予想外の出来事が起きた時、人はどういった反応を示すだろうか。鳩等の鳥類はあおむけになるという経験がないためその体勢になると防衛本能が働き硬直して動かなくなるという。ハリネズミなどの動物はほとんど反射的に身体を丸め、外敵から身を守ろうとする。
では、人間はどうか。驚き悲鳴をあげるかもしれない。もしかしたら失神するかもしれない。「ヨソウガイデス」と某CMのように呟くかもしれない。
ちなみにオレの答えは――
「親方っ!空から女の子がっ!」
――ネタに走るだった。
ハーモニクス事件(オレ命名)も無事終息し、事実を知って音無や立華と共に奔走するオレは学園中を歩き回っていた。特に何か任務もあるわけではないため、その一時の間になんとか皆の話を聞くことができないだろうかと考えていた。
「ど・こ・に・い・る・か・な~」と緊張感の欠片もないテンションでハム太郎よろしくトットコしていたそんな時だった。突然上、つまり空から女の子の悲鳴が聞こえたのは。
「きゃああああああああ!!!」
「うおっ!?なんだなんだ!?」
突然の悲鳴に驚愕しつつ上空を見上げる。すると、何やら真っ白な塊が落ちてきているのを確認。否、落ちてきているのは人間だった。体の線の細さやバサバサと乱れる長い髪から結構小柄な少女だということが分かった。そんな人物が、今この瞬間オレの真上へと落ちてきている。
このまま避けるわけにはいかないので、意を決して待ち構える。そして、衝撃を感じつつその体を受け止めた。実際少女は小柄だったが人一人の衝撃なので決して軽くはない。ヌオォォォォ!!と気張りつつ、自分の体を下敷きにすることでなんとか落下の衝撃を殺しきった。身体が滅茶苦茶痛いけど。
「ゴホッ!ゴホッ!あ、あぶねえ……!」
「…………」
咳き込むオレだったが少女は何も反応を示さない。見たところ怪我はないので落下の恐怖に意識を失っているだけのようだった。手際の良さに流石オレと自賛していたが、ふと考える。とりあえずこの状況なら一言言っておくべきではないか、いや言っておかなければならない(反語)。そうと決まれば誰かに聞かせるわけでもなく叫ぶ。
「親方っ!空から女の子がっ!」
ネタを叫んだところで清々しい気持ちになったオレは、とりあえず少女を抱え近くの木陰へと運び、芝生の上に寝かせる。少女の服装は白いワンピースに淡いピンク色のサンダルだけだったので、少し寒いか?と思いブレザーを身体にかけてやった。
「うーん。それにしても誰だこの子。初めて見るんだけど」
年は7、8歳と言ったところだろうか。遊佐や立華並みの色白の肌に少し細過ぎる手足。顔立ちははっきりしており非常に可愛らしい。将来はすごい美人になりそうだと思ったがすぐにその考えを改める。この世界にいるということは、つまりこの子も
そして、一際目を引くのは、少女の髪だった。長い髪だ。長さは膝裏ぐらいまであるだろう。そしてその色は
「これはゆりに報告するべきだな。目が覚めたら連れて行くか」
探索は一旦中止だな、と呟く。それから大体30分ぐらいだろうか。快晴の天気だったためウトウトとしていると、隣で「う、う~ん……」と小さな声が聞こえ、続けてバサリとブレザーが落ちる音。ハッと目を覚まし確認すると、目元を擦っていた少女と目が合う。
――最初宝石かと思った。少女の大きな瞳の色は黒や茶色ではなくルビーのような赤。ハーモニクスで現れた天使のような獰猛な赤ではなく、キラキラと活発そうに輝く赤だった。そんな目を持つ少女がオレを見つめ、やがて怪しそうに表情を険しくする。
「アンタ、誰?不審者?」
「いきなりご挨拶だな。助けてやったってのに」
「何の事――って、ああそう。落ちてきた私を助けたんだね。……悪いけどお礼は言わないよ。頼んでないし」
「別にんなこと求めてねえよ。でっ、何で校舎から落ちてきたんだ?」
「……足を踏み外したの。それだけ」
「それだけって……」
