信人跋扈   作:アルパカ度数38%

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ようやく予約投稿というシステムに慣れてきた気がします。


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3.

 

 

 

「いやぁ、本日も晴天なり、暗殺日和だねぇ!」

「あぁ。良い天気だ……! 良い暗殺ができそうだな」

 

 言葉の通り、頭上の蒼穹は何処までも晴れ渡っており、見るだけで心が洗われるようだ。

隣のアカメちゃんと2人、僕らは朝の澄んだ空気を胸一杯に吸い込む。

そんな僕らの後ろで、何故か顔を引きつらせながら、タツミくん。

 

「あれか……? 俺がこの2人相手に突っ込み入れなきゃならねーの? 過労死するわ……」

「へ? 何のことだろうね、アカメちゃん」

「さっぱり分からんな」

 

 首を傾げる僕ら2人に、疲労感漂わせるタツミくん。

どうしたのだろうと思うも、しかしタツミくんは確か他に用事がある筈だ、と口を開く。

 

「何にせよタツミくん、今日からマインちゃんと組むんじゃないっけ?」

「あぁ……なんかまだ来ないから、ちと外の空気を吸いに来たんだが」

 

 ぽりぽりと頭を掻きながら言うタツミくんだが、その視線は僕らから思いっきり逸らされている。

吹けない口笛を吹いているという謎行為を無視、アカメちゃんが僅かな思案の後に告げた。

 

「マインは朝が遅いからな。起こしてきたらどうだ?」

「って、あいつ本当にプロかよ!? ちぇ、分かった行ってくるさ……」

 

 言ってそそくさと行くタツミくん。

何処かふて腐れたようなその背に、思わず僕とアカメちゃんは目を合わせた。

 

「タツミ、マインとそりが合わないようだが……」

「この稼業、そもそも気が合わないからやる気が起きない、なんて言ってられないよね? 多分」

「その通りだ」

 

 それで死ぬのが自分だけならまだしも、その気が合わない仲間を、そしてそれ以外の仲間をも危険にさらすのだ。

それは正直言って勘弁して欲しい、とは思うのだが。

 

「しかし、切欠さえあればタツミはマインと仲良くなれる気がするな」

「あ、僕も同意見。あの2人、凄い相性良さそうなんだよね」

 

 と、僕らの意見は一致しているので、あまり心配は要らないという所である。

仲間と、それも美少女のアカメちゃんと意見が一致するとか、夢見心地の経験だ。

思わず緩む口元に、不思議そうな顔をするアカメちゃん。

可愛らしい表情に機嫌が上昇してゆくのを感じつつ、僕らは離れ、木刀を構え合った。

 

「さて、それではお互い、鍛錬を始めようか」

「よろしくね、先輩」

 

 ブラートさんの元について数日、僕がブラートさんと2人で任務を成功させている間にタツミくんも初任務を成功させていた。

そこでタツミくんの担当はマインちゃんに変わり、僕もまたアカメちゃんの元で様々な事を学ばせて貰う事になったのだ。

何せ僕は剣術には自信があったし、対人戦闘も武芸百般の母が相手だったため一通りの武器の対処法などは知っており、狩りで気配の消し方も学んでいた。

とは言え暗殺者としてはまだまだ初心者、ブラートさんとの任務も簡単な物でしかなく、学ばなければならない事は多い。

なのでアカメちゃんに色々教わっている所なのだが、僕にも返せる物があれば、と朝の鍛錬を申し出たのである。

初めての鍛錬に興味があるのか、遠目に僕らのやりとりを眺める残るメンバーも視界に居た。

 

「ブラートでさえ帝具なしでは危ういと言っていた、その剣技。見せてもらうぞ……」

「さて、美少女のご期待に添うのは、男の子の義務だけど……。やってせるか」

 

 告げ、互いに集中力を増しながら腰を落とす。

抜刀術の構えである。

視線は互いに合っているようでいない、周囲を広く気配る観の目と、目の前の一点に集中する集の目、その中間地点。

 

