いや、北海道は本当に白かった。雪ってあんなに降るんですね。初めてあんなたくさんの雪見ました。
互いの意思を確かめ終えたオレ達は、ひとまず立華を休ませることにした。いくら目が覚めたと言ってもほぼ丸1日眠っていたのだ。たとえ怪我がすぐに治ったり病にかかったりしないこの世界でもいきなり体を動かすのはよろしくない。だから少しくらい休息をとらせないと。オレ達は新しく来た見張りのメンバー(ほとんど話したことのない奴らだった)にその場を任せ、朝食を摂りに行くことにした。
「そうだ、神乃。この後ちょっといいか?」
「いいけど、どうかしたか?」
「少し別の話があるんだ」
「……?じゃあ、食堂で聞くぞ。どうせ飯も食わねえとだし」
「食堂は少し人が多いかな。悪いが、別の場所で頼む」
食堂へと向かう途中、音無が急にオレを呼び止める、オレが立ち止ったのを見た音無は、少し言いづらそうに口を開いた。人気のないところを希望するということは、それだけ人に聞かれると不味い話なのだろうか。
「なら屋上はどうだ?」
「そうだな……。そこなら大丈夫そうだ。まずはそこに行こう」
「了解」
食堂へと向かっていた足を返し、屋上へと向かう階段を2人で昇る。若干錆び付いてきているせいかキキィと鳴る扉を開け、いつものように手すりに体重を預ける。オレに倣うように音無も同じ体勢をとった。
「んで、いきなりどうしたんだ?告白なら悪いが答えはNOだ」
「バカ言え。そんなことがあってたまるか」
「同感だ」
くだらない冗談を言い互いに笑いあう。しかし、すぐに音無の表情に真剣な思いが見られたので気持ちを切り替えた。
「……お前が自分のことを話してくれたからな。俺も言っておきたくなったんだ」
「何をだ?」
「――俺の本当の記憶だよ。いや、正確にはその続き、だな」
「……すまん、言ってる意味がよく分かんねえんだけど。確かお前って、その、事故で……」
他人の死の瞬間のことは言いづらい。どうしても遠慮して口ごもるような感じになってしまうのは仕方がないと思う。
「ああ。お前の言うとおりだ。俺は受験会場へ向かう電車で事故にあった」
「……」
「――でも、俺はその時まだ死んじゃいなかったんだよ」
「……話してくれるのか、音無」
変わらず遠慮がちに聞くオレの言葉に音無は一度頷くと語りだした。己の本当の最後の瞬間と、彼自身の壮絶な戦いを。
~音無 side~
「う゛っ……!ここは……」
そこは妙に薄暗かった。視界がはっきりせず、頭もボーッとしている。どうやらいつの間にか眠ってしまっていたようだ。そんな記憶はないが、現にこの体の重さは起床時の怠さと酷似していた。やがて、自分が試験会場へと向かっていたことを思い出し、コートのポケットに入れていた携帯電話を取り出して時間を確認する。
待ち受け画面に表示されている24時間式の数字が指し示す時刻は1時23分。つまり現在の時刻は真夜中ということになる。頭の中で日付と時間を試験開始の時間とで照らし合わせたが、どう考えても時間はとっくに過ぎてしまっていた。
「くっ……」
――体が重い。
――頭が痛い。
――何が起こったのか分からない。
「一体何が……」
とにかく状況の確認だ、上手くいけば別日に試験を受けられるかもしれない。そう考え、不調のサインを訴え続ける体を半ば強引に起こす。
「…………ぁ」
――が、状況など一瞬で理解できた。否、理解せざるをえなかった。
ようやく暗闇に順応してきた俺の目がとらえたのは信じがたい現実だった。狭い通路のような場所。椅子やつり革があったことで、ようやくここが電車の車内だということを思い出した。
だが、頭から血を流し、生きているのか死んでいるのか分からない人、痛い痛いと泣き叫び人、強烈な光景に絶句している人。人だけではない。変形してしまった座席に電車の壁、千切れたつり革に、真っ二つになった手すり。
