死後で繋がる物語   作:四季燦々

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UAが10000を突破しました!皆さんありがとうございます!

そして1日遅れて申し訳ありませんでした。新しい学校も始まり、バイト探しなどもあってドタバタしてました。これからの更新もやや遅れ気味になるかもしれません。

なるべく早く更新できるようにしたいと思うので気長にお待ちしていただけると嬉しいです。少なくとも一週間以上は空けないようにします!


shadow

「はあ……はあ……!」

 

昼下がりの学園。いつもならばのんびりと昼寝でもしているような時間帯だったが今日に関してはそう悠長なことは言ってられなかった。

 

「コハク、大丈夫か?どっか痛いところとかねえか?」

 

「はあっ、はあっ……こほっ!こほっ!ご、ごめんなさい神乃。私のせいで……!」

 

「気にすんな。これくらい余裕だ」

 

曲がり角に身を伏せつつ腕の中で震えるコハクに問いかける。辛そうに息を乱しながらも謝ってくる少女を安心させるように笑いかけた。だが、口ではそう言うものの状況は一向に改善しておらず、また対応策も浮かんではいなかった。

 

「それにしても、何なんだよあいつ……」

 

姿を見られないように陰に角に身を潜め、廊下の先にいる何者かに見つからないように最大限の配慮をする。コハクは体力的にそろそろキツい。加えて奴の姿に恐怖しているため逃げ出すのは困難になっていた。

 

やがて、ゆったりと地面を滑るようにそいつは現れる。全身真っ黒で地面から生えている体。まるで実体がないかのようにその体は揺れていた。口も鼻も耳も無く、唯一分かる顔のパーツは体とは真逆の色をした白い目。それが車のランプのように存在していた。

 

焦点すら定まっておらず、感情の起伏も感じられないその視線がせわしなく動いていた。おそらくオレ達の事を探しているに違いない。奴を分かりやすく形容するとしたら、まさに『真っ黒な影の化け物』だろう。ハートレスかっての。

 

「か、神乃……前々からあ、あんなのいたの?」

 

「オレの知る限りじゃねえな。あんな凶暴な奴見たことがない。そもそも人間じゃねえだろ、あれ」

 

「ひぃ!じゃ、じゃあやっぱり幽霊なの!?」

 

「その類でもなさそうだとは思うんだけどな……」

 

自身の言葉にコハクの震えがより一層強くなる。オレを見つめる赤い瞳には今にも泣きそうなほど涙を溜めこみ、口元はわなわなと小刻みに動いていた。ああ、そういやお前幽霊ダメだったな……。すっかり忘れてた。

 

ったく、どうしてこのようなことになってしまったのか。オレは警戒を解かずに奴の観察を続ける。そして、今一度このようになった経緯を思い返していた。

 

 

 

 

 

 

ほんの数分前。最近ではコハクに同行を頼まれることが多い図書室へと足を運んでいた。特別本が読みたいというわけではないのだが、コハクがニコニコした笑顔で頼んでくるため断りきれないのだ。ちくしょう!別に行きたくねえけどOKしちゃう!

 

「ねえー、神乃」

 

「うん?お花摘みか?」

 

「……前よりもぼかすようになったのは成長したって言うのかもしれないけど、やっぱり女の子に対して言うことじゃないよ、それ。一周回って結局言っちゃってるし」

 

なんだ、人がせっかく前指摘されたことを反省して聞いたというのに。これ以上どうしろと。

 

「へいへい、で、なんだ?」

 

「えっとね……ユイさん、いなくなっちゃったんだよね」

 

「……まあな」

 

寂しそうに尋ねてくるコハク。ユイがいなくなったことはすでにSSSの全員に知られている。もちろん、ガルデモの皆にもだ。彼女達にユイが成仏したことを伝えたのは日向だった。オレと音無も同伴していたのだが、話を聞き終えた彼女たちは少しだけ驚いていたものの、すぐに受け入れていた。

 

ガルデモの皆は一度ボーカルを失っている。いなくなったのはずっと音楽をやり続けると考えていた岩沢だ。それからというもの、彼女達の中ではある種の覚悟のようなものができていたのだろう。いつ、どんなタイミングでメンバーがいなくなるのか分からない。大切なメンバーが次の日にはいない事だってあり得る。だから、もしそんなことがあったとしても、その事実と消えた仲間の思いを受け入れる覚悟を常日頃からしていたのだとオレは思う。

