信人跋扈   作:アルパカ度数38%

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Scene2.開始。
毎日更新クラスの執筆速度って結構しんどいですね……。


Scene2
8


 

 

 

8.

 

 

 

 青く晴れ渡った空の元、澄んだ空気に満ちた帝都のメインストリート。

立ち並ぶ建物の屋根の上、レオーネは気配を極限まで消しながら眼下の光景を観察していた。

長時間、獣が獲物を待つように極限の忍耐を見せるレオーネの脳裏に、先日の会議の内容が浮かぶ。

 

 ――ナイトレイドの名を騙る、偽物が表れた。

良識派の文官を狙うそれは、恐らく大臣の手の帝具使いによる挑発を含めた犯行。

タツミとブラート、アカメとラバック、マインとシェーレの3組に分かれ、次の標的たる可能性の高い3人の文官を守っている。

そんな中、残るキョウとレオーネとは別の任務を言い渡されていた。

 

 ――北を制圧し帝都に戻ってきた、エスデスを偵察しろ。

帝国最強と呼ばれるドSの将軍である、その動向を探るため、気殺に優れ顔の割れていない2人が偵察に選ばれたのである。

偵察はそれぞれ、別行動。

綿密に連絡を取り合いつつでこそあるものの、レオーネほどの身体能力を持たないキョウは歩いて尾行。

対しレオーネは、その身体能力を活かして屋根上からの偵察を行っているのだ。

 

 眼下では、普段通りの和装のキョウが人混みに紛れ静かに壁に背を預けている。

凄まじい気殺であった。

その姿を見ても、まるで空気と同化しているかのようにさえ思える程。

よほど注意して見なければ、目を外した瞬間にどんな姿だったのか忘れてしまうような空気である。

多芸だなぁ、とレオーネが関心するのと同時、靴音を鳴らしながら一人の美女が道を歩いてきた。

 

 ――エスデス。

膝近くまで伸びる青い長髪に、氷を閉じ込めたかのような冷徹な瞳。

豊満な肉体を改造軍服で覆い、美姫の口唇を薄い口紅で仄かな色彩の花弁と化していた。

美しく、そして何より危険。

隠された凄まじい殺意に、レオーネはどっと汗が噴き出るのを感じた。

 

 ――無理だ、退くべきだ。

獣の本能がそう鳴り響き、最後の一目に、とレオーネはキョウへと視線をやろうとする。

同じ事を感じたのだろう、壁から背を離し、エスデスに背を向けたキョウ。

が、その時である。

 

「――おい、そこの黒髪和装の男。お前だお前、無視するな」

 

 エスデスは、キョウを指さし告げた。

馬鹿な、と内心レオーネ。

キョウの気殺は完璧で、恐らくはレオーネ以上の物。

それをどうやって、と思う反面、助けるか逃げるか迷うレオーネを尻目に、眼下で事態は進んで行く。

 

「えーと、僕の事でしょうか?」

 

 己を指さし振り返るキョウに、禍々しいまでの美しさを振りまきつつ、エスデスは頷きながら近づいた。

どうする、という言葉で脳裏が一杯になるレオーネを嘲笑うかのように、エスデスは早足でキョウの元へたどり着く。

ふむ、と頷きつつ、360度、周囲を一回転しつつキョウを観察。

元の位置に戻ってから、うむ、とエスデス。

 

「いや……、面白い匂いがした物で、呼び止めてしまった。すまないな」

「匂い……ですか? 失礼しました、特に無精をしていたつもりは無いのですが、匂いましたかね?」

 

 くんくん、と服の匂いを嗅ぐキョウのクソ度胸に、レオーネは拍手すらしたい気分であった。

最早逃げ出したい気持ちで一杯だったが、見届けぬ訳にもいかず、渋々レオーネはエスデスとキョウを観察し続ける。

 

「いや、血の臭いがな……。いや、血を浴びているとかいう意味じゃないんだ、お前自身の血の臭いが気になるんだ」

「は、はぁ……」

「ふむ……全く好みには見えんが……。不思議な感覚だ。それに男だしな、話していれば万が一、という事もある。来い」

 

 ついてきて当然、という顔で手招きするエスデス。

対し、キョウは頭が疑問符で満載、という表情で首を傾げる。

 

