死後で繋がる物語   作:四季燦々

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無事大学を卒業できました!
しかし、四季燦々の戦いはこれからだ!(4月からまた別の学校に通うことになりました)

あと、今回は少し視点変更が多めです。


At your side

散々はしゃぎまくった歓迎会から1週間が過ぎた。コハクは最初こそ個性的でアクの強いSSSメンバーに戸惑っていたものの、四苦八苦しながらもその輪の中に溶け込みつつあった。

 

そのコハクだが、オレとテーブルを挟み向かいあうように座している。いつもなら和気藹々と遊ぶのだが、今のオレ達には楽しく遊ぼうという雰囲気はない。互いの間に流れる空気はひたすら真剣だ。それはまさに戦地に赴く戦士の覇気。妥協は一切せず、ただ相手を屠るということしか考えていない。

 

「――約束だからね」

 

「――当たり前だ。男に二言はねえ。そのかわりオレが勝ったら……分かってんな?」

 

「もちろん。それじゃあ、始めるよ!」

 

「かかってこい!いかに己が無力か教えてやろう!!」

 

さあ、ゲームを始めよう!アッシェンテ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……それで今の状況ですか」

 

呆れた様子で遊佐が言葉を零す。突っ伏しているため顔は見えないがなかなか冷たい視線を向けられているに違いない。それを聞いていたコハクがモグモグと咀嚼していた物を飲みこんで口を開いた。

 

「うん。だってこいつすごい弱いんだもん。自信満々に言うもんだから結構本気でやっちゃった」

 

「なんとも情けないですね」

 

はぁ、と遊佐のため息が聞こえる。激しく落ち込んでいたオレはようやくテーブルに伏せていた顔を上げ、その惨状を再確認した。テーブルの上には白い駒が目立つチェス盤。数もほとんど減っていない。ちなみに先程の会話から分かるようにオレが黒側である。ポーンが2個。あとはビショップが1個とルークが1個にチェックメイトがかけられたキングのみ。圧倒的敗北である。

 

そしてオレの席の反対側にはホクホク顔でケーキを頬張るコハクの姿が。その隣には予想どおり冷たい視線を向けてくる遊佐。何故この状況になったのか一通り説明しよう。

 

事の発端は先程食堂を訪れた時のおばちゃんとの会話からである。何だかんだで一緒に行動することの多いコハク(従われていると言えなくもない)と昼食を食べに立ち寄った時だ。そこのおばちゃんからなんとショートケーキをもらったのだ。意外と甘い物好きのコハクとヒャッハー!と歓喜し、誰もいない本部に戻るとさっそくもらった箱を開く。そこまでは良かった。

 

ケーキの入れられた箱を開けた瞬間、オレ達2人は固まった。ケーキは3つしか入ってなかったのだ。1人1つずつ食べたとしても1個余る。互いにスイーツを1個で満足するつもりは無い。それではどうするか。決まっている、何らかの方法で勝者を決めその強者が2個目のケーキにありつくのだ。慈悲はない。

 

ということで、互いに1個ずつ食べた後、遊び方を知っているチェスで勝負をしようということになったのだ。結果は分かるとおりコハクの快勝、ほぼパーフェクトゲームだ。異界序列16位の人類種(イマニティ)の中でもコハクは別格だったらしい。1人で『』!

 

「くそう……勉強はできてもこういったボードゲームじゃ負けねえと思ったのに……」

 

「あのね、アンタは考えが浅すぎ。攻めが単調過ぎるのよ。どこ狙ってるのか顔見てればすぐ分かるんだからもっとポーカーフェイスを磨きなさい」

 

「つか、お前チェスなんてよく知ってたな」

 

「ルールだけは本で読んでたから。やったのは初めてだけど」

 

これが天才か。初めてのゲームで相手が貧弱とは言えここまで見事にゲームを進めるとは。それに比べオレのなんと見事なカモっぷり。死後世界高校の劣等生!なにこれ超弱そう。

 

己の思慮の浅さを痛感していると、ようやくコハクがケーキを食べ終えたようだ。自販機で買っていた紅茶のペットボトルを飲み、満足そうに大きく伸びをした。

 

「あー、おいしかった。食堂の人達にお礼言っておかないと。2()()も食べさせてもらってありがとうって」

 

ドヤ顔でオレを見ながらわざとらしく呟くコハク。こ、この幼女め……!

