信人跋扈   作:アルパカ度数38%

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あけましておめでとうございます。


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6.

 

 

 

「セリュー・ユビキタスはまだ見つからないな」

「そうですか……」

 

 がっくりと頭を下ろすキョウに、対面の椅子に座るナジェンダは、渋顔を作った。

昼のアジト内の食堂、偶々かち合った待機組の中でキョウが妹の件の進捗を問うたのだが、捜索は遅々として進んでいない。

煙草をくゆらせながら、同じ食卓に着くメンバーのうち、近くに居るアカメ、マイン、シェーレらに視線を。

3人どころか、タツミなど他の食堂に居るメンバーですらも話に意識を持っている事に内心頷き、続ける。

 

「流石にこれだけ調べて見つからないのであれば、帝都にはもう居ないんじゃないのか?」

「う~ん、僕を追って辺境に、とかですかねぇ」

 

 だれたままに背を丸く、顎をテーブルにのせながら、キョウは言った。

可能性は低いと考えているのだろう、声は訝しげである。

その理由に内心首を傾げるナジェンダを代弁し、マイン。

 

「なんでそこで不思議そうになのよ。あんた妹に懐かれてたんじゃないっけ?」

「うん、まぁそうだけど、正義感に篤い子だったからなぁ。7歳からある程度大きくなるまで帝都で育ったなら、居場所の分からない僕を追うよりも、帝都に居るだろう友達なんかを守る方を選びそうな子だったから」

 

 無論、帝都で大きくなるまで育つ可能性以外は、殆どが死に繋がる可能性である。

危険種はびこる帝都の外、辺境まで保護者無しの7歳の少女が生き延びられるほど、自然もまた甘くは無い。

そこで、話に興味を持った様子のシェーレが、ふわりとした声で告げる。

 

「正義感のある子でしたら、軍に入った可能性は? 軍人で下っ端なら、名前は隠匿される筈ですし。正義感が強いなら味方も多く、私たちで名前を掴むのに時間がかかるのも頷けますが」

「う~ん、ほんの少しの悪でも絶対に許さない、って感じの子だったからなぁ。今の軍を見て、清濁併せのみながら正義執行、って言うような器用な真似ができそうな子じゃなかったけど」

「そうか。案外、私たちと同じ暗殺稼業でもやっているかもしれんな」

「……まぁ、ね」

 

 話に参加してくるアカメに、同じ外道に手を染めている妹を想像し辛いのだろう、渋顔を作るキョウ。

包囲網が完成したのを見て取り、にやりとナジェンダは悪戯な笑みを浮かべた。

 

「そういえば、キョウ。妹とのエピソード、もっと無いのか?」

「へ?」

「あ、私も聞きたいかも」

「面白そうですね~」

「……興味がある」

 

 言いつつ、さりげなくキョウを囲み、逃走経路を潰すアカメら。

他2人は冗談交じりのようだが、何気にアカメは少し本気の目である。

珍しいアカメの表情に内心疑問符を抱きつつも、ナジェンダもまた追及の手を緩めるつもりは無い。

にこにこと困った笑みを浮かべるキョウを、ナジェンダもまたにやついたままにじっと見つめた。

すぐに、観念した様子で両手を挙げるキョウ。

 

「分かったよ、話すって。まぁ、かなり昔の話だから、所々虫食いの思い出なんだけどさ……」

 

 ――キョウは警備隊の父と、元暗殺者の母の間に生まれたのだと言う。

 

「待て! まず突っ込み所がっ!?」

「どういう組み合わせなんだ!?」

「いや、馴れ初めは聞いた事無いんだけど……。父が母を口説いたというさわりの話だけは聞いた事あるんだけどね」

 

 ナジェンダとマインの突っ込みに、肩をすくめキョウ。

続け、キョウ自身の身の上話に戻る。

 

 一つ年下の妹セリューとで4人家族、皆正義感に篤い家族であった。

特に母は正義に心を捧げており、その母を父がどうやって射止めたのかは、キョウとセリューの中では最大の謎だったのだとか。

そんな家族だったので、自然キョウとセリューも正義のために生きよ、と特に母には口酸っぱく言われていたのだと言う。

 

「お陰で、正義のパトロールごっことか、セリューと2人でやってたっけなぁ。我ら”正義執行隊”ってね。子供同士の喧嘩とか、何時も止めに行ってたっけ」

 

