死後で繋がる物語   作:四季燦々

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お久しぶりです!四季燦々、無事帰還しました!

ようやく国試も終わったので、これからもポチポチ更新していきたいと思います。ペースは以前と同じで3日に1回位ぐらいかと。


Problem

「天、使……?」

 

音無がポツリと声を漏らす。オレ達を見下ろすその姿は、確かに立華 奏その人だった。しかし、立華はここにいる。全く瓜二つの人物がいるなど、双子でもない限りありえない。そんな存在がいるなんて立華自身も言ってなかったし、あの『立華』は何者だ……?

 

「えっ!?えっ!?これどういうこと!?」

 

「天使が2人だと……!?」

 

動揺して慌てふためく大山に、意味が分からない状況に『立華』を睨み付けるしかできない野田。

 

すると、屋上へと現れた『立華』は音もなくそこから飛び降り、体重を感じさせず静かに地面に着地する。

 

「――っ!!くっ……!!」

 

現れた『立華』は見れば見るほどオレ達の背後にいる立華にそっくりだった。いや、そっくりなどという表現すら生温い。鏡に映しているかのように()()だった。

 

だが、その瞳に宿すものだけは明らかに違っていると感じた。内に秘められているのは、友好的なものなどではない。それは明確な敵意。そして唇には思わずゾッとするような微笑を浮かべていた。

 

違う、あれは立華なんかじゃない。立華はあんな顔で絶対に笑わない。

 

「皆で夜遊び?なら……お仕置きね」

 

『立華』は右腕をスッと空に向かって伸ばし、上着の裾の部分からハンドソニックを出現させる。そして、その鋭い刃を振りかざしてオレ達に向かって高速で接近してきた。

 

「――ちっ!!」 

 

「ゆり!?」

 

『立華』の接近に、音無に抱えられていたゆりが舌打ちをしてサバイバルナイフを手に『立華』と激突する。

 

ギィン!ガキィン!ギィィィン!と金属音が鳴り響く中、『立華』の速さと威力を兼ね備えた連撃に見事に反応して攻撃を捌ききるゆり。2本の刃物がぶつかる度に薄暗い校舎に火花が映える。

 

「おい!これってどういうことだ!?天使はもう無害じゃなかったかよ!?」

 

「違う……あれは奏じゃない!奏は無抵抗な俺達には刃を向けたりはしなかった!!」

 

「音無の言うとおりだ。あれは別人だ!」

 

立華は自分から刃を向けることはなかった。直井の時は助けてもくれた。その立華と、ゆりと戦闘を行う『立華』は外見は同じでも、内面は似ても似つかない存在だった。

 

ギィィン!!と一際大きな音を鳴らし、ゆりが『立華』の華奢な体を弾く。バランスを崩した『立華』の状態を好機を悟ったのかゆりが勝負に出た。

 

「はあっ!!」

 

容赦のない、それこそ命を刈り取るような突きを放つ。

 

「――なっ!?」

 

しかし、『立華』は残像すら残す速度でその攻撃を回避。呆気にとられるゆりの背後に回ると、さっきよりも鋭く速い斬撃を繰り出してきた。

 

「キャァァァァ!!ぐぅぅぅ!」

 

「ゆりっぺ!?」

 

ゆりは驚異的な反応で急所を守るように腕を交差させて防御するが、徐々にその体には新たな裂傷が刻まれていく。マズイ、このまままだとゆりがやられちまう……!指咥えて見てる場合じゃねえ!!

 

「くそっ!?どうすればいい!!」

 

「音無、日向!オレがあいつの注意を引きつける!準備ができたら一斉に射撃しろ!!」

 

「ば、馬鹿!そんなことしたらお前まで危険な目にあうだろ!?」

 

「んなこと言ってる暇ねえだろうがっ!!ちゃんと合図しろよっ!!」

 

オレはそう言い残しゆりと『立華』のもとへと走り出す。背後で音無が「――仕方ない!皆、半円に取り囲め!」と言っていたので渋々ながら納得してくれたようだ。

 

「うちのリーダーから離れやがれ!!」

 

「――っ!?」

 

懐から銃を取り出し、発砲。ドォン!という発砲音に気づいた『立華』は、ゆりへの攻撃を中断し後方に大きくバックステップしつつハンドソニックで弾丸を弾き飛ばした。

 

一方ゆりはダメージが大きいのかその場に片膝をついて息を切らしている。

 

ドォン!ドォン!ドォン!

ギィン!ガン!ギィィン!