 

「……太るぞ」

 

「――――っ!!」

 

ボソリと呟いたオレの一言に過剰なまでの反応を見せるコハク。伸びをしていた体をピシリと固まらせ、冷や汗をダラダラと流し始める。

 

「し、死後の世界で太るわけないじゃん」

 

「そんなわけあるか。死んではいるが身体は人間のままなんだし、下手に食べ過ぎたり不規則な生活を送っていたら太るに決まってんだろ」

 

流す汗の量さらに増やし、ギギギッと錆びついたロボットのように遊佐へと顔を向ける。

 

「う、嘘だよね遊佐さん……?」

 

「――残念ですが本当です。だからコハクさんも気を付けてくださいね」

 

「つ、次から気を付けないと……」

 

ズーンと落ち込むコハクの姿を見て一矢報いたとほくそ笑む。その際遊佐に小さいですね、と言われたが気にしない。そんなことは百も承知だ。

 

「はあ……ケーキなんて初めて食べたからつい舞い上がっちゃった……」

 

「「――()()()?」」

 

「――っ!!な、なんでもない!!」

 

コハクのポロリと吐いた言葉の中に気になる内容があったため2人でつい反応してしまうと、慌てたようにコハクは取り繕う。その様子をオレと遊佐は不審そうに見ていたが、まだ今は深く追及するべきではないと考え、それ以上の詮索はしなかった。

 

 

 

~コハク side~

 

 

 

「さて、これから何をしようか」

 

さっき私が滑らせた内容を聞いて来なかったこいつ――神乃がそんなことを言ってきた。先ほどまで私に負けて落ち込んでいたとは思えないほどケロッとしている。なんて切り替えの早い人なんだと思う。あれ?でも確かこのあとって……。

 

「神乃さんは私と一緒に通信班の会議です。もしかして忘れていませんか?」

 

遊佐さんが疑わしげに神乃に視線を向ける。遊佐さんはすごく綺麗だ。女の私でもとても可愛いと思う。表情が乏しいのが難点かもしれないけどクールな感じで私は好き。その遊佐さんが昨日言っていたのだ、今日のこの後に会議をすると。

 

「……モチロンオボエテルヨ?イッテミタダケダヨ?」

 

「では、どこで何時からか言ってく「サーセン、聞いてませんでした」――仕方がないですね」

 

片言で明らかな嘘をつく神乃に遊佐さんが確認をとるとあっさり白状した。そんな簡単にバレるぐらいなら嘘なんてつかなければいいのに。やっぱりこの人物はバカなのだろう。

 

「――それでは向かいましょう。コハクさんすみません。少し行ってきます」

 

「ちゃんと留守番しとくんだぞー。あんまり出歩かないようにな」

 

2人は私が1人で行動することをあまり良しとしない。なんでもこの学園の生徒会長に目をつけられると色々と大変だし、NPCに絡まれると面倒なことになりかねないからだそうだ。ここは高校で私のような子どもがいるだけで注目を集めるからとも言っていた。ゆりさんや音無さんといったSSSの人となら一緒にいても良いらしいが、生憎ここには私達3人以外誰もいない。今は大人しくしておくべきかな。

 

「分かってる。でも、子ども扱いはしないで。それじゃ遊佐さん、晩御飯は一緒に食べようね」

 

「はい、楽しみにしています。ほら行きますよ、神乃さん」

 

「分かった分かった。んじゃ、行ってくるわ」

 

そう言い残して2人は本部(どう考えてもここ校長室だよね?校長先生はどうしたの?)から出て行った。1人残された私は持って来ていた本を開いた。だが、どうも内容が入って来ない。そばに誰もいてくれない。たったそれだけなのに全く落ち着けなかった。生前はこんなことはなかったのに。