 そんなときは、セリューは状況を見極める前に両成敗に行ってしまいがちだったのだと言う。

キョウはそれをいさめ、どちらが本当に悪いのか見定め、裁定する役目を負っていた。

母から暗殺者並の鍛え方をされていた2人は幼い頃から強く、近所の子供達には負け無しだったと言う。

 

「とは言え、年上や大人が出てくる事もあったけどね……。見極めを誤って本格的にヤバイ事になった事もあったなぁ。そういう時はボコボコにされた後でだけど、母さんが後始末をつけてくれたっけ」

「後始末?」

「うん……。母さん過激だったから、割と普通に僕の前で殺しをやってたんだ……。父と癒着とかじゃなくて、ちゃんと正当防衛にしながらだけど」

「中々過激な家庭だったんだな……」

 

 何故か感心した様子のアカメ以外は数歩引いてしまうが、気付かぬ様子でキョウ。

 

「セリューはいつも暴走気味だったけど、最後には自分の過ちに気付いて、きちんと反省できる子だった。謝りに行く時、最初は僕の後ろに隠れるんだけど、最後にはきちんと前に出て、心から謝れたんだ」

「いい娘じゃないですか、セリューちゃん」

「あんたにはもったいないぐらいの妹ねー」

「えへへ」

 

 照れた様子のキョウに、ナジェンダは何回目になるか分からない呆れた溜息を漏らす。

キョウの感想が今一ずれているのは、いつも通りの事。

この分ではキョウの妹の情報というのもいくら補正がかっているか、分かった物ではなかった。

捜索の情報収集がてら、仲間内でのネタにからかってみようとしたのだが、これでは実用成分の方は大した物とはならないか。

 

「ほら、続き続き! その時セリューちゃんはどうしたのよ」

「うん、朽ちよ悪っ! だっけな? そんな感じに叫んで……」

 

 せがまれセリューの過去話を続けるキョウに、興味深そうに聞き役を続ける面々。

その中で、アカメが目を煌めかせながら、やたらキョウの事をじっと見つめていたのが、不思議と印象に残った。

 

 

 

*

 

 

 

 夜半。

薄暗い夜空は雲に覆われ、月明かりは薄くしか下りていない。

そんな中、僕ら3人は木々に囲まれた街道を駆け、仕事を終えた帰り道を急いでいた。

 

「チブルって標的、用心深いにも程があったわ」

「でも、無事に片付いて何よりでした」

 

 渋顔を作るマインちゃんに比し、柔らかな笑顔を浮かべるシェーレちゃんは窘めるように言ってみせる。

2人らしい会話にくすりと微笑みつつ、次いで僕は別働隊の2人に心を向けた。

タツミくんとレオーネちゃん、色町に突っ込んでいっただろう2人は無事なのだろうか。

そう言った類いの言葉を口にしようとした瞬間、僅かに目を見開く。

自然、鋭い声が出た。

 

「2人とも、止まって」

「……ち、気付いたか」

 

 女性の声。

遅れ静かに、明るい茶髪の少女が木の上から着地した。

傍らには、ぬいぐるみのような謎生物が随伴。

噴水と時計塔とが一体になった造形物の前、場所は小さい広場となっている。

そこで待ち伏せという事は、ある程度広さが必要な類いの戦闘者か、と辺りを付けた瞬間。

 

「ぇ……」

 

 着地姿勢の少女が、面を上げる。

夕焼けと見違うような、半ば赤に近い茶髪。

同じ色の瞳。

顔の作り、声。

けれど警備隊の制服。

 

「……やはり、顔と手配書が一致、ナイトレイド・シェーレと断定! 所持している帝具から、連れの女もナイトレイドと断定! そして……」

 

 続け、僕を指さし、少女は顔を凍り付かせた。

指が震え、膝が震え、けれど同じぐらいに僕も震えていて。

声が、重なる。

 

「……お兄ちゃん?」

「セリュー?」

 

 吸い込まれるかのように、僕らは見つめ合っていた。

思い出の中の幼いセリューと目前の少女との映像が重なり、心揺さぶられた。

悪い冗談のような出会いに、僕はふらふらとセリューに近づいてゆく。

 

「……え? セリューって、あんたの妹!?」

「で、でも、あの娘警備隊の制服を……!?」

 

 2人が何か言っているが、それを正常に理解できる程、僕の脳の容量には余裕が無かった。

目の前の少女がやっと会えたセリューであって欲しい反面、あの娘が警備隊に入るというあり得なさそうな事実に、脳が揺さぶられる。

ふと気づき、思い出の言葉を告げた。

 

