21.
唐突だが、今僕はドキドキしている。
スーさんを愛し斬った、それはいい。
シュラが更に引きこもった、それはいい。
ランさんに協力を申しつけた、それはいい。
で。
「あの、クロメちゃん? 何故にここにいらっしゃるので?」
告げる僕が居るのは、僕に与えられた寝室。
で、僕はいい加減寝ようとベッドの掛け布団を持ち上げたら、ベッドの中にクロメちゃんが寝転んでいるのであった。
ピンク色の、控えめにフリルをあしらったシャツと膝上のショートパンツ。
クロメちゃんは自身の可愛らしさを十分以上に引き出す格好のまま、にへら、とふにゃふにゃにとろけた笑みを浮かべる。
「えへへ、来ちゃった!」
「そっか、えへへ」
と言ってから、両手を自身の頬へ。
だらしなく緩んだ顔を弄ってどうにか真剣そうな表情を取り戻し、こほんと咳払い。
クロメちゃんの目をじっと見つめ、告げる。
「じゃなくて……えっと、どうしたの?」
「だって、私キョウくんのお嫁さん候補でしょ? 一緒に寝るぐらいいいじゃない」
ぶほっ、と吹き出した僕を誰が責められるだろうか。
耳まで一瞬で赤面、鼻血が吹き出そうになりそうなほど興奮する顔面を気合いで制御。
辛うじて、叫ぶ。
「だ、駄目でにょ! ……でしょ! あの、そういうのは、ほら、もうちょっと段階を踏んだ方が……」
「へ? ……ち、違うってば!? 添い寝、添い寝だから!」
と思ったら、僕の自爆であった。
憤死しかねない羞恥に膝の力が抜け、ふにゃふにゃと膝を折る。
そのまま膝立ちに顔をベッドに突っ伏した。
僕は一体何をやっているのだろうか。
自己嫌悪と羞恥に死にそうになっている僕の頭蓋を、暖かな温度が挟んだ。
くいっと手首のスナップ、クロメちゃんが僕の頭を掴み回転させたのである。
赤らめた顔で、上目遣いにクロメちゃん。
「……えっち」
「うっ……」
悶え死にそうになった僕を、一体この世の誰が責められようか。
深呼吸、どうにか様々な感情を押し込めて、辛うじて口を開く。
「ご、ごめんなさい。添い寝、添い寝だけさせていただきます」
「……仕方ないなぁ、許してあげるから、ほら」
と言って、手招きするクロメちゃん。
従い僕はベッドの中へ、横になり、クロメちゃんと向かい合った。
僕のベッドは大きい方だが、それでも2人では余裕を持って入りきるスペースは無い。
必然、かなり近くに顔が位置する。
互いの吐息が顔を撫でるような距離、クロメちゃんからなんだか良い匂いすらしてくるぐらいだった。
くすぐったさを憶えつつ、どうにかしていきり立とうとする性欲を押しとどめる。
本当に努力と根性としか言いようのない”どうにかして”であった。
「……ねぇ、キョウくん」
「ん? 何だい?」
と、頑張っている僕に、何処か甘い声でクロメちゃん。
しかしその表情は声色から想像できるよりも真剣で、声が甘く聞こえたのは多分僕の脳が茹だっているからだろう。
自己嫌悪に床が抜けそうなぐらい落ち込む僕に、クロメちゃんは問うた。
「その、スサノオって帝具人間、キョウくんの仲間だったんだよね」
「うん。料理が得意で、何時もお世話になっていたね」
「仲、良かったんだ」
「まぁね。そこそこ強かったから、鍛錬とかも手伝ってもらってたし」
告げると、クロメちゃんは僕の両手を掴み、一カ所に固めた。
その上で包み込むように両手で挟み込み、握りしめる。
柔らかく暖かな体温に、何とか退いてきた温度が顔面に集まるのを感じた。
そんな僕に、静かな目でクロメちゃん。
「キョウくん……どんな理由があったら、仲間を斬り殺せるの?」
思わず、息を呑んだ。
クロメちゃんは僅かに潤む目のまま、じっと僕を見つめている。
