信人跋扈   作:アルパカ度数38%

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7.

 

 

 

「帝具使いが殺された?」

 

 華やかな宮殿の一角。

通路を歩く足を止め、エスデスは問うた。

青い氷の線分のような髪を煌めかせ、その鬼神の如き美貌を横の大柄な男へ向ける。

視線の先の男は、オネスト大臣。

帝国を影から操る、傀儡政治の実権を握る男である。

 

「えぇ。警備隊のセリュー・ユビキタス。生物型の帝具・ヘカトンケイルの使い手ですよ。あぁ、ですので帝具使い6人は、ギリギリなんとかできないでしょう。5人で勘弁していただきますよ」

「ふむ……仕方ないか。一応聞いておくが、セリューとやらは使い手としてどの程度だった?」

「並の帝具使いの域は出ていない、とブドー大将軍は評価していましたね。あの母親からその程度の娘とは、矢張り種の質が悪いとこうなるのですかね」

 

 呆れ気味に言い、溜息をつくオネスト。

オネストの母への高評価に反応し、隣のエスデスは艶然とした笑みを浮かべた。

楽しめる闘争の相手を予感した、野獣の笑みである。

 

「その母親とはやらは強いのか?」

「帝具・リィンフォースの使い手な上に、本人が頭のおかしい強さでしてね。模擬戦とは言え、かつてはあのブドー大将軍を下した程でした」

「ほう……」

 

 血潮が沸き立つのか、エスデスが物騒な気配を醸し出す。

その怖気の走るような殺気に大臣が容易く耐えられる一因は、間違いなく話題にでたあの女の殺気を知っているからだろう。

エスデスも超弩級の強さを誇る化け物だが、セリューの母は僅かながらその上を行く。

特にあのリィンフォースの奥の手は、恐らく全帝具でも屈指の殺傷効率を誇る御技である。

あれを手駒に出来ていれば、ブドー大将軍など障害にもならなかったのだろうが……。

 

「とは言え、あの女は強さだけではなく頭の方もおかしかったですからね。手駒として私も扱いきれなかった程です。私としては、故人となってほっとしているぐらいですよ」

「ち、反乱軍にでも加わっていれば楽しめたものを……」

「あの女の性格上ありえませんが、そんな事になったら帝国軍が全滅しかねませんね」

「それほどか。惜しい人を亡くしたのだな……」

 

 切なげに溜息をつくエスデスは、あの女に比しまだ少し弱いが、伸び代がありあの女を超える可能性すらある。

加え、正義狂であったあの女に比べれば、戦闘狂のエスデスの方がずっと扱いやすい。

矢張りエスデスこそ最高の手札、とオネストは確信する。

各地にいくつか手札となり得る種はまいているが、その殆どが育たないか行方が分からないか死んだ今、これほどの手札を補充できる機会はまずあるまい。

そんな大臣に、強敵を失っていたショックでだろう、物憂げな顔でエスデス。

 

「ちなみに、そのセリューとやらの母の名はなんと言った?」

「トモエ・ユビキタス。……あぁ、そういえばセリューの兄にあたる息子が行方不明なのでした。運が良ければ、そいつと戦う事もあるかもしれませんね。エスデス将軍にとっても楽しめる相手かもしれませんが、後で注意事項を伝えておきますよ」

「ふ……、一応憶えておこう」

 

 告げ、エスデスは再び靴裏で地面を叩いて行く。

オネストもまた、後ろでを組みエスデスの斜め後ろを歩き始めるのであった。

 

 

 

*

 

 

 

「ふー、ふー」

 

 唇を窄め、アカメは暖かなシチューを冷ましてやる。

そのまま顔を赤らめたままのキョウへと、スプーンを運んだ。

空いたキョウの口へと、ゆっくりとシチューを食べさせてやる。

 

「どうだ、冷めないうちに食べるシチューは美味いだろう」

「く、口惜しいけど、美味い……」

 

 頬を赤らめつつも、キョウもアカメ並の食いしん坊である、口は素直に動きシチューを味わっている。

そんな元気に動いているキョウを見て、アカメは改めて胸をほっとなで下ろすような気分になった。

数日前、死に体で運ばれてきたキョウを見た時は、血が凍るかと思った物であった。

こうやって動いている姿を見ると、アカメは胸の奥に暖かい物が浮かぶのを避けられない。

 

