死後で繋がる物語   作:四季燦々

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すみません遅くなりました!!
しかし、今だにネット環境は整っておりません!今はたまたま実家に帰ってきているのでそれでどうにか投稿できました。

できれば帰郷しているうちにもう1話書いてしまいたいなと思います。
そして今回はオリジナルストーリーの最終話です。加えて、ちょっと解説しているので後書きが長めになっていることをご了承ください。


affection

真夜中の学園内を駆ける。途中1度だけ巡回中の教員と鉢合わせしたがお構いなしと言わんばかりにその脇をすり抜けた。深夜に校舎内を駆けまわっている学生がいるという情報が伝わったのだろう。ドタドタと走る音に気が付き壁に身を寄せると、少し先の交差路を教員が懐中電灯を持って走っていった。

 

「くそっ、こっちは1分1秒が惜しいつーのに……!」

 

教員がどこかへ消えたのを確認した後に悪態をつく。ああもうろちょろされては動きづらい。もし見つかったりなどしたら生徒指導室に缶詰にされるのが目に見えていた。

 

コハクがいなくなったという遊佐からの緊急連絡を受けて早1時間。オレは学園内をひたすら探索していた。もう何十分も走って探しているせいか足が重い。他のメンバーにも連絡を取って探してもらっているが、なにぶんこの学園は広い。1人の少女を見つけるのは容易ではなかった。

 

「どこに行ったんだよ、コハク……!」

 

別に今すぐあの子に危険があるというわけではない。しかし、どうも嫌な胸騒ぎがした。このままだとコハクが永遠に救われない。今すぐあの子を探し出せ。そんな警報が頭の中で鳴り響いていた。

 

夜の校舎内は最小限の電灯がついている。そのため足元を確認することは難しくないが、人を探すには状況が悪い。昼間と違い、影の割合が圧倒的に多いので下手すると見過ごしてしまうかもしれない。焦りで頭をガシガシと荒く掻いていると首にぶら下げたインカムに反応があった。

 

「遊佐かっ!?そっちはどうだった!?」

 

『駄目です、見つかりません。図書館や体育館、食堂や本部にも行ったのですがいませんでした』

 

「そうか……」

 

教員に気付かれないように最小に声を絞りつつ尋ねたが、遊佐から告げられた報告に苦悶の声が漏れる。

考えろ、コハクが行きそうなところはどこだ?あの子が興味を持つところはどこだ?

 

グルグルと思考を巡らせる。止めるな、考えろ、考え続けろ。闇雲に探したってこの学園だと行けるとこはいくつもある。それを虱潰しに探してたんじゃ日が昇っちまう。

 

どこかに答えはないかと不意に空を見上げる。夜空にはいつもの満天の星空があった。あの子と出会った時もオレは空を見上げたんだっけ。あれはコハクの悲鳴を聞いたからだったんだけど。

 

ほんの1週間しか経っていないのにもうずいぶん昔のことのように思える。それだけあの子と過ごしたこの1週間の密度が濃かったという事なのだろう。

 

そういえば最初に出会ったときからコハクの様子は少しおかしかった。落ちようのない屋上から落ちてきたり、妙に達観していたり。後者は頭が良いからという事で納得できないこともないが、それでもあの弁明は不自然だった。

 

「あの場所に行ってみるか……」

 

『あの場所、とは……?』

 

「あいつと最初に出会った場所。最初にあいつに色々説明した場所だよ」

 

『……分かりました。私も今いるところから近いので行ってみます』

 

「了解。じゃあ、後で合流な」

 

そういって通信を切るとオレはコハクと出会ったところへ走り出した。コハクと出会った場所。後で気が付いたのだが、そこは奇しくもオレがよく行く屋上の真下にあたる中庭だった。その中にはへとたどり着く。

 

中庭には1本の木がある。コハクに影を作り日光から守ってくれた木だ。その木を中心として緑の絨毯が円状に広がっているのだが、今は深夜なのでその緑も暗い色へと変わっていた。