「キョウくん、八房に共感してくれて……。大切な人と、ずっと一緒に居たいって言っていた。スサノオとも、大切な仲間とも一緒に居たいと思っていた?」
「……うん」
「じゃあ、何で? キョウくんの言う目的っていうのは、大切な仲間を斬り殺してでも、達成したい物なの?」
切なさを感じる響きで問うクロメちゃんに、僕は眼を細めた。
そういえば、ふとした時にクロメちゃんが帝国に残った理由を問うた時、仲間の為だと言っていた。
生きている仲間の、そして死んでいった仲間の為。
故に目的の為にはかつての仲間をも斬る僕やアカメちゃんの事を理解できないのだろう。
けれど。
僕にとって、最上の愛とは斬る事であるため、実際は僕はアカメちゃんとはまた違う位置に居るのだが。
「……そうだね」
「その目的って、何!? どんな目的があれば、仲間を斬り殺せるの!?」
「それは言えないけど、代わりに一つ、伝えたい事があるんだ」
それを婉曲的に伝えるのは、殆ど不可能と言っていいだろう。
だから。
僕がクロメちゃんの、八房を使ってでも仲間と一緒に居たいと言う気持ちを理解したように。
クロメちゃんが僕の気持ちを理解してくれる事を祈って。
告げる。
「僕は今まで、信じて斬るという母の教えと共に、色んな人を斬ってきた」
「……うん」
「母を。妹を。仲間の屍を。弟を」
「……そう、だね」
頷きつつ、瞳を揺らすクロメちゃん。
その目をじっと見つめつつ、続けて。
「辛いから、僕は嗤って皆を斬ってきたつもりだった。でも、違ったんだと、この前弟を斬った時に理解した」
「違う……?」
臓腑の底からわき出てくる感情を胸に、僕は微笑んだ。
どうしてか、クロメちゃんは熱に浮かされたかのような、とろけそうな顔を浮かべた。
「――僕は、愛しているからこそ、喜んで皆を斬ってきたんだ」
「ぁ……」
甘い声。
自然な動きでクロメちゃんはきゅ、と僕の手を握る力を強くした。
応え、僕も微笑みを返す。
「だから、スーさんを斬ったのも目的の為だけじゃあない。スーさんを大切に想っているからこそ、喜んで斬ったんだ」
「じゃあ、キョウくんが仲間を裏切ったのは、目的の為だけじゃなくて……」
「仲間を愛する為でもあるんだ」
どうしてか、クロメちゃんは静かに俯いた。
肩をふるわせるクロメちゃんに、困りつつも僕は告げる。
「……納得、してもらえたかな?」
「うん。キョウくんにとっては、大切な仲間を斬り殺してでも、じゃなくて。更に大切な仲間を斬り殺す事もできる、なんだね」
「うん」
応える僕に、クロメちゃんは静かに視線を向けた。
涙に潤む目で、僕の目を真っ直ぐ見つめる。
「……それって、寂しいね。キョウくんは、愛を伝えたらその人ともう会えないんでしょ?」
「……うん」
事実である。
確かに僕は、愛を伝えた人とは二度と会うこともままならない。
つまり、僕は愛する人を殺してしまうが故に、永遠に愛を持ち続ける事をできないのだ。
けれどそんな分かりきっていた事よりも、クロメちゃんが自身の命を心配するより先に僕に同情した事に、僕は感動していた。
普通は愛する人を斬りたい人に好意を持たれて、自身の命よりも先に相手の心配なんてする筈が無い。
それを圧してクロメちゃんが僕の事を心配してくれるのであれば、それは矢張り愛情故にと自惚れてもいいのだろうか。
ぞっとするほどの殺意が生まれそうになるのを、僕は辛うじて抑えた。
今は、クロメちゃんを斬る時ではない。
剣を交わし合う時は、もうすぐなのだろうから。
だから。
「クロメちゃん」
「……ん?」
「ありがとう、大好きだよ」
告げ、僕は微笑む。
愛と殺意を込めた笑みを浮かべて。
