死後で繋がる物語   作:四季燦々

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お気に入りが100突破!皆さん本当にありがとうございます!
これからも精進していきたいと思いますのでよろしくお願いします!


selection night

次の日。オレ達は本部で時間を持て余していた。漂う雰囲気は重く、誰もが解の見えない問題に頭を抱えている。他の奴らもそれぞれ別の場所で待機しているはずだ。個人行動は厳禁。何かあればすぐに応援を呼ぶ手はずになっている。

 

「なあ、もう一度――」

 

――高松を探しに行かないか。その言葉は廊下からドタバタと騒々しい足音にかき消され、このような事態なのでもはや侵入も何もないだろうとトラップを解除していた扉が粗々しく開かれる。汗を流し息を切らして入室してきたのは偵察に行っていたはずの野田だった。ハルバートを抱えるワイルドな人物は焦ったように叫ぶ。

 

「――高松がいたぞ!!」

 

『なにっ!?』

 

それは思わぬ収穫だった。昨日あれだけ探しても見つからなかった高松が見つかったのだ。一体どこに行っていたのかと皆が心配していたのに、あっさりと見つかったことに驚く。

 

「高松君はどこにいたの?」

 

「それが……。と、とにかくついてきてくれ、ゆりっぺ!」

 

 

 

 

 

 

 

「ここだ!ここに高松はいる!!」

 

「ここって――普通の教室じゃねえか」

 

野田に案内されるオレ達。そして、ようやく高松がいるという場所までたどり着いだのだが、そこは学習棟A棟にある1つの教室だった。

 

「なんでこんな所に……。下手したら消えちまうぞ」

 

「それは本人にでも聞きましょう」

 

そう言ってゆりが教室内の一角に指差した。ごちゃごちゃとNPC達が騒々しく過ごす中に、オレ達は捜していた人物を見つける。

 

「高松だ!!」

 

「高松君!!」

 

――N()P()C()()()()を着て、眼鏡もかけていない高松が1人座席に座っていた。その目は自身の机へと向けられ、そこだけ見ているとただのNPCにすら見える。

 

その高松を見つけた日向が怒ったように真っ先に詰め寄る。

 

「どういうつもりだ!皆心配してたんだぞ!?」

 

「……心配?何をですか?」

 

「何をって……お前、影の化け物に喰われたんだろ!?」

 

「何を言っているのか分かりませんが?」

 

「自分じゃ気付いてなかったのか?お前は影に喰われたんだよ。で、地面に飲み込まれてったんだ。あれからどうした?」

 

「どうしたも何も、いつものように寮で起きて、学校に来ただけですが?」

 

その返しがすでにいつものようにではなかった。学校に来るなどSSSのメンバーであればまずありえない。何故なら成仏してしまう危険性が非常に高く、それをこいつも理解しているはずだからだ。

 

「学校に来るっ!?そっちの制服に着替えて授業を受けに来たってか!?」

 

「……?ええ、まあ」

 

「消えるぞ!!分かってんのか!?」

 

「消える?何が消えるんですか?」

 

「――っ!!」

 

高松の返答は自然だ。意味不明な事を聞かれたからどういう意味なのか聞き返しているだけだ。しかし、実際はその発言は不自然なのだ。まるで、自身の事やSSSのことを忘れてしまっているような反応に言葉を詰まらせる日向。

 

「やっべえぜ、こいつ。おかしくなってら。元からおかしい奴だったけどさ」

 

「高松「――もう十分よ日向君」――十分って何が!?」

 

藤巻の言葉に顔をしかめた日向がさらに高松に詰め寄ろうと語気を荒げる。しかし、それをゆりが遮った。行く先を失ってしまった苛立ちや焦りは高松ではなくゆりへと向いてしまう。対して彼女はそれに首を振るだけで答えた。そして肝心の高松はと言うと、机の中からゴソゴソと教科書類を取り出し授業の準備を始める。鈍く光る目は空虚で、オレ達など微塵も興味がないと言っているようだった。

 

「すみませんが、授業の邪魔です」

 

「――出ましょう」

 

「いいのかよほっといて!?消えちまうぞ!!」

 

「いいから!……来なさい」

 

今のやりとりで何を掴んだのか分からないが、ゆりは日向を怒鳴りつけるとそのまま教室から出て行った。そんなゆりの態度に反論しながらも日向はついていき、他のメンバーも名残惜しそうに高松を見ながら続く。

 

「…………」

 

「大山君。ほら、行くわよ」

 

「……行こう、大山」

 

「……うん」

 