「――我ら、正義執行隊」

 

 は、と気付いた様子で、続けセリュー。

 

「街の平和を乱す者は、私たちが許さない」

「悪は全て抹殺、灰燼一つ残さない……。最後の台詞、セリューが考えたんだっけ? 物騒だったよね」

 

 最早お互い、両目から涙がこぼれ落ち始めていた。

距離は零に、僕らは自然、抱きしめ合う。

頬と頬が触れ合い、お互いの体温が交換される。

 

「ただいま、セリュー」

「おかえり、お兄ちゃん……!」

 

 最早、僕は涙を堪える事など出来るはずも無かった。

それはセリューも同じで、2人で泣きじゃくりながら、嗚咽を漏らす。

 

「ずっと、ずっと探していたよ……! 何処に行ってたの……?」

「ごめん……、ごめん……!」

 

 それだけしか言えず、繰り返しながら僕はセリューを抱きしめる力を強くした。

返すように、セリューもまた僕を抱きしめる力を強くする。

 

 ――暫く泣きわめいた後。

不意に残る2人の仲間を見るセリューに気付き、僕は名残惜しみながらセリューの背から手を離した。

数歩距離を取り、彼女らへと手を向ける。

 

「あぁ、この娘達は、僕の仲間の、シェーレちゃんとマインちゃん」

「よろしくね、あんたの事はキョウから嫌って言う程聞いているわ」

「同じく、妹自慢のキョウさんからお話は伺っています」

 

 軽く会釈してみせる2人。

2人とも軽くもらい泣きしてしまった跡があるのだが、マインちゃんの方が思いっきり泣いていたように見える辺り、らしくて溜まらなく可愛らしかった。

そんな2人を見て、不思議そうに首を傾げながらセリュー。

 

「えっと……、その、2人は殺し屋のナイトレイド、なのでは?」

「うん。僕も新人だけど、今はナイトレイドの一員だ。殺し屋っていっても、正義を名乗ってる訳じゃあないけど、一応民の味方を気取らせてもらっていてね」

 

 告げ、僕はセリューを見つめた。

言うまでも無く美しく成長した妹は、警備隊の制服に身を包んでいる。

僕より正義大好きだったセリューである、帝国を外から変えるのではなく、中から変えるのを選らんだのだろう。

あの物騒な所のあったセリューがよくぞ穏やかな道を選んだ物だ、と、妹の成長を喜べば良いのか、別の道を歩んでいて寂しく思えばいいのか、微妙な気分になる。

それでも、彼女に変わらず正義の心があるのなら、これからの話し合いも良い方向に持って行けるに違い有るまい。

確信に頷く僕に、セリューが数歩、近づいてくる。

 

「そっか……」

 

 告げる顔は、僕と同じ事でも考えていたのだろうか、何処か寂しげであった。

そんな彼女を安心させようと、僕は笑みを浮かべて話しかけようとして。

 

「お兄ちゃん、悪に染まっちゃったんだぁ」

 

 銃声。

腹に焼き鏝を押しつけられたかのような熱が生まれ、混乱しつつも咄嗟に両手を重ね防御姿勢を。

遅れ振り抜かれたセリューの腰の、トンファガンを受け、そのまま後方がはじき飛ばされる。

 

「キョウ!?」

「ぐ、ごほっ、セリュー、何を!?」

 

 見れば、セリューは左右非対称の歪んだ笑みを浮かべ、その銃口を僕へ向けていた。

歯を折れんばかりの力で噛みしめ、叫ぶ。

 

「パパはナイトレイドのような凶賊と戦い、殉職した。ママは、凶賊を追い貴様を連れて私の前から姿を消した。そして、お前たちは師である隊長を殺した……! そんな凶賊に身を落とした貴様など、もう兄では無いっ! ならば私が……」

 

 銃声。

臓腑を打ち抜かれた痛みに悶絶しつつも、僕は回避行動。

 

「――処刑するっ!」

 

 咆哮と共に銃弾をばらまくセリュー。

幸いにして僕もマインちゃんもシェーレちゃんもきちんと避け切れているが、無防備な腹に一発貰ってしまった僕は、はっきり言って動きが悪い。

何より、僕自身、セリューを斬る覚悟など全く無い。

そんな僕の動揺が伝わっているのだろう、マインちゃんとシェーレちゃんも戸惑った様子であり、防戦一方だ。

仕方なしに、僕は叫ぶ。

 