クロメちゃんは、とろけそうな甘い愛に満ちた笑みを返し。
「えへへ、おやすみ」
「うん、おやすみ」
*
「……お、おめでとう?」
とは、僕とクロメちゃんが2人でイェーガーズの詰め所に出勤した際の、ウェイブくんの言葉である。
手を繋いだクロメちゃんと視線を交わすも、お互い首を傾げる結果になった。
どうしたのだろうか、と室内のランさんに視線をやると、呆れた溜息を漏らされれてしまう。
不思議だなぁ、と思いつつ2人で室内に、クロメちゃんが手に持つ箱を掲げる。
「えっと、何おめでとうか分からないけど、とりあえずケーキもらってきたよ?」
「ボルスさんの家族から、差し入れさ」
告げつつ座る僕に、立ったままお茶を入れに行くクロメちゃん。
手伝えれば良かったかな、とも思うが、一応エスデスさんの居ない今立場が一番上の僕がお茶くみも可笑しな話か。
などと思いつつ、クロメちゃんがお茶を入れてくれる間、2人に視線を。
すると、まずは、と言った様子で頭を下げるウェイブくん。
「キョウ、ありがとう。俺はお前の事疑ってたけど、お前は元仲間を斬ってでさえクロメとランを助けてくれた。……すまねぇ!」
「や、どーも。でも前も言ったけど、僕も言えないような目的あっての事さ、疑われるのは仕方ないと思っている」
「で、でも……!」
食い下がるウェイブくんに、困り顔を作る僕。
とは言え内心ではまぁ想定通りの反応である、想定通りの言葉を返した。
「じゃ、信頼の証拠として、僕と握手を検討してくれればそれでいいよ。ま、検討で十分だけどさ」
言いつつ視線をランさんに。
釣られウェイブくんも視線を彼に、無言の会話が行われる。
けれど恐らく――。
「いいんじゃないですかね? その分、キョウに例の私の話を手伝ってもらう事もできそうです。勿論、一番重要なのはウェイブの意志ですが」
「……いや、俺は構わねぇ。違うな、信頼したいんだ、俺が」
恐らくはシュラと敵対するのに僕の権力を重要視するランさんは、僕に信頼を見せる事を重要視。
一斬全殺のすさまじさを見ているが故に断る事も考えられたが、僕とウェイブくんとの実力差を考えるとその可能性は低かった。
エスデスさん級なら兎も角、普通に殺せるだろうウェイブくん相手に、無理矢理パスを繋ぎたい理由は普通に考えると無い。
残念ながら僕はあまり普通ではなかったのだが……。
兎も角、僕は笑顔と共にそれなら、と右手を伸ばす。
応じウェイブくんも手を伸ばし、握手。
パスを繋ぎ、イェーガーズ用レイヤーに保管しておく。
と同時、察知していた気配から声。
「おや、2人とも仲良くなったものだな? 意外だったが」
「――隊長!?」
驚きを露わにしてみせた面々に応じ、にこりと氷の笑みを浮かべ、エスデスさんが返す。
「――ただいま」
告げつつ帽子のつばをつかみ、撫でるエスデスさん。
美姫の唇を艶めかしく動かし、椅子に腰を下ろした。
――そしてケーキを皆で食べ終わった頃。
かちゃり、と音を立て、エスデスさんが険しい顔でフォークを置いた。
「ワイルドハントにシュラ……、舐めた真似をしてくれた物だ」
「そこで皆さんに、良い物があります」
悪鬼のような顔になっているエスデスさんに、ランさんが一つの小冊子を取り出す。
思わず目を見開く僕とエスデスさん、よく分かっていない様子のクロメちゃんとウェイブくん。
「人型の危険種を帝都近郊に放ったのは、スタイリッシュの友人であったシュラの仕業……、その完璧な証拠です」
「なっ!? あいつがやってたってのか!?」
驚くウェイブくんは兎も角、エスデスさんにも僕にも、顔には納得の色とランさんを称える色があった。
何せ当時、僕はタツミくん伝いに聞き、エスデスさんは直接、シュラと出会い交戦しているのだ。
