なので、ストーリー的にはあんまり進んでいません。
遊佐への決意を誓ったその日の夜。部屋へと戻り睡眠をとっていたオレの下に集合の一報が届いた。今だ疲労の色が濃い身体に鞭を打ちベッドから出ると、制服に着替えて本部へと足を運ぶ。扉を開けると元気に大騒ぎするSSSメンバーの声が聞こえてくる。
「だいたいなっ!普通あそこで人のこと蹴り飛ばすか!?」
「だってひなっち先輩の話が長かったんですもん!!蹴りたくなるに決まってるじゃないですか!」
「結局、凶悪化した天使はどうしたのでしょう?」
「上手く救い出せたんじゃねえ?つか、成功してなかったら俺達が死ぬ思いをした意味がねえ」
「僕なんて催眠かけられた上にいつの間にか刺されたんだよ……」
「黙れ愚民が。貴様がいつまでもモタモタしていたからだろう」
「ふんっ!例え凶暴化した天使が相手だろうと俺の敵ではなかったがな」
「「「お前は真っ先にやられただろ」」」
「あさはかなり」
ついさっきまで死んでいたというのに何とも元気な連中だ。ある意味、これがこいつらの強さに繋がっているのかもしれない。
その中に遊佐の姿を見つけた。オレの視線に気が付いた彼女は小さく笑みを浮かべてくる。つい先程気づいた想いのこともあり、恥ずかしげに目を逸らしつつも片手を上げることでその笑みに答えた。
「おっ!ようっ、神乃!昨日ぶり!」
「お前ら……とても死んでたとは思えねえ元気の良さだな」
「あったりめえよ!!」
「神乃君も無事だったみたいだね」
「大山もな。災難だったな」
「ううぅ……。ありがとう神乃君」
オレの入室に気付いた日向が無駄に大きな声でそう言ってくる。変わらない元気の良さに苦笑しながら答えると、大山もそれに乗ってきたので彼の頑張りを労う。
何にせよ、これで全員――は揃ってないか。いないのはおそらく立華の付き添いをしているであろう音無。それとTKと松下五段だ。前者は分かるとして、後者の2人は何処へ?
「神乃君も来たし、話を始めましょうか」
そう言ってゆりが話を切りだす。まずオレ達の奮闘の成果からだ。
「現在天使は保健室で眠っていて、音無君がそばについているわ」
たぶん片時も離れてないんだろうな。あいつはそういう奴だし。
「私達は天使オリジナルにスキルを使わせ、凶暴化した天使をオリジナルに戻すことに成功した」
「なら良かったじゃねえか」
「それなんだけど、凶暴化した天使をオリジナルに戻したことで問題が生じてきてしまったの」
「問題?」
「凶暴化した天使がオリジナルに戻ることで、その多くの凶暴な意識が一気にオリジナルに同化してしまったのよ……」
なるほど。だから立華は今だ目を覚ましていないのか。いや、正確には1度は目を覚ましたものの、スキルを使ったことであの天使が彼女と同化。その負担により再び昏睡状態へ、ということか。
「ええ。しかもそれだけじゃないわ」
「それだけじゃない?」
「凶暴化した意識があまりにも多過ぎたわ。今、天使オリジナルの意識は本来の意識と凶暴化した意識との間で微妙なバランスを保っている。彼女の中でそれらがせめぎ合っているせいで意識が戻らないのよ」
「……最悪、このまま二度と目覚めないということも場合によってはありえるかもしれませんね」
「それこそイレギュラーな事態ね……。――目覚めるわ。いつか目覚めて、ただ寝過ぎただけという結果に変わる」
そう語るゆりは、立華が目覚めることを祈っているように見えた。自分が仕組んだプログラムのせいでとんでもない結果が生まれてしまったことに責任を感じているのだろう。最近では立華の存在を敵ではないと言っていたくらいだしな。
「――その時の彼女はどの彼女なんだ?」
ゆりの言葉に沈黙が漂う。その沈黙を破った人物は椎名だった。――って、いつもは話を聞いているだけの椎名が普通に話し合いに参加してきたっ!?