 

「いない……か」

 

コハクはいなかった。こんなに暗くてもあの特徴的な白い髪を見逃すわけがない。もしかしたらと思ったのだが当てが外れてしまったらしい。

 

「ここもハズレ。……他を当たるしかねえな。ここで落胆してる場合じゃない」

 

口ではそう言いつつも、半ば確信していたためその期待が外れたことへの空しさは拭えない。天を仰いでこの空しさを吐き出したらすぐに行こうと思い、空を見上げた時だった。チラリと白い何かが視界に入った気がした。否、気のせいではない。確かに屋上に誰かがいる。

 

確認するまでもなかった。オレは遊佐へと再び通信を入れ、疲れきっている足に鞭を打ち屋上へ向かう。教員に見つからないように廊下を走り、屋上への階段を上り、ついにその扉の前へと辿り着く。酸素を求める身体に十分なそれを送り込むように深呼吸する。これには自身の心を落ち着けるという理由もあった。

 

「神乃さん……!」

 

「遊佐、来てくれたか」

 

「ここ、ですか?」

 

「ああ、間違いない。さっきコハクの姿を見た」

 

「どうしてこんなところに……。確かに案内した時は神乃さんのお気に入りの場所だと説明しましたよね?」

 

「ここでよく昼寝したりしてるって教えた。でもな、遊佐。この屋上の場所を考えてみろ」

 

「……――あの中庭の真上ですか?」

 

「正解だ。つまりあの子はこの屋上から落下してきたんだ」

 

オレの見解に遊佐は息を飲む。だが、今そこら辺を考えても分かるものではない。それはこの先にいるあの子に直接聞いてみるとしよう。あの日、お前はここで何をしていたのか、と。

 

扉を開け、屋上へと乗り込む。そこには建物の下で見たものよりも遥かに広い星空が広がっていた。こんな時間に屋上に来たことはなかったが、よもやこんな風景が広がっていたとは知らなかった。

 

その星空の中心。地平と夜空の境目に立つようにコハクは静かに佇んでいた。白い髪を靡かせ、天体観測をするかのようにジッと空を見上げている。後ろ姿なのでその表情を確認することはできないが、オレにはあの子が泣いているような気がした。扉の開かれる音に気が付いたか、ゆっくりとコハクはオレ達へと振り返る。泣いていると思ったその表情は意外にも微笑を浮かべていた。

 

「……やっぱり最初に見つけるのはアンタと遊佐さんだよね。そんな予感がしてた」

 

「嬉しい信頼だこった。まあ、こんな時間に出歩く不良娘は叱ってやらねえといけねえからな。探したぞ、コハク」

 

「うん、ごめん。遊佐さんもごめんなさい」

 

「コハクさん……」

 

いつもの強気な態度はなりを潜め、素直にコハクは謝罪を述べる。遊佐はそんなコハクの態度に僅かながら動揺し、歩み寄るのを躊躇っていた。

 

「ほら、さっさと寮に帰るぞ。良い子はとっくに寝る時間だ」

 

そう言って身を翻す。数歩歩いて、しかし反応が見られないことに立ち止まり再び振り返った。コハクは下を向き、聞こえるか聞こえないかギリギリの声量で言葉を溢した。

 

「――じゃあ、やっぱり私は悪い子なんだね」

 

「ああ?いきなりなんだよ」

 

「私は悪い子なんだ。だから拒絶されたんだ。だから化け物なんて言われたんだ。だから、愛されなかったんだ」

 

「コハク……さん……?」

 

無機質な言葉がボロボロと零れる。オレ達に話しているというよりも、自身を自嘲するようだった。あの明るくて柔らかい笑みではなく、薄ら寒い疲れ切った笑み。

 

「ねえ、神乃。それに遊佐さんも。私が昼間寝てる間に言ってたこと聞いてたんでしょ?」

 