 

今読んだところであとでまた読み返すことになりそうだと思いパタンと本を閉じる。そして、座っていたソファに体重を預けた。絶妙な柔らかさを誇るそれに私のか細い体が沈む。

 

「……良い人達だよね」

 

遊佐さんは言わずもがなだ。あんなに美人なのに変に気取ったりせずとても優しい。私みたいな生意気な子どもにも丁寧に接してくれる。あんなに魅力的な人はそうそういないだろう。他にはゆりさんだ。色々と行動がおかしいところもあるけれど、仲間思いで面倒見の良い人だ。音無さんは同い年ぐらいの妹がいたらしくて、年下の扱いが上手だと思う。私の考えていることを時折当ててくるのはすごい。他の人達も個性的ではあるけれど皆私に良くしてくれている。まるで家族のようだ。

 

――()()。その言葉を考えた途端、私の中で冷たい何かが落ちる。どこまでも冷たく、そして刃のように鋭いそれに無意識に唇を噛んだ。眉間には皺を寄せ、さらに白くなるほど手を握りしめた。叫びたくなるような感情に思わず実行に移そうとした瞬間、コンコンと本部の扉をノックする音が部屋の中に響いた。その後に合言葉が伝えられる。

 

「いやー参った参った。オレとしたことがインカムを忘れるとは」

 

開かれた扉から現れたのは神乃だった。頭を掻きながらヘラヘラと緊張感のない笑みを浮かべながら入ってくる。インカムとはテーブルの上に置かれたイヤホンとマイクを足したような物の事だろう。さっきケーキを食べるのに汚してはいけないと外していたのを思い出した。

 

「はい、これ」

 

「おお、サンキュー。これで遊佐にどやされずに――なんかあったのか?」

 

インカムを渡すとこいつはお礼を言いつつ、感づいたように言う。いつもはバカみたいなことしか言っていないのにこういう時は鋭いね。ヘラヘラした笑みを引っ込め心配そうにこちらを見てくる神乃に、しかし私は自分を隠した。

 

「――ううん、何でもない。それよりも早く行って。遊佐さんに迷惑がかかっちゃう」

 

「……そうか。でも、なんかあったら相談してもいいからな。いつでも話し相手になってやっからよ」

 

「……うん」

 

ポンと、一度だけ私の頭に手を添えると神乃は行ってしまった。私は今手を置かれた自身の頭を両手で触れる。あったかい手だった。一週間前みっともなくボロボロと泣いた私を撫でてくれたのも同じ手。今まで感じたことがない、本当にあったかい手。

 

神乃のことは最初会った時割と本気で変質者だと思った。次にただのバカだとも思った。考えも穴だらけだし、頭も悪い。精神レベルなんて私よりも低いんじゃないかな。でも、神乃は私なんかを本気で心配してくれた。こんな見た目の私を奇異なものとして見ず、1人の人間として接してくれた。たくさんの友達をくれた。

 

神乃と遊佐さんと。この2人は特に私に良くしてくれる。私が不安になったりしないようにといつも楽しませてくれていた。そんな時間は嫌いじゃない。ううん、寧ろ好き。こんな経験したことがない時間を過ごせて本当に嬉しい。恥ずかしいから、特に神乃にはそんなことは言わないけど。

 

先程とは違う暖かくて柔らかな感情に心が落ち着いていく。身体を横に倒し、ソファに寝転がるようにした。お腹がいっぱいになったせいか少し眠い。ちょっとだけ寝ようと、私はその温もりに身を任せるのだった。今夜は遊佐さんとどんな事を話そう。神乃と何をして遊ぼう。生前では()()()()()()()()ことを考えながら、私は徐々に訪れる眠気に身を委ねていた。

 

 

 

~神乃 side~

 

 

 

