死後で繋がる物語   作:四季燦々

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遅くなって申し訳ありませんでしたぁぁぁぁぁ!!

理由を述べさせていただくと、バイトのせいで執筆時間が取れなかったということが8割。残りの2割は本編完結のせいで謎の喪失感に襲われていたからであります!

また、この話を読む際の注意事項として今回は第3者視点の文章となっていることをご理解ください。また、時系列的にコハクは出てこないです。


番外編
Limit of tension


規格外の広さと生徒数を誇る学園、『天上学園』。並みの高校とは比べ物にならないほどの規模の学園であるが、この学園の事を説明する際に特筆することはそこではない。

 

天上学園が存在する世界は『死後の世界』。生者として存在した世界で何かしらの悔いを残した者達が集う世界だ。誰の意思によるものかは分からないが、この世界に迷い込む彼ら彼女らは確かに存在している。

 

その中に自分達に理不尽な人生を強いた神に反旗を翻す者達がいた。これはその者達の幾重にも続いた日々の、ほんの一部分の時間の話である。

 

 

 

 

 

天上学園は学園の名を冠するとおり中身は普通の高校である。ということは当たり前のように授業が行われ、現在も教室ではいつものように授業が行われていた。教師の板書を書き写す生徒達の中に、一際目立つ集団がいた。学ランを着用する生徒達とは別にブレザーの制服や、勝手に改造したセーラー服を着る少年少女達こそ神に抗う者達。その集団の名は『死んだ世界戦線』――通称SSSである。

 

ちなみにだが、この名前に落ち着くまでに様々な経緯があったのだが今回は割愛しよう。フジツボ戦線だの今日のわんこ戦線だの絶体絶命戦線だの、もはや何がしたいんだお前らとツッコミを入れたくなる名前が連なっていたことだけは明記しておく。

 

そんな彼らは本来であれば授業になど出ない。何故なら普通の高校生活を送るとそれに満足し成仏――つまりこの世界から消えてしまいかねないからだ。神との対立もまだまだこれからというのにそう簡単に消えてたまるか、というのがSSSのリーダーである少女の言葉である。

 

では、何故そのような危険性を冒してまで彼らが授業に出ているのか。その理由を語るには数刻ほど遡らなければならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆に集まってもらったのは他でもない。これよりオペレーション『ハイテンション・シンドローム』を行う」

 

対天使対策本部と位置付けられた校長室で、その校長の椅子にドカリと座り宣言したのはSSSのリーダー(独裁者)である『仲村 ゆり』である。いつもであればその言葉にわっと沸き上がるメンバー達なのだが、今回は誰一人として反応を見せなかった。そのことに比較的新入りであるオレンジ髪の少年とツンツンと黒髪を立たせた少年達が首を傾げた。

 

「――えっ?なんでノーリアクション?」

 

「どうしたよ、お前ら。こういう時いつもなら大騒ぎしてんだろ。特に大山。お前そういう担当だろ?」

 

オレンジ髪の少年は『音無』。そして黒髪の少年は『神乃』である。神乃に『大山』と呼ばれた中性的な顔立ちの少年は、アハハ……と頭を掻きながらその疑念に答えた。

 

「確かにいつもならそうなんだけど、僕も今回のは初耳で」

 

「ええ。初めて聞くオペレーションですね」

 

大山の後に続いたのは眼鏡をかけた『高松』だ。4人の反応を見届けたゆりはニンマリと満足そうに笑みを浮かべる。

 

「ふふっ、今回新しく生み出したのよ」

 

「ゆりっぺ、そいつはどんな作戦なんだ?」

 

得意げに笑うゆりにハルバートを携えたワイルドな『野田』が尋ねた。ゆりは肘を立てて両手を組みながらその問いかけに応える。俗に言うゲンドウポーズである。逃げちゃダメなその息子はここにはいない。生徒会副会長の中の人とは言ってはいけないのだ。

 

「簡単な事よ。1日中()()()()()()()()()()()()()()()()だけよ」

 

『はあっ?』

 

「何をするにもハイテンション。移動の時は全力疾走、ジュースを飲む時は一気飲み、話しかけるときは大声で、食事をするならフードファイト、本を読むなら感情まで込めて読む。ああ、あと笑顔も忘れずにね。そうして全ての行動をハイテンションで行い、あたかも学園生活を満喫しているように見せるの」

 

「それが何になるってんだよ、ゆりっぺ。そもそも満喫しちまったら消えちまうんじゃねえのか?」

 

長ドスを床についたヤンキーのような少年がゆりへと尋ねる。しかし、『藤巻』と言う名のその少年の不安に答えたのはゆりではなく、青い髪をしたやんちゃそうな少年、『日向』だった。

 

「――いや、消えはしない。実際はオペレーション通り、これはハイテンションを装い続けるだけの余興……。いわば罰ゲームのようなものだ……!」

 

「げえっ!なんだよそれは……」

 

「あさはかなり」

 

日向の言葉に顔をひきつらせた藤巻とは別に、部屋の隅にいたくノ一のような出で立ちをした少女もポツリと言葉を零す。その名は『椎名』。SSSが誇る最強戦力だ。

 

「そう、それは私達にとっては苦行でしかないわ。でも、『天使』はお人好し様だからそんな私達を見て、どうしてこんなに楽しそうに学園生活を謳歌しているにも関わらず成仏して消えないのか、と不思議に思うはず」

 

ゆりの言う天使とは天上学園に生徒会長である少女の事だ。作り物のような美しい姿の少女は自分達の敵であり、一刻も早く自分達を成仏させ消し去ろうとしているというのが彼らの認識だ。故に、最大のライバルであるその天使に対抗するため彼らは作戦を惜しまない。だから、このような作戦を考え出したりするのだ。

 

もっとも常にハイテンションなど軽く死ねる。何があろうと死ぬことは無いこの世界だが、その分の痛みや辛さは実際に味わうのだ。もはやマゾの領域のオペレーションである。そのうちテンションが100になってスーパーハイテンションとかいう界王拳を使うような赤いオーラを纏うまである。

