『死後で繋がる物語』、これにて本編は完結です!
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「――卒業生代表、答辞!」
「はいっ!」
先程と同じようにオレが仕切り、それに音無がハキハキと答えた。これもこいつが言うことになっていたのでオレが言うことにしたのだ。
「こほん。ああ~、ううん」
「大丈夫か?」
「はははっ。ちょっと緊張してる、かな。でも大丈夫だ」
何やら落ち着かない様子の音無だったが、オレの問いかけにはやや強ばりながらもちゃんと返事を返していた。まあ、こんな場だし緊張するのは仕方がないだろう。
やがて、音無は1度深呼吸をすると、ゆっくりと答辞の言葉を伝え始めた。
「――振り返ると色んなことがありました。この学校で初めて出会ったのは仲村ゆりさんでした。いきなり、死んだのよと説明されました」
やっぱり随分直球だったんだな。ゆりらしいけど。
「そして、この死後の世界に残っている人達は皆一様に自分の生きてきた人生を受け入れられず、神に抗っていることを知りました。私もその一員として戦いました」
ある者は笑顔で、ある者は言葉を1つ1つを噛みしめる様に、それぞれの思いを胸中に抱きながら音無の答辞に耳を傾ける。
「しかし、私は失っていた記憶を取り戻すことにより、自分の人生を受け入れることができました。それは……かけがえのない思いでした」
『…………』
「それを皆にも感じてほしいと思いました。ずっと抗っていた彼らです。それは大変難しいことです。でも、彼らは助け合うこと、信じ合うことができたんです。仲村ゆりさんを中心にして出来上がった戦線は、そんな人達の集まりになっていたんです」
本当、この戦線は日頃からあーだこーだと言い争いしたり、武器振り回して暴れまわったり、無茶苦茶な奴らばっかりだったけど、ゆりを中心とした時のチームワークだけは凄まじかったよな。もっともその一員であるオレもかなり暴れまわった常習犯だったけど。
「――そんな戦線で過ごしているうちに、ある人物に出会いました。その人物は少し特別な存在でした」
――ん?
「ですが、そんな人物――神乃と私達で通わせた心に何も不思議はありません。互いに笑い、助け合い、時にはいがみ合い、でも最後にはまた笑う。そんな大切な仲間でした」
音無……。
「互いが互いを思う気持ちさえあれば、私達は繋がることができると実感できた時間でした。その人物がどういう存在なのかなど関係ありません。思い合える繋がりがあれば、それはどんな壁にも負けない大きな力になるのだと分かりました」
音無はオレの方を見て微笑を浮かべる。オレはというと、その笑みを見て同じように笑った。思いの力、か。響きは少し照れくさくはあるが、きっとピッタリの表現だな。
「その力を勇気に皆は受け入れ始めました。――皆、最後は前を見て、立ち去って行きました。ここに残る6名も今日をもって卒業します……」
音無の声が震えだす。次の言葉へ必死に繋げようとするがなかなか出てこない。しかし、その間の時間すらとても尊いもののように感じた。だから、ただ静かに、オレ達は次の音無の言葉を待っていた。
「――一緒に過ごした仲間の顔は忘れてしまっても、この、魂に刻み合った絆は忘れません。皆と過ごせて、本当に良かったです……。ありがとうございました……!――卒業生代表、音無結弦!」
最後はあふれる涙を振り払うように言いきった音無。パチパチと多くはない拍手が起こる。たった5人の拍手、しかし、答辞を行った者への精一杯の気持ちを込めた拍手が体育館に響き渡った。
そして、卒業式は次へと進む。
「――全員起立!仰げば尊し斉唱!」
仰げば尊し、我が師の恩
教えの庭にも、はや幾年
思えば、いと疾し、この年月
今こそ、別れめ――
それなりに馴染みのある卒業式の歌を歌う。ちゃんと練習したものじゃないし、伴奏なんてないから音程なんかバラバラだ。それでも自分の記憶を頼りにしつつ仲間の歌に合わせて各々が歌う。が――
「「――い「「い……」」……い?」」
――あ、タイミングがすげえズレた。
「遅いぞ貴様ら!」
「なにぃぃぃぃ!?明らかにてめえが早かったろ!!俺や神乃の方が絶対合ってただろうが!!」
「不覚……!日向に釣られるとは……っ!!」
「って、なんでお前は落ち込んでんの!?そんなことで落ち込まれたら俺の立つ瀬がねえよ!?ちゃんと反論しろよな!!」
「ふん、数に頼るしかない愚か者が」
「なんでそうなんだよ!?本当、音無の時と違うよなお前!!」
「私達は合ってたわよね?」
「うん」
最後までやかましいのもオレ達らしい、のかね?ワーワーと騒がしくなった中音無と顔を見合わせて苦笑する。その後、再度音無がタイミングを計るように口を開いた。
「――せーの!」
『いざ さらばー』
最後はしっかりと締め、仰げば尊しの合唱は終了した。同時に、互いに視線を合わせているとゆりがぷっと盛大に吹きだした。
「プッ!――ふふふふっ」
「ははははっ!」
――あっはははははは!!
