信人跋扈   作:アルパカ度数38%

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Scene3
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15.

 

 

 

 キョロク到着から一ヶ月半。

僕は暇だった。

何と言いつくろおうが、暇だった。

何せ最近リィンフォースの射程が更に爆発的に伸び、ついにはキョロク全域を覆うまでに到達したのである。

郊外でも近い所であれば範囲内になるため、万一死んでしまうと一番ヤバイ僕は、アジトに籠もりきりなのであった。

その間、アカメちゃんはイェーガーズのランと交戦するも逃し、代わりに大臣の護衛と聞く現羅刹四鬼イバラを殺害。

ラバックくんは羅刹四鬼のメズとシュテンを殺害と、大戦果を上げている。

加えて先日は、タツミくんとマインちゃんの2人がかりで、最後の羅刹四鬼スズカを討ったと言うのだ。

で、レオーネちゃんとスーさんは敵地に繋がるトンネルを掘っており、チェルシーちゃんは潜入捜査を頻繁に。

僕だけやる事無いという、暇人状態である。

なんとも死んだシェーレちゃんに申し訳ない状況なのであった。

 

「怪我の治療があったとは言え……、1週間もかからず完治したのになあ」

「まぁ、仕方有るまい。お前はエスデス戦の切り札だ、失う訳にはいかないのさ」

 

 ぼやく僕に、同じ居残り組ながらも、密偵チームと連絡を取り合って動いているナジェンダさんが告げた。

ぐぐぐ、と呻くのは傷の治りきっていないラバくん。

 

「くっそ、タツミはなんかマインちゃんを誑かしてて、今度は今日、お前までナジェンダさんを……!?」

「いや、キョウはちと趣味じゃなさすぎるな」

「微妙に酷い事言われてる!?」

 

 叫びつつも、僕は視線を素振りするスーさんに合わせたままである。

スーさんにしてはブレブレな素振りに疑問を抱いたのだろう、間食にぱくつきながら、隣にくっつくアカメちゃんが首を傾げた。

さりげなく僕の手に指を絡め、さすっているのは、魅力的過ぎて集中力が明後日に跳んでいってしまうので、もったいないながら遠慮願いたいのだが……。

そんな僕に、至近距離で告げるアカメちゃん。

 

「しかし、キョウとスーさんは何をやってるんだ? 変な素振りを見ているだけにしか見えないんだが」

「……そうだね、アカメちゃん。ちょっと木刀でいっぺん、素振りしてみてくれる?」

「? 構わないが」

 

 告げ、アカメちゃんは席を立ち木刀を用意。

見事な素振りを見せてくれる。

 

「……よし、もう一回だけやってくれ」

「……分かった」

 

 告げると同時、僕は静かにリィンフォースを発動。

アカメちゃんが木刀を振りかぶり――。

 

「うわっ!?」

 

 振り下ろしながら、前にズッコケそうになり、辛うじて踏み止まる事に成功する。

目をパチクリしながら両手を見つめるアカメちゃんに、微笑みつつ僕は種明かしと告げた。

 

「リィンフォースの応用技その2、名付けて敵意共鳴。身体の一部だけを不自然に強化し、相手に思った通りの動きをさせない技さ。この一ヶ月半、剣の腕だけじゃなく、こちらも磨いてきた」

「す……凄い! こんな技、身につけていたのか!?」

「へぇ……キョウ、そんなのも出来るんだ、器用だねぇ」

 

 叫ぶアカメちゃんと関心するチェルシーちゃんに、思わず僕もふふんと鼻を鳴らす。

鼻高々とはこの事、と言わんばかりの僕に、スーさんの補足が。

 

「……一番リィンフォースを通しづらい、帝具人間の俺相手に訓練していた訳だが。まだ慣れると抵抗できるぐらいだな。しかも、一度相手の生身に触れないと発動できない」

「うぐ……。エスデスさんには、保険として昔握手した時にパスは繋いでいるんだけど……。他のイェーガーズ相手にはパス、繋いでないんだよなぁ」

 

 クロメちゃんは完全なる油断、ランさんは会った事が無く、ウェイブくんは鎧越しではパスを繋げなかった為である。

ちなみに、まだ試していないが、感覚的に骸人形には使えなさそうでもある。

つまりは現状ではほぼエスデスさん専用技だった。

凹む僕に、しかしシニカルに笑いナジェンダさん。

 

