信人跋扈   作:アルパカ度数38%

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ちょっと間が空きましたが、更新です。


Scene4
18


 

 

 

18.

 

 

 

 ボリック暗殺から3ヶ月。

安寧道の武装蜂起、そして呼応する西の異民族の侵攻。

全ては革命軍の思惑通りに、今の所は進んでいる、筈なのだが。

 

「はぐ、はぐ……」

 

 と相変わらず肉を食いつつ豪奢な椅子に腰掛け、練兵場を見下ろす父オネスト。

彼の顔には、どちらかというと思惑通り、という顔が見えるのは気のせいか。

眼を細める僕。

そんな僕に、何を思ったのか、声がかかる。

 

「おい、キョウ。てめぇ何親父にガン付けてやがる」

「……いや、どっちかっつーと、お肉食べたいなぁ、って思ってただけなんだけどなぁ」

 

 肩をすくめる僕に、けっ、と吐き捨てる、黒い肌に白髪の男、シュラ。

僕の血の繋がった兄であるが、ちょっと下品過ぎてついていけない感じなのだった。

辟易とした僕の態度に舌打ち、視線を眼下の練兵場にやり、叫ぶ。

 

「よう、お前らこのままだと全員処刑されちまうらしいぜ! そこでどうだ、ゲームをしてみねぇか? ――そこの5人を倒した奴は、無罪放免に加えて賞金も出すぜ! 勿論一斉にかかってかまわねぇ!」

 

 と、そんなシュラの台詞と共に現れたのは、フード付き外套に身を包んだ5人の男女。

シュラが世界中を巡って探してきたという人材である。

対するは死刑囚達の軍勢、必死に顔を歪め飛びかかる彼らは、弱いにしてもそこまで弱いという程ではあるまい。

そんな軍勢を前に、一人の男が前に出る。

イゾウ。

東方の剣客、細目の黒髪を結った男、腰には江雪なる刀を差していた。

 

「おぉ……愛しの江雪、いま食事を与えてやるからな……」

 

 告げつつ抜刀、凄まじい速度で剣を振るう。

4人もの死刑囚を超速解体、肉塊は重力の抱擁に任され、雪を赤く染めて行った。

口笛をならしつつ、隣でシュラ。

 

「へぇ、イゾウの奴一瞬で八回斬りやがったぜ?」

「え? 十回じゃなかった?」

「……うるせぇなオイどっちでもいいだろ!?」

 

 などという僕とシュラの会話を尻目に、逃げ出そうとする死刑囚達。

対し次ぐ女が懐からマイクを出し、構える。

 

「せめて安らぎの歌で、逝かせてあげましょう!」

 

 外套を脱ぎ捨てた姿は、うさ耳の装飾を付けたドレスを見に纏った女性であった。

コスミナ、西の国の魔女裁判で有罪になった歌姫。

声と共に、僕のリィンフォースでよく分かる程に、空気の振幅……音が指向性を持って放たれる。

文字通りの音速で迫り来る衝撃波は逃げる死刑囚の全身の骨を圧壊、血を吐き出させる。

 

「しょうがない奴らじゃのう……」

 

 溜息と共に、彼らの中でも一際小柄な影が死体の山へと歩いて行く。

するとすぐに息のある死刑囚を発見、投げ上げた上に、跳躍して死刑囚へ追いつく。

エプロンドレスに身を包んだ幼い少女の外見をした、錬金術師ドロテア。

彼女は瞬く程の時間で男に追いつくと、抱きつくようにしてその口を首筋につけた。

 

「お前、幸運に思うが良いぞ? 妾に殺されるのが一番マシじゃ」

 

 直後、血を吸われ男はミイラに。

ドロテアちゃんはミイラとなった男を捨て、うま! と口元を拭いながら呟いている。

血を吸う、となるととても気が合いそうな少女であった。

 

 残る2人、南方諸島の海賊エンシン、シリアルキラーの道化師チャンプ。

それらを併せて5人が、シュラが集めたメンツである。

 

「しかし、どっからどうみても帝具を装備しているのは……?」

「外国の方まで散った帝具を俺が回収したんだぜ? 自由に使わせてくれよ。なんたってこいつらは世界レベルの実力者なんだぜ? 親父お抱えだった羅刹四鬼なんてメじゃねぇって」

 