酷い惨状だった。当たり前の光景がそこにはなかった。あったのは悲劇の光景。大げさな比喩などではない、本物の地獄としか言いようのない状況が今俺の前に広がっていた。
呆気にとられていると、背後でカタンと音が鳴る。振り返ると、同い年ぐらいの高校生が頭から血を流しながら呼吸を乱し、壁に寄りかかるように立っていた。
「お、おい!大丈夫かっ!?」
「……少し……フラフラする」
「額から血が出てる……!意識は?気分は?吐き気とかあるか?」
「大丈夫……。なんだ、あんた医者か?」
「まさか……ただの学生だよ。立てるか?」
「ああ……」
俺は布きれを探しそれを破いて簡易の包帯を作り傷口を圧迫しながら男子に巻いた。とりあえずこれで止血はできたはず。でも、場所が場所なので完全に安心とは言えないな。医学書は何冊か読んだけど、正確な診断なんてできない。でも、何もせずに放置するよりはマシだろう。
巻き終わると、男子を立たせてとりあえず電車の外へと出てみる。その際フラついた男子生徒に体を貸す。
「大丈夫か?」
「……すまない」
今だフラつく男子の腕を首の後ろにまわして支える。なんとか外へと出れた俺達だったが、電車の先頭部分を見て再び絶句した。
「……ひでえ」
「ああ……」
電車はトンネル内を通っていたようだが、何らかの原因でトンネルの天井が崩れ落ちたのだろう。そのトンネルの高さにまで積み上がった瓦礫が頑丈な壁となって立ちふさがっていた。おそらく電車もそれを避けることができず真っ向から衝突してしまったのだろう。
俺が乗っていた車両はまだ原型を留めているが、先頭側のいくつかの車両は見るも無惨な状態だった。その車両に乗っていた中に……たぶん、生存者はいない。
「――とにかく助けを呼ばないと」
呆気にとられていたが、このままではいけないと思い電話をかけようとする。が、一向に繋がる気配はなく、聞こえてくるのは無機質なアナウンスのみ。画面の電波を表す部分には『圏外』とだけ表示されていた。これでは外と連絡をとることができない。助けも呼べない。
「くそっ!」
「ダメか……」
連絡がとれないのなら、瓦礫を退かすか、外からの助けを待つしかない。だが、前者はとても行えるとは思えなかった。瓦礫の壁がどれくらいかも分からないし、そもそもこちらは人数がいたとしても怪我人だらけだ。そんな作業は到底無理。となれば、あとは後者の可能性に縋るしかない。
「とりあえず中に残っている人達を助けよう。もしかしたら助けられる人もいるかもしれない」
「手伝うぜ」
「大丈夫なのか?」
「まだ少しフラつくが、な。そうだ、名前を言ってなかったな。俺は『五十嵐』だ」
「俺は音無。五十嵐、無理はするなよ」
「大丈夫だ。さあ、急ごう」
それから俺達は電車内で生き残っていた人達を電車の外へと誘導していった。運良く無傷の者もいたが、やはり軽傷の者、かなり重傷の者など様々な状態だった。電車内や個人の私物を使ってできるだけ応急処置を施したが所詮は素人の浅知恵だ。おまけにこんな不衛生ではとても十分な治療とは言えない。
「いってえ……」
「助かる、のかな……」
「うう゛……」
「大丈夫だよね……」
生き残っていた人達の人数は、電車に乗っていた人数からすると決して多いとは言えなかった。むしろ圧倒的に少ない。しかし、誰もそのことを口の出さなかった。それだけ恐ろしかったからだ。いない彼らがどうなったのか。その想像の先に自分達もいるのではないかと。周囲のが絶望のものにある中、俺は最後の希望を求めて1つの可能性を確かめることにした。
「出口を見てくる!出られたら助けを呼んでくる!そしたら必ず戻ってくるから、ライト少し借りる!」
電車の外へと出てきた皆に聞こえるように叫んだ。俺達が向かっていた先はすでに瓦礫で埋まっていた。ならば反対側はどうだろうか。俺はそこに一抹の希望を賭けた。