「ちょっと待ってくれ、セリュー! 隊長って、オーガかい? あの!? あの男が、師だったと!?」

「あぁ。私を鍛えてくれた、正義の人だった! それを貴様らが……! 私の正義を、どんな悪も絶対即殺の意志を、認めてくれた人だった! 罪に応じ、悪に死刑以外を求刑せよ、などと言わない人だった!」

 

 愕然としそうになるのを、必死で堪えた。

セリューは一体、何を言っているのだ。

これではまるで、オーガが犯罪者をでっち上げる悪人だったと気付いていなかったようではあるまいか。

これではまるで、セリューがほんの僅かでも罪を犯した人を、無差別に殺して回っているかのようではないか。

そんな訳が、と思ってから、幼少期、誤解で間違った相手を攻撃しがちで、少しの悪も許せなかったセリューの事を思い出した。

それに、気になる事もある。

 

「それに、父さんの死因が凶賊と戦ってだと!? 本気で言っているのか!?」

「何がおかしい……!」

 

 叫ぶセリューの顔に、嘘の色は無い。

瞬間、ぴたり、とパズルのピースが嵌まるような、そんな感覚があった。

乱れに乱れていた脳内の思考がクリアになり、ふと、静かな感覚が内からわき出てくる。

感情が死んでゆく。

人間性が干からびてゆく。

殺人機械へと冷めて行く自身に、気付きながらも僕は止めるつもりは無かった。

途端に静かになった僕に、この距離での銃撃の効果が薄いと判断した事もあったのだろう、銃撃を止めるセリュー。

 

「……そう、か。そう信じていたからこそ、君は……。変わってしまったのか、それともかつての僕の目が、節穴だったのか」

「何が言いたい……!」

 

 僕は、抜刀。

痛みを堪えながら刀を構え、静かにセリューの目を見る。

血走り、怒りと憎悪に満ちた、まるで僕が斬り殺してきた邪悪達のような目。

まるで、母さんのような目。

 

「父さんを殺したのは、母さんだ。外聞の悪さから握りつぶされたんだろうさ」

「……え?」

 

 呆けたセリューに、しかし僕は己を殺人者に落とす最後の一線として、まだ斬りかからない。

今斬りに行けば、僕は迷いを残し、セリューを殺しきれない。

その予感があったためだ。

 

「ば、馬鹿な……、何を言って……。そ、そうだとしたら、ママも処刑する! 奴は一体何処に……!」

「母さんは、僕が殺した」

 

 再び愕然とするセリュー。

あんまりと言えばあんまりな宣言に、マインちゃんとシェーレちゃんも目を見開き、僕を凝視していた。

セリューの動きが止まっているうちに、と僕は残る言いたい事を告げる。

 

「母さんが父さんを殺したのは、父さんが警備隊に居ながら不正をし、罪の無い人を犯罪者に仕立て上げて賄賂を貰っていたからだ。僕が母さんを殺したのは、母さんが僕の友達を悪と断じ、殺したからだ」

「……う、そ」

 

 呟きながら、セリューは力なく両手をだらんと下ろした。

そのまま俯き、震え始める。

散会していたマインちゃんとシェーレちゃんは、どうすればいいのか迷っている様子で、武器を構えつつも攻めに出られない。

硬直したまま暫くした後、不意に震えを止めたセリューが、面を上げた。

その目は、矢張り血走ったまま、狂気に満ちている。

 

「黙れ……、犯罪者め、悪め! 貴様の言う事など、信じられる筈があるか! パパが不正などする筈がない! ママがパパを殺す筈がない! 邪悪は貴様のみだ、貴様を殺せば全てが解決する!」

「……そう、か」

 

 すとん、と。

胸の奥の何かが落ち込み、沈んでいく感覚。

冷えた脳裏は絶対零度、眉一つ動かさずに殺戮を行える状態に。

自然、唇が動く。

 

「その一寸先も見えない盲目で邪悪を定め、己は正義を名乗り殺すのであれば、それはただの邪悪と変わりない」

「正義の血を引きながら凶賊に身を落とし、その口から出てくる言葉は嘘ばかりの悪辣外道」

 

 刀が。

改造銃が。

互いを指し示す。

 

「セリュー・ユビキタス……」

「キョウ・ユビキタス……」

「「貴様を断罪するっ!」」

 

 怒号を交換。

立ちはだかるセリューへ向け、僕が疾走を開始した。

 