 セリューと帝具ヘカトンケイルを相手に負傷したキョウは、今現在リハビリ中である。

不意打ちの弾丸は臓腑の急所を掠っており、加え帝具ヘカトンケイルの奥の手の咆哮の後遺症と重なり、帰還してすぐから上手く両腕を動かせないでいるのだ。

とは言え完治まで、半月もかからないという程度なのだそうだが。

帝具使い相手に、味方が居たとは言え実質帝具無しのキョウが喰らった傷は、最初の不意打ちの一撃のみ。

相変わらず超人的な強さではあるが、しかし。

 

 不意に止まったアカメの手に、キョウはきょとんと視線をアカメの顔に。

その目は今にも黒目から何かがこぼれ落ちそうな、張り詰めた物。

黒々とした粘ついた狂気に満ちた目は、今にも崩れてしまいそうな程に痛々しい。

見ていられず、アカメは続け手を動かす事に腐心した。

応じ、美味しそうにキョウはアカメ手製のシチューを堪能し始める。

 

 キョウは、ずっと探していた実の妹を斬ったのだ。

それもアカメと違い、妹を斬る覚悟など無しに再会してから、すぐに。

しかも、キョウがナイトレイドに所属している事を気取られぬよう、埋葬すらできずに死体を捨て置いて。

マインとシェーレのフォローで仕方なかった事だと聞いたし、月日がキョウの妹セリューを変えていた事も聞いていた。

その後の調べで、言質通りセリューがスリや軽い詐欺の犯人ですら見即殺していた事が分かり、ナイトレイドに付いてくる事などあり得なかった、と分かっている。

噂さえなかったのは、セリューについて触れて何らかの理由で悪と断定され、殺されたくなかったからなのだとか。

ナイトレイドの面々も皆キョウに同情的で、痛ましい物を見る目で見ていた。

 

 ――キョウは、未来の私自身だ。

アカメは半ばそう確信していた。

境遇や環境に違いはあり、更に言えば、むしろ最愛の人を斬ったのが2回目であるキョウの方がずっと酷い人生なのかもしれない。

けれどどうしても、アカメにはキョウが他人のように思えなかった。

今のようにキョウが狂おしい何かを抱えているのを見るのは、我が事のように辛い。

元々仲間相手であればそうなのだが、キョウに関しては輪をかけてそうだった。

 

「あの、アカメちゃん?」

「え、ぁ……」

 

 言われ、アカメは意識を現実に。

空になった皿、当然そちらも空のスプーンを、それでもキョウに向け差し出していた事に気付く。

こほん、と小さく咳払い、何事も無かったのようにスプーンを置き、自身の席に腰を下ろした。

対し、無かった事にし笑顔でキョウ。

 

「ごちそうさま、アカメちゃん。美味しかったよ」

「ふふ、お粗末様だ」

「あーんしてくれてありがとうね」

「お安いご用だ」

 

 告げるキョウの笑顔は、先ほどまでの暗い物を払拭し、満面の笑みであった。

ここ数日は希にしか見せなくなった、影の無い笑みである。

心の底から浮かべている笑顔だからなのだろう、どうしてか無理をしているようには見えず、見る人の心を温めさせる力のある笑みだった。

胸の奥に、日溜まりのような温度が宿るのを感じ、アカメもまた微笑む。

 

「――そういえば、皆はどうしたんだろう? さっきから、見た感じは周りに居ないみたいだけど」

「む、そういえば。皆は何処に行ったのだろうか?」

 

 首を傾げるアカメがぐるりと見回しても、先ほどまで居た仲間達は皆姿を消していた。

気配は何となく感じるので、アジト内には居るのだろうが。

どうしたものか、と思わなくも無いが、同時に好機でもある。

一人頷き、アカメは席を立った。

そのままテーブルを回り込み、向かいに座っていたキョウの隣に腰を下ろす。

視線をキョウの目へ。

緊張に生唾を飲み込みつつアカメはキョウの手を掴んだ。

僅かに低くなっている、体温。

 

「……アカメちゃん?」

「キョウ。その……上手い言い方が出来ないんだが……」

 

 何か台詞を考えてきた筈だった。

しかし当人を前にすると、頭の中が真っ白になってしまい、考えてきた作戦はとうに彼方だ。

こんな時、アカメはいつも己の話術の拙さに後悔を憶える。

それでも、戸惑うキョウを前に何時までも黙りきっている訳にもいかず、思い切ってアカメは問うた。

 

「辛かったら……、言ってくれ、もう少し私たちを頼ってくれ。私たちは……」

 