あの時、高松が影に飲まれるのを止められなかった後悔からだろうか。大山は一番最後まで教室に残り、高松に何度も声をかけようとして、そして何も言えないということを繰り返していた。結局最後まで何も声をかけることができず、ゆりやオレに促され教室を後にする。

 

教室から退出する時、誰とも話そうとしない高松の後ろ姿を見てひどく悲しくなった。

 

 

 

 

 

「……今の問答だけで十分よ。何が起きたか分かったわ」

 

場所は移り、階段。オレ達は階段に座るゆりを囲むようにそれぞれが聞く体勢をつくる。今は授業中だから教員やNPCの生徒に見つかることはないだろう。ここなら話し声もそこまで響かないし、ちょっとぐらいなら大丈夫なはずだ。

 

「何が起こったっていうんだ……」

 

「――彼、N()P()C()()()()()()()()のよ」

 

『――えっ!?』

 

高松が……オレと同じNPCに?

 

「ち、ちょっと待てよ!?それってどういうことだよ!?わけ分かんねえ……!!」

 

「NPCってことは魂が無いってこと!?じゃあ、彼の魂はどこに行っちゃったの!?」

 

日向と大山が特に動揺を隠せない。他のメンバーも2人みたいに詰め寄ったりはしなかったもののそれぞれが驚愕に染まった表情をしていた。

 

先の2人の言葉に沈黙してしまったゆり。彼女の代わりにオレが推測した内容を口にする。

 

「――影に喰われた、か?」

 

『――っ!?』

 

「ええ……。おそらくそうでしょうね」

 

「魂を食われたことで人間としての存在は無くなり、この世界の一部にされてしまった。……そういう判断でいいんだな?」

 

「私もそう思う」

 

ゆりも同感と言うことは十中八九正解だろう。正直冗談では済まされない。そもそも冗談等ではないが、状況があまりにも最悪過ぎる。

 

「それってどういうことだよ!?あいつは消えることもできずに、永遠にここで授業を受け続けるってことか!?」

 

「そういうことになるわ」

 

「そんな……!それって死ぬより酷くね……。永遠にかよ、永遠にここに閉じ込められちまったのかよ……!なんだよそりゃ!?くそぉっ!!!」

 

オレとゆりのやり取り。そして、断定するゆりの言葉に状況を徐々に理解してきた日向がやりようのない怒りを壁に拳でぶつける。他の皆もそれぞれが理解したようで、複雑な思いを抱いているのが垣間見えた。

 

「くっ、ひでえ……!」

 

「こんなことが起こりうるのか、この世界は」

 

「これじゃ、天使に消されちまった方がまだマシじゃねえかよ」

 

「しかも、影は増殖を始めているようだが?」

 

「ねえ!どうすればいいのゆりっぺ!?」

 

それぞれが自らの考えを述べ、最終的な判断をゆりに託す。いつもそうだった。オレ達が迷走している時に最後に判断を下すのはいつもゆり。彼女の判断ならいつでも信じられるという信頼の証だ。もちろん、その判断の責任は誰もが背負う覚悟もある。

 

数分の沈黙を破り、ゆりの下した判断は――

 

 

 

 

 

「神乃君、ちょっといいかしら?」

 

ひとまず解散となった後、オレだけがゆりに呼び止められる。その理由にもなんとなく察しはついた。

 

「どうした?」

 

「ここじゃちょっと話せないわ。屋上へ移動しましょ」

 

「……分かった」

 

何故とは聞き返さずにおとなしく後をついていく。数分間互いに何も話さずただ歩だけを進める。階段を上がり、何度訪れたのか分からない屋上の扉を開けた。まだ随分と高いところにある太陽の光に照らされながら、前を歩いていたゆりが振り返る。

 

「単刀直入に聞くわ。あなた、影の正体に気付いたでしょ」

 

「……ああ。見ちまった」

 

「じゃあ、私が言いたいことも分かっているわよね」

 

「……オレが影になるかもしれないってことだろ」

 

あの乱戦でオレが見た事実。影の正体はNPCだ。そしてオレも彼ら彼女らと同じNPC、その可能性は十分にある、現に1度その影響らしきものが出ているわけだしな。

 

「NPCはこの世界に初めからいる模範的な生活を送る生徒。そしてオレも元々はそのうちの1人。だから、オレもいつ影になってしまってもおかしくはない。そういうことが言いたいんだろ」

 

「ええ、そういことよ。現に、あなたにはその予兆とも言える異変がすでに起きている」

 

遊佐の話ではゆりもオレが影化していたあの現場にいたという。そのことを危機的に感じての言葉だった。

 

「十分に注意すること。異常を感じたらすぐに誰かに報告しなさい。もし近くに非戦闘員である遊佐さんやコハクちゃんとかがいる時は――」

 