吹き出したことが皆に広がり、オレまでつい吹き出してしまった。本当に、心の底から笑うことができていた。
「閉式の辞!これをもって、死んだ世界戦線の卒業式を閉式とします!卒業生、退場!」
ひとしきり笑い合い、皆が静かになったところで音無がそう締めくくった。これで、こいつらが最後にやるべきことは全て終わった。
――そして、卒業生は式が終わったら退場しなければならない。
「ふっ、女の泣き顔なんて見たくない。先に行く」
一番初めに口火を切ったのは直井だった。顔を伏せるように帽子の鍔を掴みがら歩み出し、音無の前まで歩いていく。そして、伏せていた顔を上げた。
「――――っ」
「お前……」
「……おめえが泣いてんじゃねえか」
帽子を取り、顔を上げた直井は――泣いていた。静かに、だが次々と両の目から透明な雫が零れ落ちる。それを堪えようともせず、ただ真っ直ぐに音無だけを見つめていた。
「音無さんっ……。音無さんに出会えてなかったら、僕は、ずっと報われなくて……!でもっ、僕は……っ!」
いつものようにズバズバとしたもの言いではなく、整った言葉でもなかった。しかし、直井はグッと袖で涙を拭うと、断固たる眼差しで音無へと視線を注ぐ。まるで、自分はもう大丈夫、心配しないでと伝えるように。
「――もう迷いません。ありがとうございましたっ!!」
「ああ……。もう行ってこい」
頭を深く下げた直井の肩を優しく叩き、数回頭を撫でる音無。そして――
「――ありがとう、ございます……!」
もう1度音無に礼を言い、顔を上げた瞬間――もうそこには直井の姿はなかった。ただ、直井の立っていた場所に数滴の雫が残されているのみ。
「――行ったか」
「ああ……」
「さあて、次は誰が泣く番だ?」
「泣きなんてしないわよ」
重苦しくなった中、空気を読まない発言でそれを払拭する日向。だが、長い付き合いだ。これがこいつなりの気遣いだということは分かる。おどけた中に、仲間を大切に思うこいつの良さを。きっと、心の中では直井の旅立ちを祝福しているのだろう。
ゆりもそれが分かっているからこそ、いつもどおりの返答をしたのだ。その彼女はというと、隣に立つ立華に向き直る。少しばかり言いづらそうに言葉を紡いだ。
「――奏ちゃん」
「……?」
「……争ってばっかりでごめんね。どうしてもっと早く友達になれなかったのかな。本当に、ごめんね……」
「ううん」
立華の肩を持ち、まっすぐに視線を注ぐゆり。謝らないでと立華が首を振ると、微笑みかけるようにゆりは笑った。
「私ね、長女でね。やんちゃな弟や妹達を親代わりに面倒見てきたから、奏ちゃんに色んなこと、教えてあげられたんだよ」
「…………」
「奏ちゃん世間知らずっぽいから、余計に心配なんだよ。……色んなことできたのにね。色んなことして、遊べたのにね。もっと、もっと時間があったらよかったのに……。もう、お別れだね……!」
「うん……」
感極まってとうとう堪えられなくなったのか、その細い体を引き寄せ、強く抱きしめるゆり。立華もそれに抵抗することなくゆりの身体にすっぽりと収まった。
「――さようなら、奏ちゃん」
「うん……っ!」
立華を抱きしめたまま、1度目を閉じたゆりはやがてその体を自分から離す。そして、今度はずっと見守っていたオレ達に向き直る。強気な意志の籠もったいつもの瞳。SSSを最後までまとめ上げた立派なリーダーの眼差しだった。
「――それじゃ、じゃあね」
「ああ。ありがとな、ゆり。色々世話になりまくった」
「リーダー!お疲れさん!」
「じゃあな、ゆり。お前には本当に助けられた。ありがとう」
「うん。じゃ、またどこかで」
