評価が高くて2ビックリ。
なんかランキングに乗っていて3ビックリ。
なんだかビックリなのでした。
4.
晴れの帝都の、大通り。
歩く人々、硬い靴裏と石畳とがぶつかり合う音が幾重にも響く。
比し、快活な人々の声は少なく、靴音にかき消されそうな程でしかなかった。
土下座し軍人に媚びを売る男性、表情の抜け落ちた顔で靴先を見ながら歩く女性、道ばたでボロ毛布にくるまりながら虚空を見つめる中年の男。
相変わらず陰気な街ね、と内心呟きつつも、マインは凄まじく頼りにならない新人、キョウを連れ歩く。
「今日の任務は帝都の市勢調査よ」
「うん、顔なじみの居ない都民ほど、怪しい奴は居ないからね。顔を繋いでおくのか」
「気付きやがった……小賢しい」
「えへへ。マインちゃんは、お金持ちのお嬢様なんだっけ?」
褒めてないっつーの、と内心呟きつつ、頷くマイン。
あの純朴なタツミと違い、同じボケ系でもキョウは裏の意図を読めているらしい。
マインの買い物は勿論買い物が楽しいからという理由もあるが、同時に帝都に1人間として紛れ込むためでもある。
顔の割れているアカメら4人以外は、それぞれ表向きの身分を用意しておく必要があり、マインもまたお金持ちのお嬢様として都民のいくらかには知られていた。
「まぁ、あんたも少しは都民としての身分は考えておきなさいよ? あ、あたしんちの下男なんて丁度いいんじゃないかしら?」
「光栄だけど……。う~ん、それだと他の人と行動しづらくないかな?」
悪い顔で言った冗談を本気で受け取られた上に喜ばれ、マインは顔を引きつらせた。
シェーレとは別の意味で、やりづらい事この上ない。
頭痛を堪えるマインに、キョウはにこりと微笑み彼女の前へと躍り出る。
膝を突き、マインの手を優しく取るキョウ。
意外にも鋼のような硬さを持つ戦士の手は、顔と反比例するかのように頼りがいがある。
加えマインに合わせ本日は洋装、白いシャツに黒いスラックスを履いた彼は、見れば下男というより若い執事にさえ見た。
「じゃあ、マインちゃんの下男は、とりあえず今日一日限定って事にしようか。如何ですか? お嬢様」
作法はさほど正しくないものの、長く剣術に親しんできたのだろう身のこなしが、その動きを滑らかに、美しく魅せる。
目を瞬いたマインは、自身を上げてみせるキョウの態度に思わず口元を緩めた。
「ふふふ……あんたはタツミと違って、上司の敬い方を分かっているみたいね。さぁ、行くわよ!」
「はい、お嬢様」
告げ、キョウを引き連れ歩き出すマイン。
未だキョウの戦闘を見た事の無い彼女は、今一キョウを認めきれていないのであった。
ウィンドウショッピングを続け、時は昼下がり。
レストランに入った2人は、テラス席での食事を終え、食後の茶を楽しんでいる所であった。
暖かな紅茶を口にしつつ、これまでの総評として、マイン。
「……あんたは、部下の才能があるわっ!」
叫ぶマインに、首を傾げるキョウ。
流石にこの一言では分からないか、とマインは、ちっちと指を振りつつ続ける。
「あんたさぁ、なんて言うか……人を持ち上げる才能があるのよね。あ、あたしの場合は持ち上げられてるんじゃなくて、真実だけど」
「はぁ……。僕としては、本心を言っているだけのつもりなんだけど」
というキョウは、その言葉も本心から言っている様子である。
紳士的な言葉も、人を褒め焼かす言葉も、彼にとってはただの思った事を言っているだけなのだと言う。
これでいてあざとさを感じないのだから、不思議な物である。
生まれつきの下男根性でもあるのか、とジト目でキョウを見つめるマインであるが、ふと思い出し、言葉をかけた。
