死後で繋がる物語   作:四季燦々

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な、長い……!過去最高の約17000字のできになってしまいました。
これならば前回と合わせて3等分すればよかったなと絶賛後悔中です。

でも、色々書きたかったんだからしょうがないよねっ!


My most precious treasure

休憩がてら自販機で飲み物を買い、水分補給を行うオレ達。くぅー!スポーツドリンクの爽やかな味がボッコンボッコンされて節々が痛い身体に染み渡るぜ。

 

「んじゃ、次はサッカーにすっか。内容はどうしたい?1対1のPKか?」

 

「え~!やだよ!5人抜きのドリブルシュートじゃなきゃ!」

 

おい、だからなんでそんな妙に難易度が高いことやろうとすんだよ。ルナシューターかお前のメンタル。

 

「知らない?マラドーナだよ」

 

「知ってるよ。神の手だろ」

 

マラドーナは過去歴代最年少でアルゼンチン代表入りをしたサッカープレイヤーだ。ドリブルを最大の武器として活躍し、ワールドカップでの5人抜きは後世に語り継がれるほどの偉業である。神の手とはその彼が手を使ってゴールしてしまい、それが得点として認められたことによる。

 

まあ、そんなこんなで色々と伝説のプレイヤーなのだ。Q.伝説って?A.ああ!それってハネクリボー?

 

「俺も一応知ってるけど……」

 

「良かった!じゃあ、さっそくやろう!!」

 

「さっそくって……。ああ、もう!分かったよ。ほら、神乃!メンバー集めに行くぞ!」

 

「お、おう。分かった」

 

メンバー、か。そう快く引き受けてくれる奴なんていたっけ?ユイの頼みごととか普通に一蹴されそうなんだけど。ああ、いや。決してユイが嫌われているとかではなく。「じゃあ私準備をしてくる!」と言い残しどこかに行ってしまったユイを見送り、オレ達はトボトボと歩く。

 

「なあ、音無。結局誰を誘うんだ」

 

「普通に考えて女子はないな。たぶん女子に勝ったって納得しねえだろ。椎名とかはおいといて。そう考えるとやっぱ男子だろうな」

 

「あいつらを誘うのか……ユイ勝てなくね?」

 

「そこなんだよな……」

 

仮にあいつらが誘いに乗ったとしても、前にも言ったとおり戦線メンバーの基本スペックは常人以上だ。普通に戦ったんじゃユイなら開始5秒もかからずにボールを捕られる。断言できる。

 

「つか、そもそもどうやって誘おうか。普通に頼んでも無理だし……」

 

「そこは大丈夫。あいつらは単純だし、特に日向や野田ならうまく挑発すれば簡単に乗ってくると思うぜ」

 

「それがまた簡単に想像できるあいつらって……」

 

「問題はどうやってユイに勝たせるかだな」

 

「う~ん……ひたすら妨害するしかねえんじゃねえの?それもうまくバレないように」

 

「そうだな……。仕方ない、申し訳ないがまた奏の力を借りよう」

 

確かにちょっと引け目感じる。さっきの作戦もそうだが、特にオレは作戦を考えるだけ実行に関しては立華に頼りっぱなしだ。協力すると言った手前、これではあまり役に立っているとは言えない。

 

「うーん……一応聞くけど具体的な作戦は?」

 

「奏にはユイのサポート兼対戦相手の妨害をしてもらうよ。あいつなら遠目からでも十分できるはずだ」

 

なるほどね。目には目を、歯には歯を。スペックにはスペックをってか。

 

「そうと決まったらあと3人メンバーを集めねえとな」

 

「いや、4人だ。音無は細かい指示を出すために立華の近くで待機していてくれ。5人抜きに参加するのはオレ+4人」

 

「それは助かるけど……いいのか?」

 

「なあに、これくらいお安いご用さ。さっきはあんまり役に立ってないし、ここらで働いとかないとな」

 

「……了解。まかせたぞ神乃」

 

「おうっ!」

 

オレと音無はコツンと拳を合わせ笑いあった。さあて、まずは仲間を集わないとな。

 

 

 

 

 

「お、TKじゃん」

 

ブラブラと校舎内を歩き回っていると校舎と校舎を繋ぐ通路でグルグルとヘッドスピンしながら回転している不審者を見つけた。――失礼、TKを見つけた。ちなみに音無とはすでに別れて別々に行動している。あいつは立華の下へ次の作戦の伝達に行ったからだ。

 

「よっ!TK。ちょっと頼みたいことがあるんだけど」

 

「Wo!What's?」

 

「いやな、ちょっと今から言う奴らを集めてきてほしいんだけど……いいか?」

 

「OK!Name please」

 

「えっと、日向と野田。あとは松下五段なんだけど」

 

選考基準は先ほど言ったように、上から2名は単純だし挑発すれば簡単にのってくるだろうから。最後の松下五段はサッカーだったら少しは苦手そうだからだ。それでもほんのちょっとだが。えっ?球技大会の時の動き?ナニソレボクシラナイ。

 

「Oh……ゴダン not here」

 

「え?五段いないのか?」

 

「イマノヤツ、オレミタイニオドレナイ。Don't let me cry!」

 

「いや、そりゃそうだろうよ」

 

五段が廊下でヘッドスピンしてたらシュール過ぎるだろ。むしろ怖いわ。

 

「で、結局どこいったんだ?」

 

「The mountain!」

 

「や、山ぁぁ!?まさか山籠もりってやつかよ!?」

 

「Oh,Yes!」

 

「おいおい、マジかよ。武者修行かよ。……んじゃ、もう残りは藤巻らへんでいいや」

 

なんだろう、滝に打たれて精神統一とかすんかな?熊さんと相撲取ったりすんのかな。松下五段マジ金太郎。まあ、いないんじゃしょうがない。ぶっちゃけ誰でもいいんだよな。どうせ音無と立華がフォローしてくれるし。

