死後で繋がる物語   作:四季燦々

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忙しくてなかなか執筆に時間が割けず申し訳ないです。
今回は原作最終話の前半と言う感じです。


Ceremony

「ゆりの奴、目覚ましたかな?」

 

「そろそろ起きてくれねえと心配になってきたな」

 

「神乃の時みたいに叩き起こしてみるか?」

 

「貴様らしい低脳な考えだな」

 

「んだとぉ!?じゃあ、耳元で大声で叫べってか!?」

 

「そんな風に起こさないで、普通に起こせばいいんじゃないかしら」

 

いつものような締まりのない会話。ほんの数日前まで自分達の存在をかけてまで戦っていた者達とは思えない穏やかさだ。

 

あの戦いが終わり3日が経った。第2コンピューター室から連れ帰ってきたゆりは、今だに保健室で眠り続けている。保険医が言うには意識を失っているだけということらしいが、さすがにそろそろ不安にもなってきている頃だった。

 

オレ、音無、日向、直井、立華の5人は、そんなゆりの様子を見に行くために足を運んでいた。保健室に向かう前にある場所に集まってあることの準備をしていたのだが、その準備も終了したため様子を見に行こうということになったのだ。

 

「――静かだな」

 

「やっぱあいつらがいないから、な」

 

「そう言うな。別に寂しがることじゃねえよ」

 

静かな校舎。廊下から見える教室ではNPC達がいつもと変わらない授業を行っていた。あの男子生徒が言っていたようにNPC達には何1つ変わりはない。だが、その反面。いつも騒がしかった者達はもうここにはいなかった。

 

「皆、いなくなっちまったんだよな」

 

「そうだな」

 

「にしても、まさか野田までいくとは思わなかったな」

 

「まったくだぜ。あいつのことだから、ゆりっぺが目覚めるまでは絶対いなくならねえって思ってたんだけどな」

 

「本当、意外だよな」

 

会話からも分かることだと思う。オレ達を除いた戦線メンバーはすでにこの世界からいなくなっている。皆はオレ達がギルドから帰還し、全ての事情を聞いた後、それぞれの意思でここを去っていった。

 

ちなみにオレは影との戦いの時の会話どおり野田と正々堂々一騎打ちをした。男と男の真剣勝負である。ハルバートをぶん回す野田と、二刀を振るうオレ。自分で言うのもなんだが激闘だった。結果は……まあ自由に想像してくれ。強いて言うならば互いに納得のいく勝負だった。

 

「ゆり、どう思うかな」

 

「さあな。でも、意外と予想してそうだ」

 

「ははっ、確かに」

 

「俺もそう思うな」

 

「……?どうしてそう思うのかしら?」

 

笑うオレ達を見て不思議そうに首を傾げる立華。直井も気にしてないフリをしつつも、耳をかたむけているようだった。どうしてって、そりゃまあ……

 

「ゆりだし」

 

「ゆりっぺだから」

 

「ゆりだからな」

 

「答えになっていないのだけれど……」

 

「立華はゆりとずっと対立してたから分かんねえと思うけど、そういう奴なんだよ。ゆりって奴は」

 

「そう……」

 

ちょっと残念そうな立華。自分だけそれが分からないことで仲間外れだと考えているのなら、それは間違いだと訂正しておこう。

 

その後も何気ない会話をしつつ足を進め、保健室の前へと辿り着いたオレ達。

 

「……さてと」

 

まあ、いつまでもいなくなってしまった奴らのことばかり気にしているわけにはいかない。オレ達はあいつらにゆりのことを託された。なら、最後までその役目を果たそう。

 

保健室の扉を開け、中へと入る。起きてるといいんだけどと、そんなことを考えながらもゆりの様子を見てみる。

 

「起き――ちゃいねえか」

 

「にしても、本当によく寝てるな」

 

最初に言ったが、ゆりはすでに3日ぶっ続けで眠っている。まるで、今までの戦いの苦労や疲労、そして心労を全て癒すようにぐっすりと。すうすうと規則正しい寝息を立てるその表情は今まで見たことがないくらい穏やかに見えた。

 

「――起きねえな」

 

「やっぱ叩き起こすか」

 

「やめとけ。さっきは言うタイミング逃したけど、もしそれで起きちまったら後が怖い」

 