「えっと、話が見えないのですが……。僕はもしかして、逆ナンされているのでしょうか?」

 

 おい!? と泣き叫びたいのを堪えたレオーネは、自分を今誰よりも褒め称えたい気分であった。

そんなレオーネを尻目に、エスデスは鳩が豆鉄砲を食ったような顔である。

数瞬、レオーネにとって数十分にも感じられる時間の後、エスデスは思わず、と言った様相で相好を崩した。

 

「ぷっ、くく、なるほど確かにそうだな、これは逆ナンという奴だな。人生初の逆ナンだ。光栄に思え」

「僕も、実は逆ナンされたの初めてです。それも、貴方のような美人相手が人生初体験とは、吃驚ですね。嬉しいですよ」

 

 言って、エスデスへと数歩近づくキョウ。

艶然と微笑むエスデスへ向かい、軽く会釈してみせる。

 

「初めまして。僕はキョウと申します。流れの武芸者です。よろしく」

「うむ。知っているかもしれんが、私の名はエスデス。この国の将軍をやっている身だ。こちらこそ、よろしく、だな」

 

 2人は握手してみせ、それから明るく会話をしながらエスデスの先導に従い、メインストリートをそのまま歩いて行く。

絶望的な光景を前に、レオーネは心の底から思った。

――お家帰りたい……。

後にも先にも、レオーネをここまで精神的に消耗させたのは、目前の光景のみであった。

 

 

 

*

 

 

 

「ここ、有名店なんだ。名物があるらしくてな、楽しみにしてきた」

「甘味処、甘えん坊ねぇ……、店の作りは和風ですけど、中の香りは和洋折衷って感じですね」

「お、分かるのか? ここの名物は抹茶アイスだからな」

「食べるの、大好きですからっ!」

 

 言って軽く腕まくりすると、くすりと微笑みながらエスデスさんは長椅子に腰を下ろす。

隣をぽんぽんと叩いて勧められ、僕も静かに彼女の隣に腰を下ろした。

隣に視線を。

視線を僅かに高く、髪を揺らすエスデスさんは、恐ろしいまでの美女である。

氷細工のような輝く青髪、触れれば切れるような鋭さを纏いつつも、その奥底には何処か優しさのような物が感じられるような気さえする。

何より凄まじいのは、その奥底に秘めた殺意だろう。

僕に対し、何故か底冷えするような殺意を抱いている彼女。

ナイトレイドとバレていたら速攻で殺しにかかってきているだろうから、多分バレてはいない筈だ。

でも、では何故、と疑問符が沸く。

 

 そんな僕の視線に気付いたのだろう、ふと僕へ視線をやるエスデスさん。

艶然とした微笑みを浮かべ、問うてくる。

 

「どうした、私と殺し合いでもしたくなったか?」

「いえ、余りに美しいので見惚れていました。出会った時から思っていましたけど、こうやって隣に座ると、改めて美人だなぁ、と思いまして」

「くく、世辞……ではなさそうだな、本気の顔だ。その賛辞、受け取っておこう」

 

 楽しそうに笑うエスデスさんの姿は、とても純朴で、まるであどけない少女のよう。

これで同時に僕に、恐るべき殺気を放っているのだから、彼女をどんな人間と受け取ればいいのやら。

今一つかみ所の無いエスデスさんに困惑気味な僕だったが、そこに店員から名物のアイスが運ばれてくる。

 

「ん……。これ、美味いな」

「確かに。有名店の名物と言うだけありますね」

 

 2人してぺろぺろとアイスを舐める事に数秒夢中に、それから視線を交わし合い、何となくお互い微笑んでしまう。

一見デートの最中みたいだが、と思ってから、逆ナンされている現状は正にそれだと思い当たった。

人生初デートが敵の将軍と2人って、一体どんな状況なのだろうか。

謎すぎであった。

そんな謎を打破すべく、僕は普通に話している場合ではない、と続きを口にする。

 

「所で、最初逆ナンのつもりではなく、普通についてこいという事でしたが、結局どういう御用向きで?」

「む、そうか。つい普通に話し込んでしまったが、本題を忘れていたな」

 