 

左手からもハンドソニックを出し1発残らず防ぐ『立華』。その間も発砲しつつも走り、オレはゆりのもとへとたどり着いた。

 

「大丈夫かゆり!?」

 

「え、ええ。なんとかね……」

 

「音無達が援護してくれる!あとはオレが何とかするから、あいつらの半円の外側まで走れるか?」

 

「それはっ!……いえ、分かったわ。大丈夫、1人で行ける」

 

ゆりは一瞬反対しようとしたが、今の自分の現状を理解したのかすぐに了解した。若干フラフラとしながらも立ち上がり半円の外側に向かって走り出す。

 

ドォン!カチャカチャ……!

 

「やっべ!?弾切れか!?」

 

新しくリロードしている暇はない。銃を戻し、すかさず抜刀。

 

「…………」

 

『立華』はオレからの銃撃が止むと同時に、オレに向かって地面を滑るように猛スピードで迫ってきた。そして、眼前へと現れた『立華』はハンドソニックを振りかぶり、容赦なくオレを切りつけてくる。腹に力を込め、なるべく受け流すように刀で打ち合う。

 

「ぐっ……!」

 

ギィィィンと鋭い音を鳴らしながらも刀を逸らすことで何とか受け流しに成功した。しかしこの『立華』、本当に容赦がない。いつもの立華はある程度加減して制圧に来るが、こいつは最初から本気だ。本気でこちらを殺そうとしてくる。オーバードライブはパッシブと言っていたが、マジで洒落にならない。

 

バランスを崩した『立華』に刀を振り降ろすが、これまた簡単に回避されてしまった。その後はひたすらそれの繰り返し。受け流し、時に回避。隙を見つけたら攻撃と、守り7攻撃3と言った割合で打ち合う。互いに有効打を与えてはいないが、段々オレの体力が切れてきた。

 

「あなた、本当に邪魔ね」

 

「そう思うんなら、大人しく引いてくれませんかねぇ!?」

 

「ダメよ。こんな時間に夜遊びしているあなた達が悪いわ」

 

ですよねぇ!!とほとんどヤケになりながら攻撃を捌く。こちとらゆりみたいに良い威力の殺し方なんて知らねえんだよ!つか、お前本当に腕力あり過ぎだ!横綱かよっ!?

 

左手で横薙ぎ振るわれた刃をバックステップで交わし、上段から刀を振り降ろす。『立華』はそれを右手の刃だけであっさりと受けきった。ちくしょう、こっちは両手使って全力でやってんのに、こんなちっこい女の子の片手に止められるとか泣きたくなってくるぜ!!

 

「神乃ぉ!準備できたぞ!引けっ!」

 

「音無さんマジ有能っ!!」

 

鍔迫り合いをしていた状態から離れ、腰の鞘を引き抜くと『立華』向かって投げつける。まさかそんなものを投げてくるとは思わなかったのか、『立華』は一瞬目を見開き、しかしすぐに冷静になって切り捨てた。すまん、鞘。あとでギルドの連中に頼んで直してもらうからな。

 

真っ二つになり、カランと音を立てて転がった相棒の片割れに心中で懺悔し、最後の力を振り絞って横に跳び伏せる。

 

「今だ!撃てっ!!」

 

ドォン!ドォン!ドォン!ドォン!ドォン!ドォン!

 

日向からの指示により、『立華』を半円に取り囲んでいた音無達が一斉に射撃を開始した。

 

「――甘いわね」

 

命中した!そう思ったが、『立華』の体を何かが纏ったように見えた途端次々に銃弾を弾く。くそっ!今度はディストーションかよっ!

 

「くそっ!!やっぱ効かねえか!?」

 

「おい神乃!!早くこっちに来い!!」

 

いっけね、ボーッとしてる場合じゃなかった。降りかかる銃弾の幕のおかげで『立華』は今は止まってるけど、すぐに襲いかかって来そうだし、何よりこのまま伏せてるだけじゃいつか音無達の邪魔になっちまう。

 

「今い――って、あれ?」

 

足に力が入らない。どうやら、さっきまでの立ち合いが相当足に来てたようだ。立ち上がろうとするが、すぐに膝が落ちてしまう。

 

ドォン!ドォン!ドォン!

チュン!チュン!チュン!