「いや、それにしてもエスデス相手には切り札になり得るな。良い技だ」

「しかし、どうして急に使えるようになったんだ? やっぱ訓練の賜?」

 

 首を傾げるラバくんに、僕は思わず視線を落とした。

一ヶ月半前、あの戦いの時の記憶。

 

「……リィンフォースは、僕らユビキタスの血族の血そのものに宿った、帝具紛いだ。つまり、ユビキタスの子は発動できない状態のリィンフォースを持ったまま生まれてくる事になる。……レベル1のリィンフォースって所かな。そしてリィンフォースは、他の所持者を殺し血を飲む事でレベルが上がり、使用可能になる」

 

 例えば、僕、セリュー、母さんは、生まれつきレベル1のリィンフォースを持っていた、という事で。

 

「僕は母さんを殺し、その血を啜り、母さんの持っているリィンフォースを奪った。これでリィンフォースレベル2、共鳴強化と強化率上昇の2つが使える状態。……知識として僕は、レベル2までしか存在は知らなかったんだけど。でも、セリューを殺した時、頭に無くて吸う気は無かったんだけど、血飛沫をいくらか飲んじゃって……。でも量が足りなかったんだと思う、レベル2.5で共鳴強化の距離拡大」

「……そういえば、そのタイミングでリィンフォースの射程が伸びたっけか……」

 

 告げ、痛ましげに視線を下ろすラバくん。

僕も一瞬目をつむるも、ここで言葉を止める気は無い。

目を開き、続け口を開く。

 

「そしてクロメちゃんの作ってきたセリュー人形は、血も入れ替えていたって言ってた。それの血を全身に浴びて、口の周りについたのは舐めとったから、レベル3に到達って所かな。敵意共鳴と、更に射程が伸びたのだろうさ。母から聞き知っていたのはレベル2の存在と到達方法だけなんだけど……」

「隠された、帝具の強化方法があったって訳ね……」

 

 告げるチェルシーちゃんの言う通りである。

ちなみに、加減が分からず母の時は殆どの血を吸い尽くした物だが、セリューの時は2回分を足しても割とちょっとでレベルアップしたので、多少の血でもレベルは上がるのだろう。

かといってそれが十分という訳でもない。

母の時は割とすぐにリィンフォースが馴染みきったのに対し、セリューの時2回は、どちらもゆっくりとリィンフォースが馴染んでいっている。

つまり、ある程度までは飲む血量が多いほど、早くレベルアップしたリィンフォースを使いこなせるようになるのだろう。

感覚的な差からして、普通に首を斬った後、生首から血を啜れば十分な量となるか。

まぁ、もう血を飲む身内が居ないので、意味の無い考察ではあるのだが。

 

「ただ、本気の敵意共鳴は、今の所共鳴強化しながらでは使えない」

「つまり、仲間の強化をしつつ敵の弱体化はできない、という事だ」

「慣れれば違うんだろうけど、一ヶ月半じゃあキツイって話ね」

 

 補足するナジェンダさんとチェルシーちゃん。

頷き、僕は頬杖をつきながら告げる。

 

「今の僕なら、敵意共鳴込みで帝具無しのエスデスさんと互角かやや上。上手く敵意共鳴を使えれば、帝具の照準も狂わせられるから、1対1でもそこそこやれるだろうけど……。それも恐らくは、一回目のみ」

「とは言え、出し惜しみすれば死ぬのはこっちだ。いざという時は、どんどん使っていけ」

「りょーかい、ボス」

 

 まぁ、エスデスさんの実力も僕が計れた通りとは言い切れないし、帝具の照準をどこまで狂わせられるかも分からない。

恐らく、こう言いつつもナジェンダさんは僕の敵意共鳴に過度な期待は抱いていないだろう。

そう納得しつつ、僕は再びスーさんが侵攻用のトンネルを堀りに行くまでの間、ずっと敵意共鳴の練習を続けるのであった。

 

 

 

*

 

 

 

 世間が夜闇に包まれ、人々が寝静まる頃。

ソファに腰掛けたナジェンダは煙草を燻らせながら、直前に話したタツミとの会話の余韻に浸っていた。

タツミに話聞かせたエスデスとの因縁。

右腕と右目を奪っていった、あの女の超弩級の実力は、今思い返しても心臓が凍り付くような物であった。

 

「……タツミには、アカメとキョウを含む帝具使い5人以上に、5万の精兵と言ったが」

 

