死後で繋がる物語   作:四季燦々

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ここまで重い感じにするはずじゃなかったのに何故こうなったし。

今回で神乃君に関することが判明します。色々と。


Boy meets the truth

「……おいおい、こりゃ一体どういうことだ?」

 

RPG洞窟ダンジョンのような道を歩く。ちなみに残念ながら出会いは無い。やはりダンジョンに出会いを求めるのは間違っていたようだ。そうして、しばらく道なりに進んでいたオレはやがて知らない道に入り、なおも進んでいたら何の変哲もない扉の前へと辿りついていた。

 

「なんでこんなもんがこんな場所にあんだよ……。つか、ここ地下だよな?」

 

その扉に謎の生徒が入っていくのを確認。すぐさまオレも入ろうとしたのだが、扉につけられたプレートが目についた。この扉の先がどんな場所なのかということを示すプレートだったのだが、そこに書いてあった言葉に思わず足を止める。書かれていた部屋名は――

 

 

 

『第2コンピューター室』

 

 

 

「なんでこんな場所に()()()()()()()()なんてあるんだよ……」

 

 

たぶん地上の校舎内にある普通のコンピューター室を意識しての()2()なのだろう。にしても、こんな地下で、しかも爆心地から程近く、加えて謎の生徒が出入りしている第2のコンピューター室。身体は子ども、頭脳は大人な少年探偵の黒尽くめシルエット並みに怪しい。

 

「……行くか」

 

突っ立っててもしょうがない。今更引き返してゆり達に説明なんて二度手間だし、それなら自分で部屋に入って、中と謎の生徒の正体を掴んでやる。オレは扉に手を伸ばし、ゆっくりと扉を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――おや、思った以上に見つかるのが早かったようですね」

 

あっけなく、本当に普通に謎の男子生徒と対面した。

 

「しかも、あなた自ら出向いて頂けるとは。こちらとしても会いに行く手間が省けたようです」

 

薄暗い部屋の至る所で四角い光が発せられている。光源の正体はパソコンだった。あっちにもパソコン、こっちにもパソコン。部屋の中は壁も床の隅にも積み上げられたパソコンの山で埋め尽くされていた。

 

「どうかしましたか?……ああ、この部屋に驚いているのですね」

 

部屋の中央にあるただ1つの椅子に腰掛け、語り部のように一方的に話す男子生徒。明らかにただのNPCではない。かといって、人間かと聞かれると迷わず首を横に振る。纏っている雰囲気があまりにも人のそれとはかけ離れていた。

 

「プログラムの処理にはそれなりの容量が必要なものでして。1台では到底不可能な量ですから、それを数で補っているのですよ」

 

パソコンの画面に映されているものはオレも見たことがあるものだった。

 

『Angel player』

 

立華の部屋で見たものと同じものが光を発している。今だにこの部屋の状況が理解できないオレは薄い笑みを浮かべる謎の生徒に問いかけた。

 

「てめえは何者だ?どうしてこんな所にいる?そもそもここで何をしていた?」

 

「質問は1つずつお願いしたいのですが……まあ、いずれお答えすることなのでよいでしょう」

 

順番にお答えさせていただきますと顎に手をあて足を組みながらクスリと笑い、こちらに視線を向けてくる。何を考えているのか分からないその笑みに、思わずゴクリと喉が鳴った。

 

「まず僕が何者か、という質問ですが、プログラムを管理するプログラムとでも言っておきましょうか」

 

プログラムを管理するプログラム?初っ端から意味不明な回答だ。

 

「2つ目、地上のコンピューター室では一目につきますからね。プログラミングは精密かつ機密に行いたいので、この地下深くを選ばさせてもらいました」

 

地上からパソコンを調達するのは骨が折れましたよ、と付け足す男子生徒。微塵も理解できない。こいつは説明する気があるのか?