 

「マズい!弾が切れるぞっ!」

 

「神乃っ!!」

 

松下五段の悲鳴のような声が聞こえ、そのことに焦った音無が再び叫ぶ。

 

「……終わりね」

 

ついに弾が切れ、銃撃が止まる。それと待っていたようにディストーションを解除した『立華』が迫ってきた。

やられるっ!そう覚悟し、目を閉じようとしたオレの目の前を白い弾丸が通り過ぎた。

 

 

 

 

 

 

 

「奏ぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 

 

 

 

 

 

音無の叫びが夜の学校に響き渡る。対峙した鏡合わせのような2人の刃が、月明かりの下でその細い体を貫く。満月の光が鮮やかに咲いた赤を照らしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「奏は大丈夫なのか……?」

 

「私達と同じよ。そのうち目覚めるわ」

 

場所は移って保健室。音無の心配そうな呟きにゆりが傷口に包帯を巻きながら答える。保健室に集まっている戦線メンバー全員の視線はベッドで、まるで1つの芸術作品であるかように安らかに眠る立華に集中していた。時刻もすでに翌日になっている。

 

「すまねえ、音無。オレがドジ踏んじまったせいで……」

 

「何度も謝らなくていいって。気にすんなよ、あの状況じゃどっちみち奏は飛び出しただろうからな」

 

そういう奴だよ奏は、と音無が力のない笑みを浮かべる。今はその優しさが痛々しい。オレはもう一度ごめん、と謝ると気持ちを切り替えた。今は自分の失敗を後悔している場合じゃない。少しでも状況を把握しないと。

 

「にしても、もう1人の立華も互いに差し違えたのに、何でこっちの方が重傷そうなんだ?」

 

さすがにいつまでも『立華』と呼んでいるとややこしくなる。あの敵意に満ちた『立華』の方は、今までどうり天使と呼ぶことにする。その天使は立華がその場に倒れたのを見ると、傷口を抑えながらどこかへと立ち去っていった。その後オレ達は負傷した立華を抱えて保健室まで来たわけだ。

 

「力加減、命中する場所、タイミング。さすがにそれら全てが一致していたわけではないでしょうからね」

 

「性格もえらく攻撃的だったしな」

 

高松と藤巻がそれぞれの見解を述べた。やはり丸々全部が同じというわけじゃないってことか。

 

「にしても、同じ奴が2人ってどういうことだよ……。そんなわけ分かんない世界になっちまったのか?」

 

「理由はあるわ」

 

「どんな?」

 

「天使エリアへの侵入ミッション、覚えてる?」

 

「ああ。それがどうかしたのか?」

 

「彼女のパソコンにスキルを開発するソフトがあったでしょ?」

 

「えっ!?ガードスキルって立華自身が開発してたのか!?」

 

なにそれ。オレ初耳なんだけど。

 

「そういやお前は報告会の時1人でどこか行ってたんだっけ?言うのすっかり忘れてたぜ」

 

ああ、あの時か。そういえばオレも誰かに教えてもらうの忘れてたわ。

 

「いいかしら?話を続けるわよ?」

 

「あ、ああ。悪いな、水差しちまって」

 

別にいいわよ、と言って再び話し始めるゆり。その表情はかなり深刻なものだった。

 

「スキルの中に見たことのない能力がいくつかあったわ。その1つ、『ハーモニクス』っていうスキルが発動していたのよ」

 

ハーモニクス……。ゆりの言うとおりまったく知らないスキルだ。

 

「ハーモニクス……。どんな能力なんだ?」

 

「音無君、画面見てなかったの?1体が2つに分かれるスキルだったわ。要は分身よ」

 

「分身!?」

 

なるほど。そういうスキルなのだとしたら、姿形が同じなのも分からなくはない。

 

「つまりは、それも天使自身がソフトウェアで開発したスキルだということですね……」

 

「しっかし、そっくりそのままじゃないって感じだったぜ」

 

「こいつと違って好戦的だ。何故だ?」

 

日向が立華を見ながらそう呟く。

 

「奏は自分を守るためのスキルしか使わない。刃にしたってそうだ。跳弾させるための自衛用だ」

 

「そういやディストーションなんかもそうだよな。立華は直接的な攻撃スキルは持ってないみたいだし」

 

でも、それだと今回の状況に合わないな。あれじゃ自己防衛なんてレベルじゃないぞ。つか、防衛ですらない。

 

「――まったく、無能の集団だな貴様ら。あっ!もちろん音無さんは聡明な方ですよ!」

 

「基本アホの集まりですから」

 

ユイ、オレ達のアホさを助長するようなこというんじゃない。お前も一応入ってんだからな?というか、直井お前いたのかよ。

 

「何か分かったの直井君?」

 

「当然だ。神たる僕が助言をしてやろう。光栄に思え」

 

ビシッ!とオレ達を指差した直井は手を大きく広げるようにして話し出した。

 

「あの時現れた天使の分身は攻撃的だった。ならば、そのハーモニクスのスキルが発動した時、強い攻撃の意志を持っていたとしたら?」

 