 視界の端では、マインちゃんとシェーレちゃんも、同じく武器を構え飛び出している。

その目には戸惑いがあるが、流石に動きは滑らかな物で、むしろ銃撃を貰ったままの僕の方が鈍いぐらい。

頼もしさに口を緩めつつ、セリューの銃撃を回避しながら突進を続けた。

 

「きゅきゅぅ!」

「コロ、捕食っ!」

 

 鳴き声と共に表れたのは、セリューの側に居た謎生物。

セリューの咆哮と共に、コロとやらは巨大化、

跳躍と共に僕を狙い、その巨大な口を広げ噛みつこうとしてくる。

速度は超常、大きく避けるのは難しい。

 

 咄嗟に僕は半身に構え、剣を横薙ぎに。

コロの口腔を耳朶まで切断、血飛沫と共に背後へと巨体が流れて行く。

それを尻目に続けセリューへ突進するも、その顔に映る笑みに霊感が警笛を鳴らした。

真横へ跳躍、同時に切断した筈のコロの顎が、僕の寸前まで居た空間をかみ切る。

 

「キョウっ!」

 

 叫びマインちゃんが銃撃、コロをはじき飛ばした。

一応セリューの反対側に吹っ飛ばされたコロだが、巨体に似合わぬ機敏さで転がりつつ移動、すぐさまセリューの横に復帰する。

 

「こいつ、生物型の帝具……!」

「核を砕かねば再生し続ける……、心臓も無いから、アカメの村雨も効きませんね」

 

 加え、もう一つ気付いた事があるとすれば、僕が思った以上に重傷な事だろう。

普段の僕であれば、返す刀でコロを切り刻み、再生にかかる時間でセリューに斬りかかり斬殺できた筈だ。

身体能力の低下もあるが、それ以上に判断力の低下も痛い。

――いや、そこには矢張り、情もあるのか。

内心舌打ち、先ほどまで以上にセリューを殺すべく、より強い殺意で己を塗りつぶす。

 

「……コロを頼む。僕は、元を絶つ」

「あんた……酷い顔してるわよ、やれるの?」

「私も代われますが……」

 

 優しく告げるマインちゃんとシェーレちゃん。

作戦は、無限再生するコロではなく使い手のセリューを討つ事。

コロと分断しセリューを討つのに、僕がセリューを討つ側に一人で行かねばならないとは限らない。

とは言え、あのコロとかいう帝具相手にマインちゃん一人ではきつい物がある。

何せマインちゃんはピンチであればあるほど強くなる、共鳴強化によってピンチが薄くなり、ナイトレイドでは相対的に一番強化量が低い子だ。

それでもコロと1対1なら互角以上だろうが、何らかの奥の手を使われてしまえば不覚を取る可能性はある。

故にコロを万全に抑えるなら2人必要、となれば必然的にセリューの元へ向かうのは1人の構成になる。

で、その一人は僕かシェーレちゃんになる訳だが。

 

「セリューの事を一番理解しているのは僕だ。手の内も、長い間離れていたけど、一番読めている筈」

「……死なないでくれれば、言う事は無いわ」

「ご武運を」

 

 祈りの言葉を告げる2人に、本来なら感謝すべきなのだろうが、困った事に余裕が無い。

頷くだけで、僕は己を殺意で塗りつぶす作業に忙しかった。

必死の虚勢と自分でも分かっているが、それでもそれ以外に僕が進むべき道は無かった。

それを尻目に、静かに腕組みしながらセリュー。

 

「コロ、腕」

 

 反応し、コロの短かった両手からは巨大な腕が生えてきた。

人間の胴体3つぶんぐらいはあるだろう、凄まじい太さの腕である。

相応の筋量に顔を引きつらせつつ、静かに刀を構える僕。

 

「――粉砕せよっ!」

 

 セリューの叫びに反応し、超速度で飛びかかってくるコロ。

その拳の凄まじいラッシュは、元々の巨大さを相まって凶悪の一言である。

嵐のような拳のラッシュに、思わず、と言った様相で叫ぶマインちゃん。

 

「な!? キョウ、いくらあんたでもここに突っ込むのは……!」

 

 尻目に、僕は石畳を蹴った。

拳の間に身体を入り込ませ、そのまま横薙ぎ。

切り裂かれたコロが、巨体を地面へと激突させる。

 

「行きがけの駄賃さ……」

「ば、馬鹿なっ!?」

 