 

「Understand!」

 

「うしっ、まかせたぜ」

 

TKはヘッドスピンからスタッ!と立ち上がると、今度はムーンウォークで校内のどこかへと行ってしまった。おい、ちゃんと前見ろよ。危ないだろうが、お前じゃなくて通行人が。

 

そして30分ほどたった後、TKが指定したメンバーを連れてきてくれたので人目につかぬよう学習棟C棟の男子トイレへと向かう。そこでオレは前もって用意していたある紙を懐から取り出した。

 

「実はな、ゆりには秘密なんだが天使からこんな手紙が届い――」

 

「――ふんっ!」

 

パシッ!とオレが説明しきる前に野田が持っていた紙を強引に奪いとる。おいコラ野田。人が話してる途中に手紙を奪うんじゃない。どうせ読み上げるつもりだったし別にいいけども。

 

「――“女1人に歯が立たぬのに男を名乗るとは片腹痛し”」

 

「おお!?『片腹痛し』なんてよく読めたな。アホが治ったか?」

 

「いやあ、アホでも読めるよ?ご丁寧にふりがなふってあるし」

 

この手紙というのはぶっちゃけた話、音無がさっき寄り道した時に書いた。一応、ふりがなはオレが読むときに困らないようにってことで音無が書いてくれたんだが結果オーライだな。つか、音無。ふりがなってどういう意味だよ。そんくらい読めるわ。

 

「“スポーツマンシップに則りその女々しき根性叩き直してくれる。放課後サッカー場にて待つ。天使。”だとぉぉ!?」

 

「可笑しな内容だな。本当に天使が書いたのか?」

 

怪しそうに日向がオレへと視線を送る。いやね、オレもこの内容は流石に無理があると思うんだ。でも、音無がこれで大丈夫だって言うから、一緒に考えた理由と共に押し通させてもらうけど。

 

「まあ、今の立華は前の立華と違っているからな」

 

「色んなあいつが混ざり合っているから、こんなアホな挑戦状も書きかねないってことか?」

 

「そんな感じ」

 

藤巻のまとめの言葉になるほどと納得した様子を見せる。

 

「こんな馬鹿らしい話に付き合ってられるか。ゆりっぺに報告だ」

 

「だから!ゆりには秘密だって言っただろ!」

 

「なぜだ?」

 

「いや、ほら、ゆりに言ったら『受けてたとうじゃない!あっはっはー!』とか言ってまた戦いになっちまうだろ?前のギルドでの戦いから今のオレ達じゃ真っ向からはかなわないって分かったじゃねえか」

 

その場から去り、ゆりのもとへと向かおうとする野田を慌てて止め、とってつけたような理由を並べていく。おお、やる時はやるじゃねえかオレの口。こんなにも嘘をポンポン出せるようになるとはな。人間性として後退している気がするが気にしたら負けな気がするので考えない。

 

「それにほら、『スポーツマンシップに則り』って書いてあるだろ?わざわざ相手が対等に戦えそうな舞台を用意してくれたんだ。スポーツマンシップってことは正々堂々なんだろうし」

 

よし。あとはここでだめ押しの一言を。

 

「この手紙はオレ達男に対しての挑戦状だぞ。ここでゆりの手を借りようものなら、それこそ男の名がすたるぜ?」

 

半ば挑発すように問いかける。うっわ、オレ今絶対悪い顔してる。「えっ?尻尾巻いて逃げんの?なにそれダッサーイ」的な笑い方してる。でも、ここまで煽れば乗らずにはいられないだろ。

 

「――なるほど、そりゃ言えてるぜ」

 

「それじゃ行くか。そろそろ放課後だろ?」

 

「だな。遅れて、逃げ出したなんて思われんのは癪だし」

 

「ふん!仕方ない、勝負と聞いて逃げだすわけにはいかんからな。男として」

 

「Let's go!」

 

ちょろいと思わずニヤリとする。けしかけといてなんだがこいつら単純すぎるだろ。もうちょっと警戒心とか持ってもいいんだぞ。

 

さて、あとはひたすら妨害すればいいだけだ。音無と立華がどんな方法をとってくるか知らないが、せめて怪我だけは負わないようにしよう。

 

 

 

 

 

「ん?何だ?」

 

「おい、あそこ見ろよ。誰かいるぞ」

 

「天使か?」

 

サッカー場へと着いたオレ達を出迎えたのはもちろん立華ではない。足元にボールを置き、髪をポニーテールにして体操服に着替えたユイだった。遠目から分かるぐらい不敵な表情を浮かべつつ腕を組んでいる。

 

「ユイじゃねえか。何してんだあいつ?」

 

「来やがったなてめえら!キックオフ!!」

 

日向の疑問の声などなんのその。勝手にボールを蹴りだしてスタートを宣言したユイは一直線にゴールへとドリブルを始める。って、もうスタート!?なんかこう色々な説明とか話し合いとかそういうの一切なし!?ムスカ大佐だって3分間舞って――間違えた、待ってくれたのに!……それ考えたらドーラおばさんの40秒で支度しなって結構シビアだな。

 

「なんかボールを蹴り始めたぞ」

 

「覚悟しろよてめえら!!」

 

だあぁぁぁ!!頼むからこいつらにをけしかける時間くらいくれよっ!ええいっ!こうなったら適当なこと言うしかねえ!!

