信人跋扈   作:アルパカ度数38%

9 / 23
9

 

 

 

9.

 

 

 

 帝都のメインストリート。

いつもならその活気に笑みを浮かべてしまいそうになる場所だが、今日は何処か陰鬱で荒んだ感じが強く感じられるような気がする。

それはきっと、僕自身の精神が陰鬱で荒んだ気分になっているからなのだろう。

 

 良識派の文官を護衛に入ったタツミくんとブラートさんは、エスデスさん配下の三獣士なる帝具使いと戦闘に入った。

2人は三獣士を撃破し帝具を回収するも、ブラートさんは死亡、タツミくんがインクルシオを受け継いだのだと言う。

現状、ナジェンダさんが帝具を届けがてら、補充メンバーを探しに革命軍本部へ出ており、アカメちゃんがボス代理となっている。

もっとリィンフォースの射程距離が広ければ、ブラートさんは死ななくても済んだのかもしれない。

そう思うと、自身の未熟が悔やまれる。

 

 ――実を言うと、僕はリィンフォースをまだ使いこなせていない。

基本技たる仲間の共鳴強化、応用技その1である短時間の仲間の共鳴強化率上昇、そこまでは使えるのだが、続く応用技その2が上手く使えないのだ。

加え、奥の手に至っては存在しか知らず、未だに使える感触は欠片も無い。

最近ぐんとリィンフォースの射程が伸び始めたのだが、それでも2人の援護には届かなかった。

 

 もっと強くならなければ、という思いもあるのだが、反面情報収集とて重要である。

故に現在顔バレしていない組たる僕、マインちゃん、タツミくん、ラバくん、レオーネちゃんの5人で帝都に潜伏、情報収集を行っているのだ。

――エスデスさんが、帝具使いだけの特殊警察を組織すると言う。

その噂を聞きつけ、僕らは身体を休めがてら、その内実を探りに来たのである。

 

「エスデスさん、ねぇ……」

 

 今の僕より一段格上の相手。

1人では間違いなく殺れないが、ブラートさんとアカメちゃんの2人を含め、あと1人ぐらい仲間に居ればギリギリか。

ブラートさん亡き今となっては、全員でかかって辛うじて刃が届くといいな、ぐらいの希望的観測がある程度の相手だ。

ナジェンダさんの言っていた、補充メンバーに期待、という所か。

 

 などと。

考えつつ歩いている僕を、つんつん、とつつく感触。

疑問符を浮かべ振り向くと、そこには美しい一人の少女が立っていた。

 

 服装は黒を基調とし、手甲と腰鎧、スカーフだけが血のような紅。

小動物を思わせる後ろで2つにぴょこんと分けた髪は可愛らしく、愛らしい。

十代半ばほどの年頃か、顔は幼さを残しつつも、思わず息をのむような美しさだった。

何より、その眼。

黒々としたそれは素晴らしく深みがあり、僕は心を鷲掴みにされる、という経験を生まれて初めてした。

 

 ――それは、まるで地獄を閉じ込めたかのような瞳。

数千の死者が、呻き声を上げながら限界まで顎を開き、喉奥の暗闇を見せている、その暗闇を切り抜いて積み重ねたかのような黒。

蠢く憎悪と狂気が、彼女の黒眼の中で粘ついた感情を走らせていた。

 

 数秒。

呆然と立ち尽くした後、はっと気付いて目の前の少女を見やると、同じように少女も呆然としていた事に気付く。

お互い、パチクリと瞼を開け閉めし、くすりと微笑んだ。

 

「あはは、ぼうっとしちゃった」

「ええへ、ごめんね、僕こそぼうっとしちゃって」

 

 告げ、目前の少女の次ぐ言葉を待つのだが、少女はどうしたのか、もじもじとしてみせるのみで何も告げない。

ちらちらと僕を見つつ、腰につけた袋に手をやり、何かを取り出そうとした。

 

「あっ」

 

 と、その小さな物を取り落とす彼女。

僕は思わず腰を落とし、小さな物……お菓子を空中でキャッチする事に成功する。

視線を少女にやると、ちらちらと僕の目とお菓子との間を行き来している様子。

食いしん坊なのかなぁ、と内心微笑ましく思いながら、お菓子を差し出した。

 