「ああ、頼む!……――音無!」
出口に向けて歩き始めようとすると、五十嵐が呼び止めてきた。
「――絶対助かろう!!」
「……ああ!!」
もし出口が無事なら皆助かる。絶望なんかしないで、また明日への希望が持てる。俺だってそうだ。まだまだやり直せるんだ。その思いを胸に抱き、1人暗いトンネル内を進む。――だが、神は俺達からその僅かな希望すらも容赦なく奪い去っていた。
俺の目の前には再び瓦礫の山が存在していた。進んでいた先と同様に天井が崩れ落ちている。ライトを隅々まで当ててみても外と繋がっていそうな部分は見当たらない。携帯をかざしてみても画面に写るのは無情にも圏外という2文字のみ。
――完全に閉じ込められた。
「くそっ!!――ぐっ!?」
思わず口から焦りの声が出た瞬間、凄まじい激痛が腹部を中心に体内を駆け巡った。今まで感じたことのないその痛みに持っていた携帯を落とし、その場にうずくまる。
「ぐぁ……がっ!……がはっ!はっ……はっ……!」
しばらく耐えた後、とりあえずはこれくらいだと言わんばかりに痛みは引いていった。息も整いきらないまま、服を捲り痛みが起こったであろう部分を確認する。
「何だよ……これ……!?」
思わず目を見開いた。左の脇腹の辺りに黒く色づく痣がある。衝突の衝撃でどこかに強くぶつけたのかもしれない。ともかく、ただの打撲ではないということは俺の目でも分かる。おそらく内臓器官にまで酷く損傷は及んでいるだろう。
「……――くっ!」
痛みが引いたとはいえ、俺自身もかなり重傷だ。だが、ここで倒れるわけにはいかない。まだやらないといけないことがたくさんある。歩くごとに体に響く痛みを必死にこらえながら来た道を引き返し始めた。
「おっ、音無!」
元の場所へと引き返してきた俺を五十嵐が出迎える。腹部の怪我に気づかれないよう今まで浮かべていた苦痛の表情を無理やり押し殺した。
「どうだった?」
「ちょっと……難しい……」
「そっか……」
五十嵐の背後。そこには俺達の会話を聞く他の乗客達がいた。それぞれが自らの傷を庇いながら心配そうな表情でこちらを見ている。そりゃ不安、だよな。自分の命が左右される事態なのだから。
「――皆!聞いてくれ!」
「音無?」
そんな皆の様子を見た俺は、決心した。
「トンネルは前も後ろも土砂や瓦礫で塞がっている。携帯も繋がらない。外との連絡はとれない」
驚き、悲しみ、不安、絶望……あらゆる感情が彼らの中で生まれているのが手に取るように理解できた。でも、だからこそ俺は言葉を紡ぐ。
「ここからは皆、一心同体だ。1人だけ助かろうだなんてことは考えないでほしい。食料と水を集めて、平等に分け合おう!」
「――ちょっと待て!!いつからお前が仕切るようになったんだ!?」
当然と言えば当然の反応なのかもしれない。こんな理不尽な状況にいきなり放り込まれ、そこでいきなり知らない奴が仕切り出したのだ。ただでさえ不安で一杯なのにそれを増長してしまっても無理はないだろう。
しかし、ここで単独の行動をとることはパニックを引き起こすことにも繋がる。そうなっては助かる命すら助からない。そう考え口を開こうとするが、それよりも早く五十嵐が叫んだ。
「じゃあ誰が仕切る!?怪我人の看病の指揮を誰がとる!?こいつには医療の知識がある。まさか、怪我には放置なんてことはないよな?」
「そ、それはないけどよ……」
五十嵐の一喝にその声の主はすぐに黙り込んでしまった。相手の言っていることがぐうの音も出ない正論だということを理解したのだろう。それ以外に異論は出てこなかった。
「必ず助けが来る。一緒に頑張ろう!」
ここから俺達の戦いと辛抱の日々が始まった。