「うお!?椎名が喋った!?」
「これは相当重大な問題だっていうことだよ!!」
「つか、椎名のここまで踏み込んだ発言初めて聞いた!?」
「椎名さんの言うとおり。まさにそれが問題よ」
盛大に驚愕の声を上げるSSSのメンバー。もちろんオレもだ。そんな中、ゆりだけが冷静に椎名の言葉を噛みしめる様に口から言葉を溢す。その雰囲気に再び真面目なムードに戻るSSS。
「で?どっちの天使なんだ?」
「それは最初の天使だよ。一緒に釣りをした」
「だが、俺達を襲った意識はすべて好戦的で冷酷だったぞ」
「数で言えば100対1くらいだぜ……」
具体的な天使の数は分からない。おそらくオレ達が相対したのはほんの一部だけだったはずだ。実際の数はもっと多かったに違いない。
「今、何故意識を失っているのか。たぶん、そのたくさんの意識があいつの小さな頭の中で……こう、グチャグチャになって酷いことになってるからじゃねえのか?」
「じゃあ、目覚めるとしたら100の意識で目覚めることもあるの?」
「そんなもん、圧倒的に立華自身の意識が不利じゃねえか……」
100対1。数の上ではどう足掻いても立華の方に勝算は無い。なんとかしてやりたいが、生憎その手段が見つからない。何も手出しができないことへのもどかしいさが募るだけだった。
「割合で言えば元のままで目覚める可能性は約1%ってことね」
「どうする?」
「一応手は打ってある。すでに竹山君を天使エリアに送りこんだわ。マニュアルの英語翻訳ができる仲間と共にね」
「TKと松下五段は?」
「保健室よ。音無君と天使の見張り」
何があるか分からないから警戒は厳重にね、と語るゆり。前回は油断したところで天使に出し抜かれたんだ。失敗を繰り返さないように、多少過剰でもやり過ぎではないだろう。
「TKはあれで全っ然英語だめだからな」
「ある意味詐欺だ」
まったく、あんなに喋ってんのに英語が分かんねえってどうよ。まあ、日頃から使っている英語も使い方あってるのかどうか怪しいけど。
「仮に凶暴化した天使で目覚めたとしても、データを全て消してログインパスワードを変えることで全ての能力を封じる、ということか。だが、結局それも一時凌ぎでしかない。分かっているのか?」
「分かってるわ、直井君。いつか突破されてデータを打ち込まれるでしょうね」
何か上手い対応策は練れないものか。一番手っ取り早いのは立華が立華としての意識を目覚めさせることなんだけど、今の彼女にそれを求めるのは酷だろう。
「だったらパソコンごと破壊してしまえばいい」
「パソコンはコンピューター室の備品としていくらでも代わりはあるわ。ソフトも同様」
「くっそ……!」
野田が率直な意見を述べる。悪い手ではないが、あいにくこの世界では物資に困ることはないため敢え無く却下。行き詰る思考に再び沈黙が部屋に漂う。皆が皆押し黙る中、さっきから一言も話さずにいたユイが口を開いた。おっ、なんか良い手でも浮かんだか?
「あっれ~?何か今日は皆さん頭良さそうですよ?悪い物でも食べましたか?」
「「「…………」」」
「あ、あれ?まさかのノーリアクションですか?」
「お前残念だわ、ユイ」
「ちょっ、神乃先輩!?何ですかそのさり気に私を小馬鹿にした発言は!?」
「馬鹿め」
「いや、はっきり言い直されても困ります!」
だったらもう少し場の空気に合った和ませ方をしてほしいもんだ。白けたっつーか、この『お前空気読めよ』的な空気に少しでも気づいてくれよ。もしかしたらこの空気を和ませようとしてくれたのかもしれんけど。
「あとは天命を待つだけね」
今のユイの流れを完璧に無視したゆりが、窓を眺めるようにその前に立つ。
「はたして、神は誰の味方をするのか……」
誰に言うわけでもなくポツリと呟くゆり。結局、何1つ明確な打開策掴むことができず、ただいたずらに時間だけが過ぎていった。
明日もう1度話し合うということで今日は解散になった。オレは日中寝ていたためか嫌に目が覚め、どうせなら音無と立華の所へ行ってみるかと思い保健室へと向かっていた。聞きたいこともあったしな。
保健室のある廊下に入るとその扉の前で壁に寄りかかりながら立つ2つの影を見つけ歩み寄る。
「よっ!2人とも。お疲れさん。何か変わったことあったか?」
「おお、神乃か。特に何も起きていないぞ。いたって静かなものだ」
「そうか。つか、ずっと見張りっぱなしって疲れないか?」
「なに、TKと共にダンスの練習をしながらやっているから逆に楽しいぞ。神乃も一緒にどうだ?」
「Come on together!」
「え、遠慮しとくよ……」
さすがに今は踊るような気分じゃねえわ。頼むから静かにしてやってくれよ?ていうか、お前らも少しは体休めろって。