「そういやあんた、妹を探しにウチに入ったんだっけ」
「うん。帝都に住んでた7歳の頃、寝て起きたら母に辺境行きの馬車へ詰め込まれていてね。その時妹とは離ればなれになっちゃったんだ」
何でも無い事のように言うキョウに、ピタリ、とマインは身体を静止させた。
何も考えてなさそうな顔からは想像も付かない言葉に、おそるおそる告げるマイン。
「えっと、つまりあんたは母親に捨てられたの?」
「ううん、逆。妹が帝都に捨てられた、の方かな。警備隊だった父が死んですぐの事だったよ」
まるで他人事のような口調。
平坦な声過ぎて、聞いて数秒経ってようやく内容がマインの脳裏にたどり着く。
すぐさま、灼熱の怒りがマインの臓腑に渦巻いた。
感情にまかせ、マインはテーブルに両手をつく。
「ちょ、あんたなんでこの年になるまで探しに行かなかったのよ!?」
「母が最近、死に際に妹が帝都に残されていた事を漏らしてね。それで知ったのさ」
静かなキョウの口調に、思わず叫びたくなるマインであったが、その目を見て口を噤む。
どろりと、今にもこぼれ落ちそうな淀んだ黒目であった。
奥の感情が一つも見通せない、狂気の歪んだ光がそこには垣間見える。
死色という物があるとするならば、それはキョウの瞳の色を言うのかもしれない、とさえマインは思った。
「――それまでは、妹は死んだと聞かされていた」
キョウの目から、どろり、と目がこぼれ落ちた。
否、それが目の濁流であった。
黒々としたこの世の全ての憎悪を塗りたくったような、粘ついた瞳の液体が流れ落ちて行く。
床に着いたそれが広がり、マインのつま先にたどり着くかと思った、その瞬間である。
「――はっ!?」
幻覚。
荒い息と共に瞬いた瞬間、先ほどまでの異様な光景は消え去っていた。
見ればキョウはきょとんとした顔でマインを見ており、その目に狂気の色は既に無い。
頭を振り、先ほどの幻覚を頭から拭いさるマイン。
それでも残る後味の悪さを取り繕うように、マインの口から次ぐ言葉が漏れ出る。
「それなら、あんたは母親に愛されていたって訳か。まぁ、妹さんの事はよく分からないけど、何か事情があったのかしらね?」
「……そうだね。愛されていたし、事情もあったんだろうさ」
一瞬暗い目を見せて告げ、キョウはすぐに穏やかないつもの笑顔に戻す。
興味が惹かれないでもないが、これ以上触れるべきではないだろう。
マインは暫くこの話題に触れないように決めるのであった。
会計を済ませレストランを出る2人。
その間もキョウは当然のように階段を下りるときは手を取りエスコート、お嬢様扱いにマインは思わず顔をにやけさせる。
全くもって強さは信頼ならないキョウだが、こうやって下男として扱うには良いかもしれない。
キョウの仮の身分を本格的に己の下男としようか迷い、気もそぞろに歩き出すマイン。
楽しそうにそんなマインを補助し、人の流れにぶつからないようキョウが動きを制御する。
そんな楽しい現状に、一つの声が水を差した。
「きゃぁっ!?」
短い悲鳴。
見れば路地裏のまだ明るい部分、幼い少女が大の大人2人に囲まれているのが見えた。
雑踏が皆足を緩めるのも一瞬、すぐさま元の速度に戻って行く。
そんな中、それを見つめるマインとキョウとだけが立ち止まっていた。
片手を壁に、醜い顔を吐く息が顔を撫でんばかりの距離に、男が少女に話しかける。
「君って異民族だろう? 異民族の子はさぁ~、ちゃんと生きていていい税を払わないといけないなぁ」
「へっへっへ……じゃあ、税金を払いにお兄さん達とちょっと奥に行こうかぁ?」