事故から2日目。集められた食料と水は保って3日、といったところだった。だが、ヤケになった男子生徒が水を独占しようと全ての水を持ち逃走を図ろうとした。結果的に逃げ場のないこの場所では捕まるのは時間の問題で、その人物はすぐに捕まった。しかし男子から水を取り戻す際、暴れまわったはずみで数少ない水が減ってしまうということがあった。
この状況において水は文字通り生命線だ。それを身勝手な行動で消費した男子は他の人々に凄まじい非難を浴びた。俺達よりも年上の大人でさえも非難した。誰もが余裕がなかったのだ。
「――今なくなったのは俺の分。今後一切俺は水を飲まないから安心してくれ」
それでも俺はその男子をかばった。仲間割れなんてしている場合じゃない。場を取り繕う言葉を発すると、他の皆も渋々と言った感じで納得してくれた。我ながら馬鹿な事を言っている。そんな俺に五十嵐が自分の分と分け合おう、と言ってくれた。すまない五十嵐、と謝ることしかできなかった。
事故から3日目。
「――無!音無!なんかヤバいんだ!来てくれ!」
少しでも体力の消耗を抑えるために眠っていると五十嵐に呼び起こされる。日々を追うごとに酷くなる痛みに顔をしかめつつも、気力でそれを我慢して五十嵐のいるところへと向かう。あいつの隣には、乗客の中で一番重傷だった人が寝ていた。
その瞬間、嫌な汗が背中を伝う。まさか、と焦る心を無理やり落ち着かせ、今だに休息を求める体に鞭を打ちつつ彼らの下へと急ぐ。
「大丈夫ですか!!」
状態を確かめるために体を起こすが、まるで砂袋のように体は重く、顔色は土気色に染まり、瞳孔も開いていた。胸元に耳を澄ませるが鼓動も停止してしまっている。呼吸のサインを示す胸の動きもなかった。
「くっ……!」
――心肺停止。こうなっては1分1秒が惜しい。急いで心臓マッサージと人工呼吸を始めるが、状態は一向に改善しない。諦めたくないと必死に足掻くものの、俺にはそれだけの力が無かった。
「くそっ!戻れ!戻れよ……!!」
圧迫により骨が折れても無我夢中で蘇生を試みる。やがて五十嵐が何も言わずに俺の肩に手を置き、無言の制止をしてきた。その瞬間腕の力が抜け、ベタリと地面に座り込む。倒れ伏すその人にはすでに命の欠片も残されてはいなかった。
「うっ、うう……ちくしょう……ちくしょう……!」
目の前で命が失われた。何もできなかった自らの無力さと助けることができなかったことへの悔しさ。それらの感情が滅茶苦茶に混ざり合い、俺の心を黒く染め上げていく。後悔の言葉を吐き続ける俺の渇いた頬を涙の雫が零れ落ちた。
~神乃 side~
音無は一旦そこで話を区切る。すぐには何も話さず、互いの間を沈黙が支配した。屋上に吹きつける風がオレ達の髪を揺らして、また空へと帰っていく。どこまでも自由なそれは、しかしオレには逃げ道のない場所へと縛られた音無をあざ笑っているようにすら思えた。
「――あの時の俺は、自分にできることはある。それなら絶対にやり遂げるんだって思ってた」
「…………」
「でも、結局はそうじゃなかったんだ。所詮俺なんかにできることなんて微々たるもので、ちょっと知識をかじった程度で人の命を救うことなんてできるわけがなかったんだ」
「もういい……」
「ただ妹を、初音を助けられなかった自分が憎くて、それなら他人をって、勝手に自己満足したかっただけだったんだよ」
「もういいって……!」
そんな辛そうな顔で自分を貶すんじゃねえよ……。お前だって必死に頑張ってたじゃねえか。必死になって誰かの為に自分の身を費やしていたじゃねえか。そんなお前の姿を見て誰が自己満足なんてふざけたこと言うかよ。
「もういいよ音無……。もうそれ以上は、いい」
「神乃……。いや、待ってくれ。俺の話はまだ終わってない」
「――っ!?でも!」
「頼む!最後まで聞いてくれ……!」
必死に訴えてくる音無の様子にオレは只々頷くしかなかった。
~音無 side~
――あの日から、俺は一体何を頑張ってきたんだ?
