信人跋扈   作:アルパカ度数38%

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 疲労に重くなった頭を振り、ウェイブは溜息をついた。

ボルス妻子はキョウの権限とランの事務処理能力により、一時的に宮殿住まいとなった。

シュラとてブドー大将軍が闊歩する宮殿内部では無茶をしていない。

宮殿で働く者相手には傲慢ではあるものの、市井の者達へとは違い言葉一つで虐め殺すような事はしていないのである。

それでも黒い噂は耐えないのは確かだが。

 

「ボルスさんの家族が無事だったのは、キョウのお陰、か……」

 

 キョウ・ユビキタス。

元ナイトレイド所属、母と妹を斬り殺して血を飲んだ、エスデス隊長に匹敵する実力者。

現在はイェーガーズの特別顧問に収まっており、命令権こそ無いものの、大臣の息子という立場から半ば逆らえない助言を行える。

とは言え今の所強制力のある助言はしておらず、さほど表だってイェーガーズを動かしてはいない。

かつて仲間シェーレをクロメに斬り殺され、その屍人形を斬り殺した事があるが、それを乗り越えてイェーガーズを新たな仲間としてまで、達成したい目的があるのだと言う。

そして、どう見てもクロメと相思相愛だが、互いに目的を優先しがちな所があり付き合っている訳ではない模様。

ボルス妻子には真実を伝えたため、複雑な目で見られている。

 

 正直言って、ウェイブはキョウがナイトレイドだと言う事は割り切れるつもりであった。

キョウは、彼が知る限りのナイトレイドの情報を吐いている。

インクルシオを纏っていた戦士の中身がタツミである事も、ウェイブが相手した糸使いがラバックなる名である事も。

そして、ボルスを殺したのが、チェルシーという暗殺者である事も。

最も、キョウはチェルシーの帝具を詳しくは知らされていないとの事だが。

 

 恨む相手が居るとすればチェルシーな上に、ボルスは報いを受ける事を覚悟していた。

ならば、キョウを恨む事は筋違いだろう。

そう思うウェイブに、ふと声がかかった。

見れば、クロメが目前に立ち、ウェイブの顔をのぞき込んでいる。

 

「あ、ウェイブ。なんかさっき、ボルスさんの家族を見たけど、どうしたのかな?」

「あぁ、それは……」

 

 と、ウェイブが返そうとした瞬間である。

軽薄な声が、響き渡った。

 

「……ち、イェーガーズの腰抜け野郎か。って、おい、上玉が隣に居るじゃねぇか」

 

 シュラ。

大臣の長男の言葉を前に思わず身を固くするウェイブだったが、それより早くシュラはクロメに向かって手を伸ばし。

空ぶった。

 

「あ、れ?」

 

 そのまま勢い余り転倒、床と激烈なキスをしてみせる。

思わずぱちくりを目を開け閉めするウェイブとクロメを尻目に、靴音を立てながら一人の男が歩いてきた。

キョウ・ユビキタス。

先ほどまでウェイブが脳裏に浮かべていた男。

 

「なんていうか……シュラ、君はクロメちゃんが、どういう立場なのか忘れたのかい?」

「あぁ!? ……こいつがクロメか、親父が言っていた、お前の花嫁候補」

「ふぇ!?」

「はい!?」

 

 クロメとウェイブが驚愕するのを尻目に、あぁ、と頷くキョウ。

説明を求める視線をキョウにやると、ぽん、と手を叩き続ける。

 

「そういや2人にはまだ言っていなかったっけか。父上は僕にさっさと子供を作って欲しいみたいだから、僕に対する人質も兼ねてクロメちゃんを候補に挙げてるんだよね」

「ひゃはは、じゃあ尚更、兄貴に献上してみろよ……なぁ!?」

 

 告げると同時、シュラから跳躍の気配。

思わず身構えるウェイブの目前で、しかしシュラはそのまま転げて壁に頭を打ち付けた。

後頭部を押さえ呻くシュラに、呆れた顔でキョウ。

 

「なんていうか、僕にこの前触れられただろう? 僕の帝具の能力、聞いてないの?」

「こ、これが敵意共鳴……だと? 精々動きづらくするぐらいだけじゃねぇのかよ!? こ、こんなの聞いてねぇ!」

「いや、調べるとか、実演を見るまで絶対に触れないとか、しないの?」

 

 あきれ果てた様子のキョウに、シュラは井桁を浮かべつつ素早くポケットに手を。

帝具を取り出し、叫ぶ。

 