「同感だ。せっかくだし、ゆっくり寝かせといてやろうぜ」

 

「じゃあ、他にやることねえしここで起きるの待つか」

 

「それがいいと思うわ」

 

結局早々に起こすという選択肢を破棄したオレ達は、各々自由に保健室で過ごすことにした。ちなみにオレは他のベッドで寝た。

 

 

 

 

 

「――――の!!――っ!!」

 

んあ?誰だようるせえな……。寝れねえじゃねえか。

 

「――ん乃!!――きろ!!」

 

だからうるせえっての。何なんだよ……

 

「――神乃!!いい加減起きろ!!」

 

「ぐほぉっ!?」

 

眠っているオレの腹への凄まじい衝撃。あまりの痛さに息が一瞬止まった。ゴホゴホと咳き込みながら、痛みのせいで浮かんだ涙を拭いつつ現行犯を睨み付ける。  

 

「げほっ!?ごほっ!?ひ、日向、てめえ……!叩き斬って、蜂の巣にすんぞ……!」

 

「いつまでも起きないお前が悪いんだろうが。ゆりが目覚めたぞ」

 

「なぬ!?マジか!?」

 

慌ててゆりが寝ていたベッドに視線を移動させる。そこには、上半身だけ起こしたゆりが呆れた表情でこちらを見ていた。

 

「おお。やっと目が覚めたか。おはよう、ゆり」

 

「はあ。あなたも相変わらずのようね……」

 

「身体は大丈夫か?どっか痛いところとかねえか?」

 

「ええ。おかげ様で」

 

そりゃ良かったぜ。

 

「それにしても、あなた達何してるの?影はもう消えたんでしょ?じゃあ、もうあなた達の旅立ちを邪魔するものなんか……」

 

「まあ、そうなんだがな」

 

今までやれオペレーションだ、やれ天使だ、やれ影だと奔走してきたゆりのことだ。ある大事なことにまで考えが至らないのも無理ないのかもしれない。結構重要な事だと思うんだけどな。

 

「――だったら」

 

「――何言ってんだよ。まだ、お前が残ってるじゃないか」

 

「えっ?わ、私!?」

 

音無の言葉にえらく動揺している様子のゆり。やはり、自分自身のことをすっかり忘れていたみたいだな。影との戦いの前に日向も言ってたじゃねえか。お前を1人残して行ったりしないって。

 

それにしても、先程の音無の指摘からゆりの様子がおかしい。話す言葉も歯切れが悪く落ち着きがない。今も身体にかかるシーツを手でいじり回していてアワアワと慌てているように見えた。

 

「そ、そっか。なんて言うんだろ、えっと……」

 

「どうしたんだよ。何かあったか?」

 

いつもとは違う様子にオレ達が皆首を傾げていると、唯一彼女の様子を察した立華が呟くようにポツリと口を開いた。

 

「――たぶんだけど、もうゆりの抱えてた葛藤は解けてる」

 

「「「えっ!?」」」

 

立華がポロリとこぼした内容に直井以外が驚く。直井は興味がなさそうだった。見破られたゆりも何やら恥ずかしそうにうーと唸りながらシーツに顔をうずめた。おい、誰だこれ。おぜうさまかよ。確かにカリスマブレイクしてるけども。

 

「そ、そうなのか、ゆり?」

 

「そ、それはその……!」

 

「よし、僕が催眠術で吐かせて「――やめろこらぁぁぁ!!」ぶわっ!?」

 

直井の催眠による強制暴露を防ぐため、全力でシーツを直井にぶん投げるゆり。それをバサッとまともに受けてしまった直井は後ろへとよろけるも何とか体勢を立て直していた。

 

「嫌がるということは――的中?」

 

「えっ!?い、いや!?そんなことないわ!!ほ、ほら!私リーダーなのにそんな簡単に解けちゃってたらいい笑い種じゃない!ねえ!?」

 

「ねえ、って言われても」

 

「じゃあ催眠術――ぶぼぉっ!?」

 

「そうよ解けたわよ!!それが悪いかぁぁぁぁぁ!?」

 

「あ、認めた」

 

今度は枕を全力投球。さすがに近距離はきつかったのか、顔面にそれをまともに受けた直井はひっくり返ってしまった。その際後頭部を打ったようでのぉぉぉと手で押さえながら身悶えている。自業自得なので全員でスルーした。

