信人跋扈   作:アルパカ度数38%

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22.

 

 

 

 シュラの死から、半月が経過した。

革命軍が迫る中、ついに近衛兵率いるブドー、呼び戻された己の軍を率いるエスデスがその迎撃に出る事になる。

破竹の勢いで革命軍を蹴散らす両名とその軍だが、その分宮殿の警護が手薄になった。

そんな宮殿の奥深く、食卓を囲む2人の影があった。

 

「その隙を狙い、ナイトレイドがやってくるでしょうが……まぁ、恐るるに足らずですね」

「つか、予定通りじゃろ? 今の展開は。キョウが反抗するとヤバイが、切り札はあるんじゃろ?」

 

 オネストとドロテア、その2人である。

互いに卓上の海老をぱくぱくと口に運びつつも、思いだしたかのようにぽつぽつと会話していた。

 

「まぁ、シュラを殺してレベル5に到達したキョウのリィンフォース、何処までたどり着いたのか気になりますが……。このまま従うも良し、反抗したのを殺して何らかの形で私の手元にリィンフォースが来るも良し」

「おや、後継者は要らんのかの?」

「面倒ごとを引き継げる器としては、シュラは未熟で、キョウは危険過ぎましたから。シュラがあそこまでの無能であった以上、次の子を作るのは確定事項ですからね。とは言え、トモエ以上の母体を探すのには骨が折れそうですが」

 

 憂鬱そうに、しかし手を止めること無く海老を口に運びつつ告げるオネスト。

その様子に、思わずドロテアは首を傾げた。

オネストがいくつキョウに対しての切り札を持っているのかは知らないが、己もまたその一つなのだろう。

しかし、ドロテアは自身が確実にキョウに勝てるなどとは思っていない。

確かにドロテアの吸血はキョウの帝具を奪う事が可能だが、そもそも吸血を当てるのが至難の業である。

同じように、他の切り札とて確実に有用と言える物があるのかどうか。

 

「……至高の帝具というのは、そんなに凄いもんなのかの」

「まぁ、それもありますが、他にもキョウを確実に無力化できる切り札はありますよ」

「ほう……そりゃまた。あれほどの戦士を止める方法がそこまであるとは」

 

 素直に感心してみせるドロテアに、ぬふふ、と笑みを浮かべつつ海老を咀嚼するオネスト。

しかし、食した海老を嚥下した所で、手を止める。

 

「けれど唯一懸念があるとすれば、キョウの目的を読み切れていない事ですかね」

「まぁ、そーじゃのう。お主を殺す為にナイトレイドとして潜り込んだのかと思えば、仲間を斬り殺しおるし。しかも便利な帝具人間、奥の手を残した奴をじゃぞ?」

「ですよねぇ。かといって帝国を中から変えるつもりにしては、権力を求めなさすぎです。私の手駒になりたがっているにしては、私との接触が少なすぎる」

「奴、何を考えているか分からなさすぎるのう。あ、ロリコンじゃが」

「ロリコンなんですか……」

 

 呆れ声を漏らすオネストに、妾にちょっと欲情しとったしのう、と返すドロテア。

事実、キョウの目的は謎が多すぎる。

この状況でシュラを斬り殺しレベルアップを果たした以上、大臣への殺意を持っている可能性が高いが、それも確実とは言えない。

最近も目立った行動はしておらず、強いて言えば、最近クロメと共に八房を使った何らかの実験を行っていたぐらいか。

当然それからでは、キョウの目的は推察できなかった。

不確定要素だが、だからといって彼は切り捨てるには大きすぎる価値を持っている。

加え大臣が言うには彼を確実に無力化できる切り札もあるのだと言う。

であれば、とりあえず生かしておきたいと思うのも無理は無いだろうが。

 

「ま、先ほども言いましたが、キョウの目的が何であろうと良いんです。私を殺しに来るのなら処理してリィンフォースを何らかの形で入手。来ないなら手駒としてこき使う準備を進めておけば良いんですよ」

「そーじゃが、剛胆じゃのう……」

 