「言われなくても分かってるよ。あの2人だけは傷つけさせない。そんなことするぐらいなら意識を持っていかれる前に自分で首を掻っ切る」

 

「誰もそこまでしろとは言ってないわよ……。というか他のメンバーの時も気を付けてね。2人が大事なのは分かるけど」

 

「もちろん、他の奴らでも急いで離れるか、最悪オレ自身を撃退してもらうさ」

 

「はあ……。とりあえずどうにかしてもらおうとするのね。己を捨てて誰かを助けると言うのは美しいことにも思えるけど、度が過ぎたらただの狂人よ?もう少し自分も大事にしなさい」

 

「善処はする。でも、状況によっては妥協しない」

 

「こういうことに関しては相変わらず頑固ね」

 

呆れ気味にゆりが笑う。しょうがないわね、と困ったように笑うその姿はまるで下の子を心配する姉のようだと思った。この場合オレが弟になるわけだが、ゆりの弟とかすげえ苦労しそう。そんなことを想像したせいか、オレもついプッと吹き出してしまう。

 

「ははっ。まあ、これがオレだ。神乃って言う存在だからな」

 

「そう。……じゃあ、次の話に入るわね」

 

「次のって、さっきの1つだけじゃなかったのかよ……」

 

今度はなんだ?さっきのことは予想がついていたけどこれに関しては分からない。もしかして、音無達とやっていることがついにバレたか?

 

「あなたが元々NPCだってことを皆に言うのかって話よ」

 

「ああ、それね」

 

「……妙に軽いじゃない」

 

「まあ、な。いい加減オレも皆に言っておきたいし。ちょうどいい機会だからな」

 

正直な話、隠してるのってしんどかったんだよな。ほら、隠し事って罪悪感っていうかそういうのがあるじゃん?だから、もういっそのこと話せることは全部話しちまおうかなって。

 

「そう、あなたがそう決めたならいいわ。じゃあ――」

 

「ああ。言うのは――――今夜だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この世界に異変が起き始めている。天使とは異なる敵の出現、まんまだけど影と呼んでる」

 

時刻は夜。体育館にゆりの緊急指令と言う名目で全SSSメンバーが集められた。100人以上にも及ぶ視線を集めながらゆりはステージへと上がり皆に聞こえるようにゆっくりと話し出した。堂々と歩く様に緊張している感じはない。相も変わらず強気な態度で現状を整理するように説明する。

 

「天使と違って神出鬼没で、無差別に攻撃を仕掛けてくる。影に喰われたものは魂を失い、毎日授業を受けるNPCと化す」

 

皆はただひたすら黙ってゆりの話を聞いていた。が、それぞれの顔には苦悶の表情が浮かんでいる。

 

「現在、無制限に増殖中。原因は不明、打開策も今のところ無し。先に遊佐さんや私から告げたように集団行動で身を守りあってもらうしかない」

 

あの階段での話し合いは、ゆりが夜に緊急の集会を行うからSSSメンバー全員を体育館に集めろ、という内容で終わらせた。だから、彼女がどんなことを言うかは分からなかった。そして、次の彼女の言葉に一部の生徒は息を飲むことになる。

 

「――さて、こうした危機に瀕する中、この死んだ世界戦線に別の思想を持つ者達が現れ、戦線を新たな道に導こうとしている」

 

「「「「――っ!?」」」」

 

ゆりのこの言葉に、オレ、音無、日向、直井だけが反応を示した。他の奴らは頭に疑問符を浮かべ、僅かにざわめくのみ。おそらくゆりの言っていることが分からないのだろう。コソコソと聞こえてくる内容は「ゆりっぺは何を言っているんだ?」と言った内容ばかりだった。

 

「その道は現在のこの世界における危機回避の1つの選択肢にもなり得る。なので、そちらの代表として――音無君、神乃君。堂々とここでその思いを語ってもらえるかしら?」

 

やっぱりバレてたか。まあ、あそこまで露骨に隠していたら、勘の良いゆり気づくのが当然かもしれん。

 

「バレてましたね……」

 

「ほら、2人とも。行けよ」

 

さらにざわめきが強くなりだした中、日向がオレ達2人の背中を押す。目の前では他のSSSメンバーがモーゼのように道をあけ、壇上の下への続く道をつくっていた。SSSメンバーでつくられた道をオレと音無が歩く。数々の視線が突き刺さるのを我慢しながら歩いていると、遊佐とコハクと目が合う。

 

「…………」

 

「神乃……」

 