「強い攻撃の意志?」

 

立華がそんな意志を持つ出来事なんてあったのか?いや、待てよ……。

 

「攻撃……強い意志……そうかっ!!」

 

「わ、分かったのか神乃!?」

 

「川の主に喰われそうになった時だよ!あの時立華は何かの能力を使ったはずだ!!」

 

「ようやく気づいたか。推論に過ぎないが、十中八九その時だろう」

 

そうだとしたら、立華はオレ達を助けるためにハーモニクスを使って、今こんなことになっちまってるのか……。また礼をしなきゃいけないな。

 

「なるほど。その時の本体の意志に今も従い続けてるってことか」

 

「でも……!」

 

「別にこの子を責めてるわけじゃないわよ。というか、あなた。やけにこの子を庇うわね」

 

「それはっ!……奏は俺達を助けようとしてくれたんだし、それに……可哀想だろ」

 

「まあ、いいけど」

 

音無の言葉をそこまで追及することなく、ゆりは興味を無くしたように話を終わらせる。

 

「で、今の問題はなんだっけ?」

 

「天使の分身と戦う方法か?」

 

「馬鹿か。消す方法だ」

 

「なんだとっ!?」

 

直井に馬鹿扱いされた野田がハルバートを持って迫るが、すぐに松下五段に捕まる。暴れる野田を見事に抑えつつ、松下五段が気づいたように問いかけた。

 

「しかし、その子が意図的に出したのなら、意図的に消すことだってできるだろう?目覚めるのを待っていればいいのではないか?」

 

「いや、意図的に消せるのならこんな風にやられたりしないだろ。たぶん消せない何かしらの理由があったんだと思う」

 

もし消すことができるなら、天使が攻撃してきた時点ですぐに分身を消しちまえばいいだけの話だからな。

 

「おそらく無意識による出現ね。だから彼女には消せなかった。差し違えてでもやるしかなかったのよ」

 

制御もできない状態で発現させちまったから立華自身にも消す方法が分からなかったってことか。そして襲われているオレ達を助けるために1人でどうにかしようとして、苦肉の策を切った。

 

「おいおいちょっと待てよ!?あれが消せないって……あんなのが居続ける世界になるのかよ!?」

 

「今は見逃されているけど、それはおそらく傷を癒しているから。明日からは分からない。模範的な行動をとらなければ、すぐさま昨日のような血生臭い戦いになる」

 

ゆりの言葉にゴクリと喉を鳴らす。あの時は立華が身を挺して庇ってくれたけど、今度はない。あんな死にそうになる思いは、いくら死なないとは言っても何度も味わいたいとは思わない。

 

「じゃあどうする、ゆり。このままじゃ戦ってもまず勝ち目はないぞ」

 

「準備するにも時間が無さ過ぎるぜ……」

 

オレと日向の問いかけにゆりは腕を組んで考え込む。それからゆりが口を開くまでの時間はわずかだった。

 

「――授業に出て少しだけ時間を稼いで。その間に対策を練るわ。あと、授業はあくまで受けるふりだけをして絶対に教師の言葉に耳を傾けないこと」

 

どうしようもない状況である以上、これは仕方のない判断だと思った。それに対して周りの連中は力強く答える。

 

「任せていいんだよな、ゆりっぺ」

 

この時点でゆりへの異論が出なかったことこそが戦線メンバーのゆりへの信頼そのもの。誰一人としてゆりを疑ってはいない。ゆりであれば何か打開策を見つけてくれる。そう信じている面だった。

 

「ええ……。皆、再び全員揃って会えることを祈ってるわ」

 

その信頼に応えるようにゆりは皆の無事を祈る。ゆりの言葉にオレ達全員は頷いた。

 

「それじゃ……オペレーションスタートッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「神乃君、あなたは少し残ってくれない?」

 

「え?あ、ああ。別にいいけど……」

 

皆と一緒に保健室から出ようとするとゆりに呼び止められた。その間に保健室にはオレとゆり、そして眠り続ける立華のみとなる。

 

「あなたは私と一緒にこの子の部屋に行くわ」

 

「部屋?何しに行くんだ」

 

「行ってみれば分かるわよ」

 

ゆりはそう告げると踵を返して保健室から出て行き、オレもそのあとを追うようにしてその場を後にした。保健室から出る際、チラリと立華を見る。昏々と眠り続ける少女は目を覚ます気配はない。早く起きて、音無を安心させてやれよ、と言い残し、今度こそゆりの後を追った。

 

 

 

 

 

 

「ここが立華の部屋か。なんか思っていたより普通だな」

 