「――っ!ああ……」

 

「あのとき夢を見てたんだ。ずっと昔の夢。本当はね、しっかり覚えてたんだ」

 

「……なんで嘘なんかついたんだ」

 

「……分かんない。だけど、忘れたかったんだと思う。SSSの皆の優しさに甘えて全てを忘れてしまいたかった。でも、やっぱり駄目なんだよ……。あの人達のあの目が言葉が仕打ちが、どうしても忘れさせてくれない!私が()()()()()()ってことを!」

 

最初こそはゆっくりと静かに話していた。しかし徐々に語気が強くなっていき、やがてコハクは頭を抱えながら少しだけ体をフラつかせた。小さな肩が震えている。

 

「この髪もっ!この眼もっ!お母さんもお父さんも皆言ってた!!化け物だって!疫病神だって!何で生きてるんだって!!」

 

「コハク……」

 

「知らないよぉ!好きでこんな姿になったわけじゃないのに!!普通の女の子として生きたかっただけなのにっ!誰も分かってくれない!誰も助けてくれない!!」

 

「コハクさん……」

 

「どうすれば良かったの!ねえ!私はどうしてれば愛してもらえたのっ!少しでも私を見てもらえればって必死になって勉強した!困らせないようにってわがままも言わないで大人になろうとした!皆とも仲良くなろうって自分から何度も声をかけた!!」

 

「…………」

 

「…………」

 

「でも駄目だった……。駄目だったんだよぉ……。私の姿を見た途端離れていって……誰もいなくなっちゃったんだよぉ……」

 

コハクはその場に崩れ落ち、ポロポロと涙を流す。それは1週間前に流したそれとは違う。絶望に染まって流す悲愴な涙だった。隣に立つ遊佐はすでに目元に涙を溜め、コハクの独白に言葉が出ないのか口元を両手で覆っていた。

 

ギリッと歯を噛みしめる。コハクは虐待を受けていた、できれば当たってほしくなかったその予想は当たってしまっていたらしい。

 

憎らしかった。虐待をしていたコハクの両親が、ではない。こんな悲痛な思いを持つ少女の苦しみにちゃんと気付いてやれなかった、そして今なんと声をかけてやればいいのか分からない無力な自分が。

 

オレは人間ですらないNPCだ。特別な力なんか持っちゃいない。だからといって手を拱いていいのか?いいや、そんなわけがない。今自分にできることを考えろ。この小さな少女の為にできることは何だ?

 

そこまで考えてふと思った。そもそもオレはこの子について何も知らない。その感情の一片しか垣間見てない。知らないうちに結論を出そうなんてそれこそ驕りだ。

 

 

――大切なのは知ることだ。

 

 

――自分の中で勝手に結論付けるんじゃない。

 

 

――まずは相手の全てを受け入れないことには何も始まらない。

 

 

オレはコハクの下へと歩み寄る。泣き崩れるそのそばに膝をつくと、その小さな身体を抱きしめた。突然のオレの行動にも関わらず、この子は何も反応を見せない。ただひたすら、自身の深い闇へと沈んでいるようだった。オレのそばで涙を拭った遊佐が同じように両膝をつく。互いに顔を見合わせたオレ達は一度だけ頷きあった。

 

「コハク」

 

「……ヒック……ううぅ……」

 

「ごめんな。お前のこと何も知らないのに散々偉そうなこと言って。本当に、ごめん。オレ無責任だった」

 

「か、神乃は悪くない……!わ、わるいのは……わ、わ、私なんだから……!」

 

嗚咽混じりに言うコハクの様子に抱きしめている手に力がこもる。そんなことない。そんなことあるわけない。お前はたくさん苦しんでるじゃないか。こんな小さな身に余る大きな痛みを背負ってるじゃないか。

 