 

「3つ目、『していた』ではなくて『している』という表現が正しいですね。先ほどから述べているように、僕はプログラミングやそれの管理などを行っています。今この瞬間も」

 

質問に対する回答は以上です、と男子生徒は締めくくる。おい、待て。なに勝手に終わらしてんだよ。肝心なことを何も話してねえじゃねえか。それだけの説明で分かるわけねえだろ。

 

「――では、今度は僕からあなたに質問させていただきましょうか」

 

ゾクッ、と。男子生徒がこちらに質問する意を伝えた瞬間、凄まじい寒気がオレの背筋を撫でた。まるで、これから聞かれることに対してオレ自身が恐怖を感じているようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなたは自分が何者かご存知ですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時が止まったような錯覚。周囲ではパソコンの機器が動く音が鳴り、僅かに聞こえるのはオレの息遣い。それ以外はただ静寂を貫いていた。この生徒を含め、周りにあるもの全てがオレを見張っている、そんな錯覚すら抱いた。

 

「…………」

 

「その様子ではやはりご存知ないようですね。まあ、仕方がないと言えば仕方がないことですが」

 

「どういう、意味だ……?」

 

「そうですね、自身のことぐらい自身で知っておきたいでしょう」

 

男子生徒は背後にあるパソコンに向き直り、何度かキーボードを操作する。すると、男子生徒が操作していたパソコンの画面にある画面を映し出した。今のオレの位置では生徒の背中やら頭に隠れてはよく確認できない。

 

「どうぞ。ご自分の目で確認してください」

 

男子生徒がその場を譲るように椅子から立ち上がり手を指し示す。それに操られる様にオレは錆びついたロボットのような足を踏み出し、ゆっくりとパソコンの前にたどり着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういう、ことか……」

 

今、全てを理解した。いや、もしかしたら薄々感づいていたのかもしれない。でも、それでも、皆と違うということを否定したくなくて、僅かな可能性に縋っていたんだ。

 

「驚きました。意外と冷静ですね」

 

「そんなことねえよ。十分驚いてるさ。ただ、()()可能性を考えなかったわけじゃない」

 

「そうですか」

 

画面にはあるプログラムについての『バグ』について表示されている。そのバグの対象となっている『者』は現在、制御不能の暴走状態にあるようだ。オレは男子生徒に向けるために外していた視線戻すと、もう1度画面を見る。

 

 

 

 

 

――数あるNPCの中で、唯一バグに侵されている()()自身が表示される画面を。

 

「なんにせよ、ご理解いただけたようで」

 

「お前が言っていたプログラミングや管理ってのは、NPCに対してのことだったのか」

 

「ご明察。その通りです」

 

全く自分の姿勢を崩さずに男子生徒は言いい、パチパチと数回手を叩く。その様子にイラッと来たオレが睨み付けると肩を竦めてやめた。

 

「あなたは偶然にもバグによって制御下から外れた一般生徒――あなた達の言葉を借りるのであればNPCです。この『Angel player』の制御下から」

 

「それは分かった。で?わざわざオレに見せつけたんだ。お前はオレをどうしたいんだよ」

 

「僕は管理を任されている身ですから、当然バグを見過ごす事などできません。それは僕の存在意義に関わりますから。バグによって発生したイレギュラーに対して行うことは修復。もっとも、修復プログラムはすでに完成していますが」

 

「――――っ!?」

 

生徒の言葉に思わず身構える。今言ったこいつの言葉は、要はオレをいつでも修復(デリート)できるのだと言っていることと同義だった。身構えないわけがない。

 

「そんなに警戒しなくてもいいですよ。別に今すぐそのプログラムを起動させようとは思っていません」

 

「何故だ。それがお前の存在意義なんだろ」

 

「と、いうよりできないんです。僕がプログラムを打ち込もうとするとあなたのバグがそれを妨害してくるみたいなので。どうやら変なプロテクトがかかってしまったようで、あなた自身でないと機能しないようなのです。ですから、プログラムはあなた自身が打ち込むしかないのですよ」

 

それは、オレが無意識にプログラムを阻んでいた、ということか?プロテクトとこいつは言ったが、もちろんそんなものをかけた覚えはない。

 

「それにしても……」

 

「なんだよ?」

 

ジロジロとオレの全身を観察するように見てくる男子生徒。身体の上から下までをじっくりと眺めてくるその視線に寒気が走る。

 