 目を閉じ、開く。

黒々と渦を巻く狂気の瞳と、真っ直ぐに目を合わせ、告げた。

 

「仲間だろう?」

 

 ぱちくりと、キョウの瞼が開け閉めされる。

すぐにキョウは相好を崩し、続け何かに耐えるようにしながら視線を落とした。

僅かに震えながら、小さな声で告げる。

 

「そういえば、約束してたっけ。何時か、母さんの事について話すって。セリューの事と、繋がっているからね。多分、ご飯が美味しくなくなる類いの話になっちゃうけど……、聞いてくれるかな?」

「あぁ」

 

 間髪入れずの言葉に、キョウは面を上げる。

安心からか、その目には光る物が見えた。

それをすくい取ってやりたい衝動に駆られるアカメだったが、先にキョウが服で目の周りを擦り、水分をぬぐい去る。

少し目の周りを腫れぼったくしながら、キョウは話し始めた。

 

「僕の父が警備隊員で、母が元暗殺者だっていう話はしたっけ。馴れ初めまでは知らないけど、兎に角その2人の子供が僕とセリューだった。父は外面は真面目だけど、ちょっとずるい所のある人で。母はこの前のセリューに負けず劣らずの、正義狂だったさ」

 

 父は警備隊であるが故にあまり頻繁には家に帰れず、必然、キョウとセリューは母の正義の教えを胸に成長してゆく。

キョウが7歳になる頃には、正義執行隊と名付けた子供パトロールをやっており、その日もパトロールの最中だったのだとか。

 

「その日、僕はセリューとはぐれた隙に、偶然父さんが賄賂を受け取っているのを見ちゃったんだ」

「……そう、か」

 

 子供にはショックな絵面である。

しかしキョウは、すぐに騒ぎ立てる事をせず、妹にもその事を知らせなかったのだと言う。

 

「立派、だと思う。妹がショックを受けるのを、避けたかったんだな?」

「うん。でも、立派なんかじゃないさ。僕は妹に知らせられなくて、でも一人で抱え込んでいる事もできなくて……、母さんに相談したんだ」

 

 ひゅ、とアカメは思わず息をのんだ。

遅れ、キョウと目が合う。

ドロドロの、今にも溶け落ちて床に広がりそうな目。

 

「母さんは父さんを殺した。――僕の密告で、母さんは父さんを殺したんだ」

「……ぁ」

 

 言えなかった。

何も、言える筈が無かった。

かける言葉が見つからなかった。

 

「そして母さんは、悪を見抜けた僕を合格、セリューを不合格として、セリューを帝都に捨て、僕を連れて辺境都市に行った。僕は気絶させられて、気付いたら辺境行きの馬車でね。セリューは死んだと聞かされたよ」

「…………」

「そして僕は、母さんから本格的な暗殺者としての訓練を付けられた。正義たれ、と身にしみる程に教えられた。父さんが母さんに殺されたのは、悪だったから仕方ない、と思い込んだ。何せ、その時の僕にとっては母さんが残るたった一人の家族だったからね、憎み続けられなかったのさ」

 

 自嘲するキョウだが、アカメは何となくその気持ちが分かる気がした。

アカメは暗殺部隊時代にクロメに大切な人を殺された事があったとして、クロメを憎み続ける事は難しかっただろう。

 

「思えば、洗脳教育に近かったのかな。日がな一日ずっと正義正義聞かされて育ったし、外部との接触も許されなかった。でも、父さんを殺した正義にずっと違和感があって、僕は正義に浸りきる事はできなかったんだ」

「そう、か……」

 

 アカメもまた、かつて帝国の犬として洗脳教育を受けた身である。

胸の奥から複雑な感情が昇ってきて、アカメは今自分がどんな表情を浮かべているのか、分からなかった。

そんなアカメに、眼を細めつつキョウ。

 

「でもさ、10歳ぐらいだったかな。外出の許可が出て、僕にも友達が出来たんだ。辺境の街の、スラムの子でさ。ひん曲がっていた僕の常識に、少しだけでも現実を教えてくれた娘だった。勿論、子供同士だから、故意っていうよりは自然に教えてくれたった感じだったけどさ」

「……あぁ」

 

 言いつつ、アカメはマインとシェーレが聞いたという、キョウが母を殺した理由を思い出す。

“僕が母さんを殺したのは、母さんが僕の友達を悪と断じ、殺したからだ”。

それを思えば、どうしても明るい声は出なかった。

 