 エスデスを討つ為に必要な戦力。

しかしそれは、キョウのリィンフォースがレベルアップする前の換算で、である。

敵意共鳴、あの御技がどれほどエスデスに通じるかは分からないが、それ次第ではエスデスまでの距離が大幅に縮まったかもしれない。

キョウ・ユビキタス。

彼の剣の腕はここ最近更に超人染みてきており、一度は強化有りの勝率で並びかけたアカメを再び突き放し、再び圧倒的強さを見せている。

スサノオ曰く、彼が奥の手を使ったとしてもキョウには確実に勝てるビジョンは浮かばないとの事である。

実力的に、キョウはナイトレイド最強と言っても過言では無いだろう。

 

「やれやれ、あいつは心強いんだがなぁ」

 

 しかし精神面になると一転、キョウは不安が残る結果となる。

母からの狂気の教え、妹を斬殺せねばならない状況、好きな娘と敵対、妹の人形を真っ二つに、好いてくれた仲間の屍人形を解体。

加え、キョウが気に入った帝具は、ナジェンダが嫌うあの帝具。

 

「しかもキョウの奴、八房が気に入っている様子だしな……」

「いえ、村雨も結構フィーリングが合いますよ?」

 

 ひゅ、と息を呑みながらナジェンダが背を伸ばすと、入り口にキョウの姿が。

溜息、ソファに背を預け、ずりずりと落ちて行くナジェンダ。

 

「お、驚かせるな……」

「はは、すいません。その気は無かったんですが」

 

 微笑みながら告げるキョウは、はっきり言って精神的に不安が残るメンバーだ。

それもかつてのタツミのように甘さ故にと言う訳では無く、何時か狂気に墜ち、悪鬼羅刹と化してしまうのではないか、という意味でだ。

そんな風に思っていた所に本人の登場である、ナジェンダは心臓が口から飛び出そうという経験を久しくする事になったのであった。

そんなナジェンダの対面に腰掛け、キョウは遠い目でぼんやりと告げた。

 

「一応、ナジェンダさんには伝えておこうと思いまして」

「なんだ、どうした?」

 

 キョウは、眼を細める。

指組みした手の親指同士を弄り、ためらいがちに言った。

 

「番外帝具・リィンフォースは、途絶える事ができない帝具なんです」

「……どういう意味だ? 血族しか継承できないのなら、むしろ途絶えやすいのではないか?」

 

 疑問符を告げるナジェンダに、キョウは儚げに微笑み返す。

 

「……継承者がいなくなると、死に際の血を浴びた物が、新たなリィンフォースの元となる。つまり、床板の木であれば、それを加工すれば新しいリィンフォースとなってしまえるのだと、先祖代々言い伝えられているのだと母から聞きました。そしてその新しいリィンフォースさえも、壊れたら再び加工すれば、更に新しいリィンフォースとなる。リィンフォースは、永遠の帝具なのだと」

「死んだ時、その血を無駄にするなと言う事か?」

 

 首を傾げるナジェンダに、しかしキョウは首を横に振った。

キョウが死んでも帝具が残るのであれば、それは革命軍にとって非常に有用だ。

そのため自身の血を有効活用してくれ、と言ってきたのだと思ったのだが。

そんなナジェンダに、キョウは告げる。

 

「……仮にリィンフォースを破壊する方法があるとすれば、現在の血液の姿のうちに、その源、血液を送り出す心臓を呪い殺す帝具を使うしか無い」

「おい、まさか……」

 

 一拍。

真っ直ぐにナジェンダの目を見つめつつ、キョウは言った。

 

「リィンフォースを破壊できる帝具は、恐らく村雨だけです」

 

 正気の、優しく意志の強い、穏やかで力強い目であった。

これが偶に見せる狂気の色が混じっていれば、むしろその方が救われたかもしれない。

思わず、ナジェンダは小さく呻き声をもらした。

 

「僕は、多分まだ狂っていません。でも、僕の母はトモエ・ユビキタスなのです。僕の妹は、セリュー・ユビキタスなのです。何時僕が、狂った外道に墜ちるか、自分でも分かった物ではありません」

 

 淡々と告げるキョウに、しかしナジェンダは返す言葉も無い。

何せキョウと顔を合わせる寸前まで考えてた事は、正にその通り、キョウが悪鬼に墜ちる可能性だったからだ。

視線を逸らす事しかできないナジェンダに、キョウはしかし微笑みながら告げるのみである。

 

