死後で繋がる物語   作:四季燦々

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さあ、段々投稿がギリギリになってきたぞ!(白い目)
最低でもこのペースを保てるように頑張ります。


Vow that carries

「――っ!?銃声、か?」

 

薄暗い通路を転倒しないように慎重に進むオレの耳にそんな音が反響して聞こえてきた。流石に音無達が駆けつけるには早過ぎるし、他のSSSメンバーは地上で戦っているはず。ということは、それ以外の人物による銃声ということになる。

 

聞こえてくる音を頼りに慎重に進む。やがて曲がり角にたどり着いたオレは、壁に背を当てていつでも戦闘に入れるように備えた。銃声はこの曲がり角の先から聞こえていたが、先程からその音は止んでいた。油断して進んだ先でいきなり影とエンカウント、なんてことも起きかねないため、ここは出の早い銃で対抗しようと考え懐から銃を取り出した。

 

そして、1、2、3!と頭の中でカウントを取り勢いよく飛び出す。同時に正面に銃を構えた。

 

「――誰っ!?」

 

鋭い声が響いたのち不意打ち気味に目に眩しい光が入り、やべっと思った時には反射的に片手で目元を覆ってしまっていた。戦闘において視界を狭めるなどただの愚行だ。自らの隙を相手に教え、突撃するタイミングを見誤ることになる。

 

やらかしたと思った時にはもう遅い。何かしらの一撃を覚悟したが、すぐ後から聞こえてきた驚きの色が混じった声によりその可能性は棄却されることとなった。

 

「――神乃君?」

 

「――その声、ゆりか?」

 

眩しい光をオレに向けてきたのは行方が分からなくなっていた我らがリーダーだった。突然のフラッシュのせいで今だに目が暗んでいるため、シュパシュパと瞬きを繰り返しながら尋ねるオレに呆れたようにため息をつくゆり。

 

「まったく、いきなり飛び出してこないでよ。ビックリしたじゃない。こんな暗がりから突然現れたら撃たれても文句言えないわよ」

 

「それに関しては謝る。でも、いきなりこんな暗いところそんな眩しい光を当てないでくれ。暗いから余計に効くんだ」

 

「あら、もちろん狙ってやったのよ。敵の視界を奪うことは戦術において基本。すなかけしかり、目つぶししかり」

 

「姑息すぎる……。とにかくその光消してくれ」

 

ようやく回復してきた視界の先でしょうがないわねと言いつつゆりは光を消した。どうやらオレの視界を奪ったのは懐中電灯だったらしい。おまけにマシンガンまで携えてやがる。つまりは懐中電灯の光で目が暗んだ相手を反撃の機会を与えずに蜂の巣にするつもりだったらしい。随分と恐ろしいことを考えるものだ。

 

「で、お前こんなところで何をしてんだ?」

 

「それはこっちの台詞。あなたこそこんな所で何してんのよ」

 

「言っただろうが、オレは戦うって。お前らの行く末を見届けるまで消えられっかよ」

 

「――そう、それがあなたの出した答えなのね。覚悟はできてるのかしら?」

 

ゆりはなんとも微妙な顔をしていた。残ってくれて嬉しいと思う反面、危険な世界(ここ)に留まることを懸念しているようだった。

 

「当たり前だろ。覚悟なんて、お前に皆を守るって誓った時からとっくにしてるよ」

 

「――まったく。とんだ単純馬鹿よね、あなたも」

 

「うっせいやい」

 

そうだよ、単純馬鹿の何が悪い。馬鹿は馬鹿なりに行動で示すんだよ。1度誓ったことは守る。それをフラフラ変えるようじゃ、それはそいつにとってその程度の価値しかないということだ。生憎、オレの誓いはそんな軽いもんじゃねえぞ。

 

「他の皆は?」

 

「妨害班の面々は影達を抑えてる。音無と日向と直井が1番近いだろうからじきに追いついてくるだろうな」

 

そういや久しぶりに口に出したな妨害班。妙に懐かしい言葉だ。だって立華が敵じゃなくなったし、今ではその対象が影になっているしな。

 

「……お人好しばかりね、うち(SSS)は」

 

「その筆頭が何を言うか。あと顔ニヤけてんぞ」

 

「私がお人好し?まさか、私は好き勝手にやってるだけよ。昨夜も言ったでしょ。あとニヤけてない」

 

「はいはい。そう言うことにしておいてやるよ。お前と再会できた以上、あとは影をどうにかするだけだ。今は先に進もうぜ」

 

苦笑するオレの態度にムッとするゆりだったがその言葉に気持ちを引き締め直したのかマシンガンを持つ手に力が籠る。が、すぐに質問を投げかけてきた。

 