会議も終わり、遊佐と共に本部に帰ってくる。思ったよりも随分と長引いてしまったのでコハクはどうしてるだろうと心配になりやや速足になる。コンコンコンとノックをして合言葉を言ってから開けるとソファに横になる白い塊が目に入った。

 

「寝ちまってるな……」

 

「そうですね。神乃さんと遊んであげたせいで疲れたのかもしれません」

 

「おい、なんでオレが遊ばれてるんだ」

 

「端から見てたらそうとしか見えないですよ。まったく、どっちが年上なのか」

 

やれやれと頭を振る遊佐のぐうの音も出ない正論に口を尖らせながら、眠るコハクの向かい側のソファに腰かける。遊佐はコハクの隣のスペースに座った。僅かに動いたスプリングに小さな体をモゾモゾとさせる。しかし、目を覚ます気配はなく身じろぎしただけだったようだ。

 

丸くなった身体はやはり小さい。先日何となく年齢を聞いてみたら10歳と聞いて少し驚いた。いくらなんでも小さすぎる。色素の薄いその身体のせいで、こうして寝ている時は死んでいるようにも見えてしまう時がある。

 

「――この子は、何を抱えているんだろうな」

 

「……すみません。私には分かりません」

 

「別に遊佐が謝ることじゃねえだろ。ったく、こんなちいせえ身体に1人で背負い込まなくてもいいのにな」

 

再びモゾモゾと体を動かしたコハクが隣に座る遊佐の手を握る。かと思えば身体を動かし、その足を自身の頭へと持っていこうとする動作を見せた。それを見た遊佐は起こさないようにゆっくりとコハクの頭を持ち上げ、自分の太腿へと誘導した。彼女が髪を撫でると、うっすらとコハクの口元が弧を描く。

 

「そうしてるとなんか姉妹のようだな」

 

「そうですか?ですが、こんなに可愛くて賢い妹は私にはもったいないですよ」

 

「結構お似合いの姉妹だと思うけど」

 

「ふふっ、でしたら神乃さんはお兄さんですかね」

 

「2人の?」

 

「いえ、私の下、コハクさんの上です」

 

「オレはお前の下なのか……」

 

「当然です」

 

フンスと胸を張る遊佐にげんなりしつつ頭を掻く。しかし、やがてそれも苦笑へと変わりソファの背もたれに体を預けた。それから2人の間には終始沈黙が漂う。聞こえてくるのはコハクの安らかな寝息のみ。以前は慣れなかったこの無言の時間が今では心地良い時間へと変わっていた。

 

先程遊佐の事をコハクと姉妹と言ったが、実はそれ以上に彼女が母親のようにも見えていた。娘と穏やかな時を過ごす優しい母親の姿。では、逆に父親は誰か。そこまで考えて妄想を霧散させるように頭を振る。何を考えてんだオレは。我ながらドン引きだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~コハク side~

 

 

 

「――なんでこんな子が……」

 

 

 

やめて……

 

 

 

「――見てよ、あの白い髪」

 

 

 

やめてよ……

 

 

 

「――恐ろしい。まるで血のような目だわ」

 

 

 

やめてやめて……!

 

誰か、誰か助けて……!

 

お母さん!お父さん!

 

 

 

「――触らないで。あんたなんか産みたくて産んだわけじゃない」

 

 

 

……お母さん?

 

 

 

「――とんだ疫病神だ。お前のせいで俺達まで回りから気味悪がられる」

 

 

 

そんなっ!?お父さん!

 

 

 

「――今すぐ消えて」

 

 

 

待って!!お母さん!お父さん!

 

 

 

「――この化け物」

 

 

 

違う!違う違う違う!!私は化け物なんかじゃない!皆と同じ人間なの!だからどこにも行かないでっ!!