「僕が狂った外道となった時、何よりも避けねばならないのは、リィンフォースが帝国に渡る事です。だから、万が一の時は……」

「……アカメには、酷なことを任せる事になるな」

「ナジェンダさんにこそ。万が一の時には、嫌な役をやらせてしまいます。……そんな事態にする気はないですけどね」

 

 最後に明るい声になって告げ、キョウは立ち上がった。

おやすみなさい、と告げ歩いて行く彼の背を、ナジェンダはじっと見つめる。

万が一、その事態になったとして、アカメにキョウが斬れるのだろうか。

実力的にも、感情的にも。

内心の苦い物を飲み下すナジェンダを尻目に、キョウは静かで動じぬ様子でその場を去って行った。

 

 

 

*

 

 

 

 トンネルが大聖堂まで貫通した夜、ナイトレイドの面々はボリック暗殺ミッションの指令を受けていた。

ボリックが大聖堂で夜通し祈りを捧げる日が月に一度あり、その日に大聖堂にて決行する。

とは言え、地下からの侵攻は相手も手の一つと認識している筈だ。

故に、チームは3つに分けられる。

 

 1つめのチーム、地上陽動チーム。

ナジェンダ、スサノオ、レオーネ、タツミ、キョウ。

回復力と防御力に優れた面々と、エスデスと渡り合えるキョウを入れたチームで、イェーガーズをひっかき回すのが役目である。

 

 2つめのチーム、ボリック暗殺チーム。

ラバック、マイン、アカメ。

変幻自在のラバックに遠距離攻撃のマイン、一斬必殺のアカメでボリックを討つべきメンバー。

 

 3つめのチーム、というよりチェルシー。

大聖堂に紛れ込み、可能であれば敵の数を減らす役割。

ボリック暗殺は、ボルスを暗殺した事で幻覚系の暗殺者を警戒されているだろう事から、危険性が大きすぎるため基本的に無し。

 

「……って事だけど、私は相変わらず一人、寂しいねぇ」

「ふ、言ってくれるな、チェルシー。お前の力を活かす為だよ」

 

 と、愚痴るチェルシーに、ナジェンダは裸身を湯に浸からせながら言った。

風呂の中には女性陣のうち4人、アカメ、マイン、チェルシー、ナジェンダが入っている。

決戦に備えて身体を休める面々だが、ふと、ナジェンダが意地悪な笑みを浮かべ告げた。

 

「そういえば……、2人とも。今回は何時もにも増してどうなるか分からんミッションだ。心残りは、無いようにした方がいいんじゃないのか?」

「……なにっ」

「……をぉ!?」

 

 2人が叫ぶのに、苦笑してみせるナジェンダ。

立ち上がり叫ぶマイン、口を開けたまま固まるチェルシー、それを見てアカメは頬を紅くし口元まで湯に浸け縮こまっている。

三者三様の姿に、ナジェンダはニヤニヤと得意げな笑みを浮かべる。

 

「ま、私ほどの人間になると部下の心情が分かる訳だ。マインとチェルシー、2人はタツミを取り合う訳だが……、物騒な事にまではならないでくれよ?」

「んな、何を!?」

「てへへ、ボスにはバレちゃってたか……」

 

 真っ赤な顔のマインに、赤面しつつも素直に認めてみせるチェルシー。

比し、アカメは真っ赤な顔で湯にぶくぶくと泡を漏らすだけだ。

そんなアカメに、ふ、と髪をかき上げつつナジェンダが告げる。

 

「見ろ、アカメを。照れているものの、素直だろう? これが告白した者の……」

「してない」

「よゆ……え?」

 

 思わず声を裏返らせたナジェンダ、目を見開くマインとチェルシー。

そんな2人に、何処までも暗く沈み込むかのような顔のアカメ。

その髪は湯に浮き、血飛沫か何かのように広がっていた。

地獄の底から響くような、何処かクロメに似た陰鬱な声。

 

「キスはしたが……。シェーレがキスして、ジンクスでシェーレが死ぬかもと悩んでいた所にだったから……。告白はしてないんだ」

「……て、てっきり付き合ってたのかと思ったが……」

「最近、食事の時は何時も隣だし、偶にお菓子作りとかしてるし……」

「っていうか一緒に居られるときは何時も隣で、大体肩ピッタリくっついる上に腕組みしてる時もあるし……」

 