「いえ、自我を持ったNPCなどかつて存在していなかったものですから。大変興味深いんですよ」

 

「お前だって好き勝手に喋ってんじゃねえか」

 

「僕の場合はAI、人工知能のような物ですよ。一定の自由はありますが、所詮は一定。コミュニケーションの限界などすぐに訪れます」

 

誤魔化すように笑う顔には人間の感情の色は伺えない。限界があるというが到底そうは思えないし、ただのAIがこんないけ好かない言動をするかってんだ。

 

「見た目は全く変化はないようですね。欠落している部分もなさそうに見えます」

 

「血が流れないのは何故だ?」

 

「NPCと言えど血などの体内機能はあるはずなんですが、どうやらバグの副作用のようですね。……欠落している部分、ありましたよ」

 

ニコニコしながら言うんじゃねえ。引くわ。

 

「さて、お話はこれくらいにして……」

 

スッと男子生徒は話を切り、USBメモリのような物を差し出してくる。というか、まんまUSBだ。銀色をしたそれは普通のUSBよりもやや大きめ。蓋をするタイプのものだった。

 

「これはなんだ?」

 

「修復プログラムです。僕が持っていても意味がありませんし、あなたに渡しておきます。今すぐ使っても構いませんし、永遠に使わなくても構いません。あなたがこれ以上この世界に干渉しかねないバグを発生させず、『Angel player』に影響が出ないようなら僕はこれ以上あなたには干渉しません」

 

まあ、最初からできないんですけどねと話す男子生徒。オレが渡されたUSBメモリを制服のポケットにしまうのを見届けた生徒は腕を組みながら笑う。

 

「使い方は……まあ、分かりますよね?」

 

「馬鹿にしてんのかよ。そんくらい分かるっつーの」

 

「結構です。『Angel player』を起動させてそのプログラムを打ち込めば、あとは自動的にあなたは一般のNPCへと再構成されます」

 

「…………」

 

「もちろん、あなた自身の意識も同時に消滅します。そのことをお忘れなく」

 

男子生徒はそこで言葉を切った。オレはその言葉にポケットにある固い感触を再度確かめる。これが引き金。こいつの言っていることが本当ならば、これはオレという存在の消滅の引き金だ。

 

「……まだ聞きたいことがある」

 

「何でしょうか?できれば手短にお願いします」

 

「お前はプログラムを管理していると言ったな。……誰の指示だ?」

 

「プログラムに指示を行う者と言えば相場で決まっているでしょう。()()()()()()ですよ」

 

「だから、それは誰だと聞いてんだよ」

 

「さあ?僕には分かりません。僕はあくまでプログラムですから」

 

ちっ、使えねえ奴だな。

 

「じゃあ、この『Angel player』とはそもそもなんだ?」

 

「この世界のマテリアルを作成、改変するソフトです。理屈は分かりませんが、あなたのご友人も土から銃を作り出しているでしょう?」

 

なるほど。結局は同じ道理で動いているっつーことか。――何もかもその『プログラマー』の手のひらの上だと思うと腹が立ってくるな。

 

「質問は以上でよろしいですか?」

 

「……最後だ。最後に1つ聞きたい」

 

「かまいませんよ。どうぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――この世界は何だ?」

 

全ての核心を突く言葉。おそらくこの世界に迷い込んだ人間たち全員が思う疑問。今、オレはそのことをおそらく誰よりも知っているであろう人物に問いかけた。

 

「生前、失ったこと、成し遂げられなかったこと、後悔していること。この世界は、そういった他の普通の人達よりも遥かに悲惨な人生を送ってきた者達へ魂の救済を行う。そうして、輪廻へと返していく場所です」

 

物語を語るように男子生徒は話す。オレはただそれを静かに聞いていた。

 

「この世界で抱えてきた思いを果たすと、その魂は救われ成仏し、輪廻の輪へと戻っていきます。当然です。ここはそうなるための世界。そのためだけにある世界です」

 

「つまり……」

 

「ええ。この世界に留まることは()()()()()()()。ここは本来()()し、旅立っていかなければならない世界です」

 