 

「はあ……。奏ちゃん、意地悪なんだ」

 

「ゆりが天の邪鬼なだけ」

 

「……ふふ、あなた言うわね。でも、何となく嬉しいな」

 

「何が?」

 

「ゆりって呼んでくれて」

 

「どうして?」

 

「だって、友達みたいじゃない?」

 

「友達。ええ、そうね、私達は友達よ」

 

ゆりも立華も互いに朗らかな笑みを浮かべる。親友同士の楽しげな談笑のように思えた。互いに美が付く少女なので見ているこっちも和やかな気分になった。

 

「――じゃあ、準備は無駄にならなかったってことだな」

 

「ああ」

 

「そうだな」

 

「準備?何か始まるの?」

 

ここでネタばらしするのもいいが、それはそれでつまらない。どうせなら直接見てもらって盛大なリアクションをとってもらいたいからな。

 

「ああ。奏、やったことないんだってさ」

 

「……何を?」

 

「まあ、行ってからのお楽しみだ」

 

十中八九びっくりするだろう。立華も張り切って準備してたし。あんなに気合いの入った立華は影との戦いでも目れないレアなものだった。

 

「じゃあ、私達は廊下で待ってるから、ゆりは制服に着替えて」

 

そう言って、立華は近くの机の上できれいに折り畳まれた戦線の制服を指す。ちなみに、今のゆりの服装はシンプルなパジャマだ。どっからかは分からんが、立華が持ってきた。

 

「…………」

 

「……?どうした?」

 

何やらジト目でこちらを見てくるゆり。いや、正確には立華を除いたオレ達男4人をだ。

 

「……一応聞くけど、誰が私を着替えさせたの?」

 

「……ああ、そのことな。もちろん立華だよ。オレ達は微塵も手伝っちゃいない」

 

その辺はちゃんと自重している。というか、そんなことで疑われるとは心外だ。

 

「本当かしら。もしかして舐め回すように私の身体に触ったんじゃないの?」

 

「アホ言ってんじゃねえよ」

 

「そうだぜ。だいたいゆりっぺの中途半端な体型に興味なん「――ふんっ!!」――ばぺっ!?」

 

刹那、ものすごい勢いで花瓶がオレの横をすり抜け日向の顔面に直撃した。鼻血を出しながら日向は撃沈。日向、今のはお前が悪い。

 

そのままバタンキューした日向。鼻からドバドバとムッツリーニの如く血が流れており、それに汚物を見るが如く冷たい視線を送るゆり。現在保健室では2名の人物が悶えている。なんだこれ。

 

「じゃあ、俺達は外で待ってるよ」

 

「ええ、そうしてちょうだい。あ、そこに転がってるのも忘れないでね」

 

「へいへい」

 

オレと音無とで床を鼻血で濡らす日向の足をそれぞれ掴むと、扉に向かって引き摺りだす。直井は引き摺られる前に自力で起きた。が、すぐにあることを思いだし足を手放す。日向が片足だけ引き摺られる変な体勢になったがどうでもいいや。

 

「すまん、音無。オレはちょっとゆりと話があるから先に出ててくれ」

 

「……?着替えでも手伝うのか?」

 

「おいバカやめろ。背後から雪女みてえな視線を感じるじゃねえか」

 

ふざけたことを言う音無が保健室から出て行った後、オレはゆりに向き直る。ゆり自身も警戒している視線を向けながら尋ねてくる。

 

「――で、何の用かしら?まさか本当に手伝「――ねえから」――そこまではっきり拒絶されると女子として複雑だわ」

 

「お前はオレにどうしてほしいんだっつーの。まあいいや。ちょっと聞いときたいことがあるんだよ」

 

「あら、何?」

 

 

 

 

 

 

「お前、なんで神になることを拒否したんだ?」

 

「…………」

 

なんとも嫌らしい質問だと思う。わざわざ蒸し返すような酷い質問だ。おまけに答えはなんとなく分かっているにも関わらずだ。

 

「それを知っているってことはあの男子生徒と会ったのね」

 

「まあな」

 

「よくもまあ、あんな存在の事を黙っていたものね」

 

「騒ぎになると思ったし、一応あいつとも約束していたからな。世話にはなっていたこともあったし、それを蔑ろにはできなかった」

 