「だから、教えてほしい、お前のこと。その悲しみも、苦しみも、痛みも、憎しみも……全部聞かせてくれないか」

 

「わ、私のこと……?」

 

「コハクさん。私達はあなたのことを知りたいんです。コハクという1人の()()のことを」

 

遊佐の言葉にコハクは大きく目を見開いた。信じられないと言わんばかりの表情を浮かべながらオレ達2人を順に見る。その顔にオレ達は安心させるように笑みを浮かべた。それを見たコハクは一度唇を強く噛みしめると、たどたどしく自身の生前の話を語りだした。

 

 

 

~コハク side~

 

 

 

私の家はその地域では有名な教会だった。お父さんが神父、お母さんは普通の主婦だったんだけど。御布施とかでかなり裕福な暮らしをしていたと思う。両親の身なりは良かったしね。地元の人も良く足を運ぶ、そんな普通の教会だった。

 

でも、1つだけ異常なことがあった。それは私の両親やその地域の人たちが熱狂的な狂信者だったってこと。あの人たちが崇める宗教は普遍的なものを愛するというのが全てだった。当たり前、当然、常識……そんなものをとにかく愛してた。

 

そして、その神として太陽の存在を絶対として崇めていたの。太陽は何億という年数で地球を照らし続けた普遍にして不動の存在。そこにあるのが当然で、だから私達は神のすぐお側にいる、というのが父の口癖だった。

 

もう大体分かったよね。そう私はアルビノ。あの人たちの非常識にあたるような存在。普通の人とは外見も違って、神の恩恵である日光に極端に弱いという点は彼らにとって排斥対象として申し分なかった。

 

あれは何歳だったかな。たぶん物心がついたころだから2歳とか3歳ぐらいだったと思う。両親が私に言ってきたの。

 

 

『お前は忌まわしき悪魔の子。私達の崇める神の祝福を受けることができない排除すべき存在』

 

 

バッカみたいだと思わない?自分の娘にそんなこと言ってくるんだよ。でも、当時の私はそんなこと言われても分かるはずがなかった。でも、このままだと両親とは一緒にはいられないという事だけは分かった。

 

すごく怖かった。だって、私は両親しかまともに知らなかったから。その両親すらいなくなってしまったら、本当に1人ぼっちになってしまうから。だから嫌われないように必死になった。

 

 

――その時の私はなんて愚かだったんだろう。

 

 

両親の言う事には絶対服従。死なないギリギリの食事でも泣かないようにした。ボロ切れのような服を渡されても喜んで着た。外に出るなという命令にも従った。学校なんか行けなかった。殴られても蹴られてもこれは私が悪いんだって言い聞かせた。友達もつくれなかった。我儘なんて言わなかった。勉強もたくさんして少しでも両親の手伝いができるようにって頑張った。風邪をひいて倒れてしまいそうでも必死になって我慢した。遊ぶくらいなら明日を生きるために考えた……。

 

その反面、私自身が情けないと両親まで情けない人だって言われてしまう。だから、両親に敵対するような人には常に強気な対応をした。対立するような宗教を掲げる人にはあなた達の敵だって小さいながらも突っぱねた。

 

それでも、両親の愛情が私に向くことはなかった。

 

どうして私だけこんな目にって何度も思ったよ。他の人とどうして私は違うんだろうって。どうして誰も私を見てくれない、助けてくれないだろうって。

 

どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして……

 

……でも、そんな考えもだんだんどうでもよくなってきちゃったんだ。

 

――これが私の運命。これが私の人生。

 

全ての人に忌み嫌われ、誰に愛されない人生。私は私の人生のヒロインなんかじゃない。物語に書かれたとしても、不幸を振りまくだけの悪魔という存在。

 

それが分かっちゃったからかな。生きる気力、無くなっちゃった。日々の生活が段々堕落していって、言われたことも聞けなくなって、それが両親の怒りを買って……

 

 

