信人跋扈   作:アルパカ度数38%

2 / 23
Scene1.は7話まで。
とりあえずそこまでは書けてます。
ちなみに、R-15要素は今話でもまだ出てきませんが、そのうち出てきますよ、とだけ。


2

 

 

 

2.

 

 

 

 晴れやかな空だった。

周囲には香り満ちた森が広がっており、豊かな自然に囲まれている。

そんな中に一つある建造物は、切り立った崖の下部を抉り混むように作られており、見つかりにくさを優先しているのがよく分かった。

振り返ると、そこには友達歴一週間ぐらいのタツミくんが、サヨちゃんとイエヤスくんの墓に花を添えていた。

 

「…………」

 

 流石に、付き合いの短い僕はなんと声をかけていいか分からない。

サヨちゃんとイエヤスくんとは僕も短いながら濃い時間を過ごしたため、僕自身なんと言って良いのか分からない所もある。

2人とも、僕なんかよりもずっと良い心根の持ち主で、生き延びればずっと多くの人々を救えただろう。

それを正義と呼ぶのかは分からない。

けれど少なくとも、僕よりはもっと近い位置に居てくれたには違い有るまい。

内心溜息、己の不甲斐なさに泣きたくなりつつも、僕はタツミくんの隣に腰を下ろした。

 

「タツミくん、ごめんね」

「え?」

「僕がレオーネちゃんを敵と勘違いしなければ、サヨちゃんとイエヤスくんも……」

 

 事実である。

もしくは一番実力的に優れてた僕がキュウキとやらの気配を感じていれば、彼らの元を離れるような愚策を取る事は無かった。

けれどタツミくんは、目をパチクリと瞬くばかり。

数瞬考えこみ、それから理解した様子で手を横に振る。

 

「いやいや、それを言ったら俺が弱いのがいけなかったんだろ。そこは言いっこ無しだぜ」

 

 言うタツミくんの目には、僕への負の感情など一片も存在していなかった。

驚くべき現象に、僕は思わず胸がねじられるような痛みをすら感じる。

臓腑が軋み、不覚にも目頭が潤んだ。

自分の余計な自虐、タツミくんの誇り高さ、そしてそれを信じられなかった己こそが真に不甲斐ないのだ。

そんな感情の奔流に、思わず言葉を無くした瞬間。

 

「そのとーり! キョウは悪くない! 悪いのはあのキュウキとかいう半裸!」

「ってうおぉぉっ!」

 

 と告げるのは、僕らに近づいてきていたレオーネちゃんである。

中々の気殺に気付いていなかったのだろう、驚いた様子のタツミくんに、愉快そうに口元を緩ませるレオーネちゃん。

彼女はそんな風に快活で悪戯な笑顔がとてもよく似合う女性だ。

意地悪な笑みなのだが彼女がすると不思議と嫌味ではなく、心躍り、こっちまで愉快な気分にさえなってくるのだ。

楽しさを伝搬させる彼女は、まるで太陽の子のようだ。

そんな太陽の子のレオーネちゃんは、しかし少し物騒な事を告げた。

 

「で、ああいう屑を殺すのが、私らナイトレイドだ。どーだ、私たちの仲間になる決心はついた?」

 

 そんな彼女は、帝都を震え上がらせる殺し屋集団、ナイトレイドの一員である。

どうも出会った日から僕らを仲間にしたがっているらしく、あれからずっと勧誘を続けてきているのだ。

僕としては色々と好都合な状況だったので着いてきて、タツミくんは半ば強引にだった訳だが。

 

「いや、でも殺しとか……」

「僕はボスと話してから決めさせて貰いたいなぁ」

 

 とまぁ、そんな理由で僕らはまだナイトレイドに入る事は決めていない。

僕としても、確実な言葉をボスから聞くまでは、ここに入る事を決断する気はなかった。

最悪、ここがただの殺し屋集団だった場合は全員切り捨てるつもりだったが、レオーネちゃんの快活さを見る限り、大分違うように思える。

僕としてはその印象が当たっているように願うばかりである。

 

「ま、兎に角今日は、アジトを案内してやるさ!」

 

 と、明るく言い放ち、タツミくんの首を捕まえるレオーネちゃん。

僕は肩をすくめ、彼女の隣を位置取りながら歩いて行く。

 

 

 

*

 

 

 