「あなた、やっぱりどこに行けば影達を消せるのか知ってるの?」

 

「ああ、たぶん正解。――って、やっぱり?」

 

「あなたが影、というか、この世界について何か隠していることぐらい気づいてたわよ。そして、今から行こうとしている場所はそのことに関係してる。どうかしら」

 

あなた、隠し事下手過ぎなのよと肩をすくめて言うゆり。おうふ、こいつにもバレてたとは。ちょっとバレすぎじゃない?もはや視聴者から見た推理中のコナン君レベル。何故登場キャラ達あれで気づかんし。

 

さて、この非常事態でアホな事を考えるのは止めよう。それはさほど重要じゃない。推理が面白いからあれで問題ないんだ。

 

「ご明察。こっちだ」

 

「道案内よろしく」

 

ゆりから懐中電灯を受け取り薄暗い通路の先を照らす。『第2コンピューター室』はまだまだ先だ。なるべく戦闘は避けて行こう。

 

 

 

 

 

――そう思っていた時期が私にもありました。

 

「おらぁ!!邪魔じゃボケェ!!」

 

「蜂の巣になりなさい!!」

 

湧くわ湧くわ。そりゃもう湯水のように影が湧く。しかも前後ろ関係なくだ。だから前の影をゆりが、その彼女を襲おうとする影をオレが斬り捨てまくる。先ほどから何十回と繰り返してきたパターンだが、いい加減疲れてきた。つか、こいつら黒すぎて分かりづらくてかなわん。

 

「おい、ゆり!さっさとその前の奴ら片づけてくれ!」

 

「分かってるわよ!」

 

怒声を吐くように答えたゆりが銃弾の雨を影達に降らせる。そして、彼女の合図とともにわずかに開いた突破口を駆け抜け、影達をやり過ごすように一旦物陰に身を潜めた。物陰から進むべき先に顔を覗かせるとそこにもウロウロとする黒い塊が。おいおい、勘弁してくれよ……。

 

「ほんと、うんざりするぐらい湧くわね。夏の風物詩の虫みたい」

 

「おい馬鹿やめろ。気持ち悪くて倒せなくなるだろうが」

 

「冗談よ。それにしても、これだけ湧くってことはおそらくあなたの言う場所であってるのでしょうけど……」

 

そこまで溢しゆりは苦々しく口を閉ざし、しきりにマシンガンを気にし始めた。

 

「どうした?」

 

「弾が少ないのよ。あなたは?」

 

「銃弾はまだ半分くらいある。刀だってまだまだ振れるけどちょっと心もとねえな。数が数だし手数が足りない」

 

それにしてもここにきてゆりの弾切れの問題かよ。一応彼女はナイフでの近接戦闘はできるが、椎名程の素早い動きができるわけでもないし、リーチが短い武器で影に近づくのはあまり得策とは言えない。下手をしたら高松のように取り込まれかねないからな。

 

「――ゆりっぺ、神乃」

 

さて、どうしたものかと思考に浸っていると突然通路内にバリトンボイスが響く。意外と近い所から聞こえてきたその声に慌てて振り返る。

 

「チャー!?」

 

そこには長方形のケースと細長い布の包みを持ったチャーがいた。いつものように作業服で額にはゴーグル。高校生とは思えない渋い顔つきのギルド長はニヤリと男らしく笑った。

 

「話はギルドの底まで伝わってきた。今は全員が地上を目指している。ありったけの武器をこさえてな」

 

「――そう」

 

「これを持っていけ。で、お前にはこれだ」

 

チャーの言葉にゆりは短く返事を返す。それだけだったが、チャーは満足したのかケースから新しいマシンガンと弾をゆりへ、そしてオレには細長い布の包みを投げ渡してきた。いきなりのことに慌ててそれを掴む。ズシリと伝わる重さにそれが何か理解した。

 

包みを解くと中からは新しい刀がその姿を現す。愛刀の鞘の色が赤みを帯びているのに対し、新しい刀の鞘は黒い。試に抜刀してみると銀色の鋭い刃が懐中電灯の明かりに反射して輝いた。見ただけで分かる。かなりの業物だ、今使っている刀と遜色ないほど。

 

「あ、ありがとう」

 

「サンキュー、チャー。でも、これをどう使えと?」

 

「何言ってる。二刀流は一応教えただろう。2本とも使え」

 

それくらいはできるだろうと煽るように我が剣術の師は言う。いや、確かに教わりはしたけどと半ば呆れる。あの特訓は教わるというかほとんど遊びのようなものだった。現に実践では1度も二刀流は使ったことがない。念のため木刀で時々練習したりはしてたけど。