 というシュラの台詞には思わず首を傾げてしまう。

イゾウさんとドロテアちゃんは兎も角、他の3人は精々羅刹四鬼と互角かやや下ぐらいにしか見えないのだが。

そんな僕の疑問符を共有しているのだろう、眉を下げつつオネスト。

 

「ぬフフ、可愛い挑発ですなぁ」

「挑発じゃねぇよ。なんなら、親父困らせたセイギって奴殺してくるぜ? 俺たちで」

 

 とはシュラの言。

僕としては、僕の兄って頭悪そうなんだなぁ、と思うほか無い。

っていうか、内政官を殺しにいけるのを自慢するとか、何を考えているのだろうか。

武力で強引にやるだけなら、シュラ一人でも十分な程だろう。

そしてそれを正当化するのに大臣の権力を使うのなら、親の七光りである。

別にそれはそれでいいのだが、親に親の七光りを自慢してどうするのだろうか。

呆れた僕を尻目に、オネスト。

 

「あぁ、それには及びませんよ。国に異変が起こった今こそ、忠臣ぶった奴をあぶり出すチャンス。この気に私に反対する輩は、連座制でどんどん処刑していきますとも」

「ま、罪をでっちあげる機会に事欠かないって奴だろうね」

 

 補足してあげると、シュラが目を見開き、歯を噛みしめ、僕を睨み付けてくる。

何故睨まれるのかは謎なのだが、一体どう反応すれば満足なのやら。

内心肩をすくめる僕に、ちらりと視線をやった後、オネストが告げた。

 

「シュラには、あの5人を加えて秘密警察ワイルドハントを率いて貰いましょう」

「お、いいねぇ、やりたい放題できそうだ!」

 

 愉しそうに笑い、それから僕を見つめ、ふふんと鼻を鳴らすシュラ。

だが、オネストの言葉には続きがある。

 

「キョウにはイェーガーズの特別顧問を命じます。西の異民族を狩りに行くエスデス将軍の代行として、暫くイェーガーズを率いなさい」

「りょーかい、父上」

「なっ……!?」

 

 頷く僕を尻目に、目を見開いたシュラが数歩よろめき退いた。

信じられない物を見る目で僕を見つめ、数秒静止。

すぐに歯を噛みしめ、叫ぶ。

 

「ちょっと待て親父! 最近までこいつはナイトレイドの一味だったんだぞ!? 親父の息子だって事すらも知らずに! なのにこいつに、そんな権力を……!」

「キョウは悔い改め、進んで私に協力する立場にあります。このぐらいの権力を使う頭はありますよ」

「でも、こんな弱そうな奴に、イェーガーズなんざ使いこなせる訳……!」

 

 はぁぁぁ、と深い溜息をつくオネスト。

胡乱な目つきでシュラを見つめ、呆れ気味に告げた。

 

「キョウはエスデス将軍を1対1で負傷させた程の腕前です。しかも、自らは無傷でね」

「な、何だとっ!?」

 

 目を見開き、大口を開けて僕を見やるシュラ。

とは言え、それは誇張ありの表現だろう、僕は肩をすくめながらオネストに告げる。

 

「まぁ、エスデスさんを腕一本動かなくした所で、僕もヘロヘロだったから、勝てたとは言い切れないけど……」

「良く言いますねぇ。あれからリィンフォースは更に研ぎ澄まされている筈、今の貴方なら勝てるのでは?」

「エスデスさんも一段と強くなったからなぁ。勝つにしても、大分苦労しそうだよ」

 

 何気にレベル4で敵意共鳴の難易度とコストも落ちたため、1対1でも負けるとは言わないが。

ちなみにリィンフォースの使い方だが、レベル数分だけ存在するレイヤーに属性を設定する感じで使える。

例えばレイヤー1:味方/強化、レイヤー2:敵A/敵意共鳴、レイヤー3:敵B,C/一斬全殺、と言う感じだろうか。

なので一斬全殺は今まで登録したパス全部を同時にしか殺せない、という訳ではなく、味方と取捨選択して使えるのである。

 

「ぐ……見てろよ、てめぇ! 兄貴の俺に勝てると思うなよ!?」

「勝ち負けって、何の?」

「うるせぇ!」

 

 告げ、怒り肩で去ってゆくシュラ。

何が言いたかったのだろう、を首を傾げながらオネストに視線をやると、こちらは肩をすくめるばかりである。

何が何なんだろう、と思いつつも、僕もまた練兵場に居ても仕方が無いので、イェーガーズの詰め所へ向けて歩いて行く他無いのであった。

 