 

 

 

「――なんでお前なんかが生きてんだよ」

「――なんであんたなんかが生きてるのよ」

 

 

 

私は……!わたしは……っ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~神乃 side~

 

 

 

「――コハクさん?」

 

自分の妄想力も気持ち悪さに引いていると、遊佐の声色が変化した。さっきまでの柔らかい声ではなく、不安に覆われた心配そうな声。ハッとなりコハクを見ると、閉じられた目に涙を溜めてうわ言のようにしきりに何かを漏らしている。

 

「……コハク?おい、コハクっ!どうしたっ!?」

 

「やめて……!行かないで……!」

 

「コハクさん……!」

 

「待ってよぉ……!私を捨てないでぇ……!1人に……しないで……」

 

「コハクっ!!ああっ、くそ!一体なんだってんだ!!」

 

「コハクさんっ!」

 

必死に呼びかけるオレ達の言葉など聞こえていないようで、コハクは同じことを何度も繰り返していた。何度も何度も何度も、目から大粒の涙を流しながらひたすら繰り返す。

 

「お母さん……!お父さん……!」

 

「――――っ!?」

 

紡がれた言葉にハッとなるが、いくら起こそうとも目を覚まさないコハクが心配で上手く頭が回ってくれない。焦るオレだったが、先に行動したのは遊佐だった。彼女は泣いて縋る純白の少女をその腕で優しく抱きしめた。

 

「大丈夫。大丈夫ですよ、コハクさん」

 

「……ううぅ」

 

「何も怖くないですよ。だから安心してください」

 

「……うぁ」

 

「あなたは1人なんかじゃないです。私達がいます」

 

「ほん、とう……?」

 

「はい。私達はずっとあなたのそばにいますから」

 

「……うん」

 

遊佐の言葉に安心したようにコハクの様子が落ち着いてくる。今の今まですごい取り乱しようだっというのに穏やかな表情で眠っていた。遊佐はコハクを抱きしめたままなので、オレがコハクの目元の涙を拭ってやる。すると、コハクの手が涙を拭うオレの手を握ってきた。まるでガラス細工を扱うように優しく、そして包み込むように両手で握る。安心したのか、再びコハクは口元を綻ばせた。

 

「――こんな時に不謹慎かもしれないけど、ちょっとだけ嬉しい」

 

「……何がですか」

 

「オレ達でもこの子の涙を止めてあげられるんだって。オレ馬鹿だから、こいつの欲しい言葉上手く言えないけど、少なくともコハクがゆっくり眠れるぐらいはできることが分かったから」

 

「…………」

 

「遊佐、コハクを守ろう。どんな過去をこの子が背負っていようとも、オレ達で絶対に守ろう」

 

「――はい」

 

必ずその苦しみから解放してみせる。だから、今はゆっくり眠れ……コハク。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから約1時間程経ちコハクは目を覚ました。コハク自身はさっきの事を全く覚えておらず、いつものように小さく欠伸をしながら起床。開口一番に

 

「あれ?私寝てた?」

 

である。思わず脱力してしまった。こちとら起きた時にどう対応するべきか必死に考えていたのにこの仕打ち。それから遊佐に抱き着いていることやオレの手を握っていることに気づき、顔をトマトのように真っ赤に染め上げながら慌てて抜け出していた。その慌てようについ笑ってしまう。

 

「な、なに笑ってんのよ!」

 

「くくくっ……い、いや、何でもねえよ。お前はそのままでいてくれ」

 

そう。いつものように強気で明るいコハクでいてくれ。涙なんて流さないで、笑顔のままで。

 

「……変な奴」

 

「はいはい、どうせオレは変な奴ですよ」

 

ジト目で睨んでくる彼女の視線を軽く流す。すると、コンコンと言うノックの音が部屋の中へと響き、合言葉のあと勢いよく扉が開かれた。

 

「コッハクちゃーん!!ご飯食べに行きましょー!!」

 

壊れるのではないかと心配になるぐらい強く扉を開けたのはゆりだった。その後ろからゾロゾロとSSSメンバーが蟻の行列のようにくっついてくる。ドラクエか己ら。

 

「ゆ、ゆりさん!?」

 

「ああっ、今日も可愛いっ!!遊佐さんにここにいるって聞いてたからお誘いに来たの。さっ、行きましょ!!」

 

「おいおい、ゆりっぺ。テンション上がり過ぎで気持ち悪いぞ」

 

ドォン!!