 

でも、師匠にそんな挑発受けたらやるしかねえじゃねえな。そう思ったオレはハッと鼻で笑い、挑発に対して上等だと答える。それに満足したチャーは頷くと小さく笑みを浮かべた。まるで、もう心残りはないと言わんばかりに。

 

「……戦いが、終わるのか」

 

「……ええ。終わるわ」

 

「――そうか。なら俺達も解散だ。お前達が戦うからこそ頑張ってこれたんだからな」

 

「今までありがとう。あなたがいなければ何も始まっていなかったわ」

 

「いや、1人の馬鹿がいただけさ」

 

誰を指した言葉なのだろうか。だが、それは憂いを帯びた声色ではなかった。後悔などない、十分満足したと言わんばかりの様子にオレはオズオズと声をかける。

 

「チャー……」

 

「なんだその様は。お前も辛気くさい顔してないでシャキッとしろ」

 

「オレからも礼を言わせてくれ。――本当にありがとう」

 

心の底からの謝辞を込めて頭を下げる。弟子として、友として、戦う力をもらった者として。オレはチャーと言う1人の男に頭を下げた。

 

オレはこの男に憧れていた。決して表舞台には立たずとも影ながら皆を支えるこの人物を。戦う力を与えるということは、同時に相手を傷つける力を与えることと同義だ。使い方を誤れば仲間すら傷つける。

 

しかし、チャーはその正しい使い方を教えてくれた。傷つけるだけの力ではない。正しい力の使い方を知ることで本当に倒したい敵を倒し、守りたいものを守ることができるのだと。

 

現に今オレがSSSの皆と肩を並べられているのはチャーのおかげだ。正しい力の使い方へと導いてくれたからだ。それだけで、この師には頭が上がらない。

 

「――ふっ、達者でな」

 

それだけだった。チャーが最後に残した言葉はたったそれだけの言葉だった。ポンとオレの頭に手を置き、やがてその感覚もなくなっていった。頭を上げるとそこにはもう誰もおらず、薄暗い空虚な空間が広がるばかりだった。

 

――こうして、ずっとSSSを支え続けた偉大な男はこの世界を去っていった。最後まで最高にかっこよく。

 

 

 

 

 

 

 

「――さあ、行くわよ。ここでジッとしていても始まらないわ」

 

「――ああ、分かった」

 

受け取った刀をいつも帯刀している方とは逆の腰へと差す。ズシリと新しく伝わる重さに今一度気を引き締めると、物陰から飛び出し通路に蔓延る影達の集団へと斬り込んで行った。

 

「うおらぁぁぁぁ!!」

 

右手に愛刀、左手に新刀を握り影達を圧倒する。左右の刀を交差するように振り降ろして正面の影を消滅させると、グッと足に力を込めてその奥にいる影に向かって飛び込む。交差した状態から逆再生をするよう刀を振り上げ、その影も消滅させた。

 

その後も向かってくる影達を次々に屠る。手数が増えたことでよりスピーディに影達を倒せるようになった。ゆりも新調したマシンガンを乱射し次々に打ち抜いていく。そうしてひたすら歩を進めた。途中からはほとんど無の状態だった。ただ眼前の敵を倒す、それだけだった。数分の交戦ののちいつの間かに広めの空間へとたどり着いていた。影の気配は今の所なく、辺りには静けさが満ちている。

 

「――あらかた片付けたか?」

 

「そうみたいね。あまり油断はできないけれど」

 

ようやく息つく暇ができたと左右に持つ刀を鞘へと収める。

 

「ここは――オールドギルドの入口か」

 

「目的の場所はまだ遠いのかしら?」

 

「まあ、ここまで来たらもう少しだよ。それより、せっかく影達がいないんだ。束の間の休息といこうぜ。さすがに疲れてんだろ」

 

「……そうね。そうさせてもらうわ」

 

オレ達は火を失った(かまど)のような物に背を預け、床に座り込む。戦闘によって火照っていた身体に石造りの冷たさが染み渡った。

 

「…………」

 

「…………」

 

「……大丈夫か?」

 

「ええ……」

 

互いに会話らしい会話が続かない。ゆりにしては珍しくやたら静かだった。

 

「どうした?」

 

「……天使――ううん、奏ちゃん頑張ってるかなって考えちゃって。人間だってことをもっと早く気づいてあげられてたら、今よりずっと仲良くやれてたのかなって、そう思って」

 

「……そうだな」

 

「でも、そんなの結局は無理よね。犯してしまった過ちを後悔して得られるものなんて虚しさだけよ」

 

「ゆり……」

 