 と、アイスを持ちながら手を打つエスデスさん。

髪をはためかせながら僕に視線を、まっすぐにその凍り付くような目で僕を見据える。

はっきり言って、不思議な目だった。

パッと見は、自分以外のあらゆる存在の価値を、虫以下のようにしか思っていないようにさえ見える目。

弱肉強食。

その瞳一つでその言葉を思い起こさせるような、凍てついた論理と煮えたぎる闘争の血潮に満ちた感覚をまぜこぜにした目に見える。

けれど、それだけではない何かがその瞳の奥にはあるような気がするのだ。

 

「お前、私の男になる気は無いか?」

 

 何処かのレオーネちゃんが、ずっこけた気配がした、ような気がする。

それには気付かぬ振りで、本心で答える僕。

 

「ごめんなさい。お友達からでお願いします」

 

 何処かのレオーネちゃんが、そのまま屋根から滑り落ちそうになるような気配がした、ような気がする。

それには気付かぬ様子で、残念そうにエスデスさん。

 

「そうか……。お前とはとても相性が良さそうな気がしたんだ。あまり異性として見られない気もするのだが、付き合ってみれば変わるかとも思ったのだが」

「う~ん、僕も何だかエスデスさんとはシンパシーを感じるのですが。恋人っていうのは何か違う気がするんですよねぇ」

 

 う~ん、と2人して首を傾げつつ、互いを見合う。

エスデスさんを見ていると、まるで歪な鏡を見ているような気がして、とても奇妙な気分になるのだ。

なんだか他人のような気がせず、とても近しい物を感じるのだが、それ故に異性愛を抱くのは難しいような気がする。

何にせよ、不思議な親近感の沸く相手であった。

まぁ。

相対する時は斬り捨てるけど。

 

「そうだな、だが友人としては仲良くやっていけるだろう」

 

 などと思っている僕に向け、右手を伸ばすエスデスさん。

応じ、僕もまた手を伸ばし、再びの握手。

 

「えぇ、こちらこそよろしく。僕も、友達少ない方ですから、友達になれて嬉しいです」

「ふふ、私もだ。なんだ、似た物者同士なのかもな、私たちは」

 

 快活に笑うエスデスさんに、僕もまた自然朗らかな笑みが浮かんできて、愉快な気分になってくる。

そして僕らは、様々な事に話を及ばせた。

好きな小説。

好きな食べ物。

好きな服装。

好きな拷問、は僕には無かったが。

互いの好きな物を語っていくうちに、いくらか距離の縮まった感がしてきた頃、ふとエスデスさんが漏らす。

 

「そういえば、お前は最近帝都に来たというが……。地方の出身か?」

「いえ、生まれは帝都で、それから暫く辺境まで離れておりまして。母の死を切欠に、帝都にやってきたのですよ」

「そうか、辺境生まれでは無いのか……。うーむ、またお前が好みと外れた。私は自分と同じ、辺境生まれの男の方が好みだと思うのだがなぁ。まぁ、育ちが辺境なら及第点か」

「はぁ……。エスデスさんも辺境生まれなんですか?」

 

 物憂げな姿すら絵になるエスデスさんに、僕は首を傾げ問うた。

話の流れで情報収集というのもあるが、何より純粋にただ疑問でもある為の質問である。

というか、無理してエスデスさんから情報収集しようとしたら、僕が革命軍に属する人間だとバレそうな気がしてならないのだ。

その場合、流石に死ぬ未来しか見えない。

そんな僕の問いに、顎に手をやり、その細く長い指で撫でつつ、エスデスさんは答えた。

 

「北の辺境出身でな。パルタス族って聞いた事あるか?」

「危険種専門の狩猟民族でしたっけ?」

「あぁ。私は、そこの長の娘だったんだ。食うか食われるか、そんな素晴らしい環境で私は育ったんだ」

「僕は辺境で母に徹底管理されて、剣をたたき込まれた感じですねぇ。危険種も多少は狩っていましたが……」

 

 先ほどの想像通り、エスデスさんは弱肉強食を肯定するような台詞を。

僕もまた、つい最近まで繰り返していた日常に思いをはせる。

 

