矛盾点が無いように気を付けていますが、何か気がついたら教えていただけると嬉しいです。
また、話の内容に武器に関するどうでもいい説明が2か所ほど入りますが、僕自身調べながら書いたので間違っていたらすみません。
レンズ越しに見るその教室には見慣れた風景が広がっていた。もっとも、見ている場所が教室である以上、行われているのは授業以外の何物でもないのだが。
教師が何かを言いながら黒板に板書すると、一般生徒はそれにあわせるかのように自らのノートに筆記具を走らせる。眠そうな奴や、明らかに教科書の絵に落書きをしている奴、隣の奴とこっそり話す奴。NPCとは言えど、行動には統一性は無い。
真面目に授業を受ける奴の傍らで、明らかに集中していない奴もいるところは人間であるオレ達と変わらない。いや、生前の記憶ねえから知らんけども。
そんな様子を反対側の校舎から双眼鏡でのぞき見るオレ。レンズ越しに写るのは1人の少女。白に近い銀色の髪を窓から入り込む風に揺らし、ジッと黒板を見ながら時折思い出したようにシャーペンを動かす。それだけで画になるのだから、彼女の容姿のレベルの高さが窺える。この学園の生徒会長であり、我が戦線の宿敵、天使だ。
つか――
「――どう見てもストーカーだよな、これ」
双眼鏡から目を離したオレは、自分が現在進行形でやっていることにため息をつく。我ながらアホなんじゃないかと思いつつ、オレは数時間前のことを回想しだすのだった。
「天使の監視をして」
「またいきなり突然な。理由を聞こうか」
いきなり本部に呼び出されたかと思えば開口一番にこれだ。ちゃんと話の脈絡をハッキリしてほしい。
「これは私達が定期的にやっていることよ。まあ監視というより、偵察ね。日頃の彼女の行動を見張ってほしいの。弱点を知っていくことも必要ということよ」
「要するに戦う敵を知れってことか?」
「理解が早くて助かるわ」
そりゃどうも。
「それじゃあ悪いけどよろしくね」
「まあ、仕事ならやるよ」
「バレないようにポイントは反対側の校舎からでお願いね。ちょうど今天使は窓際の席のはずだから。あと、これ」
――カシャン
「……………ゆり」
「なに?」
「これ何?」
「ドラグノフ狙撃銃。別名SVD。小銃としての安定性と高い生産性を併せ持つAKに注目したエフゲニー・F・ドラグノフがAKの基本構造を参考に作り上げた狙撃銃。 長射程、精密射撃は想定されていなくて、むしろ近距離における速射性を想定しているがために厳密には狙撃銃というよりも近接支援火器とでも言うべき役割を担う銃ね。ちなみにソビエトで開発されたやつよ」
「誰もそこまで聞いてねえよっ!!」
つか、何でそんなに詳しいんだよっ!?Yuripediaかよっ!どこの奉仕部部長!?
なに?ギルドの奴がメモ付きで説明してくれた?どうでもいいっ!!
「そんなガチ装備いらんわっ!やるのは偵察だろっ!?」
その綺麗な顔を吹っ飛ばしてやるぜ、とかやれってか!?ぜってえ嫌だっ!