 

「ああん?誰が気持ち悪いって?その頭吹っ飛ばすわよ。私とコハクちゃんとの時間邪魔してんじゃないわよ」

 

「もう撃ってるじゃねえかっ!?」

 

何故かハイ状態のゆりが鬼のような形相で日向に銃口を向ける。ちなみに撃った弾丸は後ろにいた高松の頬をかすめていた。あっ、眼鏡の引っかける所の片側が壊れてる。

 

「あ、あのゆりさん……」

 

「なーに、コハクちゃん?あっ、お腹空いたのね。それじゃあ食堂に早く行きましょう!」

 

「あっ!ちょっ、まっ――」

 

ビューンという擬音が似合う勢いでゆりはコハクを抱えて本部を飛び出していった。まさに嵐。なるほど、ゆりは風の能力使いだったのか。今日は風が騒がしいな……。そんな今まで見たことがないベクトルのテンションの上がり具合に、思わずSSS一同で顔が引きつる。

 

「おい……ありゃ誰だ」

 

「し、知らないよ!あんなのゆりっぺじゃないよ!」

 

「この1週間の間もテンション高かったが、今日はまた一段と高いな」

 

「私の眼鏡……」

 

「ギルドの連中に頼んで作ってもらおうぜ。なっ?」

 

「日向のせいだぞ。高松に謝れ」

 

「うっ!わ、わりぃ、高松……」

 

「あさはかなり」

 

まあ、ゆりのテンションの上がり具合の理由も分からんでもない。彼女は元々長女でお姉ちゃんだったのだ。この世界ではほとんどが同学年で世話を焼くような相手はいなかったのだが、そこにコハクが現れたことでお姉ちゃんソウルが覚醒してしまったのだろう。進撃のシスコンである。

 

「と、とりあえずゆりを追いかけよう。あのままだとコハクがどうなるか分かったもんじゃない」

 

「お、音無君に同感。今のゆりっぺちょっと怖いよ……」

 

ブルブルと震える大山を藤巻が支える中、他の奴らも次々に本部を出て行った。それを見送ったオレは遊佐へと視線を送る。

 

「――とりあえず、現状はこのままってことでOK?」

 

「そうですね……。しかし、あそこまで取り乱すのであれば、やはり何かきっかけがあるはずです。それが分からなければ再びパニックを起こしてしまうでしょう」

 

「パニックを起こすキーワードを突き止めないと未然に防ぐこともできない。だが、キーワードによりパニックを起こしてしまうかもしれない、か。……ままならねえもんだな」

 

「はい……。ままならないものです」

 

「そういや、コハクは今遊佐の部屋で寝泊まりしてんだよな。なんか気づいた事とかねえか?」

 

――例えば、家族のこととか。そう言ったオレの言葉に遊佐は僅かに顔をしかめると、重々しく口を開いた。

 

「……しないんですよ、コハクさん」

 

「しない?」

 

「はい。家族の事ことは一切。大抵は本のことやその日あったことばかりで。10歳の子どもならまだまだ甘えたい盛りです。なのでもう少し出てくると思うのですが……」

 

あの取り乱している時に言っていた言葉。そして、家族の事を話さない。そこから考えられることは……1つだよなあ。

 

「――『虐待』、か」

 

「……私も同じ意見です。あくまで推測でしかありませんが、少なくとも両親というのがコハクさんのキーワードでしょう」

 

「くそっ……!」

 

まだオレ達の考えが合っているかどうかは分からない。だが、言いようのない怒りがこみ上げてくる。なんであの子があんなに取り乱すまで傷つかなくてはならなかったのか。あんなに泣かなくてはならなかったのか。気づかないうちに手が真っ白になるほど強く握りしめていた。

 

その手に伝わるフワリと柔らかい感覚。いつの間にか遊佐がオレのすぐそばまで来てオレの手を両手で包み込んでいた。

 