 

「だけどな、コハク。これは悲しむことじゃないんだ」

 

「でもっ!……私は寂しいよ。初めて音楽の楽しさを教えてくれた人なのに」

 

よかったな、ユイ。お前の歌声にこいつも魅了されちまってたみたいだぞ。お前はきっとまだまだ岩沢には追いつけないだろうけど、お前が歌に乗せて伝えていた物は確かに伝わってた。ボーカルとしてこれほど嬉しいことはないんじゃないのか?

 

「あいつは自分の進むべき道を見つけてこの世界を去って行った。それを止める権利なんて、きっと誰も持っちゃいないさ。譲れないものを掴みに行った奴を応援してやるのがオレ達にできる唯一のことだ。分かるよな?」

 

諭すように伝えた言葉にコハクは最初納得ができないようだった。無理もない。いくら彼女が頭が良いと言ってもまだまだ幼い少女なのだ。テストの問題が解けるからと言って、人の感情が理解できるようになるわけではない。それだけ複雑なものなのだ。

 

「……うん、ごめんなさい。私、間違ってたかも」

 

「別に間違いじゃねえよ。それだけお前に思われてたらあのお転婆娘も嬉しいだろうよ」

 

ニッと笑いかける。最初は暗い顔をしていたコハクだったが、やがていつもの温かい笑みを見せてくれた。よしっ、暗い話はもうおしまい!ちゃっちゃと図書室に行くぞー。

 

上階へと繋がる階段に差し掛かったオレ達はそれを登るために足を踏み出す。ちなみに今いる階は2階で図書室は3階だ。この階段を上って少し歩けばお目当ての図書室が見えてくるはず――

 

 

 

 

 

――ズガァァン!!と派手な音と共に、階段のリノリウムの床を破壊しながら何かが上から()()()()()

 

「なっ――!?」

 

「きゃあっ!?」

 

咄嗟にコハクをかばうように覆いかぶさる。幸い大きな破片は振ってこなかったので外傷はない。辺りには降り注いだ瓦礫などによって巻き上がった砂埃が充満し、何が落ちてきたのか確認することはできない。

 

「怪我ねえか、コハク」

 

「う、うん。でも、いったい何が――」

 

コハクの安否を確認しつつ砂埃が目に入らないように腕で庇う。靄のようにかかるそれの中に動く影があった。その正体を見定めるため、コハクを自身の背後へと移動させ腰の刀に手を添える。

 

――ゾワリと、背筋を何かが撫でた。何かくる、そう予感した瞬間、砂埃を吹き飛ばしながら何者かの真っ黒な塊が襲い掛かってきた。

 

「――やっべぇ!!」

 

「かん――きゃあっ!!」

 

2度目のコハクの悲鳴。だが、これはオレが咄嗟に彼女を抱きかかえて通路の隅の方へと飛び込んだことによるものだ。その約1秒後。オレ達の横を通り抜け、今通ってきた通路を破壊しながら()()は止まる。正直、ここまでの動きができたのは直前に感じたもののおかげだった。思いっきり背中を打ちつけたが、コハクが無事ならなんでもいい。

 

瓦礫の中から出てきたのは()()()な生物。動いているし便宜上生物とは表現するが、とても命あるものには見えない異形な形をしていた。

 

ゆっくりとこちらへと振り返るその姿は次こそ殺すと力を溜めているように見えた。マズい……!よく分かんねえけどあの黒い奴に捕まってたら大変なことになる。直観でそう感じたオレは、コハクの手を取った。

 

「えっ、か、神乃!?」

 

「逃げるぞコハクッ!!あれはやべえっ!!」

 

なりふり構わずにその場から逃げだす。コハクがいる以上まともに相対するわけにはいかねえ。

 

と、まあこのような感じでエンカウントしてしまったオレ達とあの謎の生物とのリアル鬼ごっこが始まったわけである。1階まで逃げてきたがまだしつこく追いかけてきていた。くっそ、オレ達はどっちとも佐藤じゃねえぞ!