ジッとこっちを見て少しだけ顔をしかめる遊佐。そして、その彼女の手が肩に置かれているコハクは心配そうな表情でオレを見ていた。その落ち着きのない様子に苦笑しつつ、口の形だけで「大丈夫」と伝える。その意味を汲み取ってくれたのか、コハクは小さく頷いた。遊佐へと視線を移すと彼女もコクリと頷いたのが見えた。

 

「――んじゃ、音無。説明よろしく」

 

「それは構わないが、お前は?」

 

「まあ、継ぎ足せるところは継ぎ足すわ。必要かどうか分かんねえけど」

 

「……?分かった」

 

この作戦の大元を考えたのはこいつだしな。オレは不足だと思った部分を言えばいいだろう。それに、正直オレはこの後の自分についての説明も気になってて割といっぱいいっぱいなんだ。

 

それからオレ達が気づいたこと、この世界の本当の仕組みについてを音無が話し出した。一応、オレも途中途中で話したが、大部分は音無が話してくれた。目を閉じて冷静に聞く者、見るからに驚愕を露わにしている者、信じられないと音無とオレに疑いの目を向ける者。SSSメンバーの反応は人それぞれだった。

 

「――以上が俺達からの話だ」

 

「突拍子もねえことだし、信じられないとも思う。でも、これは本当の事だ」

 

そう言って話を締めくくる。が、やはりほとんどのメンバーは今の話は信じられないようで、次々に言葉を捲し立てた。

 

「ふざけんなっ!!いい加減なこと言うな!!」

 

「そうだそうだ!!そんな都合の良い話があるかっ!!」

 

「そうだ!この世界にあってたまるか!!

 

彼らにとって神は敵だ。自分達に苦悩に満ちた散々な人生を送らせてきた神は憎悪する対象であり、倒さなければならない存在だった。そんな存在がつくったと思っていたこの世界が、自分達の魂の救済を図る場所だったなど信じられるはずがない。自分をここまで追い込んだ存在がその魂を救ってくれるわけがないと、そう思っての発言だった。

 

「――あったんだよ」

 

だがその時、怒声や罵声の中、凛と日向の声が響く。大声で言ったわけでも拡声器を使ったわけでもないのに、周りは一気に静まりかえった。静まり返る体育館にキュッとシューズの音が鳴る。両手をポケットに入れたままの日向はオレ達の隣へと歩いてきた。

 

「ユイはそれを見つけた。俺みたいな人間のクズのまま死んできたような奴でもさ、この世界でそれを与えてやることができた」

 

「――僕もです」

 

日向に続き、今度は直井が話しながら前へと出てくる。被る帽子を押さえて歩いてくる様は迷いなど一切なく真っ直ぐだった。

 

「僕は神ですが、音無さんは僕に人の心を取り戻させてくれた。たった一言かけてくれた。……労いの言葉で」

 

「直井……」

 

直井はどちらかというとSSSメンバーとはあまり仲が良くなかった。こいつ自身がやったことも関係しているが、鼻につくその態度のせいでお世辞にも慕われていたとは言えないだろう。直井自身も音無以外はどうでもいいと思っていたはずだ。

 

もしかしたら、色々言われていた音無に耐えられなかっただけなのかもしれない。だが、それならやめろと言えば良いはずなのに、あえて説得する言葉を選んだ。こいつも口では色々と言ってはいたが根は優しいのだろう。

 

日向と直井。いつも喧嘩していた2人が初めて互いの意思を合わせた。日頃のこいつらを知っていればそれがどんなに珍しいことか分かるだろう。いつもと違う雰囲気にざわついていたSSSメンバーもついには黙り込む。

 

「――それじゃ、音無君達の話も終わったし次の話に移るわね」

 

「まだ他に何かあるのかよゆりっぺ?」

 

「ええ。でもこれは直接あなた達に関係してるわけじゃないわ。むしろ、かなり個人的なことね」

 

「ならなんでそんなことを?」

 

「まあいいから聞いてやんなさいよ。ね、神乃君?」

 

ゆりがオレに呼びかけると、周りの視線が一気にオレに集まる。突き刺さるそれが凄まじく痛い。

 

正直この先の事を言うのは憚られる。もしかしたら、オレを恐れて誰も近づいて来ないかもしれない。拒絶されるかもしれない。仲間だと思っている奴らにそれをされると、結構くるものがる。

 

でも、もう覚悟は決めた。音無とオレの話から、もしかしたらもうこの世界を去ってしまおうと考えている奴らもいるかもしれない。だから、せめてその前に知っていてほしかった。

 

これはオレの我儘だ。勝手すぎるお願いだ。でも知っていてもらいたい。人間の魂を持ったお前達とは別に、異質だけど確かにここに『神乃』という存在いたということを。

 