 

「――すると天使はどう出るかしら」

 

「どうにか出るのか?」

 

「出るわよ。私達が学園生活を喜んで送っている。それは成仏の条件のはず。なのに私達は一向に消えない。『一体全体どういうことっ!?』とこれまで1度もなかったイレギュラーな事態に、彼女はコンタクトをとろうとする」

 

「似てないぞ、ゆり」

 

「うっさいわね、剥ぎ取るわよ」

 

「何をっ!?」

 

茶々を入れた神乃にどぎつい視線を向け恐ろしい事言うリーダー。何を剥ぎ取られるのか分からないがとりあえず黙っておくのが正解だと口を閉ざした。入れ替わるように音無が「まさか……!」と呟き、ようやく気付いたのかとゆりは1番の笑みを浮かべた。

 

「そう、神にっ!この世界の異常が起きていることを伝えに行くはず。その後を追えば私達は導かれるのよ!神の下へっ!」

 

おおおっ……!とゆりの発言に感心する面々。ちなみに薄々感づいているだろうが、彼らはアホである。壮大な作戦を思いつき実行するものの、基本的に中身は無い。この驚嘆も『なんか凄そう』と言うレベルだ。いい加減知力特化のメンバーが欲しいSSSであった。

 

「――そいつはすげえ作戦だが、俺達はどれだけ頑張ればいいんだ?」

 

「今日の午前9時から作戦スタート。午後9時をもって作戦終了よ」

 

「12時間もっ!?」

 

「アホかっ!んな状態でそんな長時間いたら死ぬわっ!」

 

「ハイテンションなのは天使の前だけでいいんだよなっ!?」

 

あまりの作戦の長さに驚きの表情を隠せないメンバー。藤巻の縋るような問いかけに、ゆりはさもあらんと言わんばかりに鼻を鳴らした。

 

「天使がどこで見ているか分からないじゃない。常時よ、常時」

 

「うおい待てっ!ならば連続して12時間も俺達にハイテンションを維持しろとっ!?」

 

「そうよ。ちなみに作戦が失敗したら――――皆で1週間断食ね」

 

『うえぇぇぇぇぇぇ!?』

 

悪魔のような笑みを浮かべながら非道な発言をするリーダーは中身も悪魔だった。もはや魔王が裸足で逃げるレベル。はたらく魔王様だってもっと慈悲深い。1週間断食など頑張れば5回は死ねる。作戦失敗は許さん、慈悲はない。

 

「ぐぐぐっ……この俺のキャラで可能なのか……!なんたるオペレーション……!」

 

腕を組みつつ本気で悩む大柄の男子。『松下五段』と呼ばれるその男子は基本的に寡黙だが、今回の作戦では彼の意外な一面を垣間見ることができるかも知れない。

 

「ちなみに私は天使の監視役だから除外ね。皆、よろしくぅ!」

 

『なあっ!?』

 

「おいっ!ずるいぞゆり!!」

 

「うっさいわね。リーダー権限よ」

 

「横暴すぎるっ!だいたい――」

 

――瞬間、チュドンという音が本部内へと響き渡る。その音の発生源はゆりの手元だ。彼女の手には黒光りする現代兵器が握られており、文句の1つでも言ってやろうとした神乃の意欲を容赦なく削ぎ落とした。

 

「――何か問題が?」

 

「全然無しのオールグリーンですマムっ!!」

 

「そっ。じゃあよろしくね。オペレーション……スタートッ!!」

 

こうして奇しくもSSSメンバーによる12時間耐久ハイテンションレースが開幕したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うまうまうまっ!!なんだこれすごく美味い!!ああっ!なんておいしいポテチなんだっ!!」

 

「うおっしゃああ!ひなっち先輩遊ぶぞぉぉぉぉ!!可愛い女の子が誘ってんだこの幸せ者めぇぇ!!おらぁぁぁぁ!!」

 

「それは幸せかもしれないが、残念ながらこれから俺は音無と神乃の3人でキャッチボールをすることになってるんだぁぁぁぁぁ!!」

 

「えええっ!?」

 

「うっしゃぁぁぁ!上等だ日向ぁぁぁっ!!かかってこいやぁぁぁぁ!ぶっつぶしてやるぅぁぁぁぁ!!」

 

「やっぱ男同士キャッチボールだぜぃっ!!」

 

「おうともよっ!!貴様を木端微塵にしてやらぁぁぁ!!」

 

「ちょいちょい言い回しが物騒だけど別にいっかぁぁ!!うっしゃぁぁぁいっくぜぇぇぇぇ!!」

 

――もはやそこは世紀末であった。混沌と書いて発狂と読む。正気を保っている者などほぼいない。一応まだ始まってそれほど経っていないのだが、すでにフルスロットルである。ペース配分?何それ食えんの?

 

「よっしゃぁぁぁ!!それなら私はガルデモの練習だぁぁぁ!バンド大好きっ子だからなぁぁぁ!うはははぁっ!!」

 

「おおっ!粋なラブソングでも歌ってこい――」

 

「ああっ!最高のラブソング書いて歌ってきてやらぁ!!ハンマーじゃあ!!!うおりゃぁぁぁ!!」

 

エンジン全開でギターをかき鳴らし本部の扉を破壊して走り去るユイ。流石に彼女の奇行にテンションの高かった日向も一瞬冷静になる。小学生とかが悪ふざけをしていて誰かの目に手が当たってしまい一気に空気が冷めるアレである。

 

ほんの少しユイに引いていた彼らだったが、今のSSSにとってはそのわずかな時間も許されない。何故なら作戦の失敗=死だからだ。走り出したら止まれない。

 

「よ、よっしゃぁぁぁぁ!!音無っ!神乃ぉ!!キャッチボールするかぁぁぁ!!」

 