加えいくつかの情報においてシュラとスタイリッシュの関連性は出てきている、情報自体に驚きは無い。
むしろ、ワイルドハント相手に着々と証拠集めをしていたランさんに驚くべき所だろう。
「凄い、これでシュラは……!」
「あぁ、ワイルドハントも解散させられるぜ!」
喜ぶ2人に、しかし僕とエスデスさんは静かに視線を交わし合っていた。
当然ながら、エスデスさんは僕をあまり信用していない。
僕が真理に気付いた瞬間を見ていたからこそ、僕に真に信頼されるという事は死を意味する事を知っている。
クロメちゃんのようにそれを受け入れるには、エスデスさんは自我が強く、苛烈に過ぎた。
故に、僕は慎重に言葉を選び告げる。
「で、これをどう使うか。2択あるね」
「あぁ。ブドーと大臣、どちらかにプレゼント、だろうな」
告げる僕らに、目を鋭くするランさんと、怪訝そうな顔をするクロメちゃんとウェイブくん。
訝しげに、ウェイブくんが告げた。
「えっと……ブドー大将軍に、では? 大臣に渡せば、握りつぶされてしまうのでは?」
「いや、父上に渡せば恐らくは、シュラの食券に早変わりする。役立たずの彼を処分し、僕のリィンフォースのレベルアップに使う為のね」
「食券っておま……」
絶句するウェイブくんを尻目に、エスデスさんに視線を。
鋭い視線で僕を牽制しつつ、しかし口を開く。
「ブドーに渡せば、大臣の力を削ぐ事になる。だが、その場合ワイルドハントは即時解散とはならないだろう。己の牙を剝いたキョウへ対抗するため、シュラは手駒として残しておく可能性がある」
「つまり、シュラを秒殺してリスクを減らしたいなら父上に。長期的利益を見るなら、ブドーに、という事だろうね」
視線を交わし合う僕とエスデスさん。
エスデスさんがどちらを選ぶかは五分五分。
彼女は何処か僕に似ており、“本当の自分”に気付いていないという部分があるのを考えると、オネストを選ぶだろう。
彼女は自分で思っているより可愛らしい理由で部下を大事にしている、シュラを始末するのを優先する可能性は高い。
しかし、その類似性故に僕の危険性を理解し、重視するのであれば、ブドーを選ぶ可能性は十分にある。
リィンフォースのレベル5は僕自身予想しかできていないが、できなくとも強烈な物なのは誰にでも分かる。
故に。
「――父上にだね」
「――オネストにだな」
告げた言葉が共振したのは、意外でもあった。
お互い目を見開いた辺り、エスデスさんが心配しているのは僕がナイトレイドと通じ帝国の内部政争を煽る事だったのかもしれない。
くすり、とお互い氷の笑みを浮かべ合う。
「変なところで気が合いますね」
「あぁ、矢張りタツミが居なければ、お前に恋をしていたかもしれない。……睨むなクロメ、タツミが居なければ、だ」
と、僕の腕を掻き抱くクロメちゃんに苦笑してみせるエスデスさん。
柔らかな感触に頬を赤らめつつ、咳払いし僕が続けた。
「ま、ランさんも結論はこれでいいかい?」
「えぇ、勿論」
「と言う訳で、後で僕から父上にプレゼントしてこようか」
「……シュラの行動を縛るためか」
頷く僕に、疑問符を浮かべるクロメちゃんとウェイブくん。
苦笑気味にランさんが補足を入れた。
「シュラの権力を奪えば、何をするか分かりません。キョウに八つ当たりに来るか、ナイトレイドをおびき出そうと躍起になるか。後者の場合、最悪ワイルドハントの指揮権が残った最後の日に、帝都を火の海にする可能性すらあります」
「なっ!? そんな事まで……」
「あの視野が狭いシュラならやるだろうね。だから、僕がシュラの権力を奪った相手となり、シュラの標的を僕に絞る。多分直接じゃ秒殺されるって分かってるから、人質を取りに来るだろう」