 

余裕そうに内心でギャーギャー言っているが、こうでも無理矢理ふざけてないとオレがパニックになっちまう。冷静に考えられなくなったらコハクが危険になる。それだけはダメだ。オレはこの子を守ると誓ったのだ。どんな相手だろうと傷つけさせない。

 

黒い奴は十字通路で止まり、ずっとあたりを見渡している。この近くにオレ達がいることを察しているようだった。見つかるのは時間の問題。このまま逃げてもジリ貧になるだけ。オレよりも体力の少ないコハクの方が危険。――仕方ない。あとで怒られそうだがこれしかないか。

 

「――コハク、今からオレが言うことをよく聞け」

 

「う、うん」

 

「今からオレがあいつを引きつける。だから、お前はその間に応援を呼びに行ってくれ。今の時間なら本部にはゆりがいるはずだ。この状況だと通信したら気づかれそうだし、警戒が甘くなるからできねえしな」

 

「そんな……!それじゃ神乃が危なすぎるよ!」

 

「大丈夫。あいつの動きは読み切れないほど早いわけじゃない。現に今もオレ達は捕まってないわけだしな。一応、勝機はある」

 

あいつが不死身とかじゃなければな、ということは口に出さなかった。言ったところでコハクの不安を助長させるだけだ。

 

「お前は念のためにゆりを呼んで来てくれるだけでいい。大丈夫、あんな奴に負けねえよ」

 

「神乃ぉ……」

 

泣きそうなコハクを安心させるようにポンと白い髪に手を乗せる。随分と大変な役割を押し付けることになってしまいごめんと謝りたくなった。だけど、それはあいつを追っ払ってからだ。勝機があると言ったのもあながち嘘じゃないしな。動きは単調だし、マジで不死身属性とかなければ。

 

「それじゃ、頼むぞ。コハク」

 

「――うん」

 

コハクが頷いたのを見届けたオレは、良い子だ、と言い残し抜刀して物陰から姿を晒す。

 

「おらあっ!この巨大まっくろくろすけ!!かかってこいやぁ!!」

 

盛大に挑発するオレの姿を視界におさめた奴は床から足のような物を生やし4足歩行で迫ってくる。オレはすぐ横にあった通路の窓ガラスをぶち破り、外へと逃げ出した。

 

「どうしたどうしたっ!追いかけてこいよっ!」

 

あの存在に感情があるのかは分からないが、どうやらうまく挑発に乗ってくれたようだ。オレが割った窓ガラスの周りごと破壊しながら追跡を開始する。とにかく、コハクからこいつを引き離さないと。そう考えたオレは再び奴からの逃走劇に至ったのだった。

 

 

 

 

 

 

「はあ……!はあ……!こ、ここなら……!」

 

散々走りつくしてたどり着いたのはコンクリートが敷かれている体育館裏。ここなら校舎よりかは離れてるし、コハクの身も安全だろう。できれば見つけてもらいやすい運動場とかの方がよかったのだが、こいつがNPC達を襲わんとも限らんし苦肉の策である。告白のために呼び出されたとか素敵イベントでないのが死ぬほど残念だ。

 

オレは走っていた足を止め、謎の生物と真正面から対峙する。どういうつもりなのかは知らないが、奴も今は大人しく静止していた。

 

「話通じるかどうか分かんねえけど、お前は何者だ?」

 

黒い奴に刀を突きつける。刃物を突きつけられているというのに微塵も変化がない。やはり感情はないのか?話も通じていねえみたいだし、マジでなにも――っ!!

 

そこまで考えた瞬間、奴が急に動き出した。両腕を振り上げ、五指ではない手と指を絡ませるとその部分が大きな球型の塊に変化した。そのまま、地面を滑るように迫る。

 

「――っ!やっぱ無理かっ!?」

 

シュッ!という風を切る速度で腕を振り降ろす。今度は落ち着いて目視していたので余裕をもってバックステップで躱せた。しかし、ドゴォォンという見た目に違わない破壊力を発揮したせいでいくつものコンクリートの破片が飛んでくる。無茶苦茶な威力に舌打ちをしながら顔をかばって後退した。

 

「いてっ!?にゃろう……!」

 