手に持つマシンガンを強く握りしめる。彼女自身馬鹿な事を言ってしまったと考えているのだろう。確かにそのifは魅力的だ。そして同時に無意味だとも言える。何故なら過去はもう決まってしまっているからだ。どんなに振り返ろうともその結果が変わることはない。

 

「――遊佐とコハクを見送った」

 

唐突に呟いたオレへとゆりが視線を向けてくる。それに構わずオレは言葉を続けた。

 

「あいつら、去り際になって言ったと思う?また会おうって言ってきたんだよ」

 

「そう……」

 

「確かにオレが彼女達とまた再会できる可能性は0に等しい。無理なのかもしれない。ただの理想なのかもしれない。――それでも、()()()()()()()()()()()

 

「――っ!」

 

「過去は無かったことにはできないし、しちゃいけない。それはそいつそのものなんだ。でもな、未来はいくらでも変えられる。目の前にある選択肢は自分の一挙一動でどうにでもなる。お前が立華にしてしまったことを後悔しているのなら、この騒動が終わったらきっちり謝れ」

 

「神乃君……」

 

「例えこの世界を去ったとしても再会の可能性は0じゃない。オレがあいつらに約束したようにな。だから、お前もそれくらいの気概を持て。未来で再び出会って、そこから始めるくらいの根性を見せやがれ。……それぐらいの傲慢さがお前には合ってるよ」

 

我ながら結構無茶苦茶な事を言っている。どうやらオレもこいつに影響された奴の1人らしい。そんなオレの言葉にゆりはしばし黙った後、やがてふふふっと口元に笑みを浮かべた。

 

「――あなた、結構ハードな事言ってる自覚ある?」

 

「はんっ!日頃のお前の無茶ぶりに比べたら安いもんだろうが。それとも我らSSSのリーダーはこんなことで尻込みするほどヘタレなのか?」

 

「冗談でしょ。私がヘタレ?ありえないし、笑えないわ。――いいでしょう。あなたのその安い挑発に乗ってあげる。見てなさい、私は奏ちゃんと親友になってみせるわ」

 

そう意気込んで立ち上がるゆりに微笑み、オレもよっこらせと腰を上げる。目的の『第2コンピューター室』まではあと少し。早くたどり着いちまおう。

 

深部へと続く通路へと歩を進める。しかし、それを合図にするかのようにオレ達を取り囲みながら一斉に影達が出現し始めた。反射的に左右の腰に携えた刀を抜刀する。

 

「チッ!!本当にうざってえ奴らだな、おい」

 

「愚痴ってないで蹴散らすわよ!」

 

おおよっ!と意気込み互いに目の前の敵に立ち向かう。振り降ろされた拳を紙一重で躱し、カウンター気味に右手で一閃。すかさず身を伏せると、薙ぎ払ってきた影の腕が頭上を通過していった。その根元を断ち切るように左手を振り払うとゴロゴロと地面を転がる。

 

立ち上がったオレは汗を1つかいた。くそっ、さすがにこの場所じゃ分が悪いかと思わず悪態をつく。

 

というのも、このオールドギルド入口は通路と比べてやや開けている。影達を相手にする場合取り囲まれる危険性もあるのだ。通路では前後だけ警戒していればよかったのだが、ここでは360°警戒しなければならない。それだけ対処するのが難しくなる。

 

「消えろ、消えろ、消えろぉぉぉぉぉ!!」

 

ここは早々に突破した方が良さそうだと怒声を撒き散らすゆりへと視線を移す。その瞬間、オレは見てしまった。彼女の背後から忍び寄るように出現した影を。

 

「――きゃあっ!?」

 

「ゆりっ!?」

 

急いで知らせようとしたが、一瞬遅く彼女は影に囚われてしまった。我武者羅に動きその拘束を解こうとするが、影の腕力は馬鹿にならない。女子である彼女ではピクリとも動かす事は出来なかった。おまけに影達が彼女の下へと集っていき、次第にその身体が影に飲みこまれていく。あれは、大山の言っていた高松と同じ現象!