「ちょっくら入ってもいいか?」
「様子見か?別に構わんぞ」
サンキューと2人に伝える。本部内で良い案が浮かばなかったから、凶暴化した天使を立華に戻す時にその場に居合わせたであろう音無にもう少し詳しい話を聞こうと考えたのだ。
まあ、音無は立華のためにあんなに必死になって頑張ったんだ。その頑張りを讃えるってのも訪問の理由ではある。扉を開け中に入ると保健室内は電気1つ点いていなかった。音無が立華に気を使ったのかもしれない。
そのかわり窓から差し込む月光が淡く室内を照らしており、その光の中からベット脇の椅子に座る人影を見つけた。
「音「スー……スー……」――寝てるのか」
声をかけようと歩み寄ると、静かな寝息が聞こえてくる。発生源は椅子に座る音無だ。頭を下に向け座った状態のまま寝ている。オレが入って来たことに気づかないぐらい深く眠っているのだ。やはり、人一倍疲労が溜まっていたのだろう。立華のために散々気を張ってたんだし、今ぐらい休ませてやろう。話は起きてからでも聞けるからな。
「………………」
そして、その隣のベッドでは立華が静かに眠っていた。微かに胸元が上下しているので生きてはいるのだが、こちらは寝息すら聞こえない。顔色も青白く、その容姿からまるで1つの芸術作品かと見間違うほどだ。目覚める様子は、無い。
「また明日にすっか……」
時間も時間だし、起きるのを待つより明日に持ち越した方が良さそうだ。音無に別のベットのシーツをかけてやり、2人におやすみと伝えると早々に保健室を後にした。
「んん?ずいぶん早かったな、色々と話してくるのかと思ったぞ」
「It's speedy」
静かに保健室から退室すると、早かったことが予想外だったのか松下五段とTKが驚いていた。
「オレもその気だったんだけど、音無は寝ちまってたし、立華は起きる気配すらなかったんだよ」
「そうか。なら仕方ないな」
「Don't mind」
「2人とも休んだらどうだ?オレが見張り代わるぞ」
「問題ない。死んでいる間にかなり休めたからな」
「Yeah!I'm great!」
「んっ、そうか。まあ、無理すんじゃねえぞ」
2人が仲良く頷くのを見届けたオレは自室への帰路に着く。明日は朝早くから来てみようか。
そして自室へと戻り再び眠りの世界へ。夢を見るでもなく、只々心地良い眠りに身を任せていたオレを起こしたのはがなり立てる目覚ましの音だった。鬱陶しげにそれを止めて欠伸を1つ。
「もう朝か……」
時間だけ見れば結構な睡眠時間をとった。しかし、どうもスッキリしない。この何とも言えない気分は今回の騒動だけではないのだろう。最近、立て続けに色々な事が起きたせいかもしれん。
「ん~~……っと。さて、音無はもう起きたかね?」
グシャグシャと髪を掻きながら洗面所に向かい、顔を洗い歯を磨く。その後制服を着て学食に行く、ってのがいつもの流れなんだが、今日は違った。
「飯の前にもう1回保健室に行ってみっか」
もし、起きているようだったら学食にでも連れて行こう。あいつ確か昨日はまともに飯食ってなかったはずだし。身だしなみを鏡の前で整え、部屋を出る。早い時間に目覚ましくをセットしたせいか誰1人として生徒を見かけることはなかった。
そんなこんなで歩くこと数分。オレは再び保健室に着いた。が――
「――何してんの、お前ら」
保健室の前では異様な光景……つーか、異様な2人が異様な状態で異様な事をしていた。1つの文でここまで異様な、と使うことは今後無いだろう。それぐらい奇妙で意味不明だった。
「何故に組み体操?」
TKが松下五段の膝を支え、五段がTKの膝の上で両手を水平に広げて乗る。早い話、よく組体操で見かける『サボテンのポーズ』だ。
「おお、神乃。おはよう」
「Good……morning……」
「おはようさん。だがまずは何故そんな状態でしかも平然と朝の挨拶をしようと至ったのかを教えてほしい」
切実に回答を求めたい。マジで。つか、普通体格的に逆だろ。意味不明な行動に加えてあえて過酷な手段をとった意味が分からん。
「朝の挨拶は――おっと。TKよ、揺れてしまっているぞ。――朝の挨拶は大事だろう?」
「ちょっと待て。なんで会話を続けてんだよ。つか、いい加減降りてやれよ松下五段。TKの膝がガクガクってレベルの揺れじゃなくなってきてんぞ。顔の脂汗がえげつないことになってんぞ」
「そうはいかんのだよ神乃」
「はあ?なんで?」
「今は組み体操の上の耐久勝負をTKとしてるのだ。ちなみに先攻のTKは2時間24分だった」
勝負内容がTKに対して鬼畜過ぎる!?だから体格差を考えてやれよ!!
