寒くて寝るとか、雪山で死にそうな展開ですが……。
20.
廃墟の近辺、林の中。
クロメちゃんが物陰に隠れているのを観察しながら、僕もまた物陰の一つに隠れていた。
夜中一人で詰め所を出てクロメちゃんと合流したランさんは、間違いなくワイルドハントを狩ろうとしている。
ボルスさんの妻子を守る為でもあり、僕がワイルドハントを刈り尽くす前に復讐を遂げる為でもあるのだろう。
復讐の相手。
多分、チャンプとかいう常に息の荒い大男だろうか。
僕としては、中々良いタイミングでもある。
最近知ったことだが、ドロテアちゃんはスタイリッシュの存在を材料に勧誘されたと言う。
つまり、シュラはドロテアちゃんをスタイリッシュに紹介できる程度に、スタイリッシュと関連性があったという事だ。
スタイリッシュ、つまり新型危険種を作ったと思わしき男と。
加えてエスデスさんからちらりと聞いた話、シュラはかつて人型の新型危険種を放った黒幕の可能性があると言う。
シュラの弱味、つまりオネストに対してのシュラ用食券を得るとっかかりは出来たのだ、これ以上ワイルドハントを野放しにしておく理由は無い。
と、そんな事を想っていると、足音。
ランさんに先導されてチャンプが廃墟に入っていくのを尻目、僕は建物の外から他のメンバーが邪魔してきたら殺す為、周囲を監視する。
中で言い合う声が聞こえる中、視線を辺りに彷徨わせると、影が2つ。
エンシンとコスミナである。
ドロテアちゃんは危険でイゾウは強敵である、雑魚ばっかりで良かったと安堵しっつつ、僕は何時でもクロメちゃんを援護できるよう刀を構えた。
「気付いたのなら、生かして帰さない」
告げ、特級危険種6体にナタラとドーヤを従えるクロメちゃん。
対し腰を低く、構えるエンシンとコスミナ。
「確かイェーガーズの……」
「チームぐるみで喧嘩売る気か。上等じゃねぇか……」
言って腰の剣に手をやるエンシン。
このままでは戦いが始まってしまうので、僕は肩をすくめ告げた。
「まぁ、待ちなよ。僕も混ぜて貰えないかな」
「なっ!?」
叫び、クロメちゃんの横の樹上から下り立つ僕を、皆が認識。
クロメちゃんは驚きを、2人は怒りを露わに僕に視線を。
「キョウくん、なんでここに!?」
「助太刀しにきたってやつさ。シュラを狩る目処がついたんでね、ワイルドハントも狩って良い頃って事さ」
肩をすくめつつ、僕は刀を構え姿勢を低く。
相対するエンシンは剣術使い、にしては広い間合いで筋肉が緊張している。
剣を振るう事で何らかの遠距離攻撃ができると予想、幾通りかの道筋を予測しておく。
隣のコスミナの帝具は既に見ている、音波攻撃である。
そっちは既に対策できているので、特に脅威は感じない。
そう分析する僕を尻目に、井桁を浮かべる2人。
「てめぇがシュラを……!」
「彼、勃たなくなっちゃんたんですよぉ!?」
「いや、シュラの下半身に関しては正真正銘どうでもいいんだけど……」
僕が呆れ告げると同時、エンシンが腰の曲剣を抜刀、連続して振るう。
切っ先から飛ぶのは真空の刃。
とは言え、飛んでくるだけのそれは、攻撃というよりは行動を阻害する壁の役割なのだろう。
突っ込んでくる本体、まずは地を這う真空の刃が僕を襲う。
跳躍して避ける僕、跳躍の隙を狙った真空の刃が次いで襲ってくるが。
「……こんなもんかい?」
跳んだ僕は、最初に跳んできた真空刃がたたき切った、辺りの木片を蹴っていた。
木片が砕ける程の跳躍でエンシンに近づくも、上空に跳躍しつつ、エンシンは眼下に真空刃を放つ。
「はっはぁっ! 斬り放題だぜ!」
「こっちがね……」
叫ぶエンシンに対し、僕は身体を捻り回避しつつ跳躍。
それを狙っていたのだろう、エンシンは僕に対し連続し同じ軌道で真空刃を放つ。
「速度の違う真空刃を、重ね合わせる俺の必殺技……その名も」
「――はぁっ!」