お返しだっ!とりあえず腕くらいはもらっておくぞ!そう意気込みカウンター気味に刀を一閃。人間で言う手首の部分を狙っての一撃だった。刃物が黒い奴の身体に触れた途端、予想以上の手ごたえの無さにあっという間にその身を通過する。力を込めて振るったので少々バランスを崩し、慌てて体勢を立て直した。

 

「――っと!」

 

黒い奴が暴れる様に腕のような物を振り回す。その内の一発がすぐ目の前を通過し、髪が数本パラパラと宙に舞う。慌てて距離をとったが追撃してくる気配はない。

 

ひるんでいるように見える。相変わらず視線は合わねえし、声も発しないからよく分からないがノーダメージと言うわけではなさそうだ。再生する気配もない。チロチロと残り火のように揺蕩う斬り落とされた部分は、やがて小さくなって消えた。

 

「なるほど。力は馬鹿みてえに強いけど耐久性がないのか。これなら――!」

 

今度は距離を置き、懐のホルダーから銃を取りだしてひたすら撃ちまくる。生憎マガジンを携帯し忘れてたため、今銃に装填されている分の弾薬数しかない。それでも1発1発を被弾するごとに奴の身体に風穴が開いた。

 

カシュンと乾いた音と軽い震動が手元に伝わる。弾薬が尽きたことを知らせるそのサインに銃をしまうとすでに大体弱っている敵にトドメを差さんと刀を鞘にしまう。

 

「――しっ!!」

 

そして、刀の鞘走りと助走からの速度をプラスした居合い切りで真一文字に斬り裂いた。地面から生えている部分と上半身に当たる部分が綺麗に分かれる。倒れた上半身は痛みにもがくように地面を何度も掻き、やがてその目の光彩を消失した。動く気配は、ない。

 

「ふぅー……」

 

意外にもあっさり勝利できたことに安堵の息を吐く。思ったほどに強くはなかったことは幸いだった。

 

「にしても、こりゃ一体何だ?人間じゃねえし、だからって動物にも見えねえし……」

 

結局オレ1人じゃよく分かんなかったのでゆりに報告することにした。刀を鞘へと納め、動かない奴から目を逸らし、インカム繋ごうとする。が、肝心な事を思いだした。

 

「――そうだった。あいつの通信機ぶっ壊れてんだった」

 

なんてことない。いつものようにSSSの奴らが騒ぎ、そしていつものようにゆりがキレッキレのツッコミをしただけだ。そのさいにぶん投げられた通信機君に罪はない。彼は今ギルドに入院中だ。

 

「仕方ない。遊佐にも繋いで経由してもらおう」

 

ゆりへの交信を諦め、今度は遊佐へと繋いでみる。

 

『ザザッ……こちら遊佐です!神乃さん、無事ですか……!?』

 

「おっ、繋がった繋がった。聞こえるか~遊佐。オレだオレ」

 

『このような時にふざけないでくださいっ!……コハクさんから事情は窺いました。今どこにいられるのですか』

 

オレのヘラヘラした態度が気に入らなかったのだろう。遊佐は珍しく語気を荒げる。が、すぐに小さく深呼吸をする音が聞こえた。気持ちを落ち着けてたらしく、その次にはいつもの真面目な声色になっていた。

 

「体育館の裏だ。よかった、コハクは無事だったか」

 

『はい。怪我1つ負っていません。神乃さんは怪我などしていませんか?』

 

「もちろん!と言いたいが、かすり傷を少々。でも大きな怪我はないぜ」

 

『そうですか。よかったです』

 

ホッとする声が聞こえる。その言葉だけでオレの胸が暖かくなった。襲ってきた存在の事を報告しつつ、心配してくれていることに感謝し、そしてごめんと内心で謝る。

 

 

 

 

 

――この時オレは油断していた。敵を倒したと思い込んでいたのもあるが、最近はオレは皆の事で遊佐はゆりの命令でバタバタと忙しく、ゆっくりと話す機会がなかったということもある。だから、背後で()()がその無感情な目に再び鈍い光を宿したことに気づくことができなかった。

 

『襲ってきた敵の事についてお話があります。神乃さん、今すぐ本部に戻ってきて――』

 

その言葉を最後まで聞くことはできなかった。突然目の前に黒い大きな影が差し、反射的に振り向くとそこには横に薙ぎ払うように腕を振り上げる黒い奴。

 

「しまっ――!?」

 