遅れ告げる男は、股間を膨らませ下劣な笑みを顔に浮かべていた。
対し少女は目尻に涙を溜め、震えながら縮こまる事しかできない。
マインは、眼を細めた。
脳裏に己の、幸運にも幼児趣味の男に出会わなかった、少女時代を思い起こす。
自然、両靴裏で石畳を蹴り、マインは2人の男の前に進み出ていた。
「あんたら、何やってんの?」
遅れマインの横に、キョウが立つ。
彼もまた静かな威圧感を保っており、意外なほどの頼もしさにマインは頬を緩めた。
「あぁ~ん? 君だぁれ? この娘の知り合い?」
「それとも、俺たちと遊んでくれるのかな?」
「……キョウ、あんたの出番よ」
大人の男2人は、よくよく見れば中々の使い手であった。
が、確かキョウは、懐にナイフを持ち歩いているはず。
話に聞くキョウの腕前なら、この娘とマインを守り切る事程度は不可能ではあるまい。
できなくとも、マインの格闘術でもフォローは可能だろう。
やってみせろ、と言うそんなマインの意をくみ取ったのか、キョウがマイン達の前に出た。
威圧感に、男達が数歩下がり、構えを取る。
比しキョウはにこやかな笑みのまま、後ろ手を組みながら告げた。
「貴方たち、南方征伐軍の経験者ですか?」
「――っ!?」
息をのむ音が三つ。
マインは自身以外にも同じ音を鳴らしたのが目前の2人であると知り、二重の驚愕を露わにする。
「な、何故分かった!?」
「父も南方討伐軍の経験者でして。イントネーションに南方訛りが混ざっているのは、軍で敵に紛れ込もうとした名残とよく聞きます。あと、靴底を擦るように歩くのは南方の毒の沼地を歩く時によく使う歩法だったとか。あとは重心の置き方が、銃を背負い剣を下げた動きのままですよ」
「そ、そうか……」
一瞬そうだったのかと思うマインだが、数分前のキョウの台詞を思い出す。
キョウの父は警備隊、討伐軍のような強烈な行軍経験者は、通常その後警備隊に配置転換される事は無い。
特に南方は激戦で精神を病んだ者が多く、警備隊行きなどありえず、多くの軍人が戦闘に耐えられなくなり退役したと聞く。
堂々と男達へ嘘をつくキョウに、顔をひくつかせるマイン。
それを尻目に、キョウは両手を広げ、続け言う。
「父の言伝で、かつての仲間が集う酒場を知っていまして。生憎用事があるので、ご一緒はできませんが、ご案内ぐらいはさせていただこうかと」
「な、仲間? そうか、会えるかもしれないのか……。あの頃はあいつらと一緒に、異民族のガキで遊び回ったなぁ」
「うん、懐かしいな……」
呟く男2人に、流暢な言葉でキョウが酒場の住所を告げる。
気付けば股間を膨らませていた男達も、屑は屑なりに腐った郷愁の思いがあるのだろう、穏やかな表情となりこの場を去って行った。
異民族の少女の事を忘れていってしまった男達が見えなくなってから、マインは小さく溜息をつく。
「……大丈夫みたいね」
「ひっ……」
怯えた声を漏らす少女に、マインは小さく溜息をついた。
言えるのであれば、少女に己のように強くなれ、と激励の言葉をかけたい所だ。
しかし、キョウの口調八丁で煙に巻かれた直後とあっては、それも言いづらい。
結局何と言っていいのかわからず、マインは苛立ち混じりにキョウを引き連れ、その場を去る。
慌てついてくるキョウと共に、いくらか大通りを歩き、それから呟いた。
「あんた、あの男2人ぐらい相手なら、勝てたでしょ?」
「へ? うん、まぁ勝てたよ」
「でも、しなかったのね」
「……まぁ、ね」
言い訳無用、と問いかけるマインに、キョウは静かに頷いた。
マインは、心の底が静かに冷たくなってゆくのを感じる。
粘つく泥のような感情が蠢き、マインの臓腑を渦巻いた。