 まず案内されたのは、会議室。

そこに居たのは、シェーレと呼ばれた長い紫髪の、異国風の服装に身を包んだ少女。

読書中の本から視線をこちらへ、アンダーリムの眼鏡を指で押し上げる。

 

「タツミくんは兎も角、キョウさんも仲間に入る決心ついてなかったんですか?」

「タツミくんは兎も角って何だよ……」

「えっと、世間知らずそうだから……判断つかないのかしらって」

 

 酷ぇ、と騒ぐタツミくんを尻目に、僕はボスが来るまで待つ予定である事を伝える。

するとあぁ、と得心がいった様子のシェーレちゃん。

ぽん、と手を叩き、にこやかにその長い髪を揺らし、告げる。

 

「ボスを倒さないと安心できないんですね?」

「僕はボス猿を倒したがる猿か何かなのかい……?」

 

 凹みつつ見ればシェーレちゃんの手元にあるのは、天然ボケを治す100の方法なる題名の本であった。

僕には永遠に縁の無さそうな題名に、思わず頭を振る。

と、気配。

視線をやると、通りがかった桃色の少女と視線が合った。

強烈な意志を籠めた目で、気を抜けば気後れしてしまいそうな強気。

眉を上に跳ね上げ、遅れ叫ばれる。

 

「あー! ちょっとレオーネ、なんでそいつらをアジトに入れてんのよ!」

 

 少女貴族風の華美な服を見に纏った少女は、確かマインちゃん。

何処かきつさを感じさせる声色で、続け僕とタツミくんに視線を。

 

「ふん、どっちも不合格ね。こっちの茶髪はダサい、こっちの黒髪は弱そう! とてもあたし達と仕事できる雰囲気じゃないわ!」

「あはは……」

「って、なんだと手前ぇ!」

 

 叫ぶタツミくんを尻目に、溜息をつきながらマインちゃんは視線を逸らした。

反応し、呆れ気味にレオーネちゃん。

 

「おいおい、タツミは兎も角キョウは元羅刹四鬼を殺したんだよ? 実力は十分じゃないか?」

「んなの偶然に決まってるじゃない、このシェーレ以上にぽわぽわ脳天気そうな顔よ、どうみても弱そう!」

「いや、まぁ、そのうち実力を見れば分かるか……」

 

 と、何故か不服そうなレオーネちゃんと共に、僕らは次ぐ訓練所へと足を進める。

そこに居たのは、僕より一回り年上だろう、鍛錬で槍を振り回す青年。

 

「ここが訓練所、んであそこに居る見るからに汗臭そうなのがブラートだ」

「すげぇ……、なんて槍さばきだ」

「すごいなぁ、なんて髪型だ……」

 

 不思議な感想の食い違いに、思わずタツミくんと視線が合う。

ブラートさんの髪型はかなりのリーゼントであった。

どうしたのだろう、と首を傾げると、何故かもの凄い疲れた目で見られた。

溜息、視線を戻すタツミくん。

今もの凄い失礼な事を考えられた気がするのは、何故だろうか。

とまぁ、そんなやりとりをしているうちに、ブラートさんの鍛錬が一段落、汗を拭きながら僕らに気付き、視線が飛んでくる。

 

「お、なんだレオーネか。すると、そこの2人は噂の新人候補か?」

「お、おう、そうなるのか?」

 

 疑問符を漏らすタツミくんと共に近づき、ブラートさんへと手を伸ばした。

 

「俺はブラートだ、よろしくな!」

「ど、ども、俺はタツミです……」

「僕はキョウです、よろしく」

 

 と、順番的に僕が手を握っている時間、にやりと微笑みレオーネちゃんが掌で耳打ちの形を作り、一言。

 

「気をつけろ、こいつゲイだぞ?」

 

 告げられた瞬間、僕は瞬時後退、腰に納められた刀に手をやり姿勢を低くする。

なんか、先ほどの握手でついた手汗が邪悪な汁に思えてくるのが不思議だ。

そんな僕に、何故か頬を赤らめながら、ブラートさん。

 

「おいおい、誤解されちまうだろ? なぁ」

「……念のため言っておくと、僕は熱烈な異性愛好者ですので」

「そうか? まぁ、男同士仲良くやっていこうぜ?」

「……友情としてなら」

「おお、ユウジョウな!」

 

 なんだろう、この奇妙な噛み合ってない感のある会話は。

何にせよ、ブラートさんには色々な意味で注意をする必要があるだろう。

その事実を胸の奥に仕舞いつつ、次ぐレオーネちゃんの案内について行く。

 