気づいた時にはもう遅い。命を刈り取る鎌のようにその黒い腕が振るわれオレの腹部を抉るように捕える。ミシミシと嫌な音が聞こえた気がした次の瞬間、オレは容赦なく打ち払われた。

 

「ぐっ!?がああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

ボロ切れのように地面を数度バウンドし、派手な音を立てて資材が積み上げられたところまで飛ばされる。どうやら廃棄するはずの使い古されたマットやボロの跳び箱が乱雑に置かれていたらしい。数秒遅れる様に一緒に飛ばされたインカムがカラカラと軽い音を立てて近くまで転がってきた。

 

『ザザッ……神乃……ん……!?神……ん……!?ザッ、ザザザッ……』

 

ノイズに混じりかすかに遊佐の声が聞こえる。マズい。首以外身体がてんで動かねえ……。痛みすらがないことから背骨までやられてしまったようだ。意識があるのが奇跡だった。朦朧とする意識を決して絶やすまいと唇を強く噛みしめる。

 

「うっ!ぐっ……!」

 

腹部には太いもので殴られたような酷い打撲痕。おまけに鉄の棒状のものがその腹から飛び出していた。どうやら叩き込まれた際にポールのような物に突き刺さってしまったらしい。愛用の刀も離れたところに飛ばされてしまっていた。

 

黒い奴はユラユラと身体を揺らしながら接近してくる。くそっ、ちゃんと消えるのを確認しなかったオレのミスだ。切断された部分はちゃんと消えたのにこいつ自体が消えなかったことに疑問を持つべきだった……!

 

そいつはジロッと白い両目でオレを見ると、その顔をいつの間に戻っている手で乱暴に掴み持ち上げる。刺さっていたポールがズルリと身体から抜けキィンと金属製の音を響かせた。

 

「――がっ!」

 

徐々に握力が強くなってくる。どうやらこのまま握りつぶすことに決めたようだ。感情なんてなさそうなナリして随分とえぐい事をする。だが、今のオレにはどうすることもできない。このまま空っぽなこの身体を殺されるだけだ。

 

「は、はは……こりゃ死ぬな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

グシャリと、気味の悪い音が聞こえた気がした。

 

 

 

~遊佐 side~

 

「神乃さん、今すぐ本部に戻ってきて――」

 

『――ぐっ!?がああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!』

 

通信中に突然神乃さんの絶叫が聞こえ思わずインカムを耳から外してしまった。一瞬惚けてしまいましたが、すぐさまハッとなり装着し直しました。

 

「神乃さん……!神乃さん……!!応答してください、神乃さん……!!」

 

『ザザッ……ザー……プツッ』

 

私は夢中になって彼の名を呼びました。しかし、壊れてしまったのか非情にもインカム越しに聞こえてきたのは通信の切れた音のみ。彼の身に何が起こったのかは一切分かりません。一体何が――

 

「遊佐さん!」

 

ゆりっぺさんがすぐ近くまで駆け寄ってきました。彼女は慌てるコハクさんを宥めていたはずなのですが、突然取り乱した私の様子に驚いたのでしょう。

 

「ゆりっぺさん、すぐに体育館の裏へ……!神乃さんが……神乃さんが……!!」

 

「――っ!分かったわ、すぐに向かいましょう」

 

説明にもなっていない私の言葉からすぐさま事態を把握してくれたゆりっぺさんは机の上に置いていた自身の銃とナイフを手に取り装備を整えました。私は武器等持っていなので、その間はギュッとインカムを握りしめていました。

 

準備を終えたゆりっぺさんに続き本部を後にしようとします。しかし、その私の服を引っ張る人物がいました。コハクさんです。彼女は震えた声で私に聞いてきました。

 

「か、神乃に……神乃に何かあ、あったの……?」

 

今にも赤い瞳から溢れそうな雫をいっぱいに溜めて聞いてきます。その手を取り、両手で包み込むように優しく握りました。

 

「……コハクさん、ここで待っていてくれますか?」

 

「嫌っ!神乃に何かあったんだよね!?私も行くっ!」

 

「コハクさん……」

 

「神乃は私をかばって囮になってくれたの!このままジッとしてるなんて嫌っ!」

 

「――――っ!」

 