オレの言葉にゆりはやれやれと頭を振る。しょうがないわねとクスクス笑いつつも、やがて神妙な表情へと変わっていった。そして2人の間には沈黙の時間が流れる。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「やっぱり言いたくねえか?」

 

「そういうわけじゃなくて、なんて言うかこう、改めて理由を思い返してみると気恥ずかしいというか、なんと言うか……」

 

はっきりしないモゴモゴとした言い方に再び首を傾げる。数十秒待った後ようやくゆりはポツリポツリと話し出した。

 

「――私は別にこの世界で最強の存在になりたかったわけじゃない。この世界を楽園にしたかったわけでもない」

 

「…………」

 

「私が今まで戦って、あの部屋まで行き着いた理由は――『皆を守るため』、だったんだから」

 

「ゆり……」

 

「本当、不覚よね。私ったら、あの子達――私の妹や弟達と同じくらい、あんた達のことを大切に思っちゃってたみたいだわ」

 

照れからか、少し顔を赤らめながら話すゆり。その姿は幾多の戦いを戦い抜いてきた戦士のものではなく、皆を包み込むような暖かな()の姿だった。

 

「そう考えたら、私を突き動かしていたものが消えて、何かに満たされていくような気がしたわ。段々、皆の後を追いかけたくなっちゃった」

 

「…………」

 

「――私ね、夢を見たの」

 

「夢?」

 

「ええ。あの子達が私に向かって言うの。『ありがとう、もう十分だよ』って。『もう苦しまなくていいよ、お疲れ様』って、そう言ってくれてたわ。ふふっ、現実じゃないことだけど正直許された気がしたわ。これも私自身のの都合のいい夢なのかもしれないけど」

 

嬉しそうに、だけどわずかに寂しそうに話すゆり。

 

「――オレはそう思わないな」

 

「えっ……」

 

そうだ。ゆりが見た夢は決してただの幻想なんかじゃない。オレにはその確信があった。理由なんてないけれど、確かにそれは本物だって。

 

「きっと、お前の妹や弟達はお前のことをずっと見守ってたんだよ。そして、ずっと言いたかったんだと思う。大切なお姉ちゃんに、その言葉を」

 

「…………」

 

「ゆりは自分のこと皆を守れなかったって卑下してたけどさ、その子達はそんなこと思ってなかったはずだ。その子達にとってきっと自慢の姉だったと思うぜ」

 

じゃなかったら、夢とはいえそんなことを言うもんか。ここは死後の世界。死者が存在するこの世界で、死者がその言葉を伝えられない道理はない。

 

「…………」

 

「だから――」

 

オレはいつの間にか俯いてしまったゆりのもとに歩み寄り、言葉を紡ぐ。

 

「胸を張れ。自分を誇れ。もう、悲しみや苦しみからは抜け出そうぜ。お前はそれだけのことをやり遂げてきたんだしさ」

 

ゆりの妹や弟たちもそれだけが望みなんだと、オレは思った。自分の大好きな姉が苦しむ姿は見たくはないだろう。

 

やがて、下を向いていたゆりの顔が上がり、その表情が見えた。

 

「――私」

 

「うん?」

 

「私、あの子達にちゃんとお姉ちゃんとして胸を張って向き合えるかな……」

 

「……ああ」

 

「SSSの皆にとって立派なリーダーでいられたかな……」

 

「もちろんだ」

 

「皆を、守り通すことができたのかな……」

 

「皆無事にここを去った。それが答えだよ」

 

「そう……」

 

見えたゆりの瞳から一筋の涙が流れた。今までどんな局面でも決して流さなかったそれを。窓から入ってくる優しい光に照らされたそれは1種の宝石のように輝きを放っていた。リーダーとして果敢に戦い抜いたゆりが見せる、小さな雫だった。

 

 

 

 

 

ゆりが着替え終わるのを待って、オレ達は保健室を後にした。ちなみに廊下に出るといつの間にか日向が復活していたが、もちろんスルーしたとここに記しておこう。

 

目的の場所へと向かっている途中、いつものSSSの制服になったゆりが皆の旅立ちについて尋ねてきたのでそれに答えていた。

 

「――そっか。本当に皆無事に旅立てたんだ。よかった」

 