 

 

*

 

 

 

「という訳で、僕はこれからイェーガーズの特別顧問になります」

 

 がたっと音を立て立ち上がるのは、残るイェーガーズの面々全員だ。

ウェイブくんとランさんは厳しい顔を、クロメちゃんでさえ表情に困惑の色を露わにしている。

そんな彼らに、こほん、と咳払いし、続ける僕。

 

「最高指揮権はエスデスさんのままで、僕はあくまで特別顧問、権力ある助言は行えても命令権は無い。殆ど同じ仲間みたいなもんかな」

「な、何を言って……!」

「はいエスデスさんのサイン入り指示書」

 

 言って手元の指示書を見せてやると、黙り込むウェイブくん。

これを虎の威を借っている状況なのだが、中々虎も借りてみると良い気分であった。

上機嫌にニコニコとしている僕に、怒り心頭と言った様子なのがウェイブくん、もの凄い冷たい目なのがランさん、戸惑いつつも何時でも斬り殺せるようにしているのがクロメちゃん。

何気にクロメちゃんが一番冷たい反応なのに、ちょっぴり泣けてくるのは秘密だ。

 

「みんなも吃驚しているだろうけど、僕も吃驚しているから、お相子かな。僕もつい先日聞かされたばかりなんだ」

「てめぇ……、大臣にどれだけ媚びて、その地位を……!」

 

 怒りに震えるウェイブくんは、今にもグランシャリオに手が伸びそうだった。

とは言え、今のイェーガーズでは僕に勝てないと理解しているのだろう、辛うじて踏み止まる。

何せ怪我の治ったエスデスさんは西の異民族を抑えに行っている、エスデスさん不在の今、僕に勝つのは至難の業だ。

とは言え、好ましい怒り方ではある、僕は肩をすくめさっさと誤解を解くようにした。

 

「ま、イェーガーズの地位が欲しいと願ったのは事実さ。でも、あの父上が媚びられたからその地位につけるなんて事、ある訳ないじゃないか。一番僕を監視しやすいポストだからだろうさ。あと、シュラとの比較がしやすいからかな」

「大臣の息子シュラ率いる秘密警察……ワイルドハントですか」

 

 鋭い目つきと共に告げるランさんに、僕も頷いてみせる。

諸事情というか、シュラの癇癪と我が儘によって僕の就任より先に作られたシュラのワイルドハント。

彼らは早速帝都で遊び回り、この前など劇場一つを丸ごと皆殺しにして遊んでいたという。

全く、快楽の為に殺すなんて外道だ、元からの僕の信念に従い斬り殺したい所であった。

――信じる人も、愛する人も斬り殺したいという自分を発見した僕だが、外道を殺したい事にも変わりは無いのだから。

 

「君たちとしても、僕を引っ張ってくれば、大臣の息子という名で暴れ回る彼に、ある程度強気に出られるんじゃないかな。ま、僕は所詮、最近までナイトレイドだったから、シュラに比べると権力は弱いんだけどさ」

「……じゃあ、一つ聞いていい?」

 

 告げるのは、硬い光を目に宿すクロメちゃんだ。

視線は氷のように冷たく、攻撃性を秘めている。

彼女は、恐らくは虜囚となった僕を期待していたが故に僕の捕縛に積極的だったのだろう。

帝都の治安を守るという任務のためなら、表情ぐらいは変えてくれるだろうが、僕を本気で殺そうとしてくるに違い無い。

理由こそ未だ僕も知らないが、彼女はいつも任務には忠実な子であった。

まぁ、それでこそクロメちゃんと言うべきなのだろうが。

なので、僕は笑顔のままに応えた。

 

「なんだい、クロメちゃん」

「キョウくんは、仲間を斬った私と、肩を並べられるの?」

「うん」

 

 即答。

目を見開くクロメちゃんに、畳みかけるように続ける。

 

「僕には、何を置いても達成しなければならない目的ができた。それを成し得るには、誰とだって手を取るし、何だってしてみせる」

 

 そう。

僕は、愛する人を殺したい。

みんな、みんなを殺したい。

その目的のためなら、何だって出来る。

今ここでクロメちゃんを殺す事だって我慢できるし、ナイトレイドの皆を殺す事も、殺すのを我慢する事だって、できる。

やってみせる。

 