「私、とか?」
「それか、ボルスの家族だな。クロメの護衛はシュラを瞬殺できるキョウ、ボルスの家族は念のため他の3人で護衛するとしよう」
妥当な選択ではある。
僕はシュラが現れた瞬間に無力化できるので、ワイルドハントを引き連れてきたとしてもクロメちゃん込みで2対2。
対しボルスさんの家族は人質に戦闘能力が無く、しかもシュラが現れた瞬間には無力化できないので、3対3を維持する必要がある。
僕をクロメちゃんの護衛に回したのは、多分エスデスさんの配慮という奴だろう。
とまぁ、とんとん拍子に決まった今後の予定であった。
そこで少し気が抜けたのか、溜息をつきつつエスデスさん。
「それにしても、インクルシオの使い手がタツミだったとはな……。キョウ、お前が先日交戦した時、腕は上がっていたか?」
「うん、かなり。今の彼は、正直ウェイブくんより上なんじゃないかな」
「うへ、タツミがか……。てか、フェイクマウンテンの時のインクルシオもあいつだったんだよな……」
と、何故か話はタツミくんに。
艶っぽい溜息をつきつつ、視線を窓にやるエスデスさん。
「キョウが完全に敵対の姿勢を見せたから、顔バレしていると分かっただろうからな……。流石にのこのことは出てこないだろう」
「近衛兵が反乱軍鎮圧に出撃し、宮殿の警備が手薄になった時、だろうね。多少時間はかかるかな。……タツミくん、モテモテだからね、それまでに獲られちゃうかも?」
ぽつりと漏らすと、ぴたり、とエスデスさんが静止した。
思わず残りの面々と視線を交わすと同時、エスデスさんがもの凄い勢いで身を乗り出す。
胸が揺れるのに眼福、と思った瞬間クロメちゃんに脇腹をつねられた。
涙目になる僕を気にするでもなく、エスデスさん。
「詳しく言え。今すぐ言え」
「あっはい」
もの凄い迫力に思わず即答。
本命マインちゃん、対抗チェルシーちゃん、単穴レオーネちゃん、という関係をぽつぽつと漏らすのに、どんどんとエスデスさんの闘気が凄まじくなってゆく。
「ナジェンダさんはラバくんが狙ってるし、満更でも無い感があったから、多分大丈夫だと思うけど……」
「……成る程。不覚ながら思いついてなかったが、タツミほどの男だ、悪い虫も湧いてくる物なのだな」
一言ごとに凄まじい覇気を纏っていくエスデスさん。
このままいくと、スーパーエスデスさんとかにでもなるのではなかろうか、と言わんばかりである。
なんか僕としては、スーさんを斬ったのに匹敵するナイトレイドへの利敵行為をしている気分なのであった。
*
「ワイルドハントは解散します」
「な……!?」
父オネストの言葉に、シュラは目を見開いた。
驚愕するシュラに、静かな覇気を発しながら、オネストが続ける。
「悪戯をしたことはどうでもいいんです。証拠を簡単に掴まれたのが情けない。私は無能な人間が嫌いです、シュラ」
「う……」
呻くシュラの頭が真っ白になっているうちに、畳みかけるようにオネストが告げた。
「何の功績も挙げていないのにワイルドハントを減らした上に、キョウに遊ばれて泣き寝入り。そんな貴方に比し、キョウは表向きの理由をこしらえた上で敵対するワイルドハントを減らし、イェーガーズ全員とパスを繋ぎ、ナイトレイドの帝具人間を一人狩りました」
「キョウは……、あいつは関係無いだろ!?」
「あります。この証拠を探し出したのはイェーガーズの青年ランですが、それを私にプレゼントしたのはキョウです。この短期間で、あの子は敵対していたイェーガーズに信頼を結んだのですよ」
“シュラと違って有能なのでね”。
そんな副音声が聞こえてきそうな内容に、思わずシュラは歯を噛みしめた。