「クソッたれ! シャンバラ、火山にぶち込んで……、なんで発動しねぇ!?」

「……エスデスさんの氷を無効化したの、知らないの?」

「何でだよ!? 親父、何で教えてくれなかったんだよ!?」

「お、愚か過ぎてかける声が見つからないなぁ……」

 

 頭を抱え、これが僕の兄なの? とぼやくキョウ。

それを目前に、ウェイブは絶句していた。

キョウの敵意共鳴による行動阻害の苛烈さは聞いていたが、エスデスに聞く限りはそこまでではなかったのだ。

いかなる方法によってかは謎だが、キョウは明らかに進化している。

戦慄を覚えるウェイブの目前、シュラは幾度も立ち上がろうとして立ち上がれないままに這いつくばったままだった。

 

「ぐ、く、そったれが……! 殺してやる……、絶対に殺してやる!」

「はぁ……、なんていうか、僕が慎重派で良かったね、としか」

「あぁ!? 何がだ!?」

 

 深い溜息。

直後、キョウが呟いた。

 

「じゃなけりゃ、君を生かしている訳無いじゃないか」

 

 ぞ、と。

ウェイブは、背筋を剥がされ氷雪の中に埋め込まれたかのような感覚を受けた。

脳をゆっくりとほぐされ、臓腑を氷の手で撫でられているようでさえある。

生きた心地がしなかった。

まるで全身が刃のように凍てついた空気に刺されているかのような感覚すら覚える。

 

 目前の死神に、ウェイブは愚か、クロメでさえも身震いし武器を手に取っていた。

シュラに至っては、逃れようのない恐怖に加えキョウの顔を直視している、恐ろしさにガチガチと歯を鳴らしていた。

否、そればかりか。

 

「うっ……、ううううっ」

 

 ――泣いていた。

あのシュラが、涙を零し、嗚咽を漏らし、子供が癇癪を起こすように泣いていたのだ。

しゃくり上げながら、うつぶせに倒れたまま、恐怖に震えながら。

思わず絶句するウェイブを尻目に、キョウが腰を下ろす。

掌をシュラの頭に向け、子供を撫でるようにしてみせた。

 

「……これに懲りたら、おいたは駄目だよ? 次は……我慢せず、殺す」

 

 表面上は、優しい声。

その裏には告死の殺意を乗せ、見ているだけのウェイブですら鳥肌の立つような凄まじい言葉であった。

 

 必死に頷くシュラを捨て置き、立ち上がりその場を去るキョウ。

慌て、ウェイブはクロメと共に彼の後を追って行く。

すると、十字路に差し掛かってキョウは立ち止まった。

腕組みし、視線を横へ。

 

「ブドーさん。凄い目で見られてますけど、僕、宮殿を血で汚して無いと思いますけど」

「……確かに」

 

 と、ウェイブがキョウに追いつき視線の先を確かめると、そこにはブドー大将軍が壁に背を預けていた。

驚くウェイブ達を尻目に、静かな声でブドー。

 

「ただ、似ていてな……、思いだしていただけだ。トモエ殿の事をな」

「母さんの事を? あぁ、そういえば貴方は母さんの弟子でしたか」

 

 驚愕に大口を開けるウェイブを尻目に、懐かしげな目でブドーはキョウを見つめる。

数秒、頭を振り視線を常の厳しい物に戻し、口を開いた。

 

「まぁ、いい。今後も宮殿を血で汚すような行為は慎むように」

「りょーかいです。ではっ」

 

 会釈して通り過ぎるキョウに続き、ウェイブとクロメも礼をしその場を去る。

ちらりとウェイブが背後に視線をやると、ブドーは矢張り懐かしそうな目で、キョウの背をずっと追っているようであった。

 

 

 

*

 

 

 

 宮殿の一室。

豪奢な作りの部屋、市井に居た頃には見た事の無い高価なテーブルの上に乗った、紅茶と茶菓子。

低いテーブルを挟んで向かい側に座るのは、何故かドロテアちゃんであった。

シュラを泣かせた後、宮殿を歩いていたらいきなりお茶に誘われたので、とりあえずついてきただけなのだが……。

一体どういう風の吹き回しか。

首を傾げつつも、流石宮殿御用達だけあって、スーさんレベルの紅茶を口に含む。

 

「うん、美味しい。流石、宮殿のお茶だね」

「うむ、妾が居た王国にも引けを取らぬレベルじゃ。この国、素敵じゃなぁ」

 