「そうだそうだぁ!!いつまでのん気に座ってんだよ音無ぃ!!さっさと行くぞぉぉぉ!!」

 

「ボールを投げ合うんだぜぇ!?考えるだけで最高に楽しいじゃねえかっ!ゾクゾクしてくるぜぇ!!」

 

「ボールは友達だぞぉぉ!!漫画も球技も全然ちげえけどなぁ!!」

 

「あ、ああ……」

 

気を取り直した?日向と神乃の勢いにタジタジとなりながらもきちんと返事を返す音無。端からみたら異常者に絡まれているようにしか見えない彼だが、そこは友人としてきちんと答えていた。嫌な友情関係である。と、そこに長物の武器を構えた第3者が乱入してくる。

 

「ちょっと待ててぇぇ!!俺も混ぜろォォォ!!!」

 

「うおわぁぁぁ!!て、てめえそれ素だろ!!」

 

本部にあったテーブルにハルバートを叩き込んで破壊した野田が、それでも止まらずにブンブンとそれを回しながら言う。ダイナミック仲間に入れてである。テーブル、解せぬ。

 

「素でこんなこと言うかぁぁぁ!3人で投げ合うなら打つ奴がいる方がもっと楽しいんじゃねえのかって言ってやってんだろうがぁぁ!!!」

 

「あぶねえぇぇぇ!!おまっ!今避けなかったら首飛んでたぞバカッ!!」

 

「それは盲点だったっ!!そいつは楽しそうだっ!!!」

 

「無視かよゴラァァ!!でも、楽しそうだしもういいっかぁぁ!!」

 

「だから混ぜろって言ったんだろうが!まぁぁぜぇぇろぉぉやぁぁ!!」

 

「おおっ!まぁぁぜぇぇてぇぇやぁぁるぅぅぜぇぇ!!」

 

互いに目を血走らせながら全力で言葉を交わしあう。すでに現段階で言葉のキャッチーボールがおかしいとは言ってはいけない。

 

「おまえらぁぁ!!それなら外野の守備もいた方がいいんと違うかぁぁぁ!!」

 

「おおっ!松下五段!!そのとおりだぁぁ!!」

 

「結構ノリノリじゃねえかっ!とはツッコまねえぞおらぁぁぁ!!」

 

「よっしゃあぁぁぁ!!俺もはいるぅぅぅ!!」

 

先程まで俺にできるのかとほざいていた松下五段であるが、その実かなりノリノリだった。だが、彼の本心曰くここでノッておかないとこの先詰むと考えていたりするのだが、それは本人だけの秘密だろう。

 

「ちょっとぉぉ!!私もいれてくれませんかぁぁ!!」

 

「おおおっ!お前すでにやる気満々じゃねえかぁぁ!!」

 

絶叫しながら話に入り込んできたのは上の服を全て脱ぎ上半身裸になった高松だ。顔からは想像できないほど隆起した筋肉が激しい自己主張をしており、日向に投げつけられたボールすら容易に跳ね返す。テンションの高さもあい余ってぶっちゃけかなりキモい。

 

「私は野球をやるためにこの筋肉を鍛え上げてきたんですからぁぁぁ!!」

 

「そうだったのかぁ!!やべえ……!もの凄い楽しいことになりそうだぞこれはぁぁぁ!!ようしっ!グランドに行くかぁぁぁ!!」

 

『うおおおおおぉぉぉぉぉぉっ!!!』

 

「ちょっ!?ちょっと待てええぇぇ!!」

 

依然としてこの状況についていけていない音無の襟首を掴んだ日向に続き神乃、野田、松下五段、高松も本部を後にする。ちなみに、まだ本部にはTKと藤巻とポテチを食べ続ける大山がいたが、彼らもゆりの「あなた達はどうするの?」という問いかけという名の脅迫を受け急いで出て行った。食堂で学食で食べつくすつもりらしい。

 

加えるとすれば椎名もいたはずなのだが、いつの間にか姿を消していた。あさはかなり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あああっ!!『遊佐』はっけぇぇぇん!!」

 

野球の準備をするため道具を取りに校舎内を走り回っていた神乃一同は、金色の髪をツインテールにまとめた少女――遊佐と遭遇した。彼女は神乃が配属されている通信班の事実上のトップであり、神乃の通信班での相棒でもある。

 

「日向ぁぁぁ!!先に準備しといてくれ!すぐに行くから!!」

 

「おうよぉぉぉ!!待っててやるからさっさと来いやぁぁぁ!!」

 

そう日向に伝えた神乃は砂煙を巻き上げながら走り去っていった日向達を見送ると遊佐へと向き直る。常日頃から無表情、無言、ノーリアクションを地で行く彼女は作戦中にも関わらずいつも通りだった。

 

「いよう遊佐ぁぁ!ご機嫌麗しゅうぅぅ!?」

 

「――うっとうしいです。その話し方やめてください」

 

「アッハイ」

 

一瞬だった。あれだけテンション高めで話しかけた神乃を遊佐は毒舌でねじ伏せた。彼女に頭が上がらないのは出会った時からだが、徐々にひれ伏すタイミングが早くなっている気がすると神乃は内心思う。着実に教育されていることに気付かない少年だった。

 

しかしだ。今は作戦中である。このままでは一週間断食という洒落にならない事態になってしまう。

 

「いや、でもさ。テンション上げていかねえと作戦失敗になっちまうぜ?」

 

「――っ!それもそうですね……」

 

そう言って考え込む遊佐。そこで神乃ははたと気が付く。そういえば、彼女がテンション高いところを見たことがないなと。今ならテンションの高い彼女が見れるのではないかと。

 

お前が天才かと内心で自賛する。ここでうまくそんな彼女を引き出すことができれば、いやいやながら参加したこの作戦にも少なからず意味があるのではないかと考えた神乃は、さっそくその計画を実行するために自身にできる最大限の話術を発揮し始めた。

 

「ほらほら!テンションアップアップ!へいへい遊佐さん!テンション上げ上げ!」

 

