はずっと後悔していたのかもしれない。だから、記憶の奥底に押し込んで、思い出さないようにしていたのかもな。
俺は野球部で、甲子園目指してた。死にそうに暑くて、口ん中泥の味しかしなくて。最後の地方大会の最終回。2アウトでランナーが2、3塁にいたんだ。
そんなとき簡単なセカンドフライ上がったんだ。落下地点だってほぼ定位置だった。ただ、それを取れたのか、落としちまったのか、それだけは思い出せねえ。
「――――いや、取れてたんなら忘れるわけねえな。……きっと、取れなかったんだ」
その言葉がきっかけとなり、押し込んでいたあの後の記憶が蘇ってくる。今まで一緒に戦って、信じていたチームメイトからの浴びせられる罵声や暴言。落ちこむ俺にそれはまるで刃物だった。彼らから発せられる言葉の1つ1つに突き刺すような痛みと絶望感が襲った。
そんな時、野球部の先輩からある物を受け取った。どういう意図で俺に渡してきたのかは知らない。でも、それは絶対に手を出しちゃいけない物だった。
俺はそれをどうしたのかは思い出せない。もしかしたら使ったのかもしれないし、捨てちまったのかもしれない。
だって、そのあと俺は――――
~神乃 side~
話し終わった日向は何を考えているのか分からない曖昧な笑みを浮かべた。その表情が、あの日、あの時消えた岩沢と重なる。
「お前……消えるのか?」
音無が悲しそうな、苦しそうな、そんな表情をしてを日向に問いかける。
「お前、この試合に勝ったら……消えるのか?」
「……消えねえよ。なんで、こんなことで……消えるかよ」
そう言うと日向は黙り込む。音無はそんな日向の様子に、何かを言おうとしたが結局何も言わずにマウンドへと戻って行った。顔に浮かべていたのは葛藤。どんな言葉をかけてあげられたのか、そう悩んでいる表情だった。
「日向……」
「…………」
音無は日向に何も言わなかったが、オレは1つだけ日向に言っておきたいことがあった。聞きようによっては残酷で冷酷な言葉かもしれない。それでも言っておきたかった。
「オレはお前がどんな判断をするかなんて分かんねえけど……」
「…………」
「自分の思うようにしろ」
「――っ!!」
「自分の心で決めたことに正直に向き合え。そうやって出したお前の答えをオレは尊重する。誰が何と言おうと、自分の想いだけは貫き通せ」
後悔しないようにな、と最後に付けたオレは自分のポジションへと戻った。グローブを構え、音無が投げるのを待つ。さっき口ではあんなことを言ったが、正直に言うとオレは日向には消えてほしくない。
確かに日向はバカだ。人望もないし、騒がしいし、正直頼りになるかは微妙だ。けど、あんな友達思い、仲間思いの奴なんてオレは見たことがない。日向といると退屈なんてありえないぐらいメチャクチャ楽しい。それがオレの素直な思いだった。
――だけど
日向には日向の決断があるんだ。オレにはどうこうできることはないし、何かをしようとも思わない。だって、大切な友人が決めたことだしな。
そして、ついに音無がボールを投球した。ボールは野田の構えるミットへと真っ直ぐに飛び、そして――――
――――カキーン!
バッターの振り抜いたバットに打ち抜かれた。ボールは眩しい青空へと舞い上がる。落下ポイントは――
「日向……」
――神様の野郎は本当に意地が悪いらしい。どこまでも決断を迫ろうというのか。打ち上げられた打球、偶然か必然か、そのポイントは日向の最後の試合と同じだった。
一瞬呆けた日向だったが、やがて何かにつられるように日向はミットを構える。その顔には岩沢の最後と同じような穏やかな笑みがあった。
「日向ぁぁぁ!!」
音無が日向に向かって駆け出した。止める、つもりなのだろう。オレだって、オレだって本当は止めたかった。でも、仕方がないじゃないか。あんな顔をした奴を何故止められる?長い苦しみから解放される友人を、どうして止められる?
ボールは重力に逆らうことなく日向のミットへと落下していく。音無も懸命に走るが、もう間に合わない。
――――そして
「隙ありぃぃぃぃぃ!!!」
「ブゴファァァァ!!??」
―――――はい?
「よくも卍固めしまくってくれたなこのぉぉぉ!!」
「ぐわおぉぉぉぉ!?」
日向がボールを捕球する寸前、ユイが日向に飛びかかりいきなり関節技でリベンジ。
って、ユイぃぃぃ!?何やっちゃってんのお前!?まさかのキャンセルコマンド!?おい、誰だBボタン連打した奴!
オレはもちろん、音無や相手チームすらポカン状態である。打球はもちろん地面へと落ち、その間にランナーがホームイン。いつの間にか逆転されてしまった。
「食らえおらぁぁぁぁ!!」
「ぐぐぐ、て、てめえはこんな時に……!!」
ようやくユイの技から抜け出した日向は、今度は逆にユイを技にはめだした。
「何してんだゴラァァァァ!!」
「ずびばせん!!づぎはちゃんと頃合いを見計らいますぅぅぅ!!タップタップ!!」
「知るかぁぁぁぁぁ!!てめえ!今のだけは絶対に許さん!!」
2人のやりとりに呆気にとられている間にランナーがホームに戻り、そのままゲームセット!という審判のかけ声により試合はオレ達は敗北。SSSの球技大会ゲリラ参加は終了してしまった。
やれやれ、日向が残ってくれたのは嬉しいが……ゆりが怖い。もうメッチャ怖い。さっきから凄い視線を感じる。もはや、妖怪レベル。目玉おやじもビックリだ。
「――――2人とも、消えてくれ」
父さん!妖気です!
後日談になるが、罰ゲームは日向とユイが受けることとなった。
ゆりは今まで見たことがないくらいブチギレてて、罰ゲームが終わると2人は魂が抜けたかのようにフラフラになっていた。しかも、ゆりを見ると発狂しだすオプション付き。その症状はしばらく治らないレベルだった。
マジでどんな罰ゲームだったんだ。気にはなるが絶対に受けたくねえ……。
ということで球技大会は終了です。どうだったでしょうか?
AB!しかりリトバスしかり、だーまえさんは野球が好きなのですかね?今度出るゲームでも野球のミニゲームとかあるんでしょうか?とても楽しみです。
三が日も終わったのでこれからもボチボチ投稿していきたいと思います。毎日は難しいですが、なるべく間を開けないようにしていけたらいいなと思います。
感想、アドバイス、評価をお待ちしています!