片手を上げ、こちらに別れの挨拶をしたゆりは歩み出す。それはまるで明日も出会うかのようにあっさりとしたものだった。しかし、逆に彼女には湿っぽいのは似合わないだろう。こちらの方がきっと合っている。
――そして、仲村 ゆりはオレ達の前から消えた。死んだ世界戦線という迷い人達の居場所を作り、ずっと導いてくれていた人物の旅立ちの瞬間だった。
「ふう……。まあ、俺だわな。順番的に言って」
「日向……」
なんとなく雰囲気を察したのであろう日向がそんなことを言い出した。そんな様子を見て、つい無意識に日向の名が零れる。
「俺からでもいいぜ」
「何言ってんだよ」
「お前は後だ」
「ふ、2人して言うなよ……」
ったく、分かってねえなこいつ。
「奏ちゃん残して先に行くなよ。俺が行くって」
「……分かったよ」
日向の言葉を受け入れた音無が大人しく引き下がる。オレは消えるにしても今この場でと言うのは難しいため、必然的に順番は最後となる。
「――色々ありがとな。お前らがいなかったら何も始まらなかったし、こんな終わりも迎えられなかった。感謝してる」
「偶々だよ。よく考えたら俺は、ここに来ることはなかったんだからな」
「……?どういうことだ」
そういや、音無はまだこの世界に来た経緯を日向に話してなかったんだっけ。ゴタゴタしていたせいですっかり話すタイミングを見失ってたからな。
「俺はちゃんと最後には報われた人生を送っていたんだ。その記憶が閉ざされていたから、この世界に迷い込んできた。それを思い出したから、報われた人生の気持ちをこの世界で知ることができたんだ」
「そうだったのか……。本当に特別な存在だったんだな、お前」
初めて聞いた音無の話に驚愕の表情を浮かべる日向。でも、まるでそれは幼い子どもが味わう小さな感動のように純粋でキラキラとした表情だった。素直に音無の経緯に感心しているに違いない。
「だから、皆の力になれたのも、そういう偶々のおかげなんだよ」
「……そっか」
「それに、特別って言ったら俺よりも神乃の方だと思うけどな」
「えっ?オレ?」
「ああ、そういや神乃も特別な存在だな」
「いやまあ、確かにそれは否定しないけど、それこそ偶然の産物だ。本当に偶々だったわけだし」
人間ではないし、その身体を作っているのはデータ。オレは音無や日向達とはまるで違う。バグだって本当に偶然だったんだ。そんなオレの言葉に日向が顎に手をあて首を傾げる。
「うーん、そうは言うけどさ。結局それら全部含めてお前なんじゃねえの?」
「全部、オレ?」
「ああ。偶然だって回数を重なれば必然にだってなるしな。お前が俺達と出会えたのは偶然なんかじゃなく必然だったんだよ、きっと。そう信じたほうが嬉しくねえか?」
嬉しくねえかと言われてもと困惑する。しかし、今のオレの存在を必然と言ってくれるこいつの言葉は胸にとてもよく響いていた。そうだな、確かに嬉しい。この出会いは偶然ではなく、必然だったと考えればオレの生まれた意味もあるってもんだ。
「――さてと。まあ、長話もなんだ。じゃ、行くわ」
「ああ。会えたら、ユイにもよろしく」
「ちゃんと探し出してやれよ?きっと、お前のこと待ってるだろうから」
「おおっ!運は残しまくってあるはずだからな。使いまくってくるぜ!」
こうやって3人で会話するのもこれが最後。そう考えると寂しいが友の旅立ちだ。しっかりと見届けてやろう。
「――うしっ!」
日向は気合いを入れるような声を上げ、オレと音無の目の前まで近づき、片手を上げる。ハイタッチの構えだ。その動作につられるように片手を上げ、笑顔を浮かべた。
「じゃあな!『親友』!!」
パシンと渇いた音が2発、体育館内へと響く。それぞれとハイタッチを交わした日向は、乾いた音の余韻が消え失せる前にオレ達の前から消えた。なんと言うか。最後の最後まで日向は日向だったな。