訂正。話術ではなく単なる煽りだった。アホである。

 

「――――ぃ」

 

「…………?」

 

 

 

 

「い、いぇーい?」

 

 

 

 

掠れるような声量で漏れたのは疑問形の声だった。その言葉に神乃は絶句する。遊佐は遊佐で自身の言ったことを今更ながら後悔し始めたのか、ジワジワと顔が赤くなり始めていた。

 

「…………」

 

「…………」

 

「……その……なんかすまん」

 

「謝られると私の立つ瀬がないのでやめてください」

 

やや赤面しつつ視線を逸らす遊佐。神乃は内心、「おいおい可愛過ぎんだろ!なにその恥じらい!オレのテンションが上がるわっ!!」と眼福眼福と頷いているのだが決して表には出さない。題したら最後、毒舌と罵倒のラッシュによりKOされる。

 

「人の顔見てニヤニヤしないでください本気で気持ち悪いですというかこちらを見ないでくださいゆりっぺさんを呼んで説教してもらいますよ」

 

「辛辣すぎるっ!!」

 

どうやら沸き上がるテンションを隠しきれなかったらしい。おまけに間髪いれずに吐かれる毒舌が切れ味が今日はまた一段と鋭かった。これはこれで彼女なりにテンションが高いのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遊佐と別れた神乃は日向達を追いかけた。ちょうど彼が合流した時には道具の準備はできており、あとは集めた道具を持ってグラウンドへと向かうのみという状況だった。ちなみに、神乃が来るのが遅かったためいつもより3割増しで好戦的な野田が斬りかかってくるという事態が発生したが、それは割りとどうでもいいことだ。

 

「うっしゃあぁぁぁ楽しみすぎるぜぇぇぇぇ!!音無もそうだろっ!?」

 

「あ、ああ」

 

「Ya・kyu・u!Ya・kyu・u!Ya・kyu・u!」

 

ドラクエよろしく一列に並んで鬼のようなテンションで行進していた彼らだったが、そのいかにもトチ狂った集団を呼び止める勇者がいた。

 

「――あなた達、これから何するの?」

 

『う゛っ!?』

 

――もとい天使がいた。相変わらず神がかった容姿をする彼女の一言にハイテンションは彼らの熱が一気に冷まされる。天使はいてつく波動を放ったっ!神乃達にかかっていた特殊効果が切れたっ!

 

「いきなり出た……!」

 

「おいっ、どうすんだよ日向……!」

 

「決まってんだろ……!」

 

ぼそぼそと短い会話を交わしたのち、一番先頭を歩いていた日向が天使の前に躍り出る。もはやうざい領域に達しているそのテンションにも関わらず、天使は眉1つ動かさず無表情でそれを眺めている。なんともシュールな光景だ。

 

「草野球さぁぁ!!それが青春ってもんだろっ!!」

 

「青春?」

 

「なあっ!お前らっ!」

 

「青春だっ!」

「青春ですっ!」

「青春だぜっ!」

「青春ですたいっ!」

 

「なっ!」

 

いや、なっ!と言われても……。こいつら何がしたいんだ、と言うのが第三者からした率直な感想だろう。それは天使とて変わらない。彼女はアホ共の発言を軽くスルーし、用件だけを伝える判断を下した。

 

「――もうすぐ2時間目よ」

 

断罪するかのように告げられた瞬間、日向がズサッと崩れ落ちる。「ぬかったぁぁぁぁ!!」と膝まづく日向に同調するようにバットやらグローブやらを取り落とす神乃達。欠片も慈悲はなかった。

 

「……しかし!案ずることはない!勉学もまた青春だあぁぁぁ!!」

 

「授業を受けるの?」

 

「もちろんだともっ!!のぉあ!皆ぁ!!」

 

「おうともよっ!勉学こそ青春!草野球など、クソくらえだぁっ!!」

 

「今やぁ学び書なりぃ!!」

 

「はいっ!この筋肉は勉学に励むために鍛え上げてきたんですからぁぁ!!」

 

「Be・n・gaku!Be・n・gaku!Be・n・gaku!」

 

うぉぉぉぉぉ!!と盛り上がる日向(バカ)達。それを天使は不思議そうな目で見つめ、唯一正常な音無は引きつった笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして話の冒頭部分に戻るわけである。回想が長すぎとか言ってはいけない。板書を終えた教師が教科書を片手に生徒側へと振り返り、自身が今書いた部分をまとめるように語りだす。

 

「ええ、つまり。江戸幕府の大老、井伊直弼が――」

 

「井伊直弼キタァァァァァァ!!」

 

「な、なんだねっ!?」

 

だが、しかし。教師の言葉を途中で遮った日向が座席から立ち上がり、ネット住民のように熱く語りだす。曰く、彼にとって井伊直弼はスーパーヒーローであり思わず興奮してしまったらしい。知るか。

 

さらに畳みかけるようにSSSのメンバーが立ち上がり、好き勝手に発言していく。

 

「本能寺……本能寺の変はまだかぁぁぁぁ!!」

 

「――もうそこは終わったが」

 

「明智光秀ぇぇぇ!」

 

討ち取られた武士を表現するかのように崩れる野田。

 

「生類憐みの令っ!生類憐みの令ををください先生!」

 

「今度はなんだっ!?」

 

「今こそ生類憐みの令です!先生っ!」

 

「そこも済んだが……」

 

「江戸、幕府……!」

 

宣告された言葉に血反吐を吐く高松。

 

「先生っ!織田信長が実は女の子だったって言う可能性はありますかっ!例えば織田信奈とかそんな感じの名前でっ!」

 

「ありません」

 

「なん……だと……!!」

 

脳内お花畑の発言をしてあまりの絶望に死神代行と化す神乃。

 

「くぉらぁぁ!うるさいぞぉ!お前らは蘇我入鹿かぁ!!日本史だけに、なっ!」

 

もはや上手いのかすら分からない渾身のネタを言う松下五段。

 