 水場の近く。

何故か聞こえる荒い吐息と、漏れる言葉。

その元になる僕よりやや年下と言える男は、緑髪にゴーグルを付けた痩身の体躯で、顔を緩ませながら歩いている。

 

「はぁ、はぁ……そろそろレオーネ姐さんの水浴びの時間だ……」

 

 それを遠目に見つめる僕らは、思わず視線を交わし合った。

頭痛を堪えている様子のタツミくんを尻目に、僕は彼の代弁として問いかける。

 

「レオーネちゃん、あの変質者は……?」

「あの馬鹿はラバック。ちと待ってろ」

 

 言ってレオーネちゃんはかなりの気殺を持って背後に立ち、ラバックくんの指をへし折る。

叫ぶラバックくんを、更に追撃するのを尻目に、タツミくんが一言。

 

「なぁ、キョウさん」

「ん?」

「俺、そろそろお腹いっぱいだわ……」

「あれ、お昼まだだよね、僕ら」

「……ここにも変人が居たか……!」

 

 何故かどっと疲れが増した様子のタツミくんに、僕は首を傾げる他無かった。

で、続く河原では、焚き火の音。

焼ける肉の臭いに視線をやると、エビルバードが丸焼きにされており、その前には椅子に座った黒髪の少女が居る。

焼けた肉を食べている様子の子を指さし、レオーネちゃん。

 

「ほら、あそこに居るのがアカメ。可愛いだろ? あのエビルバード、アカメが一人で殺ったんだぞ?」

「へ? す、すげぇな」

 

 と驚くタツミくんと同じく、僕も静かな戦慄を受けていた。

 

「あぁ、エビルバードの肉はくまなく火を通すのが難しい……。それを見事な下処理で火を通しやすくしている、只者じゃないね……」

「……キョウさんもぜんっぜん只者じゃねぇな……」

 

 何故か唐突に僕を褒めるタツミくん。

えへへ、と恥ずかしさに頭を掻く僕を尻目に、アカメちゃんが手渡す肉を、レオーネちゃんは受け取り美味しそうに頬張った。

そんなレオーネちゃんから僕らに視線をずらし、じっと見つめてくる。

 

「お前たち、仲間になったのか?」

「いや、まだだけど……」

「じゃあまだ、この肉をやる訳にはいかない」

「ぐ……」

 

 歯噛み、やや空腹時にこの肉を食えないという不幸に、僕は思わず膝を落とした。

お肉、食べたい……!

内心の慟哭を、しかし僕は口に出す事まではできなかった。

そんな僕を視界の端に捉えつつ、ふ、とクールに笑うアカメちゃん。

 

「これで勝ったと思うなよ……!」

「キョウさんは一体何と戦ってるんだ……?」

 

 と、そんな隣のタツミくんの言葉に返そうとした瞬間、新たな人影に僕は眼を細めた。

そんな僕の視線の先を辿り、レオーネちゃん。

 

「お、ボス! お帰りなさい、人材推挙!」

 

 ボスと言われた女性は、隻眼隻腕を眼帯と義手で補っている、僕よりやや年上の女性であった。

短めに揃えた銀髪をうっすらと輝かせつつ、笑みを浮かべる。

 

「見込みはあるのか?」

「ありますよ、2人とも。特に黒髪の方のキョウは、即戦力でしょう」

「ほう……。詳しい話も聞きたいしな。アカメ、皆を会議室に集めろ」

 

 告げ、コートを羽織りながら歩き出すボス。

こちらとしても、詳しい話を聞けるのならば願ったり叶ったりである。

彼女の後を歩き、会議室へと僕らも歩いて行く。

 

 

 

*

 

 

 

「なるほど……。事情は全て把握した、2人ともナイトレイドに加わる気はないか? 断っても、帰す訳にはいかないが、我々の工房で作業員として働いてもらうだけだ。死にはしないぞ」

 

 会議室、ナイトレイドの面々に囲まれながら、僕らはボスからそう告げられていた。

僕はタツミくんと目を合わせると、頷く。

先を譲られたタツミくんが、口を開いた。

 

 会話は、簡潔に言うと、以下のようになる。

タツミくんは帝都の腐敗に怒りを抱いており、ブラートさんもまた帝都の腐敗を知りナイトレイドの仲間になった者。

しかしタツミくんは、悪人を殺すだけでは世の中は大きく変わらず、辺境の貧困にあえぐ己の村は救われないと考える。

だがナイトレイドは、革命軍の一組織。

帝都のダニ退治を終えたら、革命軍の決起に合わせて大臣を暗殺するのが目的である。

 