 連呼する3人に、しかしアカメは力なく笑う事しかできない。

流石に湯に浸かりつつも冷や汗をかく3人に、続けアカメ。

 

「キョウの事は……、その、好きだ。多分、恋として。あいつは本当にずるいからな」

「ずるい……?」

 

 ああ、と答え、アカメは眼を細めた。

湯の水面にキョウの顔を思い浮かべているのだろう、頬が紅潮してゆくのが見目に分かる。

腫れ物に触るような態度の3人に、アカメは徐々に熱の籠もりゆく声で言った。

 

「ついつい目で追わされてしまうし。触れると、自分でもおかしいぐらいにドキドキするし。なのに、もっとくっついていたくなるんだ。なのにキョウときたら、こっちがこんなに恥ずかしい目に遭ってるのに、ちょっと照れただけの平気顔で……。も、もっと照れてくれてもいいのに、ずるい」

「あ、うん」

「その、結構最初は警戒心が強くてな。指を絡めるだけでもするりと逃げてしまったものなんだが、じっと目を見ていると、許してくれるようになったんだ。そんな、許されたら、もっと触れていたくなるだろう? あったかくて、安心できて……。ずるい」

「あ、はい」

「ちょ、ちょっとは期待してるんだ。もうちょっと先に、先と言ってもちょっとだけだが、進んでもいいんじゃないかって。あいつ、本当に私に興味あるんだろうか……。そうやって不安になると、撫でてく誤魔化してくるし。へたれめ。ずるい」

「あ、そうですね」

 

 と、そこまで告げた所で、3人の平坦な声に疑問符を持ったのだろう。

不思議そうなアカメが視線をやると、ナジェンダを含め3人ともが宇宙空間を遠視しているかのような目をしていた。

というか、他にどう反応しろと言うのか。

内心ぼやくナジェンダを尻目に、首を傾げつつも本題に戻り、アカメは告げた。

 

「兎に角、今はその程度の関係なんだ。こ、告白は……。そ、そうだな、この任務が終わったら……したいと、思う。うん、する」

「そーか頑張れよ」

「アカメなら心配いらないわー」

「フレーアカメちゃんー」

 

 3人は矢張り平坦な声で返す他無かった。

首を傾げつつも、謎の思考で納得したのだろう、ガッツポーズを作ったアカメは、頑張る、もう上がる、と告げ風呂を出てゆく。

沈黙。

アカメが風呂場を離れて行く足音が消えた頃、ぽつりとナジェンダが告げた。

 

「見ろ、あれが自覚無き勝者の余裕という奴だ」

「アカメがああなるとは……」

「まさかアカメちゃんに先を越されるなんてね……」

 

 遠い声で3人が順に告げて行く。

どう考えても惚気以外の何物でもない話は、想像以上の大ダメージを3人に残していった。

しかもそれがあのアカメの口から発せられるという事で、威力は倍増し3人の精神的臓腑を抉るかのような物に。

3人とも、何故か今は永遠と小数点と唱え続けられそうな気分であった。

ええい、と頭を振り意識を正常に戻して、チェルシー。

 

「なら、私もこの任務が終わったら、タツミに告白する」

「なっ……!? そ、それ私も! い、生き延びたいって気持ち、強くするんだからっ」

「……私の考えと逆か、2人とも」

 

 苦笑するナジェンダに、2人は頷いた。

少数派とは手厳しい、と内心ぼやく彼女に、マインとチェルシーも風呂から上がって行く。

それを尻目に、しかしナジェンダは再び、先日と同じ思考に戻るほか無い。

 

 アカメは、恐らくキョウを斬れない。

実力的にも難しいが、それ以上に感情的にも。

ならばキョウが狂わぬよう、心を見守ってやるのがボスのつとめ。

そのためにも一層、仲間を失う訳にはいかないだろう。

 

「――使わざるをえんか、二回目の禍魂顕現」

 

 誰一人、死なせたくは無い。

その願いがどれほど難しい物か知りつつも、ナジェンダはそう思わざるを得なかった。

 

 

 

*

 

 

 

 夜闇に包まれた聖堂。

接待将棋を終えたランと別れ、エスデスはクロメと2人、大聖堂中庭の柱に背を預けていた。

警備の兵達が歩き回るのを視界に、空を見上げる。

曇った空は、月明かりを遮り夜闇をより濃くみせていた。

安寧道の大聖堂は、荘厳さに限ってみれば帝国の宮殿にも勝るとも劣らぬ作りである。

そんな荘厳な作りの神殿も、エスデスの心を欠片も奮わせる事は無かった。

 