「遊佐……」

 

「落ち着いてください。あなたの怒りは分かります。しかし、コハクさんの前でまでそのような顔をするつもりですか?」

 

「……すまん。オレまで取り乱しちゃいけねえよな」

 

「はい。あの子の前ではいつものように振る舞いましょう」

 

「だな。――さあ、コハク達を追いかけよう。本当にゆりの奴が何をしでかすか分かったもんじゃねえ」

 

「ふふっ。そこまで心配することはないと思いますよ」

 

いーや。あの目はコハクを困らせる目だった。早く行って助け出さねばっ!コハクがゆりに毒されてより一層ツンツンになったら大変だ!デレが見れなくなる!

 

「神乃さん、まるでコハクさんの保護者のようですね」

 

「ならお兄ちゃんと呼ばせようっ!」

 

「それはさすがに気持ち悪いです」

 

うん、オレもこれは無いなと思った。流石に変態すぎる。オレにはさすおになんて言われるような特技はねえし。

 

それにしても保護者か。さっき変な妄想したせいか妙な感覚になっちまう。遊佐がお母さんでコハクが娘でオレが……って、いかんいかん。アホな事考えてる場合じゃない。

 

「ほら、何を考えているのか知りませんがその締まりのない顔を引っ込めてください。早く追いかけますよ」

 

「……はーい」

 

軽く毒を吐かれつつ、オレ達は本部を後にして食堂へと向かった。コハクは大丈夫だろうかとハラハラしていたのだが、楽しそうにゆりとコハクは会話をしつつ食事を摂ったりと意外と平和だった。それでもハイテンションなのには変わらないため、夕食が終わるころにはコハクはフラフラになっていた。

 

ツヤッツヤになったゆりは満足そうに寮の部屋へと戻っていったが、帰り際の「コハクちゃん!また明日もね!」という言葉にコハク顔面蒼白になっていたのはゆりの知らない事実である。他の奴らも部屋へと戻っていき、今は遊佐と共に女子寮へと送っている。

 

「お疲れさん。今日は一段と疲れてるな」

 

「分かってるなら助けなさいよ……。もう、ゆりさんったら……」

 

「まっ、付き合ってやってくれや。いつもむさ苦しい男共に囲まれてんだし」

 

「そうですね。私や椎名さんはあのような感じにはなれませんし、ガルデモメンバーは行動するときは基本的に一緒ではありませんから」

 

「それなら私じゃなくていつものメンバー以外でもいいじゃにゃ……いいじゃない」

 

「噛んだな」

 

「噛みましたね」

 

「か、噛んでない!!」

 

「噛んでるだろ」

 

「はい、噛んでます」

 

「噛んでなんかないっ!!ううぅ~!!」

 

えっ、なにこの可愛い生き物。どこぞの嘘だッ!!の少女じゃないけどお持ち帰りしていい?はぅ~しちゃっていい?鉈は振り回さねえけど。

 

ポカポカとオレにだけ(なぜに?)叩いてくるコハクをどうどうと宥めつつ、そんなくだらないことを考えながら夜空を見上げた。

 

日はすっかり落ち、空には満点の星空が広がっている。いつもと同じ、何も変わらない夜空。たぶん、それこそ永遠に変化しないのだろう。現実世界でも星が無くなれば輝きを失せるというのに、この世界ではそれすらない。変わるのは季節によって見える星が変わる程度で、1年もすれば同じ輝きを見せる。

 

変化がないというのはある意味幸福であり、ある意味絶望だ。幸福とは老い等が当たる。誰もが一度は望む不老の概念がそれだ。永遠を生きれる、自分の存在が決して失われないというのは幸福なのかもしれない。しかし、その中には絶望もある。自分だけが変わらずに周りだけが変化する様は苦痛以外の何物でもないだろう。自分だけが取り残され、その先にあるのはきっと孤独だ。

 