 

「くっそぉ!!邪魔だお前らぁぁぁ!!」

 

縦横無尽に刀を振るうが、頭に血が上り冷静さを失ってしまったオレも背後への警戒が甘くなる。その隙を逃さなかった1体の影により背中を押えられ地面に組み伏せられる。

 

「ぐぅっ!!ぎぃぃぃぃ!!」

 

ミシミシと押さえつける手に力を込めていく影。そして、オレの周りにも影達が集まってきた。足先から底なし沼にに沈み込むように飲まれていく身体に恐怖しつつ、黒く染まり始めた手を必死にゆりへと伸ばす。届け、届けと伸ばした手は――何も掴むことなく空を切った。

 

――やがて、オレの意識が黒に染まった瞬間、その手も力尽きる様に影の中へと沈んでいった。

 

 

 

 

 

~ゆり side~

 

「――え~、ですので。ここの公式は14を――」

 

ふと我に返る。目の前には広げられたノートに教科書、女の子らしさはあまり見られない筆記用具。顔を上げると教師が黒板に数学の公式を板書していた。眠気を誘う怪音波のような声を聴きながら物思いにふける。

 

――あれ、私何をしてたんだっけ。

 

「――で。ほら、消すぞ。いいか?」

 

「――へっ?」

 

コツコツとチョークを鳴らした教師がクラス全体に尋ねる。その確認の声にギギギッと錆びた機械のように自らのノートに視線を移した。――見事に真っ白だ。

 

「うわあああああっ!?」

 

「どうした仲村?いいかー?」

 

「あっ、は、はい。ど、どうぞ……」

 

『あっはっははははは!!』

 

慌てた様子とどぎまぎした態度がツボったのだろう。途端、教室中で爆笑が起こった。火が出るんじゃないかと錯覚するほど顔に熱が籠る。私は笑う視線から逃れる様に顔を伏せるのだった。

 

 

 

 

 

「――あ~~!くっそ!恥かいた」

 

授業が終わり、ひととおりトイレの中で愚痴った後に教室へと戻る。自分の席に着き、腕をついた手で顔を支えながらボーと運動場を見ていた。

 

「――ねえっ!」

 

それにしてもさっきの感じは何だったんだろう。休み時間と言うことでクラスメイト達の騒音紛いの雑談の声をBGMに先程の不思議なことを考える。大事な事を忘れているような気がする。でも、それが何なのかが分からない。そんなモヤモヤとした気持ちが溢れるばかりだった。

 

「――ねえったら!」

 

何か別の事をしていた?いや、でも私は普通に授業を受けていたはずだし、こっそり抜け出すようなこともしちゃいない。なら、この感じは何?喉に物が詰まったような、この不快な違和感は何を意味しているの?

 

「ねえっ!ゆり!」

 

「へっ!?」

 

突然横から女子に話しかけられた。あれ?この子――

 

「何やってたのよ、授業中に」

 

「何って別に。単に考え事よ」

 

「考え事?授業が上の空になるくらい?あっ!もしかして恋っ!?恋ね!!」

 

「バーカ。できるもんならしてみたいわよ」

 

「ふーん。藤原君とか――」

 

意気揚々と語り始めた女子生徒に視線を移す。その瞬間、その逆方向である窓の向こう側――運動場の方で()()の気配を感じた。誰かがいる、そんな気配がしたのだ。

 

「――――っ!?」

 

感じたままに跳ねる様に窓の外へと顔を向けるが、そこには誰もいなかった。次の時間利用する授業は無いのだろう。薄い黄色のような色の土にわずかながら生えた雑草。いつものシンと静まり返った運動場がそこにあるだけだった。

 

「…………」

 

――おかしい。確かにあそこで()()が起こっていた。今は見えないが、確かに()()が。()()()()()()が必死に()()をしているような、そんな感じが。

 

「ねえ、聞いてんのゆり?あっ!ほら、藤原君今1人でいるよ!藤っ原く――」

 

「こらっ!!この――」

 

ほぼ話したことが無いような男子とどう話せって言うの!というか、本気で興味ないから!

私は男子生徒を呼ぼうとした女子を全力で阻止。口を手で塞ぎ、名前で注意しようとするが――

 

「――って、あんた誰だっけ?」

 

この子とは結構仲が良かったはずだし、何度も遊んだはず、よね。どうして名前が思い出せないの……?

 

「え?ひとみじゃん?」

 

「あ、うん。ひとみか」

 

そう、この子はひとみ。友達のひとみ。なんで思い出せなかったんだろう。やっぱり今日私は変だ。熱でもあるのかしら。次の休み時間になったら保健室に行こう。

 

「そうだよ。どっか変になっちゃった?」

 

「そうかも」

 

「むふふふ。それはね~」

 

「はいはい、恋煩いとか言うんでしょ」

 

「正解!」

 

ニコニコと笑みを浮かべ、ピンと指を立てるひとみ。まったく、この子はいつもこうなんだか。すると、キーンコーンカーンコーンとチャイムが鳴る。それを合図にゾロゾロと教室中にバラけていた生徒達が怠そうに自身の席へと戻っていった。

 

「はあ、チャイムも鳴ったし席に戻りな」

 

「うん!」

 