「――さっきゆりが言ったようにこれはかなり個人的な話だ。正直、他の奴らには微塵も関係ないからな」

 

「なんだよもったいぶって」

 

「急かすなよ日向。……オレは最初この世界で目覚めた時、とにかく混乱した。なんで自分がここにいるのかも分からなかったし、名前すら思い出せなかった」

 

『…………?』

 

「そんなとき、オレはこの『死んだ世界戦線(SSS)』に出会い、自分の置かれた状況を理解した、はずだった」

 

「「…………」」

 

いきなりの話に首を捻る奴らの中で、オレが今から何を言おうとしているのか悟った音無と最初から知っているゆりは真剣な表情で話を聞いてくれている。遊佐とコハクは静かにこちらを見ているだけだった。

 

「でも、そうじゃなかった。ある時オレは気づいてしまった。全然自分について分かってなかったってことを」

 

一度話を区切るために少しだけ口を閉じる。カラカラに乾いてしまいそうな唇を舐め、深く息を吸った。

 

 

 

「――オレは、魂を持った人間じゃなかった。オレの正体はN()P()C()。この世界で人間であるお前達の為だけに存在する者だった」

 

『なっ――!?』

 

誰の声だったかは分からない。言葉を失ったSSSメンバーが一瞬だけ止まったのが分かった。

 

「待て待て待てっ!?一体どういうことなんだよ!?」

 

隣にいた日向がオレの肩を乱暴に掴んでオレと視線を合わせる。信じられないし、信じたくない。そう言っているのが言葉がなくとも理解できたが、あまりのすごい勢いにオレは思わず黙り込んでしまう。何かを言わなくてはと思うのだが、想像以上の反応に混乱し何を言えばいいのか分からなかった。

 

「説明しろ!!お前は人間じゃなくてNPCだあ!?いったいどこをどう見りゃそう見えるんだよ!!」

 

「日向っ!」

 

「日向君っ!」

 

「――――っ!?」

 

肩を掴んでいた手を胸ぐらへとを移す日向。詰め寄る日向を音無とゆりが同時に一喝することでハッとなり拘束していた手の力が緩んだ。

 

「とりあえず落ち着きなさいよ。納得できてないのはあなただけじゃないのよ?」

 

「そうだぞ日向。ちゃんと神乃の話を聞こうぜ」

 

「あ、ああ。すまねえ。悪いな神乃……」

 

「オレは大丈夫だ。だから気にすんなよ」

 

2人の強い言葉にオレに詫びを言いつつ押し黙る日向。情に厚いこいつだからこそ、心配と信じられない気持ちがあってあんなに詰め寄ってくれたんだろう。それがオレには少し嬉しくもあった。

 

それからオレは戦線メンバーを前に今までの経緯を話した。本当はこの世界はプログラムでできてるんだという仕組みについても全て話してしまいたかったが、これ以上混乱させるのは得策ではない。別に知ったからといって害があるわけでもないし、むしろ知らずに去った方がいいのかもしれないとすら考えた。だから、結局ゆりや遊佐への説明と同じレベルで話すことにした。

 

「――とまあ、こういうわけだ」

 

オレが話し終えると体育館内に沈黙が漂う。それをやったのが自分となるとなんとも妙な気分になる。実際、こいつらからしたら人間じゃない存在が自我を持って今まで自分達と一緒に戦っていたわけだし、イレギュラー具合なら影と同レベルなんじゃないかと思う。むしろ個体数的に言えばオレの方が上。

 

「――なあ、神乃」

 

「ん?」

 

「お前がNPCだっつーことはなんとなく分かった。正直な話、まだ信じられねえけどさ。もう一度確かめるけど、お前が言ったことは全部本当なんだな?」

 

「ああ、そうだ」

 

「そうかい……」

 

複雑そうな表情をした日向の最終確認に答える。それを聞き遂げたこいつは「まいったな……」と青色の髪を乱暴にかいた。今日向がどういう心境で再度確認をしてきたのかは分からないが、少なくとも悪く思っているような節は感じられなかったのでそこにはホッとした。

 

「とりあえず神乃君の話は終わりでいいのかしら」

 

「ああ、一応な」

 

「じゃあ皆、色々と信じられないこともあるだろうけど、さっきの選択肢のどちらを選ぶかは皆に任せるわ」

 

ゆりの言葉にSSSの皆はハッとなる。確かにオレの事には驚いたが、まずは自分の決断をしなければならない、と言った感じだろうか。真剣な表情をして難しそうに考え込んでいた。戦うか、去るか。皆はどっちを選ぶんだろうな。

 

そんな中、SSSの1人が口を開く。

 