――あいつに……初音に生きる意味を教えられて、それでまた目の前で人の命を失って
――何も変わっちゃいない……俺はあの時と変わらず無力なままじゃないか……!
――何一つ変われていないじゃないか……!
――くそ……くそっ……!
事故から7日目。
食料はとっくに尽きた。水だってもう2、3日口にしていない。怪我人の看病をするにも、もう立ち上がる体力も気力もない。腹部の痛みも今じゃほとんど感じないぐらい感覚が鈍っていた。ここまでくれば自分の命の期限が迫っていることを嫌でも理解させられる。
生き残った他の乗客も皆同じようで、誰一人動こうとはしない。否、動けない。仰向けで倒れる俺の視界に映るのは薄暗い天井。すぐ近くに同じように満身創痍の五十嵐がいた。――助けは、まだ来ていない。
もう何もなかった。俺にできることなんて何もない。初音が命を賭して教えてくれた事を1つもやり遂げられないまま、俺は終わる。
このまま眠ってしまおうか……。そしたら、またあいつに会えるかもしれない。俺の事を兄と、あの柔らかな笑みと共に呼んでくれるかもしれない。また「ありがとう」という言葉が聞けるかもしれない。そんなことはありえないのに、それでもありもしない幻想に縋った俺は目の前の現実から逃れるようにゆっくりと目を閉じた。
『けほっ!けほっ!』
『もう休んだ方がいいんじゃねえか?』
『もうちょっと読みたい』
『仕方ねえな。ほら、上着かけてやるよ。風邪でも引いたらことだからな』
『ありがとうお兄ちゃん』
『でも、どうしてよくならねえのかな』
『ドナーがいればいいんだけどね』
『ドナー?』
「うっ……」
まるで何かに導かれる様に瞼が再び開く。相変わらず視界に広がるのは薄暗い天井でそれを眺めていた俺は、今思い出した事を頭の中で反芻する。まるで、初音が俺に思い出させるように見せてくれたあの光景を。そして理解した。
――そうか、初音。お前が気づかせてくれたのか。今の俺でもできることを。
意を決してゴソゴソと動きポケットに入っている
「五十嵐、サインペン……あるか……?」
「あ……ああ……」
掠れてよく聞こえなかっただろう声を、それでも確かに聞き遂げた五十嵐が胸ポケットからサインペンを取り出し、震えながら俺に渡してくれた。たったそれだけの動作にも関わらずゴッソリと体力を持って行かれる。
構うもんか。ここで動けなかったら、俺は俺を許せない。ポケットから
俺は今にも閉じようとしてくる目を必死に開き、臓器の種類全てを囲むように丸をつける。そして、証明するために最後に名前を記入する。手に力が入らず、ぐにゃぐにゃとした字になってしまったが、何とか書くことができた。
「……ふっ。まったくよ」
その様子をそばで見ていた五十嵐が弱々しく笑い、俺に賛同するかのように自分の保険証を取り出して記入を始めた。
「――んだよ、それ……」
そんな俺達の様子を見ていた1人の男子が、行動の意図を探るように尋ねてきた。すでに記入を終えた俺は腕を地面へと投げだし、焦点の定まらない視線で天上を見上げる。
「こうしておけば……自分の命がもし尽きても……それでも、その命が人のために使われる……。生きてきた意味がつくれるんだ……」
力無く、弱々しく、朧気に……だが、確かに頑なな意志を込めて五十嵐は言う。それを聞いた生存者達はそんな行動に感化させられたのか、自らの記入を始めた。
目に宿すのは、もはや自分が死ぬことへの絶望なんかじゃない。自分はここにいた……確かに生きていた。そんな、何物にも換え難い『生きた証』を残す、前向きな
「なあ……やっぱお前はすげえよ、音無。見ろよ……あれだけ絶望していた連中が皆……誰かに希望を託そうとしている……」