「でも、確かにエスデスさんはそんな感じです。見た目は氷の美姫の彫刻が生きて動いているような感じなんですけど、眼は野生の冷たさ? みたいなのが感じられて。冷たい生命力って言うのかな、そういうのが感じられて美しいですよ」

「ふっ、褒めてくれるな。お前こそ、その目のドロドロ加減は人の欲望に濃密に巻き込まれ続けた眼だな。見目にはふわふわした優男だが、内側には粘度のありそうな炎が渦巻いているよう感じる。素晴らしいな」

「えへへ、褒められちゃいました」

 

 うふふ、あはは、と僕とエスデスさんが微笑むのと同時、何処かのレオーネちゃんが「どっちも褒めてねぇよ!」と悶絶する気配がした、ような気がする。

気のせいかな、と思った瞬間、す、とエスデスさんから殺気が途絶えた。

――否、これは増幅する前の凹の振幅。

そう理解するや否や、僕は静かに手刀をエスデスさんの首に差し出していた。

チョーカーを裂く寸前で停止した僕の手。

同じく、エスデスさんの手刀が、僕の首筋にうっすらと紅い筋を作っている。

 

「……うぅむ、何となくお前の首をはねてみようと思ったのだが、上手く行かない物だな。これでは、死なないまでも重傷を負ってしまう」

「お互い様ですよ。……と言いたい所ですが。殺気はエスデスさんの方が早かったですけど、手を動かし始めたのは僕の方が早かったのに。僅差とは言え、首への到着は遅れちゃいました」

「いや、それでも相打ちに持って行ける寸前、中々の早さだ。……将軍級の器というより、既に将軍級か。全くお前は惜しい男だなぁ」

 

 くすり、えへへ、と微笑む僕ら。

まるで恋人同士みたいだな、と思う僕に、何処かのレオーネちゃんが項垂れながら半ば泣き顔で裏手突っ込みを入れている気配がした、ような気がする。

相打ちにできそうだったら、そのままお互いの首をはねあうのも良いと思ったのだが、上手く行かない物だ。

これが帝国最強、これで更に帝具があるのだから、明らかに僕より格上……母さんクラスか。

母さんは病気で帝具が使えない所に、不意打ちで腕一本切り落としてからでも死闘だったので、今の僕では到底適わない相手だろう。

などとやっているうちに、アイスを食べ終えた僕ら。

ゴミを捨てた後、立ち上がり、自然僕らは真正面から向かい合う形となる。

 

「さて、ここで一つ、問うておこう。私は”弱肉強食”を己が理として生きている。お前はどうだ? キョウ」

「僕は”邪悪を殺す”為に生きています」

 

 エスデスさんは、僅かに目尻を落とした。

僕もまた、同じような顔をしていただろう。

 

「残念ながら、お前とは何時か何処かで殺し合う気しかしない。気が合う友人にはなれそうなのだが……、それも仕方ない事か」

「僕も、貴方とは仲良くなれそうな気ばかりするのですが。残念ながら、殺し合う未来しか見えませんね……」

 

 心の底から残念である。

初デートをした相手、それも人生初の逆ナンをしてきた相手と、何が悲しくて本気の殺し合いをする未来を予見せねばならないのやら。

でもそれは、彼女が彼女であるが故に、エスデスさんが僕と相性が良い所以こそが、僕たちを殺し合いに走らせる理由なのだ。

愛おしい、と言う程ではないけれど。

友愛を感じるが故に、僕は彼女を殺さねばらないのだ。

 

 セリューや母さんと殺し合った時とはまた違う感情が、僕の内側を巡った。

母を殺した時は、憎悪と殺意に満ちていた。

妹を殺した時は、頭がどうにかなりそうな程の感情ではち切れそうだった。

けれどエスデスさんと殺し合う時は、きっと笑顔で殺し合えるだろう。

爽やかな殺意、とでも言うのだろうか。

そんな不思議な感情が、僕の内側を走って行く。

 

「――どうします?」

 

 問うた僕の言葉は、今この場で殺し合うか、の意である。

エスデスさんは、僕と同じ殺意を感じているのだろう、爽やかな笑顔で告げた。

 

「――今度にしよう。お互い、獲物も持っていないしな」

 