「スコープで見れるじゃない。ちなみに照準距離は700メートルだから余裕で見えるはずよ」
「明らかにさっきの説明と矛盾してんだろうがっ!というかすげえ!これなら撃っても天使が来る前に逃げ切れる――ってバカやろう!ノリツッコミしちまったじゃねえか!!」
「うわあ……」
「明らかなボケふっといてその反応!?」
はあ、はあ、と息をきらしながら全力でツッコむ。いかん、まだ何もやってないのにすでに疲れてきた。
「冗談よ。はい、双眼鏡」
「リアルな狙撃銃渡されても冗談に思えんわ!!てか、あるなら最初から渡せよっ!」
「はいはい、ほらさっさと行った行った」
ひでぇ……完全スルーしやがった。
とまあ、こんな成りゆきで天使の観察をすることになったわけだ。ちなみにここは3階の空き教室で、いるのはオレ1人。実に退屈だ。本気でやることが無い。いや、偵察する必要あるけどない。
仕方がないので刀を抜き、時間があればやろうと考えていた刀身の手入れをすることにした。戦いで使う以上、常に万全の状態にしておく。それが、大事に使うことと同じくらい道具への敬意を払うことになるとチャーが言っていた。
本当は柄も取らなきゃいけないのだが、それはまた別の機会にしておこう。まだ刀身の手入れしか教えてもらっていないからな。仮に外して元に戻らなかったら手入れどころではない。すまんな、相棒。
持って来ていた手入れセット。打粉(よく刀をポンポンとしているあれ)に、汚れを取る拭い紙、それに油と油塗紙を取りだし、まずは刀身を拭い紙で拭いて汚れを取る。使い始めて結構経つが、全く錆びない。相も変わらずギラギラとした輝きを放っている。
そのあと打粉をと当てて、再び拭う。それを何度か繰り返し、綺麗になったと思ったら油を油塗紙に付け、刀身に万遍なく塗る。これは錆び防止のためだ。
全ての工程を終えて、刀を太陽にかざしてみる。刀身はまるで鏡のように日光を反射し、先ほどよりもさらにギラギラした光を放っている。
なんか不思議な力でもありそうだ。卍解したり、オーバーソウルしたり、刀身が巨大化して冥道残月波撃てたり。全部ないですね、はい。
「ふぁ~……暇だ」
刀を戻し、大きくあくびをする。授業は相変わらずいつもどうり。生徒会長である天使が授業中にこれといったアクションを起こすわけねえし、こっちはただ見てるだけだ。おまけに空は快晴。気温も良い具合に暖けえし、そりゃ眠くもなる。
オレがウトウトとしていると、ガラガラと教室の扉が開く音がする。寝ぼけながらもハッとなって入ってきた人物を見る。
「いよーう!差し入れ持ってきたぜーー!!」
入ってきたのは日向と音無だった。その手にはビニール袋が握られている。というか、静かにしろ。一応偵察中だし、眠いからでかい声がしんどいんだよ。あと、うっとうしい。
「今さりげなく罵倒された気がする……」
「気のせいだ」
「ならいいんだけど。ほらよ、Keyコーヒーの差し入れだ」
「おおっ!サンキュー。ちょうど目を覚ましたかったところだ」
うっとうしいとか言ってすまんと心の中で謝罪しながら、日向が差し出してきた缶コーヒーを開けて飲む。にしても、前々から疑問だったんだがKeyってどこのメーカーなんだ?
「天使の様子はどうだ?」
「面白いぐらい異常無し。ったく、これって観察する意味あんのか?」
観察の経過を聞いてきた音無につまらなそうに答える。
「そりゃあ天使は生徒会長だし、一般生徒の邪魔になるようなことはしないだろ」
「そこだよ。じゃあ、一体何を偵察しろっつーんだよ。別に天使の私生活になんか興味無いんだけど」
「まあまあ、愚痴るな神乃。俺達だってやってきたことだ。我慢してくれ」
「日向はこの任務の時何してたんだ?まさか本当にずっと偵察してたわけじゃねえよな?」
「1人でしりとりしてた」
「なんとまあ寂しい時間の潰し方だな、おい」
そのあとは授業終了のチャイムが鳴るまで音無達と適当に話して過ごした。天使も結局何かアクションを起こすこともなく、普通に授業も終了していた。休み時間に入り、教室内をNPC達が歩き回っている。友人の席に行ったり、教室から出て行ったりと、休み方も様々だ。