ナイトレイドは殺し屋とは言え、民の味方を気取っている。
口調八丁で誤魔化して有耶無耶にするのと、男達をぶちのめして少女に希望を与えるのと、どう考えてもナイトレイドとしてやるべき事は後者であるようマインには思えた。
キョウの強さはアカメお墨付きだが、正直言って立ち振る舞いからは全く感じられず、信用ならないだろう。
だが、強い弱い以前に、キョウはあの男達に立ち向かわない事を選択する男だったのだ。
――こいつは、仲間なんかじゃない。
そんな思いが、本格的にマインの中で燻り始めたのであった。
*
月明かりが差す夜闇の中、桃色の影を追い駆け抜ける僕。
春先とは言え夜闇は冷たく、白い上着に濃紺の袴と薄着の僕としては僅かに肌寒い。
僅かに前を行くマインちゃんは桃色のワンピース、動きづらさも目立ちやすさも、恐らくはピンチになるほど強くなる、浪漫砲台パンプキンの能力を引き出すためなのだろう。
徹底しているなぁ、と思いつつも、僕は彼女に続く。
今回は、僕とマインちゃんとのコンビの任務であった。
ハラグロなる退役軍人は、輜重兵のコネを使って手に入れた違法薬物を売りさばく、麻薬の売人であった。
輸送・需品のうち薬品の入手を得意としており、その時に得た後ろ暗いネタを活用し、今の地位を得たのだと言う。
同じ退役軍人を集めて護衛とし、麻薬を売りさばいて得た甘い汁を吸わせており、護衛もまた標的との事。
とは言え先日のイヲカルに比べて護衛は差ほど強くは無い、待ち伏せて斬れば余裕だろうとの事で、全員で出る程ではないだろうとの事。
「う~ん、なんか昼間とデジャブるねぇ、マインちゃん」
「……そう?」
言葉少なに告げるマインちゃん。
昼間の僕の態度が勘に触ったのだろうが、僕としては昼間の場面では他に選択肢は無かったのである。
言い訳をするのも見苦しいが、誤解されているような気もし、しかし弁解しても同じ結果になるような気がして、ぐるぐると頭の中が回ってしまうようだった。
マインちゃんは、可愛い。
オマケに、今回のように僕に怒る事から、彼女の心根がとても格好良い事が見て取れる。
そんな娘に嫌われるのは、中々の大ダメージであった。
とは言え。
任務中にそんなことを思う程、僕も甘くは無い。
既に脳裏は氷点下、己を殺人機械と律し、動揺は表皮から表情筋までに止めては居るのだけれども。
「さて、そろそろポイントだね」
「えぇ。陣取るわ」
前衛と後衛という最小構成の僕らは、木々の上に。
ハラグロの屋敷を遠くから見下ろし、拡大鏡を使い標的を探す。
「……ん-、流石にこれだけ離れていてドア越しだと、気配も感じづらいね。屋敷自体、さほど大きくは無いけど」
「まぁ……麻薬の売り手にしちゃあ、随分質素な棺桶よね」
ぴくり、とマインちゃんが眉を上げる。
急ぎ視線を屋敷の玄関にやると、ドアノブが回転するのが遠目に見えた。
護衛を引き連れ、皺の刻まれた顔で煙草を口に、痩身を背広に包んだ男、ハラグロ。
……はいいのだが、昼間の退役軍人が横に護衛として居るのは、何かの冗談なのだろうか。
思わず顔を引きつらせる僕、隣で僅かに心臓の鼓動のリズムを狂わせるマインちゃん。
しかし流石に射撃の天才を自称するだけあるのだろう。
すぐに呼吸のリズムを取り戻し、集中を高める。
集の目。
止まる呼吸。
トリガーに指。
筋肉ではなく骨で固定された姿勢から、穿たんばかりの集中力を絞り。
「――」
発射。
ハラグロの頭蓋を打ち抜く、パンプキンの銃弾。
「よし、命中っ!」
「流石マインちゃん。じゃ、待ち伏せポイントまで行こうか」