小刻みに震えるその身を今度は抱きしめた。駄目です。この子を逃がすために神乃さんは自ら危険な手段を選んだのです。それなのに彼女を連れて行ってしまってはその意味が無くなってしまう。

 

「……お願いですコハクさん」

 

「嫌ぁ!私も行くのっ!」

 

もはや駄々っ子だった。それだけ神乃さんの事が大好きなのでしょう。きっと彼が聞いたら泣いて喜ぶはずです。癇癪を起こすコハクさんの髪を何度も撫でて彼女が落ち着くのを待ちました。

 

「約束します、必ず神乃さんを連れて戻ってくると」

 

「ひっく……ひっく……いやぁ……」

 

「大丈夫……大丈夫です。彼ならきっと無事です。このようなことで彼がいなくなってしまうことはありませんから」

 

「ひっく……ほ、ほんとう?」

 

「はい。だから、コハクさんは安心して待っていてください。そして、一緒にお説教しましょう。無茶なことはしちゃダメだって」

 

「……うん」

 

「良い子ですね」

 

ようやく頷いてくれたコハクさんの髪をいつも神乃さんがしているように撫でる。なるほど、彼がくせになると言っていたのが分かる気がします。指通りの良い素敵な髪です。

 

「――遊佐さん、行きましょう」

 

「はい」

 

待っていてくれたゆりっぺさんに促され本部を後にしました。その際、赤い目をさらに赤くさせたコハクさんが精一杯の笑みを浮かべてくれていたことが、また私に力をくれました。

 

 

 

 

 

「場所は体育館裏、でよかったのよね?」

 

「はい、彼はそう言っていました」

 

数分後、ようやくたどり着きました。裏手へと続く道は酷く荒れています。おそらく神乃さんを襲った敵が破壊しながら進んだせいでしょう。

 

無茶をしたことも、インカム壊したことも全部、コハクさんと一緒に怒りますから。ですから、勝手にいなくならないでくださいね。

 

半ば祈るように思う。そして、警戒しながら先行するゆりっぺさんに続いて彼の下へ向かいます。そして――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――神乃、さん?」

 

「…………」

 

私の声に振り返ったのは神乃さんの()()でした。しかし、何故()()などと言う曖昧な言い方なのか。それは、そこにいた人物を神乃さんと言っていいのか()()()()()()()からです。

 

「…………」

 

「神乃さん、神乃さんですよ、ね?一体何が……」

 

「…………」

 

「あなた、本当に神乃君?」

 

「…………」

 

私やゆりっぺさんの問いかけに一切答えようとせず、刀を持ってゆっくりと私達に近づいてくる神乃さんのはずの存在。そして、その背後で彼とコハクさんを襲ったという敵――『影』が徐々に消失していっているのが見えました。恐らく力尽きたのでしょう。

 

ですが、今気にすることは影ではありません。無言で歩み寄ってくる彼にはいつもの笑みはありませんでした。――いえ、この言い方には語弊があります。

 

――彼には()()()()()()

 

どういう理屈かは分かりませんが、彼の顔をは真っ黒に染まりシルエットのように形しか分かりません。しかし、制服から除く手は肌色の普通の手のままです。彼の首から上のみがまるで()のようになっていました。唯一存在するランプのような2つの目だけが私のことをジッと見つめています。

 

「遊佐さん、少し距離を置きましょう。よく分からないけど彼は私達って認識できていないと思うわ」

 

「――いえ、大丈夫です。このまま私に任せてもらえませんか?」

 

「それは……!――いえ、それがあなた達にとっては一番いいのかもしれないわね」

 

「ありがとうございます」

 

ゆりっぺさんが私達から少しだけ離れたのを確認した後再び視線を彼へと向ける。一向に何も言ってこない彼はただそこに立っていた。意を決して彼へと話しかける。

 

「まったく、あなたは何をしているのですか」

 

「…………」

 

「コハクさん、泣いていましたよ。あとでお説教してもらいますからね」

 

「…………」

 

「もちろん、私も厳しくお説教しますから、覚悟していてください」

 

「…………」

 

何も反応がない。そのことに思わず泣きそうになった。彼と出会ってからこの短い間に随分と涙もろくなってしまいました。最初の頃は()()だけの事をしていても泣きも笑いもしなかったというのに今ではこれです。全ては彼が悪いんです。神乃さんが私を変えてしまったんです。感情すら希薄になってしまっていた私の感情をこんなにも呼び覚ましたのは彼です。