 エスデスに匹敵する戦士に命を狙われている可能性が高い上に、その脅威を大臣は正確に察知している。

それでも悠長に構えられる大臣は、間違いなく大物であった。

改めて目前の男の器に感心するドロテア。

しかし、彼女の関心もすぐに目前の海老へ移ってゆき、そんな感心も次の海老へと手を伸ばすまでの間だけであった。

 

 

 

*

 

 

 

 数刻後。

ブドーとエスデスが革命軍の迎撃に出た隙に、ナイトレイドの面々は宮殿へと侵入していた。

次々に現れる敵を斬り捨てつつ、快進撃を続ける仲間ら。

彼らを尻目に、チェルシーは一人目立たぬ変身によって大臣の居るであろう玉座の間を目指していた。

何せチェルシーの戦闘能力は低く、今となっては他に役立てる場面が無いのだ。

殆ど志願で得た機会に、チェルシーは静かに己の心臓の鼓動をさえ制御し急ぐ。

動けるネズミに変身しての侵入であるが、普段であれば掃除が行き届いた宮殿にネズミが現れるなどありえない。

宮殿が混乱している今だからこそできる、力業と言っても過言ではなかった。

 

 苦労して階段を上り、チェルシーは最上階に到達。

玉座の間に滑り込むと、そこには皇帝に大臣オネスト、皇帝を守る全身鎧の直属兵4人にドロテアが潜んでいた。

これ以上進むのは、状況を確認せねば現状では無駄死にの可能性が高い。

脳裏に響く警笛に従い、チェルシーは玉座の間の入り口から半身を乗り出すに止めた。

 

「陛下、民は革命などというありもしない甘い幻想に酔っておるのです。自身の怠惰を棚に上げ、革命が成し得れば楽ができると信じて」

「そ、そうなのか、大臣」

「えぇ。陛下の治世は見事でした、間違いなどありませんでしたとも。何せこの私が隣でずっと見て来たのですからね」

「あぁ、そうだな、お前の言う事は常に正しい……」

 

 腹腔に溢れる怒りを抑え、チェルシーは大臣たちのやり取りを反芻する。

ここまで追い詰められた今、大臣は何故皇帝に付き従おうとするのか。

やはり、まだ諦めていないのだろうが、何故だろうか。

疑問符をこねくり回すチェルシーを尻目に、話は続いて行く。

芝居がかった動作と共に、大臣。

 

「では、甘い民には厳しさを見せなければ成りません。厳しさを。――至高の帝具を」

 

 思わずチェルシーは目を見開いた。

至高の帝具、その正体は窺い知れず謎に包まれているが、巨大な物だと言う事だけは分かっている。

それをこの場で使われてしまえば、最悪宮殿が崩れ落ちる可能性すらあった。

焦りがチェルシーを支配し、咄嗟に辺りを見回す。

直属兵達は正方形の頂点の陣形を作り、どっしりと構えたまま。

ドロテアは大臣のすぐ横でただした姿勢で直立している。

 

 ――とは言え、どちらへ向かうべきか。

皇帝を殺せば至高の帝具は阻止できるだろうが、大臣を逃がす可能性はある。

対し大臣を殺せば諸悪の根源を殺せるが、皇帝が至高の帝具を使い暴れ回る可能性があった。

しかし時間は残り少ない、焦りつつも、しかしチェルシーは大臣を標的に選んだ。

混乱を起こして乗り込むしかないが、混乱を機に至高の帝具を発動されてしまえば、皇帝の暗殺に失敗する可能性が高いためである。

小さく呼吸。

ネズミの姿のまま、チェルシーはガイアファンデーションの煙幕を放った。

 

「な、何事だっ!?」

「兵達よ、私達を守りなさいっ」

 

 皇帝と大臣が叫ぶのと同時、チェルシーはネズミの姿のまま走り出す。

身体が小さい分遅いが、中央に集まる近衛兵を迂回しても、足音が小さすぎて誰にも気取られない。

煙が晴れるよりも早く、チェルシーは大臣の下へ到着、変身を解く。

口内から針を取り出し、静かにその喉の急所へ突き刺そうとして。

びぃぃん、と空中に見えない壁があった。

 

「――っ!?」

 