頷くマインちゃんと共に、いくつかの足跡を残しつつ、僕が刀を振りやすい開けたポイントまで誘導する。
踏みしめられた草、かき分けられ曲がった枝を上手く残しつつ広場にたどり着き、僕はマインちゃんに一言。
「じゃあ、マインちゃんは隠れて、フォローをお願い。護衛4人は僕が斬るよ」
「……いえ、それだと居ないあたしを探して護衛が分散して、始末しきれないかもしれないわ。あたしも姿を現す」
「へ? ……まぁ、あの程度の使い手相手なら大丈夫だろうけどさ……」
まぁ、マインちゃんの言う事も分からないでもない。
見た感じ分散して攻撃してきても5秒以内に全滅させられそうな使い手ばかりなので、そもそも分散して居ないマインちゃんを追う事も無さそうなのだが……。
まぁ、確実を期すというならそれもアリか。
頷く僕に、何故かマインちゃんは、歯を噛みしめ睨み付けてくる。
問いただそうかとも思うが、それよりも先に気配を感じ、僕は腰の刀に手をかけた。
「――居た、てめぇらがハラグロの奴を殺ったのか!?」
「てか、昼間の2人じゃねぇか、糞ったれ!」
次々に武器に手をかける彼らは、きちんと4人。
武器は全員銃と剣で武装、手に持つ武器は半々ずつ、大した事は無いか。
そう思い、切り捨てようと腰を低くした瞬間の事である。
「パンプキンっ!」
「って!?」
叫ぶ僕を尻目に、マインちゃんの銃から出る衝撃波が、前衛の一人の頭蓋を打ち抜いた。
しかし敵も戦闘は十分に経験している、マインちゃんを警戒し、剣2人銃1人に持ち替え。
銃で僕を牽制しつつ、剣持ち2人で襲い来る。
吐気。
高まる集中と共に僕は銃弾を避け、身体を沈める。
「んな!?」
何故か驚きの声をあげる前衛を抜いた刃で切り捨てようとして、隣を駆け抜けようという気配に驚き止めた。
なんとマインちゃん、僕の横を駆け抜け、前衛に攻撃をしかけようとしているのだ。
形態変化したパンプキンを連射、前衛を制圧するマインちゃん。
だが、後衛がフリーになりどう見ても悪手である。
「ちょ、何やってるの!?」
「うっさい、あんた程度、信用できる訳無いでしょ!?」
叫ぶマインちゃんは、どう見ても意固地になっていた。
呆れが内心に浮かぶが、敵後衛は銃をマインちゃんに合わせており、3人を制圧し続ける事ができるのもそう長くは無いだろう。
溜息。
僕はマインちゃんの了承も聞かず、静かにマインちゃんの前に滑り込んだ。
「――ぇ」
片手でマインちゃんのパンプキンを退け、空いたスペースで両手持ちに変え、そのまま横薙ぎ。
前衛2人、昼間に見たチンピラのような退役軍人2人を真っ二つに切り捨てる。
「糞ぉぉぉお!」
叫び残る男が銃を放つも、僕は静かに吐気、斬撃を放つ。
男がトリガーを引いた回数と同回数、同じく響く金属音。
返す刃で飛ぶ弾丸を弾いた僕は、そのまま驚愕に目を見開く男へと近づき。
「――ばいばい」
袈裟に一閃。
首元から腋下に抜ける斬撃で、男の肉体を解体殺人。
血飛沫が落ちるのに遅れ、肉塊が重量感ある音と共に墜落してみせた。
刀を振り、血を飛ばす。
納刀しつつ、視線をマインちゃんに。
両拳を握り、ふるふると震える彼女に向け、凍り付いた感情を抑え告げる。
「……何でこんな無茶をしたのかな。あの程度の相手、自分で殺したかったとしても、僕を壁にすればマインちゃんなら……」
「……ょいじゃない……」
かすれた声は、風に乗りその振幅を僕の耳朶へと届けた。
声が途切れる僕に、勢いよく頭蓋をあげるマインちゃん。
その目は、今にも零れそうなほどの涙で潤みきっていて。
「――あんた、強いじゃないの!」
「……へ?」
あれ? 今僕、褒められたの?