 

私は前よりも弱くなってしまったのでしょうか。いつの間にか守られる存在になってしまっていた私は、脆弱な存在になってしまったのでしょうか。だけどそのかわり、こんなに温かな気持ちを持てるようになったのも事実です。コハクさんと仲良くなれたのもひとえに彼の働きがあったからです。

 

「約束してくれたじゃありませんか……!」

 

それなら私だって彼の為に何かしなくてはいけない。されっぱなしというのは嫌です。私は守られるだけの存在じゃなくて、強くなくてもせめて支えられるだけの存在になりたい。

 

「私がこの世界から去る時は見届けてくれると約束したじゃないですか……!」

 

僅かにシルエットのような顔に変化が現れる。ユラユラと揺れていたその揺れが徐々に小さくなってきているように見えた。

 

「約束を破るんですか?あなたはそんな人だったんですか?――いいえ、違います。神乃さんはそのような人ではないですよね」

 

カランと彼の持っていた刀が落ち、同時に彼も膝をつく。私も合わせる様に傍に寄って膝をついた。グシッと目元を袖で拭い、かすかな灯のように光る眼に向かって言葉を伝える。

 

「――帰りましょう、神乃さん。あなたにはまだまだそばにいてもらいたいんですから」

 

 

 

 

 

 

~神乃 side~

 

 

……目の前が真っ暗だ。ああ、オレが瞼を閉じてんのか。あれ?オレいつの間に寝たんだっけ?

 

そんなことを考えながらモゾモゾと上体を起こした。辺りは真っ白なカーテンで仕切られており、同時に香った匂いからここが保健室であると何となく察する。すると、そのカーテンが少しだけ開かれた。

 

「あ、れ?遊佐?」

 

「目を覚まされたのですね。よかったです……」

 

胸を撫で下ろす遊佐。そこでようやく今までの記憶が蘇った。そうだ、オレはコハクと一緒にいるところをあの黒い奴に襲われて、そんで囮になって戦って――やられた。苦い記憶が蘇ってしまった。なんとも不甲斐ない。油断してやられるとは愚の骨頂だ。アホ過ぎる。

 

はあ、とため息をつくと寝ていたベッドに身体を預ける様に寝ている白い塊がいるのを見つけた。というか、寝息を立てているコハクだった。すぅすぅと規則正しい寝息を立てる姿を見ているとこちらも自然と癒される。

 

「……コハクさん、あなたが運ばれてからずっとそこにいたんですよ。疲れませんかと私が聞いてもその度に首を振って、ここにいると言って聞かなかったんですから」

 

「そうか……」

 

その情景が簡単に想像できてクスリと笑ってしまう。遊佐も困ったような言い方だったが、実際は微笑ましそうに笑っていた。ありがとうとコハクに伝え、そばに置いてあった自身のブレザーを被せると小さく身じろぎをして、それにまた笑ってしまった。

 

それから少しだけ沈黙が続いた後、オレは口を開いた。

 

「――遊佐。あれは何だ?」

 

「……『影』、のことですか?」

 

「『影』?そういう名前なのか?」

 

「いえ、私やゆりっぺさんにもあれが何なのか分からないため、真っ黒な特徴から『影』と呼んでいるだけです」

 

なるほど、『影』ね。随分とピッタリなネーミングを考えるもんだ。

 

「――そういや、あの後何が起こった?」

 

「……やはり覚えていられないのですね」

 

「その言い方だと何か知ってんだな」

 

「説明します」

 

それから遊佐に聞かされたのは驚くべきことだった。オレを襲った影はいつの間にか倒されていたこと、オレには傷なんてなかったこと、そして影のようになっていた事。

 

「――以上が、あのあと起こった全てです」

 

遊佐に告げられた事を頭の中で整理しようと努めるが、いまいち上手くいかない。不確定な要素があまりにも多すぎたからだ。さすがにこれだけでは判断材料が少なすぎる。

 

「遊佐はどう思う?」

 

「私には……――すみません、分かりかねます」

 

「そうか」

 