「ま、その仲間がクロメちゃんだから、っていうのも無い訳じゃないけどね……」

「……そっか」

 

 告げ、クロメちゃんは少しだけ寂しげな目。

触れれば壊れてしまいそうなほど繊細な笑みを浮かべ、ぽつりと漏らす。

 

「キョウくんのそういう所、お姉ちゃんに似てる。嬉しいけど……寂しいな」

「う~ん、アカメちゃんにはクロメちゃんと似ているって言われた物だけど……。2人共に似ているのかな、僕って」

 

 告げると、クロメちゃんは意外そうに目を見開いた。

数瞬、困ったように目を彷徨わせ、次いで僕に視線を。

数秒見た後、顔を赤く染めてウェイブくんとランさんの後ろに隠れてしまう。

 

「ず、ずるいなキョウくん、直視できないよ……」

「えーと……、クロメちゃんもずるいぐらい可愛いんだけど……」

 

 互いに頬を染める僕ら。

そんな僕らに毒気が抜かれたのか、緩んだ空気の中、ランさんが溜息をつく。

ウェイブくんもいきり立ったままで居づらいのだろう、握り拳を解いた。

そんな彼らに、僕は手を差し伸べる。

戸惑った様子の3人に、肩をすくめ、続けた。

 

「僕は基本的に帝都をぶらぶらしている。僕に触れてリィンフォースのパスを繋げば、強い思いの振幅はすごい何となくだけど分かる、呼べば行けるようになるし、強化もできる。代わりに敵意共鳴とかの対象にもなるけどね」

「……度胸試し、とでも?」

「んにゃ、気が向いたらってだけさ。クロメちゃんにはこの前の馬車で勝手に繋いじゃったけど、他の2人はまだだしね」

 

 と、2人が手を伸ばす様子が無いので、差し伸べた手はそのまま手元に戻す。

そのまましゅびっと掌を肩まで上げ、じゃ、また、と告げ踵を返す僕。

警戒心の入り交じる視線を感じつつ、僕はその場を去るのであった。

 

 

 

*

 

 

 

 やれやれ、と僕は溜息をついた。

僕の目的を達成するのにいくつか手段はある訳だが、その手段に達する為の道が見えていない物すら多々あるのが現状だ。

その中の一つ、リィンフォースのレベルアップ――つまり、シュラの殺害と食人。

そのために、オネストにとってのシュラの価値や、シュラの失点を探して僕はワイルドハントのあら探しをしている。

とは言え、一人では中々難しい所もあり、中々捗らず、基本的にシュラ達が暴れ回った所に行ってメンチを切るぐらいしかしていない。

それは、今日も同じだった。

 

「うっ……」

 

 血臭と凄惨な死体の数々に、顔を歪めるウェイブくんとランさん。

偶々合流した2人の後ろから、僕もまた顔を険しく眼を細める。

暴力の限りをつくされた死体が、十数体天井からつるされていた。

そこには愛情の欠片も感じられず、一方的な感情の発露しか見られない。

つまり、愛し斬る感覚は欠片も無かった。

そこにあったのは、ただの外道の拳である。

僕にとって、斬るべき拳。

 

 そのまま身を翻らせると、その視線の先には果物を口にしながら駄弁っているワイルドハントとシュラが見えた。

視線に気付き、笑うシュラ。

 

「よう、役立たずのイェーガーズに、無駄飯ぐらいのキョウじゃねぇか。お前たちが遅いから、俺たちで国にたてつく奴を処刑しておいてやったぜ?」

「や、やりすぎでしょう、こんな見せしめのような……!」

 

 言ってみせるウェイブくんは、まぁ帝国軍人にしてはもの凄いまともな感性をしているのだろう。

だが、対し即応してみせるのがシュラである。

 

「俺は大臣の息子だぞ! その俺に意見するって事は、大臣に逆らうって事でいいんだな!? あぁ!?」

「じゃ、僕が意見しようか。この……皇拳寺の門下生辺りかな? 彼らは、どんな風に国にたてついたんだい?」

 

 僕がウェイブくんを遮り告げると、顔をひくつかせるシュラ。

まだ僕は大した事を言っていない筈なのだが、早速苛ついてくるとは、僕も嫌われた物である。

僕としては、なんかシュラが小物過ぎて愛らしくなってきたのだけれども。

これなら、ただ食材として斬るだけでなく、愛を持って斬れると思うと、嬉しくなってきてニコニコしてしまうのであった。

閑話休題、ニコニコ顔の僕に、気味悪そうにシュラが告げる。

 