「ゆりっぺは、ゆりっぺはどうするんだ?」

 

「私?私はいつだって勝手だったし、あなた達を守れりゃしないし、私がしたようにするだけよ」

 

自らを自嘲するような口調だったがそこに後悔のようなものはなく、何故かそれに安心感を抱いてしまった。そうだ、ゆりはいつだって勝手だ。勝手な作戦を思いついて、勝手にオレ達を振り回して。だけど、そんな彼女の存在に誰もが惹かれて。

 

ははっ、今考えるとなんでオレ達こいつに従ってんだろうな。ここまで唯我独尊なリーダーなんか普通なら誰もついていったりしないのに。気が付いたら彼女の命令に従っている。そして、知らない間に自分も楽しんでいる。もしかしたら、これが彼女の持つカリスマ性なのかもしれない。きっとオレ達はその強烈で、眩しくて、だけど暖かいその光に魅せられたのだろう。

 

「――あまり時間は無いわ。各自よく考えておいて。以上!解散!」

 

散り散りに体育館をあとにするメンバー。思い思いの迷いを抱きながら去っていく者達。それらの中には遊佐とコハクの姿もあった。本当は寮まで送ってやりたかったが、この後ゆりから話しがあるから残れと言われているのだ。それに今はゆっくりと考える時間が必要だろう。オレがすぐ近くにいたら満足に決断できないだろうし、軽率に言ってしまった言葉で彼女たちの選択を左右してしまうかもしれない。

 

ふと、その2人と視線が合う。オレは何も言わずに1度だけ大きく頷いた。考えてくれ、自分がどうしたいのか。他の事なんか全部抜きにして、自分の為だけの答えを見つけてくれ。そんな思いを乗せて一度だけ。

 

その意図を理解してくれたのかどうかは分からないが、遊佐はコクリと頷き優しくコハクの背中を押す。コハクは一度何か言いかけたが、すぐに口を閉ざすとそれに大人しく従い体育館を後にした。今なら他のSSSメンバーも共にいるし襲われるようなことはないだろう。

 

「皆、思い詰めてたな」

 

「そうだな。マジで大事な選択だし、たぶんすぐには結論は出せないんじゃないか」

 

「――そうでもないんじゃねえの?」

 

「――そうね。私もそう思わないわ」

 

オレと音無の杞憂を一瞬で払うようにゆりと日向が同じような事を口を揃えて言う。間髪入れずにいってきた2人にパチクリと目を点にしていると、音無が不思議そうに尋ねた。

 

「2人ともなんで分かるんだ?」

 

「「勘」」

 

「随分とまあ頼りになる理由だこって……」

 

まあ、いいか。最古参のこいつら直々の言葉だ。今は信じるほかあるまい。

 

 

 

 

 

場所を移すわよというゆりの言葉に従い、たどり着いたのは学園の焼却炉がある場所。日頃からあまり来ないところではあるが、そこには何故か月を眺める立華がいた。

 

「――いや、なんで!?」

 

「私が音無君に頼んで呼んでもらっておいたのよ」

 

「ああ。どういう意図かは知らないけどな」

 

つか、普通に立華呼んでるってことは、彼女も共犯だと気づいていたということだろう。一体どこら辺から気づいていたのか気になったが、話が進みそうにないのでやめといた。

 

「で、結局なんで立華を呼んだんだ?」

 

「音無君、その子を影の迎撃に当たらせなさい」

 

「奏を?何故?」

 

「頭を使って行動させるより、何も考えず戦わせる方が向いてるわよ。見てた分には」

 

「んげっ!?見られてたのかよ……」

 

「まあ、ゆりっぺの目は欺けんわな」

 

ぶっちゃけオレ達よりもゆりの方が天使との付き合いは長いわけだし、こいつの方が扱い方を知っているのは当然なのかもしれない。確かに、聞かれたら素直に言ってしまうぐらいだから、下手に考えさせるより単純な事をさせた方が負担が減っていたかもしれない。すまんな、立華。

 

「でも、奏は俺達の仲間だ!一緒にいるべきだ!」

 

「他のメンバーだってあなた達の仲間でしょう?さっきはああ言ったけど、やっぱり考える時間はあった方がいいわ。その時間を守るにはその子の力が必要よ」

 

「まあ、そのとおりだな……」

 

「神乃まで……!」

 

「我々戦線と長きに渡って戦ってきたその圧倒的な力なら、影の集団とも十分に渡り合える」

 

「立華みたいなすげえ力を持つ天使なら影も圧倒されるだろうしな」

 

実際、今日の運動場での戦いでも文字通りみじん切りにしてたし。あれは恐ろしかった。今は味方で本当に良かった。

 

そんなことを考えていたせいか、次にゆりがサラリと投下した爆弾への反応が遅れてしまった。

 

「――別にその子は天使じゃないわよ」

 

 

 

 

 

「「「「――はあっ!?」」」」

 

ちょ!?ちょっと待て!?今なんつった!?