日向と音無も頑張れよとオレへの応援の言葉を残して教室から出て行く。それを見送ったオレは、再びやることもなくなったので双眼鏡で教室を覗く(変態に非ず)。天使は今の授業の教科書類をしまい、次の授業の準備をしていた。
「真面目だねえ~……ん?」
ふと、天使のいる校舎とオレのいる校舎の間で奇妙な動きをしている生徒を見つけた。金髪にバンダナをした人物と、茶髪で小柄な体格の生徒、長ドスを持った生徒、TKと大山と藤巻が一緒にいるのを見つけた。どうやらTKにダンスを教わっているらしい。あ、大山がターンをミスってこけた。TKが「Never give up!」とか言ってる。
他に何か見えないかな、と色々なところを双眼鏡で見てみる。なんとなく本部の方を見ていた時、突然ガラスが割れる音と共に誰かが窓から吹っ飛んでいった。一緒に吹っ飛んだものからしてどうやら野田のようだ。大方、合い言葉無しに入室しようとして罠にはまったんだろ。なんで毎回毎回自分で仕掛けた罠に引っかかんだよ。野生顔のドジッ子とか誰得なの。
さらに今度は廊下で指に竹箒、ペン、定規を乗せ、真剣な表情でバランスをとっている椎名を見つけた。この前より乗せるのが増えてるし……。つーか、もうサーカスに入団しちまえばいいのに。ああ、この世界にはサーカス団なんてなかったな。でも、NPC受けはしそうだ。
「うちのメンバーは奇想天外な行動しかとれんのか……」
メンバーの奇妙な行動にこの戦線の今後に大いに不安を感じたところで、身につけていたインカムに連絡が入る。どうやら遊佐から通信のようだ。
「こちら神乃。ただいま留守にしています。ピーーという発信音の後にお名前とご用件をどうぞ」
『……何をバカなことをしているのですか?』
「ピーー」
『私はそういったキャラではないのですが、1つだけ言わせてもらいます。――――ふざけないでください』
「いや、マジすんませんでした」
速攻謝罪。反射的な謝罪は誠意が感じられないとよく言われるが、そんなことは無いと思う。現にオレ今超ビビってます。心の底から許しを乞うてます。ごめんなさい、暇だった故の出来心だったんです。
『全く、あなたは。様子が気になり連絡をいれてみれば案の定これですか。気が抜けすぎています』
「だって暇なんだよ……。このままじゃ犯罪者に目覚めるだけだぜ」
『大丈夫ですよ』
「おっ?何で?」
『その時はそんなことができなくなるまで調教してもらいます。ゆりっぺさんに』
「人格が崩壊しそうなのでやめてください」
冗談じゃない。本気で身の危険を感じる。ファイヤーパールしなきゃ(使命感)。
『私はそれを見ながらほくそ笑みましょう』
「おい、冗談だからな?頼むから本気にしないでくれよ」
遊佐の言葉は強弱がないから本気で言ってるようで恐ろしい。おそらくインカムの向こう側では黒い微笑でも浮かべているにちがいない。
『まあ、今の話は半分ほど冗談なので忘れてください。それに、今回はそれが仕事なんですから割り切ってください』
「話の前半で余計忘れられないんだが……。あ、そうだ。遊佐、今暇か?」
『……?今は自室で休んでいるので暇と言えば暇ですね』
「じゃあさ、一緒にやらねえか?1人だと暇で暇で」
後々考えたら、この時のオレは退屈すぎる状況にどうかしていたとしか思えない。普通、天使といえど女子(美少女)の観察に女子(これまた美少女)を誘うか?いや、誘わない。(反語)
『2人で行う意味は無いと思いますが?』
「そうだけど……ダメか?」
『……分かりました。今どこにいますか?』
オレは今の自分のいる教室を遊佐に教えると連絡を切った。もう1度言う。この時のオレはどうかしていたのだ。
15分ぐらいすると、教室が開く音と共に、眩しく輝く金色のツインテールを揺らしながら遊佐がやってきた。
「よっ!遊佐。こっちだこっち」
「分かりましたからそんなに騒がないでください」
遊佐は座席で言うオレの前の席に座った。なんかこの前の球技大会の時と違って刺々しいな。あの時のしおらしい遊佐はどこにいったのやら。
ツンデレなの?でも、キャラ的にクーデレだと思うよ、オレは。