 

「も、もしかしてっ!」

 

「なんだっ!?どうした神乃!?」

 

「分かったぞ!手紙の相手は立華じゃなくてあいつだったんだ!!天使に1人にボロボロにされるような情けないオレ達を鍛え直すための特訓のつもりなんだ!」

 

周りの4人から「いきなりどうした?」的な視線を向けられるが、このままでは5人抜き(笑)になってしまうため構っていられない。

 

「よーし!こうなったらゴールを守るぞお前ら!みっともないと思われて黙っていられるか!この勝負、オレ達が勝つ!!」

 

「「「「…………」」」」

 

くっそ、超恥ずかしい。なんかオレが電波みたいじゃねえか……。

 

「よく分からんが――」

 

 

 

 

 

「――分かったっ!!」

 

「嘗めんじゃねえぞコラァ!!」

 

「I kiss you!」

 

うん。お前らがバカで本当に良かった。

 

「日向!お前はゴールキーパーをやってくれ!」

 

「了解!」

 

まず真っ先にユイに向かって行ったのは……野田か。いきなりクライマックスだな。

 

「どけやーこのボケェェェ!!」

 

うーん……意気込んでんのはいいんだが、ボールコントロールは覚束ないしスピードも遅い。正直言って下手だ。このままだとまずボールをとられるだろう。

 

「ふん!下手くそなドリブルだな!!隙だらけだ、覚悟ぉぉぉ!!」

 

ズザァァァァァ!!と制服にもかかわらず真正面からスライディングをかます野田。その目は野獣のようにギラギラと光っている。完全に獲物を狩る獣だ。相手がユイと言う小柄な女の子であるため犯罪臭がしないでもない。だが、甘いぞ野田っ(社長風)!ユイには勝利の女神(天使)がついてるのだからな!!

 

――ヒュンッ!

 

「あいたっ!?」

 

「おっしゃーー!まずは1人抜き!!」

 

突然野田が目測を見誤ったかのようにユイへのスライディングを外す。直前に何か飛んできたような気がしたがあれはいったいなんだったのだろうか。立華のフォローと言うのはなんとなく分かるのだが。野田はなんだなんだとキョトンと座り込んでいた。

 

何にせよ、これで残りはオレを省いて藤巻、TK、日向の3人だ。

 

「なにやってんだ野田ぁ!!こうなったら俺が――!!」

 

「だあっ!!」

 

「なにぃ!?ぐわっ!!」

 

次にユイにの前に立ちはだかるのは藤巻。長ドスを手放した奴にいかほどの実力があるのかは知らなかったが、その心配も杞憂に終わった。何故ならユイが飛びかかってきた藤巻を問答無用に蹴り飛ばしたからだ。ボールではなく藤巻自身をである。

 

「審判!!今のレッドカードだろうが!!」

 

当然そんなことは一発退場だ。だが、しかし。忘れてもらっては困る。ここは無法地帯だ。故に審判などいない。選手がルールと言う鬼畜染みた場所なのだ。よって――

 

「セェェフ」

 

「……どこの誰のつもりだよ」

 

タモさんです。日本が誇る超VIPなMCです。グラサンが似合うあの素敵なお方だ。そんなこんなで唯我独尊(ユイだけに)を貫くユイが自分ルールを発動。今のプレーはセーフ、勝負は続行となった。それにしてもこれは酷い。ガイ先生だってもう少しましな自分ルールつくる。むしろあの先生とその生徒は自分に厳しい。

 

「くそ!!TK、神乃!頼む!!」

 

「OK!OK!OK!Wooooo!」

 

続いてTK、オレとユイに向かう。が、いかんせん次の相手はTKだ。我が戦線が誇る意☆味☆不☆明だ。いつも軽快なブレイクダンスを踊っているTKである。たぶん普通に取られてしまうだろう。と、なればようやくオレの出番だな。

 

「3人目!――って、あっ!?」

 

「よしっ!!ナイスカットTK!」

 

「Yeah!Here we g――「おらあ!食らっとけTK!!」――Ohォォォォォォ!!」

 

予想通りユイはあっさりとTKにボールをとられる。これにて勝負終了と確信した男共だったが、そこにオレ参上。問答無用でTKの背中に向かって渾身のドロップキックをする。ボールを奪うとユイに方へわざと転がした。

 

「てめえどっちの味方だよ!」

 

「悪い、事故だ」

 

「ドロップキックまでしといて何言ってんだよ!?思いっきり食らっとけって聞こえましたからっ!絶対狙ってただろっ!!」

 

後ろの方で日向のツッコミが聞こえるが耳に指を突っ込んで聞こえないふりを貫く。アーアー、ナニモキコエマセンー。

 

「最後は……てめえか!!」

 

「うっ!?」

 

「くそっ!!こうなったら日向!お前しかいねえ!!」

 

どうにか(つか半ば無理やり)残りはゴールキーパーである日向の目の前までたどり着いたユイ。足元に転がっているボールをキープし、ファイナルターンッ!と言わんばかりに日向を指差す。

 

「殺してでもゴールを奪う!!」

 

「お前スポーツマンシップはどこいった!?」

 

「んなこと知るかぁぁぁ!!」

 

もうこれ分っかんねえな……。少なくともこの局面ではユイが悪だろう。

 

「食らえ!必殺殺人ギロチンシュートォォォ!!」

 

「俺を殺したいのかゴールを決めたいのかどっちなのかツッコミどころの多いシュートが来やがったぁぁぁ!?」

 

「うおっ!?意外とナイスシュート!?」

 

「「日向ぁぁぁぁ!!」」

 

翼君の試合に出てきそうな技名を高々に叫んだユイの全力シュートが炸裂する。良い具合にボールにヒットしたキックにより予想を超えるナイスシュートが生まれ、グオォォォンとゴールに迫る。これが決まればユイの勝ちだ!

