週刊まで14位に入っているという。
謎の人気っぷりに、何か起きるんじゃないかとびくびくしつつ投稿です(予約だけど)。
5.
夜の帳が下りた頃。
静かな帝都に、3組の足音が石畳を蹴りつける。
アカメ自身に、空色のコートを羽織った茶髪の少年タツミと、あと一人。
白い和装に紺の袴を履いた、黒髪黒眼の剣士、キョウ。
にこやかな笑みを浮かべる彼は、しかしその腰に挿した刀を手に取った瞬間、超級の剣士と化す。
その全身は戦いに特化しており、深紅の手甲は特級危険種の亀甲羅を使っていると聞いた。
白く明るい上着も視線を集め、比して足下の紺袴は夜闇に紛れ、ただでさえ見づらい足運びを更に見えづらくしている。
タツミに比し頼りになる仲間に、アカメは僅かに肩の荷が下りる気分さえ憶える。
帝具使いである標的、殺人鬼首斬りザンクを相手にタツミを守り切れるのか、不安を覚えていたアカメである。
何処に混ざっても良いと言われたキョウがアカメのチームを選んだ時は、正直言ってほっとしてしまった。
タツミとて決して弱い男ではないのだが、それでも帝具使いを相手取るにはまだまだ未熟なのであった。
「さて、この辺かな?」
「あぁ、私たちの受け持ちはこの区画だ」
「静かだな……。辻斬り怖さで皆外出てねぇからだな」
と、余裕の様子のタツミだが、同時アカメはその耳朶に複数の足音を感じる。
キョウと視線を合わせ、アカメが先行し隠れ場所の安全を確保、遅れキョウがタツミの口を塞ぎ隠れ場所へと入り込んだ。
続いて、足音が通りを過ぎて行く。
「帝都警備隊だ。ザンクを捜索しているんだろう、気をつけていこう」
「あ、あぁ……」
「……警備隊、ね」
眼を細めるキョウに、ふとアカメは思い出す。
マインが漏らしていたが、キョウの亡くなった父は帝都警備隊に所属していたのだと言う。
その警備隊の隊長があのオーガだった上に、今となっては敵対している相手なのだ、その胸中は複雑だろう。
何か告げるべきか、と数瞬悩むも、思いつかない。
自身の話術の拙さに、思わずアカメは眉をひそめた。
対し、警備隊が通り過ぎるのを見計らい、キョウは何処か儚げな、触れてしまえば折れてしまいそうな笑みを浮かべる。
「大丈夫、割り切っているから。元々、そんなに気にしている事じゃあなかったしね」
「……あぁ」
ありがとうは、取っておく。
仲間の気遣いにアカメは胸を温めつつも、静かに立ち上がった。
そのやりとりに苦虫を噛み潰したような顔をするタツミもまた、遅れ腰を上げる。
「……なんかお前ら、いつの間に目でやり取りできるぐらい仲良くなったんだ?」
「剣を交え続けているうちにな。多少だが、考えが読めるようになってきた」
「うん。美少女とツーカーって、なんか凄い幸せな気分だなぁ」
美少女というのは容姿を褒める言葉なのだと聞く。
自身の容姿に差ほど気を遣っていないアカメだが、褒められて嬉しく無い訳でもなく、ほんの少しだけ機嫌は上向きになった。
上機嫌に歩き出そうとするアカメに、ふとタツミが訪ねる。
「そういや、帝具……アカメの村雨とかキョウさんのリィンフォースみたいなのを、ザンクも持っているんだっけ」
「あぁ。詳細は分からないが」
頷くキョウを尻目に、ぶるりと震えてみせるタツミ。
アカメの帝具、一斬必殺・村正。
かすり傷一つ負っても解毒方法の無い呪毒に蝕まれ、即死する刀。
レオーネの帝具、百獣王化・ライオネル。
獣の身体能力を五感を得る事のできるベルト。
マインの帝具、浪漫砲台・パンプキン。
ピンチになる程破壊力の増す衝撃波を放つ銃。
ブラートの帝具、悪鬼纏身・インクルシオ。
鉄壁の防御力を誇り、身体能力を劇的に向上させる鎧。
ラバックの帝具、千変万化・クローステール。