ショックのあまり頭蓋が揺れるような衝撃を感じるシュラに、加えてオネスト。
「まだギリギリ息子と認めてあげますが……。罪には問われないようしてあげるので、しばらく大人しくしていなさい」
蛆虫を見るような視線で告げるオネストに、シュラは歯が折れんばかりに噛みしめる。
勢いよく立ち上がり、床を蹴りつけ無言でその場を去った。
――全部キョウの奴が悪い。
シュラの思考は、即刻そこに至った。
シュラの邪魔ばかりをし、シュラから手柄の全てを取り去り、そして卑劣な手段で父の愛全てを勝ち取ったのだ。
「奴さえ……」
シュラは、自身の弟の姿を思い浮かべた。
憎き相手。
そう、奴が狩ったナイトレイドは所詮帝具人間、なら奴はまだ実際はナイトレイドと繋がっているに違い無い。
「奴さえ……」
いや、むしろナイトレイドは帝具人間を差し出すことによって、キョウを完全に決別した人間と位置づけたかったのだ。
何、証拠なら後からいくらでもでっちあげられる。
そうすれば、父もシュラを認めるに違い無い。
いや、むしろ感謝さえされるべきだ。
「奴さえ……!」
そうすれば。
シュラは父の嫌う無能ではなくなる。
まずシュラは、イゾウとドロテアを使えるかどうか考える。
イゾウはキョウを切れると言えばついてくるだろうが、搦め手を使うのには合わない戦闘タイプな上、帝具持ちでは無いので瞬殺される。
ドロテアは完全に父と繋がっている上に、キョウと話していた所を見かけた事がある、信用ならない。
他の雑兵はそれ以上に意味は無く、ただの肉壁にもなりはしない。
ならば一人で仕掛けるほか無く、しかしそれにはキョウからシュラにつけられたパスが問題になる。
正面から当たる事になれば全く歯が立たない、故に搦め手を使う必要がある。
――人質だ。
シュラは即座に、クロメとボルス妻子を脳裏に浮かべた。
しかしキョウはボルス妻子を庇ったが、退かないならボルス妻子を死なせる結果になってでもシュラに立ち向かってくる気概があった。
比し、シュラがクロメに手を出そうとした時は、敵意共鳴でボロボロになるまで攻撃してきた。
つまり、クロメの方が人質としての性能は高い。
幸い、時間も夜。
となれば、寝静まった所を人質にするべきだろう。
「まだだ……まだ俺は終わらねぇ……」
小さく呟きながら、シュラはクロメの寝室に思考を向ける。
こんな事もあろうかと、シュラは宮殿の至る所にマーキングをしていた。
流石にクロメの寝室そのものにマーキングは無いが、近くの空中にマーキングしていた筈だ。
そこから窓に向かい飛び降り侵入し、クロメを奪取しキョウをおびき寄せる。
帝具持ちの部下が居らず、リィンフォースのパスが通らない人質の捕縛役が居ないのが気にかかるが、無い袖は振れない。
ドロテアの姿がシュラの脳裏を過ぎったが、先ほど却下したのと同じ理由で止めておく。
「いくぞ……。俺はやれる、俺はこんな所で終わる男じゃないからだ……」
呟き、シュラは深呼吸。
自覚できるほどの冷静に考えれば、シュラがキョウ如きに負ける事などありえない。
何せシュラは、いずれ皇帝の地位となる男だ。
所詮剣士でしかないキョウとは格が違う。
「シャンバラ……!」
故に。
シュラは叫び、クロメの寝室上空に転移。
音も無く跳躍の軌道を、クロメの寝室の窓枠に張り付き――。
「あれ、こっちからシュラだ」
「ゴキブリみたいなポーズしてるね」
中に居るキョウとクロメと視線があった。
一瞬で恐怖に心が囚われ、全身から汗が噴き出るのを感じる。
キョウの目は恐ろしいまでに冷たく、まるで養豚場の豚を品定めするかのような目であった。