以前、直井も言っていた。岩沢が消えたのはその思いを成就して成仏したからだと。ならば、SSSの奴らもその抱えたものを果たし、いつかはこの世界を去らなければならない。こいつが言っていることはそう言うことだ。

 

「…………」

 

「考え込んでいるところ申し訳ないのですが、質問は終わりということでよろしいですか?」

 

「……ああ。ひとまずはな」

 

「では、お戻りください。ああ、あと1つ。ここで聞いたこと、知ったことは他言無用でお願いします。仮に知られて僕の仕事を邪魔されてはかないませんから。この場所を押さえられるとまた一から環境作りを始めなければなりませんし」

 

「……色々と大変なんだな、お前も」

 

「ええ、まったくです。できれば手伝ってくれる相手が欲しいのですが……あなたはどうですか?」

 

「悪いが却下だ。生憎、知らない人についてっちゃいけませんって言われてるからな」

 

「それは残念」

 

とても残念そうには見えない表情を浮かべる男子生徒とふざけた内容で言葉を交わすオレ。いつの間にか普通に話せるようになっていた。やはり、元々同じプログラムだとそういう事が起きるのだろうか。

 

「はぁぁ……。分かったよ、色々と教えてもらった借りだ。聞いたことは黙っといてやるよ」

 

「ありがとうございます」

 

「ただし、オレ自身のことは勝手にさせてもらうぞ。もちろん、世界のことに触れない程度に」

 

「ええ、それくらいは構いません。ご自由にどうぞ」

 

心配してくれていた遊佐はもちろん、協力してくれたゆりには話さないとな。できれば他の奴らにも。

 

「僕からは以上です。それでは帰りの道中もお気をつけて」

 

そうして、男子生徒は椅子に座ると、クルリとパソコンと向き合い作業を始めた。その姿を一瞥したオレは静かにその部屋を後にする。手を添えた扉は来たときよりも少しだけ重い気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「神乃さんっ……!ご無事でしたか……!」

 

ギルド爆発跡に戻るとそこにはすでにゆり達と天使の姿はなく、無事立華を救い出せたのだと分かった。それから数十分かけて地上に戻ってくると、真っ先に遊佐が駆け寄ってくる。どうやら1人出口で待っていてくれたようだ。

 

「ああ。別に怪我したところもねえよ」

 

「そうですか。ですが――」

 

遊佐はそこで一度言葉を区切り、オレの顔を覗き込んでくる。そして、心配そうな表情を作ると小さく言葉を零した。

 

「――何かあったのですね」

 

疑問形ではなくまさかの断言とは。

 

「もしかして、通信が切れる前に言っていたことですか?」

 

「すごいな遊佐。探偵の素質あるぞ」

 

茶化すように話すが、声に力が籠っていないのが自分でも分かった。それに気づいているのか遊佐も心配そうな表情のままだ。

 

「遊佐、話がある。できればゆりも一緒がいいんだけど、あいつはどこにいるんだ?」

 

「ゆりっぺさんなら本部に戻っていると思いますが」

 

「分かった。それじゃ、ついてきてもらってもいいか?」

 

「……分かりました」

 

そうしてオレと遊佐は本部へと向かって歩き出す。その途中、オレ達の間には会話は1つとしてなかった。

 

 

 

 

 

本部の扉を開けると、中ではゆりが椅子に腰掛け自分の銃に新しい銃弾を装填していた。他のメンバーはまだ戻ってきていないようだ。帰ってくる道は着た時とは別ルートを通ったので、オレにも皆の様子は分からない。

 

「あら、今までどこに行ってたのよ。急に行方が分からなくなったから心配してたのよ?」

 

「そりゃ悪かったな。ちょっと色々あったんだよ」

 

「色々?」

 

「まあ、そのことで話があるんだが……音無は?」

 

「保健室にいると思うわ。寝ている天使に付き添っているはずだから」

 

「あれ?立華はもう目を覚ましたんじゃないのか?」

 

「――ちょっと無理をさせちゃったのよね」

 

「……?すまん、聞こえなかった」

 

「いえ、このことについてはまた後で話すから、先にあなたの話をしてくれるかしら」

 