「で、その子スラムっ子だから、悪い事も教えてくれてさ。正義一辺倒だった僕には新鮮で、凄い事で。隠してはいたけど、母さんにバレて。母さんは、早速その娘を家に攫ってきてさ。それから……」

 

 キョウはばっと後ろから覆い被さるような仕草をしつつ、続けた。

 

「こんな姿勢? 後ろから被さるようにして、僕の両手を持って、ナイフを持たせて。怪力で、抗えなくてさ」

「――え?」

 

 嫌な、予感。

先の想像を絶する内容が待ち受けているという予感に、思わずアカメは青ざめた。

しかしキョウは、そのどろりとした目を向けつつ、続け言った。

 

「母さんは、僕の手を間に挟んで持ったナイフで、僕の友達を殺した。僕の、初の殺しだった。――感触だって未だに憶えている。何せ殺した後は、そのまま僕の手を使っての、人生初の人体解剖だったからね」

「…………っ」

 

 絶句。

口を開け閉めするだけで、何も言えないアカメ。

キョウは歯を噛みしめ数秒、何かに耐えるように硬直してみせる。

大きな吐息。

僅かな脱力と共に、続けその口を開いた。

 

「僕は、母さんを憎み始めた。でも、その憎み方だけど……、僕は、正義として邪悪な母さんを殺さねばならない、とその時思っていたんだ。笑えるよね、僕の正義は母さんに教え込まれた物だったって言うのに」

 

 自嘲気味に告げるキョウに、アカメの頭の中が真っ白になった。

臓腑が燃えさかり、身体が反射で動き出す。

思わずアカメは椅子を蹴倒しその胸ぐらに掴みかかった。

目を見開くキョウに、零れる涙と共に叫ぶ。

 

「笑える訳があるかっ! お前が……、仲間が、やっと吐き出してくれた言葉なんだぞ!」

「……うん、そうだった。ごめんね、アカメちゃん」

 

 真摯に謝ってみせるキョウに、アカメは自身を駆っていた衝動が消え失せるのを感じた。

するとすぐに冷静さが戻ってきて、自分がした事を思い起こさせる。

 

「こ、こちらこそすまない。乱暴な事をしてしまって」

「ううん、大丈夫。僕こそ、無神経だったよ」

 

 にこやかに告げるキョウに恐縮しつつ、アカメは倒した椅子を立てて座り直す。

羞恥に顔を赤らめるアカメに微笑み、キョウは続けた。

 

「兎に角僕は、母さんに殺意を持ったけど、実力差は大きかった。僕は大人しく母に従う振りをして、10年近く師事し続けた。間には、母の正義に従っての暗殺者まがいの事をした事もあったっけ」

「それで飲み込みが早かったのか」

「かも。まぁ、母さんが凄まじい暴走っぷりだったから、裏を取る方法は本当に縁が無くて……って、まぁそこはいいか。で、十分な実力がついたと思った頃、隙をついて母さんを殺し、帝具を飲んで手に入れた。……不意打ちに成功して、研究しつくした筈の相手でも、とんでもない死闘だったけど」

 

 青ざめた顔でキョウが言う辺り、キョウの母は凄まじい使い手だったのだろう。

そもそも、キョウを指導できたという時点で十分想像出来る事でもあったのだが。

 

「で、母さんを殺した僕は考えた。母さんを殺した時、僕は自分の矛盾に気付いた。殺しは正義じゃないと思いつつも、僕は骨の髄まで悪を殺す事を仕込まれていて、悪を断じた相手を殺さない生き方なんてできない。ならば正義ではなくとも、悪を殺さなければ、僕は生きていく事すらままならない」

「それで、ナイトレイドに……」

「うん。勿論、母さんが死に際に漏らしたセリューの事も、十分あったんだけどね。で、その死闘で結構怪我しちゃったから、治したり落ちた体力を戻したりしてから帝都に来たら、半年近く経ってたって事さ」

 

 激烈な半生であったが、キョウの苦悩は当然まだ終わらない。

そうまでして残った唯一の家族もまた、キョウの母と同じ狂気に囚われており、先日キョウの手で斬り殺したのである。

続け、キョウの話はセリューとの事柄に移ってゆく。

 

「あの日出会ってすぐに分かったけど、セリューは、まるで母さんと同じ性格になっていた。いや、悪を見抜く力の弱さを考えると、母さんより酷かったのかもね。……早合点だとか、あの場はどうにかして何度か出会えば考えが変わるとか、僕には全く思えなかったんだ」