「気持ちの悪い事考えないでください」
「なんで、ゆりといいお前といい、ナチュラルに人の心読むの?」
前も言ったけど悟り妖怪なの?それとも琴浦さん?どっちとも力の制御できてねえじゃねえか。
「それで私は何をすればいいんですか?」
「う~ん、考えてなかったな」
「帰ります」
明らかな怒気を含んだ声で立ち上がる遊佐。オレはそのまま立ち去ってしまいそうな遊佐を慌てて止める。
「待った待った!確かにやってほしいことは無いけど待った!」
「呼んでおいて何もありませんというのは失礼以外の何物でもないと思いますが?」
「う……悪い」
だよな。人のこと呼んでおいて何もありませんなんてバカにしてんのかって思うよな。オレだって日向にやられたら問答無用で殴るだろうし。かといって「じゃあ、やっぱり帰っていいよ」なんてのは自分勝手な発言でしかないし。
どうしよう、と迷っていると、遊佐は彼女にしては珍しくため息をついて席についた。
「あれ、帰らない……のか?」
「帰ってほしいのですか?」
「滅相もありません!!」
遊佐は呆れ顔でオレを見ると、持参してきた自分の双眼鏡で天使を偵察しだした。
随分優しい対応だな。いや、遊佐が優しいのは知ってるけど、ただいつもの遊佐なら絶対帰ると思ったからちょっと意外だった。
呆れ顔から無表情に戻った遊佐を横目に、オレも双眼鏡を構えて天使を偵察しだした。ていうか、なんてシュールな状況だ。どうしてこうなった。
それからはしばらく無言な状況が続く。が、やはり暇である。遊佐に話しかけようかな。
「神乃さん」
「んあっ!?ど、どうした?」
「なにを動揺しているのですか。まさか寝てたのですか?」
「い、いや!何でもないし寝てねえ!ゆ、遊佐こそどうした?」
話しかけようかと思っていたら、逆に遊佐から話しかけられたからびっくりしてしまった。
「何か、生前のことについて思い出しましたか」
おまけにこんな質問をされたら尚更。今まで、オレの記憶に関して全く聞いてこなかった遊佐が突然そんなことを聞いてきたのだ。驚くに決まってる。
「……いや、まだ何にも」
「そうですか……」
遊佐はそれから黙り込む。それにどう声をかけていいのか分からないオレも、必然的に黙り込む。沈黙が空気を支配していた。
「……記憶がどうかしたのか?」
「いえ、何か思い出したことがあるのかと思いまして」
「あいにく、微塵もねえな」
「そうですか。……いえ、ただ気になっただけです。気にしないでください」
「お、おう」
どうして、いきなりそんなことを聞くのか。そう尋ねるのは簡単だった。遊佐は明らかに何かを聞こうとしていた。しかし、結局彼女はそれを口に出すことはなかった。ならそれを無理に聞き出す必要もないだろう。時期が来れば、彼女は自分から話してくれるはずだ。
それから再び観察を再開しようと思ったが、それよりも自分の空腹感に気づいた。時刻を確認してみるとちょうど昼時。教室の方も授業が終わっていて、偵察対象である天使もいなくなっている。昼食をとるために食堂にでも行ったのだろう。
「遊佐は昼飯食べてきたのか?」
「いえ、まだですが?」
「なら飯食いに行こうぜ。天使も食堂に行っただろうし」
「そうですね。では、行きましょうか」
オレ達は観察を一時中断し、食堂へと向かうことにした。はい、そこ。全然やってないとか言わない。
食堂に着いたオレ達は、とりあえずそれぞれ自分が食べたい物を購入し席に着く。ちなみにオレはラーメン、遊佐はチャーハンだ。
食堂内を見渡すと、予想どうり天使は食堂で昼食を食べていた。しかし、その周りには誰も寄りつかない。席は空いているというのに誰一人として天使に近づく者はいなかった。
「なあ、遊佐。天使っていつもあんな感じで1人で飯食ってんのか?」
「そうですね。私の知る限りではいつもあのような様子です」
1人で静かに食事をとる天使の表情は感情の起伏が薄い。無表情を貫く彼女であったが――気のせいだろうか。その無表情な表情の奥にわずかながらの悲壮を感じるのは。