「全員が手伝ってくれたおかげだな」

 

「ああ」

 

「苦労はしたけどな」

 

「ふん、神のなせる技だ」

 

安堵の息を吐くゆりにオレ達は微笑みを返した。

 

「にしても、皆何だかんだ言って結構楽しんでたんだよな、ここでの暮らし。それが分かったぜ。――あっ、高松も無事だったんだぜ?NPCになった後でも正気に戻れたんだ」

 

そう、日向の言うとおり実は高松も無事に戻ってくることができた。あの時はマジでビビった。皆で集まっているところにひょっこり戻って来たと思ったら、開口一番に「私の眼鏡はどこですか?」だもんな。思わず笑っちまったよ。大山は大泣きしてたけど。

 

「へ~、そうなんだ」

 

「……?あんま驚かないだな?」

 

「そう?」

 

「NPCになったら戻れないとか言ってなかったっけ?」

 

日向の報告に、あまり驚いた様子を見せないゆり。疑問に思った日向からの問いにゆりは一瞬思案顔になるが、すぐにそれもやめて微笑んだ。

 

「――思いの強さでいつか人に戻れるようにしてあったのね」

 

「――そういうことか。あの野郎、こういう大事なことはしっかり言っておけっつーの」

 

「んん?お前ら何言ってんだ?」

 

「こっちの話だ」

 

「こっちの話よ」

 

「……?」

 

あの男子生徒の事を詳しくは知らない日向に2人して似たような言葉で返す。今更話しても仕方のないことだし、もう終わったことだ。

 

頭の上にクエスチョンマークを浮かべる日向に苦笑しつつ、前を歩く立華へと視線を移す。彼女はニコニコと笑みを浮かべながら鼻歌を歌っていた。

 

「~♪~♪~♪」

 

ちなみに歌っている歌は、オレの中でかなり印象に残っている歌だ。

 

「その歌何だっけ?さっき作業してる時も口ずさんでたよな」

 

「……何だっけ?」

 

思わぬところで天然を発揮してきた立華に思わずずっこけそうになる。

 

「知らずに歌ってたのか。ほら、岩沢が最後に歌ってた『My song』だよ。覚えてるだろ?」

 

「ああ~、あの曲か」

 

「全校放送で流れたやつか、まったく」

 

そういや、あの時はまだ立華とは完全な敵同士だったし、直井とは面識すらなかったんだよな。そう考えると今こうやって一緒に歩いていることがものすごい奇跡のように思える。あの時の立華の一撃は痛かった。おそらく2度と忘れることはないだろう。

 

「『My song』か。良い歌よね」

 

「うん……!」

 

笑うゆりの言葉に嬉しそうに頷く立華。そうしてオレ達はその後も他愛のない会話を続けながら、目的の場所へと歩みを進めていく。

 

 

 

 

 

歩くこと数分。ようやく目的の場所へとたどり着いた。その場所を見て、ゆりが頭を傾げながらポツリと言う。

 

「ここは――体育館?」

 

「正解。お前を連れてきたかったのはここだよ」

 

「なんで今更体育館なわけ?ここに何があるの?」

 

「まあまあ、とりあえず入ろうぜ。話はそれからだよ」

 

「ちょっ、ちょっと!――もう!教えてくれたっていいじゃない」

 

少しふてくされたような表情をとるゆりに苦笑しつつ、その背中をそっと押して中へ入ることを促した。

 

「これって……!」

 

体育館に入ったゆりの第一リアクションはやはり驚愕だった。

 

そのリアクションの要因となったのは、体育館のステージに掲げられた段幕に書かれていた言葉だろう。オレだってこれを立華がやりたいって言った時は驚いたしな。でも、とても良いと思った。

 

書かれていた文字。それは――

 

 

 

「“死んだ世界戦線 卒業式”……」

 

「俺達で作ったんだ。文字は奏」

 

「ちなみに、あのSSSの旗はオレと日向が持ってきた」

 

「そうだったんだ……。奏ちゃん、卒業式したことなかったんだ」

 

「面白いのかなって」

 

少しずれた期待を口にする立華。卒業式は面白がるようなものじゃないと思うが……まあ、感想なんて人それぞれだろう。世の中には卒業式を面白がる奴もいるかもしれない。

 

「面白かねえよ」

 