自在に操りあらゆる形に変化する糸。
シェーレの帝具、万物両断・エクスタス。
世界のどんな物でも両断できる大鋏。
――そしてキョウの帝具、共鳴振幅・リィンフォース。
仲間を強化する他にも様々な応用技の存在する、飲み干された血液。
「帝具使い同士が戦えば、必ずどちらかが死ぬ、か……。そりゃあ村雨は無敵で、リィンフォースも超強いしな」
軽くシャドウボクシングしてみせるタツミは、今回キョウによる強化を受けている。
帝具持ち相手であるが故の緊急措置であるが、それ故にその性能がよく分かるのだろう。
とは言え。
「しかし、この刀にも弱点はある。戦闘では相手を直に斬らないと呪いを流し込めない」
「僕なんか弱点丸見え、っつーか自分が強化できないからね……。帝具の正体が分かると、真っ先に狙われると言う」
「あー……。まぁ、キョウさん自身は偶々強いからリィンフォースが強く見えるのか」
タツミの言葉に頷きつつも、アカメは視線をキョウへ。
柔和な顔立ちの彼はその実、悪を憎み殺すために帝都にやってきたのだと言う。
その彼が、自身が直接悪を殺すのに役立ちそうにないリィンフォースを気に入ったのは、一体どういう訳なのだろうか。
仲間が居ないと、基本的に役に立たない帝具。
その帝具を得たからには、キョウは仲間を求めねばならない。
となれば、キョウは案外寂しがり屋で、仲間を得る理由となるが故にリィンフォースを手に入れたのだろうか。
そう思うと、途端に柔和な笑みのキョウがとても可愛らしく思え、くすりとアカメは微笑んだ。
ふと、目が合ったキョウが、そのまま数瞬停止したように思える。
どうしたのだろう、と首を傾げるアカメに、僅かに頬を紅くしながらキョウは顔を背けた。
「さ、て、と。そろそろ探索を始めようか」
「ん? あぁ、そうだな。行くぞ、タツミ」
「……なんか俺の場違い感がするような……」
なにやらぶつぶつと告げるタツミを引き連れ、アカメはキョウと共に歩き行く。
帝都の夜闇は、まるで地獄の底に繋がるかのように薄暗く不気味に、アカメらの先に蠢いていた。
――暫くして。
歩き続けても見つからないザンクに、アカメら3人はベンチに座り小休止に入っていた。
「流石にほいほいとは出てこねーか」
「僕らだけ3人だしねぇ。だからと言って別れる訳にもいかないし」
「根気よくいくしかないな」
告げつつ携帯食料を口にするアカメとキョウ、2人に比し少ない量であったために既に食事を終え、水筒を口にするタツミ。
すると、ぶるり、と震えたタツミが立ち上がった。
「ちょっと失礼」
と、片手をコートのポケットに、その場から去ろうとするので、思わずアカメは口にする。
「トイレだな」
「あ、トイレか」
「そうだな、トイレだろう」
「なるほど、トイレか」
キョウと共にトイレを連呼すると、何故か顔を引きつらせながらタツミは脇の路地に入って行く。
どうしたのだろうか、とキョウと2人顔を見合わせつつも、2人は残る携帯食料を口にした。
もごもごと口を動かしつつ、ふと気になってアカメは問いかける。
「――そういえば、キョウは妹を探しナイトレイドに入ったんだったな」
「うん、そうだけど」
告げるキョウの目は、何処か遠くを見るようだった。
その目にアカメは覚えがある。
何せその目は鏡を見ればすぐそこにあり、今もアカメの両眼窩に収まっている、彼女自身の目なのだから。
過去の大切な存在への憧憬。
「……生き別れ、と聞いたが」
「あぁ……お酒飲まされたマインちゃんが喋ってたっけ……」
「すまない、マインも悪気があった訳じゃないんだろうが」
お陰でキョウが妹と7歳にて生き別れになったのは、タツミも含め皆が知る事実であった。
何とも言えない顔をしつつ、携帯食料を囓りながら、キョウ。