「キョウ……」

「僕は……。恐ろしい事に、セリューを殺してしまった事に受けたショック以上に、自分がセリューを見逃さずに殺せた事に、安心すらしているような気がするんだ」

 

 告げ、キョウは己の眼前に掌を上げた。

震える手を、歪んだ目でじっと見つめる。

 

「大切な人であっても、”正義”のためなら殺せる。母を憎んだと言いつつ、実は母の洗脳通りの自分で居る事に。妹を殺したのに、平気な顔で実際は自分の事ばかり考えているような気がしてならないんだ」

 

 キョウは両手で自身を抱きしめ、震え始める。

視線を足下に、青ざめた顔で何か続けて言おうとして。

そんなキョウに耐えきれず、思わずアカメは椅子を飛び出した。

え、と小さくキョウが漏らすのを聞きながら、優しくキョウを抱きしめてやる。

やや下がっていたキョウの体温は、それでも抱きしめると強く伝わり、身体の芯が熱くなるようだ。

肌と肌が触れ合い、ぴったりと張り付きまるで一つになっているかのよう。

アカメが互いに触れた頬を僅かに動かすと、キョウの微かな体臭が鼻をついた。

 

「違う。キョウ、お前はそんな奴じゃない」

「あかめ、ちゃん……?」

「百歩譲って、お前がセリューを殺した事に安心していたのだとしても、それは自分の為なんかじゃない。壊れていく妹がこれ以上狂う前に、終わらせてやったからこそ、お前は安心したんだ」

 

 キョウに告げる言葉は、半ば自身に言い聞かせるつもりでもあった。

アカメの最愛の妹は、アカメの古巣である帝国軍の暗殺部隊に居る。

アカメにとって妹は最大の敵であり、妹にとってアカメは裏切り者なのだ。

半ば以上心が壊れ、薬によって精神と肉体を削りながら強さを保つ妹を、アカメは殺してやらねばならない。

だからこそ、アカメは自分の口から出ている言葉が、キョウのためだけを想った言葉ではないと気付いている。

 

「大丈夫、お前はきちんとセリューの事も、母親の事も、愛しているさ。愛している人を殺して、実はショックを受けていない奴なんて居ない」

「なんで……そんな事、分かるのさ」

 

 それでもアカメは、言葉を止める気は一切無かった。

理屈では無い。

内側からわき出てくる、己の心に従ったからだ。

 

「――ザンクの帝具の奥の手。お前は、自分の母親を見た」

「それは、でも。セリューは……」

「愛していない妹の事を、あんなに嬉しそうに話せる人間を、私は知らない」

 

 キョウの両肩を掴み、2人の間を少し作る。

自然、アカメとキョウの目が合い、アカメの瞳にはキョウの瞳が映っていた。

涙を零し、いつの間にかその狂気の光が薄れた、あの優しげな瞳が映っていた。

 

「大丈夫だ。お前は今ショックを受けているし、泣いたって当然だ」

 

 言って、アカメは再びキョウの事を抱きしめる。

頬が触れ合い、遅れ、斜め後ろのキョウの顔面がある辺りから、小さな嗚咽が聞こえてきた。

まるで、アカメより小さな子供のような鳴き声。

それがまるで、小さい頃からため込んできた涙を今流しているかのように思え、アカメはキョウが一体何時ぶりに泣いたのだろう、とさえ思う。

裏の仕事をしているのだ、大切な人を失っても切り替えが出来なくてはどうしようもないだろう。

だが。

今このときだけは、この男を泣かせておいてやりたい、とアカメは思うのであった。

 

 暫くして。

泣き止んだ様子のキョウに、アカメは静かに体を離した。

羞恥からだろう、顔を真っ赤にした様子のキョウが微笑ましく、どうしても笑みが漏れてしまう。

 

「う……ごめん、みっともない所みせたね。遅いけど、今から切り替えるさ」

「あぁ。頼りにしているぞ?」

「う、うん……。皆も、格好悪い姿見せちゃったね」

「……皆?」

 

 疑問符を吐きつつ、アカメは周囲を見渡した。

すると食堂に繋がる扉の全てから、仲間達の顔が覗いている。

視線が合うと、幾人かからは手を振られた。

顔面に熱が昇ってくるのを感じながら、ぎぎぎ、と油の切れたブリキのような音を立てつつ、アカメは視線をキョウへ。

 

「……気付いていたのか?」

「う、うん。途中からだけど……」

 