「……キョウくん、そろそろ会えそうな気がします」

「タイムリミットはナジェンダも理解しているだろうからな」

 

 肩をすくめ返すエスデス。

その隣でクロメは、相変わらずキョウの事を想って両手を胸に、頬を赤く染めている。

可愛らしい仕草ではあるが、クロメはキョウの仲間を殺しているのだ。

クロメ自身仲間を大切にする女だし、エスデスとて仲間の仇ぐらいはとってやろうとは思う物だ。

とすれば、その対策とは如何に。

 

「——クロメ。そういえば、お前はナイトレイドのシェーレを斬り、八房で使ったが……。そのマイナスを覆す、キョウをメロメロにする秘策はあるのか?」

 

 タツミへの参考と言う体で聞くエスデスに、クロメは薄く微笑んだ。

胸に当てていた両手を広げつつ、半回転。

エスデスに向き合ったその目は、何時ものドス黒く、何処までも深く墜ちて行く地獄のような瞳であった。

 

「……えへへ、実はそんなに心配していないんです」

「ほう? 何故だ」

 

 微笑み、クロメは後ろ手を組みもう半回転、エスデスに背を向け空へ視線を。

散歩するような足取りで数歩進み、告げた。

 

「……キョウくん、笑ってました」

「……?」

「シェーレを殺す時、キョウくん、笑っていたんです」

 

 眉をひそめるエスデス。

キョウは”邪悪を殺す”為に生きる男。

そのキョウが殺戮に笑うなら、それはせめて邪悪を殺す時でなければならない。

だが、シェーレは仲間であり、敵に屍人形にされた哀れなる道化。

邪悪とは到底言えない存在なのだが。

そんなエスデスの疑問符を読み取ったのだろう、鈴の音が転がるような声色で、クロメは告げた。

 

「キョウくん、笑い顔は歪んでいたけど。……本当に、嬉しそうだった」

「嬉し、そう?」

「心から、本当に嬉しそうに感じたんです」

 

 首を傾げ、仲間を殺して嬉しそうにするキョウの顔を想像するエスデス。

しかし、脳裏に浮かぶキョウは張り付いたようなニコニコ笑顔を浮かべているのみで、そういえばエスデスはあまりキョウの表情を知らなかった事に気付いた。

とは言え、エスデスの脳内はタツミの様々な表情でいっぱいである、キョウの様々な表情など保管するスペースは無いのだが。

そんなエスデスに、見返りながら、クロメ。

 

「だから……、キョウくん、実はシェーレの事で、そんなに怒ってなかったんじゃないかなって、思うんです」

 

 告げるクロメに、エスデスはしかし、首を傾げるほか無い。

キョウは邪悪を殺す正義に生きる筈の男である、それが仲間の死と死体の使用に怒らないとは思えないのだが。

——いや、邪悪を殺すのは正義とは限らないか。

だが、それにキョウは気付いているのだろうか。

自分が一体何者なのか、キョウは気付いていないのだろうか。

それからふと、エスデスはキョウと自身が似ていると思った事を思いだした。

ならば、自己の認識こそがキョウとの最大の違いだったのかもしれない。

そう思いつつ、エスデスはクロメに微笑み返して見せた。

 

「成る程、な。その可能性は十分あるかもしれない。あいつ自身、それを自覚できているかどうかは分からないがな」

「……そっか。キョウくんには、本当の自分に気付いてもらわないといけないのかも」

 

 告げ、クロメはコツッと靴で石畳を蹴ってみせる。

それを見つめつつ、エスデスはふと背筋にすっと冷たい物が下りてくるのを感じた。

戦いの予感。

自身を最強の狩人と化す、獣の血を騒がせるそれに、エスデスは微笑みながら再び踵を石畳に下ろした。

砕けた石畳が石片となって転がり、道の端にまでたどり着き、そして地面へと落ちていった。

 

 

 

 

 




【悲報】ついにストック尽きる。
後は1日1話書けないと、毎日更新は終了です。
ぐぬぬ……。

キョウ、デバフを会得するの巻。
身内を殺せば殺すほど強くなる人なのでした。
それにしても、8巻が1話で終わったなぁ……。
巻き巻きです。

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