なんか言ってたが、真空刃は僕の振るう剛剣にあっさりかき消された。
な、と目を見開くエンシンに近接、僕は静かな声で続ける。
「愛してないけど……ばいばい」
銀閃。
エンシンの首筋を深く切り裂く一撃、神経を抉る感触と共に、彼は白目を剝き絶命した。
そのまま彼の死体を蹴って地面へ跳躍、地表にたどり着く頃にはクロメちゃんがコスミナを圧倒している所であった。
「くっ、エンシンちゃんが! しかし新たなるイケメン!?」
「キョウくんは私のだよ!?」
僕はクロメちゃんのらしかった。
咄嗟にだろう、着地の隙を狙ってコスミナは僕に指向性の音波攻撃。
巨大な台風がこちらに向かってくるかのような攻勢、しかし僕は何もせずにそのまま直撃を受ける。
「キョウくん!?」
叫んだクロメちゃんを心配させてしまって悪いが、僕はそのままコスミナへ向かって疾走。
袈裟の斬撃、肩口から入りそのまま心臓を切断、腋下に抜ける。
「ぇ、あ?」
「空気の振幅たる音が、共鳴”振幅”リィンフォースの使い手の僕に効く訳ないだろうに……ばいばい」
そのままコスミナは、ぐしゃりと2つに別れた肉体の双方を落とした。
妙な生命力を感じたので、念のためもう一太刀、完全に止めを差してから視線を空へ。
上空には音を聞きつけたのだろうランさんの姿と、そこに向かい跳んでくる球体が。
この距離、精度は兎も角威力が足りるか。
半ば祈りつつも黒塗りの太針を投擲、球体を吹っ飛ばすのに遅れ、球体を元に竜巻が現れる。
「なっ!?」
「ランさん、チャンプの攻撃だ!」
僕の言葉に気付いたのだろう、慌て大きく待避するランさん。
遅れ彼の居た場所に大爆発が起こる。
「くっ、外したかっ!? 逃げ……」
「れる訳ないでしょ」
「がぁぁぁぁっ!?」
と、チャンプの背後から斬撃、クロメちゃんが彼の腕を切り落とす。
絶叫する彼が帝具の球を取り落とすのを尻目に僕の念のため接近しておくが、それよりも早くランさんが接近。
同時、マスティマから青白いエネルギーの翼が生まれ、瞬く間にチャンプを切り刻む。
ぼとぼとと幾つかの肉塊となり、重力の熱愛を受けるチャンプ。
バラバラ死体を前に、ランさんは歯を噛みしめ、顔を伏し数秒、祈りを捧げた。
それから、戸惑った様子のクロメちゃんと共に、僕に視線を。
「……助かりました、キョウ。でも、何故……?」
「あぁ、それは……」
「キョウ!?」
聞き覚えのある叫び声。
視線の先には、暗い紅のコートを見に纏った、黒き死神。
アカメちゃんを含めた、ナイトレイドの面々が居た。
「ナイトレイド……!?」
「ワイルドハントを標的にしてきてたの!?」
「それで鉢合わせ、か。何というか、奇妙な巡り合わせだねぇ」
告げつつ視線を辺りに。
チェルシーちゃんの気配は、居るのだろうが位置は分からない。
隠れ潜むマインちゃんと護衛っぽいレオーネちゃんの気配、ラバくんも少し離れた場所に、表に出ているのはアカメちゃん、タツミくん、スーさんの3人。
視線をやると、クロメちゃんとランさんは僕がどう動くのか読めず、緊張した様子である。
内心小さく溜息、僕は視線をナイトレイドの面々へとやった。
——今はまだ、殺せるのはたった一人。
それこそが、僕の愛のメッセージなのだから。
だから我慢しなければならない、今はアカメちゃんを殺せない。
でも。
もしかしたら殺せるかもしれないぐらいの剣を振るうぐらいは、許されるのではないだろうか。
そう思うと、興奮から心拍数が僅かに増えるのが自身でも分かった。
自然笑顔を浮かべる僕の殺意に気付かぬ様子で、アカメちゃんが近づいてくる。
「キョウ……、良かった、聞いてはいたが、生きていたんだな……!」
「うん、見ての通り」
「良かった、本当に……、良かっ……」
丁度良い間合いになった瞬間、僕は急激に構えつつ踏み込んだ。
横薙ぎの一閃、金属音。
辛うじて村雨で防いだアカメちゃんの頬に、紅い筋が入る。