「…………」
「…………」
「…………」
とうとう残ったのはオレ、音無、立華の3人。方法的な順番で言えばオレが1番最後に当たるから、次は音無か立華のどちらかとなる。
「ええと。どうだった卒業式、楽しかったか?」
「うん、すごく。でも、最後は寂しいのね」
「まあな。でも、そうは言っても卒業ってのは新しい旅立ちだ」
「だな。皆、新しい人生に向かっていったんだ。それは良いことだろう?」
「ふふっ、そうね」
立華は卒業式ができたことへの喜びと、せっかくできたのに旅立ってしまった友人達への寂しさが入り混じったような表情をしていた。それは音無も同様だった。だから、オレは2人に提案をする。
「なあ、音無。立華とちょっと話してきたらどうだ?」
「えっ……?」
「2人だけで話したいこともあんだろ。オレは大丈夫だから、風にでも当たってくるついでに行ってこいよ」
「――ああ、分かった。それじゃあ行くか、奏」
「うん」
きっと、こいつらにはこいつらだけで話す時間が必要だ。音無と立華、この2人がどんな気持ちを抱いているのかをちゃんと話し合う時間が。
オレの提案を受け入れてくれた音無が、それを了承した立華を連れて体育館をあとにする。そして、体育館に残ったのはたった1人だけになった。
「ふう……」
ガタリと少し崩れ落ちるかのように椅子に座った。ふと傍らに視線を送ると先程の卒業証書がある。それをなんとなく手に取り、改めて書かれていることを読んでみた。
卒業証書 神乃 殿
あなたは本校において、みんなを守るために最後まで戦いぬいたことを証します。
死んだ世界戦線
立華らしいとてもきれいな字だ。オレや日向の書く字と比べると冗談抜きで大人と幼稚園児くらい差がある。いや、ホントに。
それもすごい印象的だったが、オレの視線を捕えて離さないのは別の文章だった。
「――『守るために』、か」
実際、オレが守れたものはどれくらいあったのだろう。道を指し示した、ということだとしても、それは音無や立華や日向の手助けがあったからだし、何より自分達の道を決めたのは彼ら自身だ。オレがしてやれたのはほんの小さなことでしかない。
「――でも」
例えば岩沢の最後のライブ。あの時オレは、あいつのステージを守りたくては教師陣に反抗した。
例えば直井の起こした事件。傷ついた遊佐を無数の弾丸からその身を盾にしてかばった。
例えば凶暴化した天使の時。立華を救い出すために、仲間と共に敵地に乗り込んだ。
例えばコハクが自分の心情を吐露した時。この子を苦しみから解放してやりたいと思いを聞き遂げた。
例えば泣いている遊佐を見た時。彼女の泣き顔を拭い、その笑顔を守れたらと何度も願った。
今までの思い出が頭の中を一瞬で駆けめぐる。守りたいという気持ちだけはいつも心に秘めていた。もちろん、それは今も変わらない。その役目も終わりを迎えようとしている。
「まあ、あいつらがそう感じてくれていたのなら、オレがここに存在した理由もあった、か」
いや、それだけじゃないな。オレは守るためだけに存在していたんじゃない。きっとオレは
――そして何より、遊佐とコハクに
そう考えると、なんだか気持ちがスゥーっと透き通った気になった。大勢との出会いにより、今オレはここにいられる、そのことに感謝しなくてはいけないと素直に思った。
体育館の壁に掛けられた時をチラリと見る。どうやら気づかないうちに少々時間が経過していたようだ。
「――うし、じゃあそろそろ音無達を探しに行くかな」
オレは卒業証書を持つと、一緒に置いてあった筒に入れ、体育館を後にするために歩き出した。
「―――――――っ!!」