 だからどうしたのだ、とアカメは思う。

仲間の心に対し、その精神のケアをする事はなんら恥ずかしい事ではあるまい。

ましてや、似た宿命を抱える仲間相手であれば、尚更の事である。

なのに。

何故、こんなにも顔が火照り、心臓がドキドキと高鳴っているのだろうか。

けれど、この爆発しそうな感情を吐き出す場所を、どうしても見つけられず。

 

「はやく、言ってくれ……」

 

 アカメは消え入りそうな声を絞り出すので、精一杯だった。

 

 

 

*

 

 

 

 食堂になだれ込んだナイトレイドの面々がアカメとキョウで遊んでいるのを尻目。

煙草をくゆらせるナジェンダと、腕組みするブラートとが2人輪を外れ壁に背を預けていた。

 

「――ユビキタス、とすれば、キョウはトモエ・ユビキタスの子か」

「ボス、キョウの母親を知っていたのか?」

「20年以上前に引退した帝国最強の暗殺者で、名と功績だけは知っていた。ほぼ忘れていたのだがな……」

 

 溜息。

己の記憶力の悪さに、ナジェンダは自分の頭をかち割りたい程の自噴を感じた。

名を聞いた事こそ1回しか無いが、その冗談のような功績を忘れるとは、自分の事ながら許しがたい。

言い訳をすれば、キョウの一見和やかな雰囲気とイメージが結びつかなかったのだが。

 

「超級危険種をダース単位で狩り、西方の勇者とさえ呼ばれた男達10人を刈り尽くした女だ。ブドー大将軍の師匠だったと聞けば、その冗談のような強さが分かりやすいだろうな」

「いや、むしろ想像が付かなくなったんだが……」

 

 流石に冷や汗をかくブラート。

無論、ブドーとて、トモエの師事が終わった後も成長は続けていたのだろう、トモエが今のブドーより強かったとは限らない。

とは言え、それでも十分に強すぎるのだが。

 

「引退後の上息子相手に油断していたとは言え、元帝国最強級を殺した、か。強い上に伸び代を感じさせるのは良いのだが……」

「精神の平衡に不安がある、か」

「あぁ。キョウの精神が脆いと言うより、育ってきた環境がおかしかった所為なのだろうがな」

 

 流石に歴戦のナジェンダも、トモエの教育方針には引いてしまった程だ。

帝国に渦巻く狂気を押し込めたような状況には、流石に同情を禁じ得ない。

とは言え、だから手をこまねいているという訳にもいかなかった。

正気と狂気の狭間に居るキョウは、何かの切欠で発狂しかねないのだ。

それはある意味誰でも同じなのだが、キョウの持つ境界線は常人よりも身近にある事は間違い有るまい。

 

「アカメはキョウに自分を重ねすぎている。今回はそれが良い方向に行ったが、常に上手く行くとは限らん」

「最悪、キョウが感情にまかせて暴れれば、単独で対処しうるのは俺かアカメぐらい。すると、俺がキョウの事も注意して見守っておけばいいのか?」

「あぁ。苦労をかけるが、頼むぞ」

 

 シニカルに告げ、右手の義手をあげるナジェンダ。

応じてブラートも手を上げ、互いの甲を軽くぶつけ合う。

狂気を孕んだキョウを抱え続けるのはリスキーではあるが、その強さが魅力的な上、仲間を斬り捨てるのはナジェンダの流儀では無い。

そのまま仲間の輪へと歩いて行くブラートの背を眺めながら、帝具使い相手に誰一人欠ける事の無かった仲間達に、ナジェンダは僅かに相好を崩した。

 

 

 

 

 




Scene1.終了。
セリューは討てないルートでキョウが信頼を失い、ナイトレイド分裂気味ルートとかも考えたのですが……。
あまりに革命失敗ルートが見え見えになってしまいますしね。
他にも色々と、このルートの方が書きたい事が書けるので。

名ありのオリキャラはあんまり増やしたくないのですが、セリュー・キョウの母は名前付けちゃいました。
名無しだと書きづらいのですよ……。

さて、メロメロになるヒロインその1は皆さんもおわかりになりましたでしょうか。
この作品、拙作にしてはヒロイン数絞ってありますので、メインヒロインはあと1人。
Scene2.を読む内に皆様にも分かるような展開になっております。
本作はちょっと変な主人公よりも、ヒロインに主題を置いた作品(になる予定)なので、そちらも注目していただければ。
では。

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