孤高の存在と言う言葉がある。その人の気質が高く、誰もが自分とは釣り合わないと考えるような人物だ。天使もまさしくそれに当たる。しかし、孤高とは同時に孤独でもある。誰も寄ってこない、寄ってきても一歩引いた関係性しかない。例え本人が一緒に並び立つことを望んでいても、だ。
天使は今の自分の在り様をどう考えているのだろうか。もしかしたら、何ともないと思っているかもしれない。逆に寂しいと思っているのかもしれない。
「どうしたんですか、そんな難しそうな顔して。複雑な顔が物理的にさらに複雑になっていますよ?」
「ねえ、いきなり顔をディスるの止めてくれない?鏡見れなくなっちゃったらどうすんの。……ちげえよ、ただの考え事だ」
つか、複雑な顔ってなんだよ。マネマネモンタージュかよ。友の為に活路を開いた偉大なオカマの事を想像していたオレは、何でもないと誤魔化す。
「――あなたはやはり変わっていますね」
「んあ?何が?」
「考えていたのでしょう?天使の事を」
「……さあ、何の事やら」
「今まで天使自身のことを気にかける人なんていませんでしたからね。敵は敵。私達は邪魔されるのであれば容赦なく戦う、それが普通です」
オレの誤魔化しなどお見通しだと言わんばかりに遊佐は話を続ける。惚けようとしたが、遊佐の視線がそれを許してくれそうになかったので、早々に降参だと口を開いた。
「……まあ、そうだろうな。皆それぞれ自分の思うことのために戦ってるんだし、一々敵を気遣ってらんねえだろ」
皆を守るために戦う。だが、天使に対して言いようのないものを感じる。どっちつかずの思考に翻弄されるオレだった。だからかもしれない。次の遊佐の口から飛び出た言葉に驚いてしまったのは。
「――いいんじゃないですか」
「えっ?」
「私には神乃さんが何を悩んでいるのかなんてのは分かりませんが、きっとその悩みは誰かが抱いておかなければいけないことだと思います」
遊佐の口調は柔らかく、その桜色の口元はわずかに笑みを浮かべている。
「私達は彼女の事を想うには長く敵対し過ぎました。ですが、神乃さんは大丈夫です。その想いをどうか忘れないでください。いつか、皆に届く時が来るかもしれません」
「そう、かな」
「少なくとも私はそう思います。ゆりっぺさんなら余計な事を考えるなと言うかもしれませんが、今の自分の想いは大切にすべきです。それがどんなことだったとしても」
おそらく天使との衝突は避けられないでしょうが。遊佐は最後にそう付け足すと自分の昼食を進め始めた。
今のオレの気持ち、か。
正直、まだどうすればいいのか気持ちの整理はついていない。しかし、こうして話してみることで少しだけ余裕ができた気がする。
チラリと遊佐を見る。彼女は黙々と昼食のチャーハンを蓮華で掬い、その小さな口元へと運んでいた。モゴモゴと食べ物を咀嚼する姿は小動物を彷彿とさせる。
この先、オレに何できるのかは分からない。だが、今すべきことは分かる。
「――ありがとうな、遊佐」
「私は私の考えを言っただけですから」
表面には出さないが、本当は心の底から優しい仲間に、礼をすることだ。
午後からも引き続き天使の偵察だ。つっても双眼鏡で見るだけだから2人で別のことをしながら偵察している。
それは――
「青空」
「ラウンジ」
「じ…じ…ジグソーパズル!」
「ルゴール液」
「いや、何だよそれ」
「ヨウ素、ヨウ化カリウム、グリセリンを混合して作った液体です。主に殺菌効果が期待されます」
「全然分かんねえ。え~と、き…き…」
そう、しりとりだ。日向の1人しりとりを思い出したから、せっかくだから遊佐とやることにした。最初は「子どもですか」とか言われたが、なんだかんだで一緒にやってくれている。
「き、キュウリ」
「六韜三略(りくとうさんりゃく)」
「だから何それ!?なんでそんなマイナーで攻めてくるんだよっ!」
「中国の兵法書のことです」
「わ・か・る・か!!なに!?オレの知らないワードを連発してメンタル削る気!?」
「あなたがバカなだけでしょう」
「それ言われると言い返せねえな、ちくしょうめっ!!」
くっ!?やっぱり遊佐は頭が良い。おまけに合間合間に挟んでくる毒舌とのダブルパンチなんて心が折れそうだ。だが負けられねえ!!男の意地だっ!