「まぁ、あれから14年だ。大分記憶も薄くなっているけど、今生きている人の中では一番大切な人だろうね。小さい頃は、僕の後ろをついてくる事が多かったけど、悪事にはきちんと前に出られる、立派な正義感の強い子だった」
「生きて……そうか、キョウの母は……亡くなったと」
「うん。半年近く前の事かな」
告げるキョウの瞳は、暗く、深い。
見つめているだけで吸い込まれそうな目であった。
人の心の闇には忌避したくなる物もあるが、中には何故か人を惹きつけて止まない闇が存在する。
キョウの目の奥にある闇は、そういった類いの闇であった。
どうしても、アカメが妹を思い出さざるを得ないような、目。
深く、陰湿で、身も凍るような、それでいて何故か魅力的な目。
「キョウ、お前は……」
思わずアカメが問うた瞬間、キョウが眼を細めた。
しっ、と人差し指を口に、その様子にアカメもまた気を引き締める。
「足音……ここを離れる? って、タツミくん?」
「っ!?」
ベンチから跳ね上がり、タツミの曲がった路地を見やる2人。
しかし、路地には既に人の気配は無かった。
思わず立ち尽くし、アカメは呟く。
「……タツミ!? 何処に消えたんだ……?」
「ち、足音は……もうたどれない、か。手分けしたら二次遭難の可能性がある、2人で行こう」
静かな声で告げるキョウの言葉はこんな時でも冷静で、逸るアカメの心を僅かながら落ち着かせた。
頼りがいのある言葉に、僅かな動揺すらも消して、アカメは頷く。
「――あぁ。警備隊に見つかるリスクはあるが、高所から辿るのが早いだろう」
「うん、頼りにしてるよ、アカメちゃん」
微笑み、靴裏で石畳を蹴り抜くアカメ。
遅れ、キョウもまた跳躍、アカメの後を追い夜の帝都を駆けてゆく。
*
「――見つけた」
暫くして、建物の天井を渡っていたアカメが告げる。
遅れキョウも同じ方向に視線を、ザンクと思わしき両手カタールの男と対決するタツミを発見したようだった。
即座に視線を交換、頷き合いつつも念のため口でも確認。
「村雨を持つ私が先行する」
「うん。僕はタツミくんの安全を確保してから、アカメちゃんの援護に」
アカメと一斬必殺の村雨はすっかり有名となっているが、代わりに相手は必然的に警戒し、一呼吸の時間が取れるという事でもある。
その間にキョウがタツミを目が届く範囲で安全な距離に逃し、次いで援護に行く手はずであった。
「――行く」
告げ、アカメはタツミに向け突進を始めようというザンクの前に村雨を投擲。
追って跳躍、突き刺さった村雨を手に取ると同時に着地してみせた。
油断無くザンクへ村雨を向けつつ、背後のタツミに告げる。
「やるじゃないか。帝具持ちに、三太刀も浴びせるとはな」
「あ、アカメ……! キョウさんも!」
遅れ音もなく着地したキョウに、喜色を帯びるタツミの声。
警戒をキョウと交代、アカメは振り向きつつ告げた。
「ようやく、見つけた……っ!」
直後、タツミの傷を見て、臓腑に黒い物が蜷局を巻く。
辛うじて動けるか否かの様子に、キョウもまた殺意に満ちた表情をザンクに向けており、多分自分もこんな顔をしているのだろうな、とアカメの冷静な部分が呟いた。
視線を再びザンクへ。
漆黒の殺意を向けつつ、静かに告げた。
「……キョウ、タツミの手当を頼む」
「うん。応急が終わったら、すぐに僕も援護するよ」
静かな怒りを秘めた声に、頼もしさを感じるアカメ。
対しザンクは白い歯を見せた悪辣な笑みを浮かべ、額につけた目の装飾を開け閉めさせる。
コートを脱ぎ捨てつつ、粘つく声を吐いた。
「悪名高いアカメと妖刀村雨、愉快愉快……会いたかったぞ」
「私も会いたかったさ、任務だからな……」
殺意と殺意とが交錯。
裂帛の気合いがアカメとザンクの間を駆け抜ける。