疑問符で脳がいっぱいになる僕に、マインちゃんは続け叫んだ。
「なら、なんで! あの娘の前で立ち向かおうとしなかったのよ!?」
「…………」
す、と血が冷えるのを僕は感じた。
熱血が肉体を熱くするのと同じく、冷血が身体を芯から冷やしてゆく。
凍り付いた脳には凍り付いた言葉が渦巻き、悪鬼の憎悪が体中を渦巻いた。
幸いなのは、表情筋もまた凍り付いていた事だろう。
そうでなければ、僕は邪悪な笑みを浮かべていたのだろうから。
「――まぁ、あの性犯罪者予備軍の男2人だよ? で、僕は素手じゃなくてナイフを持っていた訳だ。立ち向かうとなれば、ナイフを抜いちゃうだろうさ」
「それが!?」
ツインテールを揺らしながらいきり立つマインちゃんに、僕は素直な答えを返した。
「――そこまでしたら、我慢できずに殺しちゃうじゃないか」
え、とマインちゃんは動きを止めた。
揺れるツインテールが、桃色の余韻をだけ残す。
「第一に、あんな街中で何の準備も無しに昼間から殺しなんて、ヤバイにも程がある。それにあんな小さな娘に殺しを見せるなんて、かなりショックを受けるだろうからさ。それに……」
「ま、待って。殺すったって、あいつら標的じゃないのよ!? あの時点では、ただのロリコンのいけ好かない奴ら……」
「麻薬の残り香と、股間近くから僅かに血の臭いがした」
ひゅ、と息をのむマインちゃん。
顔色を蒼白にする彼女に、幼児性愛者の股間からする血の臭いの意味を解説するほど、僕の趣味は悪くない。
肩をすくめつつ、僕はマインちゃんに続け言った。
「本来なら、後で裏を取ってからボスに了解を取って、個人的に始末するつもりだったけど……。今回、手間が省けたというか、そんな所だね。まぁ、あの場で適当にあしらえないぐらい怒ってたのは……、悪かったよ。感情的になりやすいのは僕の欠点だ、そこは認めるさ」
母曰く、僕が激情家なのは母方の血筋なのだとか。
思えば、遠い記憶の父はそこまで感情的ではなく、比し妹はかなり”悪”に大して過激な反応を見せていた。
母は静かながら”悪”に対する怒りは凄絶の一言であり、最初にそれを見た時は色々な意味で度肝を抜かれたのであった。
などと回想シーンに入っている僕に、小さくマインちゃんが告げた。
「わ……悪かったわ」
頬を桃色に染め、視線を明後日に向けており、腕組みしたままのマインちゃん。
一見高慢にも程があるのだが、その目は不安そうな色を帯びており、ちらちらと僕の様子を見ているのがすぐ分かる。
強がりを止められず、素直に謝れないマインちゃん。
それでも心の底から謝っているのが伝わる、声色の真剣さ。
才能と言えばいいのか、彼女は素直になれなくても心の底を伝える事のできる、そんな魅力的な部分があった。
こういう事ができる娘ってずるいなぁ、とちょっと本気で思ってしまう。
でも、だからこそ僕は、そんな素晴らしい美点を持つ娘からの信頼を得られたのが嬉しくて。
心の底からの、笑みを浮かべた。
「ありがとう。謝罪、受け取るよ、マインちゃん」
「え、えぇ……。これで、貸し借り無しよっ。……な、仲間なんだしっ!」
言いつつ、スカートを翻らせながら帰路に就くマインちゃん。
その頬は先ほどまでの桃色を通り越し、林檎のような赤色に染まっていた。
僕もまた、彼女の言いぐさに苦笑しつつ、その後ろをついていく。
月明かりの差す道を、僕らは音も無く駆け抜けていった。
次回から話がちょっとづつ動き始めます。
具体的に言うと、まずやたら愉快な人登場。
そろそろ狂気要素も顔を出します。