「そうです先生っ!こいつらの事なんかほっといて最近進めてください!もっと教えてください!もっと学びたいんです!」

 

「Hey!teach me!Come on!」

 

「先生っ!戦国時代ってBASARAってたって本当ですかっ!?」

 

――だいぶ収拾がつかなくなってところで天使に無言の鎮圧を受けたSSSだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

授業は移って今度は世界史だ。先ほど天使から無言の腹パン、もとい鎮圧を受けたSSSメンバーは大人しく授業を受ける――わけもなく、やはり教室内はカオスと化していた。

 

「――フランス革命戦争では特権階級の象徴として、ルイ14世とマリー・アントワネットが――」

 

「マァルィィィィキタァァァァァ!!!」

 

「な、なんだね!?」

 

「すいませんっ!マリーは僕の中で萌えヒロインなのでぇ!思わず興奮してしまいましたぁ!!」

 

素直にキモいと言えるほどクネクネ動く日向。ギロチンで斬首されてしまえ。

 

「ワットの蒸気機関……!」

 

「――えっ?」

 

「ワットの蒸気機関の発明はまだかぁぁぁぁ!!」

 

「――すでに発明されてるが……」

 

「シュッポォォォォ!」

 

「いや、蒸気機関車はまだだが……」

 

椅子の上で機関車と化した野田。

 

「第2次ポエニ戦争!今こそ第2次ポエニ戦争です!先生っ!」

 

「そこも済んだが……」

 

「がふっ!ポエ二、幕府……!」

 

「そんな幕府は存在せん」

 

ぼくのかんがえたさいきょうの幕府の存在を否定される高松。

 

「先生っ!アーサー王が実は女の子だったって本当ですかっ!約束された勝利の剣を持って聖杯戦争に参加しちゃうほど強かったってマジですかっ!!」

 

「そんな事実はない」

 

「なんでさぁぁぁぁ!!」

 

アホ毛の生えた騎士王の存在を否定され、衛宮と化す神乃。そのうち守護者になりそうである。

 

「こおらぁぁぁ!うるさいぞっ!お前らはチンギスハァァンかぁ!!世界史だけに、なっ!」

 

ドヤ顔で上手いことを言った気になっている松下五段。

 

思うことは色々とあると思うが、どう考えても収拾がつかない、友人たちの思わず泣きそうな醜態に頭を抱える音無。唯一正気でいることが拷問とかなにそれハードすぎる。

 

ちなみに今回も天使によって天誅が下された彼らだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いよぅし!今度こそ野球だぜぇぇぇ!!」

 

放課後。結局その日の授業を全て受けきった彼らは教室で大盛り上がりを見せていた。これまでの経過ですでに身体はボロボロになっている。まあ、騒ぐ→天誅→騒ぐ→天誅→騒ぐ……の無限ループを繰り返していたため仕方がないと言えば仕方がない。因果応報だの自業自得だのという言葉は彼らには不要なのだ。

 

日向の一声にイィィィヤッホォォォォォ!!と配管工のようなテンションで応える他のメンバーだったが、またもやその行方を遮る者がいた。言わずもがな、天使である。彼女は手に持ったモップを差しだし、ただ一言こう言った。

 

「――掃除がまだ」

 

冷水をぶっかけられたように一瞬静まる神乃達。だが、しかし、彼も無駄にテンション上げて過ごしていたわけではない。すぐさまその冷たさに反抗するがの如くうぉぉぉぉぉと引き上げる。

 

「そぉうだ!!死んだ無念を掃除ではらそうぉぉぉ!!」

 

「良い考えだっ!だがモップなんて生易しいものには頼らないっ!男なら雑巾がけっ!!」

 

「んんっ!!雑巾がけで勝負だぁ!!」

 

「この身体っ!雑巾がけの為に作ってきたも同然!!その封印が説かれる時がきたぁぁぁぁぁ!!」

 

「上等じゃぁぁぁぁ!!マリカーも真っ青な雑巾ドライブテクを見せてやらぁぁぁ!!」

 

うらぁぁぁぁぁ!!と廊下に飛び出していくメンバー。音無もそんな彼らのテンションにもうはやどうとでもなれと言わんばかりに続く。

 

NPC達が見守る中、デンッ!と廊下にスタンバッた彼らは日向の合図により一斉にスタートした。

 

『うぉららららぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』

 

F1のような効果音が付きそうないきおいで廊下を滑走する面々。途中でNPCにぶつかりそうになろうが、間違って踏まれそうになろうが、あの子のスカートが見えようが構わず突っ走る。途中で生徒会副会長とすれ違った気がしないでもないが、それは些細なことだ。

 

「うおっしゃぁぁぁぁ!!俺の勝ちだぁぁぁ!!」

 

そう言って勝者の雄たけびを上げる野田。第一回戦はこの野獣のような男の勝利のようだ。しかし、他の彼らもこれだけで終わる気はない。学園はまだまだ広く、彼らが今雑巾掛けしたのは一階のほんの一部にしか過ぎない。つまりいくらでも試合会場は用意されているということだ。

 

「なんのぉ!!まだ2階がある!!」

 

「私の身体もようやく温まってきたところです!!」

 

「ようしっ!次は負けんぞっ!!」

 

「おっしゃぁぁ!!上行くぞぉぉぉ!!」

 

無駄に暑苦しい状態を保ちつつ、我先にと階段を駆け上がる面々。体力?知るか、そんなもんと言わんがごとく雑巾がけをする彼らを見て思うことは1つだろう。ただのバカである。強制されているはずなのに、段々楽しくなってきていることから、すでに末期である。手の打ちようがないレベルだ。病院が来い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無駄に高いテンションのせいで早々に校舎内の雑巾がけを終わらせた神乃達は、とうとうグラウンドへと舞い降りていた。もはや彼らの邪魔をするものはいない。これで思う存分野球ができる。そう思いやって来たのだが、残念なことにすでに先客がいた。

 