――刹那、外から聞こえてきたのは音無の叫び声。歩いていた足が駆け足に変わる。オレは声が聞こえた方へ全速力で向かいだした。
~音無 side~
神乃が気を利かせてくれたので、俺は奏と共に学校の玄関へと続く階段に来ていた。階段の真ん中には水が流れており、ディティールに力が入れていることが分かる。この学校のデザイン性には感服せざるをえない。そんな階段の少し下の広めの段差に俺は立ち、少し上の段からこちらを眺める奏へと視線を移す。
――彼女は綺麗だった。夕日に照らされたその髪も、色白の肌も。小柄な身体に似合わない屈強な意志の輝きも。
だからだろうか。俺が不意に言葉を漏らしたのは。
「――あのさ、奏」
「…………?」
「その、ここに残らないか?」
「えっ……?」
突然の提案に、感情の起伏の少ない奏が驚いた表情をした。目を見開き、何を伝えたいのか分からない視線を送ってくる。当然の反応だった。
「なんかさ、急に思いついちまった。だって、またゆりや日向達のように報われない人生をおくってここに来ちまう奴もいるってことだろ?」
「――そうね」
「そいつら、またゆり達のようにここに居着いちまいかねない。ここでずっとさ、生きることに抗い続けてしまうかもしれない」
「――そうね」
「でもさ!俺達が残っていたら、今回のように生きることの良さを伝えてさ、卒業させてやることができる」
――裏切りだ。
俺が今言っていることは、ここを去って行った奴らに対する裏切りの言動でしかない。あれだけ皆に新しい人生をおくる幸せを説いておきながら、自分はここに残るなど、彼らからしてみればこれは俺の我が儘でしかない。
零れる言葉の意味。それが何を意味しているのか、分からなかったわけじゃないのに、口は止まってくれない。
――俺は受け入れる覚悟ができていなかったのかもしれない。この後の、別れを。
「もしかしたら、そういう役目のために俺はここに来たのかもしれない」
「…………」
「だからさ、ここに残らないか?奏がいてくれたらさ、こんな世界でも俺は寂しくないから。前にも言ったかもしれないけど、俺はお前と一緒にいたい。これから先も居続けたい」
風が俺達の頬をなで、互いの髪を揺らす。奏は無言のままそれを押しつけると、俺と同じ段へとゆっくり下りていった。
「だって俺は、奏のことがこんなにも――好きだから」
ゆっくりと奏の小さな身体を包み込むように抱きしめる。脆く、儚いガラス細工を抱きしめるように、優しく、だけど想いは強く。
だが、しばらく時間が経っても奏は顔を伏せるばかりで何も話してはくれなかった。肯定も、否定も、何一つ。
「――どうして、何も言ってくれないんだ」
「……言いたくない」
「どうして……?」
「今の思いを伝えてしまったら、私は、消えてしまうから」
何故だか分からない。でも、その続きを聞くのが怖かった。
「だって私は
「……どういうこと、だよ」
「――私は
「なっ――!?」
一瞬、本当に思考が停止する感覚を味わった。それぐらい俺は驚いた。言葉など他に出てくるわけもない。無意識のうちに抱きしめていた手を離し後ずさる。
「今の私の胸ではあなたの心臓が鼓動を打っている。ただ1つの私の不幸は、私に青春をくれた恩人に『ありがとう』を言えなかったこと。それを言いたくて、それだけが心残りで、この世界に紛れ込んだの」
「そんな………!で、でも、どうして俺だって分かった……!?」
そうだ。奏は実際に俺の身体の中を覗いたわけじゃない。なのに何故……!
「最初の一突きで分かった。あなたには――心臓がなかった」
「――っ!!」
そうだ。俺は最初に奏と出会った時、確かに胸を刺された。場所的に心臓にあたる場所だったと思う。だけど――!