「あぁ? ……あー、なんつったっけ」

「”我ら皇拳寺の門下生として、例え法で罰されても必ずお前たちを討つ”……じゃなかったかのう」

 

 と応えるドロテアちゃんは、僕の静かな殺意に気付いているのだろう、腰が引け逃げる準備が万端だ。

イゾウもまた江雪なる刀に手をやっており、即応可能な状態。

シュラを含めた残り4人は、僕の殺気に気付いていないのやら、構えなくても対応できると思っているのやら、微妙な線である。

しかし、ドロテアちゃんの言う通りであるのならば。

 

「ふむ。まぁ、法で罰されようとも、って本人達が言ってるなら、今回は仕方ないか」

「なっ……」

 

 後ろでウェイブくんがうめき、ランさんが眼を細める。

対しシュラが笑みを浮かべるのに、しかし静かに僕は左手を鞘に添え、告げた。

 

「ただ……。君の遊びは、僕にとって色んな意味で邪魔なんだ。消されたくなければ、そろそろ控える事だね」

 

 ぞ、と。

シュラを含めたワイルドハント全員が数歩退いた。

それからシュラは、自分が後ずさった事に気付き、愕然とした表情で己の足下を見つめる。

それから僕と足下との間を数回視線を行き来させ、それから叫ぼうとするが。

 

「じゃ、2人とも。余計な口出ししちゃったんだし、頭ぐらい下げようか」

「お手数をおかけしました、ワイルドハントの皆さん」

「余計な口出しを……申し訳ありません」

 

 と、調子を崩すタイミングでイェーガーズの2人が頭を下げたため、気を抜かれた様子。

舌打ち、苛立った様子で歯を噛みしめ、シュラ。

 

「ちっ……、後片付けはてめぇらでやっておけよ!」

「はい。承知致しました」

 

 とはランさんの言葉、それが聞こえるが早いかワイルドハント達は足早に去って行く。

彼らが見えなくなった頃を見計らい、僕は小さく溜息をついた。

 

「やれやれ……、もうちょっと致命的な場面に駆けつけられれば、シュラぐらいは殺せただろうにねぇ。中々上手く行かないもんだ」

「キョウ……、あんた、一体どっちの味方なんだ?」

 

 飄々と告げる僕に、戸惑った様子でウェイブくん。

僕はランさんを目を合わせ、肩をすくめて見せた。

 

「僕は誰の味方でもないけど、シュラはそのうち狩るつもりだよ。ただなぁ、もうちょっと無能をさらけ出したタイミングじゃないと、僕が父上にプチッと潰されちゃうからね」

「……キョウの推測では、大臣の考えとは?」

「僕とシュラでつぶし合わせて、有能な勝ち方で生き残った方を使おうって所じゃない? どっちかというとシュラ寄りだろうけど、僕がシュラを殺すならそれもアリ、程度の考えみたいだと思うよ」

 

 まぁ、僕とシュラが協調する性格なら別だったのだろうが。

そんな僕の言葉に、呻き声を上げるのはウェイブくんだ。

信じられない物を見る目で、僕に視線を。

 

「お前がシュラとつぶし合おうとするのは分かるけどよ……。大臣は、息子同士を殺し合わせているってのか!?」

「うん。まぁ、それぐらいやる男だよ、彼は」

 

 告げる僕にショックを受けた様子のウェイブくんを尻目に、僕は小さく溜息。

うーん、と首を傾げつつ死体を見やると、気を利かせてランさんが問いかけてくる。

 

「どうしました?」

「あー……。いや、貴方の仲間を預かりますって、ボルスさんの墓参りに行こうと思っていたんだけど。埋葬を終えてからだと、微妙に次の予定に間に合わなくなるかも、と」

 

 数瞬思案した様子のランさん。

顎に手をやり、僕に視線を。

 

「いえ、それには及びません。私たち2人で彼らは丁重に埋葬致します、貴方は念のため墓参りに行っていただけると」

「念のため? ……ま、何にせよ助かるよ、預かる仲間に仕事を押しつけて墓参りってのも変な気分だけど」

 

 念のためというのは謎だが、何かしら意図があるのだろう。

ランさんの思考を信じ、2人に任せて僕はその場を後にする。

 