何があったのか気になるが、今はオレの話をするべきか。詳しいことはゆりの言う通りあとで聞くことにしよう。

 

「――オレの()()が分かった」

 

「――っ!?」

 

「本当なの?」

 

「ああ、確かだよ。オレは、人間じゃなかった」

 

オレの言葉に驚愕を露わにする2人。無理もない。今まで謎だったことへの答えが今日に舞い込んできて、その答えが目の前の人物が人間であるということ否定している内容なのだ。もしかしたら、可能性として考えていたのかもしれないが、それでも驚いたようだった。

 

「詳しく聞かせてくれるかしら」

 

「詳しくと言ってもそこまで深い内容じゃないぞ。オレは人間じゃない。NPCだ」

 

「はあっ!?ちょっ!?ちょっと待って!!あなたがNPCって――!」

 

「だからオレには生前の記憶がない。血が流れないのも、ただのNPCに自我が宿っているのも、オレというNPCが他とは違って狂っているからだ」

 

「あ~……待って。少し頭の整理をさせて」

 

目頭を押さえながら頭痛を堪えるような仕草をするゆり。さすがにNPCというのは予想していなかったようで、知らされたことに少し混乱しているようだった。で、もう1人の聴取者はというと。

 

「…………」

 

大きな瞳をさらに大きく見開き、ジーッとオレの事を見ていた。大丈夫か?と声を換えるとハッとなり正気に戻る。やがて、しばらく何かを考える様子を見せたかと思うと、オレを見つめて言った。

 

「それが、思い詰めていたことですか?」

 

「ああ、そうだ「――違いますね」即答かよ……」

 

「他にも気にかかっていることがあるのではないですか」

 

「まいったな……。なんで分かったんだ」

 

「私はあなたのパートナーです。あれだけずっと一緒にいれば分かるに決まっているじゃありませんか。あなたは顔に出やすいタイプのようですし」

 

恥ずかしがる様子もなく言う遊佐。最後の一言は余計だったが、その言葉がオレには嬉しかった。人ですらないと独白したばかりなのにこんなにも気にかけてくれる。他のNPCに自慢して回りたいくらいだ。

 

「遊佐にはかなわないな……」

 

「当然です。あなたは私に隠し事はできません」

 

フフッと笑う遊佐。若干ドヤ顔をしているように見えなくもない。

 

「それで、実際は何を気にしていたのですか?」

 

本当はこのことは黙っているつもりだった。黙って、皆がこの世界を旅立つその時まで誰にも話さないつもりだった。だって話したら、きっと枷になってしまう。だが、遊佐の視線はそれを許してくれそうにない。仮に今はぐらかせたとしても、いつか必ず聞き出されてしまうだろう。

 

「……なあ、遊佐。オレがNPCだということの意味が分かるか」

 

「どういう、ことですか」

 

「オレがNPCだということは、だ。オレは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということだ」

 

「――っ!?」

 

オレの言っていることを理解した遊佐はもう一度驚くように目を見開き、そして悲しそうに顔を伏せた。そんな顔を見て、ポケットに入った修復プログラムを強く握りしめる。

 

NPCであるということ、それはつまりこのある意味牢獄のような世界から永遠に出られないということだ。幾何もの年数を重ね、何度も同じ学生生活を送る。それがNPCの本来の役割なのだから。

 

もちろん、それはこの修復プログラムを使わなかった時の話。だが、もしこのプログラムを使えばオレという意識は完全に消滅し、この世界の一部となって永遠に動き続ける歯車になる。要するに、自我を保ちながら永遠を過ごすか、全てを忘れて永遠を過ごすか。それだけの差だ。

 

「そ、それならわた「それは駄目だ」ど、どうしてですか……!」

 

遊佐が何を言おうといたのかは分かった。自惚れなんかじゃない。オレだって遊佐とずっと組んできたんだからそれくらい分かる。でも、駄目なんだ。それをしてしまえば、遊佐は永遠に救われずにオレという存在に縛られることになってしまう。それだけは絶対に駄目だ。

 

「神乃君、理由を教えてくれるかしら?」

 