「……え?」
「ま、挨拶ぐらいは防いでくるか……」
告げつつ、唇を舐める僕。
視線の先では、スーさんを除く全員の頬に紅い筋が入っていた。
一斬全殺。
帝具人間でパスが通りづらいため最後にはパスを外したままだったスーさんを除き、敵全員でダメージを共鳴させる御技。
「な、何を……?」
愕然とした様子で告げるアカメちゃん。
それに、僕はチェルシーちゃんを伝った伝言が上手く伝わっていなかったのだろうか、と、改めて口に出す。
「僕には、目的が出来た。どんな障害を廃してでも達成したい……、ナイトレイドを敵に回してでも達成したい目的が」
「……え?」
「……ぁ」
アカメちゃんの口から、震えた声が。
クロメちゃんの口から、震えた声が。
同じ震え、しかし中に籠められた感情は真逆で。
「元仲間のよしみとして、わざわざ宣言しておこう。……今から、斬りに行きます」
告げ、突進。
呆然とするアカメちゃんに剣戟を振るい。
「うぉおぉおぉ!」
それを、割り込んだタツミくんが防いだ。
本気の横薙ぎの一撃を、縦に構えたノインテーターで防いでいるのだが、驚いた事にタツミくんは踏ん張りを利かせ、耐えてみせる。
かつてのタツミくんであれば防御の上からでも吹っ飛ばせた一撃なのだが、耐えきられてしまった。
この数ヶ月でも、彼は着実に成長している。
「キョウさん……なんで!?」
「教えてあげたいけど、今は無理なんだよね」
告げつつ、軽く力を抜いてからの蹴り、タツミくんを迫りくるスーさんの方に吹っ飛ばす。
受け止め動きが止まる2人を尻目に、アカメちゃんへと再び袈裟の一撃。
呆然としていたアカメちゃんがようやく始動、村雨で僕の剣を受け流そうとした。
が。
「ぐっ、敵意共鳴!?」
僕のナイトレイド専用レイヤーには、一斬全殺と敵意共鳴が適用されている。
それでもアカメちゃんも然る者、辛うじて受け流しに成功。
それで姿勢を崩し、隙ができたものの、タツミくんの突きが僕に迫る。
身を翻して避けつつ、蹴りをタツミくんの頬に。
頭蓋を揺られながらすっ飛んで行く彼に、スーさんを除くナイトレイド全員の動きが止まった。
勿論、頭蓋が揺れる衝撃を不意に受けたためである。
それでもスーさんは武器を唐竹に振り下ろし、僕は半歩横に避けてすぐに近接。
愛を込めて逆袈裟、スーさんの腕を一本もぎ取る。
「がぁっ!?」
「――ふふっ」
が、追撃はせずに宙返り。
寸前まで頭蓋があった位置を、マインちゃんの狙撃が打ち抜いて行く。
それを尻目にアカメちゃんの背後に着地、すると同時姿勢を低く。
音も無く迫り来るラバくんの糸を避けつつ、刀を鞘に。
視線がアカメちゃんと交錯。
「来るか、抜刀術……!」
「来ないよ、来るのは……」
「私っ!」
叫ぶと同時、クロメちゃんの八房が、振るわれた。
アカメちゃんの髪の毛を数本持って行き、避けて姿勢を崩したアカメちゃんを蹴り払う。
しっかりガードするアカメちゃんを尻目、僕はタツミくんの追撃を打ち落としつつ反回転、顎に掌底をぶちかます。
再びナイトレイド全員の動きが一瞬止まり、アカメちゃんの頬にクロメちゃんの斬撃が紅い筋を作った。
遅れ降り注ぐマスティマの羽根を、ナイトレイドの全員が跳躍して回避する。
数発掠ったが、全部が連鎖し敵全員に傷を付ける。
「一斬全殺……やっかい過ぎるだろこれ!?」
「これは……凄まじいですね。この場でナイトレイド、全滅させられるかもしれませんね」
告げつつ降り立つランさんと合流、クロメちゃんもアカメちゃんとの激突の反動でこちらに戻ってくる。
ナイトレイドもレオーネちゃんとマインちゃん、ラバくんが表に。
チェルシーちゃんとナジェンダさんを除く全員が集結。
それを尻目に、僕は両手を広げつつ言った。
「2人……クロメちゃんはもう繋いでるから、ランさん。手を」
「……えぇ」