なんとも偉そうな幼女だなと思った。第一屋上にはフェンスが設置されている。踏み外そうにもまずはそれを超えなくてはならない。その時点で事故と言う可能性は消える。見た目の割にどこか達観しているような話し方に明らかに嘘だという言葉を吐く。変な奴だな。
「まっ、詳しいことはゆりの所に行けばいいか。ほら、行くぞ幼女」
「ちょっと。気持ち悪いから幼女って言わないで」
「じゃあ、お前の名前を教えてくれ。あっ、ちなみにオレは神乃だ。好きに呼べ」
「じゃあ、ロリコン」
初対面の幼女にとんでもない称号をいただきましたー。
「おい待て。どうしてそうなる」
「だって気絶してる私のそばにずっといたし、どうせ私の体に生々しい視線を向けてたんでしょ。剣なんておもちゃ持ってるし」
「とんでもねえ冤罪だ」
明らかに年相応の語彙力じゃない言葉に舌を巻きつつ、そんな会話を交わす。口の減らない奴だな、おい。誰だこいつのこと天使みたいとか言った奴。……はい、オレですねー。あと、おもちゃじゃねえ、真剣だ。でも、本物だと言うと流石に怖がらせちまうから黙っていよう。
「――――『コハク』」
「あん?」
「だから、それが私の名前。教えたんだから幼女は止めて」
「んっ、了解。んじゃ、コハク。行くか」
「変な所に連れて行くわけじゃないでしょうね」
はっ!もっと見惚れるような体つきになってから言うんだなというオレの言葉にムッとするコハク。怪しげな視線を向けつつも、オレの後に続いて木陰から出てこようとした。が、またすぐに足を止める。
「どした?トイレか?」
「デリカシーの欠片もないね、アンタ。違うよ」
「おい、オレ名乗ったろうが」
「アンタみたいな変態、『アンタ』で十分」
好きに呼べと言った手前ここで反論するのはなんか大人げないと考え、別にいいかと思い直す。それよりも、何で止まったんだ?
「じゃあ、何だよ」
「……日光」
「日光が何だよ」
「……ううん。何でもない」
コハクはまだ持っていたブレザーを頭に被ると、日光が顔に当たらないように影を作る。何してんだ?と思いつつも、不意に以前呼んだ本の事を思い出した。
前に暇だからという理由でTKのサヴァン症候群のことについて調べていた時だ。その時にコハクの容姿に似通った疾患を見かけた記憶がある。確か、『アルビノ』とか言ったか。軽く読み飛ばす程度だったので詳しくは覚えていないが、日光に弱かったんじゃなかったっけ。
とすれば、もしかしたらコハクもアルビノなのかもしれない。危なかった。偶然その病気の事を読んでいなければコハクに負担をかけてしまうところだった。オレはYシャツも脱ぎTシャツだけになる。突然の行動に目を丸くするコハクにそのYシャツも被せる。
「――悪い、気が利かなくて。これ上に羽織っとけ。少しはマシだと思う」
「アンタ……」
「やっぱりゆりの所に行くのは無しだ。あいつに来てもらうから座っててもいいぞ」
「いい、行く」
「馬鹿、無理すんな。つか、頼むからジッとしててくれ。こんな状態の女の子を連れまわしたなんて知れたらオレが殺される。冗談抜きで」
いや、ホント真面目にジッとしててください。
「わ、分かったわよ……。そんなに怖い人なの?」
「ああ、怖いぞー。妖怪とか幽霊とかより全然怖いぞー。ウォッチなんてしようものならぶん殴られるレベル」
「ゆ、幽霊より……?」
――はっはぁ~ん。こいつ、幽霊が怖いんだな。やっと見た目どうり可愛らしい一面を発見したぜ。だが、オレは大人。そんなことで小さい子をいじったりなんてかっこ悪いことはしない。
「あっ、あんなところになんか影が」
「ひっ!?」
今にも泣きそうなくらい怯え、ガシッとオレの腰に抱き着くコハク。おい、今昼だぞ。お天道様超仕事してるぞ。でも、ちょっと度が過ぎた気がする。反省しよう。
「すまん、見間違えた。ありゃ、鳥だ」
「ほ、本当……?」
U☆WA☆ME☆DU☆KA☆I。ぐっは!涙目の破壊力がヤバい!罪悪感がマッハ!や、やめろぉ!そんな目でオレを見るなぁぁぁぁ!!