「はい。クロメちゃん……でいいのかな、もうお菓子、零しちゃ駄目だよ?」

「う、うん……。ありがと。って、何で名前が?」

「いや、お菓子袋に書いてあるからさ……」

 

 言って指さす袋には”クロメのおかし”なる文字が。

パッとクロメちゃんの頬に紅が差し、俯いてしまう。

華奢な自身の身体を抱きしめながら、上目遣いに僕を見つめるクロメちゃん。

保護欲をこれでもかと言わんばかりにくすぐる、愛らしい仕草であった。

 

「……ずるい」

「ずるい?」

「私だけ名前知られているの、ずるいから。貴方の名前も、教えてちょうだい」

「うん、そうだね。僕の名はキョウ。キョウ・ユビキタス」

「キョウ……、キョウくん……」

 

 口の中で僕の名前を転がし、クロメちゃんはついっと視線を僕の目に合わせる。

どこからか取り出したチラシを手に、何故かとても偉そうな顔で、告げた。

 

「キョウくん、これ」

「これ?」

 

 オウム返ししつつチラシを受け取ると、そこにはエスデス主催都民武芸試合の文字が。

何の為に、と紙面に眼を通すと、最後の行に小さい文字が詰め込まれているのが目にとまった。

 

「えっと、最後の行は……? もの凄い小さい文字だけど」

「前に会った面白い武芸者の特徴、らしいよ。出て欲しいみたい」

 

 ふーん、と呟き小さい文字に視線をやると、見覚えのある特徴がずらりと並んでいる。

誰だっけと思ったが、どう考えても僕だった。

っていうか、僕だった。

どれだけ現実逃避しても僕だった。

 

 無言でクロメちゃんを見やると、あれ、と呟きチラシと僕とで視線を行き交わせている。

一瞬脳内で試合に出る事を検討するが、今エスデスさんと相対すれば僕一人では犬死にも良い所だ。

勿論殺し合いにならない可能性もあるのだが、それに賭けるのは正直分が悪いだろう。

が、目前のクロメちゃん、チラシを配っている辺り、軍の関係者には違い無い。

どう見ても正規兵っぽくは無いので、あまり高い地位にも居ないだろうし、将来戦う可能性も低そうなのだが、気付かれると不味い。

何が不味いって、強引に逃げる気になれない自分の心境が不味い。

冷や汗をかきつつ、僕はクロメちゃんに問うた。

 

「く、クロメちゃん?」

「……キョウくん、もしかしてこの面白い武芸者?」

「そ、その件に関しては黙秘させていただき……」

「私、軍の関係者なんだけど。キョウくん、見つけたらできれば連れてこい、って言われているんだけどなぁ」

 

 言いつつ、クロメちゃんは、わざとらしく「あ」と呟き、視線を明後日にやる。

釣られ視線を同じ方向に向けると、そこには洋菓子屋が。

しかも高そうな有名店。

 

「う~ん、甘い物食べたら私、忘れっぽくなっちゃうんだ。困ったなぁ、甘い物、すぐ近くで食べられそうだなぁ」

「……お、奢らせてください、クロメちゃん」

 

 泣く泣く頭を下げる僕に、にこりとクロメちゃんは口元に半円を描く。

その笑顔は、大輪の花を思い描かせるような、華やかな笑顔であった。

それでいてその目は何処までも暗く深く、まるで暗い向日葵のような笑顔だな、と僕は思う。

とくん、と僕は自身の胸が高鳴るのを感じた。

まるで。

彼女に口止め料を払うという理由だけではなく、少しでも一緒に居られるのが嬉しいかのようで。

自分が自分では無くなっていくような気さえして。

 

「あはは、いこ、キョウくん!」

 

 そんな僕を尻目に、僕の手を取り引くクロメちゃん。

吃驚するぐらい小さくて暖かな手は、壊れそうなぐらい繊細で、握るだけでもハラハラしてしまうぐらい。

焦る僕に比し平気そうに見えるクロメちゃんだが、耳元が紅く染まっているのが後ろからも見えて、彼女もまた恥ずかしがっているのが見て取れた。

けれど僕にとってはそれが、何だか余計に恥ずかしいぐらいで。

僕は、妹よりも年下の子に先導されて、2人っきりで洋菓子店に入っていくという、気恥ずかしくも何故か嬉しく感じる、そんな経験へと足を踏み入れるのであった。

 