あ、日向が言ってくれた。

 

「でも、字を書いてるときは楽しそうだったけどな」

 

「女子は大抵泣くんだぜ~」

 

「根拠ねえだろ、それ」

 

「ふん、これだから女は」

 

オレのツッコミなどどこ吹く風で、珍しく日向と直井の意見が合致。何か起きるんじゃないかと戦々恐々になりそうである。

 

「じゃあ、始めようか」

 

「えっ!?今から!?」

 

「なんのために着替えたんだよ」

 

「いや、その……本当に消えるのかなって。こ、心の準備が……」

 

モジモジとはっきりしないうちのリーダー。おい、マジで誰だよこの人。よく似た別人とかじゃねえの?

 

「何だそれは。それでも元リーダーか?」

 

「な、何よっ!!」

 

「お前、皆がいなくなってからリーダーっぽくなくなったよな」

 

「なー」

 

「へっ!?そ、そう……?」

 

「確かに何か変わったな……」

 

「えっ!?ど、どう!?」

 

「そうだな。……何か女の子っぽくなったな」

 

「あっ、それだ。その言い方が1番しっくりくる」

 

勝ち気なのはたぶん変わらないけど、そんな感じ。前は常に気を引き締めていて結構ピリピリしてた感じだったんだけど、今は雰囲気も柔らかくなって、ただ気が強いだけの女子って感じだ。

 

「そ、それ喜べばいいの?怒ればいいの?」

 

「戦い終えたらそんなことも分からない無垢な女の子に戻っちまったんだな~。ゆりっぺも可愛いとこあんじゃん」

 

「なっ!か、かわっ……あふぁっ!あわっ!ば、バカバカバカ!!」

 

「ぐえっ!?ちょっ!?タンマゆりっぷえはっ!?ぶはっ!?」

 

突然の日向の可愛い発言に、顔を赤らめてテンパったゆりは、右手で日向の胸ぐらを掴むと左手で頭をボカスカ叩き始めた。おおう、結構いいパンチ入ってる……。

 

ま、まあ、これも良い変化なんだろうし落ち着くまでほっといていいよな。日向には手を合わせておくが。南無ー。

 

「ふふ……。ゆり楽しそう」

 

楽しそうにボコッてるんですね、分かりたくありません。

 

「――よし!始めるぞ!」

 

ゆりが落ち着くのを待っていた音無の一声により、ついに『死んだ世界戦線 卒業式』が始まった。

 

 

 

 

 

「――開式の辞!これより、死んだ世界で戦ってきた死んだ世界戦線の卒業式を執り行います!ではまず、戦歌斉唱!」

 

「戦歌?何それ?」

 

「死んだ世界戦線の歌だよ。校歌の代わりみたいなの」

 

「私、そんなの作らせた覚えはないわよ!?」

 

「それも奏が作った」

 

「うん」

 

そういや、結局任せっきりでどんなの書いた全然知らねえんだよな。立華がすげえやる気になってたから丸投げしちゃたんだけどどうな感じなんだろ。

 

「あなたが作ったの!?って、そもそもあなた戦線じゃないじゃない!」

 

「いいじゃねえか。ほら、歌詞回して」

 

「なあ、音無。歌詞があるのはいいんだけど、曲っていうか、メロディーはどうすんだ?」

 

「校歌って大体似たようなもんじゃん?適当に歌ったとけば合うだろ」

 

「そりゃまたアバウトな」

 

「いいから。ほら歌うぞ。せーの!」

 

 

 

お空の死んだ世界から

 

お送りします お気楽ナンバー

 

死ぬまでに 食っとけ 麻婆豆腐

 

ああ麻婆豆腐

 

麻婆豆腐

 

 

 

「「――って、何だよこの歌詞!?先に誰かチェックしとけよ!歌っちまっただろ!?」」

 

あ、ツッコミが日向とパーフェクトに被っちまった。

 

オレ達2人の剣幕に、そそっと立華はゆりの背中に隠れてしまう。いや、怒ってるわけじゃないんだよ?