 針が割れ、声なき悲鳴と共にチェルシーは高速後退。

咄嗟にガイアファウンデーションを使用、近衛兵に変身する。

それから瞬時遅れ、煙幕が晴れた。

やれやれ、と大臣は喉元をさすってみせる。

 

「大臣、大丈夫か!?」

「攻撃されたようですが……、至高結界が私の身を守ってくれたようです」

「そ、そうか。至高結界を展開しておいて良かった……。永続化も考えんとな。下手人は……あれ? 近衛が増えておるぞ!?」

 

 驚いてみせる皇帝に、冷や汗をかきつつチェルシーは残る近衛兵を疑う様子を見せる。

咄嗟に過ぎる変身だったが、どうにか上手く行ったようだ。

ただ、問題点として、チェルシーは近衛兵達の癖や互いの呼び名など、基礎的な事すら知らないのだ。

このままではバレるのも時間の問題、と次なる一手を考え始めるチェルシーに、猫なで声で大臣が告げた。

 

「ふむ……、ナイトレイドに一人、何の帝具を持っているのか分からないチェルシーなる女が居ました。そのチェルシーの帝具が変身の帝具だったのでしょう」

「そうか……。しかし、どうする大臣」

「簡単です。……こうします」

 

 告げて大臣は、指に填めてある指輪を撫でた。

遅れ金の指輪にスリットが入り、開く。

奥には眼球のような生々しい何かが存在し、ぎょろりと視線を動かしチェルシーに目を定めた。

間違いなく、帝具の一種。

それにぞっと背筋を振るわせたチェルシーに、しかし大臣はそっとその目を掌で覆い隠した。

 

「我が帝具が視線を合わせた、一番右の近衛兵。それがチェルシーの化けた近衛兵です!」

「おお、帝具破壊だけの使い捨てだと思っていたが、そんな利用法があったのか!」

 

 皇帝が感心すると同時、一番近くの近衛兵の攻撃がチェルシーを襲う。

変身した所で、肉体の基本的なスペックは変わらない。

辛うじて十字に受けたチェルシーの身体は吹っ飛ばされ、変身が解けてしまう。

加え帝具を手放してしまいながら、大臣達の前へと転げる。

 

「——かはっ!」

 

 あまりの衝撃に血塊を吐き出すチェルシーに、影が差した。

揺らぐ視界で視線をやると、青いエプロンドレス。

立ちはだかっていたのはドロテア、吸血の帝具使い。

 

「大臣よ。こやつの血、もらっていいかの? 小腹が空いてしまってのう」

「構いませんよ。逆賊のナイトレイドです、干からびてミイラになるまで吸ってしまいなさい」

「うむ、食事じゃ食事」

 

 見せつけるように、ゆっくりとチェルシーへと向かいゆっくりと顔を沈めるドロテア。

――殺しの報い、次は私の番だったのか。

ふと、そんな言葉が思い浮かび、チェルシーは痛み以外の感情から目を潤ませた。

覚悟してきた筈だった。

けれど明確に迫る死を前に、けれど諦められない心残りがチェルシーの心を焼く。

チェルシーもマインも、アカメに遠慮してまだタツミに告白ができていなかった。

だから革命を成功させて、その時、自分はその立役者として大臣を暗殺し、そして。

タツミに言いたかったのだ。

どう、タツミ、私凄いでしょ……と。

そして。

 

 チェルシーは、しかしそれ以上の思考を辿る暇も無く、目を見開き、目前に迫る体温に震えた。

――次の瞬間。

凄まじい速度で突っ込んできた人影が、チェルシーに覆い被さろうとしていたドロテアを突き飛ばした。

 

「ごふっ!?」

「……キョウ!?」

「や、チェルシーちゃん」

 

 意外すぎる元仲間の登場に、チェルシーは思わず悲鳴を挙げた。

それを尻目、しかし突き飛ばされたかに思われたドロテアは突き飛ばそうとしたキョウの手を握っている。

歪んだ笑みと同時、叫ぶドロテア。

 

「驚いたが、好都合! いただくぞ!」

 

 叫ぶと同時、超絶の身体操作により不安定な姿勢のキョウを組み伏せ、その首筋に噛みついた。

即座に吸血開始、ごくごくと血を飲み始める。

思わず息を呑むチェルシーを尻目、大臣が眉をひそめながら呟いた。

 