 

 

*

 

 

 

 上品な作りの店内、奥の4人掛けのテーブル席で、隣同士。

窓から落ちる煌めく陽光に照らされ、クロメはキョウと共に洋菓子を口にしていた。

とても近い位置に、男性の体温がある。

今まで意識した事も無かったそれが妙に気になってしまい、折角の美味しそうなケーキの味も、よく分からないぐらいだ。

けれど、それさえも不幸と思えないぐらい、クロメはふわふわした気分だった。

 

「あはは、キョウくん、面白い人だね」

「えへへ、クロメちゃんこそ」

 

 舞い上がっている、とクロメは辛うじて残る冷静な部分で自己分析をしていた。

キョウの動作一つ一つがどうしてもツボにはまってしまい、それを見るだけで嬉しくなってしまう。

加えそれが自分に向けられれば、空を飛んでいるような心地に。

触れ合い体温を感じられるような感覚が有れば、天に昇る心地でさえあった。

 

 キョウは、一見ただの和装の優男である。

にこにこと微笑みを絶やさず、どうしてかその強さだけは上手く計れないが、流れの武芸者という自己紹介からするとそこそこ強くはあるのだろう。

と、そこまででも何処かクロメの琴線に触れる男なのだが、それ以上にその目が愛らしかった。

クロメと同じ黒い瞳。

夜闇に黒く焼死した黒猫の黒眼の影より尚黒く、死の色渦巻く悪鬼の瞳。

亡者の底なしの眼窩の暗い奥底の色を何重にも塗り重ねたかのような、狂気が沸いて出る悪魔の瞳。

 

 ――ぞっとするほど、愛おしいや。

クロメは、静かに自身の胸を押さえた。

少女の膨らみは高鳴り、心身に力強く血液を送り込んでいる。

過剰に送り込まれた血液は顔面を紅潮させてゆき、キョウを直視する事を邪魔してきた。

それでも必死の抵抗でキョウを見つめると、にこりと微笑まれるのは、ずるいとしか言いようが無い。

 

 ただ。

一つだけ、懸念事項がある。

 

 ――帝具、死者行軍・八房。

クロメにとって最も信頼する武器。

その性能は、八房で絶命させた死者を屍人形として8体まで操るという格別の物。

クロメは、敵対した愛する姉を八房で斬り殺し、己とずっと一緒に居て欲しいと思っている。

信頼する仲間が致命傷を受ければ、是が非にでもその介錯をつとめ、屍人形としてずっと一緒に居たいとも。

 

 クロメは、キョウが死ぬ前に八房で殺したい、と感じていた。

例え想像ほど強くなくとも、八房の枠を一つ埋めてしまう事になってでも彼が欲しい。

生まれてから一番強く、クロメにそう思わせるような人で。

だからこそ、クロメは怖かった。

――今まで、自分からクロメに、死ぬときは屍人形にして欲しいと願う人は居なかった。

少なくとも、こうやって健康に向かい合っている時には。

 

「ねぇ、キョウくん」

「なんだい、クロメちゃん」

 

 だから、クロメは思わず口に出して問いかけた。

具体的に内容を言う段になってから、ふと、クロメの脳裏にキョウから拒絶される光景が浮かんだ。

あのニコニコ笑顔が絶え、拒絶の笑みへと色が変貌する光景を。

途端、陽光香る草原から雪山にたたき落とされたかのような感覚を覚え、慌てクロメは即興の例え話を告げる。

 

「私の好きなおとぎ話でね、王子様が死んでしまったお姫様とずっと一緒に居たくて、お姫様を意志の無い屍人形にしちゃう物があるの」

「ロマンティックだね。死が2人を分かっても、もう一人の最後まで一緒なんだ」

「――っ!」

 

 思わず、飛び上がりそうになってしまうクロメ。

慌て、まだだ、これじゃあおとぎ話の感想に過ぎない、と緩みそうになる口元を抑え、続ける。

 

「で、でもさ、真面目に考えると怖いなー、って皆言うんだけど。キョウくんはどう?」

「う~ん、そうだね……」

 

 告げて腕組み、数秒キョウは視線を彷徨わせる。

心臓が破れそうなぐらいに高鳴るのを、クロメは感じた。

そんなクロメに、思案を終えたキョウは視線を戻す。

 