 足止めした間に吹こうとしていたのだろう笛を取り落とすセリュー。

間合いに踏み込む寸前、咄嗟に手に取ったのだろうトンファガンから銃弾が吐き出された。

姿勢を低くし回避、掬い上げる一撃で、まずは武器を跳ね上げる。

 

「――遅い」

「っ、コロ、狂化っ!」

 

 片手での切り返し。

咄嗟にだろう、防御したセリューの両腕を切断、妹の両腕が空中を回転しながら吹っ飛んで行く。

震えてしまいそうな内心を踏みしめ、そのまま第二撃を放とうとした、その瞬間である。

 

「ギョァァアァアァァッ!」

 

 とんでもない大音声の、怒号。

見れば赤黒く筋肉質になったコロが、凄まじい咆哮を見せていた。

頭蓋を揺られ硬直する僕に、邪悪な笑みを浮かべセリューが叫んだ。

 

「これで……終わりだぁぁぁっ!」

 

 次の瞬間、セリューの両腕の切断痕から出てくる拳銃。

人体改造、そして僕はコロの咆哮で動けない。

勝利を確信したセリューが満面の笑みを浮かべるが……。

 

「――信じていたよ」

 

 セリューが殺意を見せた時点で、人体改造程度既に想定済み。

僕に殺される寸前にコロを強化しても意味が無い事から、何らかの形で行動を阻害してくる事も分かっていた。

だって、セリューはそんな無駄なことをしない。

悪を見抜く事は下手でも、悪を討つ事には的確な判断力を持っていて、不屈の意志を持っているのだから。

たった一人の妹を、信じていたから。

 

「か、隠し武器……、既に放っていただと!?」

 

 だから僕は既に残る片手で黒塗りの太針を放っており、セリューの銃は切断痕から顔を覗かせたのと同時、銃口を潰されていた。

そして折角奥の手を使ったコロも、硬直が解けた僕にセリューが殺されれば台無し。

 

「キョウさん!? コロがそっちに!」

 

 だから。

コロがこっちに捕食をしてこようとしてくるのも、読み筋で。

動くようになった身体を反転、狂化したコロを切断。

その巨体をつかみ、コロの肉体を支点にし反転、コロでセリューと僕の間の射線を遮る。

遅れ、銃声。

そのまま回転、コロを捨てて下り立つ僕の目の前には、口腔から銃口を伸ばしつつも、愕然とした様子のセリューが居た。

 

「ば、馬鹿な……、見切っていた、だと?」

「たった一人の妹なんだ。そこまで人体改造してくるだろうと、正義にそこまで殉じていただろうと……、信じていたさ」

 

 万が一、自爆の可能性を考え、靴裏で石畳を叩きながら高速接近。

刀を両手で握り。

踏み込み、振るう。

信じて、斬る。

 

「ばいばい」

 

 刹那、視線が交錯。

何故か、昔と重なる恐ろしく澄んだ目のセリュー。

 

「おにい、ちゃ……」

 

 首を両断する、重い感触。

血飛沫が僕の口唇を叩き、口内を犯す。

肉塊が石畳を叩く、重い音。

広がる血糊、硝煙の昇る口腔から突き出た銃口。

頭蓋に納められた虚ろな目は、偶々じっと僕を見ていた。

もう二度と、己の力では閉じられる事の無い目が、僕を見ていた。

ぞ、と言いようのない感覚が全身を襲う。

 

「……ぁ」

 

 力尽き、膝をつく僕。

遅れ、掌に人体を切断した、あの重い感触が蘇る。

妹の首を両断した感触が蘇る。

妹の血の味が喉奥を焼く。

吐き気。

自己憎悪。

感情がはち切れんばかりに爆発して。

 

 不意に、意識が墜ちて行くのが自覚できる。

腹部の重傷に堪える程の精神力が残っていないのだと自覚し、自嘲の笑みと共に僕は倒れた。

仲間の僕の名を呼ぶ声を聞きつつ、僕はゆっくりと瞼を閉じ、意識を失って行く。

妹と違い、自力でその瞼を閉じて。

 

 

 

 

 




あけましておめ斬殺回。
新年早々何やってるんでしょうかね、私は……。

次話はキョウの過去回で、Scene1の締めです。
見ての通り、Scene1は大体キョウの紹介に費やした感じでした。

ちなみに、とりあえず書き溜めは今12話目に突入していますので、連休中は毎日更新できそうです、と報告にまで。

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