敢えて言うならば、僕らは互いにやや観の目よりなぐらいか。

僕は当然、リィンフォースで仲間の強化をしている想定、一時的に更なる強化をする応用技のタイミングを見極めるため。

アカメちゃんは、仲間に一斬必殺村雨を当て、呪毒で殺さないように注意するためか。

 

「一斬必殺、村雨……。かすり傷を一撃でも負えば、呪毒で死に至る帝具か」

「お前のリィンフォースは、仲間が居なければ無力、か」

 

 応用技を使えばその限りではないのだが、まだ使いこなせているとは到底言えないため、口をつぐむ僕。

口先を動かしつつも、僕らは実践想定での闘志を胸に宿らせていた。

隙は、見当たらない。

ブラートさんとはまた違う強者。

その事実に、精神の温度が急速に下がっていくのを感じた。

 

 アカメちゃんの呼吸は、分からない。

身体は適度な脱力、なのにその呼吸は薄く小さく、それらしい物は微かに感じられるように思えなくもない、その程度。

先日のキュウキをも上回る、呼吸隠しの絶技であった。

 

 構えは互いに抜刀術。

よく勘違いされるが、抜刀術は別に速い剣術ではない。

当たり前だが、鞘に収まった剣を背から振るうより、抜いた剣を構えて振ったほうが速いに決まっている。

鞘走りの技術はその差を極限まで少なくする技術だが、それでも普通の姿勢での抜刀済みの剣速を超える事は無い。

 

 ならば何故抜刀術が強いかと言うと、それは一口に刀身が身体に隠れているからだ。

刀の入り口こそ腰からと決まっているものの、その剣筋を読む事は不可能に近い。

加え刀身の長さも隠すため、間合いすら読みづらく、それらの幻惑によって相手を斬るのが抜刀術である。

来ると分からない剣ほど速く見える物はない、それが抜刀術が高速剣と噂されるようになった原因だろう。

 

 故に僕もまた、アカメちゃんの抜刀術の剣筋は見目からは読めない。

定まらない視線、完全に刀身が隠れる完璧な抜刀術の構え、呼吸のタイミングすら読めない見事な隠れ拍子。

唯一の救いは、木刀には鞘が無いので慣れの関係で抜刀術が遅くなる事だが、それは僕も同じなので同条件である。

 

 とは言え、それはアカメちゃんから見ても同じなのだろう。

お互い読めないのであれば速効で剣を振るえば、幻惑剣たる抜刀術のメリットを最大限に活かせる。

しかしそれ故に、恐らく互いに構えた瞬間は頭の中はカウンターでいっぱい。

お互い速攻が怖いのは同じだからだ。

無論蛮勇の可能性があり、それで勝敗が決まる可能性もあったが、構えて数秒が経過した今それはもう無い。

 

 つまりここからは、どちらが相手の攻撃を読み攻勢に仕掛けた時に勝敗が決する。

ここで取るべき戦略は幾つにも別れるのだが、僕は2段構えの作戦を採る。

隠蔽のヴェールの裏の第1の構えは、相手を焦らし反応を待って斬りに行く形。

つまり受け身の剣。

剣筋を定め、狂い拍子と呼ばれる呼吸音を操る幻惑を増し、アカメちゃんの想像力を煽ってゆく。

 

 すると、動き。

ついにアカメちゃんは僕の構えを見切り、攻勢に仕掛けようと意識を切り替えたのだ。

受け身の剣であればアカメちゃんは攻めるのみ。

当然ながら、相手の剣を見極めてから攻めるアカメちゃんに比し、剣筋の全てではなくともその意を見切られた僕の方が不利だ。

故にアカメちゃんは、僕が作戦転換するよりも速く剣を振おうとしたのだ。

だが、僕はそれを待っていた。

人間が防御から攻撃に意識を転換するその瞬間、必ず隙はできる。

故に僕はアカメちゃんを攻撃に意識誘導させ、剣を誘発させたのだ。

深い隠蔽と幻惑で隠された第1の構えではあったが、その程度の事にアカメちゃんが気付かない筈が無い、そう信じていたからできた技である。

 