言ってランさんに手を触れ数秒、2人に共鳴強化を施す。
沸き上がる力に目を見開く2人。
「連携は望めないだろうけど……強化ぐらいはね」
「これほどとは……」
「お姉ちゃん達、昔からこんな強化受けてたんだ……」
告げつつ、クロメちゃんは半歩前に、僕の隣に歩み出た。
どうしたのか、と首を傾げる僕を尻目に、艶然とした笑みを浮かべる。
思わず、ぞっとするような色気ある笑み。
「お姉ちゃん。キョウくん、どうやら本気でイェーガーズに来るみたいだよ」
「く、クロメ……」
「えへへ、私も、キョウくんとキス、しちゃったんだ!」
唐突な発言に、僕は思わず顔を赤くし視線を足下に。
事実だけど、もの凄く恥ずかしいのである。
もごもごと口を動かす僕を尻目に、続けクロメちゃん。
「それにね、私、大臣にキョウくんのお嫁さん候補にされているんだ。あはは、お姉ちゃん、キョウくんの敵になっちゃったね」
「うぅ……」
ちらりと見ると、アカメちゃんは顔を歪め泣きそうになりながら村雨を構えていた。
可愛いのだが、口に出すとクロメちゃんに怒られるので言わない。
こほん、と咳払いすると、クロメちゃんも分かったのだろう、頷き合う。
中々派手な戦いだ、そのうち人が集まって来かねない。
となればこのまま話を引き延ばすのもアリだが、マインちゃんには浪漫砲台パンプキンがある。
ピンチが出力となるあれが強化されると、防御の上からでも堕とされる程の一撃となる、さっさと狩らねばなるまい。
「じゃ、お姉ちゃんは私が人形に」
「僕はスーさんとタツミくん、マインちゃん、ラバくんを相手するよ」
「すると私は、レオーネを相手ですか……」
アカメちゃんとクロメちゃんは因縁故。
ランさんとレオーネちゃんは回復力に頼りがちなレオーネちゃんに、手数の多いランさんで傷を増やし、一斬全殺で残る全員に隙を作る為。
残り全員を僕が相手するのは、実力故にと言えるだろう。
「じゃ、行こうか」
告げつつ地面を蹴り払う。
正確無比に襲い来るパンプキンのレーザーを跳躍回避、そのまま切り下ろしの斬撃でラバくんを狙った。
糸を樹木に巻き付け引っ張り、高速回避するラバくん。
着地の隙を狙いタツミくんとスーさんの一撃が交差、僕は姿勢を低く回避しつつ、水面蹴りで2人の姿勢を崩す。
オマケにタツミくんへのダメージで僕を狙っていたマインちゃんの姿勢を崩し、狙撃を避けた。
次いで手の力で小さく跳躍、スーさんの首に座り込むように降り立ち、そのまま股関節の動きで首をへし折った。
「がっ!?」
「おっと」
が、流石帝具人間、あっさり動き僕を掴もうとするのを、跳躍して避ける。
着地硬直を狙い駆けるタツミくん、突きを首を振って避けつつ蹴りを彼の頭蓋に。
吹っ飛んで行く彼をマインちゃんとの射線上に配置し、狙撃を潰した上で、僕はスーさんへと疾走、跳躍。
ラバくんが作った糸の結界を飛び越え、そのまま防御の構えをとったスーさんへと唐竹の一撃をたたき落とす。
武器ごとスーさんの肉体を切断。
真っ二つになったスーさんの肉体の左側を蹴り捨て、残る肉体を連続切断、解体する。
「うぉぉぉおおぉっ!」
そこに怒号を上げつつ復活してきたタツミくんが。
袈裟の一撃を打ち落とし、半回転しつつの肘打ちを彼の腹部に見舞う。
肺の空気を吐き出し止まる彼、当然残るナイトレイドの面々も止まった。
そのまま止めをさせなくも無いが、自身の命と引き替えなので僕は姿勢を低くする。
頭上をスーさんの武器が通過してゆくのを見つつ、更にもう半回転しつつ剣を振るった。
足を切断されたスーさんが崩れ落ちようとするのに、先ほど蹴り捨てた側の肉体に視線を。
右半身にスーさんの核は無かった、ならば左半身。
とは言え末梢部に核があると攻防で破壊される可能性が、ならば胴体部の何処かに。
これまでのスーさんの負傷を考え、予測した地点に視線をやる。