それを尻目にキョウがタツミを拾って距離を取ろうとするも、そこで弱々しい声でタツミ。
「気をつけろ、アカメ……。あいつ、あの目で心を覗いてくるぞ……!」
「それが、あの帝具の能力か……。だが、今の動きなら、奴に対応する暇など――」
静かにアカメは姿勢を低く。
既にキョウのリィンフォースの強化後の動きも、アカメの芯にまで染みついている。
強化なしの頃と比しても遜色の無い精密さを誇る領域に達し、既にアカメは以前より一段階上の領域に達していた。
「――無いっ!」
景色が糸状に流れてゆくのを尻目に、アカメは袈裟に剣を振るう。
予想外の早さだったのだろう、目を見開きザンクは両手のカタールを重ねた。
激突、僅かにザンクが後退。
力負けした事に動揺する様子のザンクに、間髪入れずにアカメは切り返し、切り上げ気味の胴打ち。
服をさえ切り裂いた斬撃だが、辛うじて武器による防御が間に合い、傷を与えるには至らなかった。
内心舌打ち、そのまま身体を捻り、蹴りを放つ。
残る片手でザンクは防御に成功、加え両足を浮かせ距離を取る事に成功した。
「ぐっ、そこの優男の強化系帝具、ここまでとはっ!? み、未来視・洞視、同時発動っ!」
叫んだ直後、ザンクの雰囲気が僅かに変わる。
警戒心、しかし受動型の帝具と割り切りアカメは追撃の突きを放つ。
が、考える前からそれが分かっていたかの様子で、ザンクは半身に村雨の斬撃を避けてみせた。
続く変化した薙ぎも、跳躍し完全に見切った間合いで回避に成功。
交わされる視線、同時に蹴りを放ち激突、反発で互いに距離を空かせる事となる。
――心を読まれても圧している、このままでも勝てるだろうが……。
アカメの強化斬撃を受け続けたザンクのカタールは既に脆くなりつつあり、アカメの全力の斬撃をあと数撃受ければ武器破壊も成功となるだろう。
先ほどの蹴りもザンクの足に多少なりともダメージを与えている様子、今は軽い打撲程度だろうが、数度繰り返せば骨もへし折れる。
対処として無心の斬撃も考えたが、そうなると流石に周囲への配慮がし辛い。
1対1ならそれも必要無いだろう。
だが、しかし。
「ヤレヤレ……次はその優男も参戦かい?」
「まぁね……お手柔らかに頼むよ?」
凄絶な殺気と共に表れる、純粋剣術ではアカメをも超える達人、キョウ。
無心で一人で斬りかかるより、彼と2人がかりの方が圧倒的に強いだろう。
とは言え、その事実をアカメの心を読んで知っている筈のザンクが、やたらと余裕そうなのは不気味である。
「さて……村雨無しのアカメよりも強いのが参戦してきたんだ……奥の手も使わせてもらうぞ?」
「――っ」
「……っ」
息をのむアカメとキョウ。
対するザンクは白い歯をこれでもかと言わんばかりに見せながら、生暖かい声で続けた。
「さて、キョウとやら。お前の心配は無用さ。確かにお前の考えた通り、俺の帝具スペクテッドは1対1向け。わざわざそこのガキを分断したのも、楽しむのと同じぐらいその理由があった。だが、わざわざ今から逃げの一手を踏もうとは思わんよ……。奥の手も、その類いの能力ではない」
「……僕の台詞分まで喋ってくれて、ありがとう」
「どういたしまして。くくっ、スペクテッドは視界に頼った帝具、閃光弾による目つぶしや認識外かつ視界外からの攻撃に弱いのは、お前の思っている通りだ。だが対策はしているしその方法も理解はしている、この短時間で4種類も俺のスペクテッドを封じる作戦を思いつくのは凄いが、全部読まれた今となっては無意味だぞ?」
視界の端で顔をひくつかせるキョウに、アカメは流石と賞賛を送ればいいのか迂闊と詰ればいいのか、微妙な気分になる。
とは言え、読みの深さが売りのキョウでは、矢張り心を読むスペクテッド相手では本領発揮とは行かない。