「――ふっ」

 

 吐気。

受け身の剣を見切ったが故に、その剣が攻撃前に飛んでくる事にアカメちゃんは僅かに驚愕してみせた。

すぐに僕の意図に気付き、遅れ剣を振るうも、遅い。

当然ながら。

剣戟の起こりを見た瞬間、すぐにアカメちゃんなら僕の作戦に気付くぐらいできると、そう信じていた。

だから。

――信じて、斬る。

 

 交錯。

互いに通り過ぎ、数歩。

耳が痛くなるような静謐の後、膝をついたのはアカメちゃんだった。

 

「「――まいった」」

 

 だが、僕らは同時に同じ言葉を吐いていた。

不思議そうな顔で振り返るアカメちゃんに、僕は溜息をつきながら手を見せた。

 

「あ、擦り傷」

「掠っちゃったよ。相打ちだね」

 

 今回の鍛錬は実践想定、勿論アカメちゃんの武器は村雨を想定している。

帝具の性能で勝利した事実に複雑そうな顔するアカメちゃんに、しかし僕は追い打ち。

 

「で、オマケにアカメちゃんは例え斬られても自分だけしか死なないけど、僕が死ぬと強化している仲間がゆっくりとだけど元に戻っちゃうんだよね。戦闘中だったりしたら、目も当てられない事になる。僕の方が敗北条件が重いから、実質僕の負け、かも?」

「む……」

 

 気落ちした様子のアカメちゃん。

一剣士としての誇りを汚されたような思いなのだろうが、この条件だけは譲れないので仕方ない。

罪悪感に胸をぬらしながら、僕はアカメちゃんに手を差し伸べる。

しっとりとした、柔らかな手。

先ほどの超剣技の持ち主とは思えないそれを握り、立ち上がらせた。

 

「さて、さっきの一撃、大丈夫かい? 結構強く打ち込んじゃったけど」

「ん、待って」

 

 言ってアカメちゃんは、己の服に手をかけた。

待て、と言う間もなくたくし上げ、その純白の肌が黒服から覗く。

陶器のような白さの肌は美しいくびれを描いており、そこから通じるエロティックな腰のラインが容易く想える程。

僕が打った部分はうっすらと痣になっているものの、すぐに治る程度であった。

故に僕は、眼福光景を脳裏に焼き付けつつ、おへそまで微かに見えるほどのお色気に、思わず両手を合わせアカメちゃんを拝んだ。

 

「痣になっているが、薄いし数日で消えるだろう……。って、何をやっているんだ?」

「ありがとうございます! あと、痣作っちゃってごめんね?」

「気にするな、鍛錬中だし多少の怪我は仕方ない」

「ありがと、許してくれて」

 

 瞬間、軽い害意。

 

「こら、アカメを傷物にしたなぁっ!」

「おっと」

 

 と、首を振って避けた空間を轟音を立てて足が通り過ぎる。

先ほどは遠くから見ていた筈のレオーネちゃんである。

大きく後退する僕を尻目に、アカメちゃんを抱きしめるレオーネちゃん。

 

「ちぇー、私を傷物にしたかと思ったら、次はアカメかー。キョウ、お前ハーレムでも狙ってるのか?」

「美人ばかりで目移りしちゃうのは、否定できないけどね」

 

 肩をすくめる僕に、べーっと舌を出すレオーネちゃん。

横ではぶほ、とラバックくんが吹き出している。

 

「ちょちょ、ちょっと待て! 姐さんを傷物に!? どーゆーこったい!」

「一夜の過ち……かな?」

「てんめぇぇぇぇ!!」

 