 

だが、そこは日向も負けてはいない。軌道上に入り飛んでくるボールを待ち構える。いくらナイスシュートだとしてもこのままでは止められてしまう。すでにシュートは放たれているためオレにできることはない。

 

「――うおっ!?」

 

突然ゴールに向かっていたユイのシュートがとんでもない軌道を描いた。その際、何かが見えた気がしたがそれが何かまでは分からなかった。向かっていたボールは急激に進行方向を変え、ゴールの反対側へと迫る。急に変わったシュートコースだったが日向はなんとか反応して手を伸ばし――

 

 

 

 

 

――バサリと。思っていたよりも小さな音が聞こえた。ボールは日向の伸ばした手よりさらに曲がり、そのままゴールの内側のサイドネットへと突き刺さる。

 

「は、入った?や、やったやった!!5人抜き達成だーー!!」

 

「ば、馬鹿な……!」

 

「俺達が、負けた?しかも……」

 

「ユイたった1人にだぞ?そんな……!」

 

「scramble, trouble down……」

 

「本当に入ったし……」

 

はしゃぎまくるユイと衝撃の結果にネガティブムード漂う男共。桁違いの温度差がそこに生まれていた。つか、ぶっちゃけ1回ボール取られたし、キーパーも抜いてないから正確には5人抜きじゃないだが……。

 

チラリとユイの方を見る。ゴールした本人はと言うと、プロレスの時のようにサッカー場を飛び跳ねていた。まあ、本人が喜んでるから結果オーライか。

 

「最悪だな……」

 

「ぜってえ他の奴らには内緒だぞ……。特にゆりっぺになんか知られたら……」

 

「地獄の特訓でもさせられそうだ……」

 

「negative……」

 

う~ん……トボトボと去っていくあいつらを見てると少し可哀想な気もするがまあ大丈夫だろ。どうせ2、3日すれば忘れるだろうし。それに、あまりにショッキングだったせいかオレの妨害の事もすっかり忘れてしまっているようだった。これはこれで好都合である。

 

「ユイーー!!そろそろ着替えてきたらどうだ?野球は明日やろうぜ」

 

「えーー!?私まだまだいけるよ!」

 

「いいから、しっかり休んどけって。ほら、さっさと行った行った。明日はガルデモの練習が終わったぐらいに迎えに行くから」

 

「ぶーぶー!分かりましたよー。じゃあ、先輩!また明日お願いします!!」

 

「はいよ、じゃあな」

 

ブンブンと笑顔で手を振りながら校舎の方へと戻っていくユイを見送ったあと、オレはグランドから少し離れた柱の影に向かった。たぶんさっき飛んできた方向からして……おっ、いたいた。

 

「なんとか成功だな神乃」

 

「やっぱりここか。さっきボールが急に曲がったとき、ここら辺から何か飛んできてボールに当たったのが見えたよ」

 

「よく見えたな」

 

「まあ、何が当たったのかは分かんなかったけどな。一体何をどうやったんだ?」

 

「見せた方が早いかな。奏」

 

「うん。……これよ」

 

音無に言われるままに自身の腕を見せる立華。そこには白魚のような肌があるのではなく、またハンドソニックのような半透明の刃があるわけでもなかった。

 

「……その立華に不釣り合いで今にも貫かれそうな禍々しいのはなに?」

 

立華の腕には悪魔の顔みたいなのが生えてんだけど。紫色の顔、鋭い眼光、あらゆるものを貫きそうな角に何でも引き裂きそうな凶暴な牙。天使なのに悪魔の腕ってこれいかに?ぬ~べ~先生の鬼の手が優しく見える。

 

「これがハンドソニックversion5」

 

「version5っ!?ハンドソニックってそんなにあったのか!?」

 

「そういや知らなかったな、お前」

 

「知らねえよ!!つか、version2~4自体見たことねえわ!!」

 

じゃあ、何か?もしかしてこのversion5とやらには何か特殊能力でもついてるのか?除霊したり、気的なやつ放てたり。

 

「いや、無いけど」

 

「ないんかいっ!!……じゃあ、一体どうしたんだよ」

 

「ここを見てみて」

 

「ん?」

 

立華が指を指したところを見てみる。よく見ると悪魔の2つの角繋ぐように伸縮性に優れた紐のようなものがついてる。というか、完全にゴムだこれー。

 

「……で、これがどうした?」

 

「石を飛ばしたの」

 

石?もしかして……

 

「パチンコ、か?」

 

「正解」

 

「いやいやいや!!こんだけ禍々しい形態しててやったのがパチンコッ!?」

 

「すごいだろう?奏ってボールが動いていても百発百中だったんだぜ」

 

「そこじゃねえよ!!なんだよそのドヤ顔!なんでお前がするし!結局見た目だけじゃねえか!」

 

どこの長鼻の狙撃手だよ。狙撃の島で生まれたのかよっ!そげクィーンかよ。むしろそげエンジェル!?

 

「いや、本当は冷酷な天使をイメージしてこんな形にしたんだが、思わぬところで役に立ってな」

 

「天使っつーかもろに悪魔だからな。はあ……なんか疲れた」」

 

ため息をついていると、音無が苦笑し立華もクスリと笑う。そんなにからかって面白いかよとジロリと睨むとさらに笑われてしまった。くそう……。

 

 

 

「――で、とりあえずユイは帰したわけだけど」

 

「良かったと思うわ。あまりことを急ぎすぎるのも良くないだろうし」

 

「だな。無駄に疲れさせてもしょうがないだろ」

 

「んじゃ、明日もオレがガルデモのところに行って、ユイを連れてくるわ」

 

「じゃあ、俺は道具を揃えて野球場で待ってるよ。奏は生徒会長として校内にいてくれ。授業の合間とかに抜け出させて疲れただろう?次は俺達だけで何とかしてみるよ」

 

「分かったわ。でも、困ったら遠慮せずに頼って」

 

ありがとうと2人で立華にお礼を言う。正直今のままじゃ立華に頼り過ぎだ。何か1つぐらいオレ達だけの力で達成しなければ。幸い野球でのあいつの望みはホームランを打つことだし、それならバッティングの練習あるのみだからな。そもそも立華がその場にいたらユイが逃げちまいそうだし。

 

 

 

 

 