「真面目に考えて、僕は死んでも好きな人と居られるのは、嬉しいな」

 

 ――クロメは、生まれて初めて他者の背に後光が見えるような気持ちを味わった。

 

「あぁ、生きて一緒に居られるならその方が素敵だけど。でも、どうしようもない別れは何時でもやってくる。そんな別れを少しでも先延ばしにできるのなら、僕は死体になってからも好きな人と一緒に居たい、かな」

「うん……、うん!」

 

 クロメの胸の中を、煌めく何かが駆け巡った。

身体の中を、なんだか分からない物が跳ね回っている気さえする。

じっとしている事ができず、クロメは思わず両手でキョウの手を取った。

剣を握り続けた硬質な戦士の手は、仄かに温かく、ほっとする温度をクロメに伝えてくれる。

その捕まえた手を持ち上げ、クロメは満面の笑みで告げた。

 

「ありがと、キョウくんっ!」

 

 虚を突かれた顔をし、すぐに穏やかな笑みに戻るキョウ。

その瞳は表情に反比例するかのように不気味で、ぞっとする心地の光を宿している。

けれど、明らかにその目に嘘は無い、とクロメに確信させてくれるような光だ。

 

「ふふ、素直な気持ちを伝えただけさ。でも、どういたしまして」

 

 告げ、キョウは残る片手をクロメの顔に伸ばす。

羽毛を扱うような優しさでクロメの頬に触れ、離したその手には、うっすらと涙滴が水分の跡を残していた。

あ、と呟くクロメに、穏やかな微笑みのキョウ。

 

「あはは……、吃驚しちゃった?」

「ううん、こんな事でも、泣くほど嬉しがってくれるなんて、僕まで嬉しくなってきちゃったや」

 

 よくぞこんなに恥ずかしい台詞を、素面で言える物である。

ずるい、とクロメは心の底から思った。

こんなにずるい人なんだから、きっとエスデス隊長の試合になど連れて行ってしまえば、もっとずるい事になってしまうに違い無い。

それだけは阻止せねばならない、とクロメは内心一人頷く。

それが幼稚に過ぎる自己正当化に過ぎない事を自覚しつつも、クロメはエスデスの言葉を回想する。

 

 ――エスデスは、”恋をしてみたいと思っている”と告げた。

その相手の第一候補である、一度会っただけのキョウがどうしても忘れられなかったと言う。

流れの武芸者である彼ならば、試合を開けば出てくれるかもしれない。

加え、クロメには未だ信じられないが、エスデス曰くキョウは中々の強者なのだと言う。

――何時かは殺し合う仲になりそうだが、それまでは仲間としてやっていくのも悪くなさそうだ。

そう告げるエスデスは、キョウをイェーガーズに加えるべく、探しているのだと言う。

 

 確かにキョウを連れて行けば、彼はイェーガーズの同僚となってくれるかもしれない。

しかし、それは同時に彼がエスデスの恋の相手となり得る可能性を高める行為でもあるのだ。

それは、嫌だ。

何でか分からないが、とても嫌だ。

いや、それはきっと、こんなにずるいキョウをエスデスの元に連れて行けば、もっとずるい事になってしまうかもしれないからだろう。

そうなれば、そのずるい輪に、自分が居ない気がする。

それは、嫌だ。

 

「じゃ、もっとお話しようっ!」

「うん、折角の機会だもんね」

 

 多分、今日はこの人とは別れ、帰路につかねばならないだろう。

事実、こうやって2人きりで話こそしているものの、クロメにはイェーガーズの集合時間という名の門限が存在する。

それを過ぎれば、キョウとは一旦別れねばならない。

それは身が捩れるほどに辛い事だけれど、きっとまた会えるという予感が既にクロメの中には会った。

 

そして、何より、である。

イェーガーズの仕事は帝都の平和を守る事。

それはきっと、キョウを守る事にも繋がるのだ。

そう考えると、イェーガーズの仕事にも誇りが持てる。

 

 これからの仕事に、誇りを持てて。

自分を肯定してもらえて。

何より、彼と出会えたその事事態が嬉しくて。

 

 ――キョウくんと出会えて、良かった。

心の底からそう思う、クロメなのであった。

 

 

 