己が主体として行かねばならないか、と思った矢先である。
キョウの咆哮。
「――いけない、これは”溜め”だ、アカメちゃん!」
「ぴんぽーん。正・解!」
咄嗟に目を見開き、アカメは防御姿勢を整えた。
が、五感は正常、痛みも無い。
遅れ構え直すに至って、違和感に気付く。
「…………母、さん?」
「キョウ!? どうした、棒立ちだぞ!?」
隣のキョウが、立ち尽くしたまま微動だにしないのだ。
構えをすら解き、呆然と口を半開きにしながら硬直するのみ。
それに白い歯をむき出しにして嗤い、ザンク。
「幻視。その者にとって一番大切な者が目の前に浮かび上がる。一人にしか効かぬが、その効果は絶大だ。そして……」
構えるザンクの視線は、アカメを視界に入れつつも、明らかにキョウを狙った物である。
舌打ち、アカメは咄嗟に地を蹴り放った。
同時に突進を開始したキョウを狙うザンクの剣を、村雨で受ける。
「くくく、アカメぇ。無防備な仲間を庇いながら戦えるか? しかもこいつには今、最愛の者と仲間が殺し合っているように見えるのさ。なぁ、お前……」
口を閉じ、ザンクは細めた眼を一気に見開いた。
臓腑も凍るような悪辣な笑みを浮かべ、告げる。
「この男、どっちに味方すると思う?」
瞬間、身も凍るような殺気が、アカメの背後から沸き上がった。
まるで臓腑に氷柱を差し込まれたかのような感覚。
今ザンクを斬り合っている事をすら忘れかねない恐怖に、アカメはそっと予感した。
――キョウが、己に報いを果たす男だったのだ。
確信めいた思いに、アカメの脳裏に走馬燈が過ぎる。
妹のクロメとの懐かしい日々、暗殺部隊に居た頃の仲間達、そして革命軍の皆、ナイトレイドの仲間達。
そして、キョウ。
何処か自分と似た匂いのする男。
だが、恐怖はほんの刹那だけで、すぐにアカメは内心で頭を振った。
信じよう、と思ったのだ。
恐らくアカメの死は最早避け得ぬだろうが、それでもキョウなら、この男なら、必ず死ぬまでには正気に戻る。
だから。
この血肉が、彼の正気を呼び戻すのなら。
報いを受けようとも、構わない。
ただ、唯一妹を救済してやれなかった事だけが、心残りで。
けれどアカメは告げた。
「私を殺しても、正気に戻らなかったら……ぶん殴るぞ?」
確信染みた死の思いに、アカメが目を閉じるより早く。
「――そりゃあ痛そうだね、アカメちゃん」
キョウは、あっさりとザンクを切り裂いた。
「……え?」
「……あ?」
アカメとザンクの口から、呆然とした声がこぼれ落ちる。
先にザンクが正気に、辛うじて致命傷を避けた肉体を動かし、防御姿勢を。
続くキョウの切り返しを防御、距離を開ける。
「ぐ、がはぁっ!? ば、馬鹿なっ!? 一番愛する者が視えたはずだ!!」
血反吐を漏らしながら叫ぶザンクに対し、刀を構えたままにキョウは薄く嗤った。
その瞳は、内側に眠る狂気のような蠢く黒い色を閉じ込めている。
まるで千億の虫がひしめき合っているかのような目だ、とアカメは思った。
きぃきぃと、その瞳からは閉じ込められた虫たちの悲鳴が漏れてくるかのようで、見ているだけで気が触れそうな目であった。
そんな目に、近くに居るだけで全身を金やすりで削られるような殺意を籠めて、キョウが告げた。
「あぁ。最愛の……既にこの手で殺した人がね」
「な、何を言っているんだ……? お前は」
「君が死ぬ理由さ……」
告げ、静かかつ滑らかに、キョウは飛び出した。
血を抑えつつも、咆哮するザンク。
両手の剣が凄まじい速度で振るわれるが、キョウの方が尚早く、その殺人剣が煌めく度に金属音、偶に混じって肉が裂ける音が響く。
一合、十合、五十合。
数呼吸の間にそこまで響く頃、ザンクの攻撃を低い姿勢で避けたキョウ。