――そして、殺された。悪魔の子だと、これは神の計らいなのだと。お父さんの振り下ろすナイフに何度も刺されて、私は死んだ。

 

 

 

~神乃 side~

 

 

 

「これが……私の生前の話」

 

また自身を自嘲するコハクは涙を流しながら笑った。焦点の定まらないその視線がどこを向いているのかオレには分からない。隣の遊佐なんかはすでに涙を溢している。この子の前では泣いてはいけないと必死に我慢しているようだが、その抵抗は無駄に終わっていた。

 

「――1つ聞いてもいいか」

 

「……なに?」

 

「どうして最初に会った時にも嘘をついたんだ?」

 

「……嘘じゃないよ」

 

その返答は予想外だった。しかし、今のコハクの表情からはとても嘘をついているようには思えなかったからだ。

 

「――死のうって、思ったんだ」

 

「…………」

 

「この世界で目が覚めて、気ついたらこの屋上にいた。意味は分からなかったけど、とにかく私は生きてちゃいけない。お父さんが殺し損ねたのかとまで思っちゃった。だから身投げしようと思ったの」

 

「…………」

 

「だけど、いざ縁の方まで立つとね、足が震えるんだ。今更なにを怖気づいてるんだって足を動かそうとするんだけど、それでも全然動いてくれないの。ほんと馬鹿みたい。あれだけのことがあったのに、私の心の奥では『死にたくない』って欲求が残ってたみたい。だから1度出直そうと思った瞬間足を滑らせちゃった。そこからは神乃の知ってるとおり」

 

そういう事だったのか。あの時コハクが落ちてきたときは何事かと思ったけど、そういう経緯があったとは。まさかあの時オレが気ままに歩いている真上ではコハクが葛藤していたなんて滑稽すぎる。誰かって、そりゃオレが。

 

「SSSの人たちが私に優しくしてくれるのは本当に嬉しかった。化け物だって言われてきた私をすんなり受け入れてくれて、初めての経験をいっぱいさせてくれて」

 

涙を流し、抱きしめるオレの手をギュッと強く握るコハク。オレは白く淡く光る髪をそっと撫で続ける。

 

「ねえ、神乃。私ね、音楽もほとんど聞いたことなかったんだよ。いつも聞いてたのは教会で流れる讃美歌だけ。だから、ライブなんて初めて聴いてびっくりした」

 

「ああ。バンドだっていいもんだろ」

 

「ケーキだって初めて食べた。本で読んでたから知ってたけど、こんなに美味しいなんて知らなかった」

 

「甘いもの好きだもんな、オレもお前も」

 

「年上の人ばかりだけど友達とも遊んだ。誰かと一緒に遊ぶことがこんなに楽しいなんて知らなかった」

 

「子どもの特権だからな、遊ぶっていうのは」

 

「…………」

 

「コハク……?」

 

軽くキャッチボールをするように言葉を交わす。ポンポンと小さな口から出てくる言葉に返していると、やがてコハクは黙り込んでしまった。

 

「――なんで、これが生きてる時にできなかったんだろう。どうして、お父さんとお母さんと一緒にできなかったのだろう」

 

それはあまりにも痛々しい言葉だった。生まれた時から理不尽に苛まれ、ずっと振り回されたことで当たり前のものが得られなかった人生。皮肉なものだ。コハクの両親が何よりも愛した当たり前を、その子であるコハクが得られなかったのだから。

 

だけど、それでもこの子は勇気を振り絞って全てを打ち明けてくれた。小さな一歩だけど踏み出してくれた。なら、次はオレが踏み出す番だよな。

 

「――コハク、お前に1つ黙っていたことがある」

 

「…………?」

 

「オレはな、人間じゃないんだ」

 

「…………ぇ?」

 

突然吐いたオレの言葉にコハクは小さく声を漏らし唖然とした表情をつくる。すぐそばにあるその表情は突然の告白の意味を理解できていないようだった。

 