ようやく落ち着きを取り戻したゆりの言葉に、オレは答えることができなかった。これ以上は世界のあり方に触れることになり、それは約束を破ることになってしまう。わざわざ律儀に守ることはないかもしれないが、あいつだって形は違えど皆の卒業を願っているのだ。そんな奴との約束を蔑ろになんてできない。

 

「……すまん、それは話せねえんだ」

 

「そこが一番肝心なところじゃない」

 

「意味不明でもいい。理解できなくてもいい。でも、納得してくれ」

 

「どうしても?」

 

「ああ……」

 

頭まで下げだしたオレの様子に根負けしたのか、ゆりはため息をつく。

 

「分かったわよ。あなたがそこまで頑なに話すことを拒むのだったらもう聞かないわ」

 

「ごめん、ゆり」

 

「それで、あなたはどうするつもりなのかしら」

 

「どうって?」

 

「だから、これからあなたはどうするのって聞いてるの」

 

修復プログラムあるということも説明できた。しかし、それこそ『Angel player』の事について話さなければならなくなる。ゆりたちはまだNPCがプログラムの存在だということは知らないのだ。

 

それに、オレにはまだやらなければならないことがある。

 

「――約束したからな。だから、できればこれからもお前達と一緒にいたい」

 

この約束とは、もちろん男子生徒と交わしたものではない。あれよりもずっと前にゆりと交わした約束、『皆を守る』と言うものだ。ゆりもその言葉にピンときたのか柔らかく微笑む。

 

ここで勝手に消えたりなんかしたら、この約束を破ることになる。それはいただけない。皆が全員ここを旅立つのを見届けるまで消えてやるもんか。

 

「そっ、分かったわ。これからもよろしくね、神乃君。あっ、もしかして実名も分かったりした?」

 

そういや確認するの忘れてたな……。でも、今更本当の名前など些細なことだ。

 

「いや、それは知らない。だから、やっぱり神乃って呼んでくれ。そっちの方がいい」

 

「了解よ」

 

いつもどうりに振る舞ってくれるゆりに感謝しつつ、オレは遊佐の方を見る。さっき言葉を遮ってから黙り込んでしまった彼女になんて声をかければいいのか分からなかった。

 

「それじゃ、また後で集合かけるからそれまで部屋で休んでて」

 

「ああ、分かった」

 

ゆりに言われオレは本部を出ようとするが、今だ黙り込んでいる遊佐を見てこれでいいのかと自問自答をする。自分の事を心配してくれる彼女をこのまま放っておいていいのか、と。――いいわけねえよな。

 

「なあ遊佐。ちょっと話をしないか?」

 

「……はい」

 

何を話すのかも定まらないまま、とりあえずゆっくりとできる場所へ移動することにした。小さく返事をする彼女が何を考えているのか分からない。ただ、オレの後ろを着いてくるだけだった。

 

何も言わない彼女と歩く。現在の時刻はようやく日が出てきた早朝だ。ギルドに入ったのが昨日の夕方からだったから、ほぼ一晩かけて天使と抗争していたことになる。まだまだ学校に行く時間ではないため、一般生徒の姿を見かけない校舎内を歩く。話す内容は決めていなかったが向かう先だけはもう決めていた。

 

「ここで、ちょっと話をしようぜ」

 

そう言って目的地の扉を開ける。扉を開けた途端、その隙間から優しげな光が零れてきた。早朝特有の澄み渡った空気が肺へと通り、徹夜した脳をはっきりとさせる。おかげできちんと話せそうだ。

 

オレが遊佐を連れてきたのはいままで何度も遊佐と話した屋上だった。屋上の落下防止の手すりへと寄りかかると、遊佐もすぐ隣で同じように体重を預ける。それからはしばし無言だったが、そろそろかと口を開いた。

 

「さっきは悪かったな。言葉、遮っちまって」

 

「……いえ。ですが、神乃さんは本当にそれでいいのですか」

 

「どうしようもないことだからな。どう足掻こうとも、オレがお前達と同じ別れをすることはできない」

 

「そんな……!」

 