 

「ま、まあ、奏ちゃんなりに一生懸命真剣に書いたんだから、そんなに言うことないじゃない。ねえ?」

 

ゆりの言葉にコクコクと頷く立華。真剣、ねえ。さて、ならばもう一度歌詞を見直してみよう。

 

 

 

お空の死んだ世界から

 

お送りしますお気楽ナンバー

 

死ぬまでに 食っとけ 麻婆豆腐

 

ああ麻婆豆腐

 

麻婆豆腐

 

 

 

「…………」

 

「真剣にって……お気楽ナンバーって堂々と書いてあるんだが」

 

「6割は麻婆豆腐に関してだな」

 

SSSとか、死んだ世界戦線とかそう言った類の言葉が一切ない。これはこれで味がある気がするが、そこんところどうなんだろうか。

 

「でも、何て言うんだろ。奏の気持ちが詰まってる気がするよ」

 

「……?具体的にどの辺りだ?」

 

「頭からケツまで」

 

「うーむ……」

 

音無にそう言われて、何となくもう一度歌詞を読み直してみる。……まあ、分からなくもないな。何か上手く言えねえけど、そんな気もする。麻婆豆腐への愛が詰まってる、うん。

 

「ははは……。そうだな」

 

「やったね。奏ちゃん」

 

「うん!」

 

よし、これで戦歌斉唱は終わりっと。

 

「次は?」

 

「次は――卒業証書授与!」

 

「あるの?」

 

「作ったんだよ。また主に奏がな」

 

「えっへん」

 

本当、立華のハンドメイド感満載な卒業式だよな。それがとても暖かくもあるんだけど。立華は失礼かもしれないが例えるなら小さい娘が頑張ってるようなそんな感じ。

 

「そういえば、授与する校長は?」

 

この卒業式は学校側にとってはもちろん非公式のものだ。そのため、本物の校長を使うわけにはいかない。まあ、あの校長なら頼めばやってくれるかもしれんけどな。すげえ人の良いお爺ちゃんだし。教頭辺りに止められるだろうけど。

 

色々考えた結果、オレ達は代役を立てることにした。それは――

 

「お・れ・だ・よ!!」

 

壇上に上がり、鼻眼鏡とてっぺんのハゲたカツラをつける日向。そう、こいつが校長の代役だ。ハッキリ言おう。正直間抜けにしか見えない。

 

「……うわあ」

 

「くそお!!俺がじゃんけんで負けたんだよ!!文句あっか!?」

 

「ふん、貴様には適任だ」

 

「そうだぞ日向。バカっぷりが見事なシンクロを醸し出してるぞー」

 

なんならアクセルシンクロォォォォするレベル。なにそれ強そう。そして速そう。

 

「てめえらぜってえ誉めてねえだろ!!そもそも神乃!お前が卑怯な手を使うから……」

 

またまた卑怯だなんて人聞きの悪い。ちょっと手を出す瞬間にチョキで目潰ししただけじゃないか。悟空だって似たようなことやってたぞ。

 

「――作戦勝ちだ」

 

「この外道!悪魔!鬼ぃぃぃぃ!」

 

「まあ、日向の目はどうでもいいとして」

 

「いや、よくねえよ!?」

 

「無視だ音無。今聞こえてるのは幻聴だ」

 

「ちげえから!?ちゃんと俺喋ってるから!!」

 

「さあ、始めようぜ!!」

 

「無視されると思ったよちくしょー!!」

 

壇上からギャーギャー聞こえる叫びを涼しい顔でスルーしつつ卒業証書授与式が始まった。

 

「卒業証書授与!では、立華奏!!」

 

「はいっ!」

 

音無の名前の点呼に答えるように、しっかりと返事をして立華が椅子から立ち上がる。そのままキッチリとした動作で壇上まで上がり、校長に扮した日向から卒業証書を受け取った。

 

そして、立華が戻ってくるのを見計らい、再び音無が点呼をする。

 

「次、仲村ゆり!」

 

「はいっ!」

 

今度はゆりが壇上へと上がり、証書を受け取る。その際日向に微笑みかけながら口を開いた。

 

「それ、似合ってるわよ」

 

「へん、ほっとけ」

 

そんな短い会話をしたあと、ゆりは壇上から降りてきた。途中、証書に書かれた言葉を読んだようで、目を潤ませていたが変に追及するのは止めた。何を感じたのか、それはゆりだけに秘められるものだろう。

 

「次、直井文人!」

 

「はい!」

 

同じように直井も壇上へと上がる。直井は日向の前まで来ると、フッと笑い胸を張った。

 