*

 

 

 

「という訳で、イェーガーズの補欠となったタツミだ」

 

 訳分からん、というのがタツミの正直な感想であった。

先日、エスデス主催の都民武芸試合が開かれた。

何故か特に出て欲しい者としてキョウの特徴が書き連ねられていたが、タツミとしては賞金を故郷への仕送りにしたい上、敵であるエスデスを見る機会である。

ラバックとレオーネに勧められた事もあり、タツミは試合に出場。

相手となったカルビなる男を倒し、試合場へ下りてきたエスデスから賞金を受け取ろうとした矢先である。

何故かエスデスはタツミに首輪を填め、気絶させて宮殿へ連れ帰ったのだ。

 

「市民をそのまま連れてきちゃったんですか?」

「暮らしに不自由はさせないさ。それに部隊の補欠にするだけじゃない……。感じたんだ」

 

 隊員ボルスの言葉に応え、エスデスは首輪をつけられ腐りで椅子に縛り付けられたタツミを見ながら、微笑んだ。

花弁の開くような、美しい笑み。

 

「タツミは、私の恋の相手にもなるとな」

 

 タツミとしても、敵とは言えエスデスのような絶世の美女にそう言われて悪い気はしない。

が、なら何故首輪をさせられているのだろうか。

ジト目でエスデスを睨むタツミの内心を読み取ったのだろう、冷や汗を掻きながらウェイブ――隊員の一人が告げる。

 

「それで、なんで首輪させてるんですか?」

「……愛しくなったから、無意識にカチャリと」

「ペットじゃなく正式な恋人にしたいのなら、違いを出す為に外されては?」

 

 ――そこの人良いこと言った!

内心で叫びつつ、タツミは口を引きつらせながらエスデスへ視線を。

期待の視線をじっと向けると、思案顔で数秒、確かに、と納得の声を漏らしながらエスデスはタツミの首輪を外してみせる。

開放感にほっとするタツミを尻目に、黒服の少女クロメが挙手をしてみせた。

 

「エスデス隊長、チラシに書いてあった流れの武芸者はもういいんですか?」

「ん、キョウか。あいつも気になる男だし、タツミより遙かに強いが、元々恋人というのはちょっと違う気はしていてな。それでもタツミに出会うまでは一番気になる男だったから、やっぱりイェーガーズに招くつもりだったのだが……」

 

 悩んでいる様子のエスデスの横、タツミは冷や汗を垂らす。

矢張りエスデスはキョウを探して試合をしようとしていたらしい。

キョウは出会ったら殺されるリスクが、と言って試合にでなかったようだが、出ていればイェーガーズにスパイとして入れた可能性もあったのか。

惜しい事をした、とも言えるし、バレてキョウが死ぬ機会を免れた、とも言える。

そこで、ウェイブが首を傾げ問いかける。

 

「タツミも相当やる男だと思ったんですが……。そのキョウって男、そこまで強いんですか?」

「む、そうだな、小手調べ程度しかした事が無いから、正確な強さは分からんが……」

 

 タツミは、思わず視線をエスデスにやった。

タツミの知る限り、キョウは共鳴強化前のインクルシオを使ったブラートをさえ勝率でやや上回る、単身最強の男である。

本人曰くエスデスには及ばないそうだが、いくらエスデスでも、キョウさん相手なら。

そんなタツミの思いとは裏腹に、凍り付くような笑みを浮かべ、エスデス。

 

「恐らく、帝具無しの私の半歩下。1対1の帝具無しでやり合えば、10回に3回は相打ちがあるだろうレベルだ。帝具を持つ事になれば、相性次第では私の上をゆく可能性もあるな」

 

 騒然とするイェーガーズの面々だが、それはタツミもまた同じく。

キョウの帝具は1対1ではあまり意味の無いリィンフォースであり、つまりキョウでは1対1では帝具ありのエスデスには絶対に勝てないという事だ。

改めてエスデスの強さに顔を引きつらせるタツミ。

幸いながら、キョウの強さに驚いているイェーガーズの面々の中であり、目立つ事は無かった。

――っていうか俺、キョウさんより強い女から、どうやって逃げ出すんだろう。

苦悩するタツミを尻目に、続けエスデス。

 