「我が息子ながら迂闊。一度切った筈の元仲間を助けに、私に刃向かいドロテアに割り居るとは……」

「……そう見えるかい?」

 

 軽い口調で告げるキョウに大臣が目を丸くした瞬間。

けほ、と飲んだ血を零しながら、数歩ドロテアが後ずさる。

 

「な、なんじゃこの負担……! か、身体が動かん! リィンフォース、ここまで負担の重い……!?」

「そういう訳さ、ばいばい」

 

 告げキョウが腰の刀を一閃。

ドロテアの首を斬り落とし、一撃で殺してみた。

目を見開くチェルシーを無視し、キョウは血が減り蒼白な顔のまま、しかし大臣を睨み付ける。

 

「じゃ、父上。次は貴方の番だ」

「ふん……、しかし帝具を吸いきれなかったのなら、これが効きます」

 

 告げて大臣は金の指輪を撫でた。

はっと気づき、思わずチェルシーが叫ぶよりも尚早く、金の指輪の目が見開く。

 

「帝具破壊の帝具、リィンフォースと……貴方の血と相殺させてもらいますよ!」

 

 大臣の指輪が割れると同時。

キョウの全身から、噴水のように血が吹き出た。

ゆらり、と揺らめくキョウの身体。

 

「キョウ!?」

「……くく、あっけない最後……」

 

 と、チェルシーと大臣が告げると同時。

がしっ、とキョウは前に足を踏み出し、踏み止まって見せた。

目を見開く面々を尻目に、ゆっくりとその凶相を上げる。

 

「リィンフォースは番外帝具。厳密には帝具じゃないからね、帝具破壊なんて効かない!」

 

 告げて狂った笑みを浮かべるキョウ。

流石の大臣ですら、大口を開けて鼻水を垂らす阿呆面を見せる。

それから頭を振り、大臣が叫んだ。

 

「いや、ちょ、あの……いやどうみても効いてますよ!? 生きてはいるようですが、もう帝具は使えませんし重傷です! 皆さん、殺ってしまいなさい!」

 

 大臣の声と共に陣形をとろうとする近衛兵を無視、キョウは転がっているドロテアの生首を拾った。

チェルシーがまさか、と顔を引きつらせるのと同時、歪んだ笑みと共に告げる。

 

「やだなぁ、帝具が使えないって? あるじゃないか……ここに、おやつがさあぁ!」

 

 咆哮と共にキョウは、ドロテアの生首に噛みついた。

そのままじゅるじゅると生肉ごとドロテアの血を吸ってみせる。

あまりの光景に呆然とする面々を置いてけぼりにし、次いで首からしたの肉体も拾い、そちらの血も吸い始める始末。

暫くして満足がいったのか、ドロテアの首と身体を捨て、にこりと微笑む。

 

「わざわざ血を吸わせた予備タンクを作った甲斐があった……。父上、貴方の切り札はあといくつですか? 残りも全部斬り捨てて差し上げますよ」

「ぐ、が……」

 

 パクパクと口を開け閉めする大臣に、続けキョウ。

 

「残りの切り札の一つ、至高の帝具。その機能の一つも、予想はついています。そのために貴方は、帝国をここまでピンチに導いてきたんだ」

「え? キョウ、それってどういう意味……!?」

 

 まるで大臣がこの状況を誘導してきたかのようなキョウの台詞に、思わずチェルシーは叫んだ。

キョウは視線を大臣と固まった皇帝に向けたまま、続ける。

 

「……帝国に来て父上を間近で見たから分かる、父上が本気なら革命軍はここまで帝国を追い詰める事はできなかった。つまり革命軍に追い詰められたのは父上の予定通り。となれば予想できる中で可能性が高いのは、皇帝陛下に至高の帝具を使わせる事。それが父上の最大の目的だったんだ」

「至高の、帝具……」

「普通の帝具で出来る事なら、普通の帝具を探せば良い。そうでなかったという事は、普通の帝具ではできない事がしたかったという事だ。……通説、帝具で寿命の超越や死者の蘇生はできない」

 

 対し、ようやく落ち着いてきた大臣が、採点をする教師のような口調で口を挟む。

 