走馬燈のように、僕の脳裏にスーさんとの思い出が蘇った。
スーさんの美味しいご飯、敵意共鳴の修行に付き合って貰った事、エスデスさんとの戦いで認めてもらった事。
彼は確かに僕の仲間だった。
彼との出会いに感謝を。
そして彼に僕の愛を伝えられる事に、感謝を。
――僕は満面の笑みで、スーさんの左胸を刀で突いた。
人体以外の感触、空中に抜けるスーさんの核。
「ばいばい」
告げ、斬撃。
スーさんの核、つまり命の源を砕いた。
つまり、愛して斬ったのだ。
満足感に心震える僕。
ただの肉塊となったスーさんの身体が崩れ落ちるのを尻目、驚愕を露わにするタツミくんに向き直る。
「スーさぁぁぁあぁん!」
咆哮と共に、タツミくんの袈裟の槍撃。
数段早くなったそれに目を見開きつつ、敵意共鳴で逸らしそのまま掌底を喉に放つ。
が、姿勢を低く、避けきるタツミくん。
そのまま蹴りに移行する僕に、両腕を交差し受けきられる。
地面に轍を作りながら後退するタツミくん、その隙を縫ってラバくんの糸が高速で結界を作った。
普通の糸なら切れるが、いくら僕でも界断糸は切れず、その判別がつかない。
仕方なく後退、するとそこに糸の槍が、弾く隙を狙いパンプキンの狙撃。
それすらも避ける僕だが、流石に距離が空いた。
――瞬間、ばふっ、と広がる煙幕。
「ぐっ、何がっ!?」
「残りのチェルシーの謎の帝具ですか!?」
ランさんの叫びを聞きつつ気配察知につとめ、防御に意識をやる僕。
僕はある理由からチェルシーちゃんの帝具を明かしていなかったのだが、彼女の帝具は変身の帝具である、煙幕もできるのだろうか?
疑問符と共に、新メンバーの可能性を脳裏に起きつつ、神経をとがらせ撤退する足音の数を計る。
が、人数は予測と一致、チェルシーちゃんの応用技か奥の手の類いか、と視線を尖らせる内に、煙が晴れていった。
「逃げられましたか……」
「ち、しかもワイルドハントの帝具も持って行かれたね……」
「あ! 本当だ……」
手癖の悪さからして、ラバくん辺りの仕業だろうか。
やれやれ、と肩をすくめつつ、残心を忘れずに納刀。
「ま、とりあえずは暗殺を警戒しつつ人を呼ぼう。本当に都合良くナイトレイドが来たから、ワイルドハントの殺害は彼らに押しつけるとして……」
「キョウくん」
と、行動予定を告げる僕に、静かにクロメちゃんが口を開いた。
視線をやると、ドキッとするぐらいに真摯な視線が、僕の目を貫く。
朗らかな、胸のほっとする笑顔を浮かべ、クロメちゃんは告げた。
「ありがとう。ワイルドハントだけじゃなくナイトレイドも居た。私たち2人だけじゃ、間違いなく1人は殺られてたから」
「うん、どうも。でもまぁ、僕にも理由あっての事さ。僕の目的の為には2人に死んで貰う訳にはいかなかったし、感情的にもクロメちゃんには死んで欲しくなかったから」
告げると、頬を真っ赤に染め、俯くクロメちゃん。
愛らしい仕草に、僕も思わず顔面に熱量を持ち、視線を逸らす。
とてとてと近寄ってくるクロメちゃんが、両手を伸ばし僕の手をとった。
両手で僕の左手に指を絡め、そのまま身体を押しつけるようにくっつける。
柔らかくて暖かい肉体の感触、なんか良い匂いすらしてくる状況であった。
多分耳まで赤くなっているだろう顔を見せるのが恥ずかしく、視線を空に。
このまま愛して斬りたくなってしまう衝動を、どうにか寒空に発散させる。
そこに、こほん、と咳払いするランさん。
「――ぁ」
「ひゃっ!? あ、あの、あはは……」
と、飛び上がるように僕から離れたクロメちゃんが、誤魔化すように笑う。
僕は急に離れた体温に寂しそうな声を出してしまい、それ故に顔が更に赤面すらしてしまっていた。
そんな僕らを尻目に、ジト目でランさん。
「とりあえず、兵を呼んで戻りましょうか」
静かに告げる彼に従い、僕らは人を集め報告するため、帝国兵達に連絡を取る。