五十嵐の声が徐々に聞こえなくなってくる。視界の幅も狭まっていき、追いつくかのように暗くぼやけてきた。
「お前が……皆の人生を救ったんだぜ……」
力が入らない……
声も出ない……
感覚も、ない……
「音無……」
何も感じない……
何も考えられない……
「なあ……音無……聞いてんのかよ……?」
これが――
「音……無……」
『死ぬ』ってことなのか――
――なあ、初音。
~神乃 side~
「――そこで、俺は死んだ。そしてこの世界に迷い込んだんだ」
全てを語り終えた音無は、自身の緊張を解すかのように息を吐いた。
「俺は本当はこの世界に来るはずじゃなかった。最後の最後で俺は俺自身の生きてきた証を残して、誰かを救えたはずだ。だから……未練なんて本当は無かったんだよ」
「……じゃあ、お前がこの世界に来てしまったのは、その記憶を失っていたからってことか」
「そういうことになっちまうだろうな……」
それなら、全てを思い出した音無は――
「音無、お前……逝っちまうのか?」
自分でも声が震えているのが分かった。覚悟を決めていたとはいえ、やはり仲間がいなくなるのは辛い。しかし、音無はそんなオレの様子に首を振ると笑顔を見せてきた。
「さっきも言っただろ。俺は奏に協力する。あいつはここに迷い込んだ奴らをその苦痛から解放するためにたった1人で頑張ってきたんだ。それを知った以上、ここで俺だけが途中棄権なんてしねえよ。最後の最後までやりきってみせる。じゃねえと、初音に顔向けできないからな」
どうやらオレの心配は杞憂に終わったようだ。ホッとする反面、内心で音無、それはお前もだぞと呟く。
「――そうか。お前がそう決めたんならオレが言うことは何もねえよ。オレの意志が変わることもない」
「ああ。じゃあ、そろそろ食堂に行くか。早く行かねえと朝食の時間が終わっちまうし」
もうそんな時間か。思ってたより結構話し込んでたんだな。予想以上に濃い内容だったし、時間を忘れるぐらい話し込んでも仕方がない。それに、この時間は決して無駄ではなかった。
「これから忙しくなるかもな」
「別に焦る必要はないさ。あいつらが抱えているものは各々違うんだ。だから、それぞれが満足できるようにゆっくりやっていこうぜ」
「急がば回れってか?ははっ、じゃあオレ達はさしずめ、その回る道のガイドってところだな」
「どっちかっつーと、道を作る作業員じゃねえか?」
「何でもいいっつーの。やることは変わらねえ」
オレ達の間を穏やかな雰囲気が包み込み、優しげな風と共に昇り始めた朝日が2人を照らした。もしかしたら、今やろうとしていることは独断で身勝手な行動と思われるかもしれない。余計なお世話かもしれない。
でも、オレは、音無は、立華は皆を解放したいんだ。彼らが捕らわれてしまっているものかから。無事にここを卒業して欲しいんだ。そのためなら人ならざるこの体、ボロボロになるまでこき使ってやるよ。オレという存在の行く末なんてその後だ。
「――そういうわけで、全科目の答案用紙をすり替え、立華を貶めようとした連中がいたことが分かった」
体育館では全校集会が開かれており、マイクによって拡大された声が離れた教室にいるオレの耳にも届いていた。内容は立華のテストの偽の解答が公となった話で、たぶん話しているのは教頭だろう。校長はもうちょっとほんわかした感じの話し方だし。
「立華自ら筆跡の不一致を証明したことにより、立華の潔白が証明され、再び我が校の生徒会長として復帰することが決まった。ついては――」