「なんだ貴様……!」

 

「何やってんだよ」

 

彼らが睨み付けるのはバンド機材を持ち出し、簡易ライブ会場をつくりだしたガルデモのメンバー。そのセンターに立つユイへと鋭い眼光を向けるが、彼女は彼女でうおりゃぁぁぁ!と反論する。

 

「野外ライブに決まってんだろうがぁぁぁ!!」

 

「それを楽しみに皆も集まってきてるんじゃあ!!盛り上がって行くぞおらぁぁぁぁぁぁ!!」

 

その一声にNPC達がうおぉぉぉぉ!!と答える。何故か彼らのテンションも高めだ。どうやらテンションと言うものは伝播するらしい。まるでTウイルスである。

 

それから日向とユイで苛烈な言い争いが繰り広げられ、しまいには藤巻や大山、TKといった学食でフードファイトをしていた面々までも現れる。

 

「野球に決まってんだろぉぉぉぉ!!投げて打って走って最高だろうがぁ!!」

 

「うっさいこの野球バカがぁぁぁ!!ライブに決まってんだろぉ!粋なラブソングが書けたからさっそくやるんじゃぁぁぁ!!」

 

「それよりもダンスだダンスっ!!腹一杯食ったんだからダンスでパーリィナイトしようぜぇぇぇぇ!!」

 

「もうこのさい何でもいいわぁぁぁぁ!!早く決めろよぉぉぉ!ハリーっ!ハリーアップっ!!!」

 

自己主張しか言わない彼ら。とうとう取っ組み合いのケンカに発展する直前までヒートアップしていた彼らだったが、ある男の叫びによりそれは一瞬で鎮静化されることになる。

 

 

 

 

 

「――ならもう運動会でいいんじゃねえのかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

 

 

 

そう叫んだのはこの状況に耐えかねた音無だった。今まで静観していた彼だったが、これでは収拾がつかなくなると思い咄嗟にそのような事を叫んでいた。

 

「もういいだろ、運動会で。一般生徒も大勢集まってる。これだけの人数でできることといったら、もう運動会しかねえ」

 

半ば勢いで出てきた意見だった。その主張を聞いていた彼らはふっと顔を伏せる。やっぱりダメかと音無が焦っていると、やがて彼らは伏せていた顔を上げた。――満面の笑みを浮かべながら。

 

「いいじゃねえか運動会っ!!!青春の香りだぁぁぁ!!」

 

「ビバ運動会っ!アイラブ運動会っ!!」

 

「良い腹ごなしになるじゃねえかっ!メッチャ幸せになれるじゃねえかっ!!」

 

「なれるなれるっ!!」

 

「いっくぞぉぉぉぉ!!!お前らぁぁぁ!!!」

 

そこから始まったのは世紀末式の運動会、ようするに勝てばよかろうなのだぁぁぁ!!形式ということである。リレーだの棒倒しだの障害物競争だの玉入れだの組体操だの応援合戦だのと次々に種目を繰り広げられていく。もちろんその中でもやはりSSSの運動能力は突出しており、NPCである一般生徒次々に薙ぎ払い、時にはSSS同士でお前ら人間やめてんだろ、と突っ込まれるレベルのハイレベルな戦いを見せていた。

 

いつのまにか全校生徒がいるのではないかと言うほどの人数をがグラウンドには集まっており、本気と書いて殺す気と読む運動会は大盛り上がりを見せていた。おそらく本来の学校行事の運動会よりも上な盛り上がり方だろう。教師がいないせいで止める者がいないというのもある。

 

 

 

 

 

それを校舎の屋上から双眼鏡で観察する者がいた。金色のツインテールを揺らす遊佐である。彼女は体力や運動神経はお世辞にも高いとは言えず、またその役職もありこうして状況を観察するだけで留まっていた。ちなみに雑巾がけでスカートうんたらというものの被害者は実は彼女だったりする。

 

では、見たのが誰か。それは後日彼女の怒りの矛先がパートナーである少年に向かうことを考えれば推測は容易だろう。

 

「こちらもの凄い盛り上がりを見せています。天使の方はどうでしょう。呼んでみましょう、ゆりっぺさ~ん」

 

『はいっ!こちら中継のゆりっぺで~す――って何やらせんのよっ!!』

 

「神乃さんにハイテンションで行けと言われましたから」

 

『それでっ!?いやっ!キャラ的に分かるけどっ!』

 

まるでニュース番組のキャスターのようにインカム越しにリーダーである女子の名を呼ぶ遊佐。いつもの真面目な彼女であれば絶対やらないようなそんな言動だが、彼女も大概テンションが高いのだ。可愛げがあるので良しとしよう。

 

そしてそれに答える中継先のアナウンサーことゆり。自身でノッたにも関わらずツッコミを入れた。その際、それなりに貴重なマイクが勢いよく叩きつけられ原型を留めていないほど破壊されてしまったが、致し方がない。開発班であるギルドがどれだけ抗議をしようとも彼女には誰も逆らえないのだ。というか、そんな勇気ある者はいない。

 

ゆりはというと生徒会室に張り込み天使の様子を観察していた。何かしらの動きを見せた時に素早くその対処、あるいは作戦どおり後を付けるためだ。重要な話し合いをしているのであろう彼女は今のところ動きを見せる気配はない。もうしばらく様子を見る必要があるとゆりは判断を下した。

 

『それにしても遊佐さん。あなたって本当にテンションの浮き沈みが無い人ね。もう少しはっちゃけちゃっていいのよ?』

 

「神乃さんにも言われましたが、これが私の限界です」

 

『そうかしら?もっといけそうな気がするけど』

 

うふふとインカム越しに笑うリーダーの言葉にわずかながら怪訝そうに表情を歪める遊佐。そうは言うものの私にどうしろと言うのだ、というのが彼女の素直な感想である。自分は感情を表に出すようなタイプの人間ではないし、そもそも神乃達のような言動をするのは普通に嫌だ。あれはうざい。