「という訳で、見つけたら軽く勧誘の声をかける程度でいい。帝具持ちのお前たちでも諍いになれば危うい相手だし、私としてはいずれ殺し合う予感のする男だ。目の届く所に置いておくのも面白いが、敵対するのもそれはそれで楽しみな相手だ」

「……ちなみに、そのキョウさんが敵として表れる可能性は?」

 

 問うたランに、エスデスは顎に手をやり思案してみせる。

 

「奴が再び表れるとして、半々、いや6:4で革命軍と言った所か。会話した感じで言うと、軍か革命軍に入りそうな男だが、私が軍の人間だからな……。敵として表れた時は、構わん、容赦なく殺しにかかれ。強敵だがな」

「了解しました」

 

 その絶世の美貌を左右非対称に歪めるエスデスに、ランは会釈してみせた。

それに満足した様子で、続けエスデスはまた華やかな笑顔に戻り、タツミの方へと視線をやる。

――あぁ、できれば永遠に話が戻ってきて欲しくはなかったぜ。

内心半泣きで思うタツミは、溜息が出そうになるのを必死で堪えつつ、エスデスからの言葉を待つほか無いのであった。

 

 

 

*

 

 

 

「――って訳で、キョウさんを招こうとした試合だったんだ」

 

 と告げるタツミくんは、どこか煤けた感じでさえあった。

タツミくんが何故かエスデスさんに連れ去られて数日、皆でできる限りの監視をし、どうにか逃げたタツミくんを連れ帰ってきたのである。

そしてタツミくんからは、まずはエスデスの試合を開いた目的から話して貰ったのだが。

 

「――エスデスさんの帝具が氷を何処まで自在に操るかは知らないけど。帝具無しでの実力差は、僕の感覚と同じぐらいだね」

「うげ、やっぱそうなのか」

 

 と告げるタツミくんは、流石に遠い目である。

それを受け、アカメちゃんも苦い顔で俯くばかり。

何せアカメちゃんと僕の模擬戦は、強化済みのアカメちゃんでも勝率は2割程度、相打ちを含めても4割ぐらい。

都合良くメンバー全員でエスデスさんと戦うような事があれば何とか討ち取れる可能性はあるのだが……、それも帝具の性能次第ではひっくり返される。

 

「で、次はイェーガーズのメンバーの話だ」

 

 続けるタツミくんの言葉に、全員の視線が集中する。

 

「イェーガーズは全部で5人、全員が帝具持ちだ。まずはウェイブ、海軍から来たっていう奴で、鎧型のグランシャリオが帝具。ドクタースタイリッシュ、手袋の帝具パーフェクターを持ってて、回復役かつ私兵も持ってるみたいだ。ボルス、焼却部隊出身で、帝具は火炎放射器のルビカンテ。ラン、翼の帝具マスティマ持ち。で、最後が――」

 

 告げ、タツミくんは何故か、アカメちゃんを見ながら告げた。

 

「クロメ。帝具は八房っていう刀だ」

「「――っ!」」

 

 息をのむ音が、2つ。

思わず、同じく息をのんだアカメちゃんと視線を交わす。

 

「ちょっと待て、何でキョウが驚くんだ?」

「いや、アカメちゃんこそ。僕は、そもそも都民武芸試合のチラシくれたのがクロメちゃんで、その時ちょっとお話しした子だったからさ……」

「お話?」

 

 何故か、アカメちゃんから固い声。

そしてシェーレちゃんの眼鏡が白く輝き、どんな目をしているのか分からなくなる。

あれ? なんで僕、もの凄い悪い事をしてしまった気になるのだろうか。

っていうか、2人ともなんか怖くないか?

内心そんな風に疑問に思いつつも、別にやましいことがあるでもなし、正直に口にする。

 

「エスデスさんに告げ口しないでもらう為に、ちょっとおやつ奢っただけだよ」

「……そうか」

「……ふーん」

 

 アカメちゃんとシェーレちゃんからの声が、何故か冷たく感じる。

何故かでっかい冷や汗が出てくるのを感じる僕を尻目に、続きを口にするタツミくん。

 

「で、クロメはアカメ、お前の妹なんだってな」

「へ?」

「あぁ」

 

 吃驚してアカメちゃんの方を見ると、真面目な顔をして頷いているので、真実なのだろう。

驚きを露わにする僕に、アカメちゃんは僅かに上目遣い、不安そうなトーンで問う。

 