「ちなみに松下五段の記録は?」
「――4時間と少し、だな」
「勝敗決まってんじゃねえか。降りろバカヤロー」
松下五段の現在の記録とやらを聞いたオレは容赦なく蹴り落とした。体重のせいか派手な音を響かせ柔道バカが落下する。そのバカは何故蹴り落とされたのか分からないと言わんばかりに疑問符を浮かべた。
「いきなり何をするのだ、神乃」
「アホか。勝負の公平さと自分の体重をもう1度考えて言いやがれ」
「…………何故俺は蹴り落とされたのだ!?」
「分かんねえのかよっ!?体格差と言うもんがあんだろ体格差ってもんが!!TKを見てみろ!!」
「I……I……」
「見ろ!疲労困憊過ぎて『I……』しか言えてねえじゃねえか!TKのアイデンティティが台無しだっ!」
いい加減我慢できなくなったツッコミをここぞとばかりに五段にたたき込む。全身全霊全力全開のオレの覇気に五段はしばらく考え込む様子を見せると、やがてハッとなって口を開く。
「――おお!なるほど!すまなかったなTK」
「やっと気づいたんかいっ!?つか、謝罪が軽すぎぃ!!」
「Oh……キニシナイデ……」
「もういいよ!分かったよTK!もう喋らなくていいから!とりあえず全力で回復に努めろっ!」
「神乃よ。ここは保健室前だぞ。もう少し静かにした方がいい」
「誰のせいだぁぁぁぁぁ!!つかその保健室の前で組み体操やってた奴に言われたくねえよっ!!」
バカなの!?ねえバカなの!?バカって言ってよバーニィィィィ!!
内心で散々叫びまくったオレはTK並に荒くなった息を整える。トントンと背中を撫でてくれる五段の優しさが嬉しい半分、納得いかない半分だった。
「ったく、なんでそんなにテンション高いんだよ」
「徹夜だからな。テンションがハイになってる」
「I'm high tension……」
TKに関してはハイテンションではない、絶対に。つか、オレはこんな漫才みたいなやりとりをしに来たわけじゃねえんだっつーの。本題に入らせてもらうからな。
「松下五段、また保健室の中に入ってもいいか?音無が起きてたら朝飯に誘いたいんだけど」
「構わないぞ。俺達もそろそろ交代してもらわんとさすがにキツいからな。別の奴を呼ぶから、それまで2人のことを頼む」
「あいよ、了解した」
任せたぞ、と言い残し五段とTKは保健室を去っていった。五段に関してはまだまだ大丈夫そうだが、TKの足取りがフラフラしていてマジで心配になった。しっかり休めよ、TK。
歩く様子に大差のある2人を見送ったオレは保健室の扉を開けようと手を伸ばす。しかし、オレが触れるよりも早く扉の方が勝手に開いた。
「なんか変に騒がしいと思ったら、やっぱり神乃だったか」
どうやら音無が先に開けて出てきたようだ。なんてグッドタイミング。
「良いタイミングだな、音無。つか、やっぱりってどういう意味だよ」
「えっ?だってお前、基本的に騒がしい所にいるじゃないか」
今さら何言ってんの?的な表情で言ってくる音無。酷く心外だ。弾幕シューティングよろしく向こうから寄ってくるせいで回避不可能なだけで、オレ自身は極力避けたいと思ってるんだよっ!おい、誰だよホーミングアミュレット使ってくる奴!マスパすんぞ!弾幕はパワーだze!!