誤魔化そうか、と考えてから、今日がシュラに権限が残る最後の日だと思いだし、己を奮い起こす。
窓を割って中に入ろうとして。
「――とりあえず、中に入りなよ」
「あ……?」
シュラの肉体は、キョウの告げる通りに窓を開け、大人しく中に入っていった。
「な、敵意共鳴……! もうだと!?」
「そりゃ、君と目が合ったのに、何で敵意共鳴を使わないのさ」
言いつつキョウは、肩をすくめつつクロメに視線を。
「伏兵、居ない気がするんだけど……」
「少なくとも気配は無いよね。部屋汚すの嫌だから、隣の部屋で処理しよっか」
「うん、念のためついてきてね」
告げて歩き出すキョウとクロメに前後を囲まれ、シュラは言う事を効かない身体でそのまま歩きだす形に操作される。
そのまま隣の部屋へと歩き始めた。
隣の部屋には調理用の機材がいくつか置かれた、キッチンが備え付けられた部屋である。
展開について行けないシュラは、混乱する脳内の言葉をそのまま吐き出す他無い。
「な、なんだこりゃ!? てめぇ、何のつもりで俺を……!」
「君は何のつもりで婦女子の部屋の窓に張り付いていたんだい?」
「だ、黙れ! だからって、いきなり俺を操作しやがって……、後で親父が知ったらどう思うよ?」
シュラを引き連れ隣の部屋に到達したキョウが、振り返る。
やはり屠殺場に連れて行かれる豚を見るような目であった。
あまりにも冷たい目に息を呑むシュラであったが、命の危機である事は理解できている。
必死で声を絞り出し、説得に力を入れた。
「だろ? 俺からも親父には口利いてやるからさ、共鳴操作、一旦止めろよ。な?」
「…………」
「な、何とか言えって。どうしたんだよ」
必死で続けるシュラに、キョウは頭をかきながら、眼を細め告げた。
「いや……喋る食肉家畜を見ると、微妙な気分になるなぁって」
「は……?」
疑問符を吐き出すシュラを無視、キョウはクロメに視線を。
ドアを締めて鍵をかけた彼女と頷き合い、腰の刀に手をやる。
ひ、と小さい悲鳴を漏らしつつも、シュラは必死で抵抗しようとして。
「クロメちゃん、一応説明しとくと、僕がシュラを殺すのは父上から許可をもらった出来事だから」
「あ、そうなんだ、良かったぁ」
「同じリィンフォース持ちだからね、敵意共鳴がこんなに良く効く。許可さえあれば楽勝だった訳さ」
へ、とシュラは呟いた。
それを完全に無視し、続けキョウ。
「さっき、僕宛に伝令が来てね。シュラ用の食券が発行されたって事を伝えられたんだ」
「食券? 血を飲むだけじゃなくて?」
「肉も食べると、レベルアップしたリィンフォースの馴染みが早くてね。ステーキの作り方も教わったから、今度は自作してみようかと」
「ふーん。だからここ、調理できるようになってるんだ」
興味深そうに告げるクロメに、にこにこと微笑んで告げるキョウ。
そんな2人を視界に、シュラは異世界に潜り込んだかのような気分であった。
頭蓋が揺れる感覚、脳がキョウの言葉を理解する事を拒否し、何も考えられない。
「この小物っぽさはそれはそれで愛せているからね、愛して斬るのにも良い対象で良かったよ。うーん、兄弟愛を見せつける訳だね、これから」
「あはは、流石に一方通行だろうけどなぁ。まぁ、相手がシュラだし別にいーよ。帝都の治安はむしろ良くなるだろうし」
「だね。じゃあ、そろそろ斬ろうか」
こいつらは何を言っているのだ。
理解を拒否した脳にも恐怖が浸透し、しかしシュラは身体が震える事すら許されない。
唯一自由が許された喉から、かすれた声を漏らす。
「なに、を……」
「じゃ、ばいばい」
一閃。
どっちかというと、修羅を食べる! 的回だった気も。
次回はドロテアが割と重要な役割を果たす予定です。