 この国を見て素敵と言い出すとか、中々面白い倫理観をした女性のようである。

小さな茶菓子を優美な仕草で取り、艶めかしい動作で一つつまむ。

少女の容姿でお菓子を食べているだけだというのに、恐ろしく妖艶な仕草であった。

 

「で、話と言っても、大した用件では無いのじゃがの。お主から見て、妾の価値はどうかの、と思っての」

「う~ん、取り入るなら父上に直接の方がいいと思うけど……。戦闘能力は兎も角、錬金術師としては凄いんじゃないかな」

 

 ぴょこん、と眉を上げ、足組みするドロテアちゃん。

唇に舐めた指先を伝わせ、その軌跡に唾液が薄く広がり、光を反射し輝く。

組んだ足を僅かにずらし、きわどい所までスカートの奥が見えそうになった。

反射的に注意しようとする僕だが、そこに割り入ってドロテアちゃんが告げる。

 

「どの辺でそう思った?」

 

 と、そこで真面目な話を続けられると、恥ずかしいからスカート直してよ、とは言いづらい。

微妙なやりづらさを感じつつ、続ける僕。

 

「……スタイリッシュの残した、人型危険種。僕も多少は資料を見てみたけど、あれを理解して研究に取り入れている様子だ。具体的にどういう研究かまでは調べきれていないけど、その時点で君の優秀さは分かるよ」

「うむ。いやぁ、シュラがマジ泣きして帰ってきた後、自室に引きこもってしまってのう。あれを見ると、シュラに従うのが不安になってきてしまったのじゃ」

 

 引きこもりまでし始めたのかよ。

思わず顔を引きつらせつつ、続ける。

 

「で、僕の様子見に? でも僕には、父上に推薦するぐらいしかやれる事ないし、それは流石にシュラがもうやってるだろう?」

「うむ。じゃからまぁ……」

 

 言って、ドロテアちゃんは急に立ち上がった。

エプロンドレスのスカートの裾に手を、ゆっくりと持ち上げ始める。

じりじりとじれるようなゆっくりの速度。

ボーダーのニーソックスの上端と地肌の境目が、視界に。

そのままゆるりと持ち上がりそうになるのを、掌を押し出し制する。

 

「色仕掛けかい。一応言っておくと、通用しないよ」

「え? お主ロリコンじゃなかったのか?」

「違うわ!」

 

 何故か吃驚した顔のドロテアちゃんであった。

思わず叫ぶ僕に、納得のいかない様子でドロテアちゃん。

 

「しかしお主、半回りも年下の娘を花嫁候補にしているとか」

「好きな娘が偶々年下だっただけだし! ロリコンじゃないし!」

「ロリコンの言い訳じゃないかのー、それ。つか、今ちょっと興奮しとったじゃろ?」

「してないっての! 仮にしてたとしても、リィンフォース持ちの僕に君が触れるつもり無いだろ、そんなので誘惑されるほど僕は甘くない!」

 

 しゃーないの、とぼやきつつ腰を下ろすドロテアちゃん。

確かにアカメちゃんもクロメちゃんも僕より年下だけど、それだけでロリコン扱いとか、酷いにも程がある。

ドロテアちゃん相手に興奮なんて、する訳……ちょっとしか、する訳無いだろうに。

何故か赤いままの頬を膨らませつつ紅茶を口にする僕を尻目に、矢張り足組みしドロテアちゃんが告げた。

 

「ま、いーかの。お主、シュラの事をどう評価しとる?」

「ん? いや、野心に実力が伴わすぎる男、かなぁ。特に知性。でも、何故かある種の人望はあるんだよね。イゾウさんもそうだけど、特にドロテアちゃんを招いてこれた訳だし。……そういや、ドロテアちゃんって仲間の血とかちょっぴり吸ったりするの?」

「ん? なんじゃ、藪から棒に」

「いや、今一シュラがドロテアちゃんをちゃんと招けた光景が想像できなくて。血とかが美味しくてついてきてるのかなー、とも」

 

 と、軽く探りを入れた僕に、しかし堂々たる態度でドロテアちゃん。

 

「まぁ、血は貰っておらんが、一応スタイリッシュの存在を使って交渉の結果で招かれたのじゃよ」

「ふーん、君ほどの錬金術師を交渉で、ねぇ」

 

 と、そんな僕の言葉に、何故か目を輝かせるドロテアちゃんである。

腕組みし、ふふん、と偉そうな笑みを浮かべる彼女。

 