「オレは、NPCなんだ」

 

「えっ……」

 

今度はさっきよりもはっきりと聞こえた。

 

「オレは突然自我の芽生えたNPCだ。つまり人間じゃない。お前らとは別の存在なんだ」

 

「…………なんで」

 

紡いだ言葉にコハクは落胆した表情を見せ、次に目を鋭くした。馬鹿にしてるのかと言わんばかりのその睨みに思わず気圧されそうになる。

 

「なんで、いまさらそんな嘘言うの?それで私の味方になったつもり?――ふざけないでよ。そんな嘘で私が騙せると思った?喜ぶと思った?そんな嘘言われてもちっとも嬉しくない」

 

「待てコハク。これは――」

 

「結局、神乃だって私のことどうでもいいと思ってるんでしょ。だから平気でそんな嘘つくんだよね」

 

コハクの表情は冷め切っていた。氷のような冷たい視線をオレへと向ける。まるで裏切られたと言わんばかりの怒りをその瞳に宿していた。

 

「……もういい、離して」

 

「いいから聞けって」

 

「いやっ!そんな優しさなんていらない!同情なんて惨めになるだけよっ!だから離して!もうほっといて!!」

 

「コハクっ!!」

 

「いやっ!いやいやいやぁ!聞きたくない!離して!離してよっ!」

 

立ち上がり暴れるコハクだったが、オレはその手を離しはしない。今ここで離したら駄目だ。全てが終わってしまう。激しく燃え上がる炎のように感情を爆発させたコハクは必死になって逃げだそうとする。

 

「コハク落ち着けっ!」

 

「アンタなんか知らないっ!アンタなんか知るもんかっ!そんな上辺だけの優しさなんか振り撒くアンタなんて消え――」

 

 

 

――パシンッと。乾いた音が星空の下で響き渡った。

 

 

 

決して大きい音でなかったのにはっきりと耳に届いたのは、きっと発信源が近かっただけではないだろう。

 

「――えっ」

 

叩いた本人――遊佐はなんとも言えない表情をしていた。コハクの痛みを知った悲しみ、叩いてしまったことへの後悔、この子の言おうとしたことへの怒り。それら全てがごちゃ混ぜになったような、そんな顔だ。一方、叩かれたコハクはというと僅かに赤くなった頬を押さえ、驚愕の表情で固まったまま遊佐を見ていた。

 

「……すみませんコハクさん。ですが、今何を言おうとしたんですか」

 

「ぁ……」

 

静かに話す言葉に思わず身がすくみ上る。こんなに怒っている遊佐をオレは知らない。それを真っ向から受けているコハクはもっと怖いだろう。叩かれたことで冷静になり、自分の言いかけた言葉を理解したのか気まずそうに下を向く。

 

「そのような事は何があっても絶対に言ってはいけません。それを言ってしまったら何もかも無くしてしまいます。分かりますよね?」

 

「…………」

 

「それに、神乃さんは嘘であなたを慰めようとしたのではありません」

 

「――っ!?それじゃ……」

 

「ええ。彼の言っていることは紛れもない事実です。彼は、人間ではありません……」

 

頬を押さえたままコハクはオレへと向き直る。本当なのかと尋ねてくる視線に抱きしめている手の片方を外して頬を掻きつつ頷くことで答えた。拘束が緩んだというのに、コハクが逃げ出す気配はない。

 

「神乃さんはあなたのことを心の底から心配しています。……そんな彼の言葉を嘘だと簡単に切り捨てないでください。ちゃんと、聞いてあげてください」

 

そういって遊佐はオレへとアイコンタクトを送ってくる。パートナーのフォローを受けたオレは声に出さず口の動きだけでありがとうと伝えるとコハクへと視線を移した。コハクは唇を震えさせオレを見つめている。

 

それを落ち着かせるように髪を撫でる。その髪を撫でているとオレの心の不安も無くなるようでとても落ち着いた。それからゆっくりと口を開く。

 