ダメだな。今の段階じゃどうしようもない。とりあえずこうしていつものように戻れてはいるのだからそう悲観することもないとは思うが、影と同じようになったということが気になる。もしかして、プログラム特有の何かだろうか。

 

そうなると、あのいけ好かない奴に話を聞きに行かなければならなくなるが、今は単独行動はさせてもらえないだろう。ゆりならばそれくらいの厳戒態勢は整えるはずだ。

 

「――神乃さん」

 

「うん?どした?」

 

「話は一通りお話したのでいいのですが、私はあなたから聞いていません」

 

何を?とは言えなかった。言わなくてもさっきの話や今の遊佐の様子から何を言ってほしいのか分かるからだ。

 

「……ごめん、また心配かけた」

 

「本当です。通信が切れた時心臓が止まるかと思いました」

 

「すまん。でも、あれしか方法がなかったんだ。通信してる余裕もなかったし」

 

「それは理解しています。ですが、私は……!」

 

遊佐は上体を起こしたオレの手を握り、自身の額に当てるように持つ。そこでようやく気付いた。彼女が小さく震えていることを。

 

「勝手にいなくなるなど許しませんから……。ちゃんと、私やコハクさんの事を見届けてください……」

 

「……ああ」

 

顔を上げ、オレの言葉を確かに聞きましたと言わんばかりに微笑む。それから彼女はもう一度額に手を当てたまま沈黙した。まるで祈るようなその仕草に思わずドキッとする。穢れの無い純粋な修道女を連想させるその姿に思わずドギマギしてしまった。

 

それから数分後。ブレザーを駆けられたコハクが再びモゾモゾと動き、目元をコシコシと擦りながら起きてきた。

 

「う、ううん……?あれ……私……」

 

「あっ、コハクさんが目を覚まされたようですね」

 

「随分ガッツリ寝てたな。ちゃんと寝てるのか?夜更かしとかすんじゃねえぞ」

 

「遊佐さん?それに――か、神乃っ!?」

 

うわっ!?いきなり大声出すなよ。ビックリするだろ。

 

フラリフラリとする頭で遊佐を見たコハクは次にオレを見る。その瞬間、ああー!と指を指しながら大声で叫ぶ。こらっ、人を指差しちゃいけません!

 

「――よ」

 

「よ……?」

 

「――よかったぁぁぁ!!神乃起きてくれたぁ!うわぁぁぁぁん!!」

 

「うわっ!?ちょっ、コハクさん!?」

 

ガバァ!と効果音が付きそうな勢いでオレに抱き着いてくるコハク。首に手を回し、加減の無い力をこめてくる。ちょ、痛い痛い!おまっ、どこにこんな力がっ!?あと、色々とこの体勢はやばいっ!小さいけどなんか当たってるぅ!?

 

グスングスンと泣いているコハクに赤面しているオレ。その光景を温かいのと冷たいの半々の目で見ていた遊佐が一言。

 

「良かったですね、コハクさん。これでようやくお説教ができますよ。――ロリコン」

 

「ちょっ!?今なんか聞こえた!ボソッと最後にすごいローテンションでなんか聞こえたっ!」

 

「あっ!そうだ!神乃そこに正座っ!」

 

「コハクさんそこ流しちゃうの!?えっ?いや、オレまだ一応怪我人……」

 

「いいから正座!私怒ってるんだからね!」

 

「え、ええぇぇ……」

 

それから2人の少女にガミガミ怒られました。片や「やり方が悪い」だの、「無茶ばっかりして」だの言っているのに対し、片や「このロリコン」だの「そんなに小さい子がいいですか」だの言っていた。ねえ、なんか誤解が生じてるんだけど。つか、それもはや説教じゃねえ。弁解ぐらいさせてもらっても――あっ、駄目ですか。そうですか。はーい、黙ります。




はい、第25話でした。

そしてとうとう『影』の登場です。ちなみに神乃君は今回はドジッてやられてしまいましたが、その裏では音無さんと日向君が圧勝してました。

いや、彼も油断しなければ普通に勝てるんですよ?油断しなければ。

そして、恒例の遊佐さんとコハクちゃんとの絡み。もう、ただの家族だこれー!
最後のようなほのぼのがあと何回できることやら。ここからはシリアスが多いですからねー。

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ではでは。


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