23.
「な、なんだったんだ……!?」
「キョウくんが勝ったの……?」
突如現れた鋼鉄の巨人は、キョウの攻撃と皇帝の絶叫を最後に活動を停止した。
ナイトレイドとイェーガーズ、イゾウ達は一旦待避し休戦状態にあったのだが、状況の遷移が早すぎて掴めない状況である。
アカメもまた、クロメとの戦いを止めて状況把握に努めていた。
そこに駆け寄る、2つの気配。
「――誰か来るぞ!」
「隊長!?」
タツミとウェイブの声に応じるのは、帝都の外で革命軍と戦っていたエスデスとブドーである。
最悪の布陣に、アカメは思わず背筋を凍らせた。
そんなアカメを尻目に、急遽引き返してきた様子の彼らは、険しい顔で宮殿に佇む巨人に視線を。
「あれが至高の帝具か……?」
「あぁ、あれがシコウテイザー。陛下のみが使える帝具。大臣めに唆されてしまったのだろうが、しかしシコウテイザーをどうやって……?」
訝しげな顔をしつつも、ブドーは両手のアドラメレクを励起状態に。
紫電を僅かに走らせ、視線を真っ直ぐに佇むシコウテイザーへと。
「状況を確認せねばな。エスデス、貴様にはナイトレイドの掃除を頼む。イェーガーズもだ。イゾウ、貴様も彼らと連携しナイトレイドを消せ」
「ふん、まぁ構わんさ、こっちにはタツミも居るしな」
「承知、江雪に上等な血を吸わせる機会、逃しはせぬさ」
返ってくる返事に頷き、ブドーは再び疾走を開始しようとして。
アカメの耳朶に、懐かしい声が響いた。
「その必要は無いよ」
声と共に、流星の如き速度で影が墜落。
瞬く間に一閃、唐竹。
真っ二つに別たれたイゾウの肉体が、双方とも地面に到着してから、思いだしたかのように血を吹き出す。
血飛沫を身に浴びながら、恐ろしいまでに朗らかな笑みを浮かべ、その男はそこに立っていた。
キョウ・ユビキタス。
アカメの思い人。
傷だらけで満身創痍の男は、しかし場違いな程に暖かな笑みを顔に浮かべている。
そしてその酷い傷の左手には、見覚えのある生首が髪を掴まれていた。
アカメの視線を受け、キョウはゆっくりとその生首を掲げる。
「父上……大臣の首は取った。皇帝陛下が騙されて使っていたシコウテイザーは、僕がぶっ壊して止めたよ。陛下は中で気絶しているみたいだけど、とりあえず後回しにしてきた」
絶句。
革命の最後の障害が既に取り除かれていた事に、その場の全員が驚愕を露わにする。
驚きに全員が顔を青くするその場に、遅れ女性の声が響き渡った。
「気をつけて、みんな!」
「チェルシー!?」
叫んだ女性は、駆け寄ってきたチェルシーであった。
思わず反応するアカメに、必死の形相で続けチェルシー。
「キョウの最後の奥の手は、”信人跋扈”! 自分自身にパスを繋げられる技! 強化だけじゃなくて、パスを繋いだ相手に自分のダメージを一方的に転送できるんだよ!」
「ありゃ、言われちゃったや。それで陛下に僕のダメージ転送して、全身ズタズタにして気絶させたんだけど……。ま、多分生きてると思うけどね」
あんまりな帝具の性能に、全員が再びの絶句。
思考が停止する中、アカメは即座にその帝具の意味を理解した。
キョウを殺せば、最悪この場に要るブドーを除いた全員は死ぬ。
つまり、ブドー以外この場でキョウに攻撃できる人間は居ない。
加え、この場に要るキョウとブドー以外の全員は、誰か一人でも死ねば、最悪残り全員が死ぬ。
つまり、キョウは誰か一人でも殺せば、残り全員を殺せる。
というか、大臣を殺した時に残る全員を同時に殺す事でさえ可能だったのである。
そんなアカメの思考を見越したのか、キョウはゆっくりと微笑んだ。
「全員理解したと思うけど……ブドーさんは今、邪魔なんだよね」
「ちっ、貴様帝国に刃向かうか!?」
「いや、今の僕にとって帝国はさほど重要じゃあないのさ。ただ、貴方が邪魔なだけ」
告げると同時、キョウの姿がかき消えた。
目を見開くと同時、肉が裂ける鈍い音。
遅れアカメが視線をやると、ブドーが喉を深く切り裂かれ、血を吐き身体を伏す場面であった。
「ば、馬鹿な……、あっけなさ、すぎる……!」
「いや、今チェルシーちゃんが言ってたじゃないか。信人跋扈は、強化にも使える技だってさ」
元々エスデスとさえ渡り合えるキョウの身体能力を強化すれば、ブドーでさえ反応できない速度へと達する事が可能なのか。