次の日。オレは練習を終えたユイを連れて廊下をてくてくと歩く。練習が終わったガルデモの教室に入った時、そしてユイを連れていく時の他のガルデモメンバーの視線がズバズバと突き刺さっていたがそこは何とか持ち前のメンタル強さで耐えたオレは称賛に値するだろう。

 

だから誰か褒めてくれ。すげえ怪しそうな目で見られたんだ。あれ絶対変な風に勘違いされてるって。強いて言うなら女たらしに向ける目だったって、アレ。うちの娘をどこに連れて行く気だオラァ!って感じでひさ子がメッチャ怖かったんだって。

 

「ではでは先輩!今日もよろしくお願いします!!」

 

「はいはい。お前は今日も無駄に元気な」

 

「それが私の取り柄ですから!」

 

さいですか。とりあえず、野球場にさっさと向かうことにしよう。さっきチラッと見てみたらすでに音無が待ってたし。

 

 

 

 

 

「遅いぞ2人とも」

 

「わりいわりい。ユイがいきなり着替えるなんて言いやがったから」

 

「そりゃ制服じゃスカートですし着替えますよ。というか、昨日のサッカーでも体育着着てたじゃないですか」

 

「別に制服のままでいいじゃねえか」

 

「ダ・メ・で・す!これでも私は女の子なんですよ!」

 

女子ね……。とりあえずユイの頭から足先までを眺めてみる。ふむ、なるほど。

 

「女子の身体的特徴がなに1つねえな」

 

「ゴルァァァ!!てめえ、また間接的に胸がないって言いやがったな!!ちゃんとあるって言ってんだろうがっ!!なんなら揉むか!?ああん!!」

 

「分かった、分かった。そう怒るなって。そういうのは日向にでも言っとけ」

 

オレの言葉が原因なのだが詰め寄ってくるユイをどうどうと宥める。というか、日向でも普通に断りそうだ。それに間接的に~の部分は否定できないだろ。もう1度さり気なくそこを見てみた。あっ……(察し)。

 

「ほらほら。お前ら遅れて来たんだからさっさとグローブなりバットなり持って配置につけって」

 

「はいよ」

 

「分かりましたよ……」

 

グローブを受け取ったオレは、ひとまず土の部分と芝の部分の境目あたりまで下がる。ピッチャーは音無、ユイは当然バットを構えてバッターボックスに立っている。

 

「で、どこまで飛ばしたらホームランにするんだ?」

 

「決まってじゃん!フェンス越えだよ!」

 

「だろうな……」

 

意気揚々と答えるユイとは対照的に消沈気味の音無。この野球場はバッターボックスからフェンスまで約100m程ある。つまりそこを越えるぐらいの高さを維持した打球を放たなければならないということだ。まあ、考えても仕方がない。ひとまずやってみるべきだろう。

 

「じゃあ、とりあえず思いっきり打って見ろ」

 

「よっしゃーー!さあ、どっからでもかかってきやがれーー!!」

 

「威勢だけはホームラン級だな……」

 

音無のサイドスローによって投げられたら緩い白球がユイの振り抜いたバットによって青空へと舞い上がる。雲一つない青いキャンパスに一点の白点が舞い上がっていった。それはヒューンと擬音がつきそうな勢いで飛んでいき――ポスリとオレの構えたグローブに収まった。

 

「飛距離短ぇ……」

 

ボールを捕球して思わず呟く。ボールはオレの立っている場所より少しバッターボックス側のところに飛んできた。つまり、だいたい野球場の半分ぐらいしか飛んでいない。

 

「きゃー!当たったーー!」

 

「当てるだけじゃダメだろうが……。もっとボールをよく見て、バットの芯で当てるようにしてみろ」

 

「だあっ!」

 

――カキン!

 

「ボールの上を打ってるぞ。もっと下だ」

 

「せいやっ!!」

 

――キーン!

 

「今度は下過ぎだ。思いっきりファールじゃねえか」

 

やれやれ。非力に加えて命中率の悪さもか。女の子だ仕方がないと言えば仕方がない。ここは根気強く付き合っていくべきだろう。

 

 

 

 

 

「そ、そりゃ……!」

 

――カキン!

 

「よっこいせっと」

 

ポスリと何度もか分からない打球をグローブに収める。このバッティング練習を始めて結構な時間が過ぎた。が、今だに芝の所にまで打球が届かない。命中精度には多少の進歩は見られてきたが、やはり力と言うものは一朝一夕には身につかない。ユイ自身もひたすら打っていたので疲労の色が濃いのか、バットを握る手に力が籠っていない。

 

「今日はもう止めにしよう。お前握力無くなってきてんじゃねえか」

 

「えーー。私、まだ……」

 

「やめとけよユイ。どっちにしようと体力が尽きてる状態じゃ無理があんだろ。女の子がそういう無理はするもんじゃねえぞ」

 

「うっ、はーい……」

 

オレの言い分に渋々ながらも納得したユイはバットを引きずりながらとぼとぼと野球場を去っていく。その姿を見送るとグローブを外し、ボール拾いを始めた音無につられる様にボールを拾い始める。外野に転がっていた球全てを集め終えると音無の下へと向かう。

 

「おつかれさん」

 

「ああ。でも……」

 

「分かってる、ユイだろ。オレ達には隠そうとしてたみたいだけどすっげえ悔しそうだったな」

 

「きっと、本当に打ちたいんだろうな。……神乃。ちゃんと最後まで付き合ってやろうな」

 

「もちろんだ」

 

先の見えない終わりに悲観することなくオレ達は笑う。大丈夫、時間はまだまだいっぱいあるんだ。焦らずにいこうぜ、ユイ。

 

だがこの時、のんびりと会話をするオレ達は気づかなかった。この秘密の特訓を見ている者がいることを。

 

 

 

 

 

「てぇい!!」

 

――カキーン!

 

「おりゃ!!」

 

――カキーン!

 

「なんのぉ!!」

 

――カッキーン!!