「お、むしろ妾が高評価じゃの。妾、もしかしてナンパされとる?」

「してないしてない。ナンパなんてした事無いし。逆ナンならされた事あるけど……」

「誰にじゃ?」

「エスデスさん」

「お主とんでもない男かもしれんの……」

 

 冷や汗を掻くドロテアちゃんは、確か顔合わせだけエスデスさんとしている筈である。

初対面でもそのヤバさがある程度分かるとは、流石エスデスさんとしか言いようが無い。

 

 それから小一時間ほど話し、ドロテアちゃんとのお茶会は終わりになった。

とてとてと愛らしい仕草で廊下を走り去ってゆく彼女を見送った後、僕もまた自室へと向かう。

 

 ドロテアちゃんが僕と交流を深めようというのは、多分オネストからの指令もあるのだろう。

何せドロテアちゃんの帝具は血液徴収・アブゾデック。

名前と効果しか知らず、具体的に歯か何かなのか、それとも何かを持ち歩いていてそれで変形しているのか、子細は分からない。

けれどそれで血を吸われてしまえば、最悪僕のリィンフォースはドロテアちゃんに奪われてしまうのである。

 

 2つ帝具を持つ負担は大きいが、仮にアブゾデックが取り外し可能だとしたら、ドロテアちゃんはリィンフォースを使いこなす事すら不可能では無いのだ。

加え、正規の手続きではなくアブゾデックで奪われたリィンフォースは、果たしてレベルが下がるのかどうかも分からない。

レベルが下がり1になれば負担無しにリィンフォースの血族が誕生し、レベルが下がらなければ一斬全殺を使えるオネストの手駒が出来上がりである。

どっちにしろ酷い結果になるのは目に見えている。

 

 つまり、色仕掛けでお触りまで行ってしまうと危険なのは、ドロテアちゃん側だけでなく、僕側でもあるのだ。

色香に迷って隙を見せれば、最悪血を吸われてリィンフォースを奪われてしまうという訳だ。

そもそも、敵対するだけでも危険な相手でもあるが。

 

「やれやれ、あれが父上の切り札の一つ、か……」

 

 とは言え、僕が飼われ始めるより後に手に入った切り札。

つまり、まだまだオネストには僕に対する切り札があるに違い無い。

溜息をつきながら、僕もまたその場を去るのであった。

 

 

 

*

 

 

 

「キョウの情報が手に入ったよ」

 

 チェルシーの言に、アカメを含めナイトレイドの面々に緊張が走った。

硬い表情の仲間達に、城下を出歩くキョウの故意の”独り言”を聞いてきたチェルシーは、その中身を次々に告げる。

 

 キョウ・ユビキタスはの実父は大臣だった。

大臣が隠していた双子の弟を斬り、リィンフォースはレベル4に、一斬全殺を会得。

現在はイェーガーズの特別顧問として活動中、エスデスは西の異民族に対処中。

兄シュラのワイルドハントの横暴さは凄まじく、イェーガーズとしても表立たないやり方で狩る事になるだろう。

いくらかは革命軍の密偵からも伝わっている話だが、キョウの言葉で裏が取れたのは朗報である。

 

「……ちょっと驚天動地の展開だな」

「うん、聞いてて私も心臓が飛び出て死ぬかと……」

 

 呆れ呟くナジェンダに対し、ガックリと肩を落とすチェルシー。

溜息をつきつつ、現状を纏めた内容を告げる。

 

「まず、大臣視点ではキョウは潜在的裏切り者。処分しないのは、何らかの利用方法を思いついているから。自分の首をちらつかせて帝国に束縛し、観察しつつ利用するための準備中って所かな」

「一斬全殺……。馴染んだリィンフォースはもう最大パス対象が1万近いんだろ? 利用されるとヤバイな……」

 

 ラバックの苦々しい感想に、頷く面々。

大臣がどういった方法でキョウを利用するのかは分からないが、大量虐殺を平易にするリィンフォースを大臣の間近に置いておくのはリスキーだ。

とは言え、大臣の首の近くにキョウを置いておけるのも、かなりの利点ではある。

しかし、とナジェンダ。

 

「恐らく大臣は複数の切り札をキョウに対し持っている。故にキョウは、大臣を斬りたくても動けない」

「……で、大臣としてはもしキョウが帝国に居着く事になった時の事を考えて、子孫を残して欲しいって」

「……は?」

 