恐るべき展開に、アカメは思わず唾をのんだ。
この場は、キョウが誰に味方をするかでナイトレイドとイェーガーズのどちらが勝つか決まる。
第三の選択、キョウが全員の敵という最悪の可能性もあるが、それなら先ほど大臣を斬った時に全員殺せた筈である。
全員が固唾を呑んで見守る中、キョウはゆっくりと振り向き、視線をクロメにやった。
「僕の今の目的は、ただ一つ――」
朗らかな笑み。
心の底から暖かくなるような、身体の芯からほっとするような、大凡今の場には似つかわしくない笑みを浮かべて。
キョウは、とても美しい声でこう言った。
「クロメちゃんの葬列を作る事だ」
クロメの葬列。
意味の分からない言葉に、アカメが疑問符を吐き出そうとした頃、キョウが続きを口にする。
「実はクロメちゃんと一緒にちょっと実験したんだけど……、一斬全殺でパスを繋いだ数人のうち1人を八房で殺した事、あるだろう?」
「あ、うん。確か、八房の枠一つで、パスを繋いだ全員を屍人形に出来たけど……。でも、結局キョウくんのレイヤーを一個占有しちゃうから、無しにしたんだよ、ね」
恐るべきリィンフォースと八房の相性に、思わずアカメは身を凍らせた。
つまり、最悪八房は1万以上の屍人形を操る事すら不可能ではないという最悪の帝具となりうる可能性すらあったのだ。
リィンフォースの性能を守る為に使わなくなったそうだが、それでも八房とリィンフォースの相性は良いようだった。
村雨がリィンフォースに対し相性が良いのとは、また別の理由で。
そんなアカメの思考を嘲笑うかのように、キョウが微笑んだ。
「今僕を中心とした複数のレイヤーにまたがって、僕はクロメちゃんを除くこの場の全員と帝都民9万人以上を一斬全殺の対象にしている」
絶句。
狂気の沙汰にも程がある台詞に、アカメを含め全員が凍り付いた。
クロメでさえも目を見開き硬直しているのに、しかし常と変わらず笑みを浮かべながら、キョウ。
「今強化しているクロメちゃんが、僕を殺せば。この帝都の殆どが、クロメちゃんの八房の屍人形になる。そうすれば……」
「私が死ぬときに、みんな一緒に死んでくれるって、事?」
その言葉に、アカメはクロメの寿命の短さを悟った。
薬で強化された暗殺者であるクロメの寿命は短く、老い先長くは無いと知っている。
とは言え、それがこの状況を作り出すとは、流石に姉のアカメですら予想していなかった。
しかし、とアカメはクロメに視線をやる。
使命と仲間の遺志の為に戦って死ぬ事を望むクロメが、果たしてそれを受け入れるか。
クロメは悲しげな笑顔で面を上げ、キョウに視線を。
何かを口にしようとして、はっと目を見開いた。
胸を打つような切ない顔を作り、顔を下手な作り笑顔にする。
「そっか……。”それ”がキョウくんの望みだって、私、信じるよ」
「クロメ!?」
ウェイブが叫ぶのに、しかしアカメは気付いていた。
クロメがキョウの提案を受け入れる筈は無い、何かこの話には裏がある。
しかしそれが見えず、アカメが歯がゆい思いをするのと同時、クロメと視線が合った。
きょとんとした顔、それから苦笑を作り、クロメはキョウに視線を戻した。
告げるクロメ。
「それにしても、キョウくんの目的、愛する人達を斬り殺す事じゃなかったんだ。キョウくん、弟を斬り殺した時に、自分にとって斬る事が愛情表現だって気付いたんだっけ?」
「ん、ま、ね」
告げてキョウはアカメに視線を。
満面の笑み、胸の奥がほんのりと暖かくなる、不思議な笑みを。
満身創痍で父親の血飛沫を浴びながら、暖かい笑みを浮かべて告げた。
「僕は愛したから母を、妹を、弟を、兄を、そして父を斬ってきた。それに違い無いよ」
「く、狂ってる……」
思わず誰かが漏らすのを、しかしアカメの耳は半ば捉えていなかった。
アカメもまた、気付いたのだ。
キョウは信じたかったのだ。
その事実を捉え、アカメは静かに微笑んだ。
村雨を構え、静かに叫ぶ。
「キョウ、お前の目的は分かった。だが、私の村雨なら……、リィンフォースの天敵たる村雨なら、キョウ、お前だけを殺す事ができる筈だ!」
はっと気付くナイトレイドの面々と、初耳で驚くイェーガーズの面々。
そしてアカメは、村雨で己の掌に傷を付けた。