 確かに、僕は脇差しと黒針数本しか持って折らず、長刀を持っていない。

エスデスさんも、身のこなしから突きを主体とするだろう、多分レイピアと思われる主武装を持っていない。

なるほど、と頷き僕は右の拳を突き出した。

同じくエスデスさんも右手を突き出し、かつん、と合わせる。

 

「では、次会った時は」

「願わくば、生死を定める戦場にて」

 

 互いに踵を返す。

靴裏で石畳を叩きつつ、僕らは正反対の方向へと歩んで行く。

勿論、互いに振り返りはしなかった。

 

 

 

*

 

 

 

「――という、訳だったよ」

 

 気のせいか、色濃い疲労感に包まれたレオーネと、楽しそうにしているキョウとの報告が終わった。

あのエスデスに逆ナンされて楽しくお茶をして帰ってきたというキョウに、ナイトレイドの面々は絶句するばかり。

アジトの食堂にはナジェンダの他はマインとシェーレ、レオーネにキョウの5人のみ、残る4人の帰還前の簡易報告の場であった。

短い沈黙。

遠い目をしたナジェンダが、ぽつりと告げる。

 

「そ、そうか……。キョウ、お前は私の想像以上の男だな……」

「あたし、キョウと作戦するのもうヤダぁ……」

 

 半ばキャラが崩壊しつつある2人に、冷や汗を掻きつつ2人をそっと視界から外すマイン。

ぴーぴーと吹けない口笛を吹いているマインに、キョウは一人、怪訝そうに首を傾げるばかりである。

そんなキョウに、思わずシェーレは問うた。

 

「あの……キョウさん。キョウさんは、エスデスの事が好きなんですか?」

「うん、良い友人となれそうだから。あ、勿論敵対して殺す覚悟はあるけどね」

 

 打てば響く答えに、シェーレはじっと隣の席に座るキョウを見つめてみせる。

粘度のある光に満ちた眼であった。

シェーレはそんな眼を見ていると、どうしてか、ふとキョウがナイトレイドに入った日の事を思い出す。

“社会の屑どもを殺すため”に、ナイトレイドに入ったというキョウ。

その時はあまりに穏やかな顔だったので、本当かどうか、シェーレも首を傾げた物であった。

けれど今は、生き別れの妹がその”社会の屑”であれば、苦しみつつも殺してみせたキョウを直視した今は、違う。

あの恍惚とするような、美しい姿を見た今は、違う。

 

 ――キョウさんは、私と同じ目的を持ってナイトレイドに入った。

シェーレは確信に似た思いで、そう断じた。

アカメは己の心に従い。

ナジェンダは帝国について行けず、ラバックはナジェンダの為。

ブラートは民の味方を気取る為、マインは差別撤廃の革命の為、レオーネは調子に乗った大臣を殴り殺すため。

比し、シェーレは社会のゴミが掃除できる、自分が役に立てる事は一つある。

そう感じたが故に、ナイトレイドに所属しているのだ。

そしてその理由は、キョウがナイトレイドに入った理由に、とても近いようにシェーレには思えたのだ。

 

 無論、一方的な親近感である。

キョウにシェーレは己の目的を明かしていないのだ、当然と言えば当然であった。

けれど、自分から己の目的を告げるなど恥ずかしくてできないし、もしかしたらキョウならそれを察してくれるかもしれない。

言葉にせねば伝わない物もあると、シェーレは知っている。

しかし、それを超えて、言葉にしなくてもキョウに伝わる物があれば、それはとてもロマンティックなのではないか、とシェーレは思うのだ。

 

「……シェーレちゃん?」

 

 キョウの声に、ふとシェーレは我に返った。

遅れ、自分がキョウを凝視していた事を理解。

次いで自分が頭の中で考えていた事を口にしていないか、していたらどうすればいいのか。

頭の中が真っ白になるほど焦ってしまい、思わず告げる。

 

「わたっ、いえ、あの、その……!」

 

 何を言いたいのかも分からず、口に出る言葉はあやふやな物ばかり。

弁解のため立ち上がろうとして、シェーレは不覚にも椅子に足を引っかけてしまった。

バランスを崩すシェーレの視界が回転、転んだ、と認識した瞬間である。

ぽすん、と。

肉の柔らかな音と共に、暖かな温度に包まれ、シェーレは受け止められた。

受け止めて貰えたのだ、理解してシェーレは顔を上げて。

 