そこに僅かに肩の力の入ったザンクの攻撃、キョウの刀が弾くと同時、ザンクとキョウの双方が無防備になる。
しかしそこで、キョウは薄く笑いながら告げた。
「ばいばい」
「――葬る」
遅れ割り込んだアカメが、告死の言葉と共に村雨を振るう。
一閃。
ザンクの首筋に、紛う事なく刻みつけられる、村雨の斬撃。
かは、と喉を押さえ血を吐きながら数歩下がり、ザンクは何かを探すように視線を右往左往させる。
そのまま力尽き、ザンクは仰向けに倒れた。
天に手を向け、震えるようにして何かを探しつつ、呟く。
「……愉快、愉快……」
遅れ手が力なく落ち床に激突、そのまま動かなくなった。
風切り音が重なる。
見ればアカメと同時、キョウもまた刀に付いた血糊を払っていたようで、目が合った。
何時もであればにこやかな笑顔を浮かべている顔は、何処か陰鬱で空虚な、今にも崩れ落ちそうな表情をしていた。
*
月明かりだけが、光源だった。
アジトの食堂前、差し込む月光を頼りに保存庫から小腹を満たす保存食を失敬してきたアカメは、ふと人の気配に立ち止まった。
中をのぞき込んでみると、コップ一杯の水をテーブルに置き、キョウが沈んだ目でその水面を眺めている。
思わずアカメは、食堂の中へと足を踏み入れた。
「……キョウ。どうした? こんな夜中に」
「アカメちゃんこそ……、あぁうん、お腹減ったんだね」
「これはやらんぞ」
「いいさ、普段なら兎も角、今はちょっと食欲無くて」
告げるキョウの表情は、まるで水面に浮かぶ模様であるかのように儚かった。
触れたい衝動に駆られるも、その衝撃だけで壊れてしまいそうに思えてしまい、アカメは衝動を抑えるほか無い。
アカメはそれでもキョウの目を見つめた。
そこに世界の深淵が詰まっているかのような、深い、底なしの瞳。
いけないと分かっていても、アカメの口は、半ば勝手に動いていた。
「お前、あの時母親を見たのか?」
「…………」
「その手で、既に最愛の人を殺したのか?」
「……いずれ、話すよ」
静かに告げるキョウの辛そうな仕草に、胸を締め付けられる思いで、アカメは歯噛みした。
己はこんなに詮索屋だっただろうか、と思いつつも、それでも何処かで仕方ないと思ってしまう部分はある。
最愛の妹をこれから斬らねばならないアカメ。
最愛の母をこれまでに斬り捨てたキョウ。
2人は何処か似ていて、歪な鏡に映したかのような位置に立っていた。
そう思うと、どうしても胸の中が張り裂けそうに痛くて、アカメは思わずキョウの手を取る。
硬い戦士の手は、暖かく、心の奥底までほっと一息つけるような、そんな温度に満ちていた。
節くれ立った手は一節一節がその踏みしめてきた剣の道そのもののようで、アカメはゆっくりと指先でその痕を撫でてゆく。
僅かに頬を染めながらも疑問符を頭に浮かべるキョウに、アカメは告げた。
「……私は、これから何時か、最愛の妹を手にかけなければならない」
「――っ」
「先輩に、甘えたかったんだろうな。何時か、話してくれる日を待っている」
半回転、キョウの位置を背負い、アカメはアジトの中を歩いて行く。
遠ざかるキョウの気配に僅かな動揺の色が見られたが、それもアカメが離れるうちに分からなくなってゆき、いずれ消えた。
ザンクさん、原作よりバックボーンが出なかったですの回。
アカメが斬る! の何が不満かって、アカメに対比するキャラが味方に居ないんですよね。
最愛の人をこれから斬らなければならないアカメ。
最愛の人を既に斬ったキョウ。
こんな組み合わせを作りたかったのが、本作を書く一つの理由でもあります。
まぁ、原作でそんなキャラ出ちゃうと、タツミの主人公度がアカメに取られ過ぎちゃうので、丁度良かったのかもしれませんが。