「私も最初来たとき同じこと思ったわ」

 

立華の部屋は寮に住み始めた時とほぼ同じ状態だった。つまりほとんど初期状態だ。女の子っぽいところも特に無く、とにかく普通っていう印象な部屋。おまけにここが件の天使エリアと呼ばれるところだとさっき聞いた時は驚いた。仰々し過ぎるだろ。

 

「んで、わざわざ部屋に入り込んでまで何をするんだ?」

 

「天使のスキルはこのパソコンによって作られている。だからそのプログラムに手を加えてみるのよ」

 

そう言って部屋に1台だけ置かれたパソコンの前に座るゆり。特に目立つ所も無い普通のパソコンだ。そのパソコンの電源をつける。

 

「つか、さっきも言ってたけどパソコンでスキルの開発っていまいちピンとこねえんだよな」

 

「それはあなたが常識的に物事を考えようとしてるからよ。現にあなたが使っている銃や刀だって元は土よ」

 

確かに。そう言われればそうだ。ちなみにすでに鞘はギルドの連中のおかげで元どうりになっている。相変わらず仕事が早くて助かるぜ。

 

カチカチカタカタとマウスとキーボードを使ってゆりが操作していくと、他のものとは違って異彩を放つ画面が出現れる。画面の中心にのっぺらぼうの人形のようなものあり、その体は透明だ。全体に縦横と線が入っていた。美術部がデッサンするときによく書く補助線のようにも見える。

 

「何だコレ?」

 

「これが天使がスキルを開発しているソフトウェアよ」

 

ゆりはそう言って、人型の横にあるマス状の選択部分をクリック。すると人型の手首ぐらいの箇所から刃が出てきた。よく画面を見てみると、ゆりがクリックした選択部分には『handsonic』と書いてある。

 

「これがハンドソニックか……」

 

「そうよ。あとはディスストーション、これがディレイ……」

 

ゆりが選択部分を次々にクリックしていくと、人型は薄い膜のようなもので包まれたり、横に移動したりした。確かに今までに見たことがあるスキルばっかりだな。

 

「で、これが『harmonics(ハーモニクス)』か」

 

ゆりがその部分をクリックすると、先ほど言っていたように画面の人形が2つに分かれた。

 

「そうなんだけど……」

 

カチカチカタカタ

 

「もう!分かれるのは分かったわよ!!どうにか消えないかしら片方……」

 

しかし、いくらいじってみても何も変わらない画面に苛立つ我らがリーダー。まあ、数字と英語だけだからよく分からないのは無理はない。オレなんかすでに両手上げてギブ状態だ。それからもしばらくパソコンを操作するゆり。しかし一向に進展は見られない。

 

「ん?」

 

ついには、だぁぁぁぁ!もうっ!!と女子らしからぬ言葉を吐きながら唸るゆりの横で、オレはハードディスクに寄りかかるようにして置かれた一冊の本を見つけた。

 

「――『Angel player』?」

 

結構な厚さのそれを手にとって表紙を読んでみたが、なるほど、分からん。

 

「意味が分からないわ……。あら?神乃君、何持ってるの?」

 

「いや、なんかそこに置いてあったから読んでみたんだが……」

 

「『Angel player』?このソフトと同じ名前ね」

 

同じ名前?パソコンの横に置いてあったわけだし、もしかして取扱説明書みたいな物か?

 

「くっそ!この厚さで全部英語……!只でさえ時間がないって言うのに」

 

ゆりはオレから本を受け取ると、パラパラとめくりながらぼやいた。というより、さっきから思ってるけど女の子がそんな言葉使いをしちゃいけません。

 

「えっと……これは……あ、高く跳ね上がった。関係は無いわね」

 

「どうにかできそうか?」

 

「もう少しだと思うんだけど……。神乃君、ちょっとこれ持ってて」

 

さらにマウスとキーボードを操作するゆりから、再び取扱説明書を受け取る。特にやることも無いオレはなんとなくページを捲ってみた。

 

書いてある言語は英語オンリー。日本語なんて1つも出てこない。時折挿絵のように図表が出てきたりするが、分からんもんは分からん。英語ばっかりのページに思わず頭痛がしてきそうだったが、その中で気になるページを見つけた。

 

「(こいつは……)」

 

目に止まったのは人体が描かれているページ。立華の『Angel player』の人型とは違う、顔や制服がはっきりと描かれた男女が1組ずついた。こいつらは……もしかしてNPCか?