自分の席へ戻っていくひとみを見て、もう一度溜め息をつきながら私も自分の席に座る。どうしちゃったのかしら。意識が吹っ飛ぶような考え事をしたり、何か妙な事を感じたり。まるで絵に描いたような厨ニ病ね。くだらない。

 

――結局、このモヤモヤとした感じは、先生が来て授業が始まっても消え失せることはなかった。

 

 

 

 

 

「――というわけで、ここをよーく覚えておけ」

 

どんどん授業は進んでいくが、私はまともに受ける気がしなかったので、再び窓の外をボーと眺めていた。

 

――いつもどおりの授業

 

――いつもどおりのクラスメート

 

――いつもどおりの日常

 

当たり前の光景がそこにはあった。でも、そこに自分がいないような気がした。憧憬に過ぎない出来過ぎたものに見えた。手にしているはずなのに、ただの紛い物でしか無いという杞憂があった。

 

「――ん?おい、仲村。どこ見てるんだ?」

 

「…………」

 

「おーい、ゆり~」

 

「……えっ」

 

ひとみの呼ぶ声でようやく指名されていることに気づく。ついついと正面を指差すその子の指先を追って黒板へと視線を移すと不思議そうにこちらを見つめてくる教師がいた。やがて、まあいいかと思ったのか教科書を手に呼びかけてくる。

 

「まあいい。じゃあ、仲村。そのまま次のページの頭から読んでみろ」

 

「…………」

 

そんなこと言われても、聞いていなかったのだから今どこをやっているかなんて分からない。しかし、ずっと座ったままというのはマズいから、とにかく1度席を立つ。周りより少しだけ高くなった視線で教室中を見渡した。

 

「…………」

 

「ん?どうした?」

 

「…………」

 

授業を聞いていなくて指名されて、どこか分からず皆に笑われて恥かいて、授業が終わったらひとみを含めた友達に茶化されて、だけど最後には私も笑う。そんな、当たり前のような学校生活。

 

――こんな()()()()()な日常は、きっとこれからも楽しくて気持ち良いんでしょう。誰にでも当然のように与えられた時間なんでしょうね。

 

 

 

 

 

 

 

――でも

 

 

 

――それでも

 

 

 

――私は

 

 

 

 

 

 

 

「――すごく幸せですね」

 

 

「……何を言っとるんだ?」

 

不意に私の口から零れた言葉に怪訝そうな顔をする教師。周りのクラスメートも何事かと視線を集中させてきた。

 

「すごく幸せな風景。私には眩しすぎる。皆こんな時間に生きてるんだ。いいですね、羨ましいです」

 

ああ、私は何を話しているんだろう。ほら、周りの皆もポカンとしてる。自分でも何を言っているのか分からない。でも、止められない。一言一句を紡ぐ度に()()意識が鮮明なっていく。

 

「ここから消えたらやり直せますかね?こんな当たり前の幸せを私は、受け入れられますかね?」

 

「仲村……?」

 

「ゆり……?」

 

「記憶も失って、性格も変わって。――なら、できますよね?」

 

確証などない。でも、きっとそれはできる。

――だけど。

 

「だったら生まれ変わるって何?それはもう私の人生じゃない、別の誰かの人生よ。人生は私にとってたった1度のもの――それは()()に、たった1つしかない」

 

私は胸元に手を当て、さらに言葉を続ける。静かに、しかし心の底から叫ぶように。

 

「これが私の人生。誰にも託せない、奪いもできない人生。押し付けることも、忘れることも、消すことも、踏みにじることも、笑いとばすことも、美化することも、何もできない!!」

 

どんな人生だろうと、目を逸らす事なんかできるわけがない。だって、それが私だから。『仲村ゆり』という1人の存在だから。他の誰でもない、私だけが刻んできた人生なんだから!!

 

「ありのままの、残酷で無比なたった1度の人生を受け入れるしかないんですよ!!」

 

気が付けば教室には私1人だけになり、窓の外からは薄暗い空を染め上げるような淡い光が差し込む。それでも私は止めない。どこかで聞いてるかもしれない存在に対して。これが私なんだと主張するように。

 

先生(神様)、分かりますか?だから私は戦うんです。戦い続けるんです。そんな人生――一生受け入れられないから!!」

 

バンッと机を激しく叩き思いのたけを叫んだ瞬間、窓ガラスが割れ黒い波のようなものが押し寄せてきた。まるで私の存在を排除しようとするかのように押し寄せるそれに抵抗できず飲みこまれる。

 

「くうっ……!」

 

必死にもがくが勢いに押され徐々に沈んでいく。そして――

 

 

 

 

 

『――手を伸ばせ!!』

 

――薄れそうになる意識の中、伸ばした手を誰かが掴み取ってくれるのを感じた。

 

 

 

 

 

~神乃 side~

 

ココハ、ドコダ?