 歩いて行く僕の一定の半径で、次々とお店が閉店してゆくのが分かる。

あれ? と首を傾げるが、分からないでも無い。

勿論シュラによる風評被害、同じ大臣の息子だという僕相手でもお店が閉まっているのだろうか。

食べ歩きできないとか、なんたる不幸、許せん。

元々の殺意に上乗せする殺意を覚えつつ、しかし何故今日になってなのか、と首を傾げる部分もあった。

 

 そんな風に僕は、郊外へ。

小さい丘のようになった墓地にたどり着くと、ふと、目的の墓に祈りを捧げる喪服の母娘が見えた。

多分、ボルスさんの妻子である。

流石にうわぁ、と思った僕を許して欲しい。

別に僕が直接ボルスさんを殺した訳ではないのだが、殺したチーム、ナイトレイドに居て、ボルスさん殺害作戦に参加していた事は確かなのだ。

ボルスさんを殺したのは、結局チェルシーちゃんの暗殺だったのだが……。

 

 そこまで考えて、ランさんの念のためとやらは、僕と彼女達が鉢合わせになる事だったのか、と気付く。

とすれば、わざわざ送り出してきたランさんに悪いし、ここで逃げ帰る訳にもゆくまい。

それにどうせ、いつかは顔を合わせた可能性の高い人達である。

小さく溜息、足音を殺さずに近づく僕に、気付いた様子の2人。

視線を僕にやった後、訝しげに首を傾げる。

 

「こんにちは。僕も、ボルスさんに花を捧げさせて貰えませんか?」

「……はい」

 

 静かに立ち上がる2人に代わり、僕もまたボルスさんの墓に祈りを捧げた。

 

 ――貴方の仲間を、預かります。

そして多分僕は、貴方の仲間に愛を抱く事でしょう。

愛故に殺意を覚える事でしょう。

そして、いつかは貴方の仲間を斬る事でしょう。

許せとは言いません。

いくら僕を憎んでくれても構いません。

ただ、僕はいくら憎まれても、一切行動を変える事は無いでしょう。

 

 本当に報告だけ、しかも天に祈りが届けばそれはそれでボルスさんが不愉快そうになる報告だけである。

それを終えた所で、足音が複数。

祈りに集中し過ぎて近づくまで気付かなかった事に後悔しつつ、しかもそれが聞き知った体重の物と気づき、二重に凹む。

 

「――墓参りを欠かさない美人未亡人、噂通りだな。あと一人は……っておい、キョウ」

「シュラ。奇遇というか何というか、奇遇なのがこんなに嬉しく無いのに吃驚というか、さっきぶりだね」

 

 告げつつ立ち上がり、僕は2人の前に出て、刀の鞘に左手を。

抜刀の構えに、顔をひくつかせるシュラ。

 

「何でてめぇがここに居るんだよ……、さっき玩具死体の片付けを命令しただろうが」

「ウェイブくんとランさんが快く引き受けてくれたからね、その時間を使って、先輩の墓参りに来た訳だよ」

「先輩……? あぁ、役立たずのイェーガーズのボルスの墓か、ここは」

 

 思わず、と言った様相でシュラの事を睨み付けるボルスさんの娘。

さりげなくその視線を遮りつつ、静かに闘志を秘める僕に、歪んだ笑みでシュラが告げた。

 

「なぁ、愚弟よぉ。そいつら、俺の新しい玩具に任命しに来たわけよ。退いてくんねぇ?」

「光栄じゃねぇか、大臣の息子に目をかけられるなんてよぉ」

 

 はぁぁぁ、と深い溜息。

ひ、と目を潤ませる2人を背に、残念ながら僕は彼らを見逃す事はできなさそうだ。

まぁ、後ろの2人を守り切れるのかは微妙な線だが、彼らを皆殺しにするぐらいは何とかなる。

とすれば、彼女達も陵辱されるよりは巻き添えで死ぬ可能性の方がマシだろう。

と勝手に判断する僕。

 

 さて、彼らを皆殺しにしてシュラを食べるのは確定として。

そのまま帝国側に残れば、僕は無能な殺しをしたとしてオネストに死刑にされるだろう。

となれば、再び革命軍に戻るしかないか。

折角近づいてきた父の首を獲るのが遠くなるが、仕方有るまい。

抜刀、軽く構える。

 