 

特訓2日目。昨日に比べたらだいぶバットの芯にボールが当たるようになってきた。パワー不足もすぐに改善できるということでもなかったが、それでもほんのちょっとずつ飛距離は伸びてきていた。

 

「どっせーい!」

 

――スカッ

 

「――って、あれ?」

 

「今日ももうダメだな。日も暮れちまったし、ボールも見えねえだろ」

 

「えーー。ううぅ……」

 

「続きは明日だ明日。今日はもう帰って休め」

 

「はーい……」

 

薄暗くなってきた野球場にバットを置いて去るユイ。それを見送ったオレ達はせっせと転がったボールも拾い始める。すると、そんなオレ達に声をかけてくる奴がいた。

 

「お前ら、何してんの」

 

どこか楽しげに問いかけるその声の主は日向だった。ユイが置いていったバットを構えるとその場で数回素振りを行う。ユイとは違う、鋭くて力強いスイングだった。

 

「日向、お前来てたのか」

 

「おう!ひなっちの登場だ!」

 

素振りをする日向を見ながら音無が苦笑する。そして何かを思いついたように集めていたボールの中から1球手に取り日向にどうだ?と言うように見せた。こいつの考えたことが分かってしまったオレも釣られて口元が緩んだ。

 

「お前もやるか?本気の野球」

 

「フルスイングか。最近やってねえや」

 

「なら一発勝負といこうぜ。互いに全力勝負で、な?」

 

「全力勝負、か……」

 

バッターボックスに立つ日向を見て音無はボールを構え、オレは外野へと移動する。移動しきったことを確認した音無が1度肩の力を抜き、ユイに投げていたのとは違う本気の投球をした。

 

「――そういうのも……いいかもなっ!!」

 

――カキーーーン!!

 

オレ達の言葉に答える様に振り抜いたバットは白球の真芯を捉え、白い打球は夕闇が迫りつつある空を切り裂く。それはまるで流れ星のようだとふとオレは思った。こりゃ、わざわざ追いかける必要すらねえな。

 

「……まいったな」

 

「ははっ。こりゃ完敗だ」

 

白球の向かった先。フェンス越えの文句なしのホームラン。夢見る少女の今だ届かない夢をこの男は見事成し遂げていた。

 

 

 

 

 

「なーんか最近様子がおかしいなって思ってたんだよ。ユイ引き連れてお前ら何してんだ?」

 

「何って言われてもな……」

 

ボール拾いを終え、ベンチに座りオレ達は談笑をする。日向の率直な疑問にオレ達は顔を見合わせて互いに困った。どうする?正直に話してしまうか?きっと日向なら協力してくれると思うが、繊細な話だしそんなに簡単に話していいのか?

 

「あ、あのな日な――「わりい、やっぱいいや」――はっ?」

 

とにかく何かを言わなければと思い口を開くが、その言葉を問いかけてきた日向自身が遮った。

 

「だから、無理に話さなくてもいいって。なんか話しづらい事情でもあるんだろ。それに、お前らが悪だくみを考えてるなんて思っちゃいないさ」

 

「そうか……。ごめん、話せなくて」

 

「すまねえ」

 

「謝んなって。別に怒ってるわけじゃねえよ」

 

オレ達の謝罪をあははと日向は笑い飛ばす。その笑みは本当にオレ達を信用してくれていると言うことを伝えてくれていた。しかし、そのすぐ後に「ただ……」と口ごもる。何度も口を開き、同じ分だけ閉じるという動作を5回ほど繰り返し、ようやく決心がついたのか青味がかかった頭を掻きながら複雑そうな表情で言葉を溢した。

 

「……これから言うことは俺の独り言だ」

 

オレ達のどちらに対して言っているかも分からないように呟く日向。何も言わずに聞いてくれと言うことだと解釈し聞くことだけに集中する。

 

「最近、つってもここ2、3日のことなんだけどさ。ユイの奴がすげー楽しそうなんだよ」

 

「「…………」」

 

「んで、気になってあいつになんでそんなに上機嫌なんだよって聞いてみたら、『先輩達が私の夢を叶えてくれるんです!』って、嬉しそうに話すんだ」

 

「「…………」」

 

「なんだかんだであいつとも結構一緒に過ごしてきたからな。ユイ自身が今を楽しめてるんだったら全然かまわねえし、そもそも俺が首をつっこむようなことでもない」

 

「「…………」」

 

「でも……どうしても考えちまうんだ」

 

日向はそこまで言うと、次の言葉を絞り出すように紡いだ。

 

「――このまま、あいつがいなくなっちまんじゃねえかなってさ」

 

その言葉にオレと音無は何も言うことができなかった。今まさにオレと音無と立華がユイを卒業させようとしていることを日向が知っているはずない。話していないのだから当然だ。だがこいつは、なんとなくでそのことを見抜いてみせた。

 

「なーんてな、悪かったな変な話して。こんなの俺の独り言だから気にしないでくれ」

 

誤魔化すように笑ってそう言うと日向はその場を去っていった。残されたオレ達はとてもじゃないが笑うことなどできない。こんなの到底笑えるもんか。

 

「あいつ、たぶん気づいてるよな」

 

「ああ。日向は妙に鋭いとこあるからな」

 

「手伝ってもらうように誘えばよかったかな」

 

「……分かってるんだろ」

 

「……まあな」

 

日向とユイが仲が良いことなどオレ達にとっては周知の事実だ。本人達はいつも言い争いばかりしているし、もしそんなことを言ったら揃って否定するだろう。だがそれでも、あいつらは2人でいる時が一番心の底から笑っていたことをオレ達は知っている。

 

だから、日向にユイをこの世界から卒業させる手伝いをさせるなんて所業は残酷すぎる。何故なら、日向もユイもこの世界を去って、例え誰の導きかで生まれ変わったとしても……2人が再び巡り会う可能性なんて0に等しいのだから。彼らの在り方を引き裂いてしまうことになど誘えるはずがない。