 何故か頬を染めるレオーネちゃんのお陰で、叫びつつラバックくんが糸の帝具クローステールを繰り出した。

仲間同士だけあって糸自体は避けづらい軌道でもなく、急所を狙うでも無い物なのだが、泣きながらもの凄い形相で攻撃してくるのがちょっと怖い。

反撃するのも怖くてとりあえず逃げていると、すたすたと近づいたアカメちゃんが鞘のまま村雨をフルスイング、ラバックくんの頭蓋を撃墜した。

 

「ラバック……冗談とは言え、あまり仲間に武器を向けるな」

「あ……あい……」

 

 ぷすぷすと煙を上げているように見えるのだが、大丈夫なのだろうか。

冷や汗を掻く僕だったが、直後、叫び声。

 

「死ねぇぇぇぇ!」

「ぎょぇぇぇぇ!」

 

 冗談のような声と同時、幾条もの光線がアジトの壁を打ち抜き大空へと飛んで行く。

間違いなく、マインちゃんがタツミくんに向けて撃った砲撃である。

何となく状況が想像できてしまい、僕は思わず眉間を抑えつつ、アカメちゃんに一言。

 

「あれはいいの?」

「マインは何時もの事だからな……」

「何時もなんだ……」

 

 そりゃ、怖いな……。

そんな風に溜息をつく僕なのであった。

 

 

 

*

 

 

 

 夜の帝都。

アカメ、レオーネ、ブラート、ラバック、シェーレ、最後にキョウ。

全員無言で、極限の気殺と共に、複雑な路地を走り行く。

新しい依頼、大臣の遠縁であるイヲカルとその護衛5人を狩るため、全員でかかる任務のためだ。

イヲカル本人を狙撃するマインと護衛のタツミの2人が狙撃班、残る6人が護衛を殺す始末班である。

護衛達は元皇拳寺の修行者、一筋縄ではいかない。

強敵に全員適度な緊張感を持ちつつも、しかし僅かに興奮した様子があった。

 

「へぇ……、実戦投入は初だが、これが共鳴強化か。実戦でもこれほどたぁ、凄いな」

「えぇ、身体が軽い……。素晴らしいですね」

 

 呟くブラートとシェーレの言う通り、キョウのリィンフォースの力はとてつもない。

新人故に成長のためタツミのみ強化からは除外されているが、マインを含め残る全員はキョウによる強化を受けている。

鼻歌でも歌い出しそうな機嫌のレオーネも、口には出さないが顔を綻ばせるアカメも、随分キョウを評価しているようだった。

そんな中でただ一人、ラバックは複雑な心境である。

 

 ――別に、悪い奴ってんじゃないんだろうが。

ちらり、と視線をキョウへ。

穏やかな、虫一つ殺せなさそうな表情で、殺しに足を運ぶ男。

ラバックの中の何かが、この男に警笛を鳴らすのだ。

ん? と疑問符を漏らしながら振り返るのに、思わずラバックはキョウから目を背けた。

 

 理屈から言って、ラバックがキョウを怪しむ必要性は余り無い。

たまたま帝具使いがナイトレイドに入ってきたというのは怪しさ満点だが、その帝具の強力さを考えると、帝国軍のスパイという線は消える。

キョウのリィンフォースは、どう考えてもスパイより帝国軍の少数精鋭隊向けだ。

無論能力を偽っている可能性もあったが、今この瞬間ラバックが感じている劇的な身体能力の強化がその可能性を潰している。

強化済みのラバックであれば、恐らく生身のブラートと互角の身体能力を発揮できる程の力である。

これが何らかの絡繰りなどという事はあり得ないだろう。

 

 人格も出来た男。

女好きの伊達男のような事を言うが、基本は素直で天然、アカメとシェーレを足して2で割ったような性格である。

男として微妙に嫉妬は感じるものの、特に嫌悪すべき性格ではない。

伝え聞いた話だが、悪を斬るのに全く容赦が無い様子もそれに拍車をかける。

加え剣の実力は超一流、あのアカメを上回る程。

暗殺のイロハはまだ未熟だが、事戦闘においては既に一人前と認めて構わないレベルだろう。

 