「その時がくれば……確実に、この国は変わる」

「……その新しい国は、ちゃんと民にも優しいんだろうな?」

「無論だ」

 

 告げるボスに、タツミくんは震える両手を握りしめながら、告げる。

 

「じゃあ今の殺しも、悪い奴を狙ってゴミ掃除しているだけで……、いわゆる正義の殺し屋って奴じゃあねぇか!」

 

 一瞬、空気が止まった。

刹那に、僕の腹腔からどろっとした物が沸き上がる。

発酵したガスが臓腑の汚泥を巻き上げ、泡を吐き出させた。

蠢く醜い気体が心身を渦巻き、憎悪をわき上がらせる。

皆の空気が止まった隙間に、思わず僕は声色を通してみせた。

 

「――殺しが、正義?」

 

 自分でも、吃驚するぐらい凍てついた声。

感情的になっているという自覚はあったが、それを超えて奥底で蠢く激情が僕の口を突き破らんばかりに哭き叫ぶ。

全員の視線が集まるのを感じつつ、僕は眼を細めた。

 

「ナイトレイドの任務にケチをつける訳じゃあないけど、それは民の為の外法であって、正義の為じゃあない。……悪を殺すからといって、それが正義だなんて、言えない。この口が裂けても、言える筈が無いさ」

 

 言い終えると、ふと、張り詰めた風船のようだった自分がしぼんで行くのを感じた。

言いたい事を言い終えた後の僕に残るのは、萎びたキノコのような空しさだけだった。

乾き、朽ち果て灰になるのを待つばかりのクレバスの塊。

唐突に腹腔から憎悪の源泉を無くした僕に、暗い何処までも沈み込むような表情で、ナイトレイドの面々が続けた。

 

「……あぁ、どんなお題目をつけようが、やってる事は殺し」

「そこに正義なんてあるわけないですよ」

「ここに居る全員、いつ報いを受けて死んでもおかしくないんだぜ」

 

 続け、ボスがタツミくんに覚悟を問うも、タツミくんの覚悟は変わらない。

そして次は、僕へと視線が集まった。

 

「僕が帝都に旅してきた目的は2つ。帝都に住んでいる筈の生き別れの妹を探すことと、社会の屑どもを殺す事。後者は軍と革命軍のどっちの方がやりやすいか、最初は自分の目で確かめるつもりだったんだけど……」

「最早心は決まっている、と言う目だな」

「まぁね」

 

 警備隊長があの屑っぷりである上に、あれから意味を聞いた羅刹四鬼は大臣直属の護衛、元とは言えそんなんが殺戮をして回っている状況とか反吐が出る。

故にナイトレイド入りは目的の後者とは、完全に合致していると言っていい。

 

「しかし、ナイトレイドが革命軍と何時気付いた?」

「気付いたっていうか、レオーネちゃんについてくるまでは半信半疑かな。手配書で帝具使いが多く居るっていうのは知っていてね。ただの暗殺家業に集まっているというよりは、革命軍の組織の可能性の方が高いかなーって」

「ほう……? 違っていたら、どうするつもりだった?」

「穏便に抜けられるならそうしていましたよ」

「できなければ?」

 

 ボスが鋭い眼光と共に、重圧がのし掛かるが、さほどの威圧では無い。

なので僕は、戸惑い無く微笑みながら本心を告げるのであった。

 

「残念ながら、皆殺しでした。その程度の規模の組織では、裏取りの正確性を望めませんからね、所属する訳にもいきませんから」

「……あんた如きが、ねぇ」

 

 マインちゃんの呆れ声が漏れるが、レオーネちゃんを除く他の皆も戸惑った様子である。

迫力が無いとかはよく言われるのだが、そこが今の僕にマイナスに働いているのだろうか。

慌て、面接を蹴られないよう続ける。

 

「ま、そこそこ腕に自信はあるし……それに、帝具も持っているしね」

 

 全員、目を見開いた。

誤解無きよう、即座に続ける僕。

 

「とは言え、味方が居ないとあまり意味の無いタイプの帝具だからね。自信ぐらいにしかならないだろうけど……」

「それじゃあ、キュウキを殺った時はやっぱ帝具無しでか?」

「うん」

 