 

オレハ、イママデナニヲシテイタンダ?

 

ワカラナイ、ナニヒトツ。

 

アア、ナンダカネムクナッテキタ。

 

モウ、ナニモカモドウデモヨクナッテキタナ。

 

コノママ、ネムッテシマオウカ。

 

 

 

『――唐突だけど、あなた入隊してくれないかしら?』

 

ナンダ……?キュウニコエガ……

 

『――お前はお前、それ以上でも以下でもなく、神乃っていう俺達の仲間だ』

 

『――俺にはお前らが必要だ』

 

『――やるよ!記憶無し男共!』

 

『――私もあなたに協力を申し込むわ』

 

『――今こそ決着の時だ』

 

『――Wooooooo!』

 

『――やっべっ!?失せるぜ!!』

 

『――なんてバイオレンス!?』

 

『――あさはかなり』

 

『――着痩せするタイプなんです!』

 

『――人の名前を考えるというのは難しいな』

 

『――ユイにゃん♪』

 

『――よしっ!爆破っ!!』

 

『3.14159265358979……』

 

ダレダ、コイツラ。

……ワカラナイ。

 

 

 

 

 

『――私は遊佐と呼んでください』

 

『――コハク、それが私の名前』

 

ユ、サ?コハク?

 

『――顔、大丈夫ですか?』

 

『アンタみたいな変態、アンタで十分』

 

『――す、すみません……!』

 

『――じゃあ、やっぱり私は悪い子なんだね』

 

『――複雑な顔が物理的にさらに複雑になっていますよ?』

 

『――お喋り?うん!するする!』

 

『――もう、私が何を言っても考えを改めてくれないのですね』

 

『――泣かないで、神乃』

 

『――では、そろそろ私達はいきます』

 

『――ありがとう神乃。私を救ってくれて』

 

ナンデダロウ、スゴクオチツクコエダ。

 

オレハ、コイツラヲシッテイル。ナニカタイセツナ、ホントウニタイセツナ『ヤクソク』ヲシタ。

 

『――必ずまた私とコハクさんに会いに来てくださいね』

 

マタ、アイニ?

 

――グッ!アタマガイタム……!ナニカ、ナニカヲオモイダセソウダ……!

 

 

 

 

 

 

 

 

『――またいつか、再会の時まで』

 

……ソウダ、ゼンブオモい出した。大切な仲間も、あいつらのことも、オレ自身のことも。

 

「……やれやれ、何やってんだか。こんなんじゃ、またあいつらに怒られちまうな」

 

くつくつを笑いがこみあげてくる。次第に意識がはっきりとし始め、目を開けた。辺りは真っ暗で何も見えないが、きっと大丈夫だ。

 

「離れても世話になりっぱなしだな……。ありがとう。遊佐、コハク」

 

また彼女達のおかげだ。こうして前に進めるのは。これは再会した時に返さなくてはいけない借りが増えたなと苦笑する。

 

辺りを見渡す。ここにはどこまでも続く暗闇だけが存在していた。どこまで行けば行き止まりなのか。オレは今どういう状態なのか、それすらも分からなかった。おまけに刀も銃もなく完全な丸腰。今ここで影に襲われでもしたら最悪だな。

 

「ゆりは……大丈夫なわけねえか」

 

意識を失う寸前の記憶から、ここが影の中だということはなんとなく察しが付く。ということは彼女も同じような状況にあるということだろうか。可能性は十分にあるな。

 

「――おらぁっ!!こっから出しやがれ!!」

 

試しに叫んでみたが、何も反応はない。ですよねー。

 

「やっぱ、意味ねえか。おいおい、早くも手詰まりじゃねえか」

 

嘘、私の手札少なすぎ。――いや、冗談抜きでどうしよう。こんなの陰湿な場所いつまでも長居はしたくないんだけど。

 

『――プログラムノカイザンニシッパイ。ゲンインヲトクテイスルコトハデキマセンデシタ』

 

「――――っ!?何だっ!?」

 

不意に、空間内に無機質な声が響く。プログラムの改ざん?原因特定の失敗?

 

「改ざん、原因特定……。もしかして……!!」

 

まさかオレは今現在進行形で影に書き換えられようとしてんのか!?