 

そして体の部位にそれぞれ指示線が引かれており、英文で説明書きのようなものまで書かれている。あいにく書かれている言語が言語なため、全くもって意味が分からなかったが。何でこんなものが取扱説明書に。これじゃまるで――

 

「――()()()、みてえだな」

 

「設計図?いきなりどうしたの?」

 

「……いや、何でもねえよ」

 

不意にゆりに話しかけられたオレは、何故かは分からないがゆりにそのページの事を教えることもなく説明書を閉じた。

 

「それより何か分かったのか?」

 

「……まあいいわ。これを見てくれない?」

 

ゆりに言われるがままに画面を覗き込んでみる。

 

「何だこれ?『absorb(アブソーブ)』……?」

 

「クリックしてみるわね?」

 

そう言ってゆりがその部分をクリックする。すると、画面上の2つに分かれた人型が1つの人型へと戻っていった。

 

「もしかして正解じゃないか?」

 

「やったわ!きっと本来このスキルに連動しているはずなのよ!ちょっと神乃君、また説明書貸して。発動条件を調べてみるわ」

 

打開策を見つけた嬉しさで珍しく歓喜の声を上げたゆりは、オレの手にあった説明書をぶんどってまたパラパラ捲りだす。そしてパソコンを操作し始めるが、すぐに頭を抱えてしまった。

 

「うぅ~分からない~。――いっそパソコンごと壊すか」

 

「アホか。んなことしたら本気で詰むだろうが」

 

「分かってるわよ。冗談に決まってるでしょう」

 

いーや。あれは本気で考えてたね。キーボードクラッシャーか、お前は。

 

「でもこのままじゃきりがないわね。――ええいっ!!こうなったらいっそのことプログラムを書き足してやるわ!!」

 

「おいおい大丈夫なのかよ」

 

半ばヤケになったゆりは、キーボードを乱暴に操作し、『time wait(タイム ウェイト)』と打ち込んだ。

 

「意味的に時間制限みたいなもん?」

 

「って、入力時間10秒より短くできないの!?仕方ないわね……」

 

聞いてねえし。苛立ちながらゆりはプログラムをソフトに加える。そして、起動。部屋に沈黙が漂った。

 

「――――待つとなると10秒って意外に長いわね」

 

「確かにな」

 

とは言っても所詮は10秒。入力時間の終わりはすぐに訪れる。10秒経過後、入力が完了したことが表示された。

 

「ようし、何とか間に合ったわね」

 

「やれやれ、これで分身は消え――おい、ゆり。これは何だ?」

 

「えっ?何、これ。スキルが増えてる?」

 

ようやく打開策も固まったかと思ったが、画面上に気になる点を見つけてしまった。ゆりが言ったように今まで見たことがあるスキルや、たった今打ち込んだ『time wait』以外に全く知らないスキルがあった。

 

「『howling(ハウリング)』?分身の方が作ったのかしら」

 

「消した方がよくね?」

 

「……いや、止めときましょう。ここまで慎重に進めてきたのよ。最小限の修正に留めないと」

 

オレ達は2人で『howling』がどのようなスキルなのかを確かめ、パソコンの電源を切った。

 

「これでよし。あとはあの子が『harmonics』のスキルを使えば、『absorb』のスキルが発動。10秒の『time wait』の後に分身は本体に戻るわ」

 

「まあ、なるようにしかならねえよな。ともあれ、お疲れさんリーダー」

 

つか、よくよく考えてみたらこいつやっぱすげえな。普通に立華の力をいじくり回してるし。パソコンをシャットダウンし、立華の部屋から出る。

 

「じゃあ、あとは立華が目覚めてくれるのを待てばいいんだな」

 

「そうね。――って、神乃君。何持って来てんのよ」

 

指摘されて気づく。オレの手にはあの取扱説明書があった。作業が終わったことに安心して、置いてくるのを忘れてしまった。

 

「それって『Angel player』の説明書じゃない。…………あなた変わった趣味してるわね。さすがに引くわ」

 

「おい待てコラ。その“あっ、察し”的な顔やめんか。ただ、置いてくるのを忘れただけだっつーの」

 

「そういえばあなた、さっき変な事言ってたわね。設計図がどうとか。一体何に気付いたの?」

 

「……これだよ」

 

そう言ってオレは渋々さっき見かけた『設計図』のようなものが描かれたページを開き、ゆりに突きつけるようにして見せる。

 

つか、ゆりはオレがどんな趣味してると思ったんだよ……。まあ、置き忘れたとはいえ女子の部屋から物を持ち出すなんて普通じゃねえのは分かってるけど。

 

「これは……もしかしてNPC?」

 

「ああ、オレもそれが気になったんだよ。なんとなく設計図みたいに見えるだろ」

 