数分後、プシュ~と頭から湯気を出しながら机に崩れ落ちる奴がいた。というかオレだった。
ええ!負けましたとも!というより、心が折れましたとも!!
「オーバーヒートしてるところ申し訳ありませんが……」
「……どした?」
「午後の授業はもう終わりましたが?」
「なぬ!?マジか!?」
確かに授業はすでに終わっていて、NPCの奴らは下校を始めていたり、部活に向かったりしていた。
「あっちゃ~……あんまりちゃんとやってねえや」
「仕事はちゃんとしてください、と言いたいところですが、特に何も起きなかったので今回はいいでしょう。ゆりっぺさんに報告だけしてください」
「はいよ」
とりあえずインカムをゆりに繋ぐ。ザザ、というノイズの後にゆりが出た。
『こちらゆり。神乃君かしら?』
「ああ。偵察終了、天使に異常無し。ついでに目ぼしい情報もなし」
『ご苦労さま。もう引き上げていいわ。ちゃんと双眼鏡は返しに来なさいよ?』
「はいはい、了解しましたよリーダー様」
インカムの通信を切る。あれ?つーか、双眼鏡返すんならインカム使わなくても直接言えばよかったんじゃね?まあ、いいか。
「じゃあ、ゆりんとこ行ってくるわ」
「そうですか。なら私は帰らせてもらいます」
そう言って教室から出ようとする遊佐。んー、今日は何か迷惑かけてばっかりだな。ちゃんとお礼がしたい。
「ちょっと待った遊佐」
「……?どうしましたか?」
「わざわざ付き合ってもらった礼がしたいんだ。何かしてほしいこととかないか?」
「別にお礼など必要ないのですが」
「それじゃお前に悪いしな。オレにできることなら何でも言ってくれてかまわないぜ?」
ん?今なんでも、って思った奴、正座しろ。
と言われましても、と頭を捻る遊佐。ちょっと可愛いなって、違う違う。逆に困らせちまったかな?
「でしたら、今日の晩御飯を奢ってもらっていいですか?」
「そんなことでいいのか?もう少し難しいことでもいいんだぞ」
「かまいません。では、また後ほど」
そう言って遊佐は教室から出て行った。さてと、じゃあオレはゆりに双眼鏡を返しに行きますかね。遊佐に飯奢るのに遅れちまったら、それこそ申し訳ねえし。
「ほらよっと」
「ちょっと、投げないでよ。双眼鏡だって結構貴重なんだからね」
「そりゃ悪かった。じゃあ、オレはこれで」
本部へと来たオレはゆりに双眼鏡を投げ渡すと、さっさと部屋から出るために扉へと向かう。
「ちょっと待って神乃君」
「双眼鏡なら次からはちゃんと手渡しするって」
「違うわよ。あなた、遊佐さんと一緒にいたでしょ?」
「ぶふっ!?な、何で知ってんだ!?」
「私は戦線のリーダーよ?知ってて当然」
にんまりと笑うゆり。そんな悪だくみを考えるいたずらっ子のような笑みに思わず顔が引きつるのが分かった。
あっ、これ変な事考えてんな。今までの経験則からお兄さん分かったよ。
「まあ、それはいいとして、普通ストーカーギリギリの行為に女の子を誘う?」
「ストーカーギリギリって自覚はあったんだな」
「そりゃあるわよ。私だって女子だし。やられたら嫌に決まってるでしょ」
「我が儘だな、おい」
「いいじゃないそんなこと。で?遊佐さんとはどうなの?」
どうなの、と言われても返答に困る。
「だから、何ともないって言ってるだろ?」
「――――遊佐さんね、あなたといると楽しそうに見えるのよ」
突然、ゆりの様子が一変する。先程まで茶化していたいたずらっ子のような笑みを消し、包容力のある優しげな笑みを浮かべる。その暖かさは、まるで不器用な妹を心配する姉のようだった。
「彼女はいつも表情が乏しくて、確かに何を考えているのか分からない時があるわ」
「…………」
「でも、あなたと一緒にいる遊佐さんは表情が豊かでとても楽しそうに見えるのよ。間違いなくあなたの影響ね」
「……買い被りすぎだ」
「何年私が遊佐さんと一緒にいると思ってるのよ。彼女の様子が私達とあなたの前では違うことぐらいお見通し」
頬杖をつきながら話すゆり。そんなことオレに伝えて、ゆりは何が言いたいんだ?