 急に話が変わったチェルシーの言葉に、思わずアカメは声を漏らした。

何故か、残りの面々が半歩退く。

アカメに遠慮して告白できていないマインとチェルシーなど、数歩完璧に退いていた。

それに抱いた疑問をすぐさまアカメの奥底から燃え上がる激情が押し流して行く。

烈火の感情の予感に、アカメは口元を僅かに歪めた。

そんなアカメに、口をひくつかせながら、チェルシー。

 

「その……候補は、人質も兼ねて、クロメだって」

「……ほう。へぇ。ふーん、そうか」

 

 一言区切る度に、ナイトレイドの面々はアカメから距離を取っていった。

自身でも漆黒の感情が込められた言葉、それが漏れる度にアカメは自身の目から光が失われて行くのを感じる。

――お嫁さん候補、か。

それが寄りによってクロメだと言うのだから、暗い感情しかわいてこない。

 

「……別に、キョウは何も悪くないのだろうが……、なんだろうな、この気持ち」

 

 告げ、アカメはゆっくりと開いた手を眼前まで伸ばす。

万力を籠め、ゆっくりとその手を握りしめた。

ぎちぎちと、骨肉が軋む音。

 

「ちょっとだけ、暴力的な気分だ……」

 

 自然、アカメは口元を歪ませた。

全員、顔をひくつかせながら更に一歩退いて見せた。

スサノオでさえ脂汗を浮かばせながら退いているという、奇妙な状況である。

 

 しかし、直後チェルシーが沈痛な面持ちを見せた。

口元の飴を転がり、視線をアカメから外しつつ、静かに口を開く。

 

「……それから、皆にキョウから、伝言があるんだ」

「ん? あ、ああ、どうした?」

 

 空気を変えようとチェルシーの話に乗るナジェンダ。

それに応じ、しかし暗い顔のままチェルシーは全員の顔を見回す。

ただ事ではない雰囲気を感じ、アカメも黒い感情を内心にしまい込み、チェルシーの言葉を待つ。

全員が注視する中、チェルシーは告げた。

 

「”僕には、目的が出来た。何を置いても達成しなければならない目的が。――そのためには……”」

 

 一旦区切り、チェルシーは瞑目。

腕組みし、しかし力強い声で続ける。

 

「”例え、ナイトレイドと敵対したとしても構わない”」

「……ぇ」

 

 静かな動揺が、面々に広がる。

目を見開くアカメたちを尻目に、目を見開き、チェルシーは続けた。

 

「”元・仲間として忠告だ。僕と敵対するなら、全てを断つ気で全力で来い。君たちに繋いだパスは残っている、一人死ねば全員死ぬぞ”……以上よ」

 

 言葉を終えるチェルシー。

ナイトレイドの全員が、驚愕を露わにしたまま言葉を発せられず、沈黙するばかりだ。

アカメもまた、あまりの驚愕に頭の中が真っ白になってしまい、何も考えられない。

そんな中、矢張り一番早く復帰したのはナジェンダである。

 

「……確かに、キョウの台詞だったんだな?」

「えぇ。あんな個性的な目、間違いようが無いわ」

「スペクテッドのような幻覚系帝具に引っかかった可能性は」

「無い。五感は全て正常なまま聞いたわ。言わされている可能性は否定できないけど、少なくとも私が感じた分には、キョウ自身の言葉だった」

 

 続くチェルシーの補足に、アカメの中で浮かんだ疑問符が次々と潰されて行く。

そしてついに何も疑問符が思いつかなくなり、アカメがただただ混乱の渦に巻き込まれそうになった所で。

静かに、しかし良く通る声で、ナジェンダ。

 

「保留だ」

 

 全員の視線がナジェンダへ。

微動だにせず、力強い視線を返しつつ、ナジェンダは続けた。

 

「キョウの台詞は、つまり目的とナイトレイドが反するなら敵対するという意図だ。その目的を明言していない以上分からないが、必ずしも敵対するという意味ではない」

「まぁ……そうだけどさ、ナジェンダさん。じゃあなんだって、そんな事をわざわざ俺たちに伝言したんだ?」

「諜報系の帝具使いが帝国に居れば、解釈によっては敵対するという言葉をかけるのは有りうる。それに、まだキョウが伝えきれていない情報を組み合わせる事で見えてくる物がある可能性もある」

 

 ラバックの合いの手に、しかし響くように自然に応えるナジェンダ。

事実、キョウの伝言はまどろっこしいと言えなくも無い内容だ。

敵対した事を伝えたいならさっさと敵対したと言えばいい話だし、本格的に敵対するのならば仲間だと思って近づいてきた所を斬ればいい。

つまり、不自然な内容。

 