 

頭の中で色々な考えが浮かび、そして消えていく。日向の言葉を聞いたオレはもう判断がつかなくなってきていた。

 

 

 

 

 

「はあっ、はあっ……」

 

「どうした?全然振れてねえぞ……!」

 

「はあっ、はあっ……せえいっ……!」

 

「…………」

 

3日目。昨日の日向とのやりとりについて考えながらも、オレ達はユイとの野球を続けていた。もはやそれは惰性だったとも言える。それぐらい今のオレには気持ちが入っていなかった。誘っておいてユイには失礼極まりないが、グチャグチャと考える頭でオレは精一杯だった。

 

そうして今日も目立った成果もあげられないまま徐々に日が傾き、野球場を沈みゆく夕日が優しく照らし出してくる時間になった。そんな中、ユイがカランとバットを落としペタリと座り込んでしまった。

 

「ユイ!?」

 

「おい、大丈夫か!」

 

「はあっ、はあっ……」

 

慌てて音無と共に駆け寄ると、ユイはかなり疲労しているのがすぐに分かった。バットを握っていた手が震えている。それに、なにやら手元を隠そうともしていた。

 

「お前、ちょっと手見せてみろよ」

 

「やだ……」

 

「いいから見せてみろよっ――て、おいおい」

 

ひたすら隠そうとするユイから多少強引に手をとり確認してみる。その状態に思わず言葉を失う。おそらくずっとバットを降り続けたせいだろう。小柄な身体に違わない小さな手にはいくつものマメができて潰れてしまっていた。それに絆創膏が貼られている状態はあまりにも痛々しい。

 

「まあ、連日のようにバット振り続けてたら無理ねえ、か」

 

今日はもう止めにしてしばらくは傷が治るのを待った方がいいんじゃないか……。このままではガルデモの方にも影響が出てしまう。そう思い、音無に提案しようとしたオレより先にユイがため息混じりに口を開いた。

 

「――しょせん無理なんだよ」

 

「えっ……?」

 

「ユイ?」

 

「もういいや、この夢」

 

零れたのそんな言葉。あれだけ打ちたいと願っていたホームランを諦める言葉だった。

 

「……諦めるなよ。また傷が治ってからでいいじゃないか」

 

「そうだぜ。何も今すぐできるようになれって言ってんじゃねえんだから」

 

「うん。……でも、いいや。色々ありがとね」

 

座りこんだせいでズボンについた土を払い、落としたバットを拾いながらユイはゆっくりと立ち上がった。そして沈む夕日を眺めながらオレ達に問いかける。

 

「そういえば、なんでこんなことしてくれたの?」

 

「それは、お前がやりたかったことだから……。だから、最後まで頑張れよ」

 

「ホームランなんて冗談みたいな夢だよ。ホームラン打てなくても、こんなにいっぱい体動かせたんだからもう十分だよ。毎日が部活みたいで……楽しかったな」

 

そう話すユイの表情にはホームランを打てなかったことへの後悔は微塵も浮かんでいない。嘘や虚勢ではなく本当に満足しているようだった。その晴れ晴れとした表情を見た音無がおずおずと問いかけ直す。

 

「――じゃあ、もう全部叶ったのか?」

 

「叶う?何が?」

 

「何がって……その、あれだ。お前が体が動かせなかったときにできなかったことだよ」

 

バンドもした。プロレスもした。サッカーもした。そして野球も達成こそできなかったが満足するまでできた。あとは何があるのだろうか。考えていたオレ達を探るようにユイはチラリと見てきたが、やがて「たはは……」と笑いながら答えた。

 

「――えっとね、実はもう1個だけあるんだ」

 

「……それは?」

 

とうとうあと1つか……。一体何だろう。今のオレに手伝えることなのか?今まで言わなかったということはやはり難しい事なのだろうか?そんな疑問が次々に浮かんでくる。だが、次にユイの口から語られた最後の願いにオレ達は只々黙り込むしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――結婚」

 

「「――――っ!?」」

 

「女の究極の幸せ。でも、家事も洗濯もできない、それどころか1人じゃ何にもできないこんなお荷物……誰がもらってくれるかな」

 

ユイが話しているのは今の自分の事ではない。1つの出来事で願った多くの夢を失った少女。その少女の切実な夢だ。おそらくこれがユイのなによりの望みなのだろう。だけど、自嘲するかのように笑うそんなユイにオレ達は何と答えればいいのか。その答えが見つからない。

 

「神様って酷いよね。私の幸せ、全部奪っていったんだ」

 

「――そんなこと、ない」

 

「お前はっ!お前は……お荷物なんかじゃ、ねえよ」

 

「じゃあ、先輩達のどちらか。私と結婚してくれますか?」

 

「「それは……」」

 

なんとか振り絞って言葉を出すものの、ユイの結婚してくれますかという重みのある言葉とその真剣過ぎるほど真っ直ぐな瞳に再び沈黙するオレ達。「結婚する」たったそれだけなのに言えなかった。それはオレ達が背負うにはあまりにも重すぎた。生半可は覚悟で言ってはいけない。たとえそれが彼女の事を思っての言葉だとしても、きっとそれはユイの望むものではない。

 

静寂が辺りを支配する。ユイはオレ達の反応が分かっていたように小さく笑った。いつもの明るい笑みではない。今にも泣きそうな顔でそれでも笑った。やっぱりそうなのだ、自分と添い遂げてくれる人などいないのだと。悲しそうに、それでも気丈に振る舞っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――俺がしてやんよ!!」

 

その悲しみを拭い去るように、たった1つの言葉がユイへと届く。目を見開き持っていたバットが渇いた音を立てて土の上に転がった。その場にいた全員の視線はバックネットの所へと集中していた。そこに現れた人物。青い髪でやんちゃそうな顔、少々だらしない着方の制服。だが、その目に宿るのは堅い決意。