「だからあの時『設計図』とか何とか呟いてたのね。確かに見えなくもないわ……」

 

オレから設計図を受け取ったゆりはそのページをじっくりと読み込む。というより、絵の内容を推測していると言った感じか。

 

「今までスルーしていたけど、こんなのが描かれている『Angel player』って一体何なのかしら」

 

ふ~む、と顎に手を当てながらゆりは考え込んでいたが、すぐに諦めたように頭を振る。

 

「……これは考えてこんでも分からないわ。気になるけど、とにかく今は分身の方が先よ」

 

「そうだな」

 

オレ達はマニュアル書のことはとりあえず後回しにすることにして、立華の部屋へと戻り元あった場所へ戻す。おそして、きちんと皆が集まってくれることを祈りながら保健室へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何とか全員無事だったみたいね」

 

「当然だぜゆりっぺ。俺達がそんな簡単に消えるかってんだ」

 

オレとゆりが保健室の前まで戻ってくると、ちょうど他のメンバーも保健室に入ろうとしていたところだった。ちゃんと全員揃ってるし、心配は杞憂に終わったようだ。

 

「そっちはどうだったんだ?分身はどうにかできそうか?」

 

「まあな。とりあえず立華を起こさないといけないけどな」

 

「奏をか……」

 

心配そうに顔を伏せる音無。

 

「なあ、こんなところで話し込んでねえでさっさと入ろうぜ」

 

「Enter!」

 

いつまで経っても中に入ろうとしないことに痺れを切らした藤巻とTKが、中に入るように促してきた。

 

「そうね。ここで話し込んでも仕方ないし、続きは中……で……」

 

「……?どうしたゆ……り?」

 

ガラリと扉を開ける。そこには今だ眠り続ける立華の姿が――――なかった。視界に入ってきたのはあまりにも衝撃的で全く予想していなかった光景。それを見て、オレ達は思わず言葉を失う。

 

「しくった……!!」

 

「こいつは……」

 

ズタズタに引き裂かれたカーテン、羽毛が飛び出てしまっている枕、倒れてしまっている椅子、開け放たれた窓。その1つ1つの要因が、この部屋でただ事じゃないことが起こったことを物語っていた。

 

「ど、どこかに出かけたんじゃないの?」

 

「どんな猟奇的なお出かけだよ。バイオレンス過ぎるだろ」

 

場を和ませようとしたのかどうか分からんが、どう考えてもそれは違うぞ大山。

 

「違う。奏は約束したんだ、俺達と一緒にいるって」

 

「そんな約束してたの?」

 

「あ、ああ」

 

ゆりの指摘に口ごもる音無。オレは立華はもう敵だとは思ってないし、別に良いと思うんだけどな。

 

「この乱れ具合から、攫われたとしか思えない。貴様ら、一体何をした?」

 

「貴様って……。ただ、プログラムの書き換えをしただけよ」

 

「もう一度立華が『harmonics』のスキルを使えば、それに連動して分身を消す『absorb』が発動するように設定し直したんだよ。だから、あとは立華が目覚めてくれるのを待つだけだったんだが……」

 

ひとまずオレ達の成果を他の戦線メンバーに伝える。にしても、こりゃさすがに予想外だった。

 

「そんなことが可能なのですか?」

 

「付け焼き刃だけどね。一応うまくいくはずだったんだけど」

 

それを行うよりも早く天使が立華を連れ去ってしまった、ということか。

 

「思った以上に敵さんの行動が早かったな。まさかここまで荒っぽい方法をとってくるとは」

 

「やはりあれは危険よ。――すぐに全戦線メンバーに通達。天使の目撃情報を集めるのよ」

 

了解!と返事をして次々に保健室から出て行くメンバー。その中で音無だけが悔しそうに唇を噛んでその場を動こうとはしない。ポンッと震えるその肩に手を置くと、今にも泣きそうな目でこちらを見てきた。

 

「大丈夫だ、立華は必ず助け出す。そうだろ?音無」

 

「――ああ、当たり前だ。これ以上奏を危ない目に合わせてたまるか」

 

「よし、その意気だぜ!そんじゃ、オレ達も情報集めに行くぞ」

 

「分かった。…………無事でいてくれよ、奏」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学園中を歩き回り情報を集めたオレ達は体育館に集まっていた。

 

「迅速に集められた情報によると、幽閉場所は『ギルド』の可能性が高いことが分かったわ。となると、その最深部ね」

 

「あの爆破した場所にか」

 

「そう。罠も稼動したまま、最も危険で、最もここから離れた場所ということ」

 