「……似ていなかったか?」

「いや、似た雰囲気はあったけど……。そうか、姉妹だったのか」

 

 あまりの事実に、僕は思わず額に手をやり、天を仰いだ。

数秒静止、思いっきり目をつむり、目頭を揉みながら姿勢を戻す。

アカメちゃんに視線を、その目を見ながら、念のためにと問うた。

 

「帝国を抜けるとき、クロメちゃんの事も誘った、よね?」

「あぁ、だが妹は残る道を選んだ。……妹からすればまさに、私は裏切り者という事だな」

「……万が一、味方についてくれる事もなさそう、か」

 

 溜息、流石にガックリときて俯いてしまう。

視線を床にやりながら、クロメちゃんの事を想う。

あの美しい意志に満ちた瞳、可愛らしい容姿、何より愛らしいその心。

どれもが魅力的で、思わず見とれてしまう程の娘で。

それに、アカメちゃんの妹だけれど。

 

「――向かってくるなら、信じて斬る他無い、か」

 

 告げつつ、面を上げる。

アカメちゃんと視線を交わすと、何故か、アカメちゃんは目を見開いた。

口を僅かに動かし、それから僅かに目尻を落とす。

遅れ歯を噛みしめるようにして、視線を逸らした。

 

「……クロメにしても、覚悟はしている筈だ」

「……そっか」

 

 と、なんだかしんみりとした雰囲気になる僕とアカメちゃん。

何と声をかけていいのか分からず、僕もまた陳腐な台詞しか返せなかった。

僕自身そうだったから分かる、最愛の妹を斬る覚悟を決めなければならない時、かけられて嬉しい言葉なんて物は存在しない。

けれどそれでも、こんな時ばかり上手い言葉の思いつかない自身の口に、憤りを覚えてしまう。

 

 ――それは、アカメちゃんの内心を心配してか。

それとも、妹を斬るという事からセリューを斬った事を、無理にでも思い出さないよう、何かに必死になるためなのか。

それとも、他のおぞましい何かなのか。

自分でも分からなかった。

 

「――そういえば、八房の性能ってどういうのでしたっけ?」

 

 そんな空気の中、ぽわんとした声で問うたのはシェーレちゃんである。

ずっこけそうになりつつ、マインちゃん。

 

「あのねぇ、前に聞いたでしょ? ねぇアカメ」

「あぁ。……死者行軍・八房。斬り捨てた者を、呪いで8体まで自分の骸人形に出来る帝具だ。人形のスペックは生前のまま自在に操れる」

「おいおい! って事は、あいつに斬られたら最悪そのまま敵にまわっちまうって事かよ!?」

 

 叫ぶタツミくんを尻目に、ふぅん、と僕は感心した顔を見せていた。

脳裏に浮かぶは、クロメちゃんの語ったおとぎ話。

あれは八房の能力の事だったのか、と納得すると同時、複雑な気分である。

クロメちゃんが味方であれば、死にかけた時斬られて骸人形になるのは大歓迎なのだが、敵対している今は何とも言えない気分である。

 

「しかも死んでるから救いようがない」

「村雨もエグイけど、八房も大概よね……」

「そんな死に方だけはしたくないねー、俺は」

「死んだ後までこき使われるのは、ちょっと……」

 

 と思っているのは僕だけらしく、レオーネちゃん、マインちゃん、ラバくん、シェーレちゃんも八房で殺されるのは御免らしい。

ひょっとして、僕の感覚ってちょっとずれているのだろうか。

内心首を傾げる僕を尻目に、会議は進んで行く。

そんな中、ふとアカメちゃんの目を見ると、なんだか複雑そうな光を宿したまま僕を見ていた。

どうしたのだろう、と首を傾げつつ、けれど問い詰める程の事でもなし。

僕は心にとどめ置くだけにして、会議に参加し続けるのであった。

 

 

 

 

 




という訳で、メインヒロインその2はクロメちゃんです。
アカ斬るで一番好きなキャラなので頑張って書こうかな、と思います。
このぐらい姉妹対決が悪化した方がいいじゃないか、という欲望に向かって。

ちなみに……。
キョウ(21歳)
クロメ(10代半ばぐらい)
……あれ? ロリk(ry

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。