 ならば、何故ラバックはキョウを警戒しているのだろうか。

理由も分からぬまま暗殺任務が始まってしまったが、任務に仲間への警戒心など残す訳にはいかない。

殺意でキョウへの疑心を覆い尽くし、心の仮面を被るラバック。

そうこうしているうちに、護衛達が辿るであろう道筋に到着、木々に囲まれたそこに皆で足を止めた。

 

「さて、そろそろマインも配置についた頃かな……」

「キョウ、言うまでも無いだろうが心の準備はしておけ」

「うん、大丈夫」

 

 凍り付くようなアカメの声に、しかし穏やかな、それでいて何処か冷たい鋭さの混じる声で返すキョウ。

殺気は十分か、とラバックは内心独りごちた。

キョウの仕事を目にするのは始めてなのだが、アジトでの穏やかな彼とは比較にもならない冷たさ。

アカメとの模擬戦ですら見せなかった、彼の硬質な殺意。

そんなラバックに、小声でレオーネが呟く。

 

「どうしたラバ、後輩が見てるんだ、集中しないと笑われるぞ?」

「う、すまねぇ姐さん、切り替える」

 

 見れば残るメンバーも、心配そうにラバックを見ていた。

羞恥に僅かに頬を染め、ラバックは深呼吸、意識を完全に切り替え直す。

空気でそれが分かったのだろう、他のメンバーもラバックから目前へと視線を戻した。

 

 暫くして、パンプキンの発射音、遠くから聞こえるざわめき、遅れ近づいてくる気配が5つ。

全員が構えると同時、森から4つの影が飛び出してくる。

 

「――気をつけろ、一人足りないぞ!」

 

 叫ぶアカメに、ラバックは糸の結界の反応を感知。

その恐るべき速度に、咄嗟に防御壁を作るのと、敵の攻撃とはほぼ同時であった。

 

「がはっ!?」

 

 凄まじい衝撃に吹っ飛ぶラバック。

追撃に備えようとすぐに立ち直るが、他のメンバーは残り4人を相手にしておりすぐには駆けつけられなかった。

舌打ち、視界に入る上半身半裸の戦士を見据えると同時。

 

「――やらせると、思ったかい?」

 

 寒気のする冷気の声。

銀閃。

対し身体を翻らせ、避けつつ後退する敵。

その敵とラバックを結ぶ線分に位置するのは、奇しくも先ほどラバックが疑心を抱いた、キョウであった。

 

「キョウ!? く、邪魔だっ!」

「う、こいつら中々強いですよ!?」

 

 叫ぶアカメらが苦戦するのを尻目に、敵は凄まじい形相を浮かべ拳を握った。

ラバックは立ち上がり、前衛であるキョウから少し離れた後ろに位置する。

敵は拳を作ったまま、底冷えする声で告げた。

 

「矢張り、ナイトレイド……。臭そうな所に強引に護衛に割り入っただけの事はあったか。我が名はヒョウキ、命に代えても我が兄キュウキの仇は取らせて貰うぞ」

 

 キュウキの名が一瞬出てこずに目を瞬くラバックだったが、すぐに思い出し、ちらりと視線をキョウにやる。

先日、キョウがナイトレイドに入る切欠となった事件で、キョウが切り捨てた相手である。

兄が元羅刹四鬼っつーと、弟も相応か。

内心呟き、ラバックは静かに心を凍らせ始めた。

絶対の殺意で内心を埋め尽くす彼を尻目に、ぎょろりとしたその目を動かすヒョウキ。

 

「兄を殺したのは刀……。しかしナイトレイド・アカメの剣は村雨、死因は呪毒ではない、とすれば、貴様が仇か?」

「想像にお任せするよ」

「そうか、死ね」

 