村雨の呪いが己の身体を這いずり、赤い痣を作り出す。
白目は漆黒に染まり、赤い瞳が暗闇の中で輝くようになっている筈だ。
己を化生の姿と化し、奥の手たる身体能力の強化を遂げ、アカメは叫ぶ。
「村雨の奥の手……使わせてもらうぞ!」
「ふふ、アカメちゃんの奥の手は初めて見るね」
戦況はクロメ以外は全員一斬全殺でダメージを共有中、しかしキョウだけは他の面子のダメージを受けない。
ダメージ共有を無視できるのはアカメの村雨のみ。
そしてクロメがキョウを殺すか、アカメがキョウを殺す事でのみこの戦いは終わりを告げる。
「――行くぞ!」
疾駆。
アカメがキョウに向かい駆け、それが戦いの幕開けとなった。
*
「おぉおおぉっ!」
絶叫、敵意共鳴で氷の使えないエスデスさんの、凄絶な防御の技が翻る。
袈裟の剣を受けられたので、そのまま身体を空中で捻り蹴りを放つ僕。
エスデスさんは残る手でどうにかそれを逸らすも、身体が軋む威力に歯を噛みしめた。
そこに僕は半回転、剣を握れない左手で裏拳を作り放つ。
無防備なエスデスさんに届くかと思った、その瞬間である。
「やらせねぇ!」
タツミくんの防御が間に合った。
気付けば竜人のような不思議な形態となっていたインクルシオは僕の攻撃をも防御に成功、踏み止まってみせる。
感心しつつ僕は地面を蹴り跳躍。
アカメちゃんの超速度の斬撃を避け、大きく距離を離し地面に降り立つ。
「ふっ、まさかタツミと共闘する日が来るとはな……。しかも、今のタツミは凄まじい強さ、か」
「余裕こくな、行くぞエスデス!」
叫ぶタツミくん、エスデスさん、アカメちゃん、そして影から僕を狙うラバくんが僕に対処。
ウェイブくん、ランさん、レオーネちゃん、マインちゃん、ナジェンダさんがクロメちゃんを狙っているのが現状である。
残念ながらチェルシーちゃんは戦力外、離れて見守る事しかできていない。
良い布陣だ、と微笑みつつ、僕は速度だけで言えば僕に迫るアカメちゃんの斬撃を防御。
翻り蹴りを放つも、流石に全身の血を破壊された後、生身でシコウテイザーの攻撃を2回もくらった僕では、速度で追いつけない。
あっさり避けられるが、読み筋。
姿勢を低く、ラバくんの糸の拘束を避けつつ、思わず笑みを浮かべる。
「ぐっ、避けられた!? あんだけボロボロでこのスピードと読みかよ!?」
「お褒めの言葉、ありがとね」
告げつつ剣を振るい、エスデスさんのサーベルを受け止める。
全員の足を犠牲にしてでも僕の足を止めようとする彼らだが、4人がかりでも僕には追いつけない。
逆に彼らを行動不能にしようという僕の剣を、再びタツミくんがエスデスさんとの間に潜り込み、防御してみせる。
両足で轍を作りながら後ろにすっ飛んで行くタツミくんと、それを抱き留めるエスデスさん。
「ぐお、なんつー重い剣……!」
「2人がかりで抑えてこれか……!」
距離が取れたので、僕は視線をクロメちゃんに。
レベル5になって強化された共鳴強化を身に受けるクロメちゃんは、ナタラくんとドーヤちゃんを併用する事で3対5でも少しずつこちらへ進んできているようだった。
僕側からも近づいており、距離は最早残り少ない。
成就の時を願い微笑みつつも、僕は襲い来るアカメちゃんの剣戟を避ける。
そのまま蹴りうつのを十字受けされ、吹っ飛ぶアカメちゃんが再び超速度でかき消えた残像に、黒塗りの暗器針が穴を穿った。
微笑み、その場から跳躍。
エスデスさんとタツミくんの足を狙った十字突きを回避し、跳躍した先を狙うアカメちゃんの斬撃を防御。
その衝撃の方向からして僕をクロメちゃんから遠ざけようとしたのだが、拙い。
僕はかつてクロメちゃんとの戦いで使った技を使用、空中で攻撃を受け流しながらクロメちゃんの方向へと跳躍する。
「――なっ!?」
予想外の動きだったのだろう、驚くアカメちゃん。
しかし背後でラバくんが作った糸の結界を駆け上がるタツミくんが、すぐにアカメちゃんの足場となる事だろう。
油断せずに僕はクロメちゃんへと向かい、ナタラくんとドーヤちゃんを楯にクロメちゃんもまた僕へと向かう。
「させねぇ!」
叫ぶウェイブくんが、ランさんの援護を受けクロメちゃんの前に飛び出す。
視線が交錯、副武装の槍を構えるウェイブくんだが、強化されたクロメちゃんを前にはあまりにも儚い壁であった。