今にも涙を溢しそうなほどその大きな瞳を潤ませる遊佐。そんな彼女を見て、胸の奥が鷲掴みにされたように締め付けられる。それを悟られないように、オレは笑った。

 

「ははっ……。お前、なんか泣き虫になったな」

 

「誰のせいだと思ってるんですか……!」

 

「……オレのせい、か」

 

ぐしぐしと乱暴に服の袖で涙を拭う遊佐。その彼女の言葉にオレは空を仰ぎ見る。蒼天の空がそこにはあった。とてもこの世界がプログラムによってつくられたものだとは思えない。彼女にもオレはそんな風に見えているのだろうか。もしそうだとしたら嬉しいな。

 

オレは寄りかかっていた手すりから離れ、遊佐の正面に立つ。

 

「ありがとう、遊佐。オレの為に泣いてくれて。お前には何度感謝したってしきれないよ」

 

「神乃さん……」

 

そう言ってオレは頭を下げる。それは心の底から思っていることだった。

 

「もう、私が何を言っても考えを改めてくれないのですね……」

 

「ああ。ここまできてこんなことを言うのは勝手だってことは承知してる。でも遊佐、オレは自分のせいでお前を縛り付けたくない」

 

遊佐の表情は窺えない。怒っているだろうか、悲しんでいるだろうか。そう考えていると、柔らかい感触が頬に触れる。白魚のように白く輝くそれは、遊佐の小さめの手だった。

 

「――顔を上げてください」

 

そう言われ、手を添えられたまま顔を上げる。ようやく見れた遊佐は――笑っていた。少し困ったように目じりを下げ、涙のせいで目を赤くしつつ、それでもオレに微笑みかけていた。不意打ちのような遊佐の笑顔に唖然としていると、ぽすりっと遊佐はオレに寄りかかるように密着してくる。両手をオレの胸に添え、自身の額をコツリと当てる。

 

「ゆ、ゆゆ遊佐さん……っ!?」

 

完全に予想していなかった事態に声がどもる。何とも情けない反応をするオレに、遊佐はそのままの姿勢で言葉を紡いだ。

 

「……分かりました。もう、私は何も言いません。そのかわりと言ってはなんですが、私と1つ約束をしてくれませんか?」

 

「な、なんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

「――もし、私がこの世界を去る時が来たらその時は、あなたが見送ってくれませんか?」

 

遊佐はオレの顔を覗き込むように見上げてくる。熱が白い頬を薄く赤色に色づけ、少しだけ腫れぼったくなった綺麗な瞳にオレの顔が映っているのが分かった。

 

思わず胸が高鳴る。顔に熱くなり、気恥ずかしさから思わず目を逸らしてしまいそうになる。だけど、それ以上に彼女に惹き寄せられている自分がいて、なにより愛おしく思っていることを自覚した。

 

そうか……。

オレはこんなにも遊佐のことが――――

 

 

 

 

 

 

 

「――ああ。約束するよ」

 

 

 

 

 

 

 

2人の言葉は空へと消えていく。互いの間で交わされる言葉は決して多いものではなかった。いつかその時が来たら、彼女の旅立ちを見送ろう。それまでオレが遊佐を守る。旅立ちの瞬間を向かえるその時まで、ずっと。

 

それからオレ達はそのままの状態で、一般生徒の登校する声が聞こえるまでお互いの温もりを感じていた。オレの存在は人間ではない、偽りのものだった。だけど、今彼女の存在を暖かいと感じるその心だけは本物だと、信じようと思った。




はい、第17話でした。

ということで、ジャンジャーン!今明かされる衝撃の真実ぅ!な回でした。

本当はもう少し、和やかに終わるはずだったんです。神乃君が自身の今後に葛藤して、遊佐さんがそれを励ます。それをゆったりとした感じにするはずでした。

しかし、書いているうちに、あれ、これおかしくね?となり、さらに進めると、なんか展開が思っていたのと違くなってるけど、まあ、このまま行ってみるか、と言った感じで書いてたらこんな風になってしまいました。あれれ~?

そ、それではやや迷走中な感じですが次回もよろしくお願いします。
感想、評価、アドバイスも待っています!ではでは!

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