「でも!それだけじゃ!?」
「あなたが記憶を取り戻せたのは、私の胸の上で夢を見たから。自分の鼓動の音を聞き続けていたから」
「そんな……!」
確かに俺は奏が寝たきりになった時に付き添いをして、つい寝てしまった。その時、心臓の位置に頭を乗せてしまっていたのかもしれない。よく思い返せば、記憶を取り戻せたのはあの直後だったはずだ。自然と視界が滲んでくる。必死になって堪えるが、次から次へと雫が溢れてくる。
「結弦、お願い。さっきの言葉――もう1度言って」
「そんな、嫌だ……!奏が、消えてしまう……!」
「結弦、お願い……!」
「そんなこと……できないっ!」
「結弦っ!!」
「――――っ!?」
奏が初めて声を荒げた。思わず伏せかけていた顔を上げ、愛しき人を見据える。さっき奏のことをガラス細工のように、と言った。だが、それは違っていた。こんな決意を秘めた瞳をする少女がそんな脆弱な存在であるはずがない。
――奏は俺よりもずっとずっと強かった。
「あなたが信じてきたことを、私にも信じさせて……!」
「――――っ!」
「――生きることは、素晴らしいんだって」
凄まじい感情の波が身体の奥底に湧き上がる。もう、俺は堪えていたものを抑えることができなくなった。ただ、彼女に歩み寄り、その身体を強く抱きしめる。ここにいる温かな存在を胸に何度も刻みつけるように。
「……結弦」
「奏、愛してる。ずっと一緒にいよう」
「ありがとう……結弦」
「ずっと一緒にいよう……!!」
「うん……!ありがとう」
「愛してる……奏……!」
「うん。すごくありがとう……!」
「奏……っ!」
「愛してくれて、ありがとう」
「消えないでくれぇ、奏……!奏ぇぇ……!」
「――命をくれて、本当に、ありがとう」
「――――っ!!」
瞬間、腕の中の温もりが消えた。優しい声も、髪の感触も、落ち着く匂いも。俺はがむしゃらに空に手を伸ばし、必死になって奏に繋がるものを掴もうとする。
――しかし、旅立つ者は何も残さないと理解させるかのように、俺はその欠片も掴むことはできなかった。
目の前の現実に、もう何がなんだか分からなくなった。迷子の幼児のように、いなくなってしまった彼女へ縋るために只々叫ぶ。
「――奏ぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
~神乃 side~
音無の声が聞こえた場所、学校正面の階段にたどり着いたオレはそこで地面に膝をつき、ついさっきまでいた人物の温もりを失わないよう自身を抱きしめて号泣している音無を見つけた。
そして、その対象であろう立華の姿は――ない。その瞬間、オレは2人の間に起こったことを察した。なんと声をかければいいのか分からないまま、とにかく何か言わなくてはと口を開く。
「音無……」
「うっ、うう……奏ぇぇ……!」
オレのことなど気づいていないように、音無はただ慟哭する。
「…………」
「…………」
ついには言葉すら発さず、黙り込んだままただ涙を流すだけになった音無。オレとこいつの間には沈黙の時間が流れていた。時折運動場の方から部活に励むNPC達の威勢のいい声が聞こえる。
そんな空間を破ったのは意外にも音無自身だった。幽鬼のようにゆらりと立ち上がった友人は日が暮れ始めている空に視線を泳がせながらポツリと呟く。
「――神乃」
「……なんだ?」
「俺、この世界に残る」
「――はあっ!?」
突拍子もないことを突然言い出した音無に、オレは一瞬反応が遅れてしまった。何故ならその言葉が、しかもよりにもよってこいつから飛び出てくるとは思わなかったからだ。
「お前、何を……!」
「――この世界に残って、また奏を待つ。どうせ死なないんだ。だったら、何十年、何百年だろうと待ち続けてやる」
そう語る音無の目をオレはようやく見ることができた。涙で赤くなっているその瞳の奥には、深いようで実は空虚な意思しか存在していない。ほとんどやけくそのような感情の瞳だ。どう見ても、正気には見えない。
「それにさ、俺が残ればまた争いなんて起こさずに迷い込んだ奴を成仏させてやれるしさ」
「…………」
「だからさ、神乃。俺は「――ふざけんな」――えっ?」
もう我慢ならねえ。この馬鹿は今更何を言ってやがんだ?自分が何を言っているのか、本当に理解してんのか?