 告げるヒョウキは、瞬く間にキョウの目前に表れた。

腰を低くしたその姿勢は、恐らく縮地の類いの技。

重心を斜め前にタイミングよくずらす事で、地面を”滑る”超高速移動技、皇拳寺の秘技の一つである。

歴戦のラバックですら反応しきれるか危うい攻撃に、しかしキョウは薄く笑うのみ。

 

「――で?」

「ごはっ!?」

 

 見ればキョウは片膝を突き出しており、ヒョウキはそこに突っ込んできた形となっていた。

当然そのような姿勢、予めヒョウキの動きを予測していないとできる筈も無い。

――こいつ、ヒョウキの構えだけで今の動きを読んでいたのか!

内心で驚愕するラバックを尻目に、キョウは足を下ろしそのまま刀を振り下ろす。

が、ヒョウキも然る者、ゴキゴキと身体を鳴らし、軟体生物のような動きでキョウの斬撃を避けてみせる。

羅刹四鬼の身体操作能力を話に効いていたラバックもまた、それは予測済み。

木々に引っかけた糸でヒョウキを拘束しようとするも、人間を止めたとしか思えない不規則な動きで避けられる。

そうなってしまえば、糸は最早キョウの前進を妨げる邪魔にしかならない。

停止するキョウ、まんまと利用された己に舌打ちながら糸を回収するラバック。

 

「やるな。だが他の護衛が殺られる前に、刀使い、貴様だけでも!」

 

 言いつつ構えるヒョウキに、しかしキョウは前進した。

てっきり仲間が勝って増援に来るのを待つと思っていたのだろう、目を見開くヒョウキ。

その一瞬の驚きで間合いを詰めたキョウだが、届くより先にヒョウキが我に返る。

凄まじい練度の正拳突き、それも腕の関節を外した伸びる技。

対しキョウは跳躍し避けてみせ、それを見てヒョウキは邪悪な笑みを浮かべた。

ラバックは舌打ち、咄嗟に糸を放つ。

 

「馬鹿め、逃げ場の無い空中へ逃れるとは!」

「馬鹿に馬鹿って言われるのって、心外だなぁ」

 

 告げ、キョウは空中に伸びたラバックの糸を蹴り地面に高速着地。

半回転、超速度で剣を振るう。

血飛沫。

傷を受けた首を押さえながら数歩後ろによろめくヒョウキに、何処か艶やかでさえある鋭利な表情を覗かせ、キョウが告げる。

 

「ばいばい」

 

 神速の踏み込みと同時、だめ押しの斬撃。

完全解体されたヒョウキの肉体が重力の熱愛を受け、地面にぼとぼとと墜ちて行く。

残心、即座に周囲に気を配るキョウだが、その頃には仲間達も護衛どもを全滅させており、安否を気にしこちらに来る所であった。

戦況が完全勝利で固まった事を確認し、ようやくキョウは血を払い納刀する。

 

「流石だな……、中々の手練れだったようだが」

「えへへ、アカメちゃんに褒められちゃったよ」

「ああ、凄いぞキョウ! 的確な判断だ!」

「お、おう。ちょっと本気で照れてきちゃった」

 

 と、駆けつけたアカメと会話する様子にキョウに、静かにラバックは近づいた。

気付いた様子のアカメが話を中断するのに甘え、ラバックは割り込む。

 

「おい、キョウ。お前なんで仲間を待たずにヒョウキを斬りにいった? てか、それにしたって、俺のフォローが無ければ死んでたぞ!? どうしてわざわざ?」

 

 事実である。

敵はヒョウキ以外は強いといってもそれほどではない、強敵相手なのだから仲間を待ってから片付けても構わないではないか。

加え空中に踊り出すなど、ラバックのフォローが無ければ、二発目の伸びる正拳突きを喰らい、致死のダメージを受けていた可能性が高い。

しかしキョウは目をパチクリと開け閉めし、静かに告げる。

 