「――まあ、いいや。それで、立華は起きたのか?」
「……いや、まだ起きてねえよ」
「そうか……」
音無の言葉にオレは保健室内へと入り様子を見る。立華は昨夜来たときと同じでずっと眠り続けているようだ。銀色に近い色の髪に日光が反射して輝き、その一角だけ神秘的な雰囲気を創り出していた。進展の無いその様子に思わず出そうになったため息を何とか飲みこみ、オレは音無へと向き直る。
「なあ、音無。お前昨日からまともに飯食ってねえだろ。今から食いに行かねえか?」
「でも、奏のそばを離れるわけには……」
「ベッタベタのセリフで悪いけどよ、立華が起きたときにお前が辛そうにしてたら立華が責任感じちまうだろうが」
「何言ってんだよ神乃。この世界じゃ病気になんか――」
「バーカ。肉体的にってわけじゃねっつーの。精神的にってことだよ」
昨日うたた寝していた奴が何を言うか。説得力皆無なんだよ。
「……分かった。心配してくれてありがとう、神乃」
「別に礼を言われることはねえよ。んじゃ、見張りの代わりが来たら行くぞ」
おそらくあの2人の様子からして代わりを見つけるにはもう少し時間かかるだろう。少し世間話でもしようか。
「何食う、音無」
「俺は……どうするかな」
これから食べる朝食のメニューを尋ねると音無は悩ましげに首を捻る。そういや立華って麻婆豆腐が好きだったな。音無自身も結構気に入っていた気がする。朝っぱらから重いがほんの冗談で聞いてみよう。
「麻婆豆腐なんてどうだ?旨かったじゃん」
その瞬間、ピクッ!とベッドがわずかに動いた気がした。見間違えかと思い立華の眠るベッドを確認するが何もおかしい点は見つからない。気のせいか、と思い音無へと向き直ると様子がおかしい。こやつ、顔が引きつってやがる。
「――音無?」
「な、何だ?どうかしたか?」
超怪しい。音無にしては珍しく冷や汗をかいてんのがバレバレだ。これは何か隠してんな……?いいぜ、お前があくまでシラをきれるって思ってんなら、まずはそのふざけた幻想をぶち殺す!キーワードはズバリ、麻婆豆腐だ!
「……麻婆豆腐」
動く。
「麻婆豆腐、麻婆豆腐、麻婆豆腐、麻婆豆腐」
さらに動く。
「ちょうど今、学食の麻婆豆腐の食券持ってんだよなー。オレは今日はそういう気分じゃないし、誰か食べないかなー」
「食べる」
マッハで起きやがった。さっきまで寝ていたはずの立華が、まったく眠そうな様子を見せずにこちらをキラキラした目で見つめてくる。音無に関しては思いっきり目を逸らしていた。
「さぁ~て、音無君。これは一体どういうことなのかキッチリ説明してもらおうか?」
「え、えっと……奏?」
「仕方ないわ。もうここまできたら隠しきれないもの」
バレたのは思いっきり立華のせいじゃんとツッコミたくなったが、一々話の腰を折っていたら時間がかかるので黙っておく。
「はあ~……分かったよ。実は――」
要約するとだ。実は立華はこの世界のシステム――つまり迷い込んだ魂はその未練を遂げることで成仏し、世界から去るという仕組みについて理解していた。そのために生徒会長という立場を利用し、迷い込んだ魂達に充実した学園生活をおくらせ無事成仏させようとしていたそうだ。
で、今回なんとか自分自身の意識として目覚めることができた立華は、真実を知った音無に皆の成仏の協力を頼み、音無はそれを承諾。音無の考えで立華には凶暴化した天使の意識として目覚めたことにして、動きやすいように生徒会長としての立場を取り戻すつもりだったそうだ。
色々と驚くような話がポンポン出てきたが、なんとかそれらを頭の中で処理しきったオレは口を開く。
「なるほど。だいたいの話は理解した」
「それで、神乃。その、このことは皆には黙っていてくれないか?」
オドオドした様子でオレに頼み込んでくる音無。まあ、皆に知られたら色々と動きづらくなるしな。お前達を成仏させるために動きます。立華も実はそう考えていました、なんてすぐに信じてもらえるわけがない。
「――はい、不正解」
「はっ?」
「だから、不正解。その頼みは間違いだってんだ」
「え、えっと……」
音無と立華は困惑したようにオレの顔色を見てくる。何を言っているのか理解できない。こいつ馬鹿か?と言った感じだ。いや、嘘だけど。そんなこと一言も言ってねえし。とにかく、音無の言葉はオレが欲しかった言葉と違っていた。
「なんでそこでオレにも協力してほしいって言ってこねえんだよ」
「神乃……」
「2人だけで背負いこんでさ、あいつらを成仏させてやるなんてちょっと無理があんだろ。仲間なんだからもっと頼ってこいよ。自分達だけでどうにかしようってするな」
今だ迷い続ける皆に、新しい道を示してやるのも友人としての役割じゃないかとオレは思う。だから2人を手伝う気になったのだ。
「「…………」」
「成りゆきとはいえ話を聞いちまった以上、黙って傍観なんてオレにはできねえってこった」
2人が何も言わずにジーとこちらを見てるので、ついつい恥ずかしくなり頭を掻きながら答える。かっこつけている気が自分でもしたからだ。
「お前って本当……」
「本当……なんだよ?」
「えっと、その「変な人ね」――奏、せめてもう少しオブラートに包んでやれ」
ま、また変って言われた……。何だよ、『変わってる』だの『変』だの言いたい放題しやがって。さすがに傷つくぞコノヤロウ。
「褒めてるのよ。だからそんな顔しないで」
「むう……。素直に喜べねえ」
「ま、まあまあ、別にいいじゃないか。奏なりにお前の事を褒めてんだよ」
「それならいいけど……」
宥める音無に納得させられるオレ。あれ?オレって結構ちょろい?