 

「買い被りすぎですね。これでも結構テンションは高いんですよ」

 

『じゃあ、何かテンションの高いことを言ってみてくれない?』

 

またこの手の頼み事かと遊佐は頭痛が起こりそうな頭を抑える。どうして神乃さんといいゆりっぺさんといい自分のハイテンションが見たい、あるいは聞きたいのか。そんなに愉快なのかとため息をつきそうになる。

 

だが、ここで断ったところで彼女が納得するとは思えない、そこは長い付き合いから分かっていた。それならさっさとやって早々に通信を切ってしまおうと考え、諦めたように口を開く。

 

「……それでどんなことを言えばいいんですか?」

 

『そうね……。例えば聞いた男の子のテンションが上がりそうなこととか』

 

「意味が分かりません。が、それは却下します」

 

『その意見を却下するわ』

 

唯我独尊ここに極まれり。本気で頭痛がし始めた遊佐は眉間を揉む。男サイドの苦労人が音無なら、女性サイドの苦労人は間違いなく彼女だろう。エネルギー消費の多い立場に敬礼。

 

「…………」

 

『何でもいいのよ。あっ、どうせなら神乃君に聞いてみなさいよ。で、それを実行するの』

 

「何故そこで神乃さんが出てくるのですか……」

 

『いいからいいから』

 

ブツリとそこで通信は切れてしまう。遊佐は、ここで神乃さんに連絡を入れなければやらなくてすみますよね、と考えたがすぐにその考えを捨てた。やらなければあとで怖い。下手したら目の前で直接言わされるかもしれない。

 

色々な葛藤を経て、遊佐は裁判官の前に進む罪人のような気持ちで神乃へとインカムを繋いだ。さっきも言ったがこういうのは早々に終わらせてしまう方がいい。

 

『――こちら神乃ぉぉぉ!!もしかしてそちらは遊佐さんですかぁぁぁ!!?』

 

「…………」

 

速攻で電源ボタンに伸びた手を止めれたのは奇跡だっただろう。それくらい暑苦しくうざかった。おそらくもはや自分でも制御ができていないのだろう。どこの炎の精霊だ。そのうち『ン熱血指導だァ!』と言いそうな勢いである。

 

「少しお聞きしたいことがあるんですが……」

 

『なんだっ!?もうすぐしたら“例の紐?それは引っ張るためにありぃぃ!!”があるから手短に頼むっ!!』

 

「…………」

 

なんだそれは、とツッコみそうになるのを必死にこらえる。言葉からしておそらく綱引きだろうと予想はつくが、誰だそんな種目名考えたのはと関係者に猛抗議をしたくなった。が、そもそも運営などいないのだったと思い直す遊佐。彼女の頭痛の要因がまた一つ増えた。

 

「神乃さんが私に言われて嬉しいと思うことは何ですか?」

 

聡明な方はお気づきだろうが、この時点で彼女の言うことにズレが生じている、ゆりは男子が聞いたらテンションが上がるようなこと、そして別に遊佐になど限定していない。正確性が売りの普段の彼女らしからぬ連絡ミスだが、それだけ疲れているのだろう。

 

『――えっ、それってどういう……』

 

「いいから答えてください。私はできれば早くこの通信が切りたいんです」

 

『あれ?通信してきたのはそっちだよね?オレ悪くないよねっ!?』

 

「――いいから早く答えてください」

 

『Yesッ!』

 

インカム越しで伝わるはずの無い静かな怒りを悟った神乃は急いでその答えを探し始める。――が、いきなりそんなことを言われてもすぐに思い浮かぶはずはないと遊佐は思っていた。

 

『どうしよう、あれがいいかな?いや、でもあれも捨てがたい……』

 

「…………」

 

本気で引いてる自分に気付く遊佐。どうやら彼には言ってほしいことがたくさんあったようだ。ここで電源が切れたらどれだけ幸せかとは考えないようにした。

 

『――よし、決めたぞ』

 

「なんでしょうか……」

 

さあ、どんな事を言わせるのか。内容次第では彼とのパートナーとしての関係性を抹消しなければならないと考える遊佐。あれ?それはそれで苦労の種が減るからいいのでは?と逆転の発想も浮かぶ。まだこの時の彼女は神乃に対してそこまで心を開いていないのだ。

 

 

 

 

 

『普通に“頑張って!”って言ってくれないか?」

 

 

 

 

 

「――――はいっ?」

 

『だから普通に“頑張って!”でいいって。あっ、できるなら敬語じゃないバージョンで!』

 

インカム越しにそう進言する神乃に、遊佐は思わず脱力する。どんなにシンプルな言葉だろうと、美少女に応援してもらえれば自然とテンションは上がる。男とはそういう単純な生き物なのだ。

 

「……分かりました」

 

クスリと誰に見られることもなく遊佐は小さく笑う。さっきは色々と変な評価を下しそうになったが、もう少し彼とパートナー関係を続けるのもいいかもしれないと思い直した。あくまで仕事上でのパートナーであり他意は無いが。

 

「神乃さん、“頑張って!”」

 

『――いよっしゃぁぁぁぁぁ!!その紐はオレのもんだぁぁぁぁぁ!!』

 

どこぞの兎のような冒険者が聞いたら怒りそうな捨て台詞を残し、2人の通信は切れる。最後の発言はいただけないが、気持ちの方は何故か穏やかだった。

 

彼女以外誰もいない屋上で風に吹かれる金色の髪を揺らしながら、こうして誰かを応援するのも不思議と悪いものではないのですね、と遊佐は1人呟くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

NPCを巻き込んだ運動会は佳境を迎えていた。現在行われているのは騎馬戦だったはずなのだが、グラウンドに立つのは2人の少女とそれを遠目から見る少女の3人のみ。最初の2人は生徒会長こと天使とくノ一マスターこと椎名。遠目から見ているのはSSSの魔王ことゆりだ。あとのメンバー?死屍累々と表現するのが適切な状態です。