かねてからの作戦どうり、立華は無事生徒会長として復帰することになり、まずはオレ達の作戦の準備を整えることができた。ちなみにオレと音無はさっき言ったように、この全校集会には参加せず離れた教室にいる。何故かというと――
「あ~~もう!!何で僕がこんな目に!?」
「ったく!1人残らず暴き出しやがったなあいつ!」
「あの錐揉み飛行は何だったんですか……!」
グチグチと愚痴を言いながら作文用紙と向き合う竹山、日向、高松。それに加えて、オレと音無とゆりと大山もいる。ぶっちゃけた話、オレ達は反省文を書かされていた。まあ、立華にテストを妨害したメンバーを先生に告げてもらったせいだ。密告したのはオレと音無だが。
正直な話、自業自得、因果応報というやつなんだが、本気でめんどくさい。それでも、何故実行犯が暴かれたのかってことを知っているオレと音無は何も言わずにシャーペンを動かす。ええっと、この度は……何て書こう。反省文だし、とりあえずごめんなさいと書いておこうか。100回くらい。
「おお!そうだよな高松!!」
「おや?珍しく意見が合いましたね」
「やらされた奴にしか分からねえよこの気持ちは!!俺達は錐揉み飛行仲間さ!」
どんなジャンルの仲間だよ。とりあえず仲間ってつけときゃいいって感じになってんぞ。
「おっと、私を脱がすつもりですか?」
「おお!脱いでやれ脱いでやれ!!」
「いい加減落ち着けよ日向、高松。気持ちは分かるけどバレたもんは仕方ねえだろ」
「お前は飛んでねえじゃねえか!?」
「あなたは飛んでないじゃないですか!?」
そこでハモんなよ。第一オレはうまく回避しただけで、飛びそうには何回もなったわ。その度に日向という飛行機がtake offしたけど。
「やめなさいよ、うるさい」
「そうだ気持ち悪い!やめろ!」
「どっちですか……」
今まで黙っていたゆりの一喝で即座に正反対のことを言い出す日向。アホだ、こいつ。
「それにしても、あの子ここ数日のこと全部忘れちゃったみたいだったね」
「当然です。100の方が勝ったんですから。我々を襲った方が」
「本当に一瞬仲間になれるかもって思っちまったぜ。――ああ~くそっ!!」
残念そうな大山。冷静だがどこか渋い表情の高松。仲間意識を持ち始めていたのかイライラする日向。表情や語調から、それぞれ立華が仲間になってくれることを少なからず望んでくれていたみたいだった。
だが、どうしてもこうしなければならない。皆をこの世界から卒業させるために、まずはそれぞれの過去の話を聞く必要がある。だが、敵を失ってしまっている状態でそんな怪しい行動をとると、ゆりに気づかれる危険性が出てくる。だから、なるべく慎重に動かなくてはならない。
そのために立華には再び生徒会長に戻ってもらい、戦線メンバーと戦ってもらうこととなった。再び1人にしてしまうと音無は心苦しく言っていたが、オレはきっと大丈夫だと思う。
だって、オレ達はもう分かり合えた。繋がりを持ち、信頼し合える関係をつくることができたんだ。ならきっと立華は2度と孤独にはならない。そばにいなくても、彼女を支える存在は確かにいるのだから。
はい、ということで19話でした。
原作でもこの話は色々と衝撃でした。しかし、この回をきっかけに僕もドナーカードを携帯するようになりました。他にも献血とかに足を運ぶようにも。
影響され過ぎだろと友人に言われたりもしますが、どうしてもしたくなりました。小さいですが、これが誰かの明日に繋がると良いなと思います。
では、次回からは告知していたようにオリジナル回です。ここにきてオリキャラ登場します。おそらく1名だけですが。
それでは、感想、評価、アドバイスもお待ちしています。
ではでは。