一合で槍を弾かれ、次ぐ斬撃をフェイントに跳躍、クロメちゃんはウェイブくんを越えて行く。
「ごめんね……、ばいばい、ウェイブ」
「クロメぇぇえぇ!」
告げるクロメちゃんと僕の間に、最早壁は無い。
僕は刀を鞘に納め、立ち止まり両手を広げる。
できる限りの、最高の笑みを顔に浮かべて、クロメちゃんに向け叫んだ。
同時、背中側からアカメちゃんの声が。
「クロメちゃん!」
「キョウくん!」
「キョウ――!」
次の瞬間。
僕の正面から八房が、僕とアカメちゃんの心臓を。
僕の背面から村雨が、僕とクロメちゃんの心臓を。
貫いた。
「がはっ……!」
血塊を吐き出す僕を尻目、2人が叫ぶ。
「村雨ぇぇぇえええ!!」
「八房ぁぁぁあああ!!」
一斬必殺。
死者行軍。
2つの呪いが僕の身体を巡り、戦い合う。
あまりにも凄絶な痛みが走るのに、思わず僕は絶叫した。
「ぐぎゃぁぁぁああぁ!?」
喉が裂けんばかりの叫びに、しかしアカメちゃんもクロメちゃんもその帝具に賭ける力を欠片も緩めない。
心臓を貫かれているのに凄いなぁ、と頭の中の冷たい部分で思わず呟いた。
クロメちゃんの肢体に村雨の呪いが。
アカメちゃんの肢体に八房の呪いが。
その美しい身体を侵食し合う。
「お前の!」
最中、アカメちゃんが叫んだ。
「お前の望みは、これなんだな!? お前にとって愛する事が斬る事であるように。お前にとって、愛される事が斬られる事でも……あるんだな!?」
「ちぇ、お姉ちゃんも気付いたか! ま、ヒントあげたし、当然だよね!」
血塊を吐き出しながら叫ぶ2人。
そう、その通り。
僕は十分に色んな人を愛し斬った。
だから特別な彼女達2人には、僕を愛し斬って欲しかったのだ。
なので実は、一斬全殺は最後、アカメちゃんとクロメちゃんに斬られる寸前には、僕ら3人の間でしか存在していなかったのだ。
勿論、皆で死ぬのも悪くは無いだろう。
けれど、特別な3人だけで死ぬのは……、もっと良い事なんじゃあないかと、僕は思うのだ。
そして、それを言葉にしなくても伝わる事ができれば。
それは、とても素敵な事なのではないかと思うのだ。
だから。
「2人とも……、気付いてくれて、ありがとう……!」
僕は、感謝の言葉を伝えた。
そこまで気付いているのなら、僕が一斬全殺を3人でしか使っていない事などすぐに分かる。
確信を持てていなくても、今周囲から見守る皆が無傷なのを見れば、僕ら3人しかダメージを共有していないのも分かる筈。
それでも2人が己の帝具で僕を愛し斬ろうと競うのは、僕に止めを刺した人間になりたいからなのだろう。
つまり。
「こんなにも愛してくれて、ありがとう……!」
次の瞬間。
リィンフォースが。
村雨が。
八房が。
壊れた。
粉々に砕け散る2本の刀と、僕の血液。
僕とアカメちゃんとクロメちゃんは、重なり合うようにそのまま倒れ込んだ。
駆け寄ってくる足音が聞こえるけれど、もう僕の目にはアカメちゃんとクロメちゃんの顔しか見えない。
「2人とも……。こんなに、近く……」
「あはは……、美人姉妹にこんなにくっつかれるなんて……キョウくんの幸せ者」
「全く、だ……。この助平め。エロエロ、め」
2人の手厳しい言葉に、あはは、と僕も微笑む事しかできない。
身体の感覚が無い筈なのに、2人の体温だけはすぐ近くに感じられた。
もう何がどうなっているのか自分でも分からないけれど、2人がすぐ近くに居る事だけは分かる。
「なんでだろ、私なんて、信念も貫けなかったし、死んじゃうけど」
「私も、目的は果たしたけど、結果を見られずに、死んでしまうけど」
「僕の場合は、勿論満足して死ぬ訳だけど」
口唇から吐き出される吐息が、多分顔に感じられている。
暖かな温度に身を委ねながら、僕は、僕達は告げた。
「生まれてきて、一番幸せ……」
そこから先の言葉を紡ぐ力は、もう僕らには残っていなかった。
意識が暗く、墜ちて行く。
暗く暖かな、何かに向かって。
気絶とは違うような、不安と安心が入り交じったような感覚。
意識が途切れる刹那、2人の顔が確かに見えて。
――僕は、最後に幸せな笑みを浮かべた。
完
これにて完結。
後ほど活動報告に長めのあとがきを上げておきます。