ランさんが話すのを尻目に、僕は静かに瞼を閉じた。
僕は、スーさんを殺した。
これによってナジェンダさんは、僕からの無言のメッセージに気付くだろうか。
スーさんを殺されて彼女が冷静で居られるかどうかは謎なのだが……。
それでも、僕は信じるのだ。
僕に仲間を殺されても、ナジェンダさんは熱いハートでクールに戦う、その姿勢を崩さないと。
それにしても、仲間に愛を伝える行為の、なんと素晴らしい事だっただろうか。
スーさんは死んだ。
けれどその間際に、僕からの確かな愛を受け取ってくれたに違い無い。
彼と二度と会えないのは、辛い。
けれどそれを上回る充足感が、僕の胸を満たしていた。
仲間に愛を伝えられて。
可愛いクロメちゃんといちゃいちゃできて。
そして目的に向かって前進中。
僕はこれ以上無いという程に幸せだった。
*
――スサノオがキョウに殺された。
その報告に、ナジェンダは震えた。
心の奥底が縦揺れし、立っていられるのが不思議なほどの動揺が内心に走る。
「……そう、か」
辛うじてそれだけ告げ、震える手で細い紙煙草を咥え、火を付けた。
一服、視線を天井へ。
スサノオが死んだだけでも頭蓋が揺れるような衝撃を受けるのだが、その原因がかつての仲間キョウによる物なのだ。
しかも、そのキョウの離反の言葉を、保留と判断したのはナジェンダである。
それがなければ、スサノオが死ぬより早く撤退の決断を出来たかも知れないのだ。
――歯噛みし、ナジェンダは眉間に力を込め、瞼を力強く閉じた。
数秒そうしてから、再び煙草をくわえ、視線を仲間達に戻す。
痛ましい顔をしたままの彼らに、告げた。
「……幾つか、状況を確認していいか?」
「あぁ……」
「キョウは、スサノオを重点的に狙っていたんだな」
「それは間違いない、一斬全殺が効かないからだったのだろうが……」
青い顔をしたアカメに告げ、他にも戦闘時の状況を確認する。
それを聞き、矢張りと確信と共にナジェンダは告げた。
「キョウは敵だった、それは間違いない。だが……、今回の戦いで伝えたかった事があったのも確かだ」
「……何だ、そりゃ?」
疑問符を吐き出すレオーネに、静かに頷きナジェンダは告げた。
「なぁ、キョウは私を含めたスサノオ以外の全員にパスを繋いでいた。なら、スサノオ以外を殺せば私も死に、スサノオを含めナイトレイドは全滅していた」
「ぁ……」
目を見開く面々。
それに、苦々しげに歯を噛みしめながら、続けナジェンダ。
「キョロクの頃の射程でさえ、私はキョウの一斬全殺の射程内だ。気付かなかったとしても、試してみる価値はあった筈だ」
「つまり、キョウは敵対していても、俺たちをあの場で全滅させるつもりは無かった、っつー事か」
「そうだ、ラバック。そして……、私はキョロクで、キョウからある話を聞いていた」
告げ、ナジェンダは視線をアカメに。
青白い顔をした彼女には酷なことと知りつつ、キョロクでのキョウとの会話を告げる。
永遠の帝具、リィンフォース。
村雨のみがそれを破壊でき、キョウは何時か狂ってしまった時の為にナジェンダにそれを託していた。
「つまり……、スサノオを殺したのは、私が三度目の禍魂顕現を使えないように、私がこの話を確実に伝えられるようにするため、の可能性が高い」
「じゃあ、キョウは……」
頷き、ナジェンダは視線を真っ直ぐにアカメへと合わせた。
動揺に震える彼女の瞳をのぞき込みつつ、告げる。
「何かの切欠で狂った中に残った正気で……お前に殺される事を望んだ、のかもしれない」
ナジェンダの視線の先で、アカメが大きく震えた。
スーさん死亡。
勘の鋭い読者の方々には見え見えだったかもしれません。
だって、彼以外一人でも死んだら全滅ですもん、ナイトレイド。
そしてアカメに狂う前にキョウの言葉が伝わりました。
そろそろ最終局面も見えてきた頃ではないでしょうか。
@3〜4話になりそうです。