 頷く僕に、眼を細めるボス。

大方、僕が実は弱ければ、帝具だけ取ってポイちゃおうとか考えているんだろうなぁ、と思う僕に、ボスが続けた。

 

「帝具の名と性能は、教えて貰えるか?」

「条件として、妹を探して貰えるならね」

「約束しよう」

 

 迷い無く告げるボスに目を、僕は数瞬見つめた。

脈拍、汗の量、そんなちゃちな物よりも、その目の奥深くにある何かが僕を信じさせる。

タツミくんが口にし彼女が先ほど呆れた様子だった、その正義に近い光がその奥には感じられるようだった。

命を預けるには、十分な相手だろう。

頷き、僕は続ける。

 

「僕の帝具の名は、共鳴振幅・リィンフォース」

「……確か、血液型の帝具。飲んだ者に共鳴の力を与える、と文献に記されていたが……」

「うん、まぁその通りなんだけど、詳しくは説明するより実践した方が早いかな。ええと……」

 

 と、視線を彷徨わせる僕。

一番強いのは、と見てとれるのはブラートさんだが、先の光景から全力で視線を回避。

アカメちゃんは噂に聞く帝具が物騒過ぎて、今回の屋内テストには向かない。

となれば。

 

「レオーネちゃん、ちょっと来てくれる?」

「へ? あたし?」

 

 と己を指さし首を傾げつつも、近づいてくる彼女。

掌である程度の距離で止め、説明。

 

「とりあえず、その場で素振り、一発やってみてくれる?」

「は? あぁ……」

 

 言ってレオーネちゃんは腰を低く、見事な正拳突きを見せる。

うん、と頷きつつ僕は近づき、手を伸ばした。

 

「じゃ、ちょっと失礼」

 

 言ってレオーネちゃんの手を取り、僅かに集中。

パスを繋いでから距離を取り、小さく呼吸する。

 

「これから僕の能力を発動させるから、レオーネちゃんはその後もう一回その場で素振り、やってみてくれるかな?」

「……あぁ、まぁいいよ」

 

 不思議そうに頷くレオーネちゃんに、僕は僅かに眼を細め、集中。

己の中に感じるレオーネちゃんとの繋がりに、共鳴の力を込め、発動する。

 

「――リィンフォース」

「うおっ!?」

 

 と叫び、レオーネちゃんは信じられない物を見る目で両手を見て見せた。

震える両手を握りしめ、満面の笑みで腰を落とし、すぅ、と息を吸う。

たったそれだけで、空気が変わった。

拳が突き出て、遅れ空気が破裂する音。

次ぐ凄まじい風圧に、皆が目を見開く。

 

「すっげぇ、滅茶苦茶身体が軽いっ! つか、五感も強化されてないか、これ!?」

 

 言って、楽しそうにその場で拳を振るうレオーネちゃんを見るに、十分な成果は得られたようである。

満足して頷き、ボスに視線を戻す。

 

「見ての通り、仲間の力……魂? 僕自身何なのか分かっていませんが、そんなものを共鳴させて強化するのが、僕のリィンフォースの力です」

「ほう……、帝具無しのレオーネでこのレベルまで到達するとは、中々の物だな」

「強化する時は視界に居なければいけませんが、強化してからなら視界外でも射程3キロ以内なら強化は継続。人数は強化率を維持するなら10人が最大、ほんの僅かの強化でいいなら20人までは試した事があります。強化条件はパスを繋いだ事がある事、パスの繋ぎ方は見ての通り、身体に触れて念じる事だけです」

 

 ほう、と驚愕に目を見開くボス。

とは言え、リィンフォースにも弱点はある。

 

「ただし僕自身の強化はできませんし、奥の手は今の所使えず、詳細も知りません。凶悪らしいとだけ聞いていますが」

「帝具の本体は残っているか?」

「少ないので飲み干しちゃって、僕の血潮そのもの、って奴ですかね」

 

 牽制のために言うが、半分は事実である。

母の形見であったリィンフォースはなみなみとあったが、ある理由から僕はそれを全て飲み干したのであった。

 

「という訳で、キョウ・ユビキタス、並びに帝具リィンフォース。ナイトレイドに入れていただけますか?」

「……決まりだな」

 

 凍り付くような笑み。

鋼の義手の掌を天に向けたまま差し出すボス。

 

「修羅の道へようこそ。タツミ、キョウ」

 