 

「だから、その子は天使じゃないわよ。私達と同じ人間」

 

「「「「ええええええええっ!?」」」」

 

いや、ちょ!?え、えええええ!?立華が天使じゃなくて人間っ!?

 

サラッとゆりから告げられた事実にあんぐりと口を開くオレ達。ゆりに関しては「えっ?逆に気づいてなかったの?引くわー」といった視線を向けていた。

 

「えっ?逆に気づいてなかったの?引くわー」

 

「いや、言わなくていいから。余計傷つくから」

 

心を勝手に読まないでくれ。

 

「ふ、ふん。神はなんでもお見通しだ」

 

「お前はその全身の震えを止めてから言え!」

 

「思いっきり動揺してんじゃねえか……」

 

口では不遜な態度を貫いている直井だが、実際は滅茶苦茶動揺しているようでガクガクと身体を震わせ、口元もヒクヒク動いている。ああ、まあ生徒会副会長であるこいつが一番立華のそばにいただろうから無理もない。むしろ、お前が気づけ。

 

そんなコントのようなやり取りを傍らに、ようやく正気に戻った音無が立華に慌てつつ尋ねる。

 

「お、お前!天使じゃねえの!?」

 

「うん。私は天使なんかじゃないわ。それは初めて会った時に言ってるはずなんだけど」

 

「……だあぁぁ!!本当だ!!本当に言ってたっ!!」

 

たぶん立華との最初の出会いを思い出していたであろう音無が頭を抱える。なんで忘れてたんだぁぁぁ!と悶える音無を見つつ、日向がカラカラと笑った。

 

「色々あったからな~」

 

「お前らのせいだろ!?」

 

ビシィ!と日向とゆりを指さす音無。元々オレもこいつらに立華の事を天使だと言われてからずっとそう思っていたのだ。つまり全ての原因はこいつらにある。オレは悪くない。

 

と思ったけど、よくよく考えたら立華の力って『Angel player』でプログラミングしてるものだから別に神の力だとか天使の力だとかそういうものじゃなかったんだよな。いや、気づけよオレェ……。オレは悪くないなんてことなかった。

 

「じゃ、じゃあ!なんで奏はここにいる!?生徒会長なんてして何故消えなかった!?」

 

「彼女なりのここにいる理由があるんでしょう?」

 

「あっ……。そうか……」

 

その反応。すっかりそのことを考えてなかったみたいだな音無よ。色々いきなり言われて動揺していたからすっぽ抜けてたのかもしれん。

 

にしても、立華のこの世界に留まる理由って何だろうな。聞いた話だと、ゆりや日向が来るずっと前からこの世界にいたらしいし、よほど強いものなんだろう。そして、容易く解決できないものでもある。

 

「……お前が何かを抱えてんのなら、そいつも解消してやらねえとな」

 

立華の頭を撫でながらそのように言う音無。それに答えるように立華もコクリと小さく頷いた。その微笑ましい光景に和んだオレは次にゆりへと視線を移す。

 

「そんで、ゆり。お前はこれからどうするんだ?」

 

「確かめて見たいことがあるの」

 

「まさか1人で影と戦うつもりか?危険すぎるぞ」

 

「だって仕方ないじゃない。他の皆には選ぶ自由を与えたんだから。一応、その子もいるんだし1人でもないわ」

 

「じゃあ、オレも手伝う」

 

「あなたも同じよ。自分のこれからを考えなさい」

 

「んなもん、決めてる。オレは最後まで戦うって決めた」

 

「そっ。でもあなたには会わないといけない人達がいるでしょう。先にそっちに会ってきなさい。戦いが始まったらどうなるのか分からないのだから」

 

それを言われて思わず「うっ……」となる。確かにあいつらがどんな決断をしようとも、本格的な戦いが始まる前には1度会っておきたいと思っていた。見透かされていたことにあははと情けない笑みを浮かべていると、ゆりはウィンクをして笑ってくる。

 

「それくらいの時間ならまだ十分あるわ。だから、しっかりと話してきなさい」

 

「……すまん。恩にきる」

 

頭を下げるオレにゆりはさらにクスッと笑う。

 

「戻って来たとき、皆が無事この世界から去っていたらあなた達のおかげだと思っておくわ」

 