「なあ、コハク。お前、前にNPCの意思のことについてオレ達に聞いてきたよな」

 

「……うん」

 

「その時なんて答えたか、覚えてるか?“せっかく意思が芽生えたのなら、自分が何で在りたいのかちゃんと考えるべき”って言ってたんだぞ」

 

「私、偉そうだね……」

 

「ははっ、かもな。でも、オレは結構核心をついた言葉だと思うぜ」

 

「……いいよ、お世辞なんて」

 

「お世辞じゃねっつーの」

 

ブスッとした表情と言葉に思わず苦笑しているとムッと今度はしかめっ面をする。

 

「あの言葉、だいぶ効いたぜ。まさか会ってすぐの奴がこんなことを言ってくれるなんて思いもしなかったからな。……で、あの言葉を言われて思ったんだ」

 

「…………」

 

「オレはこんな存在だけど、この意思だけは人間でありたい。遊佐や皆と同じ人間でありたいって」

 

「――――っ!」

 

「今度はオレが聞くぞ。――コハク、お前はどう在りたいんだ?その思いを教えてくれ。両親だとかオレとか遊佐とか他の奴らなんて関係ない。コハクっていう1()()()()()の思いを」

 

細い肩に手を置きつつやや強く投げかけたその言葉に、コハクは面食らったような表情をして、そして顔を俯かせた。時折意を決して顔を上げ、何かを伝えようとするがそれもすぐに口を閉じ再び俯いてしまう。同じような事をを何度か繰り返す間、オレはコハクから視線を外さなかった。

 

どれくらいの時間が経っただろう。数分だったかもしれない、もしかしたら十数分経っていたかもしれない。呼吸する音だけが聞こえる屋上でついにコハクが動いた。

 

「――分からないよ」

 

「…………」

 

ある程度は予想していた答えだった。この子は言いなりになり、人に蔑まれる人生しか送ってこなかったのだ。とっさに自分の言葉を伝えるという事に慣れていないのだろう。

 

「分かるわけない。私は化け物なんだってずっと言い聞かせてきたんだよ。今更そんな――」

 

「――お前はそれでいいのか?」

 

「――っ!!」

 

「化け物なんて言われて、それで終わっていいのか?じゃあなんで必死に頑張ってきたんだ?人間だって、皆と変わらないんだって言ってほしかったからじゃねえのか?」

 

「うるさいっ!いいのっ!私は化け物でいいのよっ!それでいいじゃないっ!!」

 

「よくねえよっ馬鹿野郎!んな、他の意見なんて気にすんなって言っただろうが!誰かに押し付けられた言葉なんて捨てちまえっ!」

 

「なっ――!!」

 

喧嘩腰で睨み合う。頭に血が上り、売り言葉に買い言葉となってしまっている。だけど、互いに理性の箍が外れてしまったように言葉が止まらない。いや、今はこの感情に身を任せて言いたいことを言ってしまった方がいいのかもしれない。

 

「――オレ達が聞きてえのはそんなつまんねえ言葉じゃねえ!心の底にあるコハク自身の思いが聞きたいんだ!!」

 

 

 

 

 

「――――()()でいたいよっ!」

 

 

 

 

 

突然の言葉にオレは呆気にとられる。今までで一番大きな声に思わず面食らってしまった。一方コハクはダムが決壊するように次々に思いを吐き出し始める。

 

「私も同じ人間でいたいよ!化け物なんていや!!色んな人と普通に話して、遊んで、おいしいもの食べて、学校に行って、恋だってして、友達とまたねって言い合って、そんな普通の生活をしたい!!当たり前だよっ!誰が化け物なんて言われて嬉しいのよ!私は人間だよ!髪が白くても眼が赤くても人間なの!人として愛してほしいの!好きでいてほしいの!嫌われたくなんかない!」

 

「コハク……」

 