 と、その直後。

 

「侵入者だ、ナジェンダさん!」

 

 告げるラバックくんを見ると、左手甲にある円盤がきゅるきゅると回っているのが見える。

そこからは糸が飛び出ており、その雰囲気から帝具の類いと知れた。

糸の帝具、か。

眼を細める僕を尻目にラバックくんは報告、それによると人数は8人、全員アジト付近まで侵入しているとの事。

 

「――仕方ない、緊急出動だ。全員生かして帰すな」

 

 まぁ当然の事実ではある。

やれやれ、と僕は己のテンションを切り替えた。

僕にとって最も平易な殺人のテンション。

相手を”悪”と断じ、報いを受ける覚悟を胸に剣を持つ、地獄を歩む精神。

 

 僕も頭の中を切り替えたが、ナイトレイドのメンバー達も同じく表情を切り替えていた。

凍り付くような、ぞっとする表情の面々。

僕としては仲間が頼りになるようで嬉しいのだが、横のタツミくんはそれに戦慄している様子だった。

とは言え、これから慣れてもらわねばならないので構ってもおられず、僕は必要あって、挙手する。

 

「では、出発前に、念のために僕のパスを繋げておきます? 強化はいきなり実戦投入は、ちと不安ですが」

「……パスを繋げてはおいてくれ。強化は今回はいい」

「承知しました」

 

 言って、僕は全員と順番に手を合わせパスを繋いでゆく。

繋がった人から順に飛び出て行くのを見つつ、最後に残ったタツミくんに視線を。

 

「え? あれ?」

「いや、タツミくん、手。ほら」

「あ、あぁ……」

 

 呆然とした様子のタツミくんの手を取り、パスを繋ぐ。

成功した感触にうん、と頷き、僕もまた既に走り去ったナイトレイドの面々を追って走って行く。

背後でばこ、とタツミくんが叩かれたような音がしたのは、気のせいだろうか。

 

 

 

*

 

 

 

 気配を感じ、河原方面へと森を抜け走り行く。

と、見知った気配が併走しているのに気付き、声をかけた。

 

「おや、アカメちゃんもこっちに?」

「……キョウ、と言ったか」

 

 同じ気配の元に向かうは手配書にも乗っていたメンバー、アカメちゃんである。

長い黒髪に服装も黒が基調、腰鎧や籠手、刀の鞘は紅く、血のような色をしていた。

殺意で塗り固められた気配も乗じて、まるで死神が血で固めた剣を持ち歩いているかのよう。

瞳の赤はさながら凍り付いた血をはめ込んだかのようで、美しくも生々しい色をしていた。

元々美少女だとは思っていたが、その美貌は更に凍り付くかのような洗練を見せている。

 

 凄まじい殺意だが、これから殺人にゆくという現状を合わせればそっちのほうが頼りになるぐらいだ。

と思ってから、だから僕は誰にも頼られないのか? という根本的問題に気付きそうになりつつも、テンションががた落ちしそうなのでその思考は後回しにする。

そんな僕を横目で見つつ、静かに言うアカメちゃん。

 

「……速いな、私に追いつくなんて」

「そこそこ、腕に自信はあるからね。あくまでそこそこだけど」

「お前の帝具は自己強化はできないんだったな、あまり無理はするなよ」

「まぁね。自分の弱さは……」

 

 脳裏を過ぎるサヨちゃん、イエヤスくんの姿。

 

「身にしみているさ。とは言え、初陣だ、腕前を見せない訳にもいかない。一人ぐらいは相手させてもらうよ」

「……期待している」

 

 と、そんな会話を終える頃、気配が近くなってくるのを感じ、僕は口をつぐんだ。

心を静かな水面に、仲間を、そして敵を信じる心を忘れずに。

信じて殺しなさい。

母の教えを臓腑に染みこませ、ゆく。

 

 森を終え、開けた視界。

河原には、3人1組で行動する、異民族らしい褐色の肌の男達。

それぞれ武器は斧、円月刀、剣。

ちらりとアカメちゃんに目配せ、この中で一番手練れと見える剣使いを貰うと目で会話。

そんな僕らを尻目に、顔を歪める男達。

 

「こいつがここに居るって事は、アジトは近いな……」

「くくっ、そっちの男もナイトレイドか。男はどうでもいいが、女は殺った後も楽しめそうだな」

「あぁ、あまり身体に傷をつけるな……」

 