だから、自分がどんな結末を迎えようとも待たなくてもいい。救い出そうとしなくていい。あなた達は自分の判断でここから去りなさい。ゆりは暗にそう言っていた。

 

「そんな……!俺は待ってる!」

 

「バカね。たった1人だけじゃ影にやられちゃうわよ。私のことは気にしないでいいから」

 

「いいや、気にするぜ」

 

「――日向君」

 

音無の言葉をさらりと躱すゆり。オレも言いくるめられ、音無の言葉も聞かなかった。立華や直井は止めるようなタイプではないため、必然的に最後に残った日向がゆりへ口を開く。来ることは分かっていたと彼女は付き合いが一番長いであろう人物に視線を向けた。

 

「いきなり何言ってんだよ。2人から始まった戦線じゃねえか。長い時間一緒に過ごしてきただろ。だから、終わる時も一緒だ。俺はお前を置いていかない」

 

「……相変わらずあなたバカね。感情論じゃ何も解決しないわよ」

 

ゆりの緊張した表情が少しだけ崩れ、落ち着いたものへと変わる。2人の間を夜風が舞い、月に照らされるなか交わされる言葉は決して多いものではない。しかし、その言葉の一言一言には2人だけに分かる重みのようなものがあるように感じた。

 

2人。たった2人から始まった戦線だ。最初は本当に何もなかっただろう。共に戦う仲間も、武器も、信頼も。それらを1つ1つ積み上げてできたのが今のSSSだ。日向の話からぶつかりもよくしたそうだ。悲しむこともたくさんあったそうだ。悔しいと思ったことも数えきれないほどあったそうだ。

 

だけど、それでも最後には手を取り合って、共に戦う決意をした。大切な友達だったから。同じ目的の為の仲間だったから。時折笑みを漏らしながら話す日向の顔はとても印象的だった。だからこそ、ゆりを1人で置いていくことなどできないのだ。そして、その思いはオレだって同じだ。

 

 

 

 

 

「――敵襲!敵襲だっ!!」

 

『――っ!?』

 

穏やかに流れていた場の雰囲気が、空気を読まない警告により一瞬で張りつめたものになる。名残惜しそうに目を細めたゆりは顔を伏せ、次に上げた時にはいつもの強気な表情に戻っていた。

 

「――奏ちゃん、よろしく」

 

「――ハンドソニックversion5」

 

突然の敵襲にオレ達は驚く中、ゆりは冷静に判断し立華に頼む。それにコクリと頷いて応じた立華も禍々しくなったハンドソニックを出現させ、敵襲を告げられた方へと1人走っていった。すぐに見えなくなったその背中を見送り、今度はゆりが片手を振ってその場を去ろうとする。

 

「じゃ、また会えたら会いましょ!!」

 

「――ゆりっぺ!!」

 

「……ふふっ、酷いあだ名。でも、そのおかげで皆に慕われたのかもね。――ありがと」

 

「お、おい!!」

 

1度は足を止めたゆりだったが、こちらを見ずに苦笑しながら手を上げ、聞き逃しそうなほどの声量で礼を言うとすぐに夜の闇の中へと消えて行った。自分のいるべき場所へと向かったのだろう。すなわち影達が蔓延る戦場へと。

 

「……行っちまったか」

 

「だな。ったく、最後までゆりっぺらしい」

 

苦笑する日向と同じ笑みを浮かべながら、オレは空を仰ぐ。こんな状況だというのに、満天の夜空に輝く星々は美しい。馬鹿な事をやって、皆と笑いあって、寮へと帰るその道中に見上げた、そんないつもと変わらない風景が広がっていた。

 

激動の1日が終わる。それぞれが己自身と向き合い、答えを出す夜。

 

――迷いさまようこともあった。

 

――もがき苦しむこともあった。

 

――痛がる胸を必死に抑えることもあった。

 

そういったものと決別する夜。こんな状況にも関わらず、穏やかな光で学園を照らす月に見守られ、選択を迫られる夜は少しずつ更けていった。




はい、第27話でした。

高松ぅぅ!!しっかりしろぉぉぉ!光村が悲しむぞぉぉぉ!!
あっ、光村を知らない人は書店に行ってHeaven's Doorの第7巻と第8巻を買って来よう!友情っていいよね!

さて、いよいよ次からは影と戦いが――始まりません。ちょっと原作を離れた話になると思います。

というか、おそらく次回はすごく大事な回になります。いや、別に次で終わるとかそう言うわけではなく、言うならば神乃編のクライマックスといった所でしょうか。原作のクライマックスもちゃんと考えていますので大丈夫です!

感想、評価、アドバイス、誤字脱字報告等もお待ちしています。
ではでは。

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