「――我を崇めよ」

 

ドヤ顔である。夜神君かよ。新世界の神にでもなるのかよ。この世界だとあながち間違いじゃないのが怖い。

 

「はあ?ったく、んん!――お勤めご苦労様でしたぁ!」

 

「ふっ……」

 

証書を前の2人と比べると雑に受け取り、壇上から降りていく。その様子に思わず苦笑する。何と言うか最後まであいつらしい。

 

「次、お――」

 

「――音無結弦!」」

 

「――えっ?」

 

次に音無が自身の点呼をしようとしたのでそれを遮るようにオレが行う。わざわざ自分で言わなくてもオレがいるんだから任せてくれればいいのに。

 

「ほら、お前の番だろ。せっかく呼んでやったんだから返事ぐらいしたらどうだ」

 

「神乃……」

 

「もう1回いくぜ。音無結弦!」

 

「――はいっ!!」

 

嬉しそうに表情を緩めていた音無はキリッとした返事をして壇上へと上がり、自らの証書を日向から受け取る。自分のを大切に壇上の机の上に置いた音無は、ニヤリと日向に笑いかけた。

 

「――日向、それ取れよ」

 

「うん?あ、ああ」

 

「日向秀樹!」

 

「うえっ!?は、はい!!」

 

音無は壇上で突然日向の名を呼んだかと思うと、隠してあった証書を取り出し日向に差し出す。

 

「何だよ、まいったな……。へへっ、ありがとな」

 

「こちらこそ。すげえ世話になった」

 

2人は互いに手を差し出し合い、固く握手をした。何かこういうの良いな。その様子に思わず笑みを浮かべつつそんなことをふと考えていたオレの耳に、壇上からある言葉が届いた。

 

「――次、神乃!」

 

「えっ……?は、はいぃ!?」

 

一瞬、自分の名前が呼ばれたことにすら気づかなかった。だが、壇上にいる音無や日向の目線が自分に向けられていることに気づき、反射的に返事をして立ち上がった。声が裏返ったが気にしてはいけない。

 

「ほら、ぼさっとしてねえで上がって来いよ」

 

「お、おう……」

 

促されるがままに壇上へと上がる。そして、日向の目の前まで来ると、こいつは証書を差し出しニカッと笑った。

 

「ほら、お前の卒業証書だ」

 

「まさかオレの分まであるなんてな」

 

「当然だろ。これは皆の卒業式なんだ。お前だけ仲間はずれになんかするかよ」

 

「そうか……」

 

ああ、くそ……。ちょっと泣きそうだ。オレは若干潤みだした目を1度伏せて涙を堪えると、顔を上げ両手でしっかりと卒業証書を受け取った。それを優しげな笑みを浮かべながら見届けた音無、日向と視線が合う。

 

「今までご苦労さん」

 

「色々大変な目に合わせちまったけど、悪かったな。そして、ありがとう」

 

「それはこっちの台詞だっつーの。こっちこそ色々迷惑かけたのにオレなんかに良くしてくれてありがとう。本当に、ありがとな」

 

礼を言い、音無、日向とそれぞれ握手したあと3人で笑い合う。なんだかんだで男メンバーの中で一緒にいた時間はこいつら2人が一番多かった気がする。

 

馬鹿みたいなこともたくさんした。ケンカだって時々した。でも、最後には仲直りをして力を合わせて戦った。戦友であり、大親友である2人の事は絶対に忘れることはないだろう。

 

そう、例え刻々と別れの時間が近づいて来ようとも。




はい、第32話でした。

あまり話が進んでいませんね。すみません。ですが、時間に繋がるための伏線と言いますか、流れは作っておいたので大丈夫だと思います。

麻婆豆腐の歌、僕は好きです。ついでに麻婆豆腐も大好きです。激辛麻婆豆腐は手に入らなかったせいで食べれていませんが。今更ですが、どこかに売ってないですかね……。

この歌は確かラジオの公開録音でも歌っていましたよね。天使ちゃんらしい可愛らしい歌です。2番とかないかな(笑)

さて、ようやくと言いますか次回が最終話です。きっちりと自分でも納得のいく結末に仕上げたいと思うので、皆さんも気長にお待ちしていただけると嬉しいです。

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ではでは。

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