「コハクさん……」

 

はぁ、はぁと息を荒くし、もう枯れてしまうのではないかと心配するほど泣きじゃくるコハクは紛れもない普通の女の子だった。ただ自分の欲しい物を欲しがるそんな普通の。化け物なんかじゃない、1人のか弱い少女がそこにいるだけだった。

 

「やっと、本当にやっと言ってくれたな。ったく、強情すぎるぞお前」

 

「う、うるさい……」

 

グシグシと乱暴に目を拭うコハクの目に、これまた何度目か分からない遊佐のハンカチのフォロー入る。ここまで来るのにずいぶん掛かったものだ。

 

でもまあ――

 

 

「――頑張ったな」

 

 

「――っ!!」

 

 

「お前は頑張った、頑張ったんだ。だから、もういい加減その肩の力を抜け」

 

 

「――ぅ、ううぅ……」

 

 

「自分を偽らなくてもいい。怖がる必要なんてない」

 

 

「う……あぁ……!」

 

 

「オレ達がお前のありのままを受け入れるから。コハクっていう存在をいつまでも大切に思うから」

 

 

「――ううぅ……うあ……う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」

 

 

そして、コハクは盛大に叫びながら号泣する。もう形振り構っていられない心の底からの涙。自身の溜めこんできた物をすべて吐き出すようにコハクは泣いた。

 

「あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!ごわがっだぁ!びどりはごわがっだよぉぉぉぉ!!」

 

「ああ。よく頑張った。頑張ったな、コハク」

 

「ふづうのお゛んな゛のごになりだがっだよぉ!」

 

「お前は普通の女の子だよ。誰もそれを否定しないさ」

 

「あ゛いじでほじがっだぁ!ぎらわれだくながっだぁ!」

 

「大丈夫。皆コハクの事が大好きだよ」

 

「あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!う゛ぅぅぅぅあ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

何度も何度も叫ぶコハクの背中をポンポンと叩いてやる。遊佐もコハクの白い髪を何度も撫で続けた。安心させるように。もういいんだと、コハクの孤独は終わったのだと。愛されない存在ではないのだと。そう伝えるように。

 

それからもコハクは疲れ果てて眠るまで泣き続けた。気づけば徐々に日が昇り始める時間となっていたので、眠ってしまったコハクの素肌を晒さないようにおんぶしてオレ達は寮へと帰った。この子を心配し、その帰りを待つ皆の下へと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数日後。SSSに雪のような才知の女の子が正式に加わったことを明記しておこう。




はい、ということで第22話でした。そして3話に渡ったオリジナルストーリーの最終話でした。次からは原作に戻ります。

色々悩みましたが、コハクちゃんにはこのままSSSに加わってもらおうと決めました、本当はここで成仏するという選択肢もあったんですけどね。なんだか神乃君との絡みが楽しくなってきてしまいました。

ちなみに今回出てきた宗教は現実には存在しない宗教です。現実ではアルビノはアフリカなどの黒人の人達の間では差別の対象になることもあるそうですが。

アルビノは1~3万人に1人ぐらいの確率で現れるそうなので、すごく珍しいというわけではないです。なので、今回コハクちゃんには随分酷いことをしてしまったなと申し訳なく思っています。ごめんね、コハクちゃん。

コハクちゃんが何を求めていたのか。それは一言で言うと『愛情』です。親から、周囲の人から、友人から。そのような人達からの愛情がコハクちゃんには決定的に欠けていました。

だから彼女は死後の世界に迷い込みました。自分の事を心の底から愛してくれる存在を求めて。

さて、Angel Beats!で『愛』と聞くとどこかの誰かさんが浮かんできますね。つまりどういうことかというと、物語も佳境に入ってきたということです。次の更新も気長にお待ちしていただければと思います。

それでは、感想、アドバイス、評価、誤字脱字報告などいつでもお待ちしています。
ではでは。

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