「おや? 至高の帝具で寿命の超越ができたのなら、始皇帝は何故今生きてはいないのでしょうか?」

「条件があった。何故なら、必要の無い帝具使いである僕が生きたまま捕まえられたのが、その理由さ。……僕の帝具は、帝都自体を避け、人間の命だけを刈り取るのに適した帝具。つまり……至高の帝具は、本領を発揮するのに生け贄が必要という事だ。……半分以上、勘の推測だけどね」

 

 あまりにも受け入れがたいキョウの言葉に、チェルシーは寸前まで死の間際に居た事すら忘れ、ぽかんとしてしまった。

そんなチェルシーの視線の先、固まっていた皇帝は困惑の色と共に大臣に不安そうな視線を送っている。

つまり、キョウの告げた至高の帝具の正体が正解だと言う、その証拠の視線を。

それを受け、にこやかに大臣。

 

「……推測や発想の飛躍が多すぎますが、まぁ至高の帝具の説明に関しては合っているでしょう。幾多の命を吸収し、至高結界を永続化すれば私と皇帝陛下は不老不死を体現できるようになるでしょうね。ですが、この状況が私が招いたなど、まさかまさか」

「そ、そうだな大臣。お前の息子の台詞があまりにも真に迫っているので、余も心配してしまったぞ!」

「ぬふふ、この大臣が正義の心を忘れる事なぞありえません。不肖の息子は私を過大評価し過ぎているのですよ」

 

 茶番を繰り広げる大臣に、チェルシーは震えた。

明らかに正解を意図させる光景であった。

しかもキョウの言葉通りであったというのなら、大臣がキョウを欲したのは帝都の建造物を破壊せずに人々を殺す為。

つまり、建物さえ諦めれば、虐殺により大臣は至高結界による不老不死を手に入れられると言う事だ。

しかも、革命軍を含めた帝国周辺の全てが大臣の掌の上で踊っていたという事も、事実なのである。

愕然とするチェルシーを尻目に、しかしキョウは刀を構える。

 

「ま、すっきりした所で、あと僕がやる事は至高の帝具を破壊し、父上、貴方を斬る事だ」

「おやおや、勝てる気で居るのですか? 帝具を取り戻したとは言え、先ほど大ダメージを負った貴方では、近衛兵相手にですら……」

 

 瞬閃。

4人の近衛兵から血飛沫が上がり、鎧の金属音と共に崩れ落ちる。

 

「近衛兵が何だって?」

「……陛下、我が愚息を懲らしめるため、そのお力を!」

 

 無かった事にする大臣に、若干呆れた様子でいながらキョウが腰を低く。

対し皇帝は立ち上がり、その矮躯に見合わぬ声量で叫んだ。

 

「――ゆくぞ、シコウテイザー!」

 

 

 

*

 

 

 

 巨大ロボであった。

誰が何と言おうと、巨大ロボであった。

外套を纏った鋼鉄の巨大ロボ、それが至高の帝具・シコウテイザーの正体であった。

宮殿の高さでも膝下までしか到達しないという、ちょっとした冗句のようなでかさである。

チェルシーちゃんを抱えつつ離脱、城壁に着地しぽつりと呟く。

 

「ロボは、ちょっと食えなさそうかな……」

「あんたの食欲に色んな意味で吃驚だよ……」

 

 さりげなくガイアファンデーションを拾っていたチェルシーちゃんが、呟き返した。

さて、と肩をすくめつつ、同じく何故か城壁に居る父上を視界の端に、僕はチェルシーちゃんを下ろし刀を構えた。

 

「何にせよ、僕はあれを斬る。チェルシーちゃんは流石に巨大ロボ相手じゃどうしようもないだろうし、ナイトレイドの援護に行った方がいいよ。父上はバリアがあるから手が出せないだろうし」

「……でも、いくらキョウでもあれ相手じゃ……」

 

 心配すべきかどうか、それすらも複雑、という様子でチェルシーちゃん。

スーさんを斬っておきながら仲間に見える行動を見せる僕に、混乱している部分があるのだろう。

僕としては気にしている余裕が差ほど無いので、ちょっと予想外の存在に精神力を練るのでいっぱいいっぱいだった。

吐気。

目を見開き、告げる。

 