「あ、ああ、大丈夫。幽霊なんかいねえって」
「そ、そう。よかった……。はっ!こ、これはアンタが怖いだろうって思ったからっ!私が怖いからってわけじゃないから!」
安心したコハクは今の自分の状態を把握し、色白の肌を真っ赤に染める。そのテンプレのようなセリフ、偉そうな態度。今確信した。――――こいつ、ツンデレだっ!!
「――状況は理解しましたか?」
「……うん。そっか、私……死んだんだ……」
その後、ゆりをインカムで召喚、のはずが何故か遊佐が登場。日陰に座りながらこの世界の事、そしてオレ達のことを説明してもらうとコハクはその一言一言を噛みしめる様に繰り返し、やがてポツリと呟いた。泣いたりも、悲しんだりも、取り乱したりもせず、自分の置かれている状況を理解するように言葉を溢す。
「それで、コハクさん。あなたはどうしたいですか?」
「……どうしよう。私、どうすればいいのかな」
無理もない。突然こんな世界に放り込まれたんだ。ましてやコハクはまだ年端もいかない少女。選択肢を与えてやっても選択する気概を持てないのだろう。
「じゃあ、とりあえずしばらくはここにいたらどうだ?何も今すぐに決めることはねえさ。死後の世界なんて来ようと思って来れるわけじゃないし」
オレが掲示したのはとても選択肢とは呼べないもの。ぶっちゃけ保留だ。それでもコハクはそれに同意するように小さく頷いた。
「……うん。じゃあ、そうしようかな。私もここに興味あるし」
「そうですか。――それでは、そんなあなたにゆりっぺさんからプレゼントです」
「プレゼント?」
そう言って、持って来ていた手提げバッグから物を取り出し始める遊佐。そして、首を傾げるオレ達の前にポンポンと並べ始めた。SSSの制服、黒いタイツと小さな靴。それに白い日傘。
「神乃さんからあなたの事を聞き、さすがにワンピースでは危ないと考えたようです。うちの制服とこのタイツならある程度の日光もカットできるでしょうし、日傘も差していればおそらく大丈夫だと思います」
「……これ、もしかしてくれるの?」
「……?そうですよ?プレゼントって言ってましたから。では、校舎の中に入って着替えましょうか。サイズは合ってるはず、だそうです」
そのサイズはどうやって知ったんですかねー。というか、よくコハクサイズの制服が準備できたなと思ったが、そこはツッコまないようにした。オレだっていつの間にかサイズ知られてたし。
「神乃さんはコハクさんの影になって、あと日傘も差してください。一番背が高いんですから」
「はいはい、分かりましたよ」
そう言って渡された日傘を開き、コハクの頭上へと差す。ちなみのコハクはまだオレのブレザーとYシャツを被っている。そして、日光を遮るように立ちつつ校舎の方へと歩き出した。
「遊佐さん……ありがとう」
「ふふっ、どういたしまして」
オレにすらまだ言ってないお礼を言われて上機嫌になる遊佐。何だこの差。これが同性と異性の壁だというのか。あっ、それなら第3の性別、HI・DE・YO・SHIならどうなんだろ。試したいけど、うちにはそんな奴いねえからな……。よくて大山か。
校舎へとたどり着いた遊佐とコハクはひとまず女子トイレへ。そこで着替えて来るそうだ。オレは外で待機。日傘を持ち、刀を腰に差し、小学生サイズの靴を手に持つオレは端から見たら変質者なのかもしれん。なんだこの組み合わせ。
「お待たせしました」
時間にして15分、といったところか。女性の身だしなみは時間がかかると聞いていたが、コハクも同じだったようだ。もしかしたら早い方なのかもしれん。遊佐に連れられトイレから出てきた少女は、なるほどよく似合っていた。肌の露出をなるべく抑え、かつ自身の持つ年相応の可愛らしさを失わせない。これが女子力か。
「お待たされました。よく似合ってるじゃねえか、コハク」
「ふ、ふん。アンタに言われたって嬉しくない」
「素直じゃねえ奴……」
白い髪を揺らしながらそっぽを向くコハクにやれやれと苦笑する。本人は隠しているようだが、わずかに頬が赤い。さっきまでのトゲトゲしい態度とは違うそんな様子に、もしかしたらこれがこの子の本来の姿なのかもしれないなと考えた。
「遊佐もわざわざありがとな」
「いえ。そこまで大したことをしたわけではないので」
「んじゃ、コハク。行くか」
「行くってどこに?」
「学校の探索だ。外の案内はもう少し日が暮れてからにして、まずは校舎内を案内するぞ。しばらくここで生活するんだし、色々場所とか知ってた方がいいだろ」