この世界ではそれすらも叶いかねない。本当に恐ろしい世界だ。魂の救済をする世界であり、同時に魂の牢獄とでも言えるのかもしれない。もっともいつでも抜け出せる脆い牢獄だが。それを破るのは己の意思だ。一歩、勇気をもって踏み出せばいいのだ。しかし、その一歩というものがなかなか難しい。

 

だが、コハクにはその一歩を踏み出してほしいと思う。苦しいだろう、辛いだろう、痛いだろう。この世界にいるということはそれだけのものをコハクは抱えているはずだ。それはあのパニック状態からも窺える。それでも、オレはこの子の背中を押す。こんな死んでも平気な世界ではない、生きるための世界で本当の幸せを掴んでほしいから。

 

やがてコハクはプイッとそっぽを向き、もう知らない!と言わんばかりに先に進む、その小さな背中を見て、オレは先程から思っていた言葉を投げかけた。

 

「――楽しかっただろ」

 

「…………」

 

ピクリ、と。コハクは足を止める。

 

「生きていても、あんなに面白おかしい奴らはいねえぞ、たぶん。さっきだってお前も何だかんだで笑ってたみてえだしな。どうだ、楽しかったか?」

 

「……うん」

 

顔を見せはしないが、コハクは小さく頷いた。たぶん今頃あの子の頬には朱が差しているだろう。

 

「ほら、積み上がった。楽しい事ってのはこうやって積み上げていくんだ」

 

オレはコハクの正面へと歩いていき、1週間前と同じように腰を落とすと目線を合わせた。

 

「積み上げたものはいつかお前を支えになる。最初は不安定でも、いつか立派になってな。お前が踏み出す一歩を支えてくれるんだ」

 

そう言ってコハクの頭を撫でる。そのコハクはというと、何故か悔しそうにオレを睨み付けていた。

 

「……神乃のくせに」

 

「おい、どういう意味だ」

 

「セリフがクサいって言ってるの。よく恥ずかしげもなく言えるね」

 

「ぐっ……!遊佐と同じことを……!」

 

「そういえば似たようなことを以前言いましたね」

 

遊佐は少し前の事をなにやらしみじみと思い出していた。コハクはパシンと手を叩き、撫でる手からするりと抜けだす。オレを置いていくように僅かに距離をとり、くるりと振り返った。

 

「まあでも、頭の悪いアンタがそこまで言ってくれたんだし、素直に受け取っておいてあげる。感謝してよね」

 

「へいへい、分かりましたよお嬢様」

 

どこが素直だどこが、と口に出してツッコミたかったが、それは喉元まで来てすぐに戻って行った。オレが口を開く前にコハクの勝気な表情が曇ったからだ。

 

「……ねえ」

 

「なんだ?」

 

「昼間に、さ。私寝てたじゃん。その時にさ、私なんか変なこと言ってなかった?」

 

「……まあ、言ってたな」

 

隠すべきか否か。一瞬の葛藤の後、オレは正直に言うことにした。惚けるという選択肢もあった。しかし、それはきっと違うと思ったからだ。オレの隣に来た遊佐も心配そうにコハクを見つめる。その本人はというと、「そっか……」と小さく呟いた後何も話さなくなった。

 

結局あとは会話らしい会話もなく女子寮の前で2人を見送った。その時のコハクの表情は何か思いつめているようにも見えたのは気のせいではなかっただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなことがあった日の深夜だった。コハクがいなくなったと遊佐から報告を聞いたのは。




はい、ということで21話でした。

今回はコハクちゃんの過去に少し触れました。次回で諸々を話そうかと思います。彼女はどこに行ってしまったのか、その生前とは。どうか次回をお待ちください。

さて、次回の更新なのですがまたまた遅れてしまいそうです。今回の理由は引っ越しです。引っ越した先のネット環境がすぐに整いそうにないので、また1週間ぐらい空いてしまうと思います。どうか、気長にお待ちいただけると嬉しいです。

それでは感想、評価、アドバイス等お待ちしています!
ではでは。

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