 あの、隙だらけなんですけど。

思ったその瞬間、アカメちゃんが抜刀、うち2人の喉を切り裂き通り過ぎる。

崩れ落ちる男達だが、残る剣使いも然る者。

咄嗟にアカメちゃんには適わないと断じたのだろう、僕へと剣を向ける。

 

「ばいばい」

 

 が、既に僕は踏み込んでいた。

アカメちゃんに倣い抜刀術、男の首を切り裂く。

半ば以上に割いた感触、確実に神経を断った。

確信と共に残心で気配を探るも、男は喉で水音を鳴らしながら崩れ落ちるのみ。

心臓の鼓動が止まっている事まで確認してから、血糊を払い、アカメちゃんと同時に納刀。

 

「こいつら、敵地で余裕持ちすぎだな……」

「うん、なんていうか、あれで僕の腕前の参考になったのかなぁ」

 

 首を傾げる僕に、アカメちゃんが視線を。

澄んだ目で、じっと見つめてくる。

名前の通り紅い瞳は、心臓を掴まれるかのような魅力に満ちており、思わずそっと抱きしめたくなるぐらいに切ない輝きを放っていた。

とは言え、仲間に入ったばかりの僕がそんな事をしても、ただの変態である。

衝動を抑える僕に、アカメちゃんは視線を逸らした。

 

「……背を預けるには、十分な強さだ」

「へ、本当!? やったぁっ! と、タツミくんを念のため見に行かないと!」

「そうだな、お前は兎も角タツミはまだ危なっかしく見える」

 

 と、僅かに微笑んでみせるアカメちゃん。

出会ってから初めて崩れた彼女の表情は、ぱっと可憐な花が花弁を開いたかのようで、胸の内が暖まる物だ。

大きな花というよりも、小さく、でも可憐な花。

朝顔のように、限られた時間しか顔を見せず、けれどだからこそ美しい。

そんな風に思える、とても魅力的な笑顔であった。

 

 

 

*

 

 

 

 とまぁ。

そんな訳で、その後ピンチだったタツミくんをアカメちゃんが助け、初陣は終了。

宴会となった夕食会の事である。

 

「初陣ご苦労だったな、タツミ、キョウ」

「はい」

「あ、あぁ」

 

 と、ボスからねぎらいの言葉をかけられつつも、タツミくんは何処か顔が暗い。

何となく何を考えているか分かるのだが、さて、どうフォローしようかと悩む間もなく、続くボス・ナジェンダさんの言葉。

 

「まずタツミ、お前はアカメの報告を聞き不安な所もある。お前が生き抜くためには、誰かに色々を教えて貰う必要があると見た。アカメで組んで、勉強しろ」

「いいっ!?」

「あ、いーなー」

 

 と告げる僕はどこ吹く風、ナジェンダさんは静かにアカメちゃんに視線を。

 

「いいな、アカメ」

「うん」

「足手纏いになるなら斬っていいぞ」

「うん、分かった」

 

 とまぁ、不思議なやりとりをする彼女達である。

まぁ、アカメちゃんの強さなら心配ないか、と思いつつも、折角知り合った美少女が僕以外を世話するとか、ちょっとジェラシーである。

ちぇー、とふて腐れた目で見ていると、ナジェンダさんは次いで僕へ視線をやった。

 

「で、次にキョウ。タツミも即戦力だが、お前はそれ以上だ。不足している物もまだ見極められん。だが、一人で放り出す訳にもいかんし、ブラートに面倒を見て貰おう」

「はい。よろしく、ブラートさん」

「うぐぐ……」

 

 何故か唸り声をあげるタツミくんを尻目に、応、と返事してくれるブラートさん。

そんな彼らに笑顔を漏らすナジェンダさんに、あぁ、とふと忘れていた一言を告げる。

 

「そういえば、僕の妹の名前を伝えてませんでしたね」

「ん、確かに。なんという名だ?」

 

 記憶は遠く、霞がかっている。

明るい茶髪に同じ色の瞳、母の血を色濃く継いだ容姿の彼女は、それでも生まれて最初に守ると誓った筈の子。

正義感に篤い、あの子の名は。

 

「セリュー・ユビキタス。生きていれば、僕の1つ年下の女の子です」

 

 

 

 

 




ユビキタスって誰だっけ? な人用の2話だった訳ですが、感想欄見ると必要無かったような気も。
まぁ他にも役割はあるのでいいか。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。