「音無、もう1度だけ聞く。本当に残るつもりか?本当に立華を待つつもりか?」
「……ああ」
少しだけ開いた間ののちに返ってきた答え。その返事を聞いたオレは――
「――ふざけたこと言ってんじゃねえぞこの大馬鹿野郎がっ!!」
一切手加減などしていない拳を音無の頬に叩き込んだ。
「――――ぐうっ!?」
本気の拳をもろに食らった音無は、よろめいた後固い地面に倒れこむ。あと数十センチもしたら階段から転げ落ちるギリギリの場所だ。んなことは知ったこっちゃねえ。この馬鹿は、立華のことも皆のことも何一つ分かっちゃいねえんだから。
何が起こったのかよく理解できていない音無の胸ぐらを強引に掴み、虚ろになっているその視線を無理矢理合わせる。
「お前はっ!自分が何を言ってんのか分かってんのか!?」
「お、俺は……ただ……!」
「立華を待つ!?また成仏させてやる!?ふざけんな!!お前はオレ達のやってきたことを大義名分にして、生きることから逃げようとしてるだけじゃねえか!」
「ち、違う!!俺は本当に……!」
「立華の気持ちが……ここを去っていった仲間の気持ちが……!何で、何で分からねえんだよっ!!」
本気で音無を怒鳴りつける。どんな言葉を返せばよいのか迷っていた音無だったが、オレの言葉を復唱するように言葉を零した。
「奏や皆の気持ち……?」
「そうだっ!あいつらはなんでここを去っていったんだ!?オレやお前が新しい人生を送る幸せを教えたからだろうがっ!!皆はそれを信じたからこそ旅立ったんだろうが!!」
「――っ!」
「なのにお前は残るだぁ!?腑抜けたこと言ってんじゃねえよ!!そんなもんは生きるためにここを去って行った皆に対する冒涜だろうがっ!!」
「でも……!俺は、もう奏と……!」
しどろもどろになる音無を見ているうちに、オレも頭の熱が徐々に下がってくる。段々と冷静な思考を取り戻し始め、落ち着いて語りかける。
「――仮にこの世界で立華と再会できて、それで終わりなのかよ。そんなの、
「……分かってる。分かってるんだ。こんな世界じゃそんなの生きてるって言わないって。真っ向から生きてるとは言えないって」
「分かってんなら、こんなところでグズグズしてんじゃねえよ。立華だってお前を待ってんだろうが……」
「…………」
「――きちんと生きてこその再会だ。お前らはそこから始まるんだろ?」
こんな分かりきったことを一々言わせんなよ。最後にそう付け加えたオレは、音無の胸ぐらから手を離し後ろを向いた。今は落ち着いて考えをまとめるべきだろうと思ったからだ。ジッと見ていてはおちおち考えもできないだろう。
再び2人の間に沈黙と言う名の空気が漂う。しばらくすると、背後から感じる気配に何かしらの動きがあった。振り返ると、音無が真っ直ぐにこちらを見据えていたのでオレも同じように視線を合わせる。
「――すまなかった神乃。俺、馬鹿なこと言っちまった」
「やっと分かったか」
「ああ。俺、何も分かっちゃいなかった。いや、違うか。生きる勇気が足りなかったんだ。だからこんな逃げ腰に……」
失うのを恐れ、立ち止まってしまった音無。だが、その表情に先ほどまでの虚ろな様子は伺えない。どこか吹っ切れたように晴れやかだった。
「俺、やっぱり行くよ。新しく進み始めてみる。こんな情けない姿、奏に見られたら怒られそうだ。あいつに誇れるぐらい、しっかり生きてくる」
「――おう。行ってこい」
ようやく己自身への決意を持った音無がゆっくりと歩み出す。
「もう逃げ出したりすんじゃねえぞ。次は1発ぶん殴るだけじゃすまさねえからな」
「……それは勘弁してほしいな」
互いに小さく笑ったオレ達は、がっしりと握手をかわす。
「ありがとうな、神乃。本当に――ありがとうな」
そして、もう1人の親友を見送り、ついにオレは1人になった。せめて、あいつらに幸多き未来があらんことを願いながら、ゆっくりとその場を後にした。
オレは本部へと訪れた。中に入ると、大切な仲間達が残していった物がそれぞれキレイに置かれていた。ハンドガンにハルバート、短刀に手錠に長ドス等彼らを象徴するものがまるで墓標のように置かれている。
墓標と言う比喩はあながち間違っていないのかもしれない。この世界での彼ら彼女らはもういないのだ。それは言い方を換えれば死んだとも言えるだろう。現実の世界で死んだ皆がここを訪れたように、ここで死んだ皆はまた現実世界へと旅立ったのだ。
それらを見たオレは微笑を浮かべつつ、いつもゆりが座っていた椅子に座り目の前にある戦線のパソコンを起動する。この世界のパソコンならどれでも『Angel player』は使えるはずだが、どうせならここでオレは最期を迎えたかった。