「順番に答えると、まず仲間を待たなかった理由は、ヒョウキをあまり追い詰めたくなかったからかな」

「は?」

「……奴の口から、濃い火薬の臭いがした」

 

 言いつつキョウはヒョウキの惨殺死体に近寄り、ブロックを一つ持ち上げた。

ぼとぼと落ちる臓腑の中から露わになる肉塊の中、分かりづらいが爆弾が見て取れ、ラバックの背筋が凍り付く。

残るメンバーも、気付いていた様子のアカメ以外はざわめきを漏らした。

 

「な……!?」

「僕に拘りを持っているようだったから、僕が2対1で攻める分にはいきなり爆発させてくる可能性は低かった。でも、他の護衛を全滅させてこれ以上ヒョウキが不利になってしまったら、自爆していた可能性は高い」

 

 視界の端では、うんうんと頷くアカメ。

とすれば、先ほどキョウを褒めていたのは、剣の腕だけでなく状況判断能力もなのだろう。

キョウは、念のため、と呟き爆弾の導火線を切断、誤作動での爆発の可能性を無くす。

静かに地面に置き、立ち上がった。

 

「で、君のフォローが無ければ死んでたのに、なんでわざわざって話だけどさ」

「……あ、あぁ」

 

 ずんずんとラバックのすぐ近くまで歩いてきて停止、腰に手を当て、残る手でラバックを指さし、告げた。

 

「ラバックくん、君を信じていたからに決まっているじゃないか」

 

 唖然。

その黒曜石の瞳は何処までも澄んでおり、その意志と言葉には一切の震えも見られない。

純真で、胸の奥までさらけ出すような、無垢なる信頼。

返り血を浴びたその顔が、世闇に差す一筋の光にさえ思える程の、輝かしさ。

重いとさえ感じる信頼の圧力が、ラバックの背にのし掛かる。

 

 怖い、とラバックは思った。

出会って一週間程度の仲間のフォローを信じ、突っ走る。

字面にすればそれだけの内容だし、命がけの暗殺稼業でもそれができる奴とて居なくはない。

 

 けれどその表情は、そんな理屈を超えて恐ろしかった。

何故か、彼の信頼に満ちた表情を見ると、穏やかな気分になるのだ。

さながら、暖かな家で寛いているかのようとさえ思える感覚。

殺しの現場、兄の仇を取りに来た相手を殺し、始末を終えた上に敵の臓腑から爆弾を抜き出した、その直後だと言うのに、だ。

 

 ラバックは、吐き気をさえ憶えた。

自分が人間的感覚を大きく損なっていくような気さえもする。

恐怖とおぞましさに身体の芯が震え、それさえも暖かで穏やかなキョウの表情に溶かされてゆくようだった。

 

 すぅ、とラバックは小さく深呼吸した。

脳裏の混乱が薄まり、僅かに鋭利ないつもの思考が戻ってくる。

それでも残る恐怖が思考を遅延させ、今のラバックにできる事はたった一つしか無かった。

 

「……そう、か」

 

 万感を籠めた一言に納得を感じたのだろう、にこり、と微笑み引き下がるキョウ。

見れば周囲の連中は今のキョウの恐ろしさに気付いていないらしく、唯一レオーネだけが複雑そうな表情を見せているだけだった。

戦闘以上の疲労感を憶える身体を引きづりつつ、ラバックは仲間に続き合流地点へと歩いて行く。

合流地点の大木で喧嘩をしているタツミとマインを見た時に、ようやく現世に帰ってきたかのような心地を得るラバックなのであった。

 

 

 

 

 




本作では、所々戦闘描写を頑張ろうかな、と思ってました(過去系
アカメvsキョウ模擬戦みたいな剣戟を数多く取り入れたいのですが、中々機会が無いのです……。
機会を作るのも私なのですが……、上手く機会作れたら頑張ります。多分。

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