「で、本題に戻るけど……本当に良いのか?」
「何が」
「だから、手伝ってくれるって話」
もちろん。良いに決まっている。しかし、その前に2人には聞いてほしいことがあった。オレ自身のことである。今更信用できないと言われることはないと思うが、大事な事なので知っていてほしかった。
「それはオレの話を聞いてお前らが決めてくれないか」
「……?私達が頼んでいるのに何故私達が決めるの?」
「まあ、とりあえず話を聞いてくれ」
オレはゆりや遊佐にも話したこと、自らの経緯についてのことを話す。最初はキョトンと話を聞いていたが、次第に驚愕が2人の表情を染めていく。立華に関しては僅かに目元や口元が動く程度だったが。遊佐も同じように基本無表情なので微妙な変化に敏感になっている自分に驚いた。
「――とまあ、こういうことなんだわ」
「「…………」」
「さっきも言ったけど、この話を踏まえてオレに対しての判断をしてほしいんだ」
立華と音無はこの世界のことについて少し知っているようだが、やはり約束なのであえて触れなかった。2人もそこよりも別の事へ意識が向いておりそれどころではなかったようだ。
2人が決断するまでの間、ボーッと外の景色を眺めるオレ。窓から見える校庭には朝練組がポツポツと出てきており、準備運動に精を出していた。我ながら緊張感が無さ過ぎる。
数分後。先に口を開いたのは音無だった。
「すまん、神乃。いきなりすぎて頭が混乱してた」
「まあ、無理ねえよ」
「でも、やっぱり俺の意志は変わらない。手伝ってくれないか?」
「……いいのか?」
沈黙が長かった割にはあっさりと受け入れられたのでこっちが戸惑ってしまった。
「当たり前だ。さっきお前も言ってくれただろ。俺達は互いに助け合う仲間だよ。どんな存在であろうと関係ないさ。それで……えっと、奏はどうだ?」
音無が立華へ視線を向けながら尋ねる。しかし、立華の視線はずっとオレに向けられたままだ。
「……私は最初からあなたが他の人達と違っていることには気づいていたわ。まさか一般生徒だったとは思わなかったけど」
「そういや、立華が一番最初にオレから血が流れないことに気づいたんだっけ。初対面でぶっ刺された時だろ」
「そうね。確かに最初見たときは驚いたわ。でも、あまり他人の深い部分は追求しないことにしたの。この世界だと何が起ころうとおかしくないから」
「そっか……」
「私もあなたを信じる。きっとここであなたという人が加わることに意味があるのだと思うから」
立華は小さく微笑みながら音無と目を合わせる。音無がその笑みに頷くと再びオレへと視線を戻した。いいのか、2人とも……。思わず零れたオレの言葉にコクリと同時に頷く2人。
「それならオレも全力で協力する。いや、させてくれ、かな」
「ははっ。どっちでもいいさ。それじゃ、これからもよろしくな神乃」
音無が手を差し出してくる。苦笑しながらその手をオレも握り返した。大丈夫、オレ達ならきっとできる。口に出さなくても、同じことを考えていると何故か確信することができた。
はい、18話でした。
すみません。本当に全然進んでいないですね。次もそんな感じかもしれません。
それが終わったら長めのオリジナル回。2、3章程の内容を予定しています。
そして、次の更新ですが、すみません。ちょっと遅れます。
ちょっくら卒業旅行で北海道に行ってきます。スノボしてきます。でも、吹雪きそうです。10日までに更新がなかったら、『ああ、飛行機が飛ばなかったんだな』と思ってください。
感想、評価、アドバイスもいつでもお待ちしています!
ではでは。