「そうか、それじゃあキョウは……!」

「あくまで、敵対したとは限らないというだけだ。万が一敵対する羽目になった場合は、殺すつもりでかかれ。キョウの伝言通り、一人殺られれば一網打尽だからな……」

 

 喜色を浮かべたアカメを引き締める、ナジェンダの言葉。

僅かに瞑目、アカメはキョウが敵対した光景を想像した。

自身を斬ろうとするキョウ。

キョウを斬ろうとする自身。

最愛の人との殺し合い。

 

 ――だが、それは元々覚悟していた筈の、望んでいた筈の事だ。

だから出来る。

殺せる。

半ば自分に言い聞かせるように考え。

 

「――あぁ」

 

 己を繕い、アカメはそう告げた。

 

 

 

*

 

 

 

 その夜。

クロメがキョウに庇われた事を話し、それにランが奇妙な反応を見せた。

そこに詰め寄るクロメとウェイブに逆らえず、ランは己の過去を話した。

 

 ――ランは、元々農村で教師をしていた。

しかしランの留守中にある凶賊によって、その子供達は皆殺しにされた。

ところがその都市の役人は治安最高の地方都市という名目を守りたいために、その事件を闇に葬ったのである。

ランはそれが許されてしまう帝国を、中から変える事を選んだのである。

 

 その為には権力が必要で、その権力を得るためには大臣の息子であるキョウがイェーガーズに入ってきたのは好都合と言えた。

シュラに比べれば見目には人格的に善人であり、ランとは道を違え外からだったとは言え、帝国を変えるべくナイトレイドの一員として戦っていた男である。

キョウの言う目的とやらも、自身に権力があるから、中から帝国を変えようという意志なのかもしれない。

 

 ボルスを殺したナイトレイドの一員とは言え、直接殺したのはキョウではなく、ボルスの家族を救った。

加えシュラとも明らかに敵対の様子を見せ、クロメのためにシュラの心をへし折るまでに至ったのである。

心からとは言えずとも、ランにとってキョウは一定の信頼を置くに値する男であった。

 

 その後ランは、夜半に一人帝都を歩く。

そこをクロメに見つけられ、ワイルドハントの中にランの生徒を殺した犯人が居た事を、そしてそれ故にワイルドハントに表立たないやり方で喧嘩を売ろうとしている事を推察されたのであった。

 

「……私は協力する。あいつらはどう考えてもこの国の為にならないし、一歩間違えればボルスんさんの家族が殺されていた。任務でも無いのにね」

「ありがとうございます、クロメさん……」

 

 口元を緩めるラン。

応じ、クロメが一歩踏み出そうとした瞬間、僅かに思案顔を作った。

足を止めるランに、迷いの色を見せつつ、クロメ。

 

「……キョウくんは、どうしよう。私たちとワイルドハントなら、間違いなく私たちに協力してくれる上に、負けはほぼ無くなるとは思うんだけど」

「――返す刃で私たちが切られる可能性が残る。微妙な所ですね……」

 

 ついでに言えば、ランが今ワイルドハントに仕掛ける理由はキョウにある。

何せキョウは圧倒的に強く、足手纏いさえ居なければワイルドハント全員を始末できかねない程の強さと権力がある。

つまり、ランが直接復讐を遂げる事ができない可能性が出てきてしまうのだ。

無論理由を話せば、キョウとて復讐対象を譲るぐらいはしてくれるだろうが、それはランたちの無事を保証する物ではない。

 

「矢張り、キョウの目的を把握できていないのが、難しい所ですね」

「うん……。それさえいい感じに向かった先が近ければ、キョウくんと思いっきりいちゃいちゃできるのになぁ」

「ははは……」

 

 苦笑いするラン。

領主をたらし込んで帝具を手に入れたランにとって、キョウとクロメの純粋な恋愛は、目に痛い物があった。

それはさておき、とラン。

 

「何にせよ、リスキー過ぎるのでキョウに協力を仰ぐのは止しておきましょう」

「うん、分かった。じゃあ……行こうか」

「はい」

 

 頷き合い、2人は静かに帝都を歩いて行く。

――そこから幾分離れた後方、音も無く歩く、和装の男の姿が月に照らされていた。

男、キョウは小さく溜息を漏らしつつ、夜闇の中に姿をくらませながら、2人の跡を尾行してゆくのであった。

 

 

 

 

 




シュラ(ステーキ内定)、マジ泣きの回でした。
中々輝いてますね、彼。
次回、イェーガーズvsナイトレイドvsワイルドハント。

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