「リィンフォース・レベル5。新たな御技は”信人跋扈”。自分自身をマーキングできる、シンプルな技さ」

「自分を強化できる、ってだけ? そりゃ強力だけど……!」

「じゃ、行ってくるよ」

 

 告げて僕は強化された超筋力で床を蹴り、シコウテイザーへ向かい跳躍する。

瞬く程の時間の後、シコウテイザーの近辺へ到着、腰の刀を振るう。

腹部に一撃、あっさりと至高結界に阻まれ剣戟は届かない。

舌打ち、至高結界に足をつき跳躍、シコウテイザーの振り払いを避ける。

超速度で着地、と同時に跳躍。

遅れシコウテイザーの眼球レンズが明滅、深紅の光線を寸前まで僕が居た場所に大爆発を起こした。

予想以上の規模、何十人もの人々が火に身体を焼かれ、絶叫と共に死に至る。

親愛なる帝都民であった、どうせ殺すなら、僕が斬りたかったのに。

怒りと共にシコウテイザーの動きを観察しつつも仕掛ける。

 

「おぉおおぉぉぉっ!」

 

 咆哮と共に跳躍、斬撃。

それを幾度か繰り返すうちに、腹部近くに一カ所構造の歪みが見えた。

歪んでいるからと言って至高結界の効きが強いか弱いか不明だが、試してみる価値はあるだろう。

 

「ええい、ちょこまかと!」

 

 叫ぶ皇帝が、跳躍する僕へシコウテイザーの腕を振り下ろす。

が、その動きは不十分な速度である、僕は身体を回転させ空中で打撃を受け流すと同時、シコウテイザーの腕の至高結界に乗った。

そのまま突進、腕を昇り身体へと突き進んで行く。

すぐに気づき、腕から振り落とそうとしてくるが、遅い。

腕を蹴り払い、シコウテイザーの腹部へと突進、僕は腰溜めの剛剣を放った。

 

「――ふっ!」

 

 ぱりぃぃん、と。

割れる至高結界。

その奥に確かに手を触れると同時、伸びてきた手にはね飛ばされる。

どうにか防御に成功するも、体中が軋むような大打撃であった。

揺れる視界、回転しつつ空中へ投げ出された僕に、続きシコウテイザーの腕が振り上げられる。

だが、御技はなった。

 

「――レイヤー5、“一斬全殺”+”信人跋扈”」

 

 呟くが早いか。

シコウテイザーの腕が、僕にたたき付けられ。

 

「ぐわぁぁぁぁっ!?」

 

 皇帝の悲鳴が、響き渡った。

途中で力の抜けた腕から脱出、再び城壁に着地、下りようとしたまま目を見開いているチェルシーちゃんの目前であった。

咥えた飴をぽろりと落としそうになりつつ、チェルシーちゃん。

 

「まさかと思うけど、あんたの信人跋扈って……」

「……当然、一斬全殺とも併用できる。つまり、僕の受けたダメージを、パスを繋いだ相手と共有する事も可能なのさ。共有ってか、その場合ダメージは一方通行だけど」

 

 絶句するチェルシーちゃんに、血で張り付いた髪の毛を払いつつ、口を歪め告げた。

 

「妹の言葉を借りるなら……”正義に負けは無い、あっても相打ち!”……だったかな? 僕は正義じゃないけどさ」

「なななな、陛下……!?」

 

 顎が外れんばかりに口を開ける父上も、流石に僕の切り札は予想外だったのだろう。

こきこきと首を鳴らし、チェルシーちゃんに視線を。

 

「予想外に早く決着がつきそうだ、父上を拘束する準備をしておいてくれないかい? チェルシーちゃんより数段弱いだろうし。止めは僕に譲って欲しいけどさ」

「え、あ、うん」

「じゃ、お願いね!」

 

 告げて僕は跳躍、先ほど触れた至高結界も作りも弱い腹部へと向かう。

自身のみを用意したレイヤーに共鳴強化を置き、一閃。

回復し始めていた至高結界を破壊し、半身に振り上げた左拳を振り下ろす。

 

「――シィイぃ!」

「ぎゃぁぁああぁぁあっ!」

 