「まあ、仮に遊佐の様子が違うとしてだ。結局お前は何が言いたいんだ?」
「そうね、遊佐さんと恋人として付き合ってくれないかしら?」
「はあっ!?お、おまっ!いきなり何を言ってんだよ!?」
い、いや!別に遊佐が嫌いとかそういうんじゃねえよ。むしろ遊佐は気が利くし、頼りになるし、毒舌だけど意外と優しいし……って、何考えてんだアホかっ!
「冗談よ。なに慌ててるのよ」
「へっ……?べ、別に慌ててなんかねえし!超冷静だし!」
「そういうのは冷や汗を止めてから言いなさいよね」
クスクスと笑うゆりに何故か負けた気分になる。
くそう、オレの事からかって遊んてんな。この魔王めっ!お前なんか光の玉で弱体化してしまえっ!
悶絶するオレを見てひとしきり笑っていたゆりだったが、やがて頬杖をついたまま話しだす。
「これからも彼女をよろしくお願いするわね」
「そりゃ、こっちからお願いしたいぐらいだな。オレが方がむしろ遊佐に頼ってばっかだし」
「いいのよ。それで遊佐さんが楽しそうならそれで。彼女、影で色々頑張ってくれてるし、ここらで少し休めてほしいのよ。身体じゃなくて心を、ね。――以前の彼女なら考えられない進歩だし」
「最後なんか言ったか?」
「いーえ。何にも」
最後にぼそりと何かを呟いた気がしたが、気のせいだったか?まあ、いいか。
「なんにせよ分かった。いや、オレに何ができるかなんて分かんねえけど、とにかく分かったよ」
「ありがとう」
ゆりからの感謝を受けると、オレは本部を出た。扉を閉めたオレはそのまま扉に背中を預け、腕を組んだ。そして、これから遊佐とどういった態度で接するべきかを無い頭で考える。
だがしかし、結局頼まれたとはいってもこれから遊佐とどう接すればいいか、なんて良い案が浮かぶわけもなく、いつもどうりにすることにした。
「さあて、遊佐に晩飯奢りに行きますかね」
財布の中身に2人分の晩飯の食券代が入っていることを確認したオレは、遊佐が待つであろう食堂へと向かうことにした。さあ、晩御飯ではどんな話をしようか。
はい、ということで第12話でした。
今回の内容は、
1.天使のあり方に対する神乃君の考え
2.神乃君と遊佐さんのあり方
になっています。
何か、神乃君が天使の話しばかりしてますが、もう1度明言しておきます。この作品のヒロインは遊佐さんです!遊佐さんです!大事な事なので2回言いましたっ!
天使のお相手はあの人だって決まってますからね(笑)
さて、次回は再び原作のお話です。神乃君の記憶について少しばかり進展があります。
感想、評価、アドバイス、いつでもお待ちしています。
ではでは。