「良かった、大丈夫? シェーレちゃん」

「……ぁ」

 

 間近にあるキョウの顔。

吐く息の温度が、伝わるような距離。

仄かな男性の汗の臭いが、シェーレの鼻をついた。

何故か高鳴る心臓に、シェーレは顔面が急に熱くなるのを感じる。

 

「は、わきゃっ、あの、ごめんなさいっ」

 

 謝り、身体を離さなければ、とシェーレは手近にある物に両手を沿えた。

沿えてから、それが金剛石のような硬さの肉であると気づき、次いでそれがキョウの両腕であると気付く。

見目とは違い男性を意識させる肉体に、シェーレは思わずその腕を放すどころか、強く握りしめた。

 

「あの、シェーレちゃん?」

 

 問いかけるキョウに、はっと気づき、慌てシェーレは目の前の物を突き飛ばした。

当然、目の前に居たキョウが突き飛ばされる形となる。

 

「お、っとっと」

 

 言いつつキョウは、器用に椅子を回転させて仕舞いつつ、自分は数歩よろけて後ろへと歩みつつ、足を止めようとした。

そのキョウに、シェーレはすいません、と何時もの台詞を言おうとして。

キョウの背後のドアが開き、人影が現れる。

ぽすん、とよろけたままのキョウを支える人影――アカメ。

 

「おっと、どうしたキョウ」

「お、ありがと。お帰りアカメちゃん、ラバくん。無事で良かったよ」

 

 言いつつキョウは身体を翻らせ、アカメとラバックに微笑みかける。

そのキョウと、何時もより気持ち華やかな笑顔で会話し、続けアカメは中の面々へと帰還の挨拶へ移った。

シェーレとアカメの、目が合う。

 

「ただいま、シェーレ」

「……おかえりなさい、アカメ」

 

 何故か、一瞬シェーレの目には、アカメの顔が勝ち誇っているかのように見えた。

無論アカメがそんな顔をする筈が無いので、シェーレの錯覚に違いないのだが。

自然、声が固くなる。

謎の闘争心が、メラメラと心の中からわき出てくる。

 

「……ふーん、です」

「うん? どうしたシェーレ?」

「ふーん、ですもん」

 

 ぷくっと頬を膨らませて視線を逸らすなど、自分でも子供っぽいと分かっている。

それでも、自然とそんな仕草が出てしまい、自身の変化にシェーレは戸惑った。

対しアカメは、自分が何かしてしまったのかと首を傾げており、隣のキョウへ視線を。

同じく首を傾げるキョウ、それを見て更にシェーレは自身の機嫌が急降下してゆくのが分かった。

そんな3人を尻目に、平坦な声でレオーネとナジェンダ、マイン。

 

「うちのメンバー、余裕だよなぁ……」

「あぁ、なんか私も色々と何とかなるような気がしてきたぞ……」

「そんな訳……ありそうな気がしてきちゃった……」

 

 それらを、一人蚊帳の外のラバックが部屋の隅で膝を抱えつつ見返り眺めている。

穏やかで、心温まる光景。

こんな時が何時までも続けばいいのに、と、機嫌を悪くしつつも頭の片隅で、シェーレは思った。

否、ここにはまだ足りない人が要る。

シェーレにとっての兄貴分と弟分、大切な仲間達が。

だから、シェーレは密かに祈ってみせた。

 

 ――残るタツミとブラートが、どうか無事に帰ってきてくれますように。

 

 その願いは、半分しか叶うことは無かった。

 

 

 

 

 




キョウとエスデスは割と相性が良いです。
お互い運命の相手が居なければ、結ばれた可能性もあるぐらいという脳内設定。
でもタツミさん居るし……。

あと、結末までプロット書き終えました。
22〜24話ぐらいの分量かな、と現時点では思います。
1万文字ぐらいのプロットになり、エンディングは書き始めの予定通りに。

タツミさんが目立たないプロットになってしまった……。
その分アカメの出番が増えたので、それでよしとしてください。

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