立ち上がるのを待っていると、オレの視界の端にあるものが入った。それは見慣れたインカムと日傘だった。誰のものかなど教えられるまでもない。誰よりも大切に思っていた2人の人物の姿が頭に浮かぶ。
オレはそのインカムとを自分の近くに引き寄せ、首から下げていた自身のインカムも含めて3つを並べた。今にもインカムからあの凛とした返事が聞こえてきそうな気がした。今にもあの可愛らしい声が聞こえてくるような気がした。
ふと、パソコンの画面を見てみるととっくに起動は終わっており、何度も見たデスクトップが表示されている。それを確認し、ポケットに手を入れると目的の物を手に取った。言わずもがな、修正プログラムの入ったUSBである。
取り出したUSBをパソコンに差し込むとフォルダが開く。その中には、たった1つだけ『修正プログラム』と表示されたプログラムが入っていた。そのプログラムをオレはマウスを動かしクリック。
すると、画面上に――
『ダウンロードを開始しますか?なお、はいを選択した場合、ダウンロード終了時にすぐさまプログラムは起動します』
――という注意書きと、『はい』と『いいえ』の選択肢が現れた。そこでオレは1度マウスから手を離し、椅子の背に体重を預け、天井を仰ぐように深く深呼吸をした。
ゆり、音無、立華、日向、直井、野田、高松、椎名、TK、松下五段、藤巻、大山、竹山、岩沢、ユイ、ひさこ、関根、入江、チャー、他の戦線のメンバー達。
――今まで本当にありがとう。人ですらないオレを仲間として受け入れてくれて、本当にありがとう。
オレは再びマウスを手に取ると、迷わずクリックしプログラムを起動した。
すぐにダウンロード中の表示が現れ、徐々に100%へと近づいていく。
そして――
「遊佐、コハク……」
お前達と出会えたことが、オレにとって何よりの奇跡で、幸運だった。
全てがプログラムで、心すらあるのかどうか分からないオレが、本当に自分の存在を受けいれられたのはお前達がいてくれたからだ。
怒らせたり、困らせたり、泣かせたりもしてしまった。心配だって数えきれないほどさせてしまった。それでもずっとオレのそばで笑ってくれた。ありがとうと言ってくれた。それだけでオレは救われていたんだ。
――ダウンロード中 50%経過……
偶然だろうと、バグだろうと、そんなことは今となっては関係ない。お前達と心を通わせられたと思っても、いいよな。
――ダウンロード中 70%経過……
できれば、もう1度奇跡が起こってくれるのなら、オレはお前達とまた出会いたい。この世界じゃなく、ちゃんとオレも
――ダウンロード中 90%経過……
「――もう時間だな」
ふと手元にある2つ並べられたインカムとその間に置かれた日傘に視線を落とす。それを見てオレはもう1度笑った。本当に満たされた気分で、笑うことができた。
――ダウンロード中 99%経過……
「――じゃあな、オレ」
『プログラムにおけるバグは正常に修正されました。プログラムにおけるバグは正常に修正――――』
♢ ♢ ♢
死後の世界
それは実在するか定かではない世界
だが、そこに迷い込む若者達が確かに存在する
ある者は大切な家族を守れなかった苦しみから
ある者は自分を救ってくれた恩人に礼を言えなかった無念から
ある者は犯してしまった自らの罪への後悔から
ある者は己を認めてくれる存在を求める欲求から
ある者は大切な声を失った絶望から
ある者は夢を叶えるために進む希望から
ある者は偶然にも迷い込んでしまった運命から
ある者は愛されなかったことへの羨望から
様々な理由が渦巻くこの世界で、少年少女は戦った
己の人生の理不尽さを呪い、ただいるのかも分からない神に対して
イレギュラーな存在として生まれた少年もまた戦った
己の存在の意味を見つけるために戦った
戦いの中で少年はある少女達と出会い、自身の存在を知った
仲間達が次々に旅立っていく中、少年は願った。少女達に再び会いたいと
その思いだけを希望に、少年の心もまたこの世界を去った
そして、少年少女の物語は終幕の時を迎える
もう、この世界に彼らはいない
死後の世界は今もなお、迷い込む者達をただ待ち続ける
と言うことで33話、最終話でした。
まずはここまでお付き合いしていただいた読者の皆様に感謝を。本当にありがとうございました。ここまで続けられたのは、読んでくださる皆様の存在があったからこそだと思います。
本編はこれにて完結しましたが、番外編も書こうと思っています。プロットなど全くないのでいつ頃になるのかは分かりませんが、なるべく早く投稿したいと思います。
そして書いている時に考えたのですが、番外編も終わった後に、ちょこっとだけエピローグ的な奴も後々追加したいと思います。気長にお待ちしていただけると幸いです。
感想、評価、アドバイス、誤字脱字報告等お待ちしています。
ではでは!