「あ? 何やってんの? 兄貴の俺に剣を向けるとか。お前状況分かってんのか、6対1だぞ!?」

「へ、さっきまでのイェーガーズ込みの状況とは訳が違うってのになぁ」

 

 駄目だこいつら、実力差が分かっていない。

シュラとエンシンの愚かさに呆れつつ、僕は最後通告を告げる。

 

「えーと……、皆殺しだけは勘弁してあげるから、とりあえずこの場を退いたりする気は無いかな?」

「ぎゃはは、お前面白い事……」

 

 と、シュラが笑った時点で、僕は諦め既に踏み出していた。

6人のうち誰が動くよりも早く、シュラの首筋に刀の刃を当てる。

硬直したシュラ。

目を見開き脂汗を流す彼に、呆れ声で僕が告げた。

 

「とりあえず、まずは一人殺せそうなんだけど……。どう思うかな?」

「な、な、な……」

「あ、あと誰かが少しでも動いたらシュラを殺すから。帝具は取り出せないと思った方がいいよ」

 

 そんな僕らを尻目に、冷や汗を滲ませつつ、ドロテアちゃん。

 

「ま、待て。確かにお前なら、妾達6人を皆殺しにできるかもしれん。……だが、全員殺し終わったとき、後ろの2人は無事かな?」

「うん、無事じゃないだろうね。だから退いてくれるなら、見逃してあげるって言ってるのさ。シュラ、どうだい?」

「が、ぐぐ……」

 

 と、人類言語を置き忘れた来たような声を漏らすシュラ。

あぁ、なんてシュラが小物っぽい展開。

というか、この小物っぽさが哀れみを惹き、むしろ逆に愛らしく思える部分も出てきた。

このままでは愛が爆発して斬り殺してしまいそう、という所まで来て、足音と共に声。

 

「キョウ! それに、2人とも!」

「何事ですか!?」

 

 と駆け寄ってくる足音の体重と、声から、ウェイブくんとランさんだろう。

弟に脅されている自分を長々と見られたくないのだろう、焦りシュラ。

 

「ぐ、分かった、退く! 退くから、剣を下ろせ!」

「…………」

 

 静かに剣を下ろす振りと同時に、僅かに素手でシュラの素肌に触れておく。

すると、慌てた様子のシュラが、空間転移の帝具・シャンバラを手に。

ワイルドハントを効果範囲内に、全員で即座にその場を去る。

流石にここで僕を飛ばそうとしてきたら、吹っ飛ぶ前にシュラを含め数人は斬り殺していた所なので、正しい選択だったと言えよう。

頷く僕を尻目に、ウェイブくんとランさんが走り寄ってくる。

 

「はぁ、はぁ……無事でしたか!」

「は、はい……」

 

 腰が抜けた様子のボルスさんの妻子に、元気づけるように声がけをするウェイブくん。

それに安堵してみせる僕に、複雑そうな顔でランさんが告げる。

 

「すみません、念のためとは言いましたが、本当にあんな状況になるとは……。ありがとうございます」

「まぁ、どういたしまして。そりゃいいんだけど、ランさん、後でちょっと手続き手伝ってくれないかな? あの2人、宮殿に住まわせとけば、とりあえずシュラにあっさりとは襲われないとは思うんだけど」

 

 と告げる僕に、目を見開くランさん。

まぁ、と言っても相手がシュラである、ブドー大将軍効果を考えても万全とは言い難いけど。

そんな僕に、何故か深く頭を下げるランさん。

 

「ありがとう……ございます」

「いや、僕が頼んでるんであって、礼を言うのは逆じゃあ?」

「その、俺からも、ありがとうございます!」

「聞いてないし、2人とも……」

「その、私たちから、ありがとうございます!」

「ありがとうございます!」

 

 続けウェイブくん、ボルスさん妻子から頭を下げられる僕。

ぽりぽりと頭を掻きながら、いいっていいって、と手を振り頭を上げさせる。

何故かキラキラとした目で僕を見てくる彼らに、僕は何気なく視線を合わせた。

ウェイブくん、ランさんは当然無意味に。

ボルスさんの妻子には僅かに長く。

 

 ――そう、ボルスさん妻子にも、僕は視線を合わせておいた。

 

 

 

 

 




シュラは原作では外道成分と小物成分の両方で輝いていました。
本作では、小物成分で輝いて貰おうかな、と。

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