 

「――あなた達、なんてことをしてくれたの」

 

「――これを見ろ」

 

「それは?」

 

対峙する2人。椎名が()()したぬいぐるみを天使に見せると、不思議そうに天使が首を傾げる。その反応を待ってましたと言わんばかりに椎名はギュッとぬいぐるみを抱きしめてこう言った。

 

 

 

 

 

「キュゥゥゥゥゥゥゥゥゥト!!」

 

 

 

 

 

それは可愛いものを愛している彼女の心からの叫びだった。死後の世界の中心で愛を叫ぶ。もはやスタンディングオべーションでも起こりそうな感動だ。メーターなどとっくに吹っ切れている。

 

そもそもなぜこのような状況になったのか。説明をすると長くなるので省略するが――

 

椎名がグラウンドの体育倉庫でぬいぐるみを縫っている

           ↓

用具を取りに来たNPCが誤ってぬいぐるみを持って行ってしまう

           ↓

それを取り戻そうとするが、肝心のぬいぐるみは何故か騎馬戦をする藤巻の頭の上に

           ↓

考えた結果、とりあえず藤巻もろとも全員を全滅させる

           ↓

騒ぎを聞きつけた天使が会議を放り出して現れる

           ↓

「キュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥト!!」←今ココ!

 

――という状況だ。あまりに台無しの状況にゆりも「アホだ……」と呟くしかない。先ほどまで自身の作戦通りにいき、終いにはあまりにも順調な状況に三段高笑いをして遊佐にツッコまれるほどハイテンションだった。にも関わらず何故こうなった。

 

「――――戦意はなし、か」

 

そんな椎名の様子に呆れたのか、はたまた相手にするのもめんどくさくなったのかは分からないが天使はその場を後にする。周囲に倒れている者達は華麗にスルーしていた。流石は天使、スルースキルも人並み以上である。

 

ゆりの横にまで天使がやってくる。ゆりは「私は全く関与してませんよー」と口笛でも吹きそうな態度で目を逸らす。おい黒幕とツッコむ者がいないのが残念だ。

 

「――なんて報告したものか」

 

ポツリと天使の口から零れた言葉にコナン君の如くピッキーンとなるゆり。報告とは一体誰に?まさか、まさか……!と、本当にヒットしてしまった可能性を追うべく行動を開始する。

 

「ほらっ!アンタ達いつまで寝てんのよっ!つか酷い汗だなお前らっ!?」

 

死体のように転がるSSSメンバーを文字通り往復ビンタで叩き起こす。1人、また1人と墓地から蘇るゾンビのように身体を起こしていくメンバー達。すでに満身創痍だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天使の後を追うこと数分。SSSのメンバーは今ままで来たことが無いような場所へとたどり着いていた。そこは大がかりな機械やシャッターのようなものが存在しており、ただならぬ気配を感じる場所であった。進んできた方角からして医局の地下に当たるそこは立ち入り禁止区域に指定されているポイントだった。

 

その場所に大きな扉の前で天使は何か操作をしていた。ピッ!ピッ!と連続して文字を打ち込んでいる音が聞こえる。

 

「パスワード……!ギルド並みのセキュリティじゃねえか」

 

「こりゃマジで正解かもしれねえな――おおっ!?」

 

藤巻と神乃がそう呟くのと同時に天使の前の扉が開かれる。中心から開かれる様にゆっくりと開いた扉の先からは眩い光が漏れだしており、光源が強いせいか中の様子までは確認できない。

 

「間違いない。この先に神が待つ……!突入っ!遅れた者は置いていくっ!!」

 

そして一斉に扉の扉の先へと走り出すSSS。重苦しく佇む扉を抜け、光の中へと飛び込んだ彼ら彼女らを待っていたのは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――水耕栽培である畑からカブを引き抜く天使の姿だった。

 

『――――はっ?』

 

「さて――」

 

唖然とするSSSメンバーをよそによいしょっと立ち上がった天使は、誰に聞かせるでもなく(おそらく独り言だろうが)つらつらとここに来たわけを語りだした。

 

「会議を途中で抜け出してきてキュートの言葉で廃部になった園芸部の栽培を引き継いで育てていたカブの事を思い出してこうしてここに来てしまったことを生徒会の皆に――どう報告したものか」

 

「なんじゃそりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

思いがけない天使の独白に絶叫するゆり。曰く、入口の扉はボタン1つで開くただの扉。電子音はただの計算機の音。――つまりは、完全なる無駄足だったということだ。

 

「い、今より……!死んだ世界戦線は……!」

 

その事実を知ったゆりの肩が震える。ギョッとするSSSメンバー。止めなくては!それ以上は言わせてはいけないっ!と頭では分かっているはずなのにあまりにリーダーの纏う黒いオーラが怖すぎて近づけずにいた。そんな彼らの恐怖をよそに、怒りがリミットブレイクしたゆりは声高らかに叫ぶ。

 

 

 

 

 

「――1週間の断食ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」

 

『ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!?』

 

その日から1週間。SSSのメンバーはゆりを除き壊滅的な事態へと追い込まれた。彼らの死んだ回数はテンションが高かった者から順に多い。

 

のちに語られるこの地獄の1週間は、誰もが口にするのも恐れる話となる。この地獄からなんとか回復しきった彼ら彼女らは思う。

 

――断食だけはマジでやべえ、と。




ということで番外編第1話でした。

本当に遅れて申し訳なかったです。もしかしたら次回もこれくらいの間隔が空いてしまうかもしれません。

それもこれもバイトのせいなんだぁぁぁ!!
許さねえぞドン・サウザンドォォォォ!!

……はい、僕もテンション高めです。でも、実際こんなの1時間ぐらいしか持たないでしょう。普通に疲れます(笑)

次回は今回出番のなかったコハクちゃんの話です。気長にお待ちしていただけると嬉しいです。

感想、評価、アドバイス、誤字脱字報告もお待ちしています。
ではでは!

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