よりにもよってなんてところに潜伏しやがったんだよ。何とか無事に立華の所まで行ければいいけど。

 

「まーたここに潜れって言うのかよ」

 

「前回はほぼ壊滅状態だったんだぜ?」

 

すでにSSSメンバーのテンションは駄々下がりだ。無理もない。前回の潜入は色々と酷かったしな。オレだって無事だったのが不思議なくらいだし。

 

「ふん!貴様ら何を臆している?」

 

「前回真っ先に死んでたじゃねえか、お前」

 

「さすが野田。過去の事なんざサッパリ忘れられる便利な思考してるぜ」

 

「それ何気に酷いな」

 

「野田だから分かんねえよ」

 

おーい野田ー。影でボロクソ言われてるぞー。

 

「じゃあ、ユイ。陽動頼んだぜ」

 

「はい!漏らしてでも歌い続けます!!」

 

日向がユイに声をかける。いや、そこまで頑張らなくてもいいから。死ななくてもお前の社会的な何かが死ぬから。普通に逃げろよ。

 

「そのことだけど、今回は陽動無しよ。あの分身相手じゃ陽動も瞬殺でしょうし」

 

「ええっ!?じゃあ私どうすればいいんですか!?」

 

「地上で1人で天使にビビって引きこもるか、いっそのこと私達と一緒に行くか、どっちがいい?」

 

「その選択肢だとどっちにしろ漏らしそうなんですけど!?あと、顔が怖いです!」

 

「オレのおすすめは後者だぞ。つっても、どちらにせよ危険なのは変わりねえけど」

 

「もはや、選択する意味がないっ!?」

 

仕方ないだろ。お前は運動神経は良くても、戦闘力は皆無じゃねえか。天使と遭遇なんてしたら1発アウトだろう。それに、今回は人手が多い方が探しやすいからな。

 

「うう……私もついて行きます……」

 

「そう。なら今回はここにいるメンバーで行くわよ。天使と戦いながら正々堂々とね」

 

「……私、終わったと思います」

 

ズーンと縦線が入ったように絶望するユイ。護身で銃かなんか持たせるべきだろうか?でもこいつ武器の扱い方知らねえし、フレンドリーファイアとか洒落にならん。日向にでも守ってもらおう。

 

「な、日向?」

 

「は?何のことだ?」

 

「いや、こっちの話だ」

 

ちなみにこの場にいるメンバーは、例の如くいつものメンバーだったりする。

 

「いい?作戦はギルド最深部まで降下し、天使のオリジナルを無事保護すること。それじゃ――オペレーション、スタート!!」

 

いよっしゃーー!こうなりゃやってやらぁぁぁ!といった感じで次々にステージ下に入っていくメンバー。前回の教訓を生かし、なんとか生き延びようと必死なのが伝わってくる。なんか涙出そう。

 

「神乃さん、どうしたんですか?」

 

「いや、なに。頑張らねえとなって」

 

「そうですか」

 

遠い目をしていたオレを遊佐が若干引きながら見つめる。

 

「何を考えていたのか知りませんが、気をつけてくださいね」

 

「……お前もな遊佐。何かあったら――」

 

トントンと首にかけたインカムを指で叩く。

 

「――今度こそすぐに連絡いれろよ。マッハで駆けつけてやるからよ」

 

「分かりました。どうか神乃さんもご無事で」

 

「了解」

 

遊佐は地上の状況を連絡するためにギルドには向かわない。だから彼女は結構危険な状況に立たされるのだ。彼女が危険な目に合うかもしれないのに残していくのは心配だが、一応他にも戦える奴らは残ってるし、そいつらに任せよう。今回は少しでも早く状況を打破しなければならないから。

 

オレは遊佐に手を上げて無言で“行ってくる”という意思を伝えると、ステージ下に潜り、梯子を降りていく。コツコツと降りていく中、底の見えない暗闇が、この先に待つであろう敵の恐ろしさを物語っているように思えた。




はい、第15話でした。久しぶりの投稿だったのですが、どうだったでしょうか?

今回はギルド突入の前段階の話です。全然進んでねえ……。次回は事件の終息まで書きたいと思っているのでお待ちください。

それにしても、国試の勉強中も続きが書きたくてしかたがありませんでした。ちなみに国試の方は大丈夫です。うん、たぶん、おそらく、メイビー。……大丈夫であってほしいなぁ(遠い目)

加えてですが、応援のコメントをくださった方もおり大変感激してしました。本当にありがとうございました。

それではこれからもよろしくお願いします。
感想、評価、アドバイスもお待ちしているので、どんどんいただけるとありがたいです。

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