 

『サイドプログラムカイザンヲジッコウシマス。……プログラムノカイザンニシッパイ。ゲンインヲトクテイスルコトハデキマセンデシタ』

 

だが、どうやらそのプログラムの改ざんとやらはうまくいっていないようだ。オレが自我を持ったNPCであることと関係しているのだろうか。いずれにせよ、今すぐどうこうなるということはなさそうだ。

 

「――って、感心してる場合じゃねえな」

 

“ええ、まったくそのとおりだと思います”

 

「――っ!!その声は……!」

 

先ほどから流れている無機質な声に混じって、今度は男子の声が空間に響く。間違いない。オレに自身のことを教えたあのいけすかねえ奴の声だ。

 

“お久しぶりです。僕のことを覚えてくれていたようですね”

 

「どこだっ!?出てきやがれ!?」

 

“大変申し訳ないのですが、それはできません。僕自身が取りこまれてしまう可能性もありますので。今は音声のみを繋げさせていただいています”

 

僕はあなたのようにイレギュラーではなく普通のNPCですから、と最後に付け足す。おい、お前のどこが普通のNPCだっつーの。十分お前もイレギュラーだろうが。

 

ったく、相変わらず一々ムカつく野郎だ。音声だけしか認識できないからぶん殴れないのが至極残念だ。

 

「――まあいい、聞こえてんなら話は早い。この真っ暗空間から出せ」

 

“残念ながら僕には無理です。言ったでしょう、あなたはイレギュラーなんですから。僕の手には負えません”

 

「お前一応NPC管理してんだろうが。どうにかしやがれ」

 

“どうしようもありません。以前言ったように、僕はあなた自身のことには介入できませんし、そもそも僕もプログラムの一部にすぎませんから”

 

ここまで出張っといて結局何がしたいんだ、こいつは。

 

“何のことだか分からないってご様子ですね。つまり、僕はNPCやこの世界を管理するプログラムであって、プログラムを作ったプログラマーではないということです”

 

「回りくどいっつーの。要点だけを分かりやすく、簡潔に、率直に言え」

 

“管理プログラムと言えどそのシステム全てを掌握しているわけではありません。僕は元々与えられた権限の範囲で実行するのみ、要約すればそういうことです”

 

なるほど。プログラムであるこいつは決まった範囲の管理操作しか起こせねえってことか。そして、今回のオレの状況はその範囲外にあると。おい、それ詰んでんだろ。

 

「――随分スラスラ教えてくれるじゃねえか。何企んでんだ?」

 

“何も。強いて言うならば、イレギュラーなあなたに何か起これば、また他のイレギュラーな事態の引き金になりかねませんからね”

 

予防みたいなことですよ。と言う男子生徒。遠回しに、『ちゃんとあの修正プログラムで戻れ。じゃないと予想外の事が起きる可能性があるだろうが』と言われている気がする。

 

“それで、抜け出す方法ですが僕にも分かりません”

 

「……結局自力かよ」

 

“ええ。そうするしかありません。何故なら、過去に例の無い状況なのですから”

 

「ったく、分かったよ。どうにかする。あとダメもとで聞くが、影は消せるのか?」

 

“無理です。それは確かに僕にプログラミングされていますが、管理者権限で解除は不可能になっています。あの第2コンピューター室にあるPCを破壊でもしないかぎりほぼ無限に湧き出るでしょう”

 

では、幸運をという言葉を残しブツリと何やら回線が切れるような音がした。どうやら、向こうから通信を切ったらしい。勝手に喋って勝手に消えやがった。あいつ、マジで殴る。

 

「……さて、どうすっかな」

 

正直言って打つ手はない。あたりは真っ暗闇。どこにも光の一筋すら見ることは叶わない。どれくらい意識を失っていたのかも分からないため向こうの状況も把握できない。

 

「はあ……。やめやめ、ナーバスになってどうすんだっつーの」

 

しゃーねえ。あまり賢明とは言えねえが、ちょっくら動いてみるか。完全に直感を頼りにオレは歩き出す。1秒でも早くここを脱出し、皆の下へ帰るために。




はい、第30話でした。

ようやくここまで来ました。おそらく次の話でこの騒動は終わると思います。そのあとはあの話。ううっ、ちゃんと書けるように頑張らないと……。

そして、神乃君せっかく二刀流になったのに即終了。本当はわざわざ2本にする必要もなかったのですが、せっかくチャーが選別をくれるということなのでもう1本増やしてみました。が、タイミングが悪かった。せめてスターバースト・ストリームぐらいやらせてやりたかった……!

実は神乃君とチャーの修行風景をどこかの話で書こうとしたことがありました。が、諸々の事情でやむなくカット。ちなみにその時は神乃君が素手のチャーにフルボッコにされるという裏話があります。

これから物語はどう展開していくのか!神乃君は無事仲間の下へ帰れるのか!次回も気長にお待ちしていただけると嬉しいです。

感想、評価、アドバイス、誤字脱字報告等々もお待ちしています。
ではでは。

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