 超強化された筋力が、無防備なシコウテイザーの腹部を抉った。

シコウテイザーと痛覚を共有しているのだろうか、悲鳴を挙げる皇帝。

同時にパスを通して皇帝が気絶した感覚が入り、それと同時に差し込んでいた手を抜く。

が、流石にシコウテイザーの腹部を打ち抜いた拳は、骨が折れて突き出し、悲惨な光景となっていた。

 

「あちゃ、どっちのダメージで気絶したのかも分からないなぁ……。まぁいいか」

 

 告げて跳躍、再び僕は城壁へと向かう。

チェルシーちゃんと追いかけっこをしている父上の、その向かう先に着地。

動く右手に握りしめた刀を父上に向けた。

 

「ひえ……!?」

「さて、父上。至高結界はもう消えたようですし、残っていてもまだ僕なら破壊できる程度です。……年貢の納め時という奴では?」

「ば、馬鹿な……不老不死となって、欲望のままに生きる筈だったこの私が……! 皇帝以上の権力を持って、永遠に生きる筈の私が……!」

 

 父上の切り札は、ドロテアちゃん・帝具破壊の帝具・至高の帝具の3つを斬り捨てた。

流石の僕もこれ以上の切り札は想定しておらず、父上の表情もそれを裏付けている。

だが警戒は緩めない。

静かに口を緩めつつ、殺気と共に近づく。

視界の端では、チェルシーちゃんが父上の万が一の逃走経路を潰しているのが見えた。

 

「さて……。父上、本当の僕自身に気付かせてくれた貴方に、僕は感謝しているのですよ」

「は?」

「……弟を斬り殺し、その肉を食いちぎって血を飲んだ時、僕は確信しました。僕は今まで、愛しているけれど肉親を斬り殺してきたんじゃない。愛しているからこそ斬り殺したかったのだと」

 

 愛しているから、母を、妹を、弟を、兄を、そして今父を斬る。

なんて素晴らしい人生なんだろう、と僕は微笑んだ。

自身でも疑いようも無い、満面の笑みだった。

 

「だから、感謝を捧げます、親愛なる父よ。そして感謝の切断を、愛し斬ります、貴方を」

「ま、待ってください、何でも、何でもするから!」

「――ばいばい、父上」

 

 告げ間合いを潰し、父上の首を刈る。

集中力が自身の体感時間を延ばした。

皮膚をぷちんと切る薄い感覚。

刹那の遅れ、瑞々しい肉へ刀を滑り込ませる悦楽。

血管の太い皮を切り抜くと同時、血飛沫が溢れて行く素晴らしい光景。

神経のコリっとした線を斬り捨て、そのまま進み硬い骨を斬る快感。

そして正中線を越え、残り半分、同一の感触を楽しみつつ刀は首の反対側を抜けて行き。

 

 一閃。

終えて父上の首が、空中を回転してゆく。

僕は折れた左手で落ちてくるそれを掴み取り、同時に父上の身体がどさり、と地に伏した。

視界の端には、唖然とした顔のまま硬直するチェルシーちゃんが見える。

それを尻目、僕は父上の血を飲みながら父上の首の切り口にかぶりついた。

 

「んっんー。流石にリィンフォースはレベルアップしないか、やっぱり。でもとても美味い。癖になりそうな濃密な味だなあぁ」

 

 生人肉を咀嚼、飲み込みつつ、ぺろりと口元を舌で舐める。

血肉の味は、まるで僕をこの世の全てが祝福しているかのように濃厚で力強く。

故に僕は、満面の笑みを浮かべるのであった。

 

 

 

 

 




ドロテアちゃんの重要な役割:おやつ

それにしても、似た者兄妹です。
原作妹「正義に負けはない、あっても相打ち!」(自爆)
本作兄「正義に負けはない、あっても相打ち!」(一方的ダメージリンク)
なんてこったい。

ちょっとあっさり風味のシコウテイザーでしたが、タイトルコールの前にはこんなもんでした。

割とどうしようもないキョウの信人跋扈。
ナイトレイドもイェーガーズも、彼をどうするんでしょーか。
そしてキョウの目的とは。
という訳で、次回、最終回になります。

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