「えっ、アンタと2人で?」
なにその言い方。お兄さんすごく傷つく。
「……アンタと2人で?」
「なんで繰り返したんでしょうかねー。小一時間問い詰めたいが今は勘弁しといてやろう。遊「はい、行きましょう」まだ何も言ってねえんだけど……」
「どちらにせよ、あなたとこのような小さい子を一緒に行動させるわけにはいきませんから。ゆりっぺさんにもそう言われてます」
「女性陣からのオレへの評価どうなってんの……。ねえ、オレ普通だよね?変態扱いとかされてないよね?」
そんな女子に迷惑かけるような行動してないぞ。本当だよ?オレウソツカナイ。
「では、コハクさん。行きましょう」
「うん、行こう遊佐さん」
「えっ、ちょ、何か言って。本気で心配になっちゃうから何か言って。大丈夫だよね?紳士って思われてるよね?――おいっ!遊佐!頼むからなんか言ってくれぇぇぇ!!」
真実は闇の中。結局何も言ってくれなかった遊佐に肩を落としつつ、姉妹のように楽しそうに前を歩く2人の後を追う。色々な場所を案内しつつ歩き回る。そんな時、コハクは図書室に寄りたいと言ってきた。もちろん断る理由もないオレ達は図書室へと向かう。
天上学園の図書室はその見た目に違わずかなり広い。大図書館とも言える大きさだ。ちなみに動かないむきゅーな紫魔女や小悪魔はいない。そんな図書室の本をみたコハクはより一層目をキラキラとさせた。
「本、好きなのか?」
「うん。外に行けなかったからよく本を読んでたの」
「友達と遊んだりしなかったのか?」
「…………」
世間話の感覚で聞いたのだが、その瞬間コハクの表情に影が差す。マズい、地雷だったか。
「コハクさん、神乃さんなどほっといて自由に見てきていいですよ。私も後から行きますから」
「……ありがとう遊佐さん。行ってくるね」
遊佐の言葉にわずかに笑みを見せ、トタトタと走っていくコハクを見送ったオレと遊佐。近くの本棚の陰へと消えていくその姿を認知できなくなった瞬間、オレは小さく息を吐いた。
「失言だったか……。すまん、遊佐」
「いえ。ですがコハクさんは辛い何かを抱えているように見えます。その点には気を配るべきでしょう」
「ああ。肝に銘じておくよ」
「それでは私はコハクさんの所へ行ってきます。あと、謝罪は本人に直接が良いかと」
「分かってる。機会を見てちゃんと謝るよ」
オレを諭すように話し、コハクの消えた本棚へと向かっていく遊佐。オレは今一度繊細なあの子へ無粋な言葉をかけないようにと決め、調べたいことを調べることにした。数ある医学関係の本棚を探し、その中でお目当ての本を手に取る。コハクの疾患、『アルビノ』についての医学書だ。
しばらく読みこむ。『アルビノ』とは俗称のようなもので、正式には『先天性白皮症』と呼ばれる体中の色素が少ない先天性の疾患だそうだ。色素とはただ色を持っているだけでなく、光の影響を弱める作用がある。だから、それが少ないということは極端に日光や紫外線に弱く、他人よりも皮膚や目への影響が出やすい、ということがあった。人によって瞳の色などは個人差があるらしい。
さっきの反応からして、コハクの生前の人間関係は良好だったとは言い難いのだろう。もしかしたら友達を呼べる人物達もいなかったのかもしれないし、外に出れず本をよく読んでいたということは他に楽しいことの経験をしたことがないのかもしれない。
所詮は推測の域だが、オレはある
「おっ、いたいた。――お前、難しい本読むんだな……」
「勝手に覗き込まないで、変態。それに別にこんなの難しくないよ。アンタがバカなんじゃない?」
「否定はしねえよ」
だが、観察処分者ではない。ようやくコハクと遊佐の姿を見つけ、近寄ってどんな本を読んでいるのだろうかと覗いてみると、白い少女はなにやらよく分からない言葉が羅列されている本を読んでいた。オレにはチンプンカンプンな内容だ。
「私も驚きました。コハクさん、すっごく頭が良いのですね」
「他にやることもなかったから」
「頭が良いってどれくらい?」
「内容から察するにおそらく私達よりも上かと」
うわぉ。つまりこの年で高校生以上の頭脳ってことかよ。まさか天才幼女だったとは。あっ、天才少女だったとは。この達観した話し方も納得できるかもしれない。
「そりゃすごい。立華とどっちがいいだろうな」
「立華?誰それ?」
「ここの生徒会長。容姿端麗、頭脳明晰、運動神経異常、教員生徒共に人気抜群のまさにパーフェクト生徒会長だ」
たぶんめだかちゃんとも張り合えるんじゃね?