 

理不尽な運命に翻弄されて、それでも諦めきれずに夢を見て、だけど結局は諦めようとした少女にようやく手が差し伸べられた。

 

 

 

「日向っ!?」

 

「お前……!」

 

現れた人物――日向はただ真っ直ぐにユイだけを見つめ、歩み寄っていく。ユイはありえないと言わんばかりの表情を浮かべ、キュッと胸元で手を組み日向を見つめていた。

 

「俺が結婚してやんよ。これが、俺の本気だ」

 

「――っ!そんな、先輩は本当の私を知らないもん」

 

「現実が……生きてたお前がどんなでも、俺が結婚してやんよ!もしお前が、どんなハンデを抱えてでも」

 

「ユイ歩けないよ?立てないよ?」

 

「――どんなハンデでもっつったろ!!」

 

「――――っ!?」

 

「歩けなくても、立てなくても……。もし、子どもが産めなくても。それでも、俺はお前と結婚してやんよ!!ずっとずっと、そばにいてやんよ……」

 

1つ1つの言葉がユイの心を揺さぶる。もう手にすることはできないと思っていた温もりが目の前にあった。抱くものを伝えようと、自身の想いを全て届けようと日向はさらに言葉を紡ぐ。ユイはその言葉の欠片を抱きしめるように両手を強く握り、震えながらも胸に刻み込んでいた。

 

「ここで出会ったお前はユイの偽者じゃない、ユイだ。どこで出会っていたとしても、俺は好きになっていたはずだ。また60億分の1の確率で出会えたら、その時もまたお前が動けない身体だったとしても、お前と結婚してやんよ」

 

「出会えないよ……。ユイ、家で寝たっきりだもん」

 

嬉しくも、どこか悲しそうに笑うユイ。そんなことはありえない。だから、その言葉だけでも十分だとそう言っているようにも聞こえた。

 

だが日向はそんなユイの姿を見て少年のように瞳を輝かせて笑った。そして物語を話すように楽しそうに語りだす。

 

「俺、野球やってるからさ。ある日、お前んちの窓をパリーンって打った球で割っちまうんだ。それを取りに行くとさ、お前がいるんだ。それが出会い」

 

「…………」

 

「話しするとさ、気があってさ、いつしか毎日通うようになる。介護も始める。そういうのはどうだ?」

 

日向の言葉にとうとう涙を流し始めるユイ。頬を伝う雫を拭うと、少年のように語る人物を見つめて小さく頷いた。

 

「……うん。ねえ、その時はさ。私をいつも1人でさ、頑張って介護してくれた私のお母さん。楽にしてあげてね」

 

「――まかせろ」

 

「――よかった」

 

少女の瞳から涙が零れる。先程とは違う、幸せそうに泣く少女を愛おしそうに日向は見つめていた。

 

そして――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……良かった、のか?」

 

「――良かったさ」

 

「ごめん、日向。オレは――」

 

「謝んなよ、神乃」

 

夕暮れの野球場に夢を見る少女はもういない。もう夢を見るのは止め、今度は叶えに行ったんだ。不可能に近いけど、きっと大きくて素敵なもの。大切な人と出会い、そして共に歩んでいくそんな究極の夢を。

 

「日向、お前は……」

 

「ん?どうした?」

 

「その、これからどうするんだ?」

 

日向にとって大切な人はもうここにはいない。なら、日向は何のためにこの世界に残るのだろうか?そして、そんな日向にオレは何をしてやれるのだろうか?そういった感情を含んだ言葉だった。

 

「なんだよ、お前らしくねえな。もっとシャキッと話せよ」

 

「う、うるせー。いいから質問に答えろよ」

 

茶化すようにニヤニヤと笑う姿に思わず乱暴な言葉遣いをしてしまう。そんなオレの様子に苦笑した日向は空を見上げながらポツリと呟く。

 

「――俺も最後までお前達に付き合うさ。まだまだ心配な奴らが、残ってるからな」

 

「……そうか」

 

やはり日向は気づいていたのかもしれない。オレ達がユイをこの世界から卒業させようとしていたことを。でも、日向をそれを決して止めようとはしなかった。むしろ最後にはユイの背中を押し、ユイ自身もそれを受け入れた。

 

2人は未来を見据えていた。死んだ後の世界ではなく、生きている世界で再会する未来を。

 

1人の少女が脳裏をよぎる。オレはきっとその世界で彼女と再会することはできないだろう。だから少しだけ、ほんの少しだけ……日向達が羨ましいと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「ええいっ!どぉりゃ!!」

 

校内に響く大山の悲鳴と野田がハルバートで()()を切り裂く音。大山はその()()に恐怖し、今の今まで戦っていた野田は激しく息を乱してただ一言だけ溢した。

 

「――今、俺は『何』を斬ったんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()?遊佐さん、もうちょっとちゃんと説明してよ」

 

()としか説明できません。今駆けつけた野田さんが倒したところです。大山さん1人では()()()ところでした』

 

()()()って、一体何が……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界が

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オレ達の気づかないところで

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

狂い始めていた。




はい、ということで24話でした。

どうにかこの回のことを伝えようと頑張りました。いかがだったでしょうか?

今回の話はユイが主役の話でした。天真爛漫で元気いっぱいのお転婆娘ですが、実は重い過去を背負っている、そんなキャラクターです。彼女にはぜひ日向と幸せになってほしいと第10話を見た時に思いました。

いやホント、この回はアカンです。見るたびに泣きそうになります。というか、泣きます。

次回からはいよいよ最終話に向けて物語を展開していきたいなと思います。神乃君はどうするのか?遊佐さんとの関係は?コハクちゃんは?SSSの皆は?
これからも気長にお付き合いいただきたいなと思います。

感想、評価、アドバイス、誤字脱字報告等々お待ちしています。
ではでは。


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