「へぇー。会ってみたいかな」
「やめといたほうがいいぞ」
「コハクさん。それに関しては私も神乃さんに同意です。今の生徒会長に会いに行くのは些か危険ですので」
「なんでよ」
「色々あんだよ、色々。大人の事情ってやつだ」
怪しげに眉間に皺を寄せるコハクにオレはヒラヒラと手を振りながら適当に誤魔化す。本当は別に会おうが危害を加えらえるようなことはないのだが、一応今の立華は凶暴な天使ということになっているため、この子を1人で会わせたと知られたらそれこそ面倒なことになる。
「ほら、そろそろ次行くぞ。日が暮れすぎて夜になっちまう」
「えっ、もう?まだ全然読んでないんだけど」
「借りて行けばいいだろ。ここは図書室なんだし」
「じゃあ、これとこれ、借りてきて。私ここの借り方知らないから」
はい、と言い今読んでいた奴ともう一冊分厚い本をオレに差し出してくるコハク。随分偉そうだな、おい。いや、別に気にしねえけど。
それよりも問題がある。オレは本を読むことは嫌いじゃないが、あいにくここにはほとんど来たことがない。よくてちょっと調べもので立ち寄る程度だ。つまり、借り方をオレも知らない。オレは差し出される本に視線を落とし、次にアハハ、と空笑いをしながら遊佐へと視線を移した。
「……遊佐さん」
「……分かりました。私が借りてきます」
さすがはパートナー。何も言わずとも察してくれた。その際の何とも残念そうな奴を見る視線が気になったが気にしないことにした。あと、コハクからの冷たい眼差しがすごい。えっ、アンタそんなことも知らないの?むしろなんでいるの?と言われている感じだ。おい、なんかこの2人ちょっと似てるぞ。
遊佐が受付の人から2冊をさっさと借りて来るのを待ち、オレが持っていたコハクの元々着ていた服などが入った手提げのバッグに入れる。流石に荷物くらいは持とう。
それから再び3人で今度は校外を散策。夕暮れからポツポツと星が見え始める時間帯だったのでほとんどの生徒は部活を終え、寮へ帰宅しつつあった。そんな集団の中をテクテクと歩く。こんな時間帯に日傘を差し、人一倍小柄なコハクの姿はNPC達の目を惹くようで先程からチラチラと視線を向けられていた。
「なんかいろんな人から見られてる……」
「気にすんな。あいつらの中に悪さしてくるような輩はいねえよ」
向けられる視線に結構ビクついていたコハクが遊佐の服の裾を引きながら溢す。その姿に苦笑しつつ、この子を安心させるために言葉を吐いた。あいつらは模範生だからな。流石にロリコンは混ざってねえだろ。……大丈夫だよね?
「でも、不思議。あの人達が人間じゃないなんて」
「まあな。人間と同じように笑って、怒って、泣いて。そういった点は人間と何も変わらねえよ。ただ、自分と言う意思がないだけだ」
「じゃあさ。もしあの人達が意思を持ったら、それは
す、鋭いことを言ってきますねコハクさん。お前にオレの事情までは話してないんだけど、もしかして分かって聞いてらっしゃる?ほら、何か遊佐が心配そうな顔してる。オレは何とも思わないから大丈夫だって。
「そうだな。コハクはどう思う?彼らに意思が宿った時、彼らは人間に成り得ると思うか?」
「神乃さん、その話は――」
遊佐が問答を止めさせようと口を開くが、オレは首を振ってそれをやんわり断った。別に深い意味があるわけでもない。ただ、単純に他の奴に聞いてみたかっただけだ。
「質問を質問で返さないでよ。でも……そうだね。私はそのNPC――って言ったっけ?そのNPCの人次第かなって思うよ」
「――と言いますと?」
「意思を持った後はその人がどうありたいかってこと。人でありたいと強く思うのならきっとその人は人間だよ。逆にNPCとしてあろうと思えばNPCのまま。せっかく意思が芽生えたのなら、ちゃんと考えるべきだよ。自分は何で在りたいのかってこと」
ポカンと口を開きコハクを見る。同じように遊佐も微々たるものだが驚きの表情を浮かべていた。まさか、何となく聞いてみた内容にここまでしっかりとした答えをくれるとは。つか、マジでこいつ年下か?
何も言わないオレ達に自分の言ったことがだんだん恥ずかしくなってきたのか、頬を赤らめつつ注がれる視線から逃れるようにそっぽをむき、先へ歩いていく。それを見送り、オレは重々しく口を開く。
「――自分が何で在りたいのか、か。言われちゃったぜ」
「……はい」
「なあ、遊佐」
「なんでしょうか」
「オレ、こんな身体だけどお前達と同じ人間でありたいと思うよ。どんなに姿が違くても、この意思だけは」
「……はい」
「遊佐さーん。そんなバカほっといて行こー」
バカとはなんだバカとは。離れたところから言葉をかけるコハクに駆け寄る。追いつくとその雪のような髪をガシガシと少々荒っぽく撫でた。
「わっ!?い、いきなり何するのよこの変態!」
「ったく、ませたこと言いやがって!この幼女め!」
「また幼女って言った!!離せこの変態!バカ!ロリコン!」
「誰がだ、誰が!変態でもロリコンでもねえよ!」
「うっさい!死ねっ!」
ギャーギャーと同年齢かと言われんばかりに騒ぎまくる。その様子を遊佐が微笑ましそうに見つめていた。
もしかしたら、今日コハクに出会えたことは何か運命的な縁なのかもしれない。彼女の言葉は今一度自分自身を見つめ直すきっかけになった。
彼女からしたら深い考えで言ったわけではないのかも知れない。そうだとしても、大切にしよう。いつか彼女達と別れる日が来ても、オレの身がただのNPCに帰ろうとも。この純白の少女が与えてくれたきっかけを大切に。
「ねえ、ここって体育館だよね。ここで何するの?」
「神乃さん。私も何も聞いてないのですが……」
校外の案内を一通り終えたオレ達は体育館に来ていた。しかし、電灯もついていない場所に怪訝そうに表情をしかめるコハクと不思議そうな遊佐。
「どうでもいいけど、コハク。お前仏頂面ばっかしてんな。可愛いんだからもっと笑えばいいのに」
「う、うるさい!余計なお世話!」
「おい、傘で叩くな!?痛っ!ちょっ、痛いから!」
「その歯全部へし折って喋れなくしてやるー!」
「こわっ!?なにその発想こわっ!?」
どちらにせよコハクの身長ではオレの口元を狙うことは難しく、力もないため折られることはないが(折られても再生するしね!)、それでも腕やら頭やらに日傘が当たって痛い。お前は照れると銃ぶっ放してくるホームズ四世かよっ!もしくは伊波さん!
「――それで、結局どういった目的で連れてきたのですか?」
「いてて……。ええっと、そろそろだと思――!」
遊佐が宥める様にコハクを止め尋ねてくる。叩かれた場所を擦りながらキョロキョロと暗闇を見渡していると、バッ!とステージ上へスポットライトが当てられる。その中心にいたのは――ユイだ。
『いよっしゃあああ!!今日も盛り上がって行くぞぉぉぉぉ!!』
『うおぉぉぉぉぉぉ!!』
「えっ?えっ?」
その瞬間、マイク越しに叫んだユイを合図に他のガルデモメンバーが現れ、隠れていたSSSメンバーがオレ達を後押しするように前へと押していき、ステージ前まで誘導していく。一体何が起こっているのか分からないコハクは戸惑うばかりだ。
『コハクちゃーん!!ようこそ死後の世界へ!私達ガルデモの独占ライブ!楽しんでいってねー!!』
「わ、私っ!?」
やっぱりこういうことを任せるならユイが適任だよな。あの元気の良さは他の類を見ないし。混乱しているコハクに、オレは視線を合わせる様にしゃがむ。
「ア、アンタ……。これ一体……」
「彼女たちはGirls Dead Monster。通称ガルデモだ。オレ達の仲間がお前の為にライブを開いてくれるって」
「な、なんで私の為に」
「なんでって、そりゃ新しい仲間、っていうか友達を歓迎するのは当然だろ」
「仲間……友達……」
「まあ、ここまで盛大なのはお前が初めてだろうけどな」
オレの言葉を噛みしめる様に繰り返したコハク。その目はとても信じられないと物語っていた。
「コハク、今からオレはちょっとだけ酷いことを言う。でも、最後まで聞いてくれ」
大きく目を見開いたまま、オレへと視線を注ぐコハクに真剣な表情で語りかける。コハクは驚きながらも同じく真剣な表情で頷いた。
「コハク、お前はもう死んだ。今更元の世界には戻れない」
「…………」
「でもその代わり、ここにはオレ達がいる」
「――――っ!!」
「オレがいる。遊佐がいる。ゆりがいる。SSSの皆がいる。――もう、お前を苦しめる奴はいねえよ」
「……ぁ」
どうやらオレの言葉はコハクの抱えるものの核心を突いたらしい。赤い瞳に徐々に雫が溜まり始める。それを見せまいとは下を向いたコハクにオレは言葉を紡いだ。
「病気がなんだ。んなちっさいことを気にする奴なんてここにはいねえよ」
――ポロリと。とうとう我慢できなくなったコハクの瞳から雫が零れ落ちる。それは最初はポロリポロリといった感じだったが、やがて嗚咽を漏らしながらの号泣へと変わっていった。
「全員がお前の味方だ。だから、困ったことがあったら全力で頼れ。オレ達も全力で助ける」
「うん……!うん……!」
「お前の生前に何があったのかは知らない。もしかしたらオレが想像してるよりもずっとずっと辛いものなのかもしれない。でも、今は泣け。そんで、明日からは笑え。辛い事全部吐きだして、今度は楽しいことを1つ1つ積み上げていけ。……そのための手伝いなら、いくらでもしてやるよ」
ボロボロと頷きながら泣くコハクの頭を今度は優しく撫でる。隣にいた遊佐も微笑みながら同じようにしゃがみこみ、持っていたハンカチで少女の目元を拭っていた。やがて、コハクの嗚咽が小さくなり、俯いていた顔を上げる。そこには今日見た中で一番の笑顔を見せてくれた。純粋で眩しいくらい輝く笑顔。年相応の可愛らしい笑顔を。
「……ねえ」
「うん?」
「――ありがと」
「――どういたしまして」
それからオレ達はガルデモのライブをたくさん楽しんだ。そのあとは食堂のおばちゃん達に頼んでおいた豪華な食事をコハクを含めて皆で食べ、ひたすら互いを分かりあうために話す。コハクの顔には終始笑顔を浮かんでいた。
はい、ということで20話でした。
ここにきてオリキャラであるコハクちゃんの登場です。ロリです。天才です。ツンツンです。でも、時たまデレます。そんなアルビノ幼――少女です。
次話もこの子がキーマンです。もしかしたら次話だけでは終わらないかもしれません。
それと、すみません。次の更新は3日以内にはできないと思います。卒業ライブ、リハーサル、卒業式、謝恩会と立て続けに行事が重なるのでちょっと時間が取れそうにないです。
なるべく一週間以内には更新しようと思うので、どうか待っていてくださると幸いです。
感想、アドバイス